バレンタインの贈り物は…

 

「泰継さん、バレンタインの贈り物、何がいいですか?」

唐突に花梨が聞いてきた。

「ばれんたいんでー?」

「そうですよ。国民的行事ですよ〜!!」

「行事…それはいつだ?」

「2月14日…ええと…如月の十日あまり四日です!!」

花梨がそう言うと、泰継は少し淋しそうな顔をして、言った。

「すまぬ、花梨。私は昨年までその時節は眠りの中にあった。だから、そんな行事が

 あるとは知らぬのだ。」

それを聞いた花梨は

「あっ…」

と小さく声をあげた。

 

――うわっ!! しまった。また、落ち込ませるようなことを言っちゃった。

  もう、この…私の無神経!!

 

そして、花梨は泰継の目をじっと見つめながら言った。

「ごめんなさい。国民的行事なんてまぎらわしいこと言って。“行事”と言っても

 私が元いた世界の行事なんです。ですから、泰継さんでなくてもこの世界の人は

 誰も知らないんですよ。」

「そうなのか。」

そう言って、泰継は少し安堵の表情を見せた。

それを見て、花梨はホッと胸を撫で下ろした。

 

「で、その“ばれんたいんでー”と言うのはどんな行事なのだ?」

泰継はいつものごとく花梨に説明を求めた。泰継はどんなことでも自分が納得するまで

説明を聞かないと気がすまないたちであったから。

「ええと、女の子が好きな男の子に愛の告白をする日なんです。」

それを聞くと泰継は首を傾げながら言った。

「花梨からはもう告白を聞いているが…」

花梨はそれを聞いて頬を染めながら言った。

「それはそうですけど…でも…う〜ん…好きな男の子にチョコレートをあげる日なんです。」

「ちょこれーと?」

 

――あっ、まず〜い。チョコレートなんてこの世界にないもんね。どうやって説明しよう…

 

泰継はじっと花梨を見つめ、答えを待っている。

「ええと、あの…こう“こげ茶色”をしていてですね。固いお菓子なんですけど、

 口の中に入れるとトロッと解けて、甘さが口の中いっぱいに広がってですね…」

説明を聞いている泰継は今イチわかっていないような顔をしている。

「ああ、もうどう言えばいいかわかんない!!」

花梨はひとりパニックになっていた。

「その“チョコレート”はどうでもいいんです!」

花梨はそう強く言うと、さらに大声で

「つまり、バレンタインデーとは、好きな人に贈り物をあげる日なんです!!」

ときっぱり言い切った。

 

――始めからこう言えばよかったのよ〜

 

泰継は花梨のあまりの勢いにそれ以上追求することはしなかった…

 

「で、泰継さん、贈り物に何が欲しいですか?」

「何も…」

泰継はうっすらと微笑みを浮かべるとそう答え、そして

「花梨がいてくれれば、それだけでよい。他に望むものなどない。」

と満面の笑みを浮かべて言った。

花梨はそれを聞いて耳まで赤くなったが…すぐにブンブンと頭を振ると

「それはそれで嬉しいんですが、ふたりで初めて過ごすバレンタインデーだから

 何か贈り物をあげたいんです。」

「ならば…」

泰継の言葉に花梨は期待に満ちた目で泰継を見た。

「口付けを…それだけで私の心は満たされる。」

「……はい。」

花梨は半ばあきらめたかのようにそう答えた。

泰継は花梨の返事を聞いてまた微笑みを見せた。

 

――なんて無欲な人なんだろう。それはそれで好きなんだけど…

  でも、やっぱり何かあげた〜い!!

 

 

花梨が泰継の庵で暮らすようになってすでにひと月以上。ずっとそばにいて泰継のこと

を見て来たのだが、泰継が何を欲しがっているかということは、全くわからなかった。

そこで、リミットが迫ってきた今日この時、意を決して本人に直接聞いてみたのだが…

ご覧のように見事空振り!!

 

「はぁ〜っ…」

花梨は密かに大きなため息をついた…

 

 

あくる朝、花梨が目を覚ますと泰継が髪をだんごに結っているところだった。

「ん…泰継さん?」

その声を聞いて泰継は花梨の方を見た。

「起こしてしまったか? 今朝早く安倍家の使いの者が来たのだ。十日ほど怨霊調伏の

 手伝いに出掛けねばならぬ。」

泰継はだんごを結い終えると、花梨の方に近づいて来た。そして、そっと抱きしめて言った。

「すまぬ、花梨。しばらく淋しい思いをさせる。本当はおまえひとりを残して出掛ける

 のは私としても不本意だが、安倍家よりの依頼ともなるとそうもいくまい。

 待っていてくれるか?」

「私は大丈夫だよ、泰継さん。離れててもいつも泰継さんのことを思っているから。」

「花梨!!」

泰継は強く花梨を抱きしめた。

「お仕事頑張ってね、泰継さん。」

「ああ、ありがとう、花梨。一刻も早く調伏を済ませ、できるだけ早く戻って来る。」

「うん。待ってるね。」

花梨は微笑みをたたえながらそう言った。

 

「いってらっしゃ〜い!!」

出掛ける泰継を手を振って見送りながら、花梨は朝、目に入って来た光景をぼんやりと

思い出していた。そして…

 

――そうだ!!

 

花梨の頭にある考えが思い浮かんだ。

泰継の姿が完全に見えなくなると、花梨は庵の中に入り、サッサと身支度を整え、紫姫の

屋敷へと向かった…

 

 

「組み紐でございますか?」

紫姫はきょとんとして聞き返した。

「うん。そう。こういろいろな色がついているやつ!」

「そうですわね。では、市に行けば、手ごろのものが見つかるのではないかと…。」

「できたら、自分で作りたいんだけど…。」

それを聞いて、紫姫は驚いて言った。

「神子様がお作りになるんですか!?」

「紫姫、もう神子の役目は終わったんだから、名前で呼んでってば。」

「あっ、失礼いたしました。それで、花梨様がご自分でお作りになりたいんでしょうか?」

「そうなんだ。できるかな?」

「作れないことはないと思いますが…。そうですね、それでは泉水殿に相談してみましょうか?」

「へっ、何で泉水さん?」

「確か泉水殿のところの乳母殿がそのたしなみがあるとお聞きしたことがありますので。」

「じゃ、私、行ってみる!!」

と言って花梨は立ち上がるともう走り出していた。

「あっ、神子様…」

角を曲がりかけた花梨は急ブレーキをかけると、くるっと紫姫の方に顔を向け、

「神子じゃないってば!」

と言った。

「…花梨さま…」

それを聞いて花梨はにっこり微笑んでうなずくと

「紫姫、ありがとう!!」

そう言って、また駆け出して行った…

 

 

「神子!? どうなされたのですか?」

息を切らして自分をたずねてきた花梨に、あわてて迎えに出た泉水が聞いた。

「もう、泉水さんまで。私、もう神子じゃないよ。」

「あっ…すみません。み…花梨。」

 

花梨はぜひとも自分の手で組み紐を作りたいんだということを熱心に泉水に話して聞かせた。

 

「そうですか。それなら、私がお教えいたしましょう。」

「えっ、泉水さんが?」

「はい。私も乳母の手ほどきで作ったことがございますので、きっとお役にたて

 ましょう。」

「そうなんですか。じゃ、よろしくお願いします!」

花梨は満面の笑みでそう言った。

「はい。」

と言って、泉水もまた微笑み返した。

 

それから…花梨の修行が始まった。

泉水の“教える”というのは、糸を紡ぐところから…というかなり本格的なものだった

からである。何せ泉水は花梨が自分を頼って来てくれたことにとても感動して、

ついつい張り切り過ぎてしまったのだから…

 

――バレンタインまでもう日にちがないのに、大丈夫かしら…

 

花梨は泉水にわからないように小さくため息をついた。

 

 

しかし、花梨は頑張った。好きな人に贈るため、糸を紡ぎ、そして染め、染め上げた

一本一本の糸を交互に組んで行って…泉水の指導のもとせっせせっせと組み紐作りに

精を出した。そして…

「できた!!」

バレンタインの数日前の夕刻、何回かの失敗の後、やっとイメージ通りの組み紐が完成した。

「おめでとうございます、み…花梨。綺麗に仕上がりましたね。」

泉水が微笑みながらそう言った。

「うん。よかった。何とか間に合ったわ。泉水さんのおかげです!」

花梨は仕上がったばかりの虹色のそれを満足そうに眺めながら言った。

「み…花梨…私のようなものにもったいないお言葉を…。ありがとうございます。

 そう言っていただけると、お教えしたかいがあるというものです。

 お役に立てて嬉しく思います。」

泉水はその瞳に涙まで浮かべながらそう言った。

「わぁ、泉水さん。そ…そんな本当に感謝しているんですから〜」

「そうですね。思わず…すみません。それで、その組み紐は何にお使いになるのですか?」

「それはですね…」

花梨が言いかけた時、

「こんなところで何をしている!?」

突然、低く響く声が座っている花梨の頭の上から聞こえて来た。――その声は最近ではついぞ

聞いたことのない怒気を含んだ声であった。

「や…泰継さん! どうしたんですか? 出掛けてからまだ5日目ですよ。

 もう調伏は終わったんですか?」

ちょっと驚いたものの、花梨は嬉々として泰継に聞いた。

泰継は感情を抑えたような、でも、若干鋭い語調で言った。

「ああ。おまえに一刻も早く会いたくて、調伏を早く済ませたのだ。

 そして、急いで庵に戻ってみればおまえはいない。心配してあちこち探していたら、

 この屋敷からおまえの気を感じたので、まさかと思って来てみれば…」

 

――うわっ、まずい。すごく怒ってる〜!!

 

花梨はそう感じたのだが…

次の瞬間、泰継の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。

 

「や…泰継さん!?」

 

泰継は涙をぬぐうこともせず言った。

「おまえは私のことが嫌いになったのだろうか…。私といるより泉水といる方が

 楽しいのだろうか…」

そう言ってから泰継は急に花梨を抱きしめた。

「嫌だ! おまえは私のものだ。誰にも渡したくない! たとえおまえが誰を思って

 いようと…」

 

それを見て、泉水がコホンと一つ咳払いをすると言った。

「泰継殿、私がいると事がややこしくなりそうですので、私は向こうへ行っております。

 み…花梨、ちゃんと思っていることを泰継殿に伝えるのですよ。」

そう言うと、部屋を出て行った。

 

泉水がいなくなってもまだ、泰継は花梨を抱きしめたまま泣き続けている。

 

――んっ、もう…しょうがないなぁ〜

 

泰継はふいに自分の髪に花梨が触れるのを感じ、顔を上げた。

気がつくと、自分の結った髪に虹色の紐が結ばれている。

「花梨、これは?」

「もう! 本当はバレンタインの当日に渡したかったんですからね。」

花梨は少し口をとがらせながらそう言った。

「だって泰継さん、何もいらないって言うんだもん。だから、私、いろいろ考えて

 これならいつも泰継さんにつけてもらえるって…」

「私のために?」

泰継は少し驚いて聞き返した。

「そうですよ。泉水さんはただその組み紐の作り方を教えてくれただけなんです。

 泰継さんてば早トチリなんだから!」

「ああ、確かに。この糸の一本一本を通して花梨の私への愛と神子の清らかな気

 感じられる。疑ってすまない、花梨。」

花梨は微笑みながら言った。

「わかってくれればいいんです。少し早いけど、バレンタインの贈り物、受け取って

 ください。」

「ああ、贈り物をもらうというのはこんなにも満ち足りた気分になれるものだったの

 だな。ありがとう、花梨。とっても嬉しい!!」

そう言うと、泰継は花梨を強く抱きしめた。そして、そっと唇を寄せた…

 

もういい頃合いかと部屋のすぐそばまで戻ってきていた泉水は急に足を止めた。

「わ…私はいつ部屋に入れば、よ…よろしいのでしょうか…」

部屋に足を踏み入れることもできず、さりとて足音を立ててその場から去ることもできず、

そのまま半刻ほどの間、その位置から動けずにいたかわいそうな泉水であった…

 

 

それからしばらくの間、京ではある噂で持ち切りだった。

あの堅物だと思っていた安倍家の泰継殿が何と頭に太い虹色の紐を結んでいると…

ある者は天変地異の前触れだと恐れ、またある者はきっと何かの強力な呪いに違いないと

思い、そして、宮仕えの女房たちは…密かにそれを見て「かわいい」とほくそ笑んでいた。

 

しかし、当の本人はそんな他人の視線などはまったく気にせず、出掛けている時も常に

花梨の気を身にまとうことができて大満足であった。だから何も問題はない。

 

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

[あとがき]

2002年バレンタイン創作のラストを飾る作品です。泰継もんを

一本は書こうと思いまして、何とか期日までに間に合わせました。

お団子頭を結んでいる紐についてはですね、前に泰継の絵を描いた

時に紺一色で地味な色だなぁと思ったのが発端となっています。そ

れと現代で贈るネクタイの代わりにということで。「あなたを縛っ

ておきたい」という花梨の心の表れだと思ってくださいませ。

ストーリーの流れでふたりの玄武を泣かせてしまいましたねぇ。

いやーっ、計算ではなくて、書いているうちについ…。

まっ、こんなお話もたまにはよいのではないでしょうか…自己弁護

 

おまけ

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呼びすて

 

 

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