夫婦になるには?ワン・ツー・スリー!<2>

 

泰明が邸に戻ると待ち構えていたように晴明が飛び出して来た。

「泰明、どうだった?」

「どうとは?」

「だから、上手く行ったか?」

「上手く?」

泰明は首をかしげた。

「何がだ?」

「だから…あれだよ! あれ!」

「あれとは?」

晴明はじりじりしながら言った。

「だから…神子殿を上手く抱けたのか?」

「ああ。」

泰明は納得したように頷いた。

「神子はとってもやわらかかった。そしていい匂いがした。」

泰明はいくぶん頬を朱に染めながらそう言った。

「そうかそうか。」

晴明はやっと安心したように微笑んだ。

「おまえも疲れただろう? 少し眠るといい。」

「疲れた? 少しも疲れてなどいないが? むしろいつもより休まった気がするが…」

泰明は少し考える素振りを見せた。

「だが、まあいい。お師匠がそう言うなら部屋で休む。」

「ああ、そうしなさい。若いというのはいいねぇ。あっ、文の方はすぐに送るのだよ。」

「わかっている。疾く送る。」

泰明は自分の部屋へ向かって歩き出した。

晴明は微笑んだまま父親の眼差しで泰明の背中を見送った…

 

 

*  *  *

 

 

陰陽寮に向かう途中、朱雀門を少し入ったところに友雅がいた。どうやら友雅は泰明を待ち伏せしていたらしく、泰明の姿を見つけるなり、すぐに泰明の方に近づいて来た。

「泰明殿、昨晩は神子殿のところに行かれたのだってね。」

「そうだが?」

友雅は意味深な笑みを口の端に浮かべて言った。

「これでやっと君とも艶っぽい話が出来るよ。」

「艶?」

泰明はまゆをしかめた。

「ふふふっ、で、どうだったんだい、神子殿は?」

友雅は扇で口を覆いながら、そっと泰明の耳元でささやいた。

「やはり初めての時はかなり痛みを伴うものだからね。やさしくしてさしあげたかい?」

「神子が痛がる? 何だそれは?? 神子は痛がりなどしなかったが?」

「驚いたね、それは。神子殿はてっきり未通娘だとばかり思っていたのだが、そうか… それはちょっとばかりガッカリだねぇ。」

「未通娘とは何だ?」

泰明は聞きなれぬ言葉に首をかしげながら、少し大きめな声で聞き返した。

「声が大きいよ、泰明殿。つまり神子殿にとって君が初めての男じゃないってことさ。」

この言葉に泰明は顔を青くした。

「どういうことだ、友雅!? 神子は好きになった男は私が初めてだと言った!」

「女はみんなそう言うものだよ。」

「神子は私に嘘などつかぬ! それに一緒に隣で寝ただけでどうして痛がるというのだ。ぶったりつねったりするわけではなし、痛がるわけがないではないか!」

「ん?」

友雅は泰明の言葉がちょっと引っ掛かった。

友雅の頭の中に「まさか…」という考えがよぎったが、いくらなんでも21歳にもなる大の男がそんなことを知らぬはずはないだろうと一度はその考えを打ち消した。

だが、相手はあの朴念仁の泰明である。目の前で睨んでいる泰明を見ていると何だかそういうこともあり得るのではないかとも思えて来る。念のため、聞いてみるかと思い、友雅は泰明に声をかけた。

「泰明殿」

「何だ?」

泰明は不機嫌そうに聞き返した。

「泰明殿は神子殿に出会う前まで女を抱いたことはあるのかい?」

「呪いを行う時怨霊から守るために抱くこともあるが…なぜそのようなことを聞く?」

「だから、その抱くとは違って…」

友雅の疑問はだんだん確信に近づいて来た。

「まさかとは思うのだが…」

そう前置きすると友雅は小声で泰明の耳に囁いた。

「女性と契りを結んだことはあるのかい?」

「契り? 契約のことか? 約定なら結ぶことはあるが?」

「そうではなくて…」

「何が言いたい。」

泰明はますます不機嫌になって来た。

「単刀直入に言おう。女性と夜の関係を持ったことがあるのかい?」

「夜の関係? 何だそれは。おまえの言うことはわけがわからぬ。」

 

――ああ、やっぱり。

 

友雅はため息をついた。ほぼ間違いない。泰明はきっと本当に知らないのだ。それで神子殿と婚礼を挙げたいだなどと大胆なことを考えたとは…いやはや何と言うか…

 

――神子殿もかわいそうに…

 

ため息をついたかと思うと何やら思索に入り始めた友雅を見て、泰明が苛立ちながら言った。

「ほかに用がなければ失礼する。」

そのまま行ってしまいそうな泰明を友雅が慌てて引き止めた。

「まだ何か用があるのか?」

「泰明殿、それでは神子殿とまことの夫婦になれないよ。」

さすがにこの言葉には泰明も足を止めた。

「何!?」

「夫婦になるにはね、それなりの行為が必要なのだよ。」

「どういうことだ? 神子のところに泊っては帰り、それを三晩続けて、三日目に三日夜の餅を食べ、露顕をすれば夫婦になれるのではないのか?」

「いや、泰明殿、それだけではダメだ。そのね“夜の関係”というのが夫婦になるためには必要不可欠なのだよ。」

 

――し…知らなかった。

 

泰明はそれを聞いて、目の前が真っ白になった。

そんなものがあるなら、なぜお師匠はそんな大事なことを教えてくれなかったのか!

ほかのことはうるさいぐらい聞かされたのに。

すぐにその矛先は師匠である晴明に向かった。

 

「失礼する。」

そう言うと、泰明は踵を返して、大またで自分の家へと向かって歩き出した…

その背中を見つめながら、友雅はくっくと笑いながらつぶやいた。

「天下の陰陽師と言えども時にはこういう失敗をするものなのだね。さあて晴明殿はちゃんとあのことを泰明殿が納得するように教えきることが出来るのかな?」

 

 

*  *  *

 

 

「お師匠!」

晴明が休んでいる部屋に怒りまくった泰明が挨拶もなく乗り込んで来た。

「どうしたのだ、泰明?」

「なぜ教えてくれなかった?」

泰明は晴明に詰め寄った。

「何のことだ?」

「友雅に聞いた。まこと夫婦になるには“夜の関係”なる特別の行為が必要だと。なぜそれを私に教えてくれなかったのだ!」

「えっ?」

晴明は一瞬目を丸くした。

「泰明、知らなかったのか?」

「知るはずがない。あれだけ詳細に儀式の手順を教えながら、なぜその部分を省いた!」

「いや、当然知っていると思って…」

としどろもどろに答えながらも晴明は思考を巡らした。そう言えば、泰明にそういうことを教えたことは一度もなかった。それに泰明のことだ、考えてみたらそういうことを自然に身につけるなんて器用なことが出来るはずがないではないか。

 

――ありゃりゃ…

 

「すぐに教えてくれ! 今すぐ!」

「えっ? 今!?」

晴明はまいってしまった。目の前には怒り狂った泰明がいる。

自分の愛息子とも言える泰明にこの場で「ああやって、こうやって…」と手取り足取り実践的に教えることなど出来るわけがない。だが、泰明のことだ、言葉で説明しただけでは、到底理解することなど出来ないだろう。

 

――社会勉強として一度ぐらい適当な女を用意すればよかった…

 

そうつくづく思ったが、今となってはそれも後の祭りである。

婚礼の儀が進みかけている今、神子殿以外の別の女をあてがうわけにもいかない。そんなことをしたらきっと神子殿との縁談が即破談になってしまうだろう。そうしたらもう泰明にも神子殿にも恨まれるなんていうものではない。まじで殺される!

では、どうすればいいのだろうかと晴明が困りに困り果てている時、泰明が言った。

 

「お師匠」

「何だ?」

「それをどこかで見ることは出来ないか?」

「えっ? 見る??」

「友雅は“行為”と言った。行動するものならば言葉で聞くよりも目で見た方が早い。」

「そりゃあそうだが…」

「お師匠も今すぐ妻を娶れ。そしてそれを見学させてくれ。」

「む…無茶を言うな。」

晴明は苦笑した。晴明の妻は泰明が生まれる寸前にすでに他界している。

だから今は一応独り身である。だが、晴明はこの亡くなった妻をとても愛していたし、次の妻を娶る気などさらさらない…というのは表向きだが、今さら妻など娶ったら遊び歩くのに不自由になるではないか。

それに自分の息子同然の泰明に自分の情事を見られるなんて冗談じゃない!

さすがにそれだけは勘弁して欲しい!!

「では、ほかに適当な者はいないのか?」

「そうだな…では…そう! 友雅殿だ! 友雅殿ならその道に長けている。友雅殿のを見せてもらいなさい。」

「だが、友雅には妻はいないが?」

泰明は首をかしげた。

「いや、友雅殿は毎日その予行演習をやっているので、うってつけだ。」

「そうか。」

泰明は頷いた。

 

――泰明が素直な性格でよかった…

 

「では…」

泰明は立ち上がった。

「友雅に見せてくれるように頼んでくる。」

「あ゙―――――っ!!!!! 泰明!!」

晴明があわてて引き止めた。

その声に怪訝な顔で泰明が振り返った。

「いや、きっと直接言っても断られる。それは秘密の行為なのでな。」

「そうなのか? では、どうしたらよいのだ。」

「術を使って、夜、こっそり友雅殿のところに行き、見て来なさい。」

「わかった。」

泰明は素直にそう言うと、部屋を出て行った…

 

――友雅殿、あなたが泰明に半端に教えたのですからね。責任をとってもらいますよ。

 

 

*  *  *

 

 

二日目の晩、泰明は昨日と同じようにあかねを訪ねた。

あかねはやっぱりちょっとドキドキするものの昨日よりは安心して泰明を部屋に迎え入れることが出来た。

「あかね…」

泰明が言った。

「おまえは“夜の関係”というものを知っているか?」

「はい〜?」

「まことの夫婦になるためにはその特別な行為が必要不可欠だと聞いた。」

「泰明さん、やっぱり知らなかったんだ。」

「おまえは知っていたのか?」

少し責めるような目であかねを見た。

「い…いえ、そういうことがあるっていうことは知ってましたが、どうやったらいいかまでは知りません。」

あかねは慌ててそう言った。

「そうか。」

その言葉で納得したのか、泰明は続けた。

「私はおまえとまことの夫婦になりたいと思っている。だが、そのやり方を知らない。今からそのやり方を学びに行く。おまえも来い。」

「えっ? えっ? 泰明さん??」

泰明は印を結んで呪いを唱えた。するとたちまち二人の体から魂が離れ、気がつくと二人はとある貴族の邸の一室にいた。その部屋には友雅と化粧を施した妙齢の女性の姿があった。

「と…友雅さ…」

あかねが叫びそうになるのを泰明が制した。

「聞こえないとは言え、あまり気を膨らますと友雅に気配を悟られる可能性がある。静かに見ていろ。」

 

「来てくださって、嬉しゅうございます。」

友雅によりかかった女が友雅を上目遣いに見ながら言った。

「私もだよ。あなたに逢える日がどれだけ待ち遠しかったことか…」

「その言葉を何人の女に言ってらっしゃるのかしらね?」

「そんなかわいい口でそんなことを言ってはいけないよ。それともこのまま何もせず私に帰ってほしいのかい?」

 

「それは困る!」

泰明が思わず声を発した。

「泰明さんだって…」

「すまぬ。」

泰明は再び口をつぐんだ。

 

「いじわる…」

そう言うとその女は友雅の首に腕を回した。

「ふふっ、それでいい。かわいい人だ…」

そう言うと友雅はその女の唇に唇を落とした…

 

《つづく》

 

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

[あとがき]

はい、16禁と言ってもこんなものです(笑) 想像さ

せるような言葉だけで、実際のシーンそのものはまっ

たく出て来ません。もし、もっと過激なものを期待し

ていた方がおりましたらごめんなさいです。

でも、今回のお話はまったくそういうことを知らない

とそのへんの面白さが伝わらないだろうということで

一応16禁とさせていただきました。だって、そうで

なきゃ、想像というか妄想も出来ませんからね(笑)

2004年3月27日“16禁”指定を解除しました

 

友雅さんのおかげでやっと真実に気づいた泰明さん。

でも、お師匠様、そのアドバイスはいくらなんでもな

んなんじゃないでしょうかね?? ダメですよ、素直

なお子様に覗きを勧めちゃ! 後でバレて、友雅さん

に恨まれても知りませんよ〜

次でいよいよ完結編!

果たして二人の婚礼の儀は無事終わらせることが出来

るのでしょうか?

気になる方はぜひぜひ続きをどうぞ♪

 

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