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〜宝石姫〜

アスランの訪問から数日。

塔から出された魔法使いは衛兵に案内されて城へと入った。

毛足の長い赤い絨毯が足元を覆う。

足を動かす度に身体が浮遊するような感覚が纏わりつく。

回廊は長かった。

しばらく行くと巨大な扉が現れた。

中央に石造りの獅子が彫られていた。

獅子は鉱物の中で咆哮する。

威嚇の声が魔法使いの耳の奥で木魂した。

衛兵はたじろぐ事もせず進んで行く。

何もしゃべらなかった。

黒い近衛の制服だけが、彼の素性を語っていた。

扉を潜り抜けるとすぐに右に折れる。

そのまま前進すると、突き当たりで階段になった。

上り口の頭上の壁に『東の螺旋階段』と刻まれていた。

「他にも階段があるのか?」

魔法使いは口を開いた。

塔を出て初めて自分の声を聞く。

こんな声だったろうか?

記憶している自分の声との違いに微妙な違和感が襲う。

しかし、ささいな自問は衛兵の答えに遮られた。

「西に1つ。そちらは図書館に通じている」

前を行く男は完結にそれだけを答えた。

「図書館ねぇ」

魔法使いは小さく呟いた。

衛兵は歩く速度をあげて前を行く。

階段は狭く、暗かった。

湿った空気が足元に沈殿している。

僅かに濡れた石は黒々と艶やかな光りを滴らせている。

どことなく西の塔の階段に似ていた。

158段の階段を昇ると、小さな扉が1つ現れる。

これもまた、塔と同じ造りであった。

しかし、扉を潜ると魔法使いの感想は一変した。

目の前に、今までと別の空間が広がっていた。

そこは城の最上階だった。

広々とした廊下には何人もの貴族や召使が行き来していた。

ゆったりと歩く紳士。忙しく走るメイド。立ち止まっておしゃべりする淑女達。

誰もが気ままに空間を占有しながら、お互いの領域を侵さずに立ち振る舞う。

「これは何の冗談だ」

1人分の空間しかない世界に住んでいた魔法使いは、現れた世界の様相に飽きれた。

なんという空間の無駄だろう。

赤や黄色の羽根飾りを飾った賑やかな一団が通り過ぎる。

10人の貴族達は横並びに会話をしながら歩いていた。

騒々しい声は雑音となって辺りに響いたが言葉を聞き取れるほどではない。

彼等と魔法使いとの距離は数人分。

当然の事ながら、魔法使いの呟きは彼等には聞こえなかった。

魔法使いが当惑している間にも、前を行く衛兵は進み続けていた。

14の扉のある廊下をわき目も振らずに歩いていく。

すでに城の内部構造は熟知しているらしい。

迷うことなく歩いて、やがて、奥から3番目の扉の前で彼は止まった。

 

「ここだ」

扉の内ではアスランが窓枠に寄りかかって立っていた。

黒地に白の2本線が入った近衛隊長の制服を着ている。

左の襟元で3つの星型の飾りが音を立てた。

「遅かったな。待ちくたびれたぞ」

アスランは組んでいた腕を解き魔法使いに近寄った。

彫りの深い造りの顔に、塔に来た時とは別人のような威厳が漂う。

近衛隊長として数々の武勲を立ててきた戦士の顔だ。

「途中で気が変わって帰ったかと思ったよ」

アスランは魔法使いに言う。

しかし、魔法使いの返事はなかった。

「オイ?魔法使い、どうかしたか?」

アスランが心配そうに尋ねた。

魔法使いの顔をのぞきこむ。

魔法使いはアスランを見ていなかった。

彼は正面を見たまま、ほとんど息を止めていた。

「…まぁ〜ほぉ〜つかい〜?」

アスランが魔法使いの頬を叩く。

景気のいい音が部屋に響いた。

「ッ痛てぇ」

魔法使いがうめく。

両の頬が赤く熱を持っていた。

「目が覚めたかよ」

アスランが真顔で言った。

声音が幾分、低くなっている。

魔法使いは頬を押さえながら抗議した。

「普通、両手でやるか?」

「息もしてなかった奴が何を言う。それとも、拳がよかったか?」

「平手でいい」

クスクスと笑う声がした。

先ほど魔法使いが見ていた視線の先だ。

アスランが振り返って姿勢を正す。

直立して敬礼をすると声の主に話しかけた。

「姫君。こちらが『塔に幽閉されし魔法使い』です。

 お気に召されましたでしょうか?」

アスランの視線の先に1人の少女がいた。

年のころは13.4。

艶やかな黒髪を1つに束ね、生成り色のリボンで高く結い上げている。

同じ色のドレスは緩く彼女の身体を包み、床を広く覆い隠していた。

ドレスからのぞく手足は細く白い。

魔法使いにさえ軽く抱き上げられそうな華奢な体躯。

穏やかな笑みの刻まれた愛らしい顔。

清楚を形にしたらきっとこんな姿だろう。

見るからに深窓の令嬢という風情だった。

纏う空気から、生まれと育ちの良さが伝わる。

何より目を惹いたのは彼女の両の瞳だった。

右は碧、左は青。

鮮やかな色彩の2つの宝石には、生命の光と好奇心が溢れている。

彼女は赤い皮張りの豪奢な椅子にチョンと腰掛けていた。

魔法使いを物珍しげに見つめる。

魔法使いはどしてよいか判らずに困惑した。

「連隊長様、ご心配なさらなくても大丈夫よ」

椅子に座った少女はにっこりと微笑んだ。

湧き水のように澄んだ高い声が部屋に響く。

「はじめまして、魔法使い。

 私は『宝石姫』。今日から貴方は私の教師になるの。よろしくて?」

彼女が話しかけた瞬間、魔法使いは部屋の中が一際明るくなったような気がした。

 

なんとか無事に(?)ヒロイン登場。拍手。
かなりインパクトにかける登場で悩んだのですが、結局そのままになりました。アクションタイプではないし、さらわれるには警護が厳しいかなぁと。「彼」もそばにいるし…。
中篇が全然終ってませんね(汗)どうやらまだ続くようです。もはや長さは予測不能。せめて3回くらいで終わらせたいです(切実)

 

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