祝瓶山−2/2

 両手を使って登るようになって来た。こんな急峻な登りは北陸の笈(おいづる)ケ岳のジライ谷以来だ。とにかくシンドイ。休み休み行こう。モタモタしている間にガスが這い上がって来た。

【雪渓から登山道が消える?】
 雪渓の所で道が無くなった。雪渓のすぐ右にペンキマークがあり、わずかに人が歩いたような形跡があったのでそのまま登って行った。これはきっと雪渓を避けるために歩いた跡で、どこかで夏道へ出るに違いないと思ったが、踏み跡が消え、急峻な草付で行き詰まってしまった。右、左と探し歩く。

(右端中央にペンキマークがあるのでそのまま真っ直ぐ登ってしまったが、余りにも急峻で登れなくなった。右側はヌルミ沢で沢へ降りることも登ることも出来そうにない)

 と、その時、下から一人の男性が登って来た。2人で道を探す。後から来た方はまだ若く、「右手の沢を強引に登っちゃいますか!」と言ったが、余りにも危険すぎる。

 たしか山頂直下は左へ巻くようなことをネットで見たような気がする。左側を探しに行ってもらった彼がしっかりした登山道を見つけてくれた。ここで20分位のロスタイム。
 ここは、夏道は雪渓の下に潜っており、つい先日までは雪渓をトラバースしていたが、その雪渓が解けてしまったようだ。

【ついに祝瓶山の山頂へ】
 ここからは、ペイントされた露岩帯を登って行く。

 すると、右奥にボンヤリと大朝日岳(?)が見えて来た。確信は無いが絶対に大朝日岳に違いないと思った。(写真右:拡大できます)

 トラロープを2、3本使って攀じ登る。登り切った所が山頂かと思ったが、左に小さなピークがあった。そこが祝瓶山の山頂だった。
 時に10時50分。予定より1時間以上も遅れての到着である。しかも視界は全くない。疲れてしまったせいか食欲もなかった。

 若い方は宮城県から来たと言う。登山歴は3年目だというが、かなりの健脚だ。彼は祝瓶山荘へ来るまでの道路の悪さを嘆いていた。あんなに悪い道路だと知っていたら来ることもなかった。とても友達には勧められないと。
 私も同感である。帰りの道が心配だ。

【鈴振尾根を下山。分岐に注意!】
 11時30分下山。彼より一足先に下り始める。
 下りは鈴振尾根を下って行く。岩場を下るとまたヒメサユリ・ロードになって来た。それも群落である。良い時期に来たと思った。

(ヒメサユリの群落と祝瓶山)

 ここは赤鼻への分岐が分かりずらいと聞いていたので、注意しながら下って行った。

 祝瓶山から下った鞍部(写真左)から、わずかに登ってピークを右側から巻くようになってすぐ、左手に標識が倒れ、右側に獣道のような細い道があった。この分岐まで山頂から17分。

 この分岐を見落として鈴振尾根を下ってしまう人が多いと聞く。要注意である。

【カクナラ尾根はヒメサユリ・ロード!】
 この獣道のようなカクナラ尾根を下って行く。
 膝から腰ほどもあるヤブを進んで行く。これが本当に大朝日岳へ続く縦走路なのかと心配になって来る。 

 やっとヤブから解放されると、またヒメサユリ・ロードになって来た。祝瓶山も少しずつ見えるようになって来た。

 ヒメサユリの写真を撮りながら下っている時、左足が吊ってしまい、痛くてうめいていた。これが岩場や鎖場でなくて良かったと思った。
 10分も経つと何とか歩けるようになったが、吊った筋肉が痛く、右足も吊りそうでピクピクしている。最近は足が吊ることが多く、もう山を諦めなくてはいけないのかと思った。


(ヒメサユリ・ロードは続く)

(山容を変える祝瓶山)

(この辺で足が吊った)

 恐る恐る足を出しながら下って行った。
 ヒメサユリ・ロードが終わると低木帯の一気の下りになった。さらにヤブが現れる。ササをストックで掻き分けながら下って行く。ササで見えない木の根や倒木につまづいて2回もスッ転ぶ。危ない、危ない。

 12時40分(山頂から1時間10分)、木地山ダムが見えるザレた所で休憩。この山は登りもしんどかったが、下りもしんどい。

 ここからはヤブが刈られていた。きっと長井山岳会の方々が刈ってくれたのだろう。本当にありがたい。こういう方々がいるから我々は助かる。

 それにしても宮城の方が一向に来ない。あれほどの健脚が来ないということは、鈴振尾根の分岐を間違えて真っ直ぐ下ってしまったのだろうか。10人中、7、8人が間違えて真っ直ぐ下ってしまうそうだから・・・。

 最低鞍部らしき所まで一気に標高差400m以上下り、今度は登り返しになる。ギアチェンジがうまくいかない。カミナリが鳴り出した。

 カミナリが段々近く大きくなって来た。背後に見える祝瓶山の写真を撮りながら、これが祝瓶山の見納めかな、と思った。

 赤鼻の分岐はまだまだ先だろうと思っていたが、あっけなく着いた。ここで休んでいると宮城から来たという彼がやっと追いついて来た。やはり分岐を見落として真っ直ぐ下ってしまったという。

 彼も途中で足が吊ったという。若い彼が足を吊ったと聞いて、なぜかホッとするものがあった。私はまだ山を諦めなくても済みそうだ。

 私は祝瓶山の写真を撮るため1319mピークまで行く予定だったが、もう諦めた。ヘバったこともあるが、カミナリが大分近くなって来たからだ。

【赤鼻尾根を下る】
 ここからの下りもロープと鎖の連続だ。足元がザレているため、ロープに掴まりながら下って行く。
 分岐から20分も下った時、ついに大粒の雨が落ちて来た。急いで雨具を着込む。

 (写真右は雨の中で撮った祝瓶山、祝瓶よ!さらばじゃ〜!)

 この下りもシンドイ。「分岐はまだか!」と怒鳴りたくなった。コースタイム40分の所を1時間も掛かってやっと桑住平の分岐へ着いた。
 分岐には宮城の彼がいた。お互いに「しんどいねえ・・!」という言葉が出た。

 祝瓶山荘へ15時35分着。彼が帰る所だった。「またどこかの山で会いましょう」と言って別れる。

【エピローグ】
 やっと祝瓶山へ登ることが出来て嬉しい。しかも、ヒメサユリが満開の時で本当にラッキーだった。大いに満足しているが、ただ登山口までの悪路を思うと、もう一度行きたいとは思わない。

 この山は「東北のマッターホルン」といわれているが、私はどうひいき目に見てもマッターホルンには見えなかった。むしろ端正なピラミッドのように見えた。
 そのピラミッドの急峻な斜面は、登りも下りもシンドかったが、本当に良い山だった。