八海山 2/2

 いよいよここからが有名な大日岳の下りである。写真で見ると垂直に見えるのでかなり緊張するかと思ったが、想像していたよりスケールが小さく、足場もしっかりしているので、難なく下ることが出来た。妙義山のクサリ場に比べればはるかに楽だ。この岩を人が登下降している写真が撮りたかったので、4人のパーティーが来るのを待った。

 しかし待つのは長い。諦めて出かけようかと思った時、やっと人の声が聞こえて来た。

 そして、「やらせ」ではなく、パーティーが真剣に下っている写真が撮れた。4人に感謝しなくてはいけない。

 (写真右が大日岳を下る4人のパーティー。拡大写真は→こちら)

 入道山へ向かう途中に雪の残骸がチラホラとあった。雪が降った後に雨に変ったのでほとんど解けてしまったが、その残りであろう。

 比較的平坦な道を進み、入道山へ到着。山頂にはなぜか「丸ケ岳」の石柱があった。

 ここは展望がすばらしかった。目の前に中ノ岳(写真左)が見え、その右奥に丹後、その奥に平ケ岳が見えた。遠く右手の方には巻機山があった。駒ケ岳と中ノ岳の間に、白く雪を被った槍ケ岳のような尖峰が見えた。明日登る予定の荒沢岳だった。
 (写真右の中央に見える尖峰が荒沢岳)

 ここでコーヒーを飲みながら展望を楽しんだ。
 中ノ岳はすぐ目の前に見えるが、鋸歯状の尾根を見ただけで私はここから縦走はしたくないと思った。いつの日か十字峡から登ろうと思った。

 (写真左は入道山から返り見た大日岳)

 下りは大日岳直下まで戻り、そこで迂回路を行くか、もう一度岩峰を行ってしまうか躊躇したが、 迂回路を行く事にした。しかし、迂回路は梯子とクサリの連続下降で、稜線を行けば良かったと後悔したほどだった。

 新開道との分岐へ出た。ここは紅葉が見事だった。ここからは水平道になり、5、6分で最初に登った分岐へ着いた。

 日ノ池から稜線へ出たところで若い単独の青年に会った。今朝一番のロープウェイで来たのだろうか。
 彼が摩利支岳を登っているところを写真に収める。

 クサリを登ると白河岳だった。途中に釈迦岳があったはずだが分からなかった。標識がなかったので気づかなかった。

 ここからはピークを巻いて右側をトラバースしながら下って行く。もちろんクサリは付いている。この巻いた岩峰が七曜岳かも知れないと思ったが、クサリを2本登った所に五大岳の石柱があった。でも、これが七曜岳に違いないと思った。

 そこを下りながら回り込んだ時、前方のピークに不気味な石仏群が見えた(写真左)。
 ここからはロープウェイで来た人達が続々と登って来た。クサリ場は順番待ちになった。

 石碑などが所狭しと並んだ不動岳は不気味だった(写真右)。火を燃やした跡もあった。白装束の山伏達が護摩を焚いてお祈りしている光景が目に浮かぶようだった。

 石碑の中に「八海大神」があり、「魔利支天」と書かれたものもあった。「?」、ここが魔利支天であるはずがない。ここは不動岳のはずだ、と思いながらも確信はなかった。

 そんな時、昨夜小屋へ泊まった4人のパーティーが登って来た。その一人が、
「ほら、ここに不動岳と書いてある!」と標識を発見した。やはり不動岳に間違いなかった。ここで交互に写真を取り合った。

 ここから、最後のピークである地蔵岳へ向かって行った。

(写真左、手前が地蔵岳、鞍部に小屋、その後ろが薬師岳)

 地蔵岳は、ただピークを踏んだだけですぐに引き返した。ここは行き止まりになっているので、少し戻ってからクサリ場を下る。登山者が続々と登って来た。遠慮しているといつまでたっても下れない。
 ここは足元が湿っていて、クサリがあっても滑りそうだった。

 小屋へ11時15分着。
 小屋の周りではロープウェイで登って来た人達が大勢休んでいた。私はここで昼食にすることにした。庭先で湯を沸かしている時、八王子から来たという例の4人組が下って行った。

 八海山は、総じて言うと岩場の登高差が少なく、足場もしっかりしているので、岩に慣れるにはちょうどいいのではないかと思った。妙義山の岩場に比べれば、妙義山を登るためのトレーニング場と言った所かも知れない。経験者が同行すれば、初心者でも楽しめる岩場だと思った。

 12時ジャストに小屋を出発。あとは一気に下ろう。
 薬師岳の山頂から振り返ると、昨日は何も見えなかったが、今日は小屋や地蔵岳がバッチリと見えた。最高の眺望だった。

 この後ロープウェイで下り、明日、荒沢岳へ登るためR291で小出へ出て、銀山平へ向かった。


(六日町の山麓から見た八海山。左側が薬師岳)
 
荒沢岳へ続く