ガラスの器3

 

 

人形はゆっくりと上半身を起こすと、これまたゆっくりと三人の方に顔を向けた。

吉平が最初に口を開いた。

「おまえの名は泰継と言う。」

「や…す…つ…ぐ」

人形…いや泰継は低い声で、一つ一つ言葉を切りながら、ゆっくりと復唱した。

「父上が名づけた名だ。」

と言って、吉平は懐から一枚の紙を取り出し、その紙に目をやった。

「これが、父上の最期の手蹟となったが…泰平な世を継いで行く者という意味だそうだ。」

「わしはまた泰明を継ぐ者という意味かと思ったぞ。」

紅牙沙はそういうとカラカラと笑った。

「や…す…あ…き…」

泰継はまた復唱した。

「そうだ。お前と同じ出生の者。言わば、兄弟みたいなものだな。」

吉昌はそう説明した。

「きょうだい…」

「まっ、一度にいろいろ言ってもわからんよ。まだ、生まれたばかりの赤子のような

 ものだ。それに時間はたっぷりある。」

「時間とは何のことだ?」

吉昌が聞き返した。

「いや、何でもないよ。ただのひとりごとよ。」

紅牙沙はそう言ってそらっとぼけた。

吉昌はそれ以上追求しなかった。

 

吉平は持ってきた着物を泰継に着せた。それを見て、吉昌は思わず声を漏らした。

「本当に泰明に似ているな。髪の色と言い、目の色と言い、まるであやつが戻って来た

 ようだ。」

「だが、別のものだ。」

紅牙沙はそう言うと、吉平、吉昌兄弟の方に向き直り、真剣な眼差しで言葉をつないだ。

「晴明がいない今、この者はお前たちふたりが導いてやらねばならぬぞ。

 泰継はまだ無垢な存在。良くも悪くも染まりやすい。どのように育って行くかは

 お前たち次第じゃ。」

「無論承知。だが、気が重いな。われらだけでできるだろうか…。」

「わしも手を貸すよ。あれの最期の頼みだ。最後まで責任は持つ。」

「天狗殿が手を貸してくださると言うなら心強い。お頼み申します。」

「うむ。」

紅牙沙はうなずいた。

 

「では、そろそろ山を降りよう。夜の闇のうちにわが屋敷に連れて行った方がよい。」

吉昌が言った。

「そうだな。それでは、行こうか。」

吉平はうなずいた。

吉昌は先に立って歩き出した。するとゴンッと大きな音がして、急に何か壁のような

ものに激突した。

「いてっ、な…なんだ!?」

「ふぉっふぉっふぉっ、結界を解くのを忘れとった。すまんのう。」

紅牙沙は笑いながらそう言った。

「……わざとじゃないのか?」

吉昌は恨めしそうに言った。

「さあてな。ここは人界と隔てられた空間。大事な人形を人間が簡単に入れるような

 ところに置いておけないからな。ふぉっふぉっふぉっ」

「そんなことより早くこの結界を解いてくれ。」

「わかった。わかった。そうせかすな。」

紅牙沙はそう言うと、自分の羽を一枚取り、呪いを唱え出した。

泰継はその様子をぼんやりと見つめていた。

 

その時、まだ三人…いや、四人は大きな黒い影が彼らのもとに急速に近づいている

ことに全く気づいていなかった。

 

《つづく》

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/
 

[あとがき]

泰継さん’s Storyの第三弾です。何か思わせぶりの終わり方でしょう?

このあとどうなるのでしょうか? えっ、気になる?

次回掲載までもう少しお待ちください。

 

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