羽角正人: 湿原のキタサンショウウオ. 止水性の特徴を示すキタサンショウウオ. 温根内通信(釧路湿原国立公園温根内ビジターセンターニュースレター) 48: 3, 1996年6月.
湿原のキタサンショウウオ

止水性の特徴を示すキタサンショウウオ

 先月号本欄で「キタサンショウウオは止水性の種なのにペニスがないのは、なぜでしょう」と書いたところ、読者の方から解答が寄せられました。「キタサンショウウオは昔は流れのあるところで繁殖していたのでは?」という考えです。これに答えるためには、サンショウウオ科でいう止水性・流水性の特徴を詳しく解説する必要がありそうです。
 止水性の種は池・沼・水溜まりなどの止水域で、流水性の種は渓流・沢・伏流水などの流水域で、それぞれ繁殖するための特徴を兼ね備えています。これらの特徴を、卵・幼生・成体に分けて以下に箇条書きにします。
止水性流水性
・小卵多産(発育が速い)・大卵少産(発育が遅い)
・表層にメラニンが沈着し暗褐色を呈する・メラニンの沈着がなく黄白色を呈する
・卵嚢を隠さないで産む・卵嚢を石の下などに隠して産む
幼生・口もとに一対のバランサー(髭)がある・バランサーはない
・尾ひれの発達が良い・尾ひれは余り発達しない
・外鰓の発達が良い・外鰓は余り発達しない
・爪はない・黒い爪がある
成体・雄にペニスがある・ペニスはない
・繁殖期に雄の体(特に頭幅)が膨らみ尾がひれ状になる・体の膨らみは小さく尾ひれは余り発達しない
・爪はない・繁殖期に黒い爪ができる

*大楽毛(おたのしけ)の湿原に生息するキタサンショウウオの個体群の一対の卵嚢中の卵数の平均は197.8 個で、典型的な小卵多産の傾向を示します(流水性の種であるハコネサンショウウオの石川県宝達山の個体群では22.9 個という報告があります)。

 キタサンショウウオを、これらの特徴と照らし合わせてみましょう。「成体の雄にはペニスがない」という特徴を除けば、ここに挙げた止水性の種の特徴と完全に一致することが分かります。もちろん、これらの特徴には例外があります。例えば、ツシマサンショウウオは流水性の種なのに幼生にはバランサーがあります。流水性の種のなかには、幼生や成体に爪がないものが少なくありません。トウホクサンショウウオは、ここに挙げた止水性の種の特徴をすべて兼ね備えているのに、流れの速い水域で繁殖する個体群があります。こうしてみると「キタサンショウウオにペニスがないのは単なる例外」という答えになりそうですが、それでは私としても面白くありません。「本欄で私が提示する疑問には現在のところ解答がない」というのが私の答えです。本欄の疑問に答えられる読者の方を待っています。さあ、皆さんも考えてみて下さい。

羽角正人(はすみまさと=新潟大学理学部生物学教室)


*トウホクサンショウウオの場合、流れの速い水域で繁殖する個体群では、外見上の損傷尾や再生尾を持つ個体が出現する割合が高い(尾椎骨)。また、キタサンショウウオに生殖結節がみられないのは紛れもない事実だが、これを単なる例外とか、属による違いとかで片付けてしまうわけにもいくまい(Hasumi, 2001b)。ちなみに「生殖結節=ペニスという表現は不適切」という見解から、私は「tubercle (like a clitoris)」という表現を現在は用いている(Hasumi, 2001a)。
Copyright 2002 Masato Hasumi, Dr. Sci. All rights reserved.
| Top Page |