稲 村 御 所 跡

                           ▼ 須賀川市稲字御所舘(ごしょだて
                           ▼ 東北本線須賀川駅バス矢田野経由長沼行稲村下車10分

 須賀川駅から長沼行のバスで約20分、稲村の停留所で降りれば、南方300mの所に小高い丘陵を望むことができます。この丘全体が稲村御所跡で、土地の人々は今でも御所舘とよんでいます。1399(応永六)年、鎌倉公方足利満兼は弟満貞をこの稲村に、同じく満直を郡山市の笹川に配置し、それぞれ陸奥・出羽両国のおさえとしました。かれらの居住地を稲村御所・笹川御所とよびます。その後満貞は鎌倉公方持氏(満兼の弟)の反乱にくみして幕府と戦ったが敗れて滅びました(永享の乱)。笹川御所に居住していた満直はこの乱では幕府側につき滅亡は免れました。御所は丘陵中央にその本拠をもち、南北200m・東西200mほどの平場をもっており、周囲に土塁が残っています。北側の土塁には土橋も残されています。礎石らしきものはみられず、発掘もなされていないので建物などについては不明です。

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