エディター解任!?


米国で発行する、ある国際専門誌の2002年9月号をみていたら、面白い事実に気づいた。その雑誌の編集委員会(論文審査部門)に9名いる「Associate Editors(以下「編集者」と称する)」のなかで、たった1名だけが交替しているのである。それは、正当な理由もなく私の改稿をリジェクト(掲載拒否)した編集者、その人であった。

交替の理由には、次の5点が考えられる。
(A) その編集者が私の改稿をリジェクトした行為を、編集長が「不公平だ(unfair)」と判断した
(B) その編集者が私とのメールのやりとりで自信をなくし、辞任した
(C) 私のホームページの記述を読んで憂慮した誰かが、その編集者の交替を進言した
(D) その編集者だけが、単に交替の時期にあった
(E) その編集者が、不慮の事故などで帰らぬ人となった

(A)に関しては、この可能性が最も高いと思われる(1)。レフェリーが3人ともOKを出している場合、それらのレフェリーコメントに対する改稿とカバーレター(どう直したかを示す文章をしたためた手紙)を提出すれば、担当の編集者はそのままアクセプト(掲載許可)し、編集長への推薦文を書くものである。たとえ直したとしても、若干の疑問点に対する修正を著者に求めるだけで、大幅な修正はないのが普通である。ところが、その編集者はレフェリーコメントに従って完璧なまでに改善した点に猛然とクレームを唱え、全面的な書き直しまで要求してきたのである(それなら最初から「レフェリーコメントは良くないから、それらは無視して改稿せよ」とでも、指示するべきであった)

私は「レフェリーは3人とも『直せば載せる』とコメントしているし、そこから先は編集者との勝負だから、その編集者のお気に召すままに直すしかない」と考え、とにかく編集者の言う改善点といったものを取り入れて、以前にも増して完璧な改稿を仕上げ、カバーレターと共にそれを郵送した。ところが、その改稿に対して今度は、研究の本質からはずれた、どうでもいいような点にばかりクレームを唱え、またもや改稿を要求してきたのである。

結局のところ、その編集者は私の改稿に対して更に3度の書き直しを命じ、私が最終稿と断って郵送したものを7ヶ月間も放って置いた挙げ句、私からの督促メールに応じるかたちで「自分が理解できないから」という理由でリジェクトしたのである(このとき、最初の投稿から既に2年が経過していた)

私は、その編集者の改稿に対する取り扱いに不安を覚えていたので、編集者が呈する改善点や疑問点に関するメールのやりとりの際に保険を掛けるつもりで、編集長にも各メールの「Carbon copy (Cc)」を送っていた。公平を期するために敢えて「Blind carbon copy (Bcc)」にはしなかったのだが、その編集者はメールの構造を理解していないらしく、全部のメールが編集長に送られていたことには、最後まで気づかなかったようである(2)。

(B)に関しては、この可能性もなきにしもあらずである。その編集者の改稿に対するクレームの付け方は、思わず「なんでこんな人が編集者をやっているんだろう?」と疑問視したくなるような、稚拙で、それに従って直すと返っておかしくなるものばかりであった。初めのうちは「編集者を怒らせるのは得策でない」と思い、私も「直せるところは直そう」と善処していた。

しかし、次第に「この編集者は最初から論文をアクセプトする気がないな」と感じ始めたので、仕舞にはもうどうでもよくなって「あなたは本当に大丈夫なのか?」とか「あなたの疑問は私の研究にどう関係しているんだ?」とか「あなたの疑問はどこから生じているんだ?」とか「あなたの疑問はフェアではない」とか「あなたが呈する改善点や疑問点は私の研究にとって本質的ではない」とか、編集者の直しのどこがおかしいのかを逐一指摘し、反論を試みることにした(こういうメールが全部、編集長のところへも送られていたわけである)

すると「私の『経験』から来る疑問である」とか「こんなことは私の『経験』からは考えられない」とか「これまで審査を受けた人は私の直しに感謝している」とか「私はボランティアで編集者の仕事をしている」とかいった、どうみても説得力のない、泣き言に近いメールが返ってきたりで、私としては救いようもない状況であった(その編集者は私より研究歴が浅く、学術論文数も圧倒的に少ないのに、それほど『経験』が豊富なのか?)。これ程までに、まともな反論の出来ない編集者が、投稿原稿の担当になったのは初めてだし、この編集者が私とのメールのやりとりで自信をなくしたとしても不思議ではない(3)。

(C)に関しては、かなり可能性は低いと思う。日本語のページを米国の研究者が読んでいるとは思えず、たとえ日本の研究者が読んでいたとしても、そこに記述してある内容からは「問題になっている編集者が誰で、雑誌が何であるか?」を特定することは不可能だからである。それに、そんな奇特な研究者が、日本にいるとは思えないし......。

(D)に関しては、ほとんど可能性はない。なぜなら、その編集者より任期の長い編集者が、何人も存在するからである。

(E)に関しては、現時点では調べようがない。

問題の編集者が不公平だと判断され、編集長によって解任されたのであれば、その雑誌の編集委員会は健全に機能していることになり、おおいに賞賛されてしかるべきものである。

[脚注]
(1) 可能性の低いものから順に並べて否定していき、可能性の最も高いものを最後に持ってきて肯定するのが、日本人の議論の特徴である。何を隠そう、最初の学術論文で、私はこれをやっている。でも、米国の雑誌で同じようなことをやったら、投稿原稿の大幅な書き直しを求められることは必至である。
(2) Bccに書かれたアドレスはメールを送った相手に通知されないが、Ccの場合はメールのヘッダー部分に表示することが可能なので、そのメールが自分以外のアドレスにも送られていることは分かるはずである。
(3) この編集者は「これまで審査を受けた人は私の直しに感謝している」とメールに書いているが、これ程ひどければ、私以外の研究者からも、編集長に苦情が届いていることは想像に難くない。


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