今ではない時間、ここではない何処か遠く知らない国の物語
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dokokatookushiranaikuni
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大陸の北の端、雪と氷に覆われた場所に1つの国がありました。 国の名前を「フォルティア」といいます。 寒さは厳しいですが、静かで穏やかな国です。 王様もお妃様も国と国民をとても大切にしていました。 人々はここで自分につりあうだけの幸福と不幸の人生を過ごしていました。 ある雪の多い年の冬の出来事でした。 王様が流行り病で亡くなってしまったのです。 お妃様も哀しみのありまり寝こんでしまいました。 人々は哀しみました。 国じゅから笑いが消えて、暗い冬枯れの山のようです。 1人の大臣がいいました。 「こんな不吉なことはきっとカルディナの魔女の仕業に違いない」 カルディナはフォルティアの隣にある高い高い山の名前です。 この山には大昔から魔女が住むという言い伝えがありました。 「王子さま、これ以上悪いことが起らないように魔女を退治しなくてはいけません」 大臣は12歳になったばかりのラウナン王子に言いました。 フォルティア国王には3人の子供がいました。 1番上がラウナン王子、2番目がアナナス王子、3番目がリリア姫です。 ラウナン王子は考えました。 身体の弱いアナナス王子にも、小さいリリア姫にもそんなことはさせられません。 「わかりました。僕が魔女を退治しています。」 王子は短剣と少しの食料の入った袋を持って、 カルディナの魔女退治へでかけました。 |
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ラウナン王子は雪に覆われた山道を進んでいました。 辺りは広く開けた雪の野原です。 降りかえると大分遠くなったフォルティア城が見えました。 すでに、フォルティアを出てから半日が過ぎていました。 手も足も雪の冷たさに温もりを忘れたように重くなっています。 南天を過ぎた太陽はゆっくりと西へ向かい始めていました。 空は青く、昨晩までの吹雪が嘘のようです。 何処かで雪溶け水の流れる音がします。 キュ、キュ、キュ。 足を進めるたびに、雪が音をたてました。 ラウナン王子は耳をすませました。 きゅ、きゅ、きゅ。 雪を踏む音に重なるように、微かな音が聞こえます。 王子は足を止めました。 キュ、キュ、…。 確かに音がしました。 王子が雪を踏むのとは別の音です。 王子が歩くのをやめると音も止まりました。 「誰だ!」 ラウナン王子は叫びました。 こだまが辺りに響きます。 王子は短剣を握り締めました。 「大臣から頼まれたのか?出て来い!」 「兄様、僕です」 弱々しい声が返ってきました。 「アナナス!」 ラウナン王子はびっくりして剣を放しました。 岩陰に隠れていたのは弟のアナナス王子でした。 「兄様が1人ぼっちで出て行くって聞いたから…。 僕も魔女を退治に行きます」 「ダメだ!」 ラウナン王子は間を空けずに答えました。 空気が震えるほどの大声です。 アナナス王子は脅えて返事もできません。 少し脅かしすぎたと反省してラウナン王子は続けました。 「お前までいなくなったら、母様とリリアが心配するだろ。 僕が帰るまでお前が2人を守るんだ」 「でも、でも…、兄様」 アナナス王子は泣き出しました。 「兄様、1人ぽっちなんだよ。 そんなの絶対にダメなんだ」 「帰れ!」 「帰らない!」 2人は怒鳴りあいました。 さっきよりもたくさんのこだまが響きました。 こだまの音は中々消えません。 ゴゴゴゴゴゴ…。 こだまはいつのまにか別の音に変わりました。 「兄様、何か聞こえるよ」 ラウナン王子は山頂の方を見て声をなくしました。 雪崩れが2人の目の前に迫っていました。 |
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白い波が山の斜面を滑ってきます。 ラウナン王子はとっさに弟をかばって抱きかかえました。 目を閉じて息を止めました。 身体が浮くのがわかりました。 けれども、雪の冷たさは感じません。 息苦しさもありません。 1秒、10秒、1分…。 「兄様、見て!」 アナナス王子の声にラウナン王子は目を開きました。 雪に反射した陽光が目をさして、目が痛みました。 それだけです。 2人の王子は無事でした。 雪崩れはぎりぎりのところで、彼らから反れて曲っていました。 「こんなことが…?」 ラウナン王子は雪崩れの跡に呆然としました。 「兄様、ほら、あっち」 アナナス王子が近くの針の木を指差しています。 その先には少女が1人、王子達を見ていました。 |
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そこにいたのは、妹と同じ年くらいの少女でした。 「こんにちは」 アナナス王子が声をかけました。 ラウナン王子は恐い顔をしています。 「何者だ?何故こんな場所にいる?」 ラウナン王子は短剣の柄を握りしめました。 少女はそれを見て言いました。 「ばっかじゃないの」 2人の王子はぽかんとしました。 そんな返事が返ってくるとは思いませんでした。 王子達が黙っていると少女が続けて言いました。 「お前達、命の恩人を凍えさせるつもり? いつまでもこんな所にいたら風邪をひいてしまうわ」 「ごめんなさい」 アナナス王子が謝りました。 「あの恩人ってどういうこと?」 少女はちょっと笑っただけでした。 「私は寒いから家に帰りたいの。 もちろん、お前達も一緒に来るのよ。 お前達は今から私の家来になったのだから」 「ちっとも寒そうには見えないね」 ずっと黙っていたラウナン王子が口を開きました。 ラウナン王子はずっと短剣の柄を放していませんでした。 確かに、少女は薄いドレス1枚でしたが、 ちっとも寒そうではありませんでした。 雪の上にどうどうと立っています。 ラウナン王子は言葉を続けました。 「あいにくと僕等は魔女の家来なるつもりはないんだ」 ラウナン王子は少女を睨みつけました。 アナナス王子がびっくりして少女を見つめます。 少女の表情は先ほどと変わりませんでした。 「ばっかじゃないの」 少女は初めと同じ言葉を繰り返しました。 「そんな短剣で私を殺すつもり? それも、お前達が居なくなって喜んでる大臣や お前達が居ても居なくても変わらない国民に義理だてして。 帰ったって喜ぶ人はもういないわよ」 「うるさい!!」 ラウナン王子は叫びました。 アナナス王子が心配そうに兄を見つめています。 ラウナン王子は走り出しました。 短剣の銀の刃が少女の心臓の位置を目指していました。 |
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ズシンという衝撃の後、 ラウナン王子の視界は真っ暗になりました。 身体がどんどん冷たくなっていきます。 手足は重くて動かせません。 僕は死ぬのだろうか。 何にも見えない世界でラウナン王子は考えました。 ラウナン王子は知っていました。 王様の死と魔女は無関係でした。 王子達にいなくなって欲しい大臣がついた嘘なのです。 大臣は自分が王様になりたかったのです。 だから王子を1人、雪山に放りだしたのでした。 冬の雪山で子供が1人で生きられるはずがありません。 大臣は王子に魔女退治をお願いしました。 ラウナン王子はどうすることもできませんでした。 断れば弟や妹が代わりに雪山に行くことになります。 ラウナン王子は弟を家族を守らなければならなかったのです。 「ごめんな、アナナス。 やっぱり1人で来るべきだったんだ。 こんな事になってごめんな」 ラウナン王子は眠りの中で言いました。 目を覚まさない兄をアナナス王子は心配していました。 少女に向かって行ったラウナン王子は、 彼女が放った光の矢に討たれて倒れてしまったのです。 「大丈夫よ。殺しちゃいないわ」 前を向いたままの少女が言いました。 その手には手綱が握られていました。 3人は大きな翼ある竜に乗っていました。 少女が呼び寄せたのです。 竜はゆっくりと空を飛んでいきます。 遥か下の方に遠くなっていくフォルティア国が見えました。 アナナス王子はそれをじっと見送りました。 「あの、ありがとう。 僕等を助けてくれたのでしょ」 少女は相変わらず前を向いたまま返事をしました。 「お前達は家来なんだからね。 帰ったらたくさん働くのよ」 返事を聞いてアナナス王子は笑いました。 王子にはもう少女が悪い人でないことがわかっていました。 「リリアと母様は大丈夫なの?」 「平気よ。お前達が出発してすぐにお妃の生まれた国へ帰ったから。 お前達より妹の方がよっぽど利口ね。 危険だとわかるとさっさと国を出てったわ」 「そうか。リリアは賢いから大丈夫だね」 アナナス王子はホッとしました。 飛び竜はますます高く飛んでいきます。 藍色になった空には雪がしんしんと降りはじめていました。 それから程なく大陸の都でこんな噂が囁かれるようになりました。 「辺境の小国で王子達が行方不明になったらしい」 |
絵本風のお話をめざしていたのですが…。短くまとめるのって難しいです。 |