WAN!(2話)

 

翌日、紫姫の館に急遽八葉が集められた。

「いったい何だっていうんだ? うそだろ~? これが泰継なんて…」

イサトがまじまじと緑の子犬を眺めながら言った。

「しかし、神子殿が冗談を言っているとは思えませんよ。」

幸鷹が言った。

「そうですよ。みんな、信じられないかもしれないけど、本当にこの子犬が泰継さん

 なんです。」

花梨は子犬を両手で持ち上げると、みんなに見せながら、真剣な目でそう言った。

 

「わん!」≪神子、下ろせ!≫

 

「あっ、はい、ごめんなさい、泰継さん。」

花梨が手を離すと、泰継はストンと綺麗に着地した。

 

その様子を見ていた勝真が半信半疑の目で言った。

「ほんとか~? でも、俺達にはただの犬にしか見えないぞ。

 言葉だってただ“わん!”って鳴いているようにしか聞こえないし…」

「でも、勝真殿、神子の言っていることは本当です。私の頭の中にも泰継殿の声が

 聞こえてきます。」

泉水が口をはさんだ。

「そうですね。泉水殿は霊力が強いですから、泰継殿の声も聞こえるのかもしれま

 せんね。」

幸鷹が言った。

「あっ、僕もおぼろげながらですが、何とか聞き取ることができます。」

彰紋も言った。

「でもよ~、これじゃ戦うこともできないぜ。これから北の札を手に入れなきゃ

 ならないのにどうすんだよ。」

イサトが言った。

 

「わん!」≪問題ない。≫

 

「問題ないって言ってらっしゃいますよ。」

泉水が言った。

「あん? でも、いったいどうやるんだ~?」

勝真が聞いた。

 

「わんわんわんわんわん!」≪神子、墨と紙を持って来てくれ。≫

 

「はい、泰継さん。今、用意しますね。」

花梨はそう答えると硯と墨と紙を用意してくれるように紫姫に頼みに行った。

「い…今、何て言ったんだ?」

勝真が泉水に聞いた。

「墨と紙を用意してほしいとおっしゃったようです。」

「そうなのか? やっぱり“わんわん”吠えてるようにしか聞こえないが…」

勝真は頭を抱え込んでしまった。

 

硯と墨と紙が用意されると花梨は自ら墨をすった。

その様子をみんなは静かに見ていた。

「泰継さん、すり終わりましたよ。」

花梨が泰継犬にそう言うと、泰継犬はおもむろにその硯の方に歩み寄った。

みんなは固唾を飲んでそれを見守っていた。

泰継は静かに紙の前に座った。そして、みなの見ている前で、その尻尾の先に花梨の

すった墨をつけるとサササッと見事に呪符を書き上げたのだ!

「おお~~~!!」

みなの間から歓声が上がった。

 

「わんわんわんわんわん!」≪陰陽の力はそのままだ。だから、これがあれば十分

              戦える。≫

 

「今度は何て言ったんだ~?」

イサトが彰紋に聞いた。

「陰陽の力は変わらないそうです。だから、問題なく戦えると。」

彰紋が答えた。

「ああっ、まだるっこしい!! いちいち通訳してもらわなきゃ会話もできないなん

 てさ。」

「まあまあ、勝真殿。ふふっ、かわいい姿じゃないか。」

翡翠がそう言って、泰継犬の頭をなでようとした時である。こともあろうに泰継犬は

かぷっと翡翠の手に噛み付いたのだ。

「いたたたた…何をするんだい、泰継殿?」

 

泰継犬はすぐに翡翠から口を離すと

「わんわんわんわんわん!!」≪あのアクラムとかいうやつはお前の名を出した途端、

               急に怒り出したのだ。だから、お前にも責はある!≫

と言った。

 

「何と言ったんだい、神子殿?」

翡翠が手をさすりさすり聞いた。

「は…ははっ、私にもちょっと早すぎて聞き取れなかったな~、は…ははっ」

花梨はただ笑ってごまかすしかなかった。

 

「その男の名はアクラムと言いましたよね、神子?」

泉水が聞いた。

「うん、そうだよ。」

花梨が答えた。

「それにしてもやはりこれはアクラムの術なのでしょうか? だとしたら、その方は

 とてつもない力の持ち主ですね。泰継殿ほどの陰陽師にこのような呪いをかけてし

 まうなど、並の力ではありません。私たちもそれ相応の覚悟をしておかないと…」

泉水がうつむきがちにそう言った。

「そうですね。我々八葉の力をもってしても敵うかどうか…もっと鍛錬を積まなけれ

 ば…」

頼忠が真剣にそう言った。

 

みんなの会話を聞きながら、花梨の頭の中では何か引っ掛かるものがあった。

 

――アクラムの術…そうだよね。泰継さんをこんな姿に変えてしまうなんて、それしか

  ないよね。でも、それだけだっけ? 何か他にもあったような…

 

考え込む花梨を見て、幸鷹が言った。

「神子殿、どうされたのですか? 大丈夫ですよ。きっとそのうちいい方法が見つかり

 ます。」

花梨はその言葉にハッとして、

「そ…そうだよね。うん。ありがとう、幸鷹さん。」

そう答えた。

 

その後も泰継犬も交えて、花梨と八葉でいろいろ話し合ったが、やはりいい方法は見つ

からなかった。

そして、日も暮れて来たので、みなはそれぞれの館に帰って行った…

 

 

 

「泰継さん、もう遅いから寝ましょう。私のお布団で一緒に寝ませんか?」

花梨が微笑みを浮かべながらそう言った。

 

≪…い…いや、私はここでよい。≫

 

泰継犬はそう言うと、円座の上に丸くなった。

 

――チェ~ッ、せっかくふさふさの子犬抱いて眠れると思ったんだけどな~ 残念~

 

泰継犬は花梨が眠ったのを確認すると、ため息をついた。

 

――神子は私が三月の間眠らないのを忘れているのだな…

 

泰継犬は庭に下りて、月を見上げた。

 

――いったい何時になったらもとの姿に戻れるのだろうか…

 

 

 

泰継が嘆いている、まさにその時、花梨は夢の中で

チリン…と小さな鈴の音を聞いていた。

『我が神子よ…』

「り…龍神さま? 泰継さんがアクラムに犬にされちゃったんです! どうしたら元に

 戻るかわからなくて… 泰継さんを元に戻してあげてください!」

『それは、我にはできぬ。』

「え~っ、どうしてですか?」

『それに地の玄武はアクラムの力で犬の姿になったわけではない!』

「えっ? どういうことですか??」

『あの時のことを思い出してみるがよい。』

「あの時のこと…」

花梨は必死に泰継とアクラムが対峙した時のことを思い出そうとした。

「確かあの時は…アクラムが私めがけて光の玉を放って…それからかばってくれるよう

 に泰継さんが私の前にたちはだかって…」

『それから?』

「えっ…と、それから“私が泰継さんを助けて”って龍神さまにお願いして…ってこと

 は、龍神さまが泰継さんを犬にしちゃったの~?」

花梨は抗議するような目で、そう言った。

『まあ、待て、待て。もっと先を思い出してみなさい。』

「もっと先? えっ…と目をつぶって一心にお願いして、その時、泰継さんの髪の房が

 私の顔にかかって…ハッ、まさか!?」

『思い出したか?』

「で…でも、あれは願いじゃなくて…いくら何でも、それは…」

『龍神の神子の願いは絶対なのだ。』

「そんな~!! 私が泰継さんを犬にしたの~? それじゃあ、今すぐ泰継さんを元に

 戻してください! 私、願います! 今すぐ願いますから~っ!!」

花梨は泣きそうになってそう詰め寄った。

『叶えてやりたいが、それはできないのだ。』

「どうして? だって、龍神の神子の願いは絶対だって、今、言ったじゃないですか!」

『あの時は我だけでなく、アクラムを通して黒龍の力も働いたのだ。』

「はぁ~?」

『だから、元に戻す時も我の力と黒龍の力の両方が必要なのだ。』

「え~っ!? 黒龍の力なんてどうやって手に入れればいいんですか~?」

『まずは、一日も早くすべての札を得て、最終決戦に勝利することだ。さすれば道は開け

 る。』

「じゃあ、最終決戦まで泰継さんはこの姿のままなんですか~?」

『まあ、そういうことになるかな?』

花梨はシュンとしょげてしまった。

『安心するがよい、我が神子よ。そなたは我が選んだ龍神の神子だ。きっと最終決戦にも

 勝利できるであろう!』

それを聞いて、花梨はちょっと気持ちが楽になった。

「そうですよね。まずは頑張るしかないですよね。私、頑張ります!!」

『それでこそ我が神子だ。いつでも我がそなたを見守っていることを忘れるな。』

「はい~♪ ありがとうございます、龍神さま!!」

チリン…小さな鈴の音とともに龍神の姿は消え去った…

 

 

 

花梨はパチッと目を覚ますと、円座の上に丸くなっている泰継犬のところに行き、その毛

をなでた。

 

――ごめんね、泰継さん。私のせいみたい。

  でも、考えようによってはまだしばらくこの姿の泰継さんと一緒にいられるんだよね~

  それはそれで嬉しいかも♪

 

花梨になでられながら泰継犬は寝たふりをしていた。

 

――神子~ 私は眠らないと言っておるのに… いつまでなでているのだ、神子~

 

二人の上に月の光がやさしく降り注いでいた…

 

《つづく》

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

 

[あとがき]

わぁ~、前・後編で終わらなかったよ…

いったいこのネタでいつまで続けるんだ、自分~!

もしかするとあと2話分ぐらいになってしまうかも…

それでもいいですか、沙桐姫様?

真実を知った花梨ちゃん。果たしてこのことを泰継に

告げるのか? それは、次回で!

泰継さんをもとに戻すまで頑張ります!!

 

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