灰色の文献


先日、米国で発行する両生類・爬虫類関係の某国際専門誌を読んでいて、気になることがあった。

この雑誌は、専門分野を同じくする複数の研究者からの査読(peer-reviewed)を受けていない文献、いわゆるシンポジウムのプロシーディング(Proceedings)、学会の講演要旨(Abstracts)、調査報告書(Reports)、等々を「灰色の文献(Gray Literature)」と位置付け、引用しないように勧告していたはずであった。これを受けて、私も、自分が書く学術論文の中では、こういった灰色の文献の引用をなるべく控えていた。ところが、どうチェックをすり抜けたのか分からないが、ある日本人が書いたオオサンショウウオに関する学術論文で、ある方の日本語の講演要旨が堂々と引用されていたのである。これには、ちょっと驚いてしまった。

プロシーディングや講演要旨が「学術論文」と呼べないことは明白で、査読中の投稿原稿も、また然りである。それでも、どうしても引用しなければならないときは「自分の未発表データ(e.g., M. Hasumi, unpublished data)」として引用すれば、何の問題もない(但し、未発表データの引用を禁じている雑誌すら在る)。もし自分のデータでなければ、該当する人物と連絡を取ってから、その人の未発表データ、あるいは「私信(personal communication)」として引用し、謝辞に名前を入れれば済む話しである(1)。

そういった決まり事を知らず、プロシーディングや講演要旨を文献として引用してしまう人が、老若男女を問わず、少なくないようである。しかし、こういった灰色の文献に「先取権=プライオリティー(priority)」を認めてしまえば、学術論文の存在意義が根底から覆されてしまうことになる(2)。

いやしくも研究者を名乗るからには、こういった学問の世界の決まり事を遵守し、学術論文では灰色の文献を引用しない心構えが必要となって来る。

[脚注]
(1) 未発表データとして引用したものが、いつまで経っても論文にならない(日の目を見ない)ことは、よくある話しである。単純に考えれば、その未発表データに、論文が書けるほどの内容が備わっていないからだろうとは思う。このようなことが予見される場合、私は、手持ちのデータを自己責任で引用(M. Hasumi, personal observation)することで、未発表データの引用(M. Hasumi, unpublished data)とは、厳然として区別している(これは、身近なところでは「Herpetologica」の編集方針を適用したものである)。また、私に限って言えば「調査・研究の多くを独力で遂行している関係もあって、人手が足りず、なかなか学術論文が出ない(未発表データのままになってしまっているものがある)」という事情もある。自戒を込めて言えば、未発表データの引用も、なるべくなら控えたほうが良いのかもしれない。
(2) 私がシンポジウムのプロシーディングを引用しないで投稿原稿を作成したことに対して「○○さんが激怒していた」という話しが伝わって来ている。しかし、それは○○さんが学術論文の書き方を知らないからである。そのため、ほとんど研究業績が無いのに「プロシーディング=学術雑誌=自分は業績がある(1)」と信じて疑わず、(自分が大学の教授になってしまったばかりに)教育・研究職に就いていないという理由だけで、逆に業績のある相手を見下してしまうような、典型的な夜郎自大である。そのような人の勝手な思い込みと決め付けで理不尽に責め立てられ、貶(おとし)められることが、まともな研究者にとっては屈辱以外の何ものでもないことを、そして、他人の心の機微といったものを、○○さんも少しは理解したほうが良いと思う。

[脚注の脚注]
(1) プロシーディングという名前の学術雑誌の存在が、話しをややこしくしている(e.g., Proceedings of the National Academy of Sciences, Proceedings of the Royal Society of London)。


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