羽角正人: 湿原のキタサンショウウオ. キタサンショウウオにペニスはなかった. 温根内通信(釧路湿原国立公園温根内ビジターセンターニュースレター) 47: 3, 1996年5月.
湿原のキタサンショウウオ

キタサンショウウオにペニスはなかった

 3月号本欄「キタサンショウウオのペニスとセックス」で、私は「キタサンショウウオの成体の雄にはペニス(生殖結節)がある」と書きました。ところが、大楽毛(おたのしけ)の湿原で今年の繁殖期である4月下旬から5月中旬にかけて再確認したところ、何か別のものを(恐らく総排出腔開口部付近にみられる、ひだ状のものを)ペニスと見間違えていたようです。キタサンショウウオにペニスはありません。ここにお詫びして訂正致します(誰からも誤りを指摘されなかったことが残念です。もっとも、私がこの欄で取り上げている話題は、教科書や図鑑には書いてないことばかりですから、それも当然かもしれません)。本来、サンショウウオのペニスは(存在すれば)秋口には発達し始めるのが普通です。が、元々ないものは発達のしようがありません。私は昨年、なんとかして非繁殖期の雌雄の区別を付けようと、雄にあるはずの幻のペニスを追い求めていたことになります。
 キタサンショウウオが所属する、東アジア一帯に生息するサンショウウオ科の仲間たちは、体外受精をする原始的な有尾両生類です(90%は体内受精と呼ばれる受精様式を採ります。イモリなどがそうです)。彼らは繁殖をおこなう場所によって、大きく次の二つのグループに分けられます。一つは、池・沼・水溜まりなどの止水域(静水域)で繁殖する、止水性の種のグループです。もう一つは、渓流・沢・伏流水などの流水域で繁殖する、流水性の種のグループです。サンショウウオ科で成体の雄にペニスが発達するのは、エゾサンショウウオやクロサンショウウオなどの止水性の種に限られます(ハコネサンショウウオやヒダサンショウウオなどの流水性の種にペニスはありません)。つまり、池(谷地坊主の間の水溜まり)で繁殖するキタサンショウウオにも、成体の雄にはペニスがあるはずでした(その先入観が私を誤らせたとも言えます)。明らかに止水性の種であるキタサンショウウオにペニスが存在しないということになれば「止水性の種=ペニス」という定説を見直さなければなりません。また、体外受精をする動物には本来、必要でないペニスの役割を考える上でも「キタサンショウウオにペニスはなかった」という観察結果は、貴重なデータになると思います。
 サンショウウオ科で、ペニスが止水性の種にあって流水性の種にないのは、なぜでしょう。キタサンショウウオは止水性の種なのにペニスがないのは、なぜでしょう。さあ、皆さんも考えてみて下さい。

羽角正人(はすみまさと=新潟大学理学部生物学教室)


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