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〜宝石姫〜

「結局、今日も魔法は使えなかったわけだ」

先を行くアスランが容赦無く言った。

今日は近衛の制服ではない。

海老茶色の上下に灰茶色の上着を重ねた普段着だ。

宝石姫への講義を終えて部屋へ戻った魔法使いは、彼の「昼飯まだだろう」という一声と共に有無を言わさず廊下へ引っ張り出された。

城には1階に1つ、2階に2つの食堂がある。

規模も内装も違った3つの食堂は、1階は主に使用人が、2階は貴族階級及び王族が使用している。

近衛連隊長であるアスランの使用する食堂は通常2階である。

しかし、彼が魔法使いを引っ張っていったのは1階の食堂だった。

「上は堅苦しくて食った気がしない」というのがその理由らしい。

曲がり角の多い廊下を慣れた様子で歩いて行く。

見失わないように早足になりながら、魔法使いはアスランの言葉に反論した。

「あれは僕のせいじゃないぞ。完全に才能がないんだ。

 仮にも王族だろ?何だってあんなに魔法の素質がないんだ?」

「こればっかりは仕方がないさ。魔力ってのは天与の代物だろ」

アスランが何でもないことのように言う。

否定しないところをみると、宝石姫に魔法才能が無いことは周知の事実らしかった。

「一般人はな。だけど彼女は違うだろ。

 普通、潜在する魔力は王家の血の濃さに比例するんだ。

 仮にも現女王の娘に潜在魔力がないなんてこと、有り得ない」

「お前が言うと説得力がないな」

アスランが呆れた顔で振り返った。

魔法使いは顔を顰めてそっぽを向く。

現在、王国において最高の魔力を持つ彼自身は、王家とは縁も所縁もなかった。

機嫌を損ねた魔法使いにアスランは苦く笑った。

「あぁ、腹が減ったなぁ」

立ち止まっると、鼻をしきりと嗅ぐ。

暗い廊下の先のほうからか好い匂いがしていた。

腹が減っていることもあり、自然、2人の足が速くなる。

「まぁ、血筋に関して言えばお前の言うとおりさ。

 その上、母親は魔導守だ。俺は彼女に同情するよ」

「『ゲート・キーパー』なのか?」

魔法使いは驚いた。

とっさにアスランの腕を掴んでしまう。

年老いた友人は生真面目な顔で頷いた。

「魔導守」、別名「ゲート・キーパー」

それは最高ランクの魔力を持つ者に与えられる称号である。

魔法を使う者はその能力によって5つのランクに分けられる。

下位から「(魔術)見習い」「術師」「魔術師」「魔導師」、そして最上位「魔導守」

上位にいくほど人数は少なくなり、魔導守に至っては王国に2人しか存在しない。

彼等は王家の秘宝「ダラスの剣」によって選ばれる。

剣が認めるだけの魔力を有する者が魔導守となれるのだ。

「宝石姫が必死になるはずだ」

母親が女王であり、その上、魔導守。

その血を受け継いだとなれば、本人が望むと望まないとに係わらず周囲の期待が高くなるのが当然だろう。

王女といえば、いつ利権争いの渦中になるかも判らない。

魔法使いは午前中の宝石姫の姿を思い出した。

眉間に皺がよるほど一生懸命だった彼女。

何の魔法も呼べずに落ち込んだ彼女。

彼女自身、周囲の強い期待を感じ取っていたのだろう。

「だからお偉いさん達が焦ってお前を塔から出したんだろ。

 何とかして見せろよ『魔法使い』!」

アスランが太い腕で背中を叩いた。

「…いい迷惑だ」

魔法使いの言葉は溜息と供に食堂の喧騒に消えた。

 

「すみません。ここ、空いてますか?」

厨房から持ってきた盆を持った青年が魔法使い達に尋ねた。

昼時ともあって、辺りの席は全て埋まっている。

中には壁際で空席を待つ人間の姿もあった。

「空いてるぞ。」

アスランが肉を口に運びながら、無愛想に返事をする。

青年はホッとした顔で椅子を引いた。

「いやぁ、昼時って混んでいるんですね」

青年は愛想よく2人に話しかた。

「知り合いか?」

魔法使いは小声でアスランに問うた。

アスランは無言だった。

巨大な焼肉を口に放り込んだため返事ができないのだ。

しばらくして、アスランが口を開いた。

「〜〜〜〜」

まだ肉は飲込めていなかったらしい。

くぐもった声だけが漏れる。

当然、魔法使いには理解不能な音であった。

「???何が言いたいんだ?」

アスランは相変わらず言葉にならない声を漏らす。

「食い終わってから話せ!」

苛立った魔法使いは、なんとか口を開こうとする彼の足を思いきり踏みつけた。

「だぁ!」

アスランがフォークを落とす。

「お前のせいだからな」

漸く肉を飲込んだらしく明瞭な発音で捨て台詞を残すと、アスランは新しいフォークをとりに席を立った。

齢50を過ぎた男の言葉とは思えない。

変わらないよな。

魔法使いの口元が僅かにほころびた。

「相変わらずですね、連隊長殿は」

目の前から声がかけられた。

気づけば、青年が面白そうに2人の様子を観察していた。

持ってきた料理には手をつけていない。

フォークは盆に置かれたままだ。

「食べないのか?」

魔法使いは不思議に思って聞いた。

「熱いのはダメなんです」

青年は湯気の上で両手をひらひらと振ってみせた。

白い気体が辺りへ漂う。

無害そうな人間であった。

魔法使いは相手に興味を失って食事に専念することにした。

アスランはなかなか戻ってこない。

気がつけば、魔法使いの皿はほとんど空になっていた。

見計らったように目の前の青年が口を開いた。

「貴方が魔法使いですね」

青年は愛想よく笑みを作ると続けた。

「はじめまして。私は御殿医です。宝石姫の主治医をしています」

左手を差し出す。

しかし、魔法使いの反応は剣呑だった。

「御殿医?医者なのか?」

毛を逆立てた猫のようである。

概して、彼は「医者」とか「聖職者」とかいった【権威】をもつ職業の人間が嫌いだった。

大方の場合、彼等は自分を迫害した。

在り得ない存在である魔法使いを否定した。

時には存在すら消去しようとした。

魔法使いは男を凝視した。

男は線の細い優男だった。

均整のとれた容姿と優美な物腰が鼻につく。

職業柄か、高圧的な空気が漂っていた。

不安感か不快感。

はっきりとしない感情の波が押し寄せる。

物理的圧力ではなく、心理的な圧力が魔法使いに圧し掛かった。

「どうかしましたか?」

御殿医は黙りこくる魔法使いに尋ねた。

にこりと微笑む。

途端に、彼を包んでいた高圧的な空気が消滅した。

魔法使いはその笑みを無視して問うた。

「名前は?」

「貴方は魔法使い、姫君は宝石姫。

 ですから、私も御殿医でよろしいでしょう。ご不満がありますか?」

御殿医は当然のことのように答えた。

嫌味な男だと魔法使いは思った。

「名前がないのか?」

「ありますよ。貴方がたと違ってね」

その言葉を聞いて、ザワリと魔法使いの中で何かが騒ぎ始めた。

周囲の喧騒が遠くなる。

微かな風がテーブルの間を吹き抜ける。

ドレスの裾が揺れた中年の婦人がスカートを押さえる。

老紳士の隣の椅子に置かれた帽子が床へと落ちる。

食事を終え、出口へ走る童女の髪からリボンが解れる。

何人かの人間が不可思議な出来事に首を傾げた。

食堂にいる人々の内、ほんの僅かな人間が魔法の兆候を嗅ぎつけたのだ。

「物騒ですね。ここは城の中ですよ」

御殿医が低く呟く。

彼も、また、人々と同じように魔法の気配を感じたらしい。

細い指が魔法使いの額に当てられた。

軽く弾く。

魔法使いが何かをする余裕はなかった。

彼の意識はそのまま暗い闇の中へ吸いこまれていった。

 

予告通り「彼」の登場です。不穏ですね。悪役という言葉が似合ってます。もちろん意地悪。この男、確信犯です。わかっていて魔法使いをいじめてます。魔法使い、負けるな!
そして、またも中篇は続く…。

 

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