ガラスの器

 

 

「てんぐうー、てんぐうー」

「天狗どのー」

「うるさいのう。ゆっくり昼寝もしておれんわ。」

紅牙沙は声の主を見下ろした。おお、これは…。

そう言えば、今日は長月の九日であったな。

約束の日の…

 

「天狗、どこにいるのだーっ」

「これ。少しは年寄りを敬わんか、晴明の小童ども。

 天狗大明神とか大天狗様とか、もうちっと呼び方があるじゃろ。」

「おお、そこにおったか、天狗よ。探したぞ。」

そう言うと、吉昌は天狗のいる枝の下に駆け寄って来た。

その後ろからは兄の吉平もゆっくりと近づいて来た。

「……おぬしら、わしの話を聞いておらんな。」

吉昌は笑いながら答えた。

「聞いているさ。だが、おまえが真名を教えないのだから、天狗としか呼びようがなかろう。

 それに、それを言うならもう老年とも言える男たちをつかまえて小童はないだろう。」

「ふぉふぉふぉっ。うぬらなどわしから見ればほんの小童よ。

 して、わざわざここまでたずねてきて、わしを呼び出すからには何かわしに話があるの

 じゃろう?」

「おお、そうであった。実は……」

吉平はことの次第を話し始めた。

 

吉平、吉昌のふたりの父である稀代の陰陽師 安倍晴明はその死の間際、ある遺言を残した。

『自分が死して後、5年後、長月の九日にふたりにやってもらいたいことがある。

 その指定した日に自分の先の妻、梨花の墓へ行け』と。

晴明の先の妻であった梨花は亡くなる時、自分が死んだ後その自分の骸に

長年の間晴明の体内に溜まり続けてきた陰の気を納めるよう言い残した。

晴明が少しでもただ人へ近づけるようにと。

晴明は陰の気が溜まり過ぎたため、年を取ることができなくなっていたから…。

 

しかして、晴明は妻との約束通り、自分の陰の気を妻の亡骸に収めた。

だが、晴明にたまった陰の気はあまりにも多すぎて、妻の身体には収まりきらなかった。

晴明はその収まりきらなかった陰の気を、人形を作り、それに収めた。

それが、先代の地の玄武 安倍泰明である。

そしてやっと人並みに年を取ることができるようになったのである。

 

だが、年を経るごとに晴明はこの妻の身体に収めた陰の気が気掛かりになってきた。

長年、晴明の身体に宿っていた陰の気である。それは、それ自身だけでも大きな力を持つだろう。

自分が生あるうちはよいが、死して後、もし、その陰の気が何者かによって悪用されるような

ことがあれば、たいへんなことになる。

そこで、ふたりの息子に妻の身体に宿る気を、人形を作り、収めるように遺言したというのである。

 

指定された日、吉平、吉昌兄弟は梨花の墓に出向いた。

すると、まるでふたりが来るのを待ちわびていたかのように、墓の中から大きな光の玉が

浮かび上がってきた。

ふたりは驚きながらも、そこは陰陽師。その玉を用意してあった唐櫃に収め、屋敷に持ち帰った。

そこまでは父の指示通りでよかった

しかし、そこで、ふたりは途方にくれてしまった。

それを入れる器…人形を作れと父は言ったが…

吉平、吉昌の兄弟は父から陰陽の力を受け継いでいることはいるものの、

父ほどのずば抜けた力を持ち合わせてはいなかったから。

 

ここに泰明がいれば…

ふたりはそう思わずにはいられなかった。

だが、そう思っても詮無いこと。

泰明は先代の龍神の神子とともに神子の世界へ旅立ったのだから…

 

そこで、困り果てたふたりは晴明と一緒に泰明を作ったという天狗をたずねて来たのである。

 

「ほぉ〜、で、わしに泣きついて来たわけだ。それにしては態度がでかすぎるのではないか?」

(晴明め、こやつらがわしのところに来ることも計算済みということか。)

 

「できるのか、できないのか、どっちだ!?」

しびれをきらせて吉昌が怒鳴った。

「ふぉふぉふぉ、是とも否とも言えるの。」

「どういうことだ。」

「つまり、作られた身体にその核がなじむかどうかということだ。」

と紅牙沙は言うと、枝から飛び降りた。

「ついて来るがよい。」

紅牙沙は山の奥へ奥へとふたりを導いた。

もう頂上かと思うほど奥まったところに着くと急に視界が開けた。

そこには祭壇らしきものがしつらえてあった。

その祭壇に近づいた吉平、吉昌のふたりは同時に

「あっ」

と声をあげた。

そこには、ひとりの美しい青年が静かに横たわっていた。

 

《つづく》

 

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

 

 

[あとがき]

さあ、やっと書き始めました。泰継さんの誕生の物語であります。「実は二つ核を

作っていたんだよ〜」というより、こっちの方がありえるのではないかと思い、独

断と偏見で書いてみました。だって、泰継さんの方が泰明さんよりも力が劣ってい

るんですよね? 本人の言によれば。ということは、ふたりは全く同質のものでは

ないと言えるのではないか…というのが私の解釈です。

それから私の天狗の真名は“紅牙沙”と言います。これは数の単位の“恒河沙”に

別の字を当てたものです。恒河沙、那由他、阿僧祇などの響き好きなんですよね。

この物語は少しずつ少しずつ書き足していくつもりです。果たして完結まで書き続

けられるのかな…頑張ります。

 

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