仕事の優先順位


仕事が溜まっている。学術論文の投稿原稿は、なかなかアクセプト(掲載許可)されないし、原稿書きに集中したくても雑用ばかりで、このところ上手く事が運んだためしがない(1)。

仕事を幾つか抱えているときは、本当に大変である。あれもやらなければならない、これもやらなければならないでは、心の休まる暇がない。こんなとき、まずは全部を紙に書き出して並べ、仕事に優先順位を付けてみる。これは真っ先にやらなければならない仕事、これは次にやらなければならない仕事、これは時間に余裕があるから後回しで良い仕事、これはやってもやらなくても良い仕事、という風にである。それぞれの順位さえ決められれば、後は仕事を片付けるという目標に向かって、まっしぐらに突き進むだけである。そうすれば心にも余裕が生まれ、不意の仕事にも対処することが出来るようになる。

期限が決められている仕事の場合は、その期限の一週間前をめどに終わらせることにしている。そうすれば、仕事というものは予定より大抵2〜3日は遅れるものだから、それを差し引いても、期限までには余裕を持って仕事が片付くことになる。よく他人から「仕事が速い」と言われるが、それは優先順位の低い仕事を後回しにして、期限付きの仕事や重要な仕事を優先しているからに他ならない(2)。

メールでの問い合わせに対しては、分かる範囲で、なるべく速く回答することにしている。質問者が困窮して私に助けを求めていることは、容易に想像できるからである。このように私のレス(response=応答)が迅速なのは、裏を返せば、相手にも速いレスを期待していることの現れなのかもしれない。

このように幾ら自分が優先的に仕事を速く終わらせても、その仕事に相手がいるときは、本当に自分の思い通りにはならないものである。当の相手が、こちらの仕事を必ずしも優先してくれるわけではないからである。相手に「速くして欲しい」と督促でもしようものなら、その相手は気分を害し、かえって放って置かれるのが関の山である。これが親友に対してなら平気で督促できるのだが、それほど親しくない人、特に雑誌の編集者に対しては、督促は絶対にやってはいけないことである。

私は以前、3人のレフェリーから「acceptable with minor revision」という嬉しい評価を受け、原稿に充分な直しを施した上で、レフェリーコメントに対するカバーレター(どう直したかを示す文章をしたためた手紙)と共に、その改稿を編集者(この場合はAssociate Editor)に、航空便で郵送したことがある。ところが、それに対する返事が余りにも遅かったので(なんと7ヶ月以上も放って置かれた)、とうとう痺れを切らし、その編集者に督促のメールを送信したところ、そのままリジェクト(掲載拒否)されてしまったという、珍しい経験の持ち主である(3)。

[脚注]
(1) 私のホームページの中では、意に反して「独り言が一番面白い」という読者が多いので、今回を機に「個人の履歴」から「独り言」を独立させることにした。でもホームページの運営は、研究の「すさび」にやっているようなものだから、皆さん、過剰な期待を抱くのだけはやめてもらいたい。
(2) 私が大学院の博士後期課程のときは、研究成果を学術論文にして、博士号を取得することが至上命題であった。博士論文のテーマもやることも決まっていたから、それだけに集中できれば何の問題もなかった。ところが途中で、ある人からの頼まれ仕事である「ハクバサンショウウオの成長・性成熟・生殖周期」が入り、よせばいいのに二つ返事で引き受けてしまったから、さあ大変。それからの予定が大幅に狂ってしまった。その人は「今しか出来ない」と言うから、とにかく毎月、現地で必要なデータを取り、個体を捕獲して一年の周期だけは回すことにした。この仕事の優先順位は決して高くはなく「後は博士号を取得してからやればいいや」という安易な考えが、そのとき私の脳裡を支配していたことは確かである。ところが、こういうことは、えてして上手くできていないのが世の中の常で、それから間もなくして、キタサンショウウオをテーマに申請した科学研究費補助金が当たってしまった。この優先順位の高い仕事が入ったことで、ハクバサンショウウオに関する仕事は、またもや後へ後へと追いやられる羽目に陥ってしまったのである。嗚呼、もう一人、自分が欲しい。
(3) その編集者は、米国でサンショウウオの発生生物学を専門にしている女性の研究者である。彼女は、最終的なリジェクトの理由として「あなたが論文で主張している見解には同意できない」と書いている。しかし、その彼女が選んだレフェリー3人が査読して、誰もがOKを出しているのである。それなのに、そのレフェリーコメントを無視して、正当な理由もなく「自分が理解できないから」という理由でリジェクトされたのは、そのときが初めての経験であった。このようなときの対処の仕方を、残念ながら、私は知らない。米国にフェアプレーの精神が根付いているという話は、嘘だったのか?


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