PART9 ANSER MALE


真・女神転生クロス

PART9 ANSER MALE



「ん、はぁっ!」
「ケホ、ケホケホ………」
「風花〜、無事?」
「な、何とか………ゆかりちゃんは?」
「生きてるみたい、一応ね」

 砂漠のような荒野に、なかば埋もれるように放り出された少女二人が、咳き込みながらなんとか身を起こす。

「他のみんなは?」
「分からない……今探して…」

 立ち上がろうとした風花が、ゆかりの方に目を向けてそこで硬直する。

「ゆかりちゃん、スカート……」
「え? きゃああああぁぁ! 何これ!」

 指摘されたゆかりが、己の下半身を見ると、そこにあるべくはずの物が無い事に気付いて悲鳴を上げる。

「そう言えば、誰かに掴まれたような気が……」
「確か、順平君だよ」
「……順平め〜、覚えてなさい………」

 涙目になりつつ、上着を脱いで腰に巻きつけ、かろうじて下着の露出を防いだゆかりが見当たらない仲間に静かな憤怒を燃やす。

「でも、ここどこ? 砂漠? アフリカ?」
「どうもそうじゃないみたいだけど……って、えっ!?」

 何気なく周囲を見回した風花が、視線を上へと向けてそこで驚愕に硬直する。

「う、上にも町が!」
「ほ、ホントだ! どうなってるのこれ!?」
「よく見ると横にも繋がってる! ここって、巨大な球体の中なんじゃ………」
「うわ、タルタロスなんて目じゃないわね………」

 最早驚愕を通り越して呆れるしかないゆかりだったが、風花は気を取り直して自らのこめかみに召喚器をあて、トリガーを引いた。

「ユノ!」『ハイ・アナライズ!』

 風花が自らのペルソナの能力を最大限に発揮し、周辺を探っていく。

「広い、なんて大きさ…………あっ、いた!」
「誰が!?」
「これは、リーダーに順平君だ! そばに八雲さんとカチーヤさんも! あれ、でも知らない反応もある………」
「他は?」
「待って………僅かだけど、桐条先輩や天田君、コロマルちゃんのも感じる………でも、そばに何かものすごく強い反応が………」
「アイギスは? 真田先輩は?」
「分からない。私の力の外にいるか、それとも………」

 考えたくない事に、風花が口を濁す。

「と、とにかく、場所が分かったならそっちに行きましょ。近いのはどっち?」
「リーダー達の反応があっちに。でも、この世界、すごく危険………あちこちに悪魔の反応が無数にあるの………」
「悪魔!? じゃあここってひょっとして魔界とかいう所!?」
「分からない……でも、皆まだ元気みたい。早い所合流しないと」
「順平は引っ叩かないとダメだしね」

 自分が使っていた弓矢が無事な事を確認したゆかりが、頬を膨らませながら風花の示した方向へと歩き出す。

「ま、待ってゆかりちゃん!」
「早く行こ風花。女二人だと物騒みたいだし」

 仲間の元へと向かって二人の少女は歩き出した。



「何か見えてきたぞ!」
「あれが時空の継ぎ目。あの向こうが異なる世界に繋がっている」

 緑の瞳のカラスの姿をした存在が先導する中、見えてきた光へと向かって皆が歩みを早くする。

「本当にあそこにセラはいるのか?」
「分からん。だが、可能性はある」
「ちっ、可能性かよ」
「焦るな。一心に追い求めれば、必ず探し人は見つかるはずだ」

 恐らく最年少であろうライドウの重い言葉に、ヒートは顔を背けて小さく舌を鳴らす。

「抜けるぞ!」
「どんなとこだと思う? 情人(チンヤン)」
「行けば分かる」

 光へと向かって全員が一斉に飛び込む。
 途端に、視界が明るく開けていった。

「注意しろ」

 ライドウの言葉に、全員が思わず身構える。
 だがそこは、静かな山の中腹の森の中だった。

「とりあえず、危険な場所ではないようだな」

 克哉が周囲を観察すると、抜いていた銃をホルスターに戻す。

「あれ、でもここどこかで見た気しない?」
「……オレもどこかで」
「なんか向こうに町が見えるよ〜」

 上空まで飛んで何かを発見したピクシーの言葉に従い、皆が開けている方向へと向かう。

「よかった〜、どうやら過去に飛んだ訳じゃないみたい、って………」
「この光景、見覚えがある………」
「あ、あれは珠阯レ市じゃないのか!?」

 見えてきた街並みが、あまりにも見覚えがある物だという事に、周防兄弟とリサが驚愕する。

「知ってる場所か?」
「知ってるも何も、ここは僕らの生まれ育った町だ!」
「待ってくれ兄さん、何かが違う………」

 街並みをよく観察していた達哉が、かすかな違和感を覚える。

「あそこと、あそこ、向こうにも何か見覚えの無い奇妙な建物がある」
「あ、ホントだ。あんなの知らない、ような………」
「いや、どこかで……」

 脳内に僅かに浮かぶ記憶を克哉が手繰ろうとした時、全員が一斉に振り返る。

「! 来る!」

 ゴウトが叫んだ瞬間、木々の間から異形が飛び出してきた。

「何だこれは!?」

 素早く銃口を向けた克哉が思わずうめく。
 それは、影を粘土のようにこね合わせたような体から、デタラメに手が突き出た見た事もない存在だった。
 ある手は拳を握り、ある手は仮面を持っていたが、仮面をこちらへと向けるとその仮面の目が煌く。

「知るか」

 それが明確な敵対意思を持ってこちらへと向かってきた瞬間、ヒートの放ったグレネード弾が炸裂、一撃でその異形を爆散させた。

「データに類似例が無い! 全くの新種!」
「反応からは、悪魔にかなり近い存在のようだが………」

 自らのXX―1のデータバンクとセンサーを操作したリサと達哉が、異形の正体が掴めない事に困惑を漂わせる。

「詮索は後だ、他にもいるぞ」

 ライドウが剣を抜くと、素早く周囲を見回す。
 すると、木々の間から先程の物とは大きさが違ったり、仮面が違ったりする異形がぞろぞろと姿を現した。

「来るなら来やがれ、全部食ってやる!」

 ヒートがアートマを発動、その姿がアグニへと変わり、ライドウと背中合わせに立った。

「話し合いが通じる相手じゃなさそうだ。機体は大丈夫か?」
「問題ない」
「な、なんとか」
「やるよ〜!」

 更にその両脇、全員で背中合わせに円陣を組むように周防兄妹とリサが並び、その上にピクシーが浮かぶ。

「来るぞ!」

 上空を飛んでいるゴウトの声と同時に、異形達が一斉に襲い掛かってくる。
 ライドウの剣が一閃し、仮面ごと両断された異形が飛び散るように四散する。
 その背後ではヒートが伸ばした爪で異形を貫き、鋭い牙の並んだ口で一息に相手を食い千切る。

「ヒューペリオン!」『トリプルダウン!』
『メギドラオン!』
「セイッ!」「ハイッ!」

 克哉のペルソナが放つ三連弾とピクシーの放つ魔力の固まりが異形を撃ち抜き、その背後で達哉の《Rot》機が大剣を振るい、リサの《rosa》機が鋼の掌底打を叩きつける。

「こいつら、そんな強くないよ! 行ける!」
「イマイチ食い応えもねえな」
「油断するな! 大型が来るぞ!」
「大型だと!」

 着実に異形の数を減らしていく最中、上空のゴウトが叫ぶと、木々を薙ぎ払いながらまるで戦車その物を模したかのような異形が現れる。

「ウソ!?」
「係刀iハイメ)!? そんなのあり!?」
「まさか憑依しているのか!?」
「いや、元々あの姿らしい。変わっているな」

 ライドウが恐れもせず、戦車型の異形へと向かって剣を振るう。
 本来の戦車よりも強固ではないが、それでも硬い装甲の一部を白刃は削り取るが、さしたるダメージにもならなかった。

「どけっ!『アギダイン!』」

 ヒートの放った火炎魔法が戦車型の異形へと炸裂、その衝撃に戦車型の異形が後ろへと押される。

「戦車相手じゃ火力が足りねえか……」
「火気がダメなら、異なる気を用いればいい」

 ライドウが管を取り出しつつ詠唱、雷電属トールを召喚する。

「撃て」
「承知!『マハ・ジオダイン!』」

 トールの放った強烈な電撃魔法が戦車型の異形を覆い尽くす。
 有効だったのか、大きく体勢を崩した戦車型の異形が半ば擱座状態となるが、辛うじて砲塔だけが動いてこちらを狙おうとする。

「今だ!」

 克哉の号令の元、全員が一斉に襲い掛かる。

「ヒューペリオン!」『ジャスティスショット!』
『メギドラオン!』
「ハッ……!」
「ホオォーッ!」
「ガアアァ!」

 克哉のペルソナが放つ光り輝く正義の弾丸とピクシーの放つ魔力の固まりが砲を打ち据え、動きが鈍った所でヒートブレードと鋼の掌底打が砲塔の左右から叩き込まれ、ヒートの巨腕から繰り出される轟拳が爪と共に前部装甲へと突き刺さる。

「止めろ」
「オオオォォ!」

 ライドウの指示の元、トールの振りかざしたハンマーが右キャタピラ部分へと叩き込まれ、キャタピラが粉砕された所でライドウが一気に装甲を駆け上がる。

「そこか……」

 砲塔の直上、普通の戦車なら乗降用ハッチがある部分にある仮面を見つけたライドウが、手にした愛刀を逆手に構えて一気に突き刺す。
 やはり仮面が弱点だったのか、戦車型の異形が大きく震えるが、逆に残った力を振り絞って残った左キャタピラを動かし、無茶苦茶に砲塔を振り回す。

「キャアッ!」
「グッ!」
「大丈夫か!」

 振り回された砲に弾き飛ばされたリサの《rosa》機とデタラメな動きで振り回されて引き剥がされたヒートが転倒し、克哉も声をかけつつも慌てて距離を取る。

「往生際が悪い……!」

 ライドウは振り落とされそうになるのを刀に必死にしがみ付き、なおかつ懐からコルト・ライトニングを抜いて至近距離から速射。
 だが、僅かに動きが鈍ったかと思えたが、戦車型の異形は最後の抵抗を止めようとしない。

「くっ……!」
「ウオオオォォ!」

 弾丸を撃ち尽くしたライドウがリロードもままならない状態になった時、強引に機体にしがみ付いていた達哉の《Rot》機が、達哉の咆哮と共に手にしたヒートブレードを仮面へと深々と突き刺した。
 それが止めとなり、戦車型の異形は大きく鳴動したかと思うと、完全に沈黙。その巨体が崩れながら四散していった。

「さすが情人!」
「しかし、これは悪魔か? まるで機械その物だ」
「分からない。前に機械と融合したタイプの悪魔との戦闘資料は読んだ事があるが、そんなのとも違うようだ」
「見た事ないよ〜」

 ライドウが刀を一振りして鞘へと納め、克哉とピクシーが四散していく異形を凝視する。

「味も悪魔とは違うな。ボリュームもコクも足りねえ」
「参考にならないって。あ、アクチュエーターちょっとイった………」

 アグニから人の姿へと戻っていくヒートが唇を舐めてわずかに首を傾げる中、リサが《rosa》機のダメージ状況をチェックしていく。

「こういうのがいる世界か、それとも他の世界から飛ばされてきたか」
「まだどちらとも言えん。それにこれだけではないようだ」

 達哉がヒートブレードの電源を一時落とした直後、ゴウトがとんでもない事を口走る。

「まだいるのか!?」
「向こうの方にこれと同じ型がいるのが見えた。だが、誰かと戦っているらしい」

 続いたゴウトの言葉に、克哉の顔色が変わった。

「戦っている!? サマナーか、それともペルソナ使い?」
「遠くてそこまでは確認出来なかったぞ。だが、明らかに何らかの術者らしい力は感じられる」
「ひょっとしたら、八雲さんか尚也さんかも!」
「行こう!」
「苦戦してるかもしれんしな」
「向こうだ」

 達哉とライドウが先立ってゴウトの示した方向へと走り出し、他の者達も続く。
 やがて皆が戦っている〈誰か〉の気配を感じ始め、それに続いて戦闘音も響いてきた。

「押しているようだな」
「そうらしい。救援はいらないか?」
「相当な術者だ。どうやら何人か神降ろしもいる」

 ライドウと克哉が感じる気配を解析していた所で、ふと克哉がそれが感じた事のあるペルソナ反応だという事に気付いた。

「これは、まさか……」
「出るぞ!」

 木々の間を抜け、戦闘の最中へと全員が飛び出す。
 だが、すでに戦闘は終わろうとして所だった。
 いきなり飛び出してきた者達に、戦闘を行っていた者達の何人かが振り向く。

「たまき君か!」
「え?」
「アルジラ!?」
「ひ、ヒート!」

 振り向いた者達、一人はGUMPを手にした女性、もう一人は体表が黄色い表皮で覆われ、両手を触手のように伸ばした女性型の悪魔だった。
 その二人が見覚えのある人物だった事に思わず克哉とヒートが名を叫んだ時、一際強いペルソナ発動が行われた。

「カエサル!」『ジオダイン!』
「アポロ!」『ノヴァサイザー!』
「ヴィーナス!」『フォーミーラバー!』

 三つのペルソナから放たれたすさまじい電撃と灼熱の固まり、無数の泡が先程戦ったのと同じ戦車型の異形を包み、完全に粉砕する。

「ほう……」
「なかなか出来るな」

 ライドウとゴウトが感嘆する中、そのペルソナ使い二人がこちらへと振り向き、その顔を見た駆けつけた者達が絶句する。

「わ、私がいる!?」
「え……?」

 振り向いた片方、紛れも無くリサ自身に、《rosa》機に乗っているリサが指を突きつけた状態で絶句する。

「これは……」
「まさか……」

《Rot》機のハッチを開けて顔を覗かせた達哉に、ペルソナ使いの達哉が言葉を濁す。

「そうか! ここは《向こう側》の世界か!」
「なぜ、こちら側に………」

 それが、かつて達哉を特異点とし、自分達の世界に干渉してくる事となった《向こう側》の世界だと気付いた克哉が、その状況を解決するために《こちら側》で共に戦ったペルソナ使いの克哉が顔を曇らせる。

「……少なくとも、コネのあてはついたようだな」
「何で喋ってるの、このカラス」

 ゴウトが呟く中、アルジラとヒートが呼んだ悪魔が、その姿を右目の上下に傷跡のある桃色の髪の意丈夫の女性へと変わる。

「ヒート! なんでここに! サーフは! サーフは一緒じゃないの!?」
「分からねえ、セラは一緒じゃないのか?」
「知らないわよ! それよりサーフは!」
「セラが先だ!」
「あの……」

 口論を始めたアルジラとヒートに、手にした召喚器を戻しつつ、明彦が声をかける。

「何よ!」「何だ!」
「まずは互いに情報を交換するべきだと思うんだが」
「そうだな。顔見知りも多いようだし」
「顔見知りどころか、まったく同じ顔もあるがな」

 明彦の意見に、ゴウトとライドウが賛同する。

「まずはケーキ!」
『は?』

 ピクシーの放った言葉に、《向こう側》の面子は、全員疑問符を浮かべた。



「シャドウ?」
「オレ達はそう呼んでました」
「エネミーソナーで感知出来るから、悪魔に近い存在なのは確かね」

 山の麓まで降りた所で、迎え(正確にはXX―1搬送用)の車を手配するペルソナ使いの達哉の背後で、明彦が語る謎の敵の事を皆が真剣な面持ちで聞いていた。

「今日と明日の間、常人には感知できない影時間と呼ばれる時間、そしてその時だけ現れるタルタロスと読んでいた塔とその周辺にだけ現れていたんです。だけど………」
「いきなりお構いなしに現れるようになった、そうでしょう?」

 たまきの言葉に、明彦が頷く。

「小岩さんは、特異点の影響だって言ってました」
「小岩、葛葉のサマナー、小岩 八雲の事か?」
「はい、彼と音葉さんというアシスタントの女性、それとオレの仲間達とその特異点がタルタロスにある、という事で探索していったんです。そしたら、奇妙なシャドウが現れて………小岩さんは《電霊》って呼んでました」
「電霊、確かアルゴン・スキャンダルの時に確認された変異種の悪魔だったな」
「ええ、それを協力して倒した途端、いきなり閃光に包まれて…」
「ここに飛ばされた」

 アルジラが横から入れた言葉に、明彦は頷く。

「私も同じね、いきなり光に包まれたかと思ったら、ここにいた」
「オレはよく覚えていない。気が付いたら、見た事もない場所にいた」
「神隠しの類にしては、規模が大きすぎるな」
「ああ」

 いぶかしむゴートに、唯一術によって跳躍したライドウが首を傾げる。

「それにしても、まさかライドウのお出ましとはね。しかもゴウト童子と一緒に」
「今代のライドウは?」
「二次大戦……って言っても分からないか。今から60年くらい前の戦争で、当時のライドウがその証の陰陽葛葉を持って東京大空襲の最中に失踪して以来、廃れたって聞いてる」

 たまきの説明に、ライドウは僅かに顔を曇らせた。

「ま、とにかく戻ってからにしましょ。他にも来てる人達いるし」
「セラがいないなら、ここに用はない」
「待ってヒート! この状態じゃ、あなた一人で行動なんて出来ないでしょう!」
「それに、また不用意に時空転移が起きれば、どこに飛ばされるかも分からんぞ」
「……ちっ」

 アルジラとゴウトの制止に、別行動を取ろうとしていたヒートは舌打ちしながら足を止める。

「人手が増えるのはありがたいのよね〜。最近あのシャドウ以外にも見た事ない悪魔が出始めてるし、ラスト・バタリオンの連中もまた騒ぎ始めたし………」
「……ここもやっかいな事になってるようだな」

 克哉の言葉は、何よりも的確に事実を言い当てていた。



「お、克哉さん! 達哉もリサも無事か!」
「げ、ホントにたっちゃんとギンコが二人………」

〈珠阯レ警察署〉とやけに流麗な書体で書かれた看板が掛けられたビルの中に入ると、そこに青く染めた髪と白塗りメイクのパンクルックの青年、かたや警視庁特殊機動捜査部 機動班所属、かたやペルソナ使いの二人のミッシェルこと三科 栄吉が声を掛けてくる。

「うわ、二人並ぶと不気味〜」
「そうだよね〜」

 二人のリサが、まったく同じ顔が並んでいる事に自分達を棚に置いてたじろぐ。

「よりにもよってそう来るかよ!?」
「このミッシェル様の美しさが二倍、いや二乗だぜ!」

 二人そろってのポージングに、その場にいた全員がさすがにたじろぐ。

「それくらいにしておこうよ」
「多分直になれるだろうから」

 上へと続く階段から、同じように警視庁特殊機動捜査部 機動班所属の橿原 淳と、ペルソナ使いの黒須 淳が苦笑しながら降りてきた。

「ペルソナの共鳴が無ければ、区別がつきそうに無いな」
「双子ではなく、純粋に異なる世界の同一人物だからな」
「何か区別つける方法ないかしらね〜。こっちも困ってるのよ」
「印をつければいいだろう。帽子とか鉢巻とか」
『それだ!』

 全員が一斉に手を叩いて声のした方を指差した所で、そこにいるゴウトを見て署にいた者達が静止した。

「今、カラスがしゃべらなかった?」
「僕もそう聞こえたけど……」
「見た目で判断するとはまだ青いな」

 一瞥をくれるゴウトに、二人のミッシェルと二人の淳がたじろぐ。

「一応、葛葉のお目付け役よ。私も見るの初めてだけど」
「葛葉ってほんと色んな人いますよね……」
「……この時代の葛葉はどうなっているんだ?」
「ここで残ってる葛葉のサマナーは私だけよ。他は死んでもしぶとくこの世に居座ってるボスが一人」

 淳の言葉に不安を覚えたライドウが説明を求めると、たまきが苦笑しながら答える。

「ともあれ、まずは情報交換が先ね」
「XX―1はこっちでチェックしとくぜ。オーバーホールは無理だけどな」
「DEVAシステムがショートしてるが………」
「マジかよ、何やってきたんだ?」
「その件で重要な話もある。他に誰がいる?」
「達哉さんとリサさん以外、機動班全員こっちに飛ばされたんですよ。班長も会議室にいます」
「他にもあちこちから来てるわよ」
「セラがいなけりゃどんな奴がいても邪魔なだけだ」
「お仕事したからまずケーキ!」
「このピクシー、誰の仲魔?」
「あ、すまない僕が契約してるんだ。週ケーキ1ピースで」
「……安い契約だこと」



 ケーキをねだるピクシーをなだめつつ、合流した一行が、〈会議室〉とこれも流麗な書体で書かれたプレートのドアの前に立ち、先頭のたまきがドアをノックする。

「どうぞ」

 どこか聞き覚えのある声の返答に皆が気付く中、たまきがドアを開ける。

「連絡していた人達をお連れしました、周防署長」
「ご苦労、たまき君」

 たまきの後ろに続いていた克哉が、室内にいる幹部職の制服に身を包んだ自分を見つけ、驚愕に硬直する。

「しょ、署長!? 僕が?」
「……なるほど、確かに僕だな」

 二人の克哉が、驚きの表情で視線を交錯させる。

「異世界の同一人物が異なる立場にいる、そして邂逅して互いにそれを認識する。確かに奇妙すぎる事だな」

 克哉署長の向かいにいた、緑の髪と瞳を持った冷めた雰囲気の男が、目じりの間を何かを押し上げるような仕草をしつつ二人を見た。

「ゲイル、お前も来てたのか……」
「ヒートか。だとしたらあの時その場にいた者は全員飛ばされた可能性が高いな」

 それがトライブ・エンブリオンの参謀だった男に間違いない事を確認したヒートが、わずかに顔をしかめる。

「無事合流、と言った所かな?」
「わお、またにぎやかになったわね♪」
「あ、舞耶だ〜」

 克哉署長とゲイルの間で話の仲介をしていた左耳にリングピアスをしたジャケット姿のクールな目をした男が克哉達の姿を見ると笑みを浮かべ、何かメモを取っていた肩口で髪を切りそろえた温和そうな女性が会議室に来た一同を見て楽しそうに声を上げる。

「機動班はほとんど《向こう側》に飛ばされていたか、それに舞耶君? いや《向こう側》のか?」
「いや、《そちら側》の本物だ。こちら側の舞耶姉は………もう死んでいる」

 元エミルン学園ペルソナ使いリーダー、藤堂 尚也の姿を見て安堵した克哉だったが、同じペルソナ使いとして戦った事もある雑誌記者の天野 舞耶の姿を見つけて動揺する。
 が、ペルソナ使いの達哉の言葉に、克哉は前に《向こう側》と《こちら側》が出来た理由を思い出し、そこではたと動きが止まる。

「舞耶君、なぜここに………あの時、あの現場にはいなかったはず?」
「いや、実はなんか面倒な事になってるって聞いたから、何か手伝おうかな〜ってビルの手前まで行ったら、何か光って」
「ああ、そうだったのか………すまない、面倒な事に巻き込んだようだ」
「それが、最初何がなんだか分からなくて出版社に行ったら、皆こっちを幽霊扱いするのよ〜ひどいと思わない?」
「いや、まあ実際こちらだと死んでてお葬式やってお墓まであるし…………」
「たまきさんも幽霊扱いしてくれてたしね。普通に扱ってくれたの、達哉君と轟所長だけだったわよ?」
「いや、ウチの所長ももう死んでるから」
「話したい事は色々あるだろが、まず状況把握を先にしたい」

 ゲイルの一言に、全員が我に帰る。

「関係者を全員集めてくれ。また増えるかもしれないが」
「見ず知らずの人間ばかりじゃないのが救いだな」

 二人の克哉の意見は、それなりに的を得ていた………


十分後

 大勢の人間が会議室の中へ詰め寄せていた。
 そのほとんどが若い男女で、格好もまちまちだったが、その腰や懐には何らかの武器などが吊るされ、明らかに修羅場慣れした空気を漂わせている人間も多かった。

「これで全員か?」
「上杉さん達がパトロールに出てていないけど、まあ大丈夫でしょ」

 会議室の議長席で面子の確認をしていたたまきが、とりあえずそろった事を確認してGOサインを出す。

「さて、まずは現状を理解出来てない者達も多いので、その確認から行こう」
「それが妥当だ」

 克哉署長の言葉に頷きつつ、ゲイルが議長となってホワイトボードに現在の珠阯レ市の略図を書いていく。

「まずは今我々がいるこの世界《珠阯レ市》、《シバルバー》とも呼ばれる世界、西暦だと2003年だ。元は広大な世界の一部だったらしいが、〈このような物が珠阯レ市の地下にある〉という噂を流布を持って、具現化された物らしい」
「噂の流布を術式の媒介にしたのか? だとしたらかなり高位の存在が関与していたはずだが………」

 ライドウの質問に、ペルソナ使いの達哉が前へと進み出ると、珠阯レ市略図の下に蝶のような物と仮面のような物を書き足す。

「光の存在《フィレモン》と闇の存在《ニャルラトホテプ》、この表裏一体の存在が行った実験の一つだったらしい。最初は《ジョーカー様》という遊びで願いが叶うという物だったのが、それを起因として事件を起こし、それが更なる噂を呼んで事態を悪化させていった」
「人心の恐怖を肥大化させていく訳か……なかなか計算されてるな」
「似たような事件を扱った事もある。あやうく帝都が滅亡しそうになったが、なんとか食い止めた」

 アレフとライドウが納得する中、《向こう側》の者達の顔が厳しくなる。

「オレ達は……食い止められなかった。最後はその大元となった《マイヤの託宣》が実行され、舞耶姉の死が引き金となり、この世界はこの珠阯レ市を残して崩壊した」

 押し黙るペルソナ使いの達哉の隣で、ゲイルが珠阯レ市略図の隣にもう一つ同じような略図を書いていく。

「この最悪の結末を回避するため、フィレモンと呼ばれる存在は周防 達哉、リサ・シルバーマン、三科 栄吉、黒須 淳の四人の幼少時の出会いをキャンセルする事によって、《この事態にならない世界》、すなわち《こちら側》と呼ばれる世界を創る可能性を用いたらしい」
「過去に干渉したというのか? 一歩間違えればどうなるか分からないぞ」
「だから、もっとも最小限の被害に止めたんだよ………オレ達が、親友を失うっていう被害だけにな」

 かつての事件を思い起こしたライドウに、ペルソナ使いのミッシェルが静かに反論する。

「だがオレは……その孤独に耐えられず、その可能性を否定してしまった。その結果、《向こう側》と《こちら側》の境が不安定になり、再度似たような事態に陥りそうになった。再度の最悪の結末を防ぐため、オレはそちらの達也の体に精神を憑依させ、事態の収束を試みた。兄さんや舞耶姉、それに大勢の人達の協力の元、《こちら側》では事態は収束、オレはまたここへ戻って全ては終わった、はずだったが………」
「今度は、それとは比べ物にならないレベルで、無数の世界に干渉が起きている。その内の一つがオレ達だ」

 二つの珠阯レ市略図の隣に、ゲイルが高い塔を中心とした小さな町のような物が幾つか集まった略図を書いていく。

「オレ達は元はこの《ジャンクヤード》で幾つかのトライブに分かれ、理想郷《ニルヴァーナ》を目指して戦っていた。だが、ある時突然現れた《ツボミ》と名付けられた物から発せられた閃光によって、この《アートマ》と共に悪魔化する力を得、《喰奴(くらうど)となった》」

 ゲイルが自らの左足にあるつむじ風を模したアートマを見せる。

「だが、この力と同時に《喰奴》は二つの物を得た、一つは今まで持っていなかった《感情》、そして《飢え》だ」
「待ってくれ、飢えは分かるが、感情とは?」
「その説明は、この後でだ」

 克哉警部補の問いに、ゲイルは一人の少女(らしき物)の似顔絵を書いていく。

「オレ達のトライブ《エンブリオン》はこの悪魔化現象の中心となっている少女セラを偶然にも確保した」
「ちょっと待て、それセラか?」

 ヒートの文句に、アルジラが黙ってホワイトボードの前へと歩み寄ると、ゲイルが書いた似顔絵(らしき物)を消してもうちょっとマトモな似顔絵を描く。

「これで文句ないでしょ」
「そうじゃねえだろ!」

 今度はヒートがホワイトボードまで行ってアルジラの描いた似顔絵を消すと、自分の手で似顔絵を描いていく。

「セラはこうだろ!」
『お〜』

 やや時間をかけて描かれた物は、どこかはかなげな印象を持つ、黒髪ショートの少女の横顔を見事に描き出していた。
 意外な才能に、皆から感嘆の声が漏れる。

「ヒートさんって結構絵上手なんだ」
「確かに伽耶に似てない事はないな」
「……それで本題に戻りたいのだが」

 咳払い一つして克哉警部補が宣告すると、満足したのかヒートとアルジラが席へと戻る。

「セラの助力と共に、エンブリオンはジャンクヤードを制覇したが、その先に待っていたのは理想郷などでは無かった。いや正確にはジャクヤードその物が存在していなかったというのが正しい。このジャンクヤードは《テクノ・シャーマン》であるセラが過酷な実験からの逃避のために作った電子仮想世界を軍事用に改変した物、そしてジャンクヤードの住人は全てその戦闘データを利用するために作られた《アスラAI》だ。故に本来自我は持っていても感情は持っていなかった」
「え〜と………」
「つまりそれは……」
「人間に極めて近い情報の集合体、そしてそれが具現化した存在って事ね」

 あまりに突拍子も無い話に、何人も頭を抱え込む中、ヒロコがかいつまんで要約すると辛うじて理解出来た者達が懐疑的な目で喰奴達を見る。

「つまり、彼らは本来はプログラムの集積体という事か?」
「ゲームキャラがそのまま出てきたって事じゃね?」
「電子的なレベルでのクローニングと思えば?」
「まさかリ○グの貞○のように……」
「何の事かさっぱり分からんが、ようは悪魔化して力を振るえる存在が協力している。それでよかろう」

 適当な意見ばかり述べる者達を、ライドウの肩に止まっていたゴウトがまとめに入る。

「アートマは悪魔の力をもたらすと同時に、その悪魔としての理性や本能までもその者に与える。全てはセラが《神》との交信を暴走させた結果もたらした物だ」
「……随分と物騒な神様と交信してたのね」
「すぐそこにある」

 たまきが漏らした言葉に、ゲイルが窓の外、空に浮かぶ太陽を指差す。

「なるほど、太陽が神か。確かに一理ある」
「大抵の神話には太陽神がいるしね」
「崇拝するにも手間がかからない」

 サマナー達が妙に納得するのをペルソナ使い達が生温い目で見る中、ゲイルは更に続ける。

「オレ達がこの世界に飛ばされたのは、セラの再度の交信暴走が原因と推測される」
「セラが悪いってのか!」
「待ってくれ。オレが飛ばされたのは別の原因だ」

 ずっと話を聞いていた明彦がホワイトボードへと出ると、そこに塔らしき物を描いていく。

「オレの世界、西暦2009年では、一日の間に影時間と呼ばれる常人には感知できない世界があった。そしてその影時間の中にだけ存在する《シャドウ》、それらが《タルタロス》という塔に原因があると知ったオレ達は、影時間に適応し、なおかつペルソナの力に目覚めた者達を集めてその原因となった滅びの存在、《ニュクス》と戦うはずだった。だが、この《こちら側》の世界からデビルサマナーの小岩さんと音葉さんが飛ばされてきて、直後にシャドウの変質が始まった。小岩さん達と協力して、その原因、いや特異点となっていた電霊とかいう力を得たシャドウを倒した瞬間、いきなり光って気付いたらここにいた」

 すると今度はアレフが前へと出ると巨大な教会のような建物を描いていく。

「どうにも、オレ達とはまた違うようだな。オレ達のいた世界は、西暦1999年に《大破壊》と呼ばれる大災害が起き、その後唯一なる法を尊び、《救世主》の降臨を解くメシア教団によって設立された《TOKYO ミレニアム》、西暦2029年から来た。もっともその裏で暗躍していた神魔の戦いを平定し、新たなる世界を皆で築き上げていた最中だった。だが、いきなり復旧中だったセンターのシステムが《何か》と干渉を始めて、調査に向かった途端、光ってここに」
「その余波がかつてこちらで起きた時空の歪みに引っかかった訳か………」
「このどちらでもセベク・スキャンダルは起きてる。《向こう側》の皆にも聞いたが、セベク・スキャンダルで起きた事はほとんど変わらないらしい」

 ライドウがホワイトボードの端に大正二十一年と書いた下にやたらと古めかしい画風で超力超人や憑依状態だった伽耶のデフォルメした絵を描いていくと、尚也が二つの珠阯レ市の上にエミルン学園の略図を描いて西暦1996年と書く。
 最後にゲイルが自分の描いた図の上に西暦2025年と書くと、その略図と年号を見てから呟いた。

「……多過ぎるな」
「確かに。これが偶発的な事故とは考えるのは難しい、というか不可能だろう」
「というか、最早何がなんだか分からないのだが」

 ゴートとゲイルの指摘に会議室にいる者の半数が頷き、克哉署長の意見に残る半数が同じように首を傾げる。

「ただこの異なる時空間が関与するケースには、必ず《特異点》と呼ばれる物が存在するらしい。例えば、オレ達の場合はセラがそれにあたる」
「こちらだと、伽耶に憑依していた未来のライドウだな」
「じゃあここだと?」
「この世界で一番最初に飛ばされて来たのは?」
「あ、私だけど?」

 克哉署長とライドウの質問に、舞耶が手を上げる。

「ここだとすでに死んでいる人間が存在する訳だから、確かに特異点となりうるだろう」
「じゃあオレ達の場合は……」
「恐らく、センターのシステムに残されていた《偽神》のデータじゃないかしら? 複雑な神秘学データで構成されてて、消す事が出来なくて困ってたから………」
「だが、一つだけ違う事がある。明らかにこれが人為的事件である証明が」
「……彼か」

 深刻な顔をする克哉警部補に、ライドウもここへ来る要因となった事件を思い出していた。

「……ライドウ氏の世界で、神取 鷹久に会った」

 その名に、元エミルン学園のペルソナ使い達が一斉に反応した。

「ウソ……」
「彼は、死んだはず。いやオレ達がこの手で倒したんだ……」
「それは、何者だ?」
「セベク・スキャンダルを起こした張本人だ。天才的プログラマーにしてデヴァ・システムの製作者。そのデヴァ・システムの発動によって多くのペルソナ使いの覚醒を招いた男だ」
「天才、か」

 尚也の説明に、ゲイルがうつむきながらまた目の間を何かを押し上げるような仕草をして思案する。

「《こちら側》の世界では、噂の力で復活した神取は再度敵となり、そして僕達に敗れ、生き恥を嫌って崩落する海底洞窟に残った……だが、再度出合った彼は、ライドウ氏が扱った事件の資料を強奪し、再度行方をくらました。恐らくは、どこか別の時空間に移動した物らしいが………」
「そのデヴァ・システムとやらは、ここまで影響が出るのか?」
「いや、前に起きた時は町一つ隔離しただけだったが……」
「ならば、他にも同様の《何か》を行っている者がいると考えるべきだ」

 ゲイルの指摘に、全員が色めき立つ。

「つまり、複数犯だと?」
「考えたくはないが、前の事件と今回の事件の規模を比べても、明らかに神取一人で行ったにしては影響が大き過ぎる」
「状況から推察するに、我々同様、複数の世界の人間が関わっている可能性も高い」
「あえて言うなら、幾つもの世界に跨った、テロ行為か」
「そう思ってもらっても構わないだろう」

 二人の克哉が導き出した結論に、全員が騒ぎ始める。

「……対策は?」
「まずはこの世界にこれだけの者達が飛ばされてきた原因の究明だろう。恐らく、何かが必ずある」
「幸運な事に、人手には事かかん」

 克哉達が対策を協議する中、ゲイルが居並ぶサマナー、ペルソナ使い、喰奴達を見回す。

「現状のパトロールを更に広範囲に広げよう。君達もそのメンバーに加わってもらうがいいか?」
「無論だ。市民の安全の確保は警察官の最優先事項だ」
「克哉さん同士だと、話がまとまりやすくていいわね〜」
「一つ、決めておかねえといかねえ事を忘れてるぜ」

 対策がまとまりかけた所で、ヒートが言葉を発する。

「何をかね?」
「こんだけの面子だ。誰が頭をやる? あんたか?」

 ヒートの指摘に、克哉署長はしばし悩んで首を横に振った。

「残念だが、僕では君達の力の正確な把握が出来ない。管轄下には入ってもらうが、確かにまとめる者が必要だな」
「そもそも、能力に個人差がありすぎるから、まとめられる人なんている?」

 たまきの言葉に、全員が頷き、頭を抱え込む。

「くじ引きとかじゃんけんとかは?」
「それはちょっと……」
「選挙で決めるというのは?」
「まだ全員の事も理解してないのに?」
「手っ取り早く殴り合いで決めるか?」
「一歩間違えたら殺し合いよ」
「じゃあ、どうする?」
『う〜ん………』

 全員が明確な答えを出せないで唸る中、羽ばたきの音がそれを中断させる。

「ならば、それぞれから代表を出してその者達で総括役とすればいいだろう」
『おお!』

 ゴウトの言葉に、全員が納得して手を叩く。

「だとしたら、警視庁特殊機動捜査部からは、僕と尚也君が妥当か」
「じゃ、こっちは私と達哉君で」
「話し合いだったら、ゲイルに任せるのが妥当かしらね」
「チームを組んでない者はどうすればいい?」
「誰かの指揮下に入らない限りは出た方がいいだろう。オレはそうする」
「決まったようだな。今後の対策協議のため、代表は残ってくれ。後は解散してもらっていい」
「へ〜い」
「私お腹空いた〜」
「じゃ、ご飯食べに行こ」
「どこか休める所はあるか?」
「部屋開いてるぜ」
「ところで一つ聞きたいのだが」

 ぞろぞろと会議室を出て行こうとする者達に、克哉署長がずっと感じていた疑問を口にした。

「なんで君達はカラスと会話しているのかね?」
『え?』
「……そうか、この者だけオレの声が聞こえなかったのか」
「ゴウトの声は力ある者にしか聞こえん。必要なら誰か通訳してやってくれ」
「そのカラスは言葉が通じるのか?」
「……後で説明します」

 気まずそうな顔でたまきが締めくくると、代表以外の者達が会議室を出て行く。
 残った《こちら側》の克哉警部補と尚也、《向こう側》の達哉とたまきに克哉署長、エンブリオンのゲイル、それにライドウとアレフが席へとついた。

「さて、まずはチーム構成からだな」
「おや、明彦君とやらはいいのか?」
「彼は指揮下に入る事を納得してくれててね。上に立つよりも、前線に立ちたいらしい。いささか勝手が違うようだけど、彼もペルソナ使いだからね」
「どう分けるかが問題ね〜。できれば能力を均一にしたいけど」
「その前に一つ聞いておきたい事がある」

 ライドウが肩のゴートと共に、ゲイルの方を鋭い目で見た。

「セラの歌無しで、喰奴はどれだけ正気を保てる?」
「ヒートから聞いたか」
「ああ、そもそもこちらに来た時、彼は飢えで暴走していた」
「待ってくれ、何の事だ?」

 克哉署長の問いに、克哉警部補とライドウがゲイルへと目配せする。
 小さく頷いたゲイルが、喰奴の一番の弱点を話し始めた。

「アートマによる悪魔化の最大の問題は、飢えによる暴走だ。喰奴は通常の食料とは別に、飢えを満たす必要がある」
「それは一体何を?」
「マグネタイトね」

 克哉署長の問いに、たまきが横から答える。

「マグネタイト? それは一体……」
「悪魔が実体化するために必要なある種の生体エネルギー元素、って所かしら? 実は私も詳しくは知らなくて」
「喰奴は飢えを満たさねば、飢えに支配され暴走を始める。セラの歌だけが唯一それを抑えられるのだが………」
「ライドウ氏の神鎮めの秘術でも可能だ」
「そのマグネタイトとやらを大量に摂取すればいいのではないか?」

 克哉署長の問いに、サマナー達が押し黙って互いに目配せする。

「何か僕は妙な事を言ったか?」
「サマナーは、通常倒した悪魔の屍からマグネタイトを収拾する。だが、それ以外にマグネタイトを集める方法は一つしかない」
「その方法とは?」
「言ってなかったか。オレ達は、食らい合ってここまで来たと」

 ゲイルの言葉を脳内で反芻した克哉署長が、ようやくその意味に気付いて顔色を青くしていく。

「まさか、飢えを抑える方法とは……」
「事実、飢えに任せて仲間を無差別に喰った奴もいた。オレも、セラがいなければ………」

 誰かの喉が、唾を飲み込む音が静まりかえった室内に響く。

「神鎮めの秘術は一人ずつにしか出来ない。もし、一度に複数の喰奴が暴走したならば…」
「倒してもらっても構わない」

 ライドウが問うよりも早く、ゲイルが断言。

「……本当にいいのかい?」
「確かにオレ達は人食いの化け物だ。だが、心まで醜い悪魔になるのなら、死んだ方がマシだ。こちらに来てからはアートマの使用を極力抑えていたが、そうもいかなくなりつつある。セラと離れてしまっている現状では選択肢は無い」
「それって悪魔差別だよ!」

 尚也の問いに答えるゲイルに、天井近くで浮かんでいたピクシーが降りてきて抗議する。

「……暴走の危険性がある人間は使いたくないが、状況は予断を許さない。喰奴の人達はなるべく彼の下に着くという事で」
「他に、あの装甲服部隊も回しておくといいだろう。暴走した喰奴を抑えるには、あれくらいの装備が必要だ」
「物騒な話ね……」
「これ以上厄介な事態にならないなら、多少物騒でもいいと思うけど」
「だといいがな………」

 尚也の意見が、希望的観測にすらなりそうもない事を、誰もが薄々気付いていた………



「また増えたらしいで」
「困りましたね、こちらはあまり増やせないと言うのに」
「放っておけ。それにいい実戦データも取れる」
「そないな事言うても、制御装置だってまだ実験段階や」
「仕方有りません。全ては《あの方》の実験ですからね………」
「そう、実験だ…………」



 絡んだ糸の端を掴む者達が、一つへと集い始める。
 それぞれの掴んだ糸の先にある物は、果たして………






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