薬師岳〜雲ノ平〜槍ヶ岳縦走・・3日目

1日目:上野−(夜行)−富山−有峰口−折立〜太郎平小屋
2日目:太郎平小屋〜薬師岳〜太郎平小屋
3日目:太郎平小屋〜雲ノ平〜双六小屋
4日目:双六小屋〜槍ヶ岳〜横尾山荘
《太郎平〜雲ノ平〜双六へ》
1980年8月2日
太郎平小屋540〜1030雲の平〜1325三俣山荘〜1610双六山荘

 太郎平小屋、5時40分発。
 今日は黒部五郎岳から三俣蓮華岳を越えて双六小屋まで行く予定である。

 小屋から5分も行くと、太郎山の登りになる。ここからは、昨日見えなかった黒部五郎岳や鷲羽岳が正面にクッキリと見えた。左手には水晶岳が海に浮かぶ小島のように雲海に浮かび上がり、背後には昨日登った薬師岳がどっしりとした山容をなびかせていた。実にすばらしい光景だった。

 道は太郎山へ向かう小さな道と、3人が並んで通れるほどの広い道が山腹を巻いていた。どうせ太郎山の向こうで合流するだろうと思って広い道を進んで行った。

 しかし、これがいけなかった。この広い道は雲の平へ下る道で、黒部五郎へ行く道とは合流しなかった。それと気づかない我々は、前を歩いているパーティーを次から次と追い越して行った。

 道は下る一方なので「おかしい」と思ったが、「いずれは合流する」という先入観が、抱き始めた不安をかき消した。そして、「やはりおかしい」と思って立ち止まった時はもう遅かった。

 この道をこのまま下ると薬師沢から雲の平へ出る。しばらく思案したが、ここから引き返すとなると1時間以上かかるだろうと思い、結局このまま下って雲の平へ出ることにした。

 薬師沢小屋まで一気に下った。小屋の前の吊り橋(写真左)を渡り、ハシゴを下って黒部源流へ出ると、雲の平と高天原の分岐へ出た。

 雲の平へ行く道は、原生林の中の急登だった。雲の平は三方が黒部源流に落ち込んだ高台になっており、黒部源流からはきつい登りになる。ひと抱えもありそうな大木がうっそうと茂り、昼でも薄暗く気味悪かった。

 とにかくきつい登りである。急斜面に這い出た木の根っこをまたぎながら、一歩一歩登って行く。汗があふれるように吹き出してくる。タオルで拭っても拭っても、さらに吹き出してくる。まるで体内の水分が全部出てしまうのではないかと思った。それに風がまったく無いのもつらい。

 前のパーティーがいたる所で休んでいたが、我々は軽く挨拶をしてそのまま登り続ける。こんな時は遅くてもいいからなるべく歩き続けた方がいい。休憩すると、後からよけいに疲れが出てくるからだ。

 しかし、30分も登るとさすがにこたえ、5分の休憩をとった。着ているシャツはもう水に浸したようだった。呼吸を整えてからまた登り始める。

 1時間10分ほどで、やっと原生林から抜け出した。周りが急に明るくなって視界が利くようになった。トウヒやシラビソの樹林の向こうに、薬師岳の秀峰が見えた。もちろん黒部五郎から三俣蓮華の稜線も見える。感激だ。バンザイ!、と大きな声を張り上げながらザックを放り出した。

 空は青空が広がり、ギラギラした太陽が照りつけていた。
 ここは、北アルプス3,000メートルの岳々に囲まれた雲表の高原で、アラスカ庭園と呼ばれている所である。写真を何枚も撮った。サァ、次は日本庭園だ!

 トウヒやシラビソなどが生え並んだ高原の中を、日本庭園と呼ばれている方へ向かって進んで行く。正面には、二つのピークを持った水晶岳が聳えている。もちろん右手には、北の俣から黒部五郎岳、三俣蓮華岳の稜線が連なっている。


(水晶岳)

(三俣蓮華岳)

(黒部五郎岳)

 日本庭園がある雲の平山荘近くまで来ると、今までのシラビソなどの樹木は姿を消して、なだらかな台地になった。池塘がいたる所に現れ、その周りはキンポウゲやチングルマなどが咲き乱れていた。高山植物を保護するため『立ち入り禁止』の標識が幾つも立っていた。お花畑の中にある雲の平山荘へ10時半に到着。ここでお昼にした。

 庭先のベンチに腰を降ろし、食事をしていても、黒部五郎岳から三俣蓮華岳の稜線が目に飛び込んで来る。黒部五郎のカールの残雪がまぶしく光っていた。赤い屋根の黒部五郎小舎も小さく見える。

 三俣蓮華も山頂付近にある小さな雪渓が光っていた。

 何んとすばらしい眺めだろうか。まるで北アルプスを凝縮したような大パノラマだ。2年前にあの三俣蓮華岳の直下まで行っていながら雨で何も見えず、結局山頂へ立てなかったことが今になっても悔しい。今日は何が何んでもあの山頂へ立たねばならぬ。

 しかし、ここからはまだまだ遠い。一体ここから何キロあるのだろうか。昼食も早々に出発した。
 ここからは、祖父岳をめざして登って行った。祖父岳は石ころとハイマツの山だった。テント場を越え、さらに300メートル程の急登を一気に登ると、三俣へのコースが右手に見えて来た。

 山頂への道を捨てて右へ曲がり、三俣への道をしばらく行くと、左手に鷲羽岳が初めて姿を見せた。今まで祖父岳の影になって見えなかった鷲羽岳である。黒部川の源となっているのがこの鷲羽岳で、黒部ダムの豊富な水も、もともとはこの岳の一滴の水から始まっているという。

 鷲羽岳は三俣蓮華から見ると『鷲が羽根を広げたように見える』そうだ。ここから見ると石ころだらけの山頂は白っぽく見える。二年前に登った時は、雨に降られて視界が利かなかったが、「あの山頂に立ったのだ」と思うだけで、親しみを覚える。

 雲の平から三俣山荘へ出るには、もう一度黒部源流へ降りなければならない。高度にして400から500メートルの急な下りである。膝をガクガクさせながら下ったが、道ばたにはクルマユリやトリカブトなどの花がいっぱい咲いていた。
 源流へ降りて、黒部川の冷たい水をゴクゴク飲んだ。実においしい水だった。空には、澄み切っ青空の中にポッカリと綿アメのような雲が浮かんでいた。

 ここから最後の登りになった。ここから三俣山荘までは30分である。さほどきつい登りではないが、かなり疲れを感じて来た。ここを一気に詰めて、三俣山荘へ13時25分到着。

 三俣山荘は建て替えられて立派な山荘になっていた。登山道から一番近い部屋が食堂か喫茶室らしく、赤いムードランプが天井から幾つもぶら下がっているのが見えた。

 それにしても、さすがに疲れが出た。朝5時40分に小屋を出てから、もう8時間である。ここへ泊まってもいいのだが、明日のことを考えると、どうしても双六まで行っておきたい。
 小屋の前で休みながら、ここへ泊まるか、強行してでも双六まで行くべきかを思案する。ここから双六まであと2時間半のコースである。
 相棒も「双六まで行こう」と元気に言うので、双六小屋まで行くことにした。

 双六への道は、三俣蓮華をめざして登り、山頂近くから左へ曲がるのだが、その分岐点まで来ると三俣蓮華の山頂が、頭上に覆いかぶさるように見えた。そのピークから空身で下って来たパーティーがいたので山頂までの時間を尋ねると、登り10分、下り5分だと言った。さっそく我々も登ることにした。分岐点へ荷物を置いて頂上へ向かった。

 ここの登りは岩場の急登。さすがに3,000メートル級の頂上だけのことはある。いかにもアルペン的だ。ここを全力で登りきった。(登りは12、3分かかった)
 ついに三俣蓮華岳(2841m)の頂上へ立った。今日一日中眺めて来た三俣蓮華である。「その頂上へ立っているのだ」と思うだけで嬉しさがこみ上げてきた。

 しかし、先ほどからガスが湧き出してしまい、周りの山はほとんど見えなかった。この山頂からは鷲羽岳が『鷲が羽根を広げているように見える』というが、その鷲羽岳も見えない。ここから見えるのは、三俣山荘付近だけだった。

【晴れた日の三俣蓮華からの展望】

(鷲羽岳)

(槍ケ岳)

(黒部五郎岳)

(笠ケ岳)

 山頂で10分ほど天気の快復を待ったが、快復する気配がないので下ることにした。登って来た道を一気に駆け降り、分岐点へ戻ってすぐに荷物を背負って双六へ向かった。

 双六小屋へ16時10分着。今朝、太郎平の小屋を出発してから10時間30分だった。