ゼロよりは良い


誰でも知っている(と、私は思っている)有名な考え方がある。「コップに半分の飲み物が入っているとき、それを『もう半分しかない(マイナス思考)』と捉えるか、それとも『まだ半分もある(プラス思考)』と捉えるかで、その人の気の持ち様が違って来る」というものである。

米国に本部を置く、爬虫類・両生類関係では最大規模の国際学会「SSAR」が発行する季刊誌「Herpetological Review」に過日、投稿していた原稿の審査、及び最終的な改稿が完了し、2007年3月号に学術論文が掲載される運びとなった。その改稿中、担当の米国人編集者との折衝で、この思考法に通ずる考え方を聞かされ、妙に納得してしまう出来事があった。

投稿原稿の中で、当初、私は「ランドサットの衛星画像を解析して選んだ、キタサンショウウオの生息候補地4ケ所中、夏季の陸域調査で見つかったのが1ケ所しかなく、25%という検出力をかんがみれば、この方法は効率が悪いかもしれない」という議論をしていた。この議論の背景には「春季の水域調査が可能であれば、産出された卵塊(卵嚢)を指標にすることで、ほぼ100%の検出効率が期待できる」という、両生類の未知なる生息地を探すためのセオリーが、厳然として存在している。

両生類の専門家の立場から、夏季の陸域調査で得られる成果の余りの少なさ、非効率性(inefficiency)を嘆く私に対して、彼女(担当の編集者)は「ダルハディン湿地では、春季の水域調査が困難なんでしょう? 何もしなければゼロなんだから、それよりは良いんじゃない!!」というコメントを寄越し、慰めてくれたのであった。

言われてみれば、確かに、ゼロじゃ学術論文は書けなかった(1)。

[脚注]
(1) 昨年晩秋の白馬村両生類生息状況調査のとき、定宿にしているヒュッテ「星と嵐」で、この「ゼロよりは良い」という話しをしたところ「でも、お客さんが1人とか2人のときにパックツアーを組むと、大抵は赤字になる」と言われた。目先の利益に捕らわれれば、確かにそうかもしれないが、常に先を見据えた戦略が必要である。パックツアーを「面白い」と感じた人が、知り合いへの紹介を繰り返すことで、お客さんの輪は確実に広がって行くと思う。その意味で、ホームページを開設した当初から、私は「たったひとりでも読んでくれる人がいれば、この独り言は書き続けるつもりだし、どんな質問にも回答を続けるつもりだよ」と、近しい友人には宣言していたし、その人は「必ず読むから」と言ってくれていた。この輪は現在、確実に広がっていると思う。でもなあ、今の私には目先の利益(早く職に就くこと)が大事なんだよなあ......。


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