WAN!(3話)

 

花梨は朝になると泰継に龍神が夢の中に出て来たことを伝えた。

 

≪そうか…で、龍神は何と?≫

 

「全部のお札を集め終わって、最終決戦に勝利するまで元に戻れないだろうって…」

 

≪・・・・・アクラムという輩はそれほど強い力を持っていたのか…油断した私の落ち度だ。

 ならば、仕方がない。不本意ではあるが、この姿のまま、できる限り神子のために戦う。≫

 

それを聞いて、花梨はチクッと胸が痛んだが、それ以上は言わなかった。泰継が犬になった

原因は自分にあるなどとは口が裂けても言えない!

 

≪ん? どうした、神子? 気がものすごく乱れているぞ?≫

 

泰継が敏感に花梨の気を読み取ってそう言った。

 

――うっ、ま…まずい…

 

そこで、花梨はとっさに言葉を発した。

「だって…だって、泰継さんがそのままの姿で私のために戦ってくれるなんて言うんだもん。

 私…私…」

 

泰継犬はそれを聞くと、花梨の膝に飛び乗り、その頬に擦り寄った。

 

≪神子が案ずることはない。私のことは問題ない。皆の前で言ったように、この姿でも十分

 神子のために戦える。≫

 

花梨は冷や汗をかきながらも、膝の上の泰継犬を抱きしめた。

この日はなぜか泰継犬は逆らわず、静かに花梨に抱かれていた…

 

――神子が私のために胸を傷めている…なぜか温かいものが満ちてくる…これはいったい

  何なのだ?

 

――かっわいい〜〜〜 ふさふさ泰継さん♪ 何とかごまかせてよかった〜〜

 

どうやら二人の心の内はちと違っていたようだが…まあ、気にしないでおくことにしよう。

 

 

 

元のままでは、首飾りをひきずってしまうので、花梨は泰継の首飾りの紐を結んで首に合う

ように短くしてあげた。これがまたおしゃれな首輪みたいで、とっても愛らしい。

花梨はそれを見て心の中で思った。

 

――かっわい〜い〜〜〜

 

花梨は紐をつけて連れ歩きたい衝動を何とか押さえて泰継犬と共に出掛けて行った…

 

泰継はみなの前で宣言した通り、犬の姿のまま八葉として申し分なく、戦った。

最初は同行をとまどっていた花梨もそれを見て、安心して、それからというものは毎日のよ

うに泰継犬をともなって散歩…いや、散策に出掛けた。

 

特に女の怨霊と戦う時は好んで泰継犬に同行をお願いした。彼女たちは泰継犬をジッと見つ

めると、みな一様に頬が緩み、ついつい攻撃が弱まるからだ。その隙に花梨はすかさず攻撃

して、怨霊の気力を奪い、さっさと封印した。何かこのところ封印札の数もぐ〜んと増え、

お仕事が楽になったような気がする。

 

――泰継犬、さまさまだね〜♪

 

花梨はそう思った。泰継の心も知らずに…

 

 

 

 

ちゃっちゃと明王の課題もクリアし、いよいよ今日は北の札を手に入れる日。

誘いに来た泉水と花梨と3人(2人と1匹?)で話をしている時、泰継犬は言った。

 

≪私にはおまえたちの言うことが理解できぬ。人の心がわからぬ…私は人ではないの

 だから…≫

 

それを聞いて泉水が真面目な顔で言った。

「そうですね。とても人には見えません。どこからどう見ても犬にしか…」

 

≪今の姿のことを言っているのではない!!(怒)≫

 

泰継犬は思わず呪符をくわえた。

 

「や…泰継さん、待って! ちょっとした冗談ですってば〜 やだな〜、マジに受け取っ

 ちゃって…ははっ。ねっ、ねっ、泉水さん!」

花梨は泉水の方を向いてしきりに合図しながら、そう言った。

「え…ええ、泰継殿。じょ…冗談ですよ。神子のおっしゃるとおり…」

 

泰継犬は呪符をしまいながら一言つぶやいた。

 

≪じょうだん? やはり私には人の考えることは理解できぬ…≫

 

すっかり耳と尻尾をたれて落ち込んでしまった泰継を何とか励まし、浮上させて、最後

には“必ずおまえの役に立つ”とまで言わせて、どうにか北山に出掛けることができた…

 

そして和仁の暴言も玄武の二人の友情(?)にはまったく通じず、時朝の仕向けた怨霊も

サッサと片付けて、三人は見事北の札をゲットした。

 

 

 

 

花梨はそれからもウキウキと泰継犬を連れ歩いた。なぜか戦いのない時も…

泰継犬のおかげ(?)で、もうあらかたの札は封印してしまい。京の街は大分平和を取り

戻していた。

   

花梨はあまりにも浮かれ過ぎていて、泰継犬の様子が少しずつ変化していることに全く

気づかなかった…

 

ある日…泰継犬がぐったりとした身体でやって来て、花梨に言った。

 

≪神子、私の陰陽の力が失われて来ている。やはり、犬の姿をしているからだろうか…≫

 

「えっ?」

 

≪近いうちに消えるのかも知れぬ…この姿のままで…≫

 

泰継犬はキッと顔を上げると花梨をまっすぐ見つめて、言った。

 

≪だから、消える前に、できるだけ神子の役に立ちたいのだ。≫

 

「消えるって、泰継さん!?」

 

≪私が、消えるのは道理だ。神子が心を傷める必要はない。だが、この姿のまま朽ちると

 いうのが、少々口惜しいが…≫

 

「泰継さん、どんなふうな感じなんですか?」

 

≪どんどん身体から力が失われて行くのだ。≫

 

「失われて行く…そうだ! だったら補充したらどうですか?」

 

≪補充? それは存外いい方法かもしれぬな。では、力の補充に行くことにしよう。≫

 

そう言うと泰継犬は庭へ駆け下り、走って行った。

「あっ、待って、泰継さん!」

毎日坂道や階段で鍛え上げて、足に自信がある花梨は、走って泰継犬の後を追った…

 

花梨がやっと泰継のいる火之御子社に着いた時は、さすがにぜえぜえと息を切らしていた…

 

≪神子、走ってついて来たのか?≫

 

泰継犬が駆け寄って来た。

 

「どうして火之御子社に?」

花梨はまだ少し息を切らしながら、そう聞いた。

 

≪この地は洛北にあり、しかも火属性…私が力の補充をするには最適な場所だ。≫

 

「はぁ〜」

花梨はよくわからないながらもそう答えた。

 

泰継犬は目をつぶって一心に呪いを唱え始めた。一瞬泰継犬の全身から気が立ち昇ったが、

すぐにその気は消えてしまった…

 

≪だめだ。陰陽の力を上手く制御できない。やはりこの姿ではこれが限界なのか…≫

 

泰継犬はまた耳と尻尾をたれて、うなだれた。

それを見て、花梨は泰継犬のそばに駆け寄り、思いっきり抱きしめた。

 

≪神子?≫

 

「泰継さんは、消えたりしないよ! 私がこうやって泰継さんを守るよ!」

 

泰継は一瞬びっくりしたが、花梨に自らの身体を預けると、つぶやいた。

 

≪神子…おまえは温かい…人というものは温かいものなのだな…≫

 

「泰継さん?」

 

≪私は、最後のかけらを得た時、自分の本当の望みを思い出したのだ。私はずっと人に

 なりたかった。先代のように、人に…。そして、おまえと過ごすようになってからは

 その思いは今まで以上に募って行ったのだ。おまえと同じ“人”になりたいと。そし

 て、ずっとおまえのそばにいたいと。私のような仮初めの命が、そんな大それた望み

 を抱いたから、罰を受けたのかも知れぬな…≫

 

――えっ? 私のそばに?

 

花梨は顔をちょっぴり赤く染めて、そう心の中で繰り返した。そんな場合ではないのだが…

 

≪だが、こうなった今でもその望みを捨てることはできぬ。お前のそばから離れたくない、

 神子…≫

 

「泰継さん…」

 

花梨は泰継犬を抱えたまま、社の階に腰掛けると、泰継犬を膝の上に乗せた。

そして、黙って泰継犬の背中をやさしくなでた。

泰継犬は気持ちよさそうに目をつぶった。

 

≪ああ、神子。身体中の力がどんどん抜けて行く。だが、不快な気持ちではない。むしろ、

 おまえのやさしく温かい気が私の中に流れ込んで来るようだ。私の頭の中がだんだん薄

 らいで行く。これは眠りに似ている…おかしいな、まだ私の眠りの周期までは間がある

 はずなのに…とても安らいだ気分だ…温かい…神子…≫

 

 

ZZZZZ…

 

 

泰継犬は花梨の膝の上でピクンと身体を一つ動かした。そして、静かに目を開けた。

「泰継さん、目を覚ましたんですか?」

花梨が声を発した。

 

泰継が見上げると花梨の大きな目が自分を心配そうに見つめている。泰継はしばらく

今自分が置かれている状況が把握できなかった…

 

≪神子…私は、神子の膝の上で眠っていたのか? いったいどのくらいの間、眠りに

 ついていたのだ、神子?≫

 

「1時間くらいかな?」

 

≪そうなのか? 1日と経たずに眠り、そして目覚めたというのか?≫

 

「どうしたんですか? 泰継さん」

 

≪今までの私は三月の間目覚めの中にあり、続く三月の間眠りの中にあったのだ。

 このようなことはこの世に生まれ出てから始めてのことだ。そして、自分の中の何か

 が違う。上手く言えないが、私の中の何かが変わったような気がする…≫

 

花梨はハッとして言った。

「泰継さん、もしかして、正真正銘の犬に…もとい! 人になったんじゃないですか!?」

 

≪まさか…≫

 

「そうだよ、泰継さん! そうに決まってる! 泰継さんは人になったんだよ!!」

 

≪信じられぬが、おまえの言葉を聞いているとなんだかだんだんそんな気がして来る。

 不思議な気分だ。私の中にさまざまな感情が溢れ出して来る。

 そして、私の…私の中の陰陽の気が調和している?…ああ、陰陽の偏りがないという

 この充足感。これが人というものなのか? 神子、きっとおまえの陽の気が私に流れ

 込んで、私を人にしてくれたのだな…≫

 

泰継犬は花梨の方を向いて満面の笑みを浮かべた。

 

「よかったね、泰継さん。本当に本当によかったね。」

花梨は泰継犬の頭を撫でながら、そう言った。

だが、それを聞いて、花梨の顔を嬉しそうに見上げた泰継犬は、花梨の瞳の中に映る

自分の姿を見て、また、悲しそうな顔をして言った。

 

≪だが、人になったとて、私はこの姿のままなのだな。私は人になれたのではない。

 一匹の犬になったに過ぎぬ…≫

 

「泰継さん!!」

花梨は思いっきり泰継犬を抱きしめて、目に涙をいっぱい浮かべながら、言った。

「どんな姿をしていても泰継さんは泰継さんだよ!! 私、何があってもずっと泰継

 さんのそばにいる。犬の姿をしていてもずっとこうして泰継さんのそばに…。

 大丈夫だよ! 私が一生泰継さんの面倒を見る!!」

 

泰継もまた目に涙を溜めながら

 

≪神子―っ!!!≫

 

と叫ぶと、花梨にしがみついて泣き始めた。

その泰継犬を花梨はいつまでも抱きしめていた…

 

《つづく》

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

 

[あとがき]

やっと第3話を書き終えました! 花梨ちゃん、

やっぱり本当のことを泰継さんに言えませんでし

たね。そして、犬の姿のまま恋愛イベント突入と

う…何ていう無茶な試みをしたのかしら、私?

何とかこのままで行くと、次回で完結できそうで

す。果たして、泰継は人間の姿に戻れるのでしょ

うか? 沙桐様、もう少し待っててくださいね。

次回をお楽しみに!

 

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