越井家


非公開      
建築年代:
   明治時代末期   

所在:
   
東筋・富山町 (じないまち散策地図
由来:
  当家は代々「平尾屋庄兵衛」を名乗り、その先祖が平尾村 ( 大阪府南河内郡美原町平尾)から当地に移住したと伝えられる 材木商を営み安政年間(1854−60年)には庄屋を務めた家柄である。母屋は明治末期の建築で、当家の材木置場跡に建てられたものである。 越井家は地元の素封家で材木業・越井林業をはじめ広く事業を営み、昭和初期に大鉄電車社長を務めた。昭和4年古市−久米寺間延長や20m級大型車増備など積極的に大鉄電車の経営を推進した。(関西 電車のある風景 今昔II 高山禮蔵著 JTB)
 
建物の特徴:
  
 屋敷地は寺内町の北東部にあたり、1区画の大部分を占め、北側には長大な米蔵を配し、この地区の景観を引き立たせている。また、富山町筋を挟んで北側にも、分家新宅である(北)越井家が並んでいる。

越井家住宅の全景
横浜市からの来訪者
(2005年8月)
越井家住宅の正面
北会所町
土蔵 米蔵
長大な土蔵からは、往時の繁栄が偲ばれる。 長大な米蔵
富山町
窓のある蔵で「黒漆喰(しっくい)で墨を塗り込めています。これは東京から明治時代になって伝わったもので、防火の目的と言われています。
越井家住宅の外塀
(北会所町)
煉瓦の防火壁
(北)越井家住宅
(富山町)

越井家の分家・新宅
母屋の屋根は大きく膨らんでいるのが特徴で、「むくり」と呼ばれています。
(北)越井家住宅
(北)越井家住宅
(北)越井家住宅

瓦屋根
(北)越井家住宅



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