東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)

宮城県本吉郡南三陸町

宮城県本吉郡南三陸町の位置図

三陸町の基本的データ

  • 人口17,429人(H22国勢調査)
  • 浸水範囲内人口14,389人 *1
  • 死者610人 (H24年6月30日現在)*2
  • 行方不明者244人 (同上)*2
  • 家屋全壊+半壊3,315棟 (同上)*2
  • 震度6弱(南三陸町志津川) *3

(A)  南三陸町 志津川 (2012年7月撮影)

写真 志津川本浜町

写真A-1 志津川本浜町の被災状況

市街地の全滅状況。


南三陸町志津川の津波遡上高=15.7m(漂流物の痕跡)

資料*4

写真 同上

写真A-2 同 上

煉瓦を敷きつめた道路。

商店街であったのだろうか。

写真 南三陸町防災対策庁舎

写真A-3 南三陸町防災対策庁舎

約30人の町職員が屋上に避難した。津波は屋上に達し、助かったのは10人であった。

資料*6

写真 同上

写真A-4 同 上

献花台が設けられており、手を合わす人が次々と訪れている。

町職員遺族は町長が適切な避難指示を出さなかったとして町長を業務上過失致死容疑で告訴している。

写真 南三陸町志津川駅前

写真A-5 南三陸町志津川駅前

海岸(南東)方向を望む。

数棟の鉄骨造や鉄筋コンクリート造のビルが見えるが、この中に5階建ての公立志津川病院がある。

志津川病院は津波避難ビルになっていたが、4階まで浸水した。被災当時、屋上で助けを求める様子がテレビで放映された。

写真A-6 解体中の公立志津川病院

写真A-6 解体中の公立志津川病院

入院患者106人のうち、70名が死亡・行方不明となり、病院の看護師ら3人も犠牲となった。

病院は4階建ての東棟と5階建ての西棟の2棟で、4階まで各棟が渡り廊下で結ばれていた。入院患者は東西両棟の3階・4階にいたが、その多くは自力歩行が困難な65歳以上の高齢者であり、上階への運搬は容易でなかった。患者の運搬中に津波は4階まで達した。

資料*7

写真 同上

写真A-7 同 上

浸水を免れた西棟の5階は入院患者42名、病院スタッフ約80名、避難の近隣住民約120名の合計約240名となった。翌日午後にヘリで救出されるまでに患者7名が低体温症などで息を引き取った。

新聞紙を患者の体に巻くなどの可能な限り体温を保つ工夫を重ねたが、当日の夜の冷え込みが追い打ちをかけた。

資料*7

写真A-8 志津川病院と高野会館

写真A-8 志津川病院と高野会館

左の建物が解体中の志津川病院、右の建物が道路を挟んで向かい側に建つ結婚式場の高野会館。

高野会館には利用客や従業員ら約330人がいたが、「帰したら、津波で危険だ」という従業員らの判断で上の階に誘導した。津波は屋上まで達せず、全員が助かった。

資料*7


浸水高=14.7m(志津川病院の壁の浸水痕)

資料*4

(B) 南三陸町歌津  (2012年7月撮影)

写真 歌津の被災状況

写真B-1 歌津の被災状況

伊里前小学校に向う坂道より海岸方向を望む

国道45号線歌津バイパスの橋梁が流されている。


南三陸町伊里前における津波浸水高=15.5m(伊里前小学校の浸水痕痕)

資料*4

写真 歌津の仮店舗

写真B-2 歌津の仮店舗

大漁旗が並ぶ伊里前幸福商店街。

写真 JR歌津駅

写真B-3 JR歌津駅

線路は山と山の間の谷を盛土で通過し、駅舎とホームは高い盛土の上にある。駅へ続く上り坂の手すりが津波で変形し、破壊されている。

写真 同 上

写真B-4 同 上

志津川方向のホーム先端部が変形している。津波がこの高さまで来たことに驚く。


歌津駅の津波浸水高=23.3m(歌津駅ホームの浸水痕跡)

資料*4

【参考】幹線道路の啓開・復旧状況

東北地方太平洋沖地震では高速道路15路線、直轄国道69区間が被災した。

「くしの歯」作戦による三陸沿岸地域の道路啓開・復旧状況(国土交通省道路局 発表資料による)

【第1ステップ】 発災1日後に東北自動車道や国道4号線の機能を確保。

【第2ステップ】 発災4日後に東北自動車道や国道4号線と太平洋沿岸を結ぶ横軸ラインを確保。

【第3ステップ】 発災7日後に太平洋沿岸ルートを確保。(3月18日に国道45号線と原発規制区域を除く6号線の97%について啓開。)

平成23年4月10日には応急復旧を概成。

平成23年6月29日小泉大橋、7月10日気仙大橋の仮橋設置により広域迂回を解消。

平成24年2月3日には直轄国道の通行止めが全て解消。

参考資料

*1 浸水範囲内人口 「総務省統計局 統計調査部地理情報室

*2 宮城県 「東日本大震災における被害等状況」平成24年6月30日現在 宮城県

*3 「平成23 年(2011 年)東北地方太平洋沖地震」により各地で観測された震度等について(第3報) 気象庁 平成23年6月23日

*4 東北太平洋沖地震津波合同調査グループ ttjt_survey_07_Aug_2012_tidecorrected.xls

*5 宇佐美龍夫 新編 日本被害地震総覧 東京大学出版会 1996

*6 河北新報社 大震災ドキュメント その時 何が(16)悲劇の防災庁舎でシャッター(宮城・南三陸)http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1072/20110601_01.htm

*7 再び、立ち上がる! 河北新報社、東日本大震災の記録 河北新報社編集局 2012