地震・防災関連用語集

カテゴリ:地震

地震と鯰絵

地震と鯰の結びつきは民間信仰として古くから存在しており、文献上では平安時代に編纂された「三代実録」や「今昔物語集」にあるといわれています。地震絵の1つとしてかわら版類に鯰が登場するのは江戸時代であり、それが安政江戸地震で爆発的に流行しました。

鹿島神宮には地震を起こす鯰を押さえている要石があります。陰暦10月(神無月)には神々が出雲大社に集まりますが、鹿島神宮の鹿島神も留守を夷神に託して出雲に出かけます。鹿島神が留守にしている間は要石の押さえが充分でなくなり地底に閉じ込められていた鯰が動いて地震が起こるといいます。この地震伝説が鯰絵の基本的テーマになっています。

地震の社会史 表紙

地震の社会史
 北原糸子 講談社 表紙

地震鯰絵によって地震という災害を通して人々が見たもの、感じたもの、あるいは期待したものが何であったかを探ろうとする研究「地震の社会史 北原糸子 講談社 2000(右の写真)」があります。

これによると、

  • 基本には神と人との関係がある。
  • 神の御使いあるいは神そのものである大鯰が動くことによって生じる地震は神のよき計らいであり、世の中の好転への予兆あるいは現行の世の廃頽・堕落・奢りへの警告と捉えられた。
  • わが身が助かったという安堵感・非日常の開放感・公私レベルの重層的な救済・現実の非現実性・復旧活動による活況などの願望の世界が瞬時的に出現した。

などを挙げ、「地震鯰絵は災害を生抜かねば明日がないと考えた人々が自ら編み出した励ましのメッセージである」と分析しています。

当時と現在では多くの点で異なります。当時は貧富・身分と関係なく、粗末な家屋も豪華な屋敷も大地震の前には同じ様に倒壊し、時には火災にってすべてを失いました。一方、現在では貧富の差が被害の大きさの差とその後の立ち直りの差になって現れる傾向が大きくなっています。街路や緑地などに守られた安全な環境で耐震性のある住宅に住む人と狭い道路や路地よりなる木造住宅密集地帯に住む人とではその差は明らかです。復旧復興から取り残された人々の不平等感と閉塞感は大きな社会問題として顕在化します。

*安政江戸地震 1855年(安政2年)の江戸地震で、下町の被害が特に大きかった。地震後30箇所から出火し、潰れ焼失1万4千余軒、死4千余。武家方に死約2600等の被害があり、合わせて死は計1万とも。(理科年表より)