キタサンショウウオが水の中にいるのは繁殖期だけではない
釧路湿原でのキタサンショウウオの繁殖期は、4月中旬頃から5月上旬頃までです。この種の成体は繁殖期には池の中にいますが、この時期を過ぎると陸に上がり、次の繁殖期まで水に入ることはないと考えられています。私は昨年、成体の一部が、9月に水の中にいるのをみつけました。シベリアのキタサンショウウオが水棲昆虫を食べているという報告がありますから、ある程度の予測はしていましたが、実際に水の中にいることが分かったときは感動しました。
私たち人間と違って、両生類が水に入るということは非常に大変なことです。それは、浸透圧の問題があるからです。普段、陸上にいる両生類は、乾燥から身を守るため、皮膚から水分を取り込むようにできています。もし、この状態で水に入れば、限りなく水が体内に入り込んで、体がパンパンに膨れてしまうでしょう。こういった事態を避けるため、皮膚からの水の透過性を低下させるホルモンがあります。脳下垂体の主葉から分泌されるプロラクチンです。つまり、両生類が水の中にいるときは、プロラクチンが分泌され続けているわけです。
ところで、繁殖期に池の中にいるキタサンショウウオを手にとると、手がベタつくのが分かります。これは、彼らの皮膚にある粘液腺から粘液が体表に分泌されているからです。実は、この粘液の分泌もプロラクチンの作用によるものなのです。私は昨年の5月から10月まで大楽毛(おたのしけ)の湿原で、陸上にいるキタサンショウウオの捕獲をおこないました。彼らの一部は、捕獲された場所が陸上であるにもかかわらず、皮膚から粘液を分泌していました。これは、プロラクチンが陸上でも分泌されていることを示します。湿原が常に水でびちゃびちゃの状態にあることが、その理由として考えられます。
有尾両生類では、脳下垂体から血中へのプロラクチンの大量放出が、陸上から水中への繁殖移動を引き起こすと信じられています。しかし、湿原のキタサンショウウオが水でびちゃびちゃの陸上で粘液を分泌しているという事実からは、水に入るという刺激が引き金になってプロラクチンが分泌される、とも考えられます。でも、本当のところは分かりません。さあ、皆さんも考えてみて下さい。
羽角正人(はすみまさと=新潟大学理学部生物学教室)