C 岩の殿堂・剱岳(3回目の登頂)・・3/3


 ここから平蔵の頭へ向かって行く。ここからも登りコース(剱岳)、と下りコース(剱沢)があるので注意が必要。


 平蔵の頭の登り返しも登り(剱岳)専用と、下り(剱沢)専用の鎖があるので、間違えないように。


「え、あれは何だ」、と驚くような岩場の上で登山者(下山者?)が休んでいるのが見えた。実際は鎖場の渋滞待ちだったようだ。


 この岩のテッペンから鎖で下り、次の2つのピークを右側から巻いて行く。ここは今朝、通った道だ。  


(稜線へ出てから巻道を振り返る)

(稜線から前剱方面)

 ケルンが立つピークと次のピークを下り、いよいよ前剱の登りになる。前剱は、登り(剱岳方面)は稜線を進み、下り(剱沢方面)は巻道を行く。


(いよいよ前剱の登り返し)

(一方通行なのに反対側から来る人も)

 前剱へ8時50分着。

 ここから見る剱岳の岩壁が凄まじい。今、カニのタテバイを登っている人や、カニのヨコバイに取りついている人達が見える。よくもあんな所を登って来たものだ、と我ながら思う。
(拡大すると見えます)

 右は一服剱と赤い屋根の剣山荘


 同じ岩山でも槍や穂高へ行った時は、「おい!穂高! また来るぜ!」と、おさらばするが、剱にはそういう気になれないのは何故だろうか。余りにも峻嶮な山容と威厳のせいかも知れない。

 前剱から、前剱大岩の鎖場を下って行くと、何と、トリカブトやアザミなどの群落があった。剱は岩壁とわずかなハイマツしかないものと思っていたので意外だった。

 一服剱で一服タイム。
 今朝、ここへ着いた時はまだ真っ暗で何も見えなかったが、ここから見る前剱はごっつい。


(一服剱からの前剱)

(剱にもお花畑があった)

 剣山荘へ10時21分着。庭先でラーメンを作って昼食。

 デポしていた荷物をパッキングすると、ザックがやけに重く感じる。近くにいたパーティーが、「室堂へ4時までに着けば帰れる」と言って出掛けて行った。私は無理して今日中に帰る必要はないが、小屋の予約はしていない。

 剱御前へ13時前に着いた。まだ陽は高く、ここへ泊まるのはもったいない。それに今日は温泉へ入りたい。雷鳥平まで下れば泊めてくれる宿もあるだろう。もし、どこも泊めてくれなかったら、室堂ターミナルで夜を明かせばいい。そんな思いで雷鳥坂を下って行った。

 沢の音が大きくなると、涼しい風が吹き渡る。すぐに奥大日岳との分岐へ出た。雷鳥平のテン場には無数のテントが張ってあった。

 まずは一番近い「雷鳥沢ヒュッテ」へ向かいながら、本当に営業しているのか心配になった。受付の方は居眠りをしていたが、快く泊めてくれた。これで温泉とビ−ルにありつける。

 温泉へ入ってビールを飲み、極楽、極楽。
 ここはキャンプ場が近いこともあって、キャンパーが温泉へ入りに来る。また数日間テントを張り、最後の日は温泉へ泊まるという客もいる。そんな中に同年代の御仁と山ガールがいた。食後は山談義になった。

 翌朝、7時45分室堂発のトロリーバスに乗って帰って来た。

【お断り】
山名の表記について
 地元の上市町は「剱岳」が正しい表記であるとして、国土地理院が2004年発行の地形図から「剱岳」と表記していることから、「剱岳」と表記しました。

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