有尾両生類(サンショウウオ類)の「研究」に関する質問(1)

>論文を拝見すると、たくさんのクロサンショウウオの個体を採集しておられますが、何か特別な方法・装置を使っているのでしょうか?

特別なものは何もありません。胴長をはいて池に入り、タモ網で個体を採集しているだけです。1回の採集で3時間以上かけ、じっくりと池の隅々まで探ります。身体が冷えますから、使い捨てカイロは必需品です。降雨の翌日を狙って採集すれば、効率が良いと思います。


>入水前の個体を捕まえるのに、よい方法があったら教えてください。

数が欲しければ、池の周りに「落とし穴トラップ」と「動物の移動を遮断するフェンス」を仕掛けて、入水直前の個体を捕獲する以外に方法はないと思います。


>採集した個体を冷蔵庫に入れる保存方法もあるようですが、この方法で何日くらい産卵させずに保存が可能でしょうか?

「産卵させずに保存」ということは、メスに関する質問ですね? それは、採集したメスの状態によって判断します。入水直前のメスは未排卵ですから、いつまで待っても産卵しません。もし産卵するようであれば、そのメスは一度、池に入ってから陸に上がったものと考えて間違いありません。池から採集し、陸生型の体形を保っているメスであれば、3日後には産卵可能な状態になるでしょう。3-4日が限度ですね。


>雌雄別々ならば、複数個体を同一容器に入れておいても大丈夫なのでしょうか?

大丈夫です。私はB4版くらいの広さの容器に、約3cmの深さになるように水を入れ、3〜4匹を目安に入れています。


>今年クロサンショウウオの調査をしてみて、羽角さんや○○さんが報告されたような「助産行動」が、まったく観察できませんでした。また○○さんの報告と比べて、産卵期間ははるかに短く、メーティングボールを形成する個体数がはるかに多くなりました。以上の結果から「オスは個体群密度により、助産行動やメーティングボール参加などの配偶行動を変えているのではないか」と考え、テーマを設定してみました。いくつかの文献をあたっても、この現象について定量的に報告したものはないように思います。

オスが密度依存的に配偶行動を変えていることは、充分に考えられます。これとは少し違いますが、以前の論文で私は「カスミサンショウウオの繁殖期のオスの縄張りは、密度依存的に形成されるのかもしれない」という議論をしています(Hasumi, 1994)。また、短い期間で爆発的に繁殖がおこなわれるのは「explosive reproductive pattern」と呼ばれる現象で、気象条件の厳しい山間地の繁殖池で普通にみられます。繁殖期間が短いわけだから、当然、繁殖に参加するオスの数も多くなり、メーティングボールを形成する個体数も多くなります。但し、これはデータとして論文になっているものは少ないでしょうから(全くないかもしれない?)、ちゃんとした論文を書いていただけると助かります。

それと、クロサンショウウオの繁殖行動の観察で「助産行動が全く観察できない」というのは、たぶん何かを見落としています。次の質問に答えて下さい。
(1) 観察例数はどれくらいか?
(2) オスとメスの一対一のペアリングもみられないのか?
(3) 木の枝などにメスが卵嚢の粘着端を付着させた後、メスが単独で卵嚢を産出するのか?
(4) メスの総排出口から卵嚢が突出したとき、どのような行動が周りのオスにみられるのか?
(5) オスが助産行動をせずに直接、卵嚢を抱くということなのか?
(6) メーティングボールを形成するオスは、メスが産卵を開始してから、どの時点で卵嚢の周りに集まってくるのか?


>産卵行動を最初から最後まで見たのは、今年の全産卵数51卵嚢対中の18例です。オスとメスの一対一のペアリングは、見たところ全くありませんでした。また私の観察では、最初からオスが数匹の集団を形成しており(適当な枝にとまって、多くは既に産卵されている枝)、その中にメスが侵入して産卵が起こりました。メスがオスの集団内に割り込み、枝に総排泄腔を付けられれば産卵が開始されます。それ以前にオスが抱き付けばメスは逃げ、再び集団への侵入を試みます。したがってメスの総排泄腔から卵嚢が出てくる瞬間を観察することは非常に困難でした。おそらく、卵嚢が出始めると同時に周囲のオスがさらに集合し、メスはオスの集団のもみ合いにより押し出されてくるように見えました。メーティングボールが解ける状態を観察すると、オスは卵嚢を抱いていますが、このオスは最初に集合していたオスとは限りませんでした。

クロサンショウウオで、数匹のオスの集団にメスが侵入して産卵が起こるケースがあることは、充分に承知しています。

(1) 一連の観察では「それ以前にオスが抱き付けばメスは逃げ」というのが気にかかります。これはオスが、メスとのペアリングを試みている証拠ではないでしょうか? これまでの私の観察でも、メスが卵嚢の粘着端を木の枝に付着させる前にオスがメスに抱きついたケースでは、メスに逃げられてペアリングに失敗しています(Hasumi, 1994)。

(2) また「メスの総排泄腔から卵嚢が出てくる瞬間を観察することは非常に困難」ということは「メスに抱接しているオス、または最初に卵嚢を抱いているオスは存在するのかもしれないが、オスの集団のなかに埋没して分からなくなってしまった」とは考えられないでしょうか? おそらく、ここが最大のポイントだと思います。見落としが本当にないのであれば「全てのケースで、オスは助産行動をする必要がなかった」ということになります。私の観察では47例中9例で、オスはメスに抱接することなく直接、卵嚢を抱いていますが、これも立派な助産行動です(Hasumi, 2001)。

ここで注意していただきたいのは「助産」の定義です。行動生態学では勝手な定義付けが混乱の元になっていることは、ご存知だと思います。○○さんは、オスがメスの腰に前肢を回して引っ張るのを「助産行動」と呼んでいるようですが、それは「抱接(amplexus)」の範疇に入るものです。「助産(midwifing)」とは「それまでメスを抱いていたオスが、メスの腰から前肢を放して卵嚢を抱き、卵嚢がメスの総排出口から完全に外に出るまでの行動」を指します。

それと「オスがメスから卵嚢を完全に引き抜いた後で卵嚢を抱く行動」は、オスが何匹も集まっている状況では、普通あり得ない行動です。これと同様の行動は、Hasumi (2001)では、50例中3例で(1匹のオスに)観察されています。しかし、これは雌雄一対一だからこそ、あり得る行動なのです。このとき他にオスがいれば、○○さんが言う「助産行動」をおこなったオスは、メスから卵嚢を引き抜いた途端に、他のオスに卵嚢を奪われてしまうでしょう。

○○さんの助産行動の報文は、人から質問される度に、読んでは理解しようと努めているのですが、幾ら読んでも繁殖行動の全体像がつかめず、そのため引用することもできずに困惑しています(一応、レフェリーはいるはずなんですが......)。それというのも、○○さんが観察している池に、オスが何匹いたのか、どこにも記述が見当たらないからなのです。○○さんが「助産行動」と呼んだ「オスがメスから卵嚢を完全に引き抜いた後で卵嚢を抱く行動」がおこなわれるには、どうも「オスが1匹しか存在しない」と考えるしかないようなのですが......(つまり、この報文には、繁殖行動のエソグラムの重要な構成要素である「メーティングボール形成(mating ball formation)」にも「争奪競争(scramble competition)」にも言及する記述が見当たらないという事実が、実際にサンショウウオの繁殖行動を観察している研究者には極めて奇妙に聞こえるということです)。

(3) 最後の文章で「メーティングボールが解ける状態を観察すると、オスは卵嚢を抱いていますが、このオスは最初に集合していたオスとは限りませんでした」とありますが、状況がよく飲み込めません。これは「メーティングボールに遅れて参加したオスのなかの1匹が、最終的に卵嚢を抱いているケースがある」と解釈すればよいのでしょうか? あらかじめオスにマーキングをしなければ、このようなことは言えないはずですが、どのようにして個体識別をしているのでしょうか?

細かいことで恐縮ですが「総排泄腔」というのは、クロアカ内部の空所のことです。書くなら「総排泄腔開口部(または総排泄口)」ではないでしょうか? でも私は、用語として使うなら「総排出腔開口部(または総排出口)」のほうをお勧めします。また用語は、短いほうがベターです。


>標識については、池に現れたオスを片っ端から捕まえて、尾の付け根にカラーリボンをつけてみました。池の中でもランプの明かり程度で十分に確認できます。オスの集団にメスが入り込む形では、メスが埋没してしまうと最初に抱きついたオスを確認することは難しいですが、基本的に枝が見えている場所に卵嚢をつけようとするので、その瞬間を見逃さないように注意したつもりです。その中では、抱接を伴なわずに卵嚢に直接抱きつくケースのほうが多かったように思います。

>(1)については、ご指摘のとおりです。実際に観察しているときも、オスが強引にペアリングを迫っても、メスが卵嚢を固定できない状態ではオスを嫌うのだろうと考えていました。メスがchoiceしていると考えるべきなのでしょうか?

>(2)についても、ご指摘のとおりです。メスがオスの集団に近づいたとき、集団の周囲にいるオスまたは集団の表層部にいたオスが、メスおよび卵嚢に抱きつくところは確認できたのですが、メスが集団内にもぐりこんでしまった場合は、どのオスが抱きついたのかは確認できませんでした。しかし、卵嚢は付着させたものの、オスにもみくちゃにされ、苦し紛れに出てきたら卵嚢も排出されていた、というケースが何例かあったと思いますが、考えにくいことなのでしょうか?

>(3)については、少し違うように思います。最初から集合していたオスがメスや卵嚢を抱くのではなく、周囲でうろついていたオスが、メスの動きに合わせ近づき、出始めた卵嚢に抱きついてしまうケースがあったということです。最初の集団を形成していたオスが競争している間に、メスまたは卵嚢を横取りするオスがいたと解釈していただければよいでしょうか。最初に集団を形成していたオスは、その後メーティングボールに参加します。

どういうことか、漸く分かりました。結局「オスに助産行動はみられるし、一時的にはメスに抱接もしているが、オスがメスの腰に前肢を回して卵嚢を引き出す行動(○○さんが「助産」と呼んだ行動)は観察されなかった」ということですね。これは「オスの集団でメスがもみくちゃにされて、卵嚢の先端がメスの総排出口から顔を出してしまったために、ほとんどのケースでオスが直接、卵嚢を抱いている」と考えるのが自然でしょう。

また、オスが卵嚢を抱いていなくても、オスの集団にメスが押し出される形で、卵嚢が産出されるケースは充分に考えられます。但し、このなかでオスが卵嚢を抱いていないことを証明するのは、容易でありません。

オスとメスのペアリングですが、メスが卵嚢の粘着端を木の枝などに固定できない状態でオスが抱接しても、卵嚢を産出することはできませんよね? 実際、私の観察でも「オスがメスに抱接したまま木の枝から下に落ちていく」という行動がみられました(Hasumi, 1994)。ですから、メスが産卵をchoiceしているというより、これは物理的条件、要はタイミングの問題だろうと思います。

それと「周囲でうろついていたオスが、メスの動きに合わせ近づき、出始めた卵嚢に抱きついてしまう」というのは「メスまたは卵嚢の横取り」ではなく「メスをchaseしたオスが結果的に卵嚢を独占することができた」ということを意味します。これは、私の結果(Hasumi, 1994, 2001)と矛盾しません。あなたが述べている「最初に集団を形成し、遅れてメーティングボールに参加したオス」は、あくまで「scramble competitors」です。


>今年の調査では個体の測定値として、体重・体長・頭幅を計測しました。文献を読んでいて気づいたのですが、ほとんどの文献が、頭胴長を計測していますよね? 体長を測定する意味はないのでしょうか? 体長でなく、頭胴長でなければならない理由をお聞かせ願えれば幸いです。

サンショウウオの場合、計測データは、基本的に「体重、頭胴長、尾長(参考データ)、頭幅、尾高」を採ります。ここで注意することは「頭胴長をどこまで測定したか(総排出口の前端までか、後端までか)」を明示するということです。私は、頭胴長を「吻端から総排出口の後端まで」測定しています。それと「体長=頭胴長」です。たぶん、あなたが想い描いている「体長」というのは「全長」のことだろうと思います。全長を測定する意味がないのは、これに季節的変化の著しい「尾長」が含まれるからです。また尾長には、偶発的事故による再生尾の問題があることも知られています。頭胴長なら安定していますから、これを基準として他個体の頭幅と比較することができます。


>もし羽角さんの論文(1994)のように、頭幅が物理的な卵嚢独占に働くとすると、個体群密度(または実効性比)が高くなれば、それだけ競争も激しくなるため、頭幅の発達にも違いが生じるのではないかと考えられますが、いかがでしょうか? これを確認するためには、relative head width(相対的頭幅と訳してよいのですか?)の比較が必要なのだと思いますが、relative head widthとは頭幅/頭胴長ということでしょうか? やはり頭幅/体長では意味がないのでしょうか?

頭幅は、私がおこなったように頭胴長で割って「相対頭幅」とするか、或いは頭胴長をcovariateとして、ANCOVAで頭幅を比較すればよいと思います。頭幅/全長では、論文がリジェクトされることは確実です。


>エゾサンショウウオ幼生の共食い型の発現におよぼす、他種の影響を調べるプロジェクトを立ち上げようとしています。とりあえず、カエルは北海道産のアカガエルを使うことになります。ところが、エゾサンショウウオ以外の北海道に住むサンショウウオはキタサンショウウオしかおらず、これは天然記念物で入手が難しく、困っております。現在、トウキョウサンショウウオの卵塊の提供を受けることになっていますが、トウキョウサンショウウオ資源が枯渇しつつあるらしく、材料の入手が難しいようです。もしトウホクサンショウウオ、クロサンショウウオの卵塊が手に入れば、それも使って実験を組みたいと思っているのですが、今でもクロなりトウホクなりの卵塊は手に入るのでしょうか? もし入手可能ということであれば、材料を提供していただくわけにはいかないでしょうか?

エゾサンショウウオとエゾアカガエルは同所的に生息していますから、これらの幼生の相互作用を調べるのは意味のあることだと思います。でもキタサンショウウオは同所的に生息しておりませんし、他のサンショウウオ(トウキョウサンショウウオ、トウホクサンショウウオ、クロサンショウウオなど)は、北海道に生息しないばかりでなく、繁殖期も異なっているわけですから、これらの幼生をエゾサンショウウオの幼生と一緒にして共食い型の発現に影響が出たとしても、どのような意味があるのか私には分かりません。私がレフェリーだったら、この投稿論文は恐らくリジェクトすると思います。まず、私を納得させる説明をして下さい。その上で、トウホクサンショウウオかクロサンショウウオの卵嚢を提供することを考えましょう。


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