飯豊山(いいでさん)    50座目

(2,105m、 山形県・新潟県・福島県)


石転び沢雪渓。正面奥が北股岳。

丸森尾根から杁差岳は→こちら


石転び沢雪渓〜北股岳〜大日岳〜飯豊本山〜ダイグラ尾根

1996年10月9日(水)

相模原−(東北道)−福島飯坂IC−米沢−小国町−飯豊山荘(泊)

「日本百名山を登ろう」と志してから丸3年。まだ半分ではあるが50座という記念すべき山に、この飯豊山を選んだ。
「いいでサン」は東北の名山の一つで、若い頃から一度は登ってみたいと思っていた。特に石転び沢雪渓というユニークな名前の雪渓を登ってみたかった。しかし、飯豊山は山が深く、食事も寝具もない避難小屋へ2、3泊しなければならないため、つい行く機会がないまま山登りを止めてしまった。

 それから10数年が経ち、40半ばを過ぎてから再び山へ登るようになり、それまで忘れかけていた飯豊山への思いが蘇ってきた。
 日本百名山の40座を過ぎ、当面の目標であった50番目という節目の山に、どうしてもこの飯豊山の名前を記したくなった。
 そして、「どうせ行くなら紅葉の時に」と思い、10月だというのにアイゼンとピッケルを持って、東北道を一路山形を目指して車を走らせた。

 福島飯坂で高速を降り、国道13号で米沢市、南陽市をめざして走って行った。南陽市からは113号で小国町へ出た。
 小国町から新発田方面へ向かってしばらく走ると、右手にダムが現れてきた。そのダムのすぐ脇にある細い道を下って行く。
 しばらく走ると民家が現れてきた。
 この頃から天気があやしくなり、飯豊山荘へ着くころは土砂降りの雨になってしまった。

 飯豊山荘は、総二階建ての安っぽい旅館のような感じだった。玄関へ着いた時はすでに16時を少し回っていた。途中で食事をしたり、パンを買うために途中から引き返したこともあるが、家を出てから10時間以上もかかってしまい、すっかり疲れてしまった。

 飯豊山荘でゆっくりと温泉に浸かり、明日の山旅にそなえて20時就寝。

(写真は2007年に撮ったもの)


10月10日(木)
飯豊山荘〜石転び沢〜北股岳〜梅花皮小屋(泊)

 朝、5時に山荘を出発した。昨日の雨はすっかり上がり、天気も良さそうだ。
 温身(ぬくみ)平までは約30分。ヘッドランプを点けて広い林道を歩いて行った。
 温身平でダイグラ尾根へ行く道を左に見送って、右手の石転び沢への道を進んで行く。空もだいぶ明るくなり、ヘッドランプがなくても歩けるようになった。

 しばらく行くと砂防ダムがあり、右端の階段を登ると、森林の中の登山道になった。
 その道をしばらく歩くと、急に視界が開け、沢が合流する広い河原に出た。そして、200メートルほど先に雪渓の末端部分が見えた。白馬の大雪渓に比べると、幅ははるかに狭いが、急な斜面が長々と山頂近くまで延びていた。
「あれが石転び沢雪渓か……」と、道端に腰を下ろして眺めながら、はるばるやって来た甲斐があったと思った。

 しかし、ここから雪渓へ出るまで大苦戦をすることになった。昨日の大雨で土砂が登山道を埋め、雪渓の踏み跡やドロなどをきれいに洗い流してしまったからだ。
 雪渓までは何とかたどり着いたものの、登り口が分からない。高さ4〜5メートルもある雪渓の末端でウロウロすること30分あまり。いささか弱り果てている時、河原の方から人の声が聞こえて来た。
「………?」
 何んと言っているのか分からなかったが、どうも「そこではない、もっと上だ」と言っているようだった。

 その人は、日帰り程度の小さなザックを背負い、小学1、2年生ぐらいの男の子を連れていた。どうも地元の人らしい。実は後から知ったことだが、この人は今日泊まる予定の梅花皮(かいらぎ)小屋のご主人だった。このご主人のお陰で、やっと雪渓の上に出ることが出来た。一時はどうなることかと思った。

 ここからは安心して雪渓歩きが出来た。
 ご主人が、「今年の秋は例年の夏よりも残雪が多い。こんなに多いのは初めてだ」と言ったが、私は「夏より多い雪渓」を登れるなんてラッキーだと思った。

 さらにご主人は、「ここから小屋まで早い人で3時間、ゆっくり行っても5時間ぐらいで行けますよ」と言い残して、アッという間に遠のいて行った。

(写真左:石転び沢雪渓、岩の手前に親子が豆粒のように見える←拡大できます)

 私はアイゼンをつけ、ピッケルを持って平らな雪渓をゆっくりと歩いて行った。ここからは雪渓の上部まで見渡すことが出来た。そして、その雪渓を見下ろすように北股岳(中央奥のピーク)が聳えていた。

 しばらく歩くと、雪渓が二股に分かれ、右手の沢にも残雪がたっぷりあった。そして「ここが二股の中心地です」と言わんばかりに、畳二枚ほどもある大きな岩がポツンと顔を出していた。どうも、先ほどの出合いは梶川出合で、ここが「石転び沢出合い」のような気がした。
 ここからは斜面がきつくなった。表面はツルツルの氷で、スプーンカットになった斜面を一歩一歩登って行った。

 両側の尾根には、所々に真っ赤に色付いた紅葉が見えた。目を見張るほどではないが、白い雪渓と赤い紅葉のコントラストがすばらしく、何枚も写真を撮った。

 紅葉は登るにしたがって鮮やかになってきた。右手のゴツゴツした岩尾根の中の紅葉を見ていると、アルプスの紅葉を見ているような気がした。(写真右→拡大できます)

 さらに登って行くと、北股岳の直下で右へ行く雪渓があった。ここは北股沢で「ガスが出ると迷いやすい」とガイドブックに書いてあったのを思い出した。

 この石転び沢雪渓は、人気があるので登山者も多いだろうと思っていたが、登山者はほとんどいなかった。登山中に会ったのは、親子2人と途中で私を追い越して行った若い男性2人組み、さらにピッケルもアイゼンもなく、両手に枯れ枝をもってピョンピョン下って来た青年が1人いただけだった。

 梅花皮小屋へ4時間ぐらいかかって着いた。ここの主人であるさっきの親子はもういなかった。「今日中に梶川尾根を廻って帰る」と言っていたが、無人小屋に設けてある料金箱を回収して、すぐに下ったらしい。


(梅花皮小屋前から見た石転び沢雪渓)

(梅花皮小屋と北股岳)

(梅花皮小屋と梅花皮岳)

 小屋でひと休みしてから、カメラだけを持って北股岳へ向った。北股岳は実にカッコいい山だった。モッコリと盛り上がった山容は、八ケ岳の赤岳に似ているような気がした。
 山頂には鳥居と祠があった。その鳥居の周りで7、8人が写真を撮っていた。彼らは梶川尾根から登って来たようだ。

 山頂からの展望は抜群だった。梅花皮岳や烏帽子岳がすぐ目の前に聳え、烏帽子の奥に飯豊本山が見えた。


(手前から梅花皮岳、烏帽子岳、奥にぼんやりと飯豊本山が見える)

 飯豊本山はテッペンに少し雲がかかっているが、初めて見る本山に感激した。明日はあのテッペンに立てるのかと思うと胸がワクワクした。

 右手(南側)には、大日岳が沢の対岸に寝そべるように横たわっていた。特徴のある山頂は南アルプスの聖岳のようだ。「何んとしても明日はあの大日岳の山頂に立たなくては」と思わずにはいられなかった。


(北股岳山頂からの大日岳)

(北股岳から門内岳、地神山方面)

 遠くには月山や鳥海山まで見えた。足元をのぞき込むと、さっき登って来たばかりの石転び沢雪渓が長々と見えた。よくもこんなに登って来たものだと我ながら感心した。
 この山頂は標高2,250メートルで、飯豊山荘からの標高差が1,850メートルある。つまり今日一日で1,850メートルも登ったことになり、それだけでも満足だった。

 小屋はほぼ定員(40人)ぐらいだった。思い思いに寝床を確保して、夕食の準備をしていると、次から次と登山者が入ってきた。「今頃着くなんて非常識だ」と思いながらも、寝床がなくて困っていた若者2人のうちの1人を隣へ入れてやった。