安田しん二のアナログメンズ倶楽部、
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2008年9月16日〜
 仕事部屋の収納スペースを整理していたら、一箱の段ボールが出てきました。中を見ると、カセット・テープがいっぱい詰まってました。これは私が20代の頃のデモ・テープです。ズボラな性格の私は、当時、カセットのケースなどに何の曲かとか書く習慣があまりなく、曲名等未記入の物がほとんどでしたが、興味を持って一つ一つ聴いてみると、面白い物がいっぱい出て来ました。中には、「HEVEN」や「道」のデモ・テープ(当時のデモはとても簡易的で、アレンジは最低限にしかされてませんでした。中にはちゃんとアレンジしたものもありましたが、但しこれは稀なケースでした)や、「アローン」のデモ。これは4〜5回書き直しをしていて、順番に聴いてみると、徐々に最終形になっていく様がわかります。何よりも、私の歌が(手前みそで申し訳ありませんが)とても勢いがあります。ただ、「Baby Baby Baby」のデモは、仮歌屋さんが歌っていて、当時のワーナーのスタジオでレコーディングしたものでした(アレンジは元の物)。あ〜、懐かしいです。
 これからそれらをコンピューターに取り込んで、アーカイヴを作ろうかと思ってます。

2008年7月18日〜
 今、『青山劇場』で毎年恒例の少年隊のミュージカル、『Playzone 2008』(プレゾン)が行われています。23年も続いたこのミュージカルは来年から少年隊から後輩達にバトン・タッチされる事になっています。つまり、少年隊が演るのは今年で最後と言う事になります。私がプレゾンに曲を提供したのはもうかなり昔になりますが、今年は今までの名場面を集めて行われるもので、その中で当時私が書いた曲、「Baby Baby Baby」も歌ってくれるみたいです(作った当時は、ミュージカルを意識して書いてたわけではありませんでしたが……。しかし、何十年も経った今でも大切に歌ってくれるなんて、冥利につきます)。それから、今回新曲も1曲書かせて貰いました。「Fin.」と言う曲です。こちらの方は、ミュージカルであると言う事を意識して書かせて貰いました。この曲がファンの胸にどの様に届くのか見届けたいところですが、チケットは入手困難で、私達関係者でもなかなか見る事が出来ないのであります。しかたない、DVDが出るのを待つとしますかぁ……。

2008年5月16日〜
 昨日は魅惑の音楽団のPA(ライヴの音響)をやってくれてる、きんちゃんの経営するライヴ・カフェ、藤沢『ロング・トーン・カフェ』に行って参りました。そこはとても小さなスペースですが、アコースティックな音楽にはちょうど良い空間です。因に、私ときんちゃんとのつき合いは非常に長く、初めて会ったのは、私が19歳か20歳の頃。そのきんちゃんが、「安田もなにかやってよ」と言うので、「俺が出るのも良いけど、それよりここで落語なんか演ったらどう?」と提案し、友達の三遊亭楽生さんを紹介しました。昨日はその記念すべき『湘南寄席』の第一回目だったのです。形式は二人会と言う事で、もう一人、真打ちでもある、三遊亭神楽さんが加わっての豪華なもの。いや〜〜、落語はやっぱり良いですね。湘南で落語が聴ける!お近くの方は、是非聴きに行ってやってくださいまし。因に、次回は6月19日(¥2500。ドリンク付き)だったけな?スケジュールが合えば、私も行くつもりです。

2008年3月22日〜
 4月11日(金)に赤羽橋の『パシフィック・ヘブン』にて魅惑の音楽団のライヴを演ります!18時開場、19時開演、1ドリンク付き3000円です。『パシフィック・ヘブン』の詳しい場所は、大江戸線『赤羽橋』駅の『中之橋口』を出ますと、その隣のビルの1fです。
 今回からパーカッショニストの宗像仁志ことむねぞー君が参加してくれます。むねぞー君は作・編曲家でもありますが(TRFや嵐など多数)、パーカッションの他にギターにベースに歌に至るまでバッチリなマルチ・プレイヤーでもあります。
 それからギターの是永君は残念ながら暫くお休み。今後はゲストとして参加してくれます。
 ここのところ魅惑の音楽団のリハにその準備でメンバーと会う機会も多いですが、ほとんどメンバーのスタジオで会ってます。ここのスタジオがとてもいい音で、しかもメンバー同士のコンタクトが絶妙に取れる雰囲気を持ってます。実際のライヴでもそんな雰囲気が出せないものか、メンバー全員で知恵を絞ってますが、もしもそれが出来たらサイコーですよね。それだけに中々難しいのですが、徐々にそんな理想の雰囲気で演れる様、頑張って行きたいと思います。

2008年2月26日〜
 最近、「家で酒を飲むのは土日だけ」と言うふうにしました。健康の為です。が、そうすると夜は暇なもんだから、その時間に結構仕事をする様になりました。ただ、終身時間がこれまでよりも遅くなり、起床時間もそのまま後ろにずれましたけど……。
 前までは作曲をすると、オリジナルの五線紙にコード・ネームとかをメモってましたが、数年前から、それを音楽ノートでやる様にしました。普通に学生が使う音楽ノートです。これですと、整理整頓が楽です。ちらからないですし……。
 曲には仮のタイトルを付けますが、最近は全て書いた日を記号化してタイトルにしています。ですから、「あっ、あの時の曲を……」となっても、ノートを開けば直ぐに出てきます。五線紙の頃は、それを探し出すのに一苦労でした。どっかにいちゃったりして……。だらしないですから私は……。
 その音楽ノートも昨日で2冊目に入りました。1年ちょっとで1冊と言う事は、私にしては良いペースだと思います。
2008年2月4日〜
 関東は雪が積もりましたね。私は年がいも無く、雪だるまを作ろうとしましたが、手袋もしないで雪をこねた為手がかじかみ、根性がないので途中で断念………。今、庭にはでっかい雪の塊が一個転がってます。「次にもしも雪が降ったら続きをやろう!」って事にしておきました。それって、私の曲作りと同じ?ところが、「外は寒いし、家で仕事でもしよっと」と、降る雪を眺めながら仕事をしてましたよ。

2008年1月24日〜
 23日にMATCHY with QUESTION?のシングル、「目覚めろ!野性」が発売されました!これは私が作曲・編曲を担当した、ノリの良いハードなロック・チューンです。CDは“通常盤”(ブックレット付き)とPVのDVDが封入された“初回限定盤”の2種類出てるのですが、私は後でサンプルが貰えるのにもかかわらず、CDショップでしっかり3枚お買い上げし(マッチだけに待ちきれなかった……スイマセン、オヤジギャグでした……)、しかもポスターまで貰ってしまいました(これって嬉しいかも)。CDの封を切って中を開けますと、IDナンバーの記された紙が入ってまして、これをメーカーに送信しますと、2月3日に『横浜アリーナ』で行われる、ファン感謝イベントに招待されると言う物なのです。そんでもって、娘達が「行きたい〜!」と言うので、結局私がそれに応募する事になってしまいました。まさかホントに当たってしまったら、当日私が娘達の送り迎えをさせられてしまうのでしょうか?

2007年12月19日〜
 12月7日の魅惑の音楽団のライヴも無事終わり、来場下さったお客様、会場スタッフの方々、それから私に大切な仲間でもある、スタッフやメンバーには大変感謝しております。個人的には、春になる前に、今度はレパートリーを増やして、またライヴやりたいと思ってますので、次回もどうぞ宜しくお願い致します。
 7日のライヴが終わってからは、レコーディングが立て続いてました。そして、そんな忙しい時ほど、曲って書けたりするもんだったりします。と言っても限度はありますが……。しかも、私の場合こんな時はバラード的なものよりも、ノリの良いリズミカルな曲が書けたりするのであります。実は先週、曲の依頼が来ていたのをすっかり忘れていて、「まだですか?」と催促が来て、慌てて書き始めたと言う事が有りました。また、そんな時に限って良い曲が書けてしまったりして……。その話をうかれて家族にすると、逆に「お前の様な奴は普通はクビだ!」と説教され、いかにも納得、そして反省………。こんな事がもう無い様にと、年内にあと2曲は書いておくつもりでいます(私にしてはかなりやる気満々!)。

2007年12月1日〜
 12月7日の魅惑の音楽団のライヴ、赤羽橋の『パシフィック・ヘブン』で19時から(3000円)です。今回は、是ちゃん(EG)が出れませんで、9人での公演です。都営地下鉄大江戸線の赤羽橋駅・中之橋口を出てすぐ左隣です。よく赤羽と間違えられますが、麻布の隣街、東京タワーのそばです。

2007年10月26日〜
 魅惑の音楽団のライヴは12月7日(金)に決まりました。チケット、場所(赤羽橋です)など、詳しい事はまた後日お知らせ致します。
 それから、来月は浜松(K-MIX)にまた行く事になりそうです(楽しみ)。帰りに伊豆の『Fab Rocks Rec. House』に寄る予定ですが、あそこは山の上と言うこともあり、この時季はけっこう寒いはずです。実は地元に限りですが、私は今でも晴れた日は短パンで出歩いているのであります。ちょっとバカみたいですよね?さてと、今日は午前中に仕事を沢山したので、これから海岸でも散歩して来よっと、もちろん短パンで……。

2007年10月5日〜
 魅惑の音楽団のライヴ計画が持ち上がっています。予定として、都内で12月の上旬を考えております。メンバーとは来週ミーティングがありますので、もっと詳しい事はそこで決められます。但し、今回はスケジュールの関係で是ちゃんの参加が難しそうです………。
 日本のプロ野球は、クライマックス・シリーズに向けて盛り上がりを見せています。マイ・チームのジャイアンツはリーグ優勝はしたものの、このシリーズで勝ち抜かない事には話にならないので、是非勝利して欲しいです。
 メジャー・リーグもプレーオフが始まりましたし(松井のヤンキースに勝って欲しい!!)、NBAのプリ・シーズンも始まります。マイ・チームのダラス・マーベリックスは、昨シーズン、プレーオフで格下相手にまさかの初戦敗退を喫してしまいましたが、今年は気合いを入れて頑張って欲しいです。目立った戦力補強はしてないものの、着実に地がためをしてくれてるんだと思ってます。
 私は家で仕事をする時は、主に午前中に力を入れて頑張りますが、メジャー・リーグにNBAと言った気になるスポーツ中継があるので、気が気でありません。夜は夜で日本のプロ野球………。あ〜、ちゃんと真面目に仕事しないと……。

2007年8月26日〜
 コンピューターを買い替えてから、すっかりHPの更新が滞ってしまってます。新しい方には、このサイトを管理するソフトがインストールされていないので、何か方法を考えなくてはと思っています。皆様、ご迷惑をおかけしておりますが、これからもどうぞ宜しくお願い致します。

2007年6月28日〜
 この間、凄いピアニストと友達になりました。私の知ってるピアニストはポップス、又はジャズ系の人がほとんどですが、彼はクラシック畑の人です。初めて彼の弾くピアノの音を聴いた時は、「うわぁ〜〜、すげぇ〜〜」と思わず唸ってしまいました。凄く、ファンキーで男らしいピアノを弾くのです。すっかりその凄さにノックアウトされた私は、「今度、一緒に演ろう!」と、ここぞとばかりに約束しましたが、案外近いうちにご紹介出来るかもなんて思ってます(百回くらい、「ホントに演ろう!」って言っておきました。しつこいでしょ?)。

2007年6月23日〜
 私にとって「魚」と言えば刺し身で、つまりは火を通した魚が食べられないのです。特に白魚は全然ダメで、或る時、唐揚げを鳥の唐揚げと思い込んで口の中に入れてたのですが、いつになってもまるで飲み込む事が出来ないので不思議に思ってると、それが魚の唐揚げだと後でわかったのです。但し、ここ数年で例外も出て来て、伊東は『山国』の干物で白身でないものと、鎌倉・湘南産の釜揚げシラスは食べます(一応、魚嫌いを直す様にチャレンジはしているのであります。しかし、相変わらず煮魚系は完全NG………)。
 シラスと言えば、漁港近くでは生の物も買う事が出来ますが、何せ生シラスは鮮度が命ですので、その日のうちに食べてしまわないといけないのだそうです。私は午前中に浜で生シラスを買い、よく音楽仲間の催すホーム・パーティーへ持って行きますが、是が大変な人気です。釜揚げシラスもそうで、こちらは醤油や大根おろしなどは使わず、先ずはそのまま何も掛けないで食べて貰います。この「ホーム・パーティー」はクラシック系のお友達が主催するものでして、是が食べ物は美味しいし、しかもざっくばらん、でもって歌や演奏なども聴ける、とても有意義なものです。例えば、オペラ歌手と意気投合、その場で私のつたないピアノで「こんなメロディー歌ってくれる?」なんて、そこで即興で曲を書いたりして大盛り上がりしたりします。そこまでやると、やっぱり是を形に残したくなるのが、心情と言うもの。まわりにいた人達も巻き込んで、話は膨らんで行くのです。私はそこでは「シラス王子」と言われています(笑)。

2007年5月21日〜
 かなりのご無沙汰でした。この1ヶ月、様々な事が有ったのですが、中でも一番大きかったのは友達が亡くなった事。暫く、ショックが大きかったのですが、しかし何とか最近は普通にやっております。
 私のiPodが壊れてしまいました。最初はシステム的なトラブルかと思ったので、アップルに電話しますと、もうサポート期間が切れてるとかで、対処法を教えてもらうのは有償になると言う、なんとも唖然とした話。しかももしも修理ですと、その代金は新しいiPodが買える程の値段なんだそうで、ばかばかしいと言うか何と言うか、なんともショックが大きいです。私は自分の作曲した作品や、デモなどもそこに収めて有るので、私にとってのiPodは単なるMP3プレーヤーとしてだけではなく、仕事の資料庫としてかなり重要でした。どうやら、データ(1万曲入れて有った)も全部吹っ飛んでしまって、結局は新しいのを買う事になるのでしょうが、やはり、物と言うのは修理しながら永く使って行きたいと言うのが本音です。

2007年4月16日〜
 昨今、デモ・テープと言えども、完成度の高さを求められる様です。一昔前の様に「コードとリズムとベースに歌」なんて言う、「とりあえずこんなメロディー」的なデモでは、業界では通用しなくなってしまってるのです。そうなると、やはりコンピューター・フル活用は必須です。自称「アナログ人間」の私も、その辺は割り切って、Macで打ち込むのであります。
 しかし、例え家でコンピューターで音楽を創っていても、わが家の居間には、ウクレレやチャランゴにギター、ボンゴや各種笛類、それにピアノ………と生楽器が無造作に置いてあります。常に生楽器(この表現自体変だなぁ。普通に“楽器”で良いんだと思うんだけど……)と触れ合う事は忘れたくないんです。

007年4月14日〜
 友人の作詞家(と言っても私の大先輩ですが……)のお家へ行って、蓄音機でSP盤を聴かせて貰いました。
 先ずは蓄音機の横に付いたハンドルをぐるぐると回し、ターンテーブルを最初にクルっと手で回してやると動き始めます。針はコンパスの針の様に太く、その針の付いたアームのスピーカーが付いてるんです。つまり、電気は一切使ってないんですね、これが………。「昔の音楽は昔のプレーヤーで聴く」と言うのが、私にとって究極の贅沢かも知れません。蓄音機………、私も欲しくなってしまった………。いつか買おう………。

2007年4月13日〜
 私のMacコンピューターがいよいよIntel Macになります(5代目です)。私が使ってる音楽ソフトのlogicもIntel用の物にクロスグレードするつもりでした。ところが、このサービスが3月いっぱいで終わってしまってたのです。焦った私は、朝一番にアップルに電話して猛抗議……。きっと、私の剣幕に相手方も困ったと思います(ごめんなさい)。しかし、凄いのはその素早い対応。夕方にはアップルの営業のOさんから電話を頂き、「クロスグレード再開のめどがつきました!」との朗報が。流石Mac!!流石アップル!!アメリカの本社とかに話を通すのはかなり大変だったと想像出来るだけに、Oさんやその周りの方々が、いかに尽力を尽くしてくれたかが分かりました(感動)。やっぱり、最後は“人”です。私は「これからも“Mac派”」と、心に誓ったのです。

2007年3月26日〜
 昨日は某中学校の吹奏楽部の定期演奏会に行って来ました。かくなる私も、実は吹奏楽部員だったので、とても楽しく聴かせて貰いました。
 私はどこかで書いたと思いますが、メロフォンと言う、ホルンの廉価版楽器を吹いてました(フレンチ・ホルン1台買う値段でメロフォンが4台も買えてしまいます。今では見かける事がほとんどないのですが……)。ですから、パートは一応ホルン。マーチですとアルトと言う楽器のパートをメロフォンが担当してたのです(アルトと言うのは、チューバをう〜〜〜んと小さくした様な形をした、これまたあまり見ることがない楽器です)。しかしこのパート、普段は数人で和音を組み、「ンパ、ンパ、ンパパパパ」みたいな裏打ちをする事が多く、パートとしては非常に地味でした。私は入部した時はサックスが希望だったのですが、何故か先輩にメロフォンにされてしまい、それから3年間ずっとメロフォンを吹いてました。当時、フレンチ・ホルンは憧れの楽器で、市内連合音楽祭と言う大会で他の学校と一緒になると、同じメロフォン・パートの同級生と「おい、あの学校Fホルンだよ!い〜なぁ〜〜」と、ため息を漏らすのでありました。それに対し自分たちはメロフォンなので、非常にコンプレックス。まるでお弁当を隠しながら食べてる子の心境でした。もしもあの頃ウチの学校がフレンチ・ホルンだったら、もしかしたらずっと続けてたかも。そしたら、人生変わってたのかなぁ?

2007年3月18日〜
 JRのSUICAカードが私鉄や地下鉄でも使える様になりました。普段楽器を持ち歩かない私の移動手段は、主に電車移動なので(勿論、楽器を持ち歩く時は車ですが……)、今までは私鉄や地下鉄はパスネットを使い、JRから乗り換える時などはわざわざ財布からそれを取り出して改札口を通ってました。しかし、これからはその煩わしさから開放されますね。ですが、本当にSUICAが私鉄で使えるのか、試したくなってしまうのが、悲しいかな私の性格。用もないのに私鉄に乗ってしまいそうです。

2007年3月16日〜
 自称「アナログ派」の私ですが、現在の「早い、安い」と言う風潮のあるこの音楽業界で生きて行く為には、やはりデジタル機器やコンピューターの使用を避ける事は出来ないと感じております。そんなわけで、かくなる私もバナナス関係以外のプロジェクトではコンピューターを駆使してるわけです。
 最近、自分のMacに限界を感じ、更に強力なMacの購入を検討中ですが、友人達から「新しいの出るかもよ」との未確認情報を入手し、只今タイミングを見ております。
 現在使用してるMacは私に取って4代目に当たるのですが、初代のMacはSE30と言う白黒モニターの可愛らしいモデルで、それはたしか1989年か90年に購入したと記憶してます。時代と技術の進歩を感じるのですが、そいつのハード・ディスクの容量は、なんと130Mと言う、今では考えられない小さな物でした。しかし、それでも当時としては友人達に自慢出来る程の容量だったのです(40Mとかが普通でした)。そして、たしか当時私はそれに80万円以上も大枚を投資した記憶が有るのですが、その2週間後に20万円程値下げされ、とてもがっかりしたのを思い出します。もうこんな事が無い様にしたいですよね、やっぱり。

2007年3月4日〜
 山岡美香さんと言うジャズ・シンガーのレコーディングを1月から行ってたのですが、先月末、無事にミックス・ダウンを終える事が出来ました。私がサウンド・プロデュースを担当したのは、今回のプロジェクト全4曲中3曲でしたが、他の1曲のミックス・ダウンの時も、途中までスタジオにいたので、エンジニアの青ちゃんにボーカルのエコーに対してアイデアを提示したりしました。普段は自分が関わってない曲には絶対に口出ししてはいけないのですが、今回のプロジェクトはとてもアット・ホームな感じでしたので、自然な流れでそうなりました。
 ジャズ・シンガーのレコーディングではあったのですが、今回の楽曲はボサノバを含めラテン系ナンバーでして、演奏の方は、魅惑の音楽団のメンバーで行いました。このメンバーでボサノバを演ると、とてもユニークです。CDの発売日はまだ未定ですが、ひょっとするともう数曲追加するかもしれません。委細が決まりましたら、ご報告しますのでお楽しみに!

2007年2月25日〜
 先日20日に、よすおさんとあおちゃんの3人で、浜松にあるFM局K-MIXへ行き、またまた生放送の『キャラメル・ポケット』に出演して来ました(出演は私とよすおさんの2人)。
 出演はお昼でしたが、その日は浜松に泊まりだったので、出演後、夕方まで『楽器博物館』なる所へ行って時間を潰して来ました。実は以前も行ったのですが、その時は改装中で入る事が出来ませんでした。ですので、今回は「念願かなって」って感じです。その『楽器博物館』ですが、これが予想を上回る面白さ!私とよすおさんとあおちゃんはなんと3時間以上そこにいて楽器を観てたのです。
 それにしても豊富な量でした。実際、私の知らない楽器も多数有りました。それから、古いピアノなども相当数置いてあったので、私達はどんな音がするのか興味津々です。当然楽器に触れる事が出来ないので、音は直接聴く事は出来ません。しかし、そこは図々しいあおちゃんが博物館の職員のお姉さんを捕まえて、「すいませ〜ん。音出してみて下さ〜い」と気軽にお願いし、弾いてもらって音を確認する事が可能になったのです。色々なピアノやチェンバロの音を聴き比べ、とても有意義でした。ホント、楽し過ぎます。
 帰る時に、私は「あと2回は来ないとだめだね」と二人に念押しました。次回はもうちょっと勉強してから行くつもりです。流石、「楽器の街、浜松」、ここ、絶対オススメです!入場料は大人400円。皆さんも是非行ってみて下さい。

2007年2月5日〜
 1月は「曲書きノルマ」が達成出来なかったので(やっぱりって思ってるでしょ?)、2月に入って猛チャージを掛け、頑張ってます。
 話は一旦変わりますが、先日は大親友の作曲・編曲家、長岡成貢くんのレコーディングでコーラスを演って来ました。終わってから久々に2人で三軒茶屋で飲んで、色々な話で盛り上がり、時間も忘れて楽しく美味しい酒を味わいました。で、時計を見るとなんと夜中の3時になってました。当然終電は終わってるので、始発まで待つのもなんだし、私は三軒茶屋からとことこと歩く事にしました。先ずは246号を環八に向かって歩き、駒沢辺りで左折。今度は駒沢通りを通って駒沢公園を過ぎたところで飽きたので更に左折。目黒通りに出ると等々力の手前で左折し、環八に出ました。飲んだ後なので、けっこう足が辛くなってしまい、途中で小休止しラーメン屋に入り腹ごしらえしました。その後、結局蒲田の2つ手前の武蔵新田と言う駅に出たので、そこで多摩川線に乗る事にしました。いやあ、多摩川線って言うのは生まれて初めて乗りましたし、そんな駅が有る事も初めて知りましたが、まだまだ知らないところがいっぱい有るんだなぁと思いましたよ。それにしても寒かったなぁ〜。
 さて、話は作曲の話に戻ります。最近は歩きながら曲を考える事もよくあるのですが、残念ながら先日の“夜中の大ウォーキング”では、せっかく長い距離を歩いたのに、全然曲を考える事無く、ポケ〜っと歩いたのでありました。あ〜、もったいない事したなぁ〜。

2007年2月1日〜
 2月になりました。曲書きの「1月のノルマ」はどうしたかって?ん〜……、内緒です………。
 さて、先日書いた、曲書きの話の続きですが、私の場合、普段2冊のノートを持っていまして、それらを使っています。その一つは普通の罫ノートで、これは作詞用の物。それからもう一つは五線譜の音楽ノートで、こっちは作曲用です。これらはどちらも清書する為の物ではなく、メモを取る為の物です。ノートの表紙はPP(ポリプロペリン)とかって言うプラっぽい物で出来ていて、端にはルーズリーフの様にフィルムの様な穴が空いていて、ツインワイヤでバインディングされてます。これだと、その時使うページを容易に開いて置けるので、作業する時もとても助かります。
 作曲(作業)の一番最初は、出来たメロディーを会議用のカセット、iPod、又は携帯電話に録音するところから始まります。この直後、コードを決めて(ここで早速このノートが登場)、簡単なコード譜を作ります。私の意識の中では、ここまでやって「一曲書けた!」って事になります(あくまで作業的にですが……)。大抵は詞は後になりますが、一緒に書いた時は、この音楽ノートの左ページに詞のメモを取っておきます。実は音楽ノートを開くと、左右両方が五線譜と言うわけではなくて、私のヤツは左側のページが普通の罫ノートになっているのです。これはホント便利です。曲の題名も当然決まってないので(私の場合は、一番最後に決める事がほとんどです)、その日にちを題名にしておきます。以前は適当な題名を付けたり、M−1とかって記号を付けてたのですが、かえって何が何だか分からなくなる事が多いので、今はそうしてます。
 肝心な事を言い忘れましたが、バナナスのナンバーの場合はメモは取らないで、いきなり清書の楽譜から入ります。つまり、大抵はデモ・テープ無しで、いきなり本チャンのレコーディングに入りますが、しかし、のんびりしてるせいか、曲を考えてから楽譜にたどり着くまでは時間が掛かります。
 あ〜、また長くなりそうだぁ。続きは次回って事で、アシカラズ。

2007年1月30日〜
 今月も残り後僅か。2007年の12分の1を終えようとしてるわけですが、「1月に3曲は書きたい」と言う私自身で課したノルマまで後2曲書かなくていけません。と言う事は、まだ1曲しか書いてない、都合良く言うと、「26日にあれから1曲は書いた」って事ですが、私達作曲家の場合、ただメロを書き上げただけでは、まだ仕事としては完成形ではなく、それをデモ・テープにしなくてはなりません。あっ、そうか、「テープ」とは最近は言わないですか?その昔はカセット・テープにして提出したもんですが、今は一般的にデータかCDーRが多いのでしょうかね?私はデータで送る事も有りますが、出来ればその提出先の人に目の前で聴いて貰いたいので、“CD−Rにして直接届ける派”です。
 さて、話を元に戻しますが、言い訳になりますが、今年はライヴ、そしてアレンジ&レコーディングとスケジュールされてたので、“曲の書き初め”は1月も後半に入ってからになってしまいました。私の場合、曲を書く為にスケジュールを押さえる事もあるのですが、緊急でない場合は、大抵スケジュールの合間にそれをやります。
 メロディーを作曲して、そのまま直ぐにアレンジ〜デモ作成へといく場合も有りますが、メロディーを何曲か書き溜めて、その後にアレンジに入ると言う事も有ります。要するに自分がその時に楽でやる気が起きる様に順序を立てるので、そのパターンはいくつか有る事になります。
 あっ、このまま“曲書き”について書き続けると、相当長くなりそうなので、この続きはまた後日って事で……。

2007年1月26日〜
 1月5日の魅惑の音楽団のコンサートの直後から、私は山岡美香さんと言う、ジャズ・シンガーのレコーディングをしてました。
 彼女は普段はジャズを歌う事が多いのだそうですが(ジャズ・シンガーですから……)、今回の曲はボサノバです。その彼女の声がとても雰囲気が有り、とても良いのです。今回の私の役目は、アレンジャーですが、ドラム&パーカッションにコーラス、それから歌録りのディレクションまでやったので、サウンド・プロデューサーと言ったところでしょうか(結局私は3曲担当しました)。
 バックの演奏は、魅惑の音楽団のメンバーを中心に行われ、ちょっと他では聞いた事の無い、魅惑のサウンドに仕上がっています。あとはミックス・ダウンを残すのみ。その予定は未定ですが、2月に行われるでしょう。当然ミックス・ダウンは、エンジニアの青野光政こと青ちゃんとの共同作業となる事でしょう。楽しみだなぁ〜。
 とりあえず、山岡美香さんのレコーディングが一段落したところで、今度は曲書きに入ります。考えてみれば、1月に入ってから、と言うか、今年に入ってからまだ1曲も書いてません(ヤバイッ!1月中に3曲は書きたいのだが………)。今回は、出来れば楽器を使わずにメロディーをひねり出すつもりです。「う〜〜ん」と部屋で考えていても仕方ないですね。よし、そうだ!今日は天気も良いので、ウォーキングに出掛け、歩きながら作曲しよう。

2007年1月12日〜
 1月5日の魅惑の音楽団コンサートはお陰様で大成功で終える事が出来ました。
 なんと1曲目は雅楽の「越天楽」から始まり、長谷川君がアレンジしたインストの「ビートルズ・メドレー」、これは弦楽四重奏が奏でる「エリナリグビー」の有名なフレーズから始まります(『ラヴ』さながらの密度の濃いアレンジでした)。そして、私が歌うビリー・ジョエルの「ムービン・アウト」でボーカル物も披露。勿論、バナナスのナンバーや森高千里に提供した「道」なども演奏しました。長谷川君のガット・ギターと井上さんのチェロでサン=サーンスの「白鳥」を演った時はお客さんは目をつむって聴いてくれました。それから、フォルクローレの名曲、「コンドルは飛んで行く」と菱本さんの所属してた WARAのヒット曲、「出会い」は魅惑の音楽団ならではのスタイルで演奏し、弦楽四重奏と私とで、クイーンのセカンド・アルバムから「ネヴァーモアー」とかも演りました。ビートルズ・ナンバーは他にも、ウクレレ・ブラザースのコーナーで「サムシング」、ウクレレとケーナと歌と弦で「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」、それからオリジナルに忠実に同じ編成で「イエスタデイ」を演りました。
 結局休憩を入れて3時間のコンサートでしたが、大多数のお客様から「アッと言う間だった」とのお言葉を頂き、私も喜んでおります。
 メンバー間でも盛り上がりましたので、次回も必ず演ります!実は皆さんを喜ばせる為のアイデアは、これでもまだ半分も実行していませんでして、これからどんどん練習して行きたいと思ってます。ところで、その次回はどこで?ん〜、次は都内かなぁ……、出来れば春頃に。

2007年1月2日〜
 昨夜、『スマスマ』を観てましたら、少年隊とスマップが「Baby Baby Baby」を歌ってました。
 あれは私が26歳か27歳の頃書いた曲です。懐かしかったなぁ。番組を見終った直後、ピアノに向かって、この曲弾いて歌っちゃいました。

2007年1月1日〜
 新年、あけましておめでとうございます!
 本年もどうぞ宜しくお願い致します。



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