泰継は神泉苑へと急いでいた。
「これは確かに神子の気…そしてもう一つは…」
先代と違って不完全なはずの自分ではあったが、これほど大きな二つの気のぶつかり
合いであれば、さすがに自分にも感じ取ることができる。
「一刻も早く神子のもとに行かなければ…」
泰継はさらに足を速めた…
そして、神泉苑に辿り着いた泰継が目にしたものは、龍神の神子である花梨と一人の
仮面の男…その仮面の男からはとてつもない禍々しい気が感じられる。
――神子
泰継の目にはその敵の首領らしき人物が神子に災いをなそうとしているように映った。
「神子〜っ！！」
泰継は叫びながら、二人の方へと駆け寄った。
「地の玄武か…」
泰継を見ると、その男は苦々しそうにそう言った。
「ここで、何をしている？ 神子から離れろ！」
泰継は仮面の男をジッと見据えると低い、だが、力のこもった声で静かに言った。
「何も…。ただ話をしていただけだ。」
「神子に害をなそうとしていたのだろう！！」
泰継はいつになく感情的にそう言い放った。
「せっかくの逢瀬に水をさすとは…地の玄武も無粋なやつだな…」
男は口の端に不気味な笑みを浮かべるとそう言った。
「翡翠のようなことを言うな！！」
泰継は男を睨みつけながら、そう言った。
「気に入らんな。」
男は泰継を一瞥し、
「おまえのような者は最終決戦まで待つ必要もない。この場で私が始末してやろう！」
そう言うと、スッと右手を上げた。
二人のやり取りをジッと見ていた花梨がハッとして、叫んだ。
「やめて！ アクラム！」
「駄目だ。この男は十分私を怒らせた。その責は負ってもらわぬとな。」
アクラムは泰継に向かって黒い光の玉を放った。
だが、泰継の元に達する前に泰継はそれを印を結んで蹴散らした。
「ふふっ、なかなかやるな。それでは、これではどうかな？」
そう言うと、男は先ほどより大きな黒い光の玉を今度はこともあろうに花梨へ目掛けて、
放った。
泰継はそれに気づくと、
「神子〜っ！！」
と叫びながら、花梨に駆け寄り、前に立ちはだかった。だが、あまりに急なことだっ
たので、さすがの泰継も両手を広げて花梨をかばうのがやっとだった…
「泰継さん！！」
花梨は両手を広げて自分をかばうようにして立っている泰継を助けたいと思い、一心
に龍神に祈った。
――龍神様、どうか泰継さんを助けてください！！
両目をつぶった花梨の顔にふと泰継の髪の房がかかった。
思わず目を開けて見た花梨の目の前にあったのは泰継のフサフサの髪…
――何か、うちの犬のしっぽみたい…犬の…犬…犬…
その間、ほんの０.何秒…
今にも男の放った黒い光の玉が泰継を直撃するかという時に
チリン…小さな鈴の音が一つ鳴った…
そして、
「叶えよう。」
低く神々しい声が花梨の耳に響いて来た。
刹那、大きな白い光の玉と黒い光の玉が激しくぶつかり合い、軋むような音が聞こえ、
次の瞬間、物凄い爆発が起きた。
「キャ〜〜〜ッ！」
花梨はその爆風に吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ…
あたりは煙に包まれ、全く前が見えない。
その中で男の嘲るような笑い声だけがあたりにこだましていた…
「では、神子、また会おう。」
男はそう言うと、笑い声はだんだん小さくなり、そして…消えた。
花梨はその声をぼんやりと聞いていたが、やがて、
「そうだ！ 泰継さんは！？」
と泰継のことを思い出し、視界の悪い中で必死に泰継を探した。
だんだんと霧は晴れて来たが、泰継の姿はどこにもない。
「う…うそでしょ…」
花梨の目に大粒の涙が溢れて来た。
「うっ、うっ、泰継さん…」
花梨は両手で目を覆って、その場に膝をつき、泣き始めた…
その時である。
「わん！」
花梨のすぐそばで犬の鳴き声のようなものが聞こえた。
「えっ？ なに？」
花梨はその声のする方を見た。
そこにいたのはとってもかわいいふさふさとした尻尾を持った淡い緑色の毛並みの
一匹の子犬。
――か…かわいい…
花梨はつい今しがたまで泣いていたのだが、どうしてもその衝動を押さえることは
できなかった…
花梨はその子犬を抱き上げるとギュ〜ッと抱きしめ、頬擦りして
「かわい〜い〜〜〜！！！」
と思わず声を上げた。
すると…
≪神子、く…くるしい…≫
花梨の頭の中に直接聞きなれたある声が響いて来た。
「えっ？ 泰継さん？ どこにいるの？」
花梨は自分の周りをキョロキョロ見回したが、やはり泰継の姿はどこにもない。
するともう一度声が聞こえて来た。
≪私は、神子の腕の中だ。≫
「ええっ！？」
花梨はびっくりしてまじまじと自分の腕の中を見た。だが、そこにいるのは泰継では
なく、一匹の緑色の犬…
≪どうでもいい。早く放してくれ！≫
――この犬が泰継さんなの〜！？
半信半疑の花梨はその犬の耳を思いっきり引っ張ってみた。
≪痛い！ 痛い！ やめろ、神子！！≫
「わっ、本当に泰継さんなの？ でも、どうして？」
花梨はやっと手を緩めた。
その緑色の犬は花梨の腕からすり抜けると地面へと飛び降り、耳をブンブンと振った。
≪私にもわからぬ。先ほど、あやつの放った光の玉が私に当たると思った瞬間、
突然生じた白い光の玉に包まれて…気がついたらこの姿になっていた…≫
一人と一匹（？）の間に静かな時間が流れた…
やがて、泰継犬（？）は淋しそうに首をうなだれると、
≪この姿では神子を守ることはできぬ…すまない、神子。北山へ帰る…≫
と言って、耳と尻尾をたれたままトボトボと北山へ向かって、歩き始めた。
「ま…待って、泰継さん！！」
花梨が呼び止めた。
「わん？」
泰継犬がその声を聞いて振り向いた。
「泰継さん、一緒に紫姫の館に行きましょう。その姿のままで、山に帰るのは危険だし、
二人で考えたら何か元に戻るいい方法が見つかるかもしれないし…ね！」
≪神子…≫
泰継犬はそう言うと、走って来て、花梨に飛びついた。そして、尻尾を振りながら、
≪本当にいいのか？ 神子と共に行っても？ 神子が私のために元に戻る方法を一緒に
考えてくれるというのか？≫
と言った。
――うっ、うっ、かわい〜い〜〜 この子をそばに置いときたいじゃない！
こんな姿の泰継さんなんてめったに拝めるものじゃないし♪
どうやら、花梨の考えは泰継の感謝の念とは別物のような気もするが…
とりあえず、紫姫の許しも受け、元の姿に戻るまで泰継は花梨と一緒に紫姫の館でお世話
になることになった。それも花梨のたっての希望で、花梨と同じ部屋で寝起きを共にする
ことに…紫姫もこの姿を見て、まあ、この姿なら大丈夫と思ったのか、意外にあっさりと
許可してくれた。そして、奇妙な同棲生活（？）は、始まったのである…
