最高の贈り物

 

「もう友雅さんったら、いつも私のこと、子ども扱いするんだから〜」
あかねは頬をぷぅと膨らませながら、いつものごとくそう言った。
「君があんまりかわいいものだからね。」
友雅はそんなあかねに目を細めながら、こちらもいつものごとくそう答えた。
「知りません!」
あかねはプイとこれまたいつものごとくそっぽを向いてしまった。

――おやおや、またあかねを怒らせてしまったね。
  でも、本当のことなのだがね…

そう友雅が心の中で思った時、あかねがそっぽを向いたまま小さな声でぼそっと一言つぶやいた。
「私だって、もうすぐ17歳になるんだから…」
友雅はその声を聞き逃さず、あかねに言った。
「それはめでたいね。で、あかねの生まれた日はいつなのかな?」
それに対して、まだちょっとへそをまげていたあかねは
「友雅さんなんかに教えてあげませんよ〜だ!」
そう言って、ちょろっと舌を出した。
その仕草がまた何とも言えずに可愛らしい。そう思った友雅だったが、
「おやおや」
と言ってわざとらしく、ため息をつくと、スッと立ち上がった。
「えっ?」
あかねはそんな友雅を不思議そうな目で見上げた。
「これ以上ここにいるとますます姫君の機嫌をそこねてしまいそうなのでね。今日はこれで退散することにするよ。では、また。」
友雅はそう言うと、さっさと部屋を出て行ってしまった。

「えっ? えっ? 友雅さん??」
いつもならここでもう一ツッコミしてくれるところなのに、今日に限って、あまりにもあっさりと友雅が帰ってしまったので、あかねは少々ガッカリした。

――んん、もう! もう少し粘ってくれればいいのに〜

本当に乙女心は複雑である。(笑)

 


◆  ◆  ◆

 

 

あの鬼との最終決戦の後、龍神の神子であった元宮あかねは友雅の「京に残ってほしい」という願いにより元の世界に帰らず、この京にそのままとどまった。そして、姉と慕い、ぜひ今まで通り自分の館に留まってほしいという藤姫のたっての願いで、今でも神子時代と同じように左大臣の屋敷でお世話になっている。
友雅としては、一刻も早く自分の屋敷にあかねを連れて行きたいとは思っているものの、あかねの養父同然の左大臣への遠慮もあって、あかねがこの屋敷に留まることを仕方なく許しているのである。
そして、来ればついまたあかねをからかい…という関係が今でもまだ続いている。これはこれで楽しいのだが、そろそろもう少し進展があってもいいのではないかと思いつつもついついそんな関係を持続している自分に友雅は苦笑していた。

――本当に何て自分らしくないことをしているのだろうねぇ?

今までの自分だったら知り合ったその日に一夜を共にする…ということが常だったのだが、あかねとはもう知り合ってから何ヶ月も経つのに、まだそんな関係にはなってはいない。それより、こんなにただ一緒にいるだけで楽しい、一緒にいたいなどと自分から思う女人など今まで誰一人としていなかった。

――私がこんな気持ちになるなんてねぇ。本当に不思議だよ。

だが、そんな自分もまた友雅は好ましく思っていた…

 


◆  ◆  ◆

 

 

――十七か…

藤姫の館からの帰り道、友雅は考えた。

――確かあかねのいた世界では、生まれた日に誕生の祝いをする習慣があるのだったね。
  私の生まれた日にもあかねは誕生日祝いと称して手作りの匂い袋をくれたし…

友雅は懐に入れてある匂い袋を出して、愛しそうにそれを眺めた。

――私もあかねに何かお祝いの品を贈りたいが、何がいいかな?

あかねの誕生日など本人に聞かずとも、藤姫に聞けば、すぐにわかる。藤姫は占いのためにあかねの誕生日をとっくの昔に聞いているのだから。案の定、「こっそりとあかねのお祝いをしたいのだが…」と言って、聞いたところ、神子様至上主義の藤姫は快くその日を教えてくれた。

友雅は牛車を先に帰らせると、自ら歩いて市を見て回ることにした。
普段は女人への贈り物など屋敷に反物屋や飾り職人などを呼んで持って来てもらったものの中から適当に選んでいたのだが、あかねへの贈り物だけは、自分の足で探したかったからだ。

色鮮やかな反物を手に取っては、それをまとったあかねの姿を思い浮かべてみる。
すると、自然に笑みがこぼれて来る。

――この私がね。変われば変わるものだな。女人への贈り物を選ぶのが、こんなに
  楽しいだなんてね…

友雅は女人の好みそうな反物や髪飾りや小物類、そして、玩具までをも見て回ったが、どれもあかねに似合いそうだとは思いながらも、これといったものがなかなか見つからない。素敵な品ばかりなのだが、いざあかねに…と思うとどれもこれも少々物足りなく感じてしまうのだ。

――困ったねぇ…

そんな時、誰かが友雅の背中をポンと叩いた。
「よう! 友雅じゃねえか。珍しいな、あんたがこんなところに来るなんてさ!」
友雅が振り向くとイノリがニコニコしながら自分を見ていた。
「イノリか。久しぶりだね。」
「何見てんだぁ?」
イノリはひょいと友雅の持っているものに目をやった。
「女物だな。あかねへか!? へぇ〜」
そして、ちょいと友雅をつつきながら、言った。
「うまく行ってんだな、おまえら。」
「ああ。おかげさまでね。」
友雅は余裕の笑みを浮かべるとそう答えた。
「ちぇ〜」
イノリはその様子を見て、ちょっとつまらなそうにつぶやいた。
「おまえが大事にしなかったら、代わりにオレが…なんて密かに思ってたのにさぁ〜」
だが、すぐに顔を上げると笑顔で言った。
「まっ、いいや。あいつが幸せならな!」
「ふふっ、覚えておくよ。」
イノリが半分は冗談だが、半分は本気であろうことは友雅にもわかっていた。
イノリとて、あかねを本当に好いていたことは明白。何しろ隠し立てなど出来ない性格なのだから。無論、鷹通や頼久、あの永泉や泰明までもがあかねに惚れ切っていたことは、勘のいい友雅には手にとるようにわかっていた。
その中で自分を選んでくれたことに少々優越感を感じながらも、やはり少しは不安がつきまとう。

――あかねが私を選んでくれたとて、安心してばかりはいられないねぇ。
  やはり、贈り物は最高のものでないと、ね。

「で、何かいいもの、見つかったのか?」
わくわくしながら、イノリが聞いた。
「それがなかなか丁度いいものがないのだよ。」
友雅は正直に答えた。
「ふ〜ん。あかねは別の世界から来たから、何が好きなのかわかりづらいよな。ここに天真か詩紋がいれば、どんなものがいいか、聞けたのにさ。」
「天真…」
その名前を聞いて、友雅はあることを思い出した。

――そうだ。あれだ! あれがいい!

友雅は突然、イノリに言った。
「イノリ、礼を言うよ。」
「な…なんだよ。れ…礼?? オレ、礼を言われるようなことをしたか〜??」
「ああ。君のおかげで助かったよ。」
友雅はうっすらと笑みを浮かべながらイノリに言った。
イノリは自分に向けられた友雅の笑みに同性でありながら、ちょっと顔を赤らめながらもさかんに首をひねっていた。そんなイノリに友雅が言った。
「そこで、ひとつ君に頼みがあるんだけどねぇ…」
「今度は頼みだ〜!? おまえがオレに〜??」
イノリは目をぱちくりさせながら、友雅を見た。
「君にしか出来ないことだよ。頼みと言うのはね、実は…」
友雅は何やらイノリに耳打ちし始めた。
イノリはそれをふむふむと頷きながら、聞いていた…

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

今日はあかねの誕生日である。
今日に限って、いつもより早起きしてしまった。もう朝餉もとうに食べてしまったし、何にもやることがない。
あかねは自分の部屋の中でぽつんと座ったまま、一人ぼっちの部屋をぼんやりと眺めていた。

――そりゃあ、京では誕生日を祝う習慣がないことはわかってるけどさ…

そう思いながらもやはり現代人のあかねは少し淋しく思ってしまう。
もとの世界にいた時はみんなでパーティーをしてくれて、プレゼントもいっぱいもらった。こんな時は、何かもとの世界が無性に懐かしくなってしまう。

――この前、意地を張らずに、友雅さんに「今日が誕生日だよ!」って言っとけば、
  よかったな… そうしたら、せめて、ここに訪ねて来てくれたんだろうけど…

「ふぅ〜」
あかねは大きなため息をついた。

そんなあかねの耳に聞きなれた声が飛び込んで来た。
「退屈しているようだね、姫君。」
あかねはパッと瞳を輝かせて、声の方を見た。
見ると、友雅が御簾を上げて、あかねの部屋に入って来るところであった。

「友雅さん、どうしたんですか? 珍しいですね、こんな時間に…」
「一刻も早くあかねに会いたかったからね。」
聞きなれた言葉ではあるものの、それを聞いてあかねは赤くなった。
そんなあかねを友雅はふわっと包み込み、そして耳元で囁いた。
「誕生日おめでとう、あかね!」
その言葉を聞いて、あかねはびっくりして、友雅の顔を見た。
「友雅さん、知ってたんですか!?」
「ああ。君のことなら何でも知っているよ、私のかわいい姫君。」
そして、続けた。
「私の生まれた日にはあかねが祝ってくれたから、お返しをしなくてはね。あかね、目をつぶってごらん。」
「は…はい。」
あかねはなおも赤くなりながら、目をつぶった。
友雅はそんなあかねの左手を取ると、その薬指に何やらはめた…
あかねはびっくりして、目を開けて、それを見た。
「友雅さん、これ!?」
あかねの指には細かい細工がしてある金の台座に赤の玉がついている指輪がしっかりとはめられていた。
「あかねの世界では“えんげーじ・りんぐ”というのだそうだね。前に天真の首飾りについていた飾りについて聞いた時、天真から教えてもらったのだよ。あかねの世界では求婚の時にこのような形の指輪を贈ると…気に入ってもらえたかな?」
あかねは友雅の首に思いっきり抱きついた。
「友雅さん、だ〜い好き!!」
「はははっ、そんなことは知ってるよ。ずっと前からね。」
そう言いながらも友雅はあかねをやさしく抱きしめた。
「イノリに頼んで私の胸の鎖と耳飾りで特別に作ってもらったものだ。この世にたった一つしかない、あかねのためだけの指輪だよ。」
「友雅さんの!?」
あかねが友雅の左耳を見ると、確かに見慣れたピアスがない。

――うわっ、これって、友雅さんがいつも身につけてたものなんだ!!

あかねはそれを聞いてますます嬉しくなって来た。だが、あまりにも舞い上がっている自分がちょっと恥ずかしくて、ちょっと照れ隠しのように言った。
「じゃ…じゃあ、イノリくんにも感謝しなくっちゃね。」
それを聞いて、友雅がちょっと不満そうに言った。
「今日は、ほかの男の名などあかねの口から聞きたくないね。」
そして、続けた。
「誕生日の贈り物…と同時に私はあかねに求婚したつもりなのだが…」
友雅はあかねの方を見るとほのかに笑みを浮かべながら、聞いた。
「私はまだ返事をもらっていないのだがね?」
あかねは友雅の腕の中で耳まで赤くして言った。
「もう! 友雅さんの意地悪!! 返事なんてわかってるくせに。」
「あかねの口から聞きたいのだよ。どうなんだい、あかね?」
友雅はいたずらっぽい瞳であかねの目を覗き込んだ。
あかねはますます赤くなりながらも明るく元気な声で言った。
「OKに決まってるじゃないですか!!」
それを聞いて、友雅はちょっと首をかしげた。
「お…桶??」
「友雅さんの北の方になるってことです!!」
「あかね…」
友雅はその答えを聞いて、また思いっきりあかねを抱きしめた。
そして、そっとあかねの顎に手を添えると、その桜色の唇に自らの唇を近づけた…

その時…

「さぷら〜いず!!」
急に複数のドタドタという足音が聞こえて来たかと思うと、真っ先にイノリがあかねの部屋に飛び込んで来た。そして、後から、頼久が、鷹通が、泰明と永泉が、そして、最後に藤姫が現れた。
あっけにとられている二人を前にしてイノリが得意げに言った。
「へへっ、驚いたか? 前に天真と詩紋から聞いたんだぜ。“さぷらいず・ぱーてぃー”とかいうのをさ♪」
「神子様、お誕生日おめでとうございます! 宴の用意もすでに整っているんですのよ。ささっ、こちらにいらしてくださいませ。」
藤姫はそう言うと、嬉しそうにあかねの手を引っ張って、いそいそと別室へとあかねを連れて行ってしまった。ほかの皆もあかねを囲みながらわいわい騒ぎながら、ついて行った。

そして…
あかねの部屋にはポツンと友雅一人が残された。
イノリが行きかけてから、戻って来て、友雅に声を掛けた。
「何やってんだぁ!? おまえも来いよ!」
そう言ってから、一言つけ加えた。
「あかねはまだおまえ一人のものじゃないんだからな♪」
そして、バタバタとまたみんなの方へと駆けて行った。

「やれやれ」
友雅は小さくため息をついた。
「あかねの世界では、指輪はその人のものになった証だと聞いたが、この世界ではそうではないと見える。」

遠く離れた部屋からは、ここまで聞こえるぐらい賑やかな笑い声が聞こえて来る。
「まあ、今日一日ぐらいはね… さあて、私も行くとするか。」
そう言うと、友雅はあかねたちのいる部屋へと向かった…

――だがね、いつまで待てるかな…

そう心の中でつぶやいた友雅があかねを自分の屋敷へと連れて帰ったのはその夜のことであったと言う…

 

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

[あとがき]

月城葉音(ぱーぼぅ)様と朱鷺夕芽様を首謀者として総勢

16名のメンバーが参加した友あか企画「永遠和光」に

出品した作品です。

この企画は参加メンバーみんながテーマを出し合い、そ

れらのテーマの中から投票で16テーマを選び、それを

それぞれが引いたくじにしたがって割り当てて、各自が

そのテーマに沿って友あか作品を作るというもの…

中にはかなり難しいテーマもあったり(笑)

何が当たるかわかるまでは本当にドキドキものでした。

私の当たったテーマは「贈り物」。というわけでこうい

う贈り物話を書いてみました。

友雅さん作品はシリアスのものばかり書いていたので、

こういうほのぼのものを書いたのは初の試みでしたが、

私としては結構気に入っております。

いつか漫画化してみたいなぁという野望も持っていたり

しますが、果てさてどうなりますことやら(笑)

 

永遠和光に掲載したコメントをご覧になりたい方はこちらから♪

 

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