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〜2匹の魔獣〜

空から降る光りが地上の生き物を焼き尽くす。

堪えきれずに砂と化した岩石の破片は大地を覆い、時折、強い西風に連れ去られて何処かへ消えていく。

風に巻き上げられた砂と埃が辺りに充満する。

息苦しさを覚えた子供が咳き込んだ。

咽を押さえる。

幾ばくか、砂を吸いこんでしまったらしい。

誰もいない荒地にその音だけがやけに大きく響く。

子供は一頻り咳き込むと近くに転がった岩の影に入り込んだ。

周囲には彼がすっぽりと隠れられる程度の岩がいくつかまだ残っていた。

その1つを日除けにし、持たれかかる。

見上げれば、太陽は1日のうちで最も高い位置へとさしかかっている。

「遅い」

子供は正面を見つめて呟いた。

汗が目に入ってくる。

滲んだ視界には砂煙に霞むような街の輪郭がある。

太陽の位置からすれば、連れの青年と別れてからすでに1刻半が過ぎようとしていた。

一面、砂を被った街だった。

石を嵌め込んだ道も石焼煉瓦を積み上げて建てられた四角い建物も、全て薄く小さい砂が降り積もっている。

砂と埃の匂いが鼻腔につく。

嗅覚がおかしくなりそうだ。

さっさと水を探して、早いうちに立ち去った方が良い。

男はそう考えると、視界に意識を集中した。

水のある場所を探す。

近くの家の裏、食堂の厨房、街の中央部の噴水。

水を使っていそうな場所をくまなく探してみる。

不思議なことに街中を透視してみても水のある場所はなかった。

それどころか音すら聞こえなかった。

男は憮然と辺りを見まわす。

舌打ちした。

…まったく、あれの感は好く当たる。

男は目的物を変更することになった。

生き物の気配のする場所を探る。

淡く微かな反応が1つと強い反応が1つ。

気配は正面の家の中にあった。

扉の上には『幻影宮』という看板が掛かっている。

男は扉を開けるた。

そこは砂の匂いはしなかった。

代わりに桂花の香りが充満している。

「ようこそ、幻影宮へ」

頭上から女の声が降ってきた。

「何かお悩みがあるのかしら?それとも探し物?なんでも占いましてよ」

2階の踊り場に1人の女がいた。

「降りて来い」

男は視線を上げもせずに言った。

「あらあら、恐いお客様ね」

女は衣の裾をついと摘んで、階段を降りてきた。

足に結われた銀の鈴が涼やかな音をたてる。

同じ様な声で女が笑った。

「見下ろされるのはお嫌みたいね。気を悪くされたかしら?」

「どうでもいい。お前がこの街の主か」

「そんな物騒なものに見えまして?」

「いや」

男は表情を変えぬままに否定した。

目の前の女にそれほどの力は感じられなかった。

女も力ないことを気にする様子もなかった。

ただ諦めたように、疲れたように、呟く。

「そう、私には力がない」

 でも貴方はとても強い力をお持ちのようね」

「何が言いたい」

「ずっと、ずっと待っていたわ。私をここから解放してくれる人を。」

女は男の方を見て微笑んだ。

「お願い。私をここから出して、この砂の街から」

「お前は?」

男は目の前の女を見つめた。

女のまとう気配は人のものではない。

間違いなく魔獣であった。

だが、この街を密かに包んでいる魔獣の気配とは明かに別のものだ。

餌である人間ではなく魔獣が囚われている。

否、かつては人間であった者が囚われている間に魔獣となり果てたか。

ならばこの女は餌を誘き寄せるための罠だ。

「そうやって何人もの餌を騙してきたという訳か」

男の底冷えした声音に、女は怯えてあとじさった。

「ここから出たいなら消してやる。簡単なことだ」

「待って!」

間髪入れずに女が叫んだ。

「それじゃ、だめなのよ。あいつも消してくれなきゃ。私は何度でも生き返るんだから」

男は興味なさげに女の声を聞いた。

「安心しろ。どのみち、この街の魔獣は消すつもりだ」

「本当に?」

「ああ、だからお前を捕らえている奴を呼べ。餌が食いついてやったと」

男の言葉に頷くと、女は2階へ昇り、扉をたたいた。

常蛾は礫砂漠を飛空していた。

後方には遠ざかった街が蜃気楼のように霞んで浮かんでいる。

その上へと傾いた太陽が落ちるように天に張りついている。

まるで太陽の墜落から逃げるかのように、常蛾は飛んだ。

咽の奥から錆びた鉄の味がして、視界には黒い暗幕が下りてきた。

全身が限界値だと悲鳴をあげていた。

けれども、身体の傷みにはかまわずに常蛾は飛び続けた。

地上から僅かに身体を浮かせ猛スピードで移動する。

この方法ならば常蛾は地上の何よりも早く動くことができた。

逃げなければならない。

それは常蛾にとっては屈辱極まりないことであった。

怒りが体の苦痛を忘れさせた。

疲労観すら感じられない。

それでも今は逃げなければならなかった。

そうしなければ、あの黒い化物に殺される。

半分以上もげていた腕が風圧に絶えきれなくなって千切れた。

腕は僅かな間空中を舞い、そして砂に埋もれていった。

常蛾は振り返らない。

どのみち、この器はもう使い物にはならなかった。

ならば部品を取りに戻るのは愚かなことだ。

器ならまた手に入れれば良い。

幸いにも、彼からさほど遠くない場所に1つの気配があった。

常蛾は速度を上げる。

風圧で砂が舞いあがっり太陽光を遮った。

気配はぐんぐんと常蛾に近くなり、やがて肉眼で確認できるほどの距離になった。

小さな子供が岩影に隠れるようにして休息していた。

「ぼうや、こんな所で寝てはいけないよ」

常蛾は子供に声をかけた。

金の髪をした非力そうな子供だった。

見開かれた青い瞳が驚いたように常蛾を見上げた。

「おじさん、誰?」

子供は躊躇いなく常蛾の声に答えた。

「おじさんは旅行中なんだよ。この先の街へ行くところなんだ」

「あれがそう?」

子供は彼が逃げてきた街の方を小さな手で指差した。

常蛾は頷く。

「ぼうやは1人なのかい?こんな場所で1人でどうしたんだい?」

「1人じゃないよ。待ってるの」

「時期に日が暮れるよ。1人じゃ危ないからおじさんも一緒に待っていてあげよう」

「・・・危ないよ」

「なに、おじさんはこれでも力があるんだよ。試してみるかい?」

舌なめずりしそうになるのを必死でこらえ、常蛾は笑みを作った。

子供の方も常蛾に向かって微笑んだ。

獲物は子供でたいした力も守る者もない。

実に運の良いご馳走だった。

「おじさん、怪我してるの?」

千切れた腕に気づいた子供が眉をひそめた。

そんな子供に常蛾は残った方の手で頭を撫でてやる。

「大丈夫だよ。そう・・・ぼうやを食べればこんな傷はすぐに治るんだからね」

常蛾は笑みを浮かべたまま答えた。

そして手に力をいれ子供の頭を掴んだ。

「僕を食べる?」

子供はなんとも言えない表情で常蛾をみあげた。

「やめたほうがいいと思うよ」

にっこりと笑う子供に常蛾は腹の底で笑った。

愚かな人間だ、と。

逃げもしない、わめきもしない獲物は初めてだったが、今の状態ではむしろ都合が良かった。

損傷激しい器の代わりにするためにも、無傷で魂を吸い出さねばならなかったからだ。

暴れられては余計な傷を作り、修理に力を費やすことになる。

常蛾は子供の頭を掴んだまま持ち上げた。

そのまま魂を吸い出そうと細い首筋に食いついた。

――― 刹那

身体が吹き飛んだ。

痛みを感じる暇さえなく、現実を理解することさえなく。

常蛾の身体は砕けた肉の一片となった。

かろうじて残った右目で自分が食すはずだった子供を見る。

子供は何事もなかったようにそこに立っていた。

笑みをたたえた唇を動かす。

耳はなしくても動きを読むことはできた。

「君を待っていたんだよ。僕が誰か忘れた?」

緑の目が礫砂漠の夜の空気よりも冷たく常蛾を射ぬいている。

常蛾は意識が泡立つのを感じた。

途方もない恐怖が津波のように押し寄せてくる。

ドウシタコトダ。ナゼコンナコドモニ。コレハナンダ。

常蛾の意識は錯乱状態になった。

意味を無くした言葉が極彩色の輪郭を持って、頭の中を駆け巡っていった。

そして1つの言葉が頭の中に浮かび上がった。

『カイン』

器のなくなった魂が輪郭を失い始める。

「あーあ。だから言ったのに」

カインは呆れた様子で丸いランプを覗きこんだ。

中では先ほど彼を食おうとした魔獣のなれの果てがあった。

淡い灰鼠色の光りの塊が震えるように振動を繰り返していた。

怯えた獣の魂は混乱と恐怖で微動を繰り返し少しずつ壊れて行く。

もう彼の意識は消滅しかかっていた。

「早く帰らなきゃ消えちゃうね」

カインは近づいてきた男に笑った。

黒衣の青年はカインを抱き上げると肩へ座らせた。

手に入れてきた水の瓶を手渡す。

「とって置くのか?もの好きなことだな」

「うん、ダメかな?」

「好きにしろ」

「そうだね」

光球はカインの手の中で振動を続けていた。

カインは優しく、それにくちづける。

西からの強風が竜巻となり、辺りの全てを包み込む。

やがて何もなくなった砂地に巨大な太陽が静かに沈んでいった。

 

3作目。相変わらずはしょりまくりで意味がわからなくなってますね。カインともう1人の魔獣処理の話です。

(退治ではない)処理された魔獣が常蛾。カインは「つれ」に魔獣がいたらいぶり出して来いと命じてたん

ですよ。「つれ」は今回も名前がでませんでした。この話では『アンジェクロス』と違って、カインが子供姿で

す。『アンジェクロス』では青年姿。このカインの姿の違いには理由があるのですが、それはおいおい。

 

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