夫婦になるには?ワン・ツー・スリー!<1>

 

「わかったな、泰明?」

「何度同じことをたずねるのだ? くどい。」

師匠の度重なる念押しにいささかうんざりして、泰明には珍しくいかにも不愉快だという表情を露にした。

「それならよいのだが…」

「だから、夜更けに神子のところに訪ねて行って、日が昇る少し前に帰る。それを日間繰り返し、3日目の朝神子と一緒に餅を食べ、祝宴に出る。これでよいのだろう? 造作もない。」

「まあ、事実そうなのだがね。何かおまえが言うと何とも味気ない気がするね。」

晴明はハーッとため息をついた。

 

龍神の神子である元宮あかねは鬼との最終決戦に無事勝利を治め京を救った後、泰明に乞われるまま現代に帰らずにこの京の地へ留まった。

だが、陰陽師という役職上、自分の心とは裏腹に鬼との戦いの後処理でそれまで以上に仕事に忙殺されていた泰明はなかなか三晩続けてしかも吉日にプライベートな予定を入れる…ということが出来ず、あかねとの婚礼の儀もずっと延び延びになっていたのだ。

そして、このままでは神子殿もかわいそうだという晴明のはからいもあって、やっと今日この日晴れて婚礼の儀を行う運びとなったのである。

 

晴明は世情にうとい泰明のために儀式の手順を事細かに説明した。不安に思い、何回も何回も繰り返し…

一度の話で物事を理解する泰明がうんざりするのも無理はない。

だが、晴明は形式のことばかり気になって、うっかり大事なことを説明し忘れていたのだ。そう…もっとも大事なことを…

 

 

*  *  *

 

 

この日のためにと新調された調度品に囲まれて、あかねはなんだか落ち着かなかった。

 

――泰明さんはいったいいつごろ来るんだろう?

 

心臓の方は先ほどからもう飛び出てしまうんじゃないかと思うぐらいドキドキしている。まるで部屋中にその音が響き渡っているのではないかとさえ感じてしまう。

いったいいつまで一人でこんな時間を過ごさなければならないのだろう?

さすがにこの日だけは一人でいるのが淋しいからと言って、藤姫を呼んで一緒に話をしてもらうわけにもいかない。狭い部屋の中でただジッと一人で待ち続けるというのはどうにも自分の性に合わない。かと言って、いつものようにふらふらと泰明を迎えに出るなんていうことも出来ない。そんなことをしたらあかねの後見人になってくれている左大臣の名に傷がつくから…それはさすがに困る。

あかねも泰明同様、藤姫から儀式の手順をしっかり叩き込まれていた。十歳の子どもではあるがある意味あかねよりしっかりして大人びている藤姫はいつも無鉄砲なことをするあかねに母親気取りでくれぐれも儀式をぶち壊さないよう釘をさしていたのだ。

あかねが変な行動をとれば左大臣の名にも傷がつくし、その上泰明も恥をかく…そう言われてしまえば多少不本意であってもあかねはそれに従うしかなかった。

 

「はぁ〜」

あかねは大きくため息をついた。

 

そう…後から考えればこの説明役を買って出たのが藤姫だったというところにも間違いがあったのかもしれない…

 

 

 

あかねの緊張と我慢もピークを迎えていた。

やっぱり見つからないようにこっそり邸を抜け出して様子を見に行っちゃおうかななどとよからぬ考えが頭をもたげ始めたころようやく泰明がやって来た。

「神子様」

先導の女房があかねに声をかけた。

「はい!」

緊張のため、声が上ずっているのが自分でもわかる。

「泰明様がお出でになりました。」

女房は静かに言った。

 

――来たーーーっ!!!

 

心音が今まで以上に早くなった。

「お…お通しして…」

そう答えながらももうあかねは緊張のあまり倒れそうだった。

「失礼する。」

御簾をあげて泰明があかねの待つ部屋に入って来た。

今日の泰明の出で立ちはいつもの狩衣姿でなく、布袴に衣冠という礼装姿。

ほのかな蝋燭の光に照らされてその姿がまた若草色の髪によく映えて、この世のものではないほど美しい。

 

――きれい…

 

先ほどまでの緊張はどこへやら。あかねはそんな泰明に思わず見惚れてしまった。

「神子?」

自分を見つめたまま先ほどから一つも言葉を発さないあかねを訝しがり、泰明が声をかけた。

その声にハッとして、あかねは慌てて三つ指をついて頭を下げた。

「お…お待ちしておりました。」

そんなあかねを見て、泰明がふっと微笑んだ。

「改まった挨拶など不要だ。」

そう言うと、あかねのそばまでやって来てあかねをふわっと抱きしめた。

「この日をどれだけ待っていたことか…」

泰明があかねの耳元でささやいた。

すぐそばで聞こえて来る泰明の声と吐息にあかねの心臓はもうこれ以上ないぐらい早まった。

「神子…」

「あかねって呼んでください。今日からはもう夫婦になるのだから。」

「あかね…」

泰明はあかねの真名を呼ぶとその桜色の唇に自らの唇をよせた。

まだぎこちないけれどやさしいキス…

そんな口付けが終わると泰明はまたやさしくあかねを抱きしめた。

 

最初は「いよいよだ!」とドキドキしていたあかねだったが、いつまでたっても泰明が次の動作に入る気配がない。

 

――もしかしたら、寝ちゃったの??

 

あかねはさすがに不審に思って泰明に声をかけた。

「泰明さん?」

その声に泰明がピクッと動いた。

どうやら寝ているわけではないらしい。

あかねは顔を起こして、泰明の顔を覗き込んだ。すると泰明はちょっと困った顔をしている。

「あの…泰明さん、どうしたんですか?」

再びあかねが声をかけた。

「この後どうすればいいのだ?」

「えっ?」

「朝まで神子と過ごすというのはわかるが、どうやって過ごせばよいのだろう?」

「はい??」

 

そう! 泰明は世間一般では21歳ということになってはいるが、中味はまだこの世に生まれてたった2年のいわばまだ2歳の子どもなのだ。普通の若者であれば、邸に仕える女房の艶っぽい噂話や同じような年頃の若者たちとの会話の中からそれとはなしにそういうことを自然覚えて行くものであるが、泰明はそういう段階をすべてすっ飛ばしていきなり世間にボーンと飛び出したのでその手の知識を吸収する機会など今までまったくなかったのだ。

では、泰明にいろいろな知識を与えた晴明はどうだったのかというと日常生活や陰陽師としての知識や技術を覚えさせることばかりに躍起になっていて、ついうっかりとそういう知識を与えるのを忘れてしまっていたのだ。

 

あかねの方も泰明の言葉を聞いて、困り果ててしまった。

あかねだとて今までにそういう経験があるわけではない。元の世界にいた時も特に一人の男性とまともにおつきあいしたということもなく、周りの女の子達がわいわい騒ぐ中、あかね一人のほほんとそういうこととまったく関わりなく過ごして来たのだ。そのため、情報溢れる現代にあって、もう本当に化石に近いぐらいその手のことにはうとかった。

まあ、それでも泰明よりはましであったのだが、あかねが知っていることといえば、裸になって二人で抱き合うというレベルぐらいで、その後どう睦み合えばいいかなどということまではさっぱりわからなかった。

 

――だって、その時が来ればきっと男の人がリードしてくれると思ってたから〜

 

あかねは心の中で叫んでいた。そんなことを考えながらふと泰明の方を見ると、すがるような目であかねをジッと見ている。

 

――うわ〜っ、そんな顔をされたってどうすればいいのよ〜〜〜

 

「あ…あの…」

「ん?」

「あの…着物を脱いでですね…」

「着物を脱ぐのか? なるほど。」

泰明は頷くと、あかねを解放し、パッパと着物を脱ぎ始めた。

 

――うわ〜

 

あかねはてっきり泰明がそのまま身につけていたものをすべて脱いでしまうと思っていたのだが、泰明は単姿になると、着ていた着物をていねいにたたんだ。そして、たたみ終わるとあかねを見てにっこり微笑みながら言った。

「脱いだぞ。次は何をするのだ?」

「う…う〜ん…」

 

――これ以上、私の口から言えないよ〜

   

あかねは返答に困った。そして困ったあげく…

「もう寝ましょう!」

そう言った。

「ああ、そうだった!」

泰明はポンと一つ手を叩いた。

「確か二人で寝ると聞いたような気がする。そうか、寝ればいいのだな。」

泰明は納得したようにうんうんと頷いた。

「では、あかね、一緒に寝よう。」

「うん…」

二人はしつらえられた寝台に横になった。

「こうしてあかねと一緒に寝ることが出来て、嬉しい。」

子どものように無邪気に微笑みながら泰明が言った。

「そうだね。私も嬉しい。」

あかねもちょっとはにかみながらそう言った。

「あかね。」

もう一度あかねの唇に軽く唇を落とすとあかねをそっと抱きしめ、しばらくするとそのまま泰明は幸せそうな微笑みを顔中に浮かべて小さな寝息を立て始めた。

「眠っちゃった…」

あかねは子どものような泰明の寝顔を見て、微笑んだ。

「ふふっ、まあいいか。」

そして、自分も眠ろうと思って、目をつぶったあかねだったが、愛する人に抱きしめられたままである。ドキドキしてなかなか寝付くことが出来ない。

もしかしたら、朝まで眠れないかも〜といささか心配したりもしたが、やがてあかねの方も泰明の心地よいぬくもりに包まれて、いつの間にか眠りについていた…

 

朝になると二人を起こさぬようそっと銀盤に盛った餅が届けられた…

 

そうこうしているうちに泰明が帰る時間となり、二人はちゃんと儀式にのっとり、衣を1枚交換して、そして、泰明は自分の邸へと帰って行った…

 

《つづく》

 

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

[あとがき]

泰明さんとあかねちゃんの結婚話です。とは言っても

相手があの泰明さんですから、一般常識通り滞りなく

進むはずがありません。(^。^)

今回のお話はちょっと長くなったので、とりあえず、

三つに分けました。

“本当の夫婦”にならずに一夜目を過ごしてしまった

二人…さて、この後いったいどうなるのでしょう?

気になる方は続きの方をご覧ください。

 

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