紅蘭の店じまい


中華料理店「紅蘭(こうらん)」の親爺さんから「今年いっぱいで店を閉める」と宣告された。

2004年11月25日(木曜日)のことである。いつものように、午後2時ちょっと前に店に入り、食事を終えてから、昼の営業時間帯の最後の客として食事代を支払おうとしたとき、唐突に聞かされたものであった。「俺も、もう70(歳)だから、きついんだ」と、覚悟を決めた話し方をするのが、印象的であった。

新潟大学の西門前に紅蘭が出来て、今年で23年になる。ここら一帯の飲食店では老舗(しにせ)の部類に入るのだが、この店が出来るまで、西門の近くで食事の出来る店は「八珍柿」しかなかった。現在、西門から新潟大学前郵便局がある先の、新川に架かる新川元橋や内野方面へと続く道路も、砂利道が切れて漸く通れるようになったばかりで、もちろん鋪装もされていなかった。

紅蘭が出来た当初、週に1〜2回は食事に行っていたが、常連と呼べるほどのものでもなかった。私の学生時代は、現在も新潟大学の正門前にある「食堂かねこ(現在の、とんかつかねこ)」が、常連の店であった。時が移って、大学院生時代は「ブラジル(1)」という常連の店を新たに持っていたが、家族同然に付き合っていたマスターの青柳正己さんが、1991年5月に42歳の若さで亡くなって以来、常連の店は作らないように心掛けていた。

その後、食事のために色んな店を転々としたが、味の良さ、量の多さ、値段の安さ、どの点をとっても紅蘭に勝る店は近くに存在せず、結局また常連の店を作ることになってしまった。まあ、常連とは言っても、現在は月曜〜金曜の昼飯と週に2〜3回程度の晩飯を食べに行き、時々お土産を買って来るくらいのものであるが、紅蘭の親爺さんからは、かなり気に入られているようである。

私は、いつも料理を綺麗に平らげるので、どこの店でも、すぐに顔を覚えてもらえるようである。顔を覚えてもらえると、店主との会話が始まり、そこで気に入られて、サービスも過剰になって来る傾向が強い。そうすると、またブラジルのマスターのことを思い出し、せつなさが込み上げて「常連にはなるまい」との決意を新たにするのであった。

12月2日(木曜日)、お昼ご飯を食べに紅蘭に行くと、壁に「12月20日をもって店を閉める」という旨の「お知らせ(2)」が掲示されていた。「とうとう出たか......。あれっ、でも年末いっぱいは、やらないみたいだなあ......」と思いながら食事を終えて、食事代を支払うときに、詳しい話を聞いてみた。私が尋ねるまで、紅蘭の親爺さんは「20日が、月曜日だとは気付かなかった」そうで、20日に決めたのは「八百屋への支払いやバイトの学生への給料を、20日で清算しているから」ということのようであった。「しょうがないから、日曜日(19日)もやるかな」といった姿は、どこか戸惑っているようでもあった。

午後9時20分頃、晩ご飯を食べに紅蘭に行くと、例の「お知らせ」の「20日」のところに紙を貼って、店を閉める日付けが「22日」に訂正されていた。親爺さんは、どこからか掛かって来た電話に出て長々と話し込んだ後、私を認めると、わざわざ厨房から出て来て、22日に変更した理由の説明をまた長々と始めてしまった。かいつまんで言うと「クラブ活動の学生からの要望が多く、23日が祝日で休みだから、22日まで閉めるのを延ばした」ということらしい。この間20分以上、普通だったら、とっくに食べ終わって店を出ている時間であった。親爺さん、こっちも忙しいんだ。理由は分かったから、さっさと注文した料理を作ってくれないかなあ......。

何はともあれ、紅蘭の親爺さん、23年間、お疲れ様でした。さて、12月23日(木曜日)からは、どこで食事をするのかなあ......。

[脚注]
(1) 新潟大学の中門から内野方面へ坂を下った途中の右側にあった喫茶店で、マスターは料理の名人でもあった。日本各地の色んな料理店で修行を積み、ミュンヘン・オリンピックのときは現地で日本料理店を任されたくらいの腕前であった。私が見たところ、中華料理以外は、ほとんど作れるようであった。私は、ここで毎日の昼飯と晩飯をいただいていたが、いつもメニューにはない料理を私のために出してくれるのであった。彼の突然の訃報は、ちょうど私がハクバサンショウウオの調査をしていた雪の降る日に、長野県北安曇郡白馬村落倉にある定宿のヒュッテ「星と嵐(岸冨士夫さん経営)」に、電話で伝えられたものであった。
(2) この「お知らせ」は、達筆ともひと味違った、やたらと上手い筆遣いで書かれているが、12月1日(水曜日)の夜にバイトをしていた、書道科(教育人間科学部)の女子学生の手によるものだそうである(学生にしては、妙に色っぽい雰囲気をかもし出している女の子である)。


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