詩誌『交野が原』83号(2017年9月) 目次

郷土史カルタが語るB
》T
  水邊にて           平林 敏彦
  庭              岩佐 なを
  更新             北原 千代
 冬の森            草野 早苗
 パスタと猫           金井 雄二
 U字溝            野崎 有以
 転居                   峯澤 典子
 小石の指           野木 京子
 ペレ・アイホヌア       青木由弥子
 あるくひとは、だんだん顔を失っていく
                相沢正一郎

 エメラルドビーチ ある十月の終わり
                北爪 満喜
 リスベート・ツヴェルガーの絵による『ヘン
 ゼルとグレーテル』      森山  恵

 ひと息に赤い町を吸い込んで  疋田龍乃介
 ひゅっと           浜江 順子
 やみくもに          細田 傳造
 蔓延る              たかとう匡子
 T型定規と毛筆        佐川 亜紀
 戦争をしていた頃       望月 昶孝


》U

 初夏の道          高階 杞一
  村             中本 道代
  表面張力          岡島 弘子
 躍り出た言葉        田中眞由美
 ベンセ湿原ふたたび     藤田 晴央
 「ラ・ボエーム」変奏曲   山田 兼士
 半分            鈴木 正樹
 プロセス          西岡 彩乃
 凍える指          渡辺めぐみ
 冷たい指先         瀬崎  祐
 白い液体          神尾 和寿
 オニごしのりゅう/ふじ越しのりゆう
               海埜今日子

 あんぴんらおじぇ      松岡 政則
 非徒            金堀 則夫
 鱗             一色 真理
 斧             八木 幹夫
 笑うふるさと        八木 忠栄

《評論・エッセイ》
  □清岡卓行の詩の美学                          岡本 勝人
  □大野新ノート(9)評論集『砂漠の椅子』                 苗村 吉昭
  □島尾敏雄/かなしみひとつ、棘ひとつ                  寺田  操
  □極私的界紀行20                          冨上 芳秀
   *河津聖恵詩集『夏の花』思潮社 *紫圭子詩集『豊玉姫』響文社 *嵯峨京子詩集『映像の馬』澪標
   *秋山基夫詩集『月光浮遊抄』思潮社 *葉山美玖詩集『スパイラル』モノクローム・プロジェクト
   *若山紀子詩集『沈黙は空から』砂子屋書房 *佐伯圭子詩集『空ものがたり』編集工房ノア
   *甘里君香詩集『ロンリーアマテラス』思潮社 *魚野真美詩集『』iga
書評
  陶原 葵詩集『帰、去来』思潮社                     吉田 文憲
  松尾真由美詩集『花章―ディヴェルティメント』思潮社              海東 セラ
  瀬崎祐詩集『片耳の、芒』思潮社                      谷合 吉重
  古賀大助詩集『汽水』思潮社                       宇佐美孝二
  峯澤典子詩集『あのとき冬の子どもたち』七月堂              林  浩平
  小笠原眞詩集『父の配慮』ふらんす堂                   藤田 晴央
  冨上芳秀詩集『恥ずかしい建築』詩遊社                  井川 博年
  黒羽由紀子詩集『待ちにし人は来たりけり』考古堂             橋浦 洋志
  金堀則夫詩集『ひの土』澪標                       冨上 芳秀
  菊田 守詩集 ―現代詩文庫15― 砂子屋書房              相沢正一郎
   北畑光男評論集『村上昭夫の宇宙哀歌』コールサック社           照井 良平
  高階杞一著『詩歌の植物―アカシアはアカシアか?』澪標          八木 幹夫
  岡本勝人著『「生きよ」という声―鮎川信夫のモダニズム』左右社      添田  馨
                                      編集後記

詩誌『交野が原』 第83号から  詩作品6編紹介

 水邊にて 平林敏彦

夏が來ると
人目につかない水邊にかがんで
疾しい傷を洗っている

臆病者が摺り足でわたってきたのは
あやうい夢のふちだったが
暗がりに滑りこむ時代のすきまで
いったいなにをたくらんでいたのか

故なく異端の子に生まれ
今はもう帰りようがないあの故郷は
むざんに荒れ果てて
砂まじりの風にさらされている

非力であれば恥にまみれるか
ひときれの貧しい愛に逃亡するか
虚妄の島で死ぬ道もあったが
油照りの空から降りてくるのは
やぶれつつ振る旗の下で
散り散りになった仲間たちの
さみしい亡霊だった

時は滅びの地平にゆらぎ
死にそこねてゲリラにもなれず
詩のようなものを吐きだしてはきたが
囚われの日を何処へとむかうのか
いつからか
うしろ手につながれた者の意識で
この水邊をたどりながら

蕭条と
夏の日が暮れていく
水かさを増す流れのままに
喪の灯りは夕闇に消える

 庭 岩佐なを

夏至、雨。
庭の箱の濡れたガラスを
慎重にはずすと底に
びっしり並んだ小さいサボテンたちが
上目遣いをする
そこへやわらかく雨があたる
たまには湿りなさい。
周りから
ひと気が減って
いのちうすらいで
花鳥草木をたのみにしていた
じいさんはある夜
枠を踏み外してどぶんと落ち
今はあの世の温泉につかって
笑っている
のんきな「上がり」
おめでとさん。
それはそうとあなたは
夏至と冬至と
どちらが好きですか。
うめ対ゆず
ひる対よる
かな。
ガラスの蓋をもとに戻して
庭ごとたたむ
じくじくも
ほどほどに
明日、晴。

 更新 北原千代

切断されて憩いの家に暮らす
八十歳のお母さんたち
切り口は痛みますか
生垣に身を乗り出し鉄鋏をふるう
夕食後のリハビリ
はればれと夏の日課です
陽にかざして切れ味を確かめ
秩序を切断する
あなたもやってごらん
くちびると瞳によろこびを湛えている
内臓がふるえながら笑っている
女学生みたいな昂揚が
みどりの生垣を刈っている
生きたまま切り落とされる植物たちは
溝の深みへ逆さまに
切れ味がよいね
ゆかいだね
芙蓉はきらいだよ
みんなみんな倒れるとよい
いっそすっきりするよ

ここはお母さんたちが育てた庭
双葉から本葉へそして木立へと
からだをふり絞り地を這うように手入れした
水はいつ涸れましたか
照り灼けた芝生に
うずくまるお母さんたち
ひとりは十人のように重たく
数はまいにち増えている
お母さんいつまで増えていきますか
地球の耳鳴りのように鋏が鳴って
砥石は夏を研いでいる
溝を割っていちだんと沈む
底光りの夏

 冬の森 草野早苗

町から北の森に行く電車に乗った
電車は一時間ほど
大蛇の体内のような地下を走っていたが
尻尾から飛び出すように光に入って行く
大河の鉄橋を渡る

今日 久しぶりに外に出たのは
雪催いの空を見たから
これなら影がないのに誰も気づかないはず

森に影がいることを知った
モズがそう告げたから
クヌギの木立の後ろにそれは居た
座ってこちらをうかがっていた
光が薄いので
薄紫の影はゆらゆらと煙のように
浮いてみえる

なぜ離れたのかと聞いた
あんたがつまらないから と応えた
あんたはどこへ行っても何を食べても
何も見てない 感じない
そんなことか
そんなこと
一緒に冬の森を歩いてみようよ
いいね モズやムクドリもいるみたい

影は照れたような仕草で
足元から合体した
薄日が射してきたが
自分が戻ったからではなくて
天気予報でそう言っていたと
影は相変わらずの乾いた調子で言う

モズがケタケタと
嗤うような鳴き声を立てた

 パスタと猫 金井雄二

坂の途中にある
パスタ専門店に入り
二人で違うものを注文する
半分ずつ分けあえば
違う味が楽しめるから
君はどちらのスパゲティも
おいしかった
といい
あわててパスタと言いかえた
なぜかとても
恥ずかしそうだった
坂を上っていくと
郵便局があった
三角屋根の下には
丸窓が一つあって
猫が二匹
見つめあっていた
丸窓の猫は
真っ白な紙でつくられたものだが
ぼくには本当の猫に見えた
猫はとても仲がよさそうだったし
今にも動きだしそうだった
君はその猫を
ぼくより先に見つけて
なぜかとても
得意そうな顔をした

 U字溝 野崎有以

女の亭主が膨らんだ餅が食いたいと朝からぼやいて いた
女は知らん顔をしていたが
亭主が七輪を買いに行こうとしたところで
七輪がなければU字溝を使えとやっと女が声を発し た
藁をよけてドブを浚って
冬眠しかけたカエルが隣のU字溝へと移った
ボーイスカウトに安い飴玉をちらつかせ
とんまなボーイスカウトだけが集まった
なかなか炭をおこせない
餅は米粒のまま
女はため息をついて
ボーイスカウトにまた飴を渡して手を振った
ボーイスカウトたちは嬉々として家路についた

苔の生えた臼でついた餅のまばゆい白さよ
すり鉢できな粉と生砂糖をいつまでも混ぜつづけ
餅がU字溝のうえで膨らむのを待っている
餅はなかなか膨らまない
女は亭主に餅とは関係のない話を延々とした
八百屋の夫婦が気に入らないからこれから野菜は自 分で作るだの
米のとぎ汁と色が同じだから牛乳の宅配はやめるだ の
意味の分からないことをわめいて頭からきな粉をか ぶった
そのうち女が餅のように膨らんで
飛んで行った
アメリカへ行った

詩誌『交野が原』82号(2017年4月) 目次

郷土史カルタが語るA
》T
 叛旗はきょうも        平林 敏彦
 山吹             高階 杞一
 さみしいゆめ         八木 幹夫
 声              望月 昶孝
 耳の目             浜江 順子
 歳月             中本 道代
 雨の木             北原 千代
 たんたたん          野木 京子
 渇望             青木由弥子
 雪文字            藤田 晴央
 虹のむくろ          佐川 亜紀
 似合わないのに        斎藤 恵子
 捲るめく           森山  恵
 ジョバンニの切符       山田 兼士
 熱川のワニ          八木 忠栄
 おもいでバス         岩佐 なを

》U
 うりざね           瀬崎  祐
 ゆがみ            岡島 弘子
 おぼろに           あやこ
 どこにいるのか        松岡 政則
 臣下             渡辺めぐみ
 あかい夏           田中眞由美
 穴埋め            海東 セラ
 傘の行列           草野 早苗
 バナナ            一色 真理
 S区白濁町          海埜今日子
 五階建ての建物        古賀 博文
 ぼくらは           金井 雄二
 林檎             大野 直子
 時              美濃 千鶴
 線で結ぶということ      西岡 彩乃
 つぼ             金堀 則夫

《評論・エッセイ》
           □美しく、なつかしき―清岡卓行の文学の世界―          岡本 勝人
           □大野新ノート(8)『大野新全詩集』より詩集未収録作品      苗村 吉昭
           高橋新吉/ダダと時間哲学のあいだ               寺田  操
           □極私的界紀行19                        冨上 芳秀
          *井川博年詩集『夢去りぬ』思潮社

               *大橋政人詩集『まどさんへの質問』思潮社
               *勝嶋啓太詩集『今夜はいつもより星が多いみたいだ』コールサック社
               *坂多瑩子詩集『こんなもん』生き事書店
               *殿岡秀秋詩集『体内電車』秀文社出版
          *神尾和寿詩集『アオキ』編集工房ノア 
書評
          浜江順子詩集『密室の惑星へ』思潮社                 広瀬 大志
          北原千代詩集『真珠川 Barroco』思潮社               阿部日奈子
          ジェフリー・アングルス詩集『わたしの日付変更線』思潮社      大崎 清夏
          伊藤浩子詩集『未知への逸脱のために』思潮社            水島 英己
          吉田義昭詩集『空気の散歩』洪水企画                野田 新五
          久保田亨詩集『白状/断片T〜]XV』銅林社            岡本 勝人
          神尾和寿詩集『アオキ』編集工房ノア                阿賀  猥
          秦ひろこ詩集『球体、タンポポの』書肆侃侃房            吉川 伸幸
          中村不二夫著『辻井喬論』土曜美術社出版販売            小笠原 眞
                                                               編集後記

詩誌『交野が原』 第82号から  詩作品6編紹介
 山吹 高階杞一

三日尾張にとどまって
そのあと京へ発った
野にも山にも若葉がしげり
全身みどりに濡れるかのようであった
道野辺の花を見ては
殿もいたくご機嫌で
――実のひとつだになきぞかなしき
などと笑っておられたが
内心
それがいかにつらい思いから発せられた言葉であったか
ただただかしこまり
(こうべ)を垂れるしかないのであった

 爺、急ぐぞ

はげしく移りゆく世を
行列は進む
ふりかえれば
越えてきた山なみが見える
駿府では今ごろ茶摘みがたけなわであろう
  さみしいゆめ 八木幹夫

とてもさみしいゆめをみる

とおいくにの とおいまちの
なんだかいちどきたことのある
いえのまえで
おんなのこがえをかいている
てにはろうせき
あたりはがれき
(ほんとうはいえなどどこにもないのです)
おんなのこは
いっしょうけんめい
かおをふせ
えをかいてます
よくみれば
わらうおじいちゃんおばあちゃん
たくましいうでをもつおとうさん
だいどころではなうたをうたうおかあさん
ろじからいぬといっしょにかけてくるおとうと
きゅるきゅるとへんなおとがして
みんなどこかへきえてしまった

あんまりさみしいゆめなので
はやくここからにげだしたい

 雨の木 北原千代

すり鉢の底のような地形の 年じゅう陽の差

さない半地下のアパートに暮らしていたのだ
った
坂道を上ったところにある先生の音楽室もま
た 生い茂る街路樹に窓を塞がれていた

先生は内部の透けてみえる肌を持っていたが
雨の夜には髭が濃く どこの国の言葉かわか
らない挨拶をした よからぬところへ行って
いたことも 雨の森で鹿を撃ってきたことも
あった 産毛までつめたく濡れ バイオリン
に触れることはなかった

わたしは 渦巻きが噛んでいる弦を ひきし
ぼりまた緩め調弦をくりかえす 髪がじゃま
になるので くろいゴムできつく縛った

きっかり一時間 体幹を保ち わたしは直立
した レッスンの終わりを告げる先生の耳に
わたしのなかの一滴が交わる そのとき鈍い
疼きがわたしの脊髄をさかのぼり 窓を覆う
スズカケの高木から 雨の夜空を突きぬける
木の天辺には 別の日にレッスンを受ける修
道女のベールの切れ端が ぼろ布のように晒
されて留まっている
レッスンのたびにわたしは じぶんをひとり
ずつ音楽室に置いていく さようなら先生

雨の夜に雨の木は 産まれてしまう 地球の
密林の多くがそうであるように

 ぼくらは 金井雄二

ぼくらは本を読んだ

昨日に引き続き
一三九頁から

ぼくらは映画を観た
時刻をぴったり合わせて
同時にスイッチを押した

ぼくらは音楽を聴いた
ふたりが好きな
モーツアルトの協奏曲を
心のタクトを合図にして

夜の闇の向こうに
忘れられない顔がある
夜の景色は
どこまでもつながっていて
夜の底の彼方でしか
逢えない

旅人になりたい
どこまでも歩いていく
旅人に
ふたりが同時に
しゃべりだすと
ふいに
ぼくらは
向かい合う

 傘の行列 草野早苗

東から来た魚が扉をたたく夜

小さな手のひらが乾いて気持ちがいい
小さな手のひらの持ち主たちは悟る
もう正しい嘘をつかなくてよいのだと
父も母も大嫌いだと
口ごもらずに言ってよいのだと

声にならない叫び声に
直径のまだらな雨がふる
窓に雨音の乱反射
傘に落ちる不定なリズム

黄色や緑の小さな傘の行列が
飛び跳ねながら角を曲がって
消えてゆく夜
町に無いはずの鐘の音が響く

魚が雨に煙る大気を泳いでゆく
家々の窓に灯りがともり
大きな影が揺れている
窓を開けずに見ている
この町の儀式

灯りのともらない窓はひとつだけ
そこから出てきた小さな影を
銅色の魚が背に乗せる
やがて尾びれも角を曲がって
消えてゆく もういない

 つぼ 金堀則夫

きょうも土をねって

どんなかたちにするか
わたしのつぼ
わたしの手中にある
火によって変わる
きのう きょう あすという
日数(ひかず)をかさねて
土の神からできあがっていく
造作が生きるつぼ
わたしの輪を足していく壁つくり
空洞になった土の頭が屋根になる
そんなわたしの家
もうおまえのつぼづくりはからまわり
おまえの土からは何も産まれない
ひとは土を手がけようとしない
ひとは土からはなれていく
ひとは土を耕さない
苗を植えない
土にふれないで
機械が動いている
もう土は
地の神ではない
生きるつぼではない
新しい人工の素材
生きることのあらゆるものが
カラカラと
火にも 日にも 土壌にも
うちかてず 焼かれ
伏せた土に埋もれていく
おのれの手で
もう土からねることはない
生きるかたちもない
つかめない
過去のつぼ
歿して焼滅していく
詩誌『交野が原』81号(2016年9月) 目次

巻頭(郷土史カルタが語る@
》T
 海               一色 真理
 耳鳴り             颯木あやこ
  尾               海東 セラ
 棘               佐川 亜紀
 紙切れまたは段切れ        望月 昶孝
 譚               海埜今日子
 辺境の光             中本 道代
 予鈴              渡辺めぐみ
 眼窩              金堀 則夫
 建物と通信士          野木 京子
 f字孔              北原 千代
 春の抒情            八木 忠栄
 日々              岩佐 なを
 無題              松尾 静明
 かくぢ                   藤田 晴央


》U

 清水さん             高階 杞一
 南の電柱             山田 兼士
 ハエの皮膚呼吸          岡島 弘子
 午後の研修室           瀬崎  祐
 熱い氷と             浜江 順子
 秋思                 青木由弥子
 はじまり             大野 直子
 あなたがここにいてほしい     金井 雄二
 かぎりなくやさしく、温かく    古賀 博文
 風化               田中眞由美
 花を               斎藤 恵子
 さらりの 霞み          宮内 憲夫
 こえがれ             松岡 政則
 声のない木            八木 幹夫

《評論・エッセイ》
           □遠くて近い戦後詩人―三つの石原吉郎               岡本 勝人
           □大野新ノート(7) 詩集『乾季のおわり』       苗村 吉昭
           まど・みちお/深い夜である                     寺田   操
    極私的詩界紀行18                         冨上 芳秀
       *南川優子詩集『スカート』洪水企画
       *山田亮太詩集『オバマ・グーグル』思潮社
          *林嗣夫詩集『解体へ』ふたば工房
           *塩嵜緑詩集『そらのは』ふらんす堂
        *日原正彦詩集『163の詩のかけら』ふたば工房
書評
    白井知子詩集『漂う雌型』思潮社                    藤田 晴央
    伊藤悠子詩集『まだ空はじゅうぶん明るいのに』思潮社         岡野絵里子
    川上明日夫詩集『灰家』思潮社                    古賀 大助
    原田道子詩集『かわゆげなるもの』思潮社               平居  謙
    沢田敏子詩集『からだかなしむひと』編集工房ノア           里中 智沙
    冨上芳秀詩集『蕪村との対話』詩遊社                 山本 博道
    田中国男詩集『夏の家』はだしの街社                 米村 敏人
    八重洋一郎著『太陽帆走』洪水企画                  池田  康
    築山登美夫著『無言歌 詩と批評』論創社               越湖 雄次
    鈴木 漠著『連句茶話』編集工房ノア                 梅村 光明
    苗村吉昭著『 民衆詩派ルネッサンス』土曜美術社出版販売          mako nishitani
    細見和之/山田兼士著『対論U この詩集を読め 2012―2015』澪標   苗村 吉昭
  訂正とお詫び 白井知子詩集の書評 藤田晴央のところ、野村喜和夫となっていました。訂正の方お願いします。
                                                      編集後記

詩誌『交野が原』 第81号から  詩作品6編紹介
耳鳴り  あやこ

すべての楽譜 霞み
永い汽笛が鳴る
耳の奥

わたしは 海を探している

見て、
この胸をまっすぐ貫く
竜骨

三度 抱かれ
三度 溺れ
三度 沈んだが

そのたび
わたしのからだは 船へと進化
ついに まっ白な帆が生え 金の竜骨が張りだした

波が逆巻く あなたの心
しずけさ 横たわる あなたのからだ
ふかく冷たく青い あなたの思想
ああ
ときに温かな海流が わたしを抱いて放さない

人魚の亡骸のふりをして
腐らせてくださいと希う日も

ひたひたと
あなたが近寄る夜には
汽笛が一層 鳴り響く

予鈴 渡辺めぐみ

針のように諸熱は降り
雲間を抜けて
真っ直ぐに
空に向かって歩んでいった兄は
帰らない
二十二年の歳月を経て
解かれることのない彼の遺志が
今年も
白を運ぶ

哀しみは
大気と水の時間差
百合の根の渇き
草地の蜂起とともに
胸膜に反射する
午後の光の静寂(しじま)

倫理の壺に穴があき
死神の眼が
いまだ人々の白さを
追撃している

水無月が終わりを告げると
首領のように
盛夏が繁茂するだろう
それでも
積乱雲の
湧き昇る綿を摘み
白を運べ

尾 海東セラ

そばにあってくすぐったい
ふさふさした尾は
銀いろの
まっすぐな毛に黒も混ざって
ときおり気取って手まねきはするものの
もっとべつの持ち主を探して
うわのそらだったりもします
はなうたまじり 気ままに
うしろにも 向きがあって
みずからの支柱につれて周囲もまた立ちあがること を気にかけず
好日的です 同情にあふれ
信じて疑いません
うたの端っこを残してしばらく帰らないときもあれ ば
ふぐうをかこって 軒下でうらぶれ
とつぜん機嫌よくあらわれて
おもいがけないほどの幸福ももたらすのです
尾のぬくもりに守られることは
尾の先を銜えようとまわる愛しみ
そっとくるみこんで するどく敵を払い
うちがわの油で雨も虫も弾くと
手や足とちがって ただいっぽん
他者にもそう求めるでしょう
だんりょくのある上昇と下降を
のがれるつもりで つかんでいました
みうしなわないことが閉じこめることだと
うすうす気づきながらも 追いかけて
そんな一方通行は ぶぶんを匿いながら
あまやかなにこげのやわらかに密生する
きせつの歓びをめぐらせます
うっかりねむりにおちるほど
濃く深い影をひるがえし
たまに消えたがったとしても
つやつやたくましく
となりの輝きをよく欲します
虎視眈々ぬれぬれ
むずむず
ひかりにまみれ

眼窩 金堀則夫

土の闇から
子馬の埴輪
ひかりをあびて
真っ黒な眼球があらわれる
精霊のかがやきが
じっとわたしをみつめている
粘土の輪をつみあげ
祈りの手が
子馬の眼と口と耳を象る
素焼きの土と砂
奥深い空洞を形づくる
からっぽはくらい
くらい眼球がみつめる
かたりかける
ひかりが入っていく
大きく開いた眼
とじることはない
死者に優しく見開いている
あの世とこの世
今 ここにあらわれる
土中にうずもれた
わたしの肉体は腐敗し
だれかわからないしかばねの
おちこんだ眼は見当たらない
奥深い空洞は
からっぽの乾いたむろ
土と砂がおまえを白骨にする
無の陥没
あの世も この世もない
わたしの空洞
白っぽく 弾き出され 輝きもない
古代人のねった土と砂
空洞の埴輪
わたしと向き合う
子馬の黒い眼、黒い口、黒い耳の穴
奥深い空洞にひかりが入って
いまも生きている

紙切れまたは段切れ 望月昶孝

紙切れに
恋してしまったと云うばかり
白紙ゆえに何でも書ける
ひと声も出せぬ機械のために
書き潰す 段切れ

紙切れに
疑いを抱きさまよえる
リボンの少女が歌う讃美歌
マグダラのマリアであれば
切れ切れに 一世は捨てて

紙切れの
紙は神なり
紙切れの
紙は髪なり
紙に書く
歴史の遺書をわれわれは
読みつ破りつ 段切れ生まれ

真っ白な紙切れが生まれ
書いたり描いたり
未完の歴史を
誰かがまた消す
誰かが書き継ぐ

紙切れ
のようなものが
人を狂える存在にする
動物から脱却して
AIとかいう無機物に

紙切れから
喜び生まれ その段切れ
そも 遺言の卵は溢れ

花を 斎藤恵子

戸ぐちと路の
ほんのちいさなすきまに
鱗茎をまっすぐにのばし緑葉をつける
他所から侵入してきたのだ
居続けることができなかったから

鋭い葉をたわませながら広げ
ひかりだけを浴び
ひそかに地下へもふくらむ
ほんとうは根なし草なのに

電信柱の横
アパートの階段の下
公園の滑り台の脇
俯いてつぼみをもち
ひっそり横を向いてちからを溜める
さびしいものはきれいに咲こうとする
日陰には属さない

テレビで花火のような音
戦争の画面
丘を越えた森の奥で
棒立ちして花弁をひろげているものがいる

薄ら日に純白を誇り群生する
定住はしない
戸ぐちの暗い隅であたまをゆらし
やがてひとしれず移る

貧しげな町で
臨月のひとが肩で息をしている
傍で花をひらく

詩誌『交野が原』80号(2016年4月) 目次

》T
(古井戸のちかく ふいに立ちつくした風……)
                相沢正一郎

あとはただ…          平林 敏彦
遅刻              岩佐 なを
一本道             八木 忠栄
水掻き             一色 真理
水琴窟             佐川 亜紀
秋雨              中本 道代
脳天春雨              浜江 順子
空の水             野木 京子
波打ちぎわ           北爪 満喜
金柑の実            北原 千代
ごもっちょ           高階 杞一
パンドラ             大野 直子
坪打              金堀 則夫
星のさなかー金堀則夫さんへ     江夏 名枝
十六夜             斎藤 恵子
空をよこぎる、ほんとうの鳥    海埜今日子
何であろうと
ルネ・マグリット作「会話術」に寄せて  渡辺めぐみ
葛の花               八木 幹夫

》U
地上の水煙            山田 兼士
怖くなくて            八木 真央
芽吹き              青木由弥子
今日の水             岡島 弘子
三月               瀬崎  祐
少女                 松尾 静明
合唱               藤田 晴央
ボールは止まる          金井 雄二
ゆきかうところ          中塚 鞠子
浜川崎で             長谷川 忍
商店街              草野 早苗
さびしい声            田中 国男
とおい曠野            松岡 政則
命の着替え            宮内 憲夫
冬至               美濃 千鶴
絶対の秋             大橋 政人
クリームシチューの夜       望月 苑巳
数字               田中眞由美

《評論・エッセイ》
              □様々なる批評の意匠                              岡本  勝人
              □大野新ノート(6) 詩集『続・家』            苗村 吉昭
              室生犀星/からだじうが悲しい               寺田  操
              □極私的詩界紀行17                     冨上 芳秀
           *岩佐なを詩集『パンの、』思潮社

           *豊崎美夜詩集『ジャコメッティ・サラダ』ふらんす堂

           *菊田守詩集『日本昆虫詩集』土曜美術社出版販売

           
*南川隆雄詩集『傾ぐ系統樹』思潮社

           *三角みづ紀詩集『舵を弾く』思潮社

                *網谷厚子詩集『魂魄風』思潮社
書評
             新延拳詩集『わが流刑地に』思潮社               野村喜和夫
             小笠原茂介詩集『雪灯籠』思潮社               たかとう匡子
             松岡政則詩集『艸の、息』思潮社               中西 弘貴
             岡本勝人詩集『ナポリの春』思潮社              久保寺 亨
             清岳こう詩集『九十九風』思潮社               古賀 博文
             斎藤恵子詩集『夜を叩く人』思潮社              田中 郁子
             中塚鞠子詩集『天使のラッパは鳴り響く』思潮社        三井 喬子
             金井雄二詩集『朝起きてぼくは』思潮社            谷内 鳥子
             苗村吉昭詩集『夢中夢』編集工房ノア             池井 昌樹
             中西弘貴詩集『厨房に棲む異人たち』編集工房ノア       川上明日夫
             相沢正一郎詩集『風の本』〈枕草子〉のための30のエスキス書肆山田 海埜今日子
             鈴木東海子詩集『 桜まいり』書肆山田              阿部日奈子
             宇佐美孝二詩集『森が棲む男』書肆山田            沢田 敏子
             ハルキ文庫『高階杞一詩集』角川春樹事務所           山田 兼士
             新・日本現代詩文庫121『金堀則夫詩集』土曜美術社出版販売    中原 秀雪
                                                             編集後記
                         表紙デザイン・大藪直美》

詩誌『交野が原』 第80号から  詩作品6編紹介

水琴窟 佐川亜紀

ささやきはささやかな路地を通る
悲鳴と非情の街の間を
母から切り取られた黒い乳房が
次々に畑に積み上がり
父を消した画面の空が
斜めに切り裂かれる
欠けた貝殻から
押しつぶされるジュゴン草が
地中海のやわらかい死体が
揺れる響きが聞こえるか
指で横流す未来

目は二つの廃れた星
耳は金の竜巻となり
髪は暴風雨で地をおおい
鼻は死の匂いに慣れ過ぎ
口からは点々だけがあふれる

さえずりは
空にうちあげられた鯨の骨から
降って来る
ほおずりと殴打が同時であり
温かいほおもなくなる世界で
外されたささやきが
錆びた排水管からもれだすとき
冷たさは
一音ずつ落ち
体の中の水琴窟を捜す
原始の洞窟のような
月の夢のたまり場のような
水の中に隠された深い音を捜している

秋雨 中本道代

雨の中を追われて行く猫を
愛したのかもしれない
その日

秋のはじまりの日

雨水がはげしく跳ねた
空き家整理のガラクタが濡れそぼった
昔の漫画雑誌の束 古い布きれの束
彼は生きた
彼らは生きている 世界に散らばって

雨が束の間やむと
蝉が途切れがちに鳴いた
漫画雑誌の表紙の美少女が
いつまでも微笑んでいる
彼が蝉になって来ている

長く長く
降り続く雨の先では
白い光が下りてきて
三年前に死んだ女性が
カラスウリの花を探している

カラスウリの花も光る?

彼らの一人が横断歩道を走って行った
長兄の大きな体が消えてはあらわれる

雨を分けて彼らは生きのびる

猫のあえかな桃色の舌が動いて
雨水を飲んでいる

金柑の実 北原千代

隕石から 球果の化石から
鳥たちの羽根からもらった
オルガンの蓋をあけると
もらったものが息づいている
透けてみえるひとつぶの金柑も

蘆原の繁みでだれかがわたしの
月日を数えている
繁みを撚り分けて風が歩いてゆく
手放せばらくになるからと
あかつきの小川に来ている
小川は貝殻を漱いでいる
わたしのしてきたことを
もうおもいださないというふうに
小川にはまいにち来ている
くりかえし小川を乞う
朝のパンと飲みものをもらって
蘆原の繁みを家に帰る
赤子に沐浴の水をもらったことも
死者に星浴みの水をもらったこともある

はじめから手放していれば
わたしはもっと軽かった
地表の起伏をくるぶしに感じながら
もっと遠くまでゆけた
まいにち同じみちをかよって
荷物を背負いなおすとき
小川がわたしを濡らしわたしを助ける
たえまなく流れ
山肌の雪の匂いを含みわたしを名乗らせる
歩いて測ったくるぶしを小川に返す日まで
そのときあなたはオルガンの
蓋をあけてほしい
触れたなら水の弾ける金柑の実
あなたはそれを齧って食べてほしい
夜ごとからだと交換したことばを入れておくから

坪打 金堀則夫

泥をかぶり
たたかれ こねて すねて おし込んで
気の抜けたねじれのもろい土となる
のばして輪積みする手に壺ができる
わたしの殻
火をかぶると
水気は炎となってもえあがる
壊れそうな土の殻
焼かれ 乾き 囲っている
そこにわたしがいる
わたしの砦

遺跡から
縄文の火焔土器
そこに 先人の気が沈んでいる
両手で持ち上げ ひかりにてらせば
土気が輝き 華やかな炎があがる
古代の生きる尊厳。
わたしのつみあげた
殻の壺
火をかぶれば
消え去ってしまったものの
よみがえり
あのとき うずもれている
遠い 深い 気炎
燃えあがらない
わたしの殻
生きるつぼもない
わたしの生きるつぼ
さかさになって塞がり
ぼつの墓穴を掘る
つぼ打ちになっている
土を放り出せ もっと もっと放り出せ
地の深いくぼみ ひ形の壺
そこに また
火をかぶるわたしがいる

*坪打(つぼうち)墓穴を掘る人。西日本でいう。

怖くなくて 八木真央

閉じようと思っていたパソコンの光が
低い位置から発光しているので
鏡に 顔の下半分から 青白く照り
ぼやけたような 蒼白の女が
暗闇の中 ぼうっと映る

あぁ この不気味に青ざめた
幽霊のように見える女は
誰だ
幽霊なんて信じなくなった程度に
歳を重ね 童心の枯れ果てた
現実主義者の 女の姿だ
幽霊のように見える女を見る事と
幽霊の女を見たと怯える事の
心根の違い

怖いものが仮想のものから
現実的なものにどんどんすり替わって
大人になる事の欠落に
一角獣は嘶き角を折る
下からぼうっと照らされる 幽霊 を
鏡の中に見いだす事の出来ぬ自分を
思い知らされて でもミッフィーの口元の理由
は 私の口元の理由 かもしれなくて

理屈が 私の 浮遊する部分をも否定する事に
幽霊のように見える女が小刻みに震える
魂なんて信じられなくなった自分
それを微塵も怯えたりしない自分 が
怖くなくて
でも この そぞろな気分の正体は

そろそろ寝よう と リモコンを手に
部屋の灯りを徐々に落としていく と
ふと 自分を試してみたくなって
薄闇の中 チェストの鏡に
女をひとり 映してみる

芽吹き 青木由弥子

そそぎこまれたものが
深いところにひろがってゆく

透き通った湖面にさざ波が立ち
白い花の水草が揺れ
山稜が刃(やいば)を連ねて
夜空を切り取る湖のほとり

熟れたくだものからつかみ出した種を
打ち寄せられ積もり重なる
白い薄片の中にうずめる
水際で骨のこすれあう音
朽ちていく匂いの満ちる岸辺

月光
夜目に細くうねる川浪
息をするのどがふるえる
あふれていく水
耐えきれぬ川岸が
突き崩され怯えほどけ
野を丘を平らかに呑み尽くして
湖はまた新しくなり

落ち続け降り続け
星は満たされた水の中にこそ
自らのふるさとがあると思い直し
険しい山の奥深いところに
生み出されるもう一つの空

やわらかく降り注ぐものが
私を満たしていく朝
雲の峰の崩れては生まれ
区切られた空が落ちる湖のほとり
うずめられた種が芽吹き広がり

曙光
翡翠色の野がゆれている

詩誌『交野が原』79号(2015年9月) 目次

》T
 (本の扉をひらくと、井戸のある家……)
                 相沢正一郎

 水の夢             北爪 満喜
 光線の空            野木 京子
  雪雲              八木 忠栄
 幻秋記              平林 敏彦
 ウミユリの形          中本 道代
 ときの達人           岡島 弘子
 就寝                岩佐 なを
 味覚異常            望月 昶孝
 あさがほ            石下 典子
 無限の中ぐらいに        江夏 名枝
 豆が花             水島 英己
 風のとまった日          高階 杞一
 かたむく             瀬崎  祐
 右手を高く            金井 雄二
 遭遇――ルネ・マグリット作「発見」に寄せて
               
       渡辺めぐみ
 俳回文日記2015          山田 兼士
 樹の名前(長田弘氏に)     八木 幹夫

》U
 暗室               藤田 晴央
 待ち合わせ            一色 真理
 みどりに染まる          斎藤 恵子
 厨                北原 千代
 鳥の首              佐川 亜紀
 キリンのため息            望月 苑巳
 空にかかった、毬ひとつ      海埜今日子
 思い詰め             大橋 政人
  遭遇               田中眞由美
 異物のつぶて           浜江 順子
 環世界              大野 直子
  橋                草野 早苗
 理由 等等―の風           宮内 憲夫
 丘から              松尾 静明
 配水               金堀 則夫
  森の死              田中 国男
 桟橋から             古賀 博文

《評論・エッセイ》
                □草野心平/声を届ける場所                          寺田   操
                □大野新ノート(5) 詩集『家』             苗村 吉昭
                □芦沢_介の色と型にみるポエジー・芦沢_介美術館訪問記  岡本 勝久
          □極私的詩界紀行
16                      冨上 芳秀
             *愛敬浩一詩集『母の魔法』(詩的現代叢書7)書肆山住

                  *神田さよ詩集『傾いた家』思潮社
                  *渡邊彰詩集『月の庭|庭の月』書肆山田
                  *飽浦敏詩集『トゥバラーマを歌う』土曜美術社出版販売

書評
        八潮れん詩集『ル・鳩 良い子ぶる』思潮社              野村喜和夫
        八木幹夫詩集『川・海・魚等に関する個人的な省察』砂子屋書房     中村 剛彦
        高階杞一詩集『水の町』澪標                     阿部日奈子
        林美脉子詩集『エフェメラの夜陰』書肆山田              寺田  操
        江口節詩集『 果樹園まで』コールサック社               鈴木比佐雄
        冨上芳秀詩集『かなしみのかごめかごめ』(詩遊叢書20)詩遊社     林 美佐子
        松本衆司詩集『涙腺の蟻』ひかり企画                 畑  章夫
        現代詩文庫210『続続 新川和江詩集』思潮社                岡野絵里子
        新・日本現代詩文庫121『金堀則夫詩集』土曜美術社出版販売        八重洋一郎
        倉本修 文・挿画『美しい動物園』七月堂                たかとう匡子
        嵩文彦句集『ダリの釘』未知谷                    辻脇 系一
                                                             編集後記  
                           表紙デザイン・大藪直美》

詩誌『交野が原』 第79号から  詩作品6編紹介

 水の夢  北爪満喜

ゆらいで いつもの道が水に沈んでいる

水面が首すじをひたひた浸して
深い水のなかを杖をついて歩いてゆく
木の枝の杖を 水底に
刺して進むと 家の門口で止まってしまっていた

水のなかを歩いて過ぎて行く人は近所の人だろうかとくべつに騒ぎたててはいなくて

深い水に漬かったまま
木の枝の杖を握って家の前に止まっている

夏休みにはプールに通って
小学校の水色に塗られた臭い消毒槽の階段を
数段下り 冷たい溶液に乾いた体で
いきなり 腰まで漬かるのが冷たくて臭くて嫌いだ った

建て替えた家には二階があって
玄関には 青いポールが一本立てられ 庇を支えて いる
おじさんと呼ばれる祖母の息子の設計した家の二階 から
フェンスや木々越しに学校のプールがちらちら見え た

家の形は頭の中から出てくるものだから
家は おじさんの頭の中から出てきて
物になって 入れ物になって
父は 入れ物に入り 祖母も母も入れ物に入る
私も入り すぐに出てしまった

濃い血の匂いがする
消毒槽の嫌な匂いではないけれど
首まで水に漬かって門口に立っていると
水の粒子が蒸発して 辺りを血の匂いで霞ませてゆ く

青いポールを見つめ続けていると
目を離したとき赤になるので
見つめない

 雪雲 八木忠栄

国ざかいの山脈の上空に
時季はずれの雪雲が
重たく垂れている

見はるかす雲は 人骨を
五、六本呑みこんでいるらしい
見える 見える
(まちがいなく人骨です)

里では春のあいさつが
かわされはじめたというのに
山を駆けおりて行った汚れた小僧は
どこへ走り去ったか
濁った大河の岸辺で沸騰しているか――
山はしずかに躍りはじめるだろう
なまぬるい風に煽られて
雪雲はゆがみ
人骨はにぶく光る
きしみあい憎みあう乾いたハーモニーは
これから時季はずれの呟きを
奏でようというのか――

かなたで流氷が鳴きはじめた
雪雲も鳴きだすだろう
チッチ チッチ チッチ チッチ
里人たちは いつからか
鳴くことを忘れてしまったらしい

ちいさな木の芽みな バクハツ
山脈は起きあがって 風は裂ける
人骨が笑いはじめます

 かたむく 瀬崎 祐

休日の朝は
早くから庭でかすかな物音がする
そっと門扉を開けてやってきた幼子が
如雨露で草花に水をやろうとしているのだ

大きな如雨露はブリキででていて
銀色に光る首の部分が長い
そのなかで水はかたむき
如雨露をささえる幼子の一生懸命さもかたむく

丸い地球を半分に切ってさ
そこに家を建てたらさ
地球は空の上でぐらぐら揺れてさ
どの家もみんな宇宙にすべり落ちていくよね

児童公園のシーソーにのった幼子は
反対側でなにかを引きうけてくれた人の重さで
空にむかってのぼっていく

シーソーに乗った幼子は
自分の重さだけでは地にもどれないことを
訝しく思っている
空にむかってのぼってしまった身体を
自分のものではないかのように思っている

たくさんの休日の朝がすぎて
訝しさも忘れるほどに休日の朝がすぎて
ある日ふいに
幼子の一生懸命さが地に戻ってくる

かたむいていたものを空のどこに失って

 右手を高く 金井雄二

ボトル缶が
真っ逆さまになるように
顔を上に向け
その唇の上に
缶の口が合わさっている

見た光景はちょうどその場面
大きな駅のコンコース
通路の真ん中に
一筋のスポットライトがあたっていたような
たったひとりで何かを飲み干す年配の女性

あの女性はいったい何を
飲んでいたのでしょう

この空間はあなたのものです
公共のものではなくなりました
持っているものは
あなたのものです
わたしのものではありません

ざわめいていた場所が
一瞬
人生最大のステージになったかのようで

さあ
右手を高く
ボトル缶が
真っ逆さまになるように

 風のとまった日 高階杞一

風がきて
ぼくの耳にとまる

  ぼくにも君のような男の子がいたらなあ

そうつぶやいて
すぐに とんでいきました

風はなぜ
ぼくにそんなことを言ったのでしょう

ぼくと友達になりたかったのかな
それとも
ぼくによく似たこどもが
風にも
いたのかなあ

そんなことを考えながら
風の消えてしまった道を
帰っていきました

しずかで
なんだかかなしくなるような
夏の終わりのことでした

  配水 金堀則夫

低地にあつまる排水
川にも流れず
海にも還れず
逆流して戻ってくる
あふれる水をいかに排するか
母なる水の囲い
母なる土の囲い
排水を田に分配する
先人たちの新田づくり
畦を築き 水の路をめぐらす
排水を土で囲っていく
山から 川からくる水を
配水していく田一枚一枚
縦横のに水をみたす
水を配する囲いは
一面にひろがる水田
水田を抱える大きな池
池は母のふるさと
わたしの 今、立つ
水田は 囲う住宅地となる
田は 家、家、となって分配
足下にある水田は埋め尽くされ
何処にも排水はない
水の囲いも 水の路も見当たらない
田の土は 土を逆さにして
埋め尽くしている
母なるつちの逆さま
生れることも 育てることも
断ち切れて 土は水に埋まっている
悪水は土に埋まって眠っている
川の流れは今も行きつ戻りつ
海に還れない
護岸の鉄柵だけは地より高く
先人の土への配水は崩れてしまった
わたしは いつのまにか
土でもない 水でもない
鉄柵になっていた

          
*井路川(いじかわ・用水路)

詩誌『交野が原』78号(2015年4月) 目次

》T
 月蝕             一色 真理
 虚のある黒い月         平林 敏彦
 綿毛のように         高階 杞一
 クリームパン         岩佐 なを
 夜の野川遊歩道        岡島 弘子
 脱走スリッパ         望月 苑巳
 ぼんぼり           佐川 亜紀
 古代への年賀状        山田 兼士

 つばめ            望月 昶孝
  マロニー・ヒル通信     松尾 静明
 野の家            中本 道代
 小さな石           金井 雄二
 石の眼            野木 京子
 消去             浜江 順子
 注連縄綺譚          榎本 櫻湖
 安息日            中島真悠子
 魚シリーズ 魚礁 魚卵      八木 幹夫

》U
 そうして            田中眞由美
 火花              北原 千代
 フランス窓           藤田 晴央
 赤城神社マルシェ        江夏 名枝
 朝の儀式            大橋 政人
 つぼみ のままに        宮内 憲夫
 キリン             大野 直子
 裏返しに脱ぐ癖         美濃 千鶴
 夕下風             斎藤 恵子
 天へかえっていく        古賀 博文
 星振る             草野 早苗
 はだしのまま          田中 国男
 ひ、ふ、み・・・        金堀 則夫
 たらよう、そうしつ       海埜今日子
 箱庭              瀬崎  祐
 指               水島 英己
 未完              渡辺めぐみ

《評論・エッセイ》
               □大野新ノート(4) 詩集『犬』        苗村 吉昭
                      □中勘助/孤高の男に棲みついた異形          寺田   操
                      □現代詩の様々なる意匠             岡本 勝人
                      □極私的詩界紀行15               冨上 芳秀
                        *須永紀子詩集『森の明るみ』思潮社
                     *山本楡美子詩集『草に坐る』土曜美術社出版販売

                     *高田太郎詩集『肥後守少年記』土曜美術社出版販売
                     *外村京子詩集『十月の魚』本多企画

書評
           海埜今日子詩集『かわほりさん』砂子屋書房           相沢正一郎
           渡辺めぐみ詩集『ルオーのキリストの涙まで』思潮社       岡野絵里子
           中島悦子詩集『藁の服』思潮社                 佐川 亜紀
           杉本真維子詩集『裾花』思潮社                 寺岡 良信
           長嶋南子詩集『 はじめに闇があった』思潮社           吉井  淑
           広瀬弓詩集『みずめの水玉』思潮社               美濃 千鶴
           有働薫詩集『モーツァルトになっちゃった』思潮社        竹内 敏喜
           宮内憲夫詩集『地球にカットバン』思潮社            八重洋一郎
           谷和幸詩集『シアンの沼地』思潮社               大西 隆志
           伊藤浩子詩集『Wanderers』土曜美術社出版販売          一色 真理
           川上明日夫詩集『草霊譚』澪標                 中西 弘貴
          『続続 鈴木漠詩集』編集工房ノア                 渡辺 信雄
           山田兼士著『萩原朔太郎《宿命》論』澪標            吉田 義昭
           八木幹夫著『渡し場にしゃがむ女―詩人西脇順三郎の魅力ミッドナイト・プレス 八木 忠栄
                                                            編集後記
                                                 《表紙デザイン・大藪直美》

詩誌『交野が原』 第78号から  詩作品6編紹介

 つばめ 望月昶孝

二羽のつばめが電線に乗って
愛を語っているらしい
その平凡な非凡さよ
ぼくは歩道橋の上で見ていた
聴いていた
息がつまってきて…

あの人動かないね
という声がして
飛んで行ってしまった

すると歩道橋がゆらゆら揺れた
ずっと揺れていたらしい
電線が撓んで揺れているのは
つばめが乗っていたせいだ
歩道橋が揺れているのは…
人間のせいだ

産廃回収車が
壊れたものでも結構です
と叫びながら
走り回る

つばめ
明日も来いよ
壊れるな

旋回しつつ
あの人壊れそうだなあ
と声がする

 魚礁 八木幹夫

大きな魚に追われると
ぼくらはいつもここに
逃げ込む
暗いトンネルのような
大砲(おおづつ)

かつて
この巨大な穴から
熱い砲弾が戦闘機や敵艦隊に
向って発射された日のことを
知っているものはどこにもいない

黄色のあざやかなクマノミ
ピンクにゆれるイソギンチャク
南方の明るい海の底に
眠る戦闘機

時間はいつもカラフルに
塗り変えられる

ここではカラーペイントの魚が
優雅にひるがえり
スキューバ・ダイビングの
若い男女が
チョーきれい
なんて
泡のような言葉を吐いて
泳いでいる

どこへいったんだろう
水漬く屍
どこへきえたんだろう
草生す屍

 そうして 田中眞由美

すてる
手紙を すてる

本をすてる 送られた本も買った本もすてる
本棚をすてる いくつもいくつもすてる

机をすてる 椅子をベッドをすてる
テレビを冷蔵庫を洗濯機をすてる

洋服をすてる ドレスも普段着もすてる
箪笥をすてる
靴も鞄もすててしまう

食器をすてる 茶碗をお椀を
食器棚をすてる

それからちょっと考えてから
家を すてる

そしてとうとう
友を すてる

すてるごとに知らないものが
空いた場所にふり積もる
語られる知らないものがたり

帰るところを探しているのだけれど
帰る道がないことに 気づく

歯ブラシを すてる

 火花 北原千代

北向きのちいさなキッチンで
カップにこびりついた年輪のような
茶渋をぬぐっているうちに
寓意の森は可哀そうに
ものがたりに倦んでいた
ずっと若いころ
わたしの望んだ北向きのキッチン
ぎんいろの水槽に
菜園から摘み取った
きみどりやむらさきの
球果と葉を放つ
ゆらゆらと死を泳がせる
魚の鰭を逆さに潮を嗅ぎ
どうぶつの血を嗅いで
薬草をかぶせる
わたしがはたらく北向きのキッチン
毛の荒いブラシで磨いてもなお
半透明に濁る窓に
寓意の森はあらわれ
灼け崩れた煉瓦のかまどに
あれほど鮮やかだったものがたりが
燻っている
ときに
ぱちり 火花を放って
感情の関節を熔かす
おお わたしのからだは
年月の忠実なしもべ
北向きの屠り場わたしのキッチン
夜のかたづけがすむと
星の足音のように秒針が降りて来る
しごとを終えたふるい胎に
たましいは遊んでいるか
寓意の森のいちばん奥に
赤い実は爆ぜているか

 裏返しに脱ぐ癖 美濃千鶴

蓑虫が蓑を脱いだ
裏返しに脱いで
そのまま洗濯機に入れた
次に着たとき
肌に葉っぱが刺さって
いたたっ、と言った

枯れ葉の縁のぎざぎざ
小枝の折れた先っぽ
表裏をひっくり返せば
擬態は自分を刺す
凶器になる

飾りたいのか
目立ちたくないのか
何を守り 何を隠し
何に傷ついているのか

裏表の脱ぎっぱなしを
洗って 干して
もういちど裏返す
(明日はいたたっ、とならないように)
蓑の内側は
柔らかな起毛だ

 赤城神社マルシェ 江夏名枝

鳥居をくぐる 晴れた休日のマルシェ
生姜のシロップ漬 チョークで手書きの看板
真冬の肌荒れには枇杷葉のオイル
足の向くまま もとめるひと

ビスケットがひとの手に渡るのを見ていると
わたしは何をはぐらかせてきたのか、
コートのボタンを指でつまんだ

なにも欲しくなくなった もう欲しくない
もうずっと ここに来る前から
なにも欲しくない

境内をあらう突風を指先になつかせれば
噴射するもの
水屋のほうが甘くなって
わたしの影に唾液をまぜてくる

わずかな石段を数えれば
すこしずつ くぼんでくるみたい
生涯のような顔つきの狛犬を撫ぜていると
遠くなる
もう ここに来る前から

そらいろの砂時計 茶色の小瓶
雄鶏と雌鶏が真鍮の矢車草に戯れている
モチーフを売るひと

洗い髪のような懐かしさで
目に映ったまま
とおい日 この坂の下は水路に漲っていて
売るものがなくても 流れつく

詩誌『交野が原』77号(2014年9月) 目次

》T
 短詩帖から                 平林 敏彦
 針音              一色 真理
 虫の本             相沢正一郎
 菜の花はじけ          宮内 憲夫
 九月になれば          高階 杞一
 外つ国と蛙           野木 京子
 鳥の名前            水島 英己
 氷川丸幻想           山田 兼士
 上海・リリィ・マルレェネ     海埜今日子
 霧の子どもたち         岡野絵里子
 下向               瀬崎  祐
 コップ             小川 三郎
 在る              田中眞由美
 Mパン             岩佐 なを
 賞味期限            藤田 晴央
 食材              望月 昶孝
 こいのぼり            大野 直子
 魚をみごもった日        佐川 亜紀

 複製された魚          八木 幹夫

》U
 おさなご             松尾 静明
 胸のうち             江夏 名枝
 被                ほりみずき
 バロック              北原 千代
 多島海              斎藤 恵子
 昔の光を             渡辺めぐみ
 ポケットのちから         岡島 弘子
 三段峡行き            松岡 政則
 非合法な永遠について       望月 苑巳
 痕跡               浜江 順子
 風の虫              田中 国男
 音のない鐘            美濃 千鶴
 非がおこる            金堀 則夫
 不在               大橋 政人
 わが家              金井 雄二
 夏が               池田 順子
 この夏              草野 早苗
 夏の桜              西岡 彩乃
 死者の声に耳をかたむけ      古賀 博文

《評論・エッセイ
 □鮎川信夫の魂の出発と都市の抒情を歌うアイオーン ――若い世代に向けて(最終回) 岡本 勝人
 □山村暮鳥/明るく寂しい風景が                           寺田  
 □大野新ノート(3) 詩集『藁のひかり』                      苗村 吉昭
 □極私的詩界紀行14                                    冨上 芳秀
        *横山克衛著―詩と物語―『少年ラムダ』ブィツーソリューション
        *八重洋一郎詩集『木漏陽日蝕』土曜美術社出版販売
        *柴田三吉詩集『角度』ジャンクション・ハーベスト
        *赤木三郎詩集『よごとよるのたび』書肆夢ゝ
         *根本明詩集『海神のいます処』思潮社
書評
         杉本徹詩集『ルウ、ルウ』思潮社                 中本 道代
         池井昌樹詩集『冠雪富士』思潮社                 八木 幹夫
         高階杞一詩集『千鶴さんの脚』澪標                國峰 照子
         山本萠詩集『橋を渡ろうとして』書肆夢ゝ           たかぎたかよし
         淺山泰美詩集『 ミセスエリザベスグリーンの庭に』書肆山田     中西 弘貴
 
                                                            編集後記
                            《表紙デザイン・大藪直美》

詩誌『交野が原』 第77号から  詩作品6編紹介

 コップ 小川三郎

 コップに入った冷たい水が
 机の上に置いてある。

 夏の日の午後
 今日はひどくあたりが暗くて
 遠く過ぎ去った日々のようだ。

 どこかで
 水が吹き上がっている。
 川が勢いよく流れている。

 私はコップの水を見つめ
 息を吐く練習をしている。
 
 また
 コップをたたいてしまった。

 あなたの顔に水がかかり
 氷が窓から飛び出して
 私は一から
 またやり直す。

  暗い嫌な夏の午後だ。

 どこかで噴水が上がっている。
 プールで子供たちが泳いでいる。


 昔の光を 
渡辺めぐみ

 枯れ枝と枯れ枝の間を
 ちらちらと流れてゆく
 雪の短さだけに
 触れていた
 雪明かりの道を
  厳しい誓いを立てながら
 歩いたことを
 世界が暗くなった
 夜のことを
 想い出として灯し
 静逸なもののために泣く
 信じたい人のために泣く
 明日こそ勇気を出して
 青い鳥に手紙を書こう
 わたしはあの岸へ渡りませんでしたと
 長い間どうしても書くことのできなかった手紙を
 今はもう夏の光が紫陽花を焼いている
 まだ青が寒い
 青がきっとわたしの重心を水葬している
 昔の光を
 捜して


 魚をみごもった日
 佐川亜紀

 魚をみごもった日
 小さな胸びれのかすかな動きが
 私の細胞の海面を波立たせ
 億年の時が回遊する
 名づけられる前の海が目のなかにせり上がる
 歩かないで心をじかに地につけて這いめぐる
 私自身がだんだん魚に還っていく
 手足を失い
 夜が一枚一枚うろこになるのだ
 街中を泳いで
 ひらめの目の信号に止まり
 しまいに深海魚のように
 目を皮膚の中に沈め
 闇を見るために全身で感じたい
 自ら発光し 他者の発光に驚きたいが
 私の海には深さも欠けてきた

 二匹の魚は
 海中に漂う骨を食べて生きていく
 崖から身をなげた島の女たちの乳房を吸い
 洞窟で殺された赤ん坊のやわらかい唇が貝の身
  になり

 サンゴの壊される家に住んでいる魂たち
 骨と魂を食べてしか生きていけないので
  海底油田のように
 悲しみがたまって
 それもまたたくまに消えてしまう

 魚も人間もみごもれなくなったので
 いらだつ気分と古い血が固まっていくと
  妙に重い弾のようなものが胎のなかに生じる
 ずっしり尖り輝くものにうっとりする
 日に日にリトルボーイに似て成長する
  高ぶる気持ちでいっぱいになる
 もう少しで腹を突き破る秒針の響きがする


 この夏
 草野早苗

 陽射しはあらゆるものに影をつけた
  反射熱の強い農道のオリーブの木
 その下にはロバがいる
 ロバの下には蟻がいる
 陽射しは自分の影が欲しかった
 白い長い影

 曙光の射すころに旅立つ男
 金色に輝くスニーカーの靴ひもを締め直して
 男に影はなく
 それに気づいたわたしに
 共犯の眼差しで目礼し
 またたくまに朝の白い陽射しに消えていった

 カマキリに前世のいじめを詫びた
 いいんですよ そんなこと
 耳まで笑顔をひろげながら
 しっぽの先端がカサカサと震えている

 ジャスミンは自分の匂いが強すぎて
 他の匂いが分からない
 せめて蜂のギザギザの足に撫でられて
 ぼんやりと うっとりと
 遠い空を見ている 虚空の眸

 こんな夏は
 まわりじゅうが祭典で
 自分はどうして生きてゆくのか
 あの旅だった男のように
 せめて影をなくしたい
 影は色を濃くして
 勝手に動作を開始し
  驟雨に備えて合羽など着込んで
 地べたに座り込んでいる


 痕跡 
浜江順子

 思いもかけぬ痕跡は宝石
 谷間の影に
 ふたりの同じ傷の証となる
 小さな痕跡
 驚きに灯をつける
 背中あわせの境界
 ハサミが降ってくる対岸に
 運び去られた日々
 ゆらぐ水と
 ゆらがない森と
 ある日、見つけた
 ひとつの痕跡は
 過去の噴出と
 現在の泉と
 さびしいような
 うれしいような
 見つけた、奇跡
 とどく、軌跡
 他者と自己が重なる円柱には
 蛇が住み
 小さい痕跡を残す
 いま、驚かせる
 素直な心に
 夕暮れの鰯雲のように翳る
 他者の痛い痕跡に
 伴走したい
 遠いかなたからの長い影
 思いがけぬ発見に
 せつない川があふれ
 厚い森が走り
 地下へとたゆたい
 手を伸ばす
 指は風になり
 海となり
 素早く
 かなたといまを
 駆け抜ける

 非がおこる 金堀則夫

 土から現れた
 古代の石器や土器や木器が個として固まる
 わたしが手にしたら ときがくずれて
  今があらわれる
 石と石がかちあえば 火花がちり
 木と木が 摩りあえば くすぶり
 火がおこる
 土は練りかため 火に焼けば 火を囲む
 この手で
 石も 木も 火をおこす
 火を見たら 非と思え
 炎は焦熱と破壊がついてくる
 わたしの手に魔物が現れる
 この地に運ばれてきた
  二上山のサヌカイト
 石鏃や多くの砕石や剥石が見つかる
 ナイフ形石器を手にしながら
 鉄塊や鉄かすを見る
 わたしの手に
 遠くの海からわたってきた
 鉄の素材
 土で囲った火で鉄を溶かし
 石より 木より強いものに叩きあげる
 鋭く 土を耕し 木を削り
 生き物を殺傷する
 わたしの手に陽が燃え
 陰の非が燃え
 その炎のなかで
 鉄はあらゆる機械をつくっていく
 ものからひとへ
 ひとからものへ
 陽と非が使われていく
 そして今 鉄ではない
 巨大なエネルギーを見つけ
 ものが動いている
 その反応から
 見えない 無臭のものが
 非をおこしている

詩誌『交野が原』76号(2014年4月) 目次

》T
 人闇               宮内 憲夫
 前夜              平林 敏彦
 このよのことは         松尾 静明
 音               小川 三郎
 ひの中のひ           金堀 則夫
 ひよこ             高階 杞一
 ひかり             岩佐 なを
 干潟              池田 順子
 蜜柑室             北原 千代
 初雪              中本 道代
 消灯時間              渡辺めぐみ
 鯖               八木 幹夫
 はくし             一色 真理
 土徳              松岡 政則
  凶景抄             小長谷清実
 家               野木 京子

》U
 こんぺい糖の踊り        江夏 名枝
 青い花               藤田 晴央
 襤褸              瀬崎  祐
  冬の海へ            望月 昶孝
 ドトールコーヒー店にて     金井 雄二
 タダヨシ君とツグミ       大橋 政人
 うさぎおいし・・・       海埜今日子
 温かい刃            浜江 順子
 不在の人            佐川 亜紀
 あわれな孤児          岡島 弘子
 それから            田中眞由美
 部屋に雨が降り注ぐ       草野 早苗
 陽炎              斎藤 恵子
 夜のかたち           望月 苑巳
 小野十三郎邸界隈徘徊      山田 兼士
 スピノザの『エチカ』をめぐって 細見 和之

   特集 金堀則夫の詩の世界
   
◇金堀則夫詩集『(あはなち)』(思潮社)を読む――   古賀博文・中西弘貴・吉田博哉・岡本勝人

  《評論・エッセイ
    □鮎川信夫の魂の出発と都市の抒情を歌うアイオーン ――若い世代に向けて(八) 岡本 勝人
    □三木露風/瞑想と洞察                             寺田  
    □大野新ノート(2) 作品集『黙契』                      苗村 吉昭
    □エッセイ「黒板」                              相沢正一郎
    □極私的詩界紀行13                               冨上 芳秀
           *田村雅之詩集『航る姿の研究』青磁社
          *伊藤公成詩集『カルシノーマ』澪標
           *橋本征子詩集『青い魚』土曜美術社出版販売
           *こたきこなみ詩集『第四間氷期』土曜美術社出版販売
  《書評

         吉田文憲詩集『生誕』思潮社                       岡野絵里子
         齋藤 貢詩集『汝は、塵なれば』思潮社                  武子 和幸
         水島英己詩集『小さなものの眠り思潮社                  川島  洋
         藤田晴央詩集『夕顔』思潮社                       成田 豊人
         吉田博哉詩集『夢転 』思潮社                       南川 隆雄
         新井高子詩集『ベットと織機』未知谷                   愛敬 浩一
         水嶋きょうこ詩集『繭の丘。(光の泡)』土曜美術社出版販売        村野 美優
         苗村吉昭詩集『半跏思惟編集工房ノア                  大野 直子
         冨上芳秀詩集『真言の座』詩遊社                     川上明日夫
                                                               編集後記
                              
       《表紙デザイン・大藪直美》
 

詩誌『交野が原』 第76号から  詩作品6編紹介

 ひよこ 高階杞一

 小学校の校門の前
 ダンボール箱に入れられて
 動き回っていたひよこ
 かわいいねかわいいねと
 みんなが手のひらに乗せていたひよこ
 買って帰っては
 いつも
 すぐに死んでしまったひよこ

   はかないね

 と言いながら
 手のひらの
 動かなくなったひよこを見ていたお母さん

 それから
 ひよこがいっぱい降ってきた
 雪のように
 ぼくの
 長い人生のときどきに

 ひかり 岩佐なを

 快晴の都心に立って
 頭上よりやや北側の空を見上げれば
 飛行機が銀色クリップの耀きで移動していく
 次々と 全然落ちてこない
 あの辺りに念を送っても届かないし
 ペンライトを振っても無駄だから
 預かった子どもたちには教えない
 川の駅から遊覧船に乗って南下しよう
 松が取れると日の入りが少しのびる
 左岸のビル群の背後が仄明るくなっていて
 もうすぐ寒の満月がやってくる
 デッキでは色白で瓜二つの少年が
 興奮ぎみに感動詞を叫んでは
 「さむくない」
 「さむくないッ」と言い張る
 寒いよ。
 それから乗船客が少ないのをいいことに
 ふたりは決闘を始める
 剣をぬくタカシ
 掌から特殊光線を発するサトシ
「死ねッ」
 頼むから流れ光線(だま)をこちらによこさないでおくれ
 放っておいてももうじき死にますから
 これから寒さを我慢して君たちと船上に
 立っていればふりそそぐ月光も
 浴びなくてはならないし
 その光だってあなどれない
 そら、
 満月だ。
 あの岸壁の上で悠然と煙草を燻らす男を
 狼に変えるかもしれない光
 ワォーン

 蜜柑室 北原千代

 子は蜜柑のなかで うすめをあけ
 うっとり わたしをむさぼった
 そとがわには
 電車が通る町のにぎわいがふるえていたけれど
 そとがわをおもうと汁が濁る
 子は苦い乳輪を噛んで あおあお泣くから
 わたしはもう 蜜柑のことだけをおもうことにした

 しばらくたって 果肉も袋もすっかり食べ尽くし
 ひからびた天使の衣装のような
 蜜柑の皮を棄てた
 それからわたしは電車に乗った

 月の夜アパートの 階段の手すりに
 あたらしい蜜柑が置かれてあった
 ようやく歩きはじめた子の手を引いて
 なかへ潜り込んだ

 うちがわから
 体より熱い果汁がみなぎり
 おおいかぶさって子にあたえる
 蜜柑のなかにふたたび産み落とすなんて
 わたしはなんという親だろう
 けだるい うつろなまぶたをつむり
 ねむれねむれよと口ずさみながらまどろむあいだに
 子はわたしを食べている

 まるい尻や腹は日ごとにおもく
 抱きあげると 翅音のような微かなまなざしを
 そとがわにひらく

 蜜柑室から
 あかるい町が透けてみえる
 列車は線路をのばして走っている

 おお 子は肥えてきた
 陽をあびてほたほた果汁をこぼす

 消灯時間 渡辺めぐみ

 さざ波のように光が倒れていった
 金属質の音を破砕して
 過渡的眠りが這い寄せる


   言葉の端から救われよ
    遠くへ
     黒へ


 ロスタイムで拾ったものを
 看護人に恐らく受け渡し
 その人は目を閉じた


 光の行く方を追わないほうがいい
 とは誰も言わない


 本当に終わるまで
 湯呑み茶碗の罅割れも
 いとおしい


 足音を忍ばせて
 人影は下がる


 ここは何かが薄いね
 もう何かが薄いね

 点滴の針から
 命が零れる


   言葉の端から救われよ
    記憶の谷へ
     未生の記憶の谷底へ

 青い花 藤田晴央

 積みあげた雪にまた雪をのせる
 しろい雪のそのなかに
 青い花が咲いている
 蛍光のごとくうすぼんやりと光る
 青い花である

 あたたかい食事
 あたたかい風呂
 あたたかい布団
 あたたかい寝息

 積みあげてきた
 働いてきた
 育ててきた
 共に

 おまえがいなくなっても
 冬になれば積みあげる
 雪を
 神話のように

 ちがうことは
 無心になれないこと
 あたたかかったその日あの日
 降りしきる雪のなか
 無心であった

 窓のおくに
 台所で立ちはたらくおまえがいて
 わたしは
 無心に雪を運んでいた
 そののちから降りやまない
 短調のしらゆき

 この青い花はなんのしるしであろうか

 ひの中のひ 金堀則夫

 〈ひ〉という字を
 手でのばせばひもとなる
 ひもが動き出したので
 怖くなり
 地面に投げ出したら
 〈み〉になった
 おどろいて
 端をひっぱったら
 〈つ〉になった
 ひは一にならず
 つねに円くなろうと
 隠すが
 むすぶことはない
 あいている
 からっぽがつまっている
 底が膨らんでいる
 形あるものがひそんでいる
 秘の中の秘
 イネを無くせばかくれてしまう
 ひびきのないひびきがのこる
 手をあわせる
 となれば
 見えない 聞こえない
 恐ろしい
 怖いものが形となって
 示している
 心をわっても
 あらわれてこないものが
 ひの深い底に見える
 ひの中のひは必ず底となる
 そこにひの心臓がある
 いのちのなかのいのち
 密の中のみつ
 どう生かすか
 ひみつを ひみつとともに
 わたしは生きていく

詩誌『交野が原』75号(2013年9月) 目次

 《》T
 人類               細見 和之
 漂流抄              小長谷清実
 夏への道             中本 道代
  忘れ得べき日           平林 敏彦
 門                岩佐 なを
 黙想               小川 三郎
 大きな木とどこにもない空     野木 京子
 カンテラ             草野 早苗
 遮眼               瀬崎  祐
 人形               杉本真維子
 床下の友人            一色 真理
 初夏               池田 順子
 うぐいす             藤田 晴央
 椅子               松尾 静明
 困るんだ             宮内 憲夫
 蝦蟇               望月 昶孝
 Dawn  明け方          北原 千代
 あらくね               海埜今日子

 《》U
 ときのね            江夏 名枝
 翻車魚(マンボウ)魚へん シリーズ連作   八木 幹夫
 ふっと             山本 純子
 未練              高階 杞一
 いちまい            岡島 弘子
 夢の浮橋              佐川 亜紀
 星への道            渡辺めぐみ
 足音              金井 雄二

 一九七四年のムスタキ      山田 兼士
 人生の技法           望月 苑巳
 遠島              大橋 政人
 毒じゃの憂鬱          浜江 順子
 丘の上の石段に座る       斎藤 恵子
 罅               田中眞由美
 あとはよくわからない       松岡 政則
 土墳              金堀 則夫
 忘れもしない、あの日      古賀 博文

  《特別寄稿》
  ◇「独唱」の底流にある黄翔詩相に関する考察―詩論「宇宙情緒」を中心として―    劉 静華 

 《評論・エッセイ
  □鮎川信夫の魂の出発と都市の抒情を歌うアイオーン――若い世代に向けて(七) 岡本 勝人
   □三木露風/色蒼ざめし旅人                          寺田  
   □大野新ノート(1) 詩集『階段』                      苗村 吉昭
   □極私的詩界紀行12                              冨上 芳秀
    *大家正志詩集『翻訳』ふたば工房  *細田傳造詩集『ひーたらぴっと』書肆山田
     *森やすこ詩集『さくら館へ』思潮社 *星喜博詩集『静かにふりつむ命のかげり』砂子屋書房
     *田代芙美子詩集『過ぎ去る時の河畔に』花神社
 《書評
    野木京子詩集『明るい日』思潮社                   陶原  葵
    岡島弘子詩集『ほしくび』思潮社                   相沢正一郎
    山本博道詩集『雑草と時計と廃墟』思潮社               北川 朱実
    南川隆雄詩集『爆ぜる脳漿 燻る果実』思潮社               吉田 博哉
    林美脉子詩集『黄泉幻記』書肆山田                  笠井 嗣夫
    たかぎたかよし詩集『うつし世をかがる』編集工房ノア            梅木 喜寛
    丸山真由美詩集『停留所(バスストップ)』編集工房ノア            以倉 紘平
    秋山基夫詩集『二十八星宿』和光出版                 川井 豊子
    石川逸子詩集『たった一度の物語―アジア・太平洋戦争幻視片―』花神社   池澤 秀和
    暮尾淳詩集『地球(jidama)の上で』                       長嶋 南子
    細見和之詩集『闇風呂』澪標                         中塚 鞠子
    山田兼士 著『高階杞一論  詩の未来へ』澪標              阿毛 久芳
    田中国男 著『続・コップの中の水をめぐって』はだしの街社       伊藤 公成
    一色真理詩集 ― 新・日本現代詩文庫108土曜美術社出版販売      水島 英己
                                                編集後記
     訂正とお詫び
 「交野が原」75号の47頁・江夏名枝氏の詩「ときのね」につきまして、最後の2連2行は、江夏氏の作品とは、まつたく関わりのない2行ですので抹消してください。ゲラ校正のとき、なぜ、この行が入っているのか、まったく気付きませんでした。校正がしっかりできていなかったことと、あってはならない大きなミスでした。深くお詫びいたします。正しくは下記の通りです。編集・発行人 金堀則夫

詩誌『交野が原』 第75号から  詩作品6編紹介



 ときのね 江夏名枝


五線譜から素足を抜く 夏至は遥かに
ひいらぐ肌を 宵を過ぎて寄り添える
夏の虫たちの倍音を涼やかに ともし
聴く ときをはぐれ こころを梳かれ
遠くに鈴の音を折っているひとがいる
生きられていたから 供養はいらない


 人類 細見和之

――もうそうなの?
――妄想です

――もうそうなの?
――妄想です

――もうそうなの?
――妄想です!

………………………

――もうそうなの?
――もうそうです


 夏への道
 中本道代

葉緑素が行き渡りいっせいに戦ぐ
その震えに責められて
うなだれている
つめたい石段のざらざらした表面の
陽が当たる半分のぬくもりに触れて
ここを通って行ったけものが今は
どこかの隠れ場所で眠る
陶器のように碧い空と海の夢をみている

小さなものの死がちらちらしている
土はまだ湿っている
蠅が二匹するどく旋回する
きょう生まれたのか
だれもいない私の故郷の庭で

草の下 毛の下はいつも暗闇で
切断すれば神秘な組織が匂っている
眼じりにしたたる生きる時間の破砕
小鳥の声が激しく廃屋をめぐる

蜥蜴の母は腹を裂かれ
白い卵をこぼして走り去った
真昼の月が空に沈む
それもこわれそうな卵のよう
まわりで蒼穹が深く深くなり
宇宙の奥へと繋がっていく

生まれなかった仔たちが生まれる水があるのではな いか
黒い星の底で揺れているのではないか


 黙想
 小川三郎

ある日
世界が広々とした日
あなたはそこに座りこんで
ぼんやり私を考えていた。

空は明るく
木々は美しかった。
人々はそこにはいなくて
どこかで誰かと一緒だった。

あなたはたったひとりきりで
私のことを考えていた。
季節のめぐる中途に座り
明日のこないことを考えていた。

風が静かに流れていった。
炎はじっとそこにあった。
無数の音があなたをつつみ
それはなにかを意味していたが
あなたはあえてそれを無視して
私のことを考えていた。

季節がぐるぐる回転していた。
水が、岩が、島が、鋼が、
あなたの周りをぐるぐる回って
色が混ざって膨らんでいた。

誰かを不安にさせたかったが
あなたと世界は平和だった。
広々として光にあふれ
征服された世界だった。

愛されることと無力はちがう。
私はいわゆるひとでなしであり
この世のことのすべてだった。


 初夏
 池田順子

好きなひと いる?

聲が
初夏の光のなかで
ふるふる ゆれ
うごく

覗き込んだ
少女の瞳の奥
はじめての夏が
胸の高さで
萌える
緑の
聲の色を
しならせる

いないの?

こっそり
ふかく
偲ばせくる
うすみどり色の視線が
弾むような
肢体となって

飛び込んできた
わたしの

庭先


 土墳 金堀則夫

土が
草木の根をたべて
わたしのからだのかたちで眠っている
少し水をのんだのか
土の湿り具合が
からだとなっておきあがり
遠いわたしを掘り出していくと
土のミイラがあらわれる
わたしではなく
わたしのからだにあるはかりしれない
永遠の砂
乾ききった粒子
いのちの種
限りなくころがって瞑想している
水をやれば
こやしをやれば
ひかりをあたえれば
どこからか
ミイラは蘇ってくる

口から鼻から尻から
排出された食べもの
腐敗はすべて燃焼され
殺された女のからだから五穀がうまれた
そこまで掘り出したが
その手は そこまででとまってしまう
掘っても そこまで
限りないもの
掘り起こせない土の底
掘り出した土は盛り上がり
天と地の高さが
深まっていく
いつの間にか おのれの
からだに合う
饅頭(どまんじゅう)をつくっている

詩誌『交野が原』74号(2013年4月) 目次

》T
 書き置き           一色 真理
 瑠璃の青           平林 敏彦
  ベッドから転げ落ち      小長谷清実
 拍手             杉本真維子

 因果             倉橋 健一

 鳥たち            野木 京子

  二重露光           瀬崎  祐
 
              山本楡美子
  ひるね            岩佐 なを
  春の毒            望月 昶孝
  石の沈黙を方舟に乗せて    田中 俊廣
  坂国             岡島 弘子
  螺子(ねじ)            斎藤 恵子
  泥眼             浜江 順子
  庭の子            渡辺めぐみ
  わたしが一番うつだったとき  柿沼  徹
  照り返し           宮内 憲夫
  箱 そのほか         相沢正一郎
 事の次第           江夏 名枝

 
季節の終わりに        松尾 静明

》U
 流星ワゴン            藤田 晴央
 耳をすませて           高階 杞一
 花のこころ            田中 国男
 永遠(とことわ)の村           淺山 泰美
 移住               田中眞由美
 登美               金堀 則夫
                 佐川 亜紀
 そら、そら、さいて        海埜今日子
 その海上の山は          古賀 博文
 つな               橋爪さち子
 姿と形              金井 雄二
 詩のつづきにいると        松岡 政則
 オルガン製作者Yへ        北原 千代
 青葉放課後            有働  薫
 ふの字              美濃 千鶴
 禁煙について           大橋 政人

 世界の断片(かけら)          望月 苑巳
 モンペリエの憂鬱         山田 兼士
 連作3篇 魚へん           八木 幹夫 

  《評論・エッセイ
       □杉山平一/詩の未来へ「希望」を繋いで               寺田  
       □鮎川信夫の魂の出発と都市の抒情を歌うアイオーン
             ――若い世代に向けて(6)             岡本 勝人

       □極私的詩界紀行11                          冨上 芳秀                    ・小松弘愛詩集『ヘチとコッチ』(土曜美術社出版販売)
          ・木村大刀子詩集『ゆでたまごの木』(思潮社)
          ・山中従子詩集『死体と共に』(澪標)
          ・川島完詩集『森のガスパール』(本多企画)

    書評
       浜江順子詩集『闇の割れ目で』思潮社                 野村喜和夫
       池井昌樹詩集『明星』思潮社                     苗村 吉昭
       鈴木東海子詩集『草窓のかたち』思潮社                神尾 和寿
       ブリングル詩集『 、そうして迷子になりました』思潮社         小川 三郎
       川上明日夫詩集『往還草』思潮社                   冨上 芳秀
       相沢正一郎詩集『プロスペローの庭』書肆山田             岡島 弘子
       江口 節詩集『オルガン』編集工房ノア                時里 二郎
       佐川亜紀詩集『押し花』土曜美術社出版販売              八重洋一郎
       柳内やすこ詩集『夢宇宙論』土曜美術社出版販売            中西 弘貴
       大橋政人詩集『26個の風船』榛名まほろば出版             愛敬 浩一
       中本道代詩集  ― 現代詩文庫197― 思潮社                 國峰 照子
       松尾真由美詩集 ― 現代詩文庫195― 思潮社               林 美脉子
       八木幹夫著『余白の時間―辻征夫さんの思い出』シマウマ書房         井川 博年
                                                             編集後記                                                 《表紙デザイン・大藪直美》

詩誌『交野が原』 第74号から  詩作品6編紹介

 瑠璃の青 平林敏彦

たまゆら
ふりむく空が裂けたかと
おどろく冬の朝がある

その研ぎすまされた瑠璃の青

つい昨日まで
何かが打ち砕かれていく予感のなかでしか
生きていられなかったのに
夜の明けがたから誰かが廃家の窓をあけ
おさない子がはしゃぐ声と
弾じける水の音が聞こえてくる

ただよう浮雲の果て
はからずもこの世にこぼれおちた日の
まぶしさもときめきもいつか薄れ
剪定をわすれた木の実のように
あらまし腐爛したものの影は
ひそかに荒れた地の底へ下りて行ったが

見はるかす海
燃える陽はまだ中天にあり
まぼろしの光を反射する秤の皿は
愉楽と慰撫でほどほどに釣り合っているが
かつて破船とともに姿を消した漁夫たちも
明日は風の沖で網を打っているだろう

なべて約束の場所に生きるものよ
いつ仮に磔刑の日がおとずれようと
ふりむく空が裂けたかと
おどろく冬の朝もある

その研ぎすまされた瑠璃の青

低い屋根の下に住むわたしたちの暮らしさえ
いまはいとおしく潤んで見える

 拍手 杉本真維子

背骨の、したのほうに、小さな、拍手がある
装置でも、偶然の、産物でもなくて
ある朝方、それをみつけて
スイッチを押したようだが、記憶はなかった、
博士の指示にしたがい
朝と夜だけ、多くても一日二回まで
という決まりだけは守った

すると目は空をうつしきれず
大空が目をうつし
ひろびろとした視野、というものが、
「むかし」への取材を放棄する

「いいことばかりじゃなかったです、とてもとても
 あなた、かってなことばかり言って
 過去、なんて、その程度のものなのですよ」

わたしではない口が
不満気に、でも、きっぱりと、言い放った
まばらな拍手はぐねぐねと体内をめぐり
私語をやめ
硬い岩となって野原でめざめる

あなたのつごう、あなたのはんだん、
あなたの、滲む血のかたちは、

ぜんぶ、その身体に、とじこめてあると
博士は言った
きっと誰にも褒められなくてよい
そのちいさく何よりも華やかな拍手のために、
ひとはふっくらと一人である

 草 山本楡美子

馬を洗うのは
藁くず
それが最近までつづいていました
彼女の声を
長いあいだ忘れずにいる
そうか
そのころには――
と父が言う

時代を隣り合わせてみる
馬と藁くずの彼女の声
なぜ何度も海を渡ってくるのだろう
きっと草だからだ
乾いていてもぬれていても草はいい
草なら という気持ちが勝るのだろう
月齢の(月)の歩幅には及ばないけれど
草は草の中をさ迷い歩いている

(馬を洗うのは 藁くず)の(馬)は
わたしには大きすぎて見えない
わたしにはぐしゃぐしゃの藁くずが見える
それは
かつてのひと握りの陽らしきものと
馬を洗っている
海辺で

そこで
生まれ育ったのだろう

事の次第 江夏名枝

一滴にすら かたどられ
集められては うつり
まぶたをひらいてみれば
夕顔がわたしを ねづいている
        
        *

火種らしきものがあるなら どのあたりか
探るつもりもなく
通されたテーブルの 木目だけを見つめていると
「旅に出たいから私を かたゆでにして下さい」
現れた男によって用いられた 独特の喩

        *


指折り数えていたら
目の前 虹が出ていて
どうしても隠しきれないので
はずかしい
消えてしまうまで 背中をみている

        *

恋わずらいヶ淵
名所らしい
賑わいすぎている
あやめもわかたぬ心中ヶ淵!
ねじまかれすぎ
空気がうすい
宿に戻ると お女中が
湯気のなにかを運んでくる

 花のこころ 田中国男

今年も一斉に咲く春です
あの花 この花 どの花も
花々には目も口もない
心が一つあるのだろう
心が美しく咲かせるのだろう

やがて萎れて
散りゆく花びらを
どうするのだろう

花の心が
花びらの一枚一枚を
おんぶして
大地へ運んでゆくのだろう

残された花の心は
何におんぶされて
どこへたどりつくのだろう

花の心は人の心の中に
やさしく生きつづけるのだろう

人には花の心を見つめる
目があり
花の心を伝える
口があるから
人はまるく
世界をつないでゆくのだろう

ほぐれたように重なる花びらに
やわらかな陽がさす春の光
 ぼくはなにをおんぶしてきたのだろう
 ぼくはどこへたどりつくというのだろう
 ぼくはなにをつないできたのだろう
目と口だけが迷い子のように
この世界に漂っているだけのようで

 登美 金堀則夫

天降ったが峰から
鳥見白庭へとたどりつく
この地を治めていたナガスネヒコを服従させ
そこに御幣をたてる
持ち込んだ神宝の畏怖がこの地を奪われていく
ヤマトを治めていた土豪
新しい神を呼んではならない
先祖からつくりあげてきた地
棒を打ち込んで所有する
おきてやぶりの
鉄の剣を崇めてしまい
ニギハヤヒの妃にわが妹トミヤビメと結ぶ

ヤマトにまた天神の子が攻めてくる

金色のが飛んできて神武の弓矢にとまる
その光がまぶしく戦えず負けてしまう
金のトビがトミとなり
鳥見になる

金の光に眩み
神武を崇め奉らねばならない
神の子を呼んでしまうナガスネヒコ
妹の次の子と結ぶ
また御幣を立てれば
その神が支配してしまう
神とのいさかいが
妹と結んだニギハヤヒの子に殺され
滅亡へとみちびく
領地に杭を刺した
騙し取った地に おのれの御幣を立てれば
天つ神のおきてがある
この地を治めても
いつか追い出されていく
高天原から
<神遂(かむやら)ひ>された
地上の迷走が未だにつづく
地の威霊
いつまでも 今の
われわれに科せられていく

詩誌『交野が原』73号(2012年9月) 目次

T
 かけら                 一色 真理
 音                   松尾 静明
 しずかに                三井 葉子
 駆け登ったり駆け降りたり        小長谷清実
 さみだれ                斎藤 恵子
 カキオキ                岩佐 なを
 夜勤                  渡辺めぐみ
 雨になる                高階 杞一
 振り子                 大野 直子
 脳に咲く花               宮内 憲夫
 おお 宇宙よ              八木 幹夫
 森の日                 北原 千代
 思い出                 大橋 政人
 救ってください             古賀 博文
 夜はやさし               江夏 名枝
(どこにいってたんだい、ゆうべ……)   相沢正一郎
 言葉が私をこき使う           岡島 弘子
 For Snakes                       新井 高子

》U
 夏至                   藤田 晴央
 残酷の芽                 浜江 順子
 稲妻                   佐川 亜紀
 りるる                  田中眞由美
 女族のりんご               望月 苑巳
 砂丘にて                 瀬崎  祐
 最期の巣ばなれ              白井 知子
 寒鮠漁
                 松岡 政則
 水底の歌           
       溝口  章
 千鳥が淵                 山口賀代子
 骨折をおして               山田 兼士
 ぼくの降りる駅              金井 雄二
 あかとんぼ                田中 国男
 ウサギとカナタ              海埜今日子
 封印                   美濃 千鶴
 観覧車                  望月 昶孝

 ひの子                  金堀 則夫

評論・エッセイ
    □吉川則比古/戦時下の古詩巡礼               寺田  
    □解釈                           高垣 憲正
    □鮎川信夫の魂の出発と都市の抒情を歌うアイオーン 
              ――若い世代に向けて――(5)            岡本 勝人
    □極私的詩界紀行10                       冨上 芳秀
      ・佐々木薫詩集『ディープ・サマー』(あすら舎)
      ・岡力詩集『ド』(土曜美術社出版販売)
      ・伊藤恵理美詩集『願いの玉』(あざみ書房)
      ・山田兼士詩集『家族の昭和』(澪標)
       ・三井喬子詩集『岩根し枕ける』(思潮社)

書評
      瀬崎祐詩集『窓都市、水の在りか』思潮社         野木 京子
      鈴木正樹詩集『トーチカで歌う』思潮社          柿沼  徹
      三井喬子詩集『岩根し枕ける』思潮社           松尾 省三
      季村敏夫詩集『豆手帖から』書肆山田           谷内 修三
      高階杞一詩集『いつか別れの日のために』澪標       細見 和之
      高橋英司詩集『ネクタイ男とマネキン女』ミッドナイト・プレス 北川 朱実
      大城さよみ詩集『ヘレンの水』本多企画          苗村 吉昭
      橋爪さち子詩集『愛撫』土曜美術社出版販売        高山利三郎
      藤田晴央著『詩人たちの森』北方新社           高木 秋尾
      伊藤勳訳 D・G・ロセッティ詩集『いのちの家』書肆山田 川口 昌男

《追悼・杉山平一》
      ◆「交野が原」―杉山平一詩作品集            金堀 則夫
      ◆これからもずっと変わらずにいてください
                  ――杉山平一先生を悼む――   國中  治
                                  編集後記
                        《表紙デザイン・大藪直美》

詩誌『交野が原』 第73号から  詩作品6編紹介


しずかに 
三井葉子

石をなげるな
シッ
しずかに

もう
みな
寝しずまっている

木の股の
巣が
むこうにひとつあれば
それを頼んで
みな 眠っているのだ

生きているのは
寝るまも生きていることだから ね

しんしんと砂漠の砂を踏んで
あしが
ばらいろに染まってゆくことだから

しっ
シズカに

あすの朝
次の春
千年さきの春も
まだ
染まっているのだから

ばらいろのあしが歩いているのだから。


振り子
 大野直子

たたき落とした
なにごともなかったかのように起きあがって
蚊は
飛んでいった

家に一列に上がってくる蟻を
かたっぱしからつぶす
畳の目にねじり込む
気を許すと
身をよじったまま
歩き出した
ずるずる ずるずる
惰性のような生へ

放たれても
ななめにしか歩けない犬
唾液は銀の皿に落ちた
飼い主の
からだじゅうのミトコンドリアが
蛍光緑に発色し
吹きだまりのような生を
何周も
何周も
した

ソバカスまで
泡立ちませんように!


For Snakes
 新井高子

降る、降る、
へびが
大洪水の あくる朝には
飛ぶのです
けしかけるのです、
枝にすがった へびたちが

一面、水原です、
建てこんだ 町なみが
きらきらと、
お手上げしてる
顔だけ 浮かべた
鬼がわらの、
つり竿でしょう
避雷針やアンテナが、

へびたちは
白い喉を ふくらして、
キッ裂いていく
  蒼穹を
    つかのま、
       海です
         泳ごうや
吐きだしちまおう
何もかも、

    ――水という虚空の中に、

おる、おる、
へびが
手足を落とした 修羅どもが、
はらわた透かし

湧きだして、

ひの子 金堀則夫

ひのこが舞い上がり
わたしにふりかかってくる
はらいのけることもできないで
わたしのからだにおそいかかってくる
ひの応酬に
ひを抱えながら燃え上がる勢いは
もうわたしにはなくなっている
火の神をうむのをかつて見てしまった

その焼けただれたところから
糞尿が土と水になってうまれてきた
嘔吐する
鉄のとろける湯から
ひのかたちができあがってきた
カミガミはひからうみだしている
わたしのひは
ひにかえっても ひにもどれない
ひはかさなって ひをかたちづくる
ひの壺をふたしても
また燃え上がってくる
ひのひなる(さが)
もとのところにはもどれない
わたしのサガは負の連鎖が
ふの子をうみだしている
うみだされたふるさとから
追い出され さ迷い続ける
おまえの顔は真っ赤ではないか
怖い 醜い顔は ひの罪がやきついている
ふの子が
ひのこをあびている
今の人は魔よけというが
この鬼の顔に
あの見てしまった
ひが赤々とこの世の地に映し出している
陽の子がひを噴出し
ひの子がうみ出されたわたしはただのひなにすぎない
陰火のひは燃え上がろうとしない


追悼・杉山平一詩作品集より2篇

旅行者

そのとき 汽車は
大きくカーブしはじめた
赤い夕やけの地平が
窓にひろがってきたが

そこに黒い巨大な雲の団塊があって
墨の一刷けが
光のように まっすぐ
流れおちている
下の町は いま
豪雨に見舞われているらしい

容赦なく 汽車は
突っ込んで行くのだ
その町へ 
          「交野が原」19一九八五・11


 
原罪

切符拝見させて頂きます
あれは何だか怖いものである
その声をきくと
一人の学生が立って
スーッと次の車輌へ逃げた
次の車輌へ行くと
学生はまた次の車輌へ移った
遂に最後の車輌に追いつめたが
駅にはまだ止まらない

車掌はしめたと思って
学生に近づくと
学生は正しい切符を出した

この野郎 というわけにもゆかず
ニッコリ笑うわけにもゆかず
車掌は黙って切符をわたした
               「交野が原」54二〇〇三・5)

詩誌『交野が原』72号(2012年4月) 目次

》T
 つぼ                 
相沢正一郎
 ×                   岩佐 なを
 ゆめ なの              山口賀代子
 雨粒音符                岡島 弘子
 耳を澄ませば              斎藤 恵子
 睦月を急ぐ               渡辺めぐみ
 あの日から               平林 敏彦
 死体                  一色 真理
 断章 風紋               溝口  章
 蜜色の秘密               宮内 憲夫
 小さな挨拶               高階 杞一
 祝祭                  北原 千代
 迷図のどこか              小長谷清実
 底の言葉                佐川 亜紀
 彷徨っている              田中眞由美
 単線                  藤田 晴央
 昭和の家族 テレビ篇           山田 兼士

》U
 夕ぐれ                  松尾 静明
 野良猫の逆襲               浜江 順子
 道の上    、             大橋 政人
 ぼくの仕事                金井 雄二
 生姜                  犬飼 愛生
 裸木                    橋爪さち子
 魔物                   望月 苑巳
 宇品島                  松岡 政則
 あずみののくり――井上輝夫氏へ――      八木 幹夫
 ひの火                  金堀 則夫
 秋の消息                 田中 国男
 名ばかりの水の星と金の星とが       古賀 博文
 雪だるまと雪うさぎ            新延  拳
 腐る                   望月 昶孝
 箱                    瀬崎  祐
 原罪                   美濃 千鶴
 名前なら、数の流れる地下室です      海埜今日子

評論・エッセイ
     ■田中冬二/青い夜道をどこまでも                      寺田  
    ■鮎川信夫の魂の出発と都市の抒情を歌うアイオーン    
          ――若い世代に向けて――(4)        岡本 勝人
    ■極私的詩界紀行9                    冨上 芳秀
      ・山本博道詩集『光塔の下で』(思潮社)
       ・杉山平一詩集『希望』(編集工房ノア)
      ・谷口謙詩集『大江山』(土曜美術社出版販売)
      ・石原武詩集『金輪際のバラッド』(土曜美術社出版販売)
      ・田村のり子詩集『時間の矢―夢百八夜』(コールサック社)
書評
      北原千代詩集『繭の家』思潮社              海埜今日子
    岡本勝人詩集『古都巡礼のカルテット』思潮社       谷内 修三
    白井知子詩集『地に宿る』思潮社             松井  潤
    小柳玲子詩集『さんま夕焼け』花神社           北川 朱実
    丸地守詩集『乱反射考・死精』書肆青樹社        こたきこなみ
    川中子義勝詩集『廻るときを』土曜美術社出版販売     新延  拳
    冨上芳秀詩集『祝福の城』詩遊叢書11           以倉 紘平
    神尾和寿詩集 ―現代詩人文庫14― 砂子屋書房      長谷部奈美江
    溝口章著『三好達治論』土曜美術社出版販売        中村不二夫
    山田英子遺稿集『わたしの京都』思潮社          苗村 吉昭
    藤原菜穂子著『永瀬清子とともに』思潮社         高田 千尋
    倉橋健一著『詩が円熟するとき―詩的60年代環流』思潮社 たかとう匡子
                                  編集後記
                                          《表紙デザイン・大藪直美》

詩誌『交野が原』 第72号から  詩作品6編紹介



ゆめ なの  山口賀代子

ゆめをみていた そうおもうことにしろ と かれ
はいうのである きのうまでのことはゆめのなかの
できごと あすからほんとうのじんせいがはじまる
のだという あすからほんとうのじんせいがはじま
るのだとして それではきのうまでのじんせいはな
んだったのか きのうまでのじんせいをけし あす
からのじんせいは まっしろなぬのじに あたらし
いいろえをえがくように といわれても それでは
こちらのきもちはなっとくできない あす からは
ともかく きのうまのでじんせいあってのいまなの
である いま だけを といわれるならばともかく
いままでのじんせいはさらりとながし これからだ
けをみつめてほしい と いわれても それは か
いとうのないとうあんようしのようなもの さいて
んするのはおとこのやくわりというが さいてんす
るのはおんなもおなじ ゆずれない と いうと

それではこちらのたつせがない という たつせが
ないのはわたしもおなじ というと はじめてきい
たことばのようにおどろく それではしかたがない
ではないかというので しかたがない と こたえ
る どうどうめぐりである いつまでたっても ど
うどうめぐりである わたしのじんせいには わた
しのれきしがつながっている けすことのできない
じんせいである たにんなんぞにまかせられない


あの日から 平林敏彦
あてもなく歩く
その道すがら
かなしい自然のいとなみを見た
孵化したばかりの幼虫が
まだぬれている薄いはねを
あわいひかりのなかでひらこうとしている
わずかなときを生きるため
ほそい身をよじってふるえながら

雨あがりの午後
ふと読みさしの本をふせ
小窓をあける
どこか 遠くで
おさないこどもたちが歌っているのか
きれぎれに
コーラスの声がきこえてくる
丘の上の学校はとうになくなったのに
あれは空耳
もうこの世にいないものたちの
透きとおるレクイエム

台風が近づく夜
オフリミットの軍用地へ這いこみ
増殖する重工業地帯の壁におののく
噴きあがる火の舌
擦過するジェノサイドの影
崩れはてた廃市の片隅で
ながい眠りからさめた
あの日から
暁闇の水にきらめくものの名を
はげしく叫び
おまえはどこへむかうのか


野良猫の逆襲
 浜江順子

まだ遠い春の昼を尖らす風に
薄いココア色の毛を靡かす野良猫の視線がからまりざわざわ舞う新聞のチラシが騒ぐ
絵に描いたような日常に
足からまり
顔からまり
脳からまり
日常の穴に石をぽこぽこ突っ込まれる
とろんとトンボ玉のような太陽は
どこまでも三白眼で
宇宙のトンカチな言葉を時々発する
ぴらら、猫走る
ひらら、子走る
ひゅらら、車走る
整えるべきものは何もない
金太郎飴のような日常のその先に
見事に立体的な恐怖がある
完成は虚構で
虚構は完成で
完成は恐怖だ
想像していなかった事態を
小さい空間にぎゅっと押し込めると
また、あの猫だ
猫の視線、ふふんと鋭く
内臓にまで達し
よろめき
ためいき
うそめき
日常のごわごわした壁にまたも激突だ
忍び足で猫は移動するほどに
こちらを目でビーンと威嚇する
おぬし、遣い手だな
と関心する間もなく
気がつくと
猫のとてつもなく巨大化した手で
したたかやられ
青い血を人知れず流している


裸木
 橋爪さち子

幼い子どものまるい頬がぶどうを口にふくむ
柱時計が三時をうつ

モチの実 ベニシタン りんご ピラカンサ
秋 せきをきり なだれるように
地上にあふれるつぶの豊熟

まるく在ること ただそれが
この上ない合言葉でもあるかのよう
(わたしもまた青い球体に住む
 いびつに傷んだつぶのひとつだ)

子どもとわたしの手は皿に伸びつづけ
ぶどうの甘さがふたつの胃に充ちてゆく

汲みあげた地中の養分がつぶに充ち
それを食したこどもの
小さなふぐりにまで届く
地球と木とヒトをつなげてゆく仕組みの
あざやかさ

(わたしも子どもも生まれた時から
 枝葉を木一本分まるごと胸に捉え
 その先をさらに毛細に
 枝分かれたふうの血の管を持つ身だが)

漁師が海に網を広げるように
始まりの命が数しれない種と属に枝分かれ
扇状に系図を広げてゆく美しいいのちの
途上を想いながら

深呼吸ひとつ

食べつくしたぶどうの芯が
裸木のすがしさで皿にのこり

もうすぐ梢のさきに白い月がのぞく


ひの火 
金堀則夫

もえる火
かこっている炉
土はほのおを護っている
粘土のあいだを鉄の湯が流れていく
湯にまけない土のつよさ
かたくかこった鉄も
やわらかくとける融点でたえている
あつさがなめられてもとけない限界で
たえる そのちから
湯の高熱はしっている
煮え立つ湯にならないところで
火は芯をとらえる
土を燃やすのではなく
鉄を燃やすのではなく
沸騰させないで焼き上げることが
その芯をつよくきたえあげる
焼きを入れては 鉄が真っ赤な鉄を
金敷にのせてなんどもたたきつける
鉄のつよさ
火球が 湯玉がとびだす
わたしのからだは焼かれていく
鉄のからだ 土のからだ
そのホネをのこす
火を吐く勢いに
非をみとめない
わたしに
火になんど突き出されても
非破り
火を見る
そんな焼き方がわたしをのこす
湯になって流れ
わたしのうつわはできる
たたかれた鉄 たたかれた土
鉄器や土器はつよい火にあおられながら
もえる火はわたしの火をのこす


秋の消息 
田中国男

野に黙々と枯れ立つ雑草は

まるで天に届かぬ薄幸の死者たちの
骨の(さき)ではありませんか

風も吹かない薄暮に
一面 刈り倒した雑草の群れは
まるで居場所を失った骨たちの
娑婆(しゃば)苦の捨て場ではありませんか

ふるさとの常と無常の真ん中に
とげとげ 立つところ
よれよれ しゃがむところ
虚無よりもふかい哀切の
声にもならない声が
動いているではありませんか

皮膚一枚の記憶は
千万年つづくかなしい溜息
溜息だけが息づく果てか
なぜにあなたは
父祖の鎌を振りあげるのですか
ひねもす天の扉を叩くのですか

とりかえしのつかない歳月は
瞬く間に過ぎ去り
雑草のかなしみの高さにもなれず
父母(ちちはは)のなぐさめにもなれず
げっそり痩せゆく
ふるさとの定型の秋に
はぐれて

なぜにあなたは
父祖の鎌を手放せられないのですか

詩誌『交野が原』71号(2011年9月) 目次


一日中                 杉山 平一
のみもの                 松尾 静明
つき、離されて              宮内 憲夫
いっとうはじめにふるあめは        松下 育夫
有耶無耶語の方へ             小長谷清実
二つの眼鏡                大橋 政人
かぜのうた                相沢正一郎
よるのおばあさん             斎藤 恵子
お姉ちゃんのゆび             金井 雄二
夏の体位                 高階 杞一
二〇一一年夏の戸             渡辺めぐみ
時代の季語となった清水昶         八木 幹夫
なにやどやら               藤田 晴央
あの日から                岡島 弘子
汚れたバトン               田中眞由美
詩の非礼                 齋藤  貢
地震の日 3               一色 真理
影は生きている―広島へのレクイエム      田中 俊廣


甲冑                   金堀 則夫

刺青                   佐川 亜紀
艸の実、艸の実、             松岡 政則
記憶なんか                岩佐 なを
包帯                   望月 昶孝
夜話は月光にはこばれ           白井 知子
南風香る                 網谷 厚子
林中曼陀羅/渦巻く雲           溝口  章
この夏                  有働  薫
                    美濃 千鶴
クックソニアの朝             北原 千代
石室                   瀬崎  祐
遺跡と密林                海埜今日子
夢の鍵                  望月 苑巳
家族の昭和 幼年篇             山田 兼士
故郷 U                 田中 国男
その地で安らかに             古賀 博文
 

評論・エッセイ

 ■鮎川信夫の魂の出発と都市の抒情を歌うアイオーン――若い世代に向けて――(3)       岡本 勝人
 ■村野四郎/大きく世界が一回転して                                    寺田  
 ■極私的詩界紀行8                                  冨上 芳秀
   ・東野正詩集『否熟調』『戯私調』『書損調』『難破調』『言誤調』(セスナ舎)
   ・倉田良成詩集『小倉風体抄』(ミッドナイト・プレス)
   ・林堂一詩集『昆虫記』(編集工房ノア)
   ・中森美方評論集『詩語のフォークロア』(思潮社)
   ・村嶋正浩詩集『晴れたらいいね』(ふらんす堂)
  ◇骨 V                        八重洋一郎

書評

中森美方詩集『たかはらの蝶』思潮社           難波 保明
  岩木誠一郎詩集『流れる雲の速さで』思潮社        里中 智沙
  田中勲詩集『最も大切な無意味』ふたば工房        愛敬 浩一
  小島きみ子詩集『その人の唇を襲った火は』洪水企画    瀬崎  祐
  葵生川玲詩集『歓びの日々』視点社            長居  煎
  一色真理詩集『エス』土曜美術社出版販売         谷内 修三
   河津聖恵詩集『ハッキョへの坂』土曜美術社出版販売    苗村 吉昭
  北岡淳子詩集『鳥まばたけば』土曜美術社出版販売     細野  豊
   鈴切幸子詩集『愛しい球体』土曜美術社出版販売      木場とし子
  寺田操著『尾崎翠と野溝七生子』白地社           吉田 光夫

《子どもの詩広場》
     第34回小・中・高校生の詩賞―「交野が原賞」作品発表
                              編集後記
                        《表紙デザイン・大藪直美》

詩誌『交野が原』 第71号から  詩作品6編紹介


お姉ちゃんのゆび 金井雄二

ゆびをみているのが好きでした
しなやかな曲がりぐあい
爪がほんのり桃色で
どこまでも透き通っているように思え
かぎ針にゆびはからまれ
十本すべてがどれひとつとして
同じ動きをするのでなく
上に斜めに右に横へ
自在に伸びるのです
かぎ針の先には
真っ白なレース糸
朝の陽ざしにきりきりと光を映し
一本の線から文字を描くように
お姉ちゃんのゆびによって
花の形につくられていく
右の人差し指と左の人差し指が交錯する
いち、に、さん
にい、に、さん
数を数えるようにリズムよく入れ替わる
たえまなくゆびをうごかしていく
お姉ちゃん
平然とした顔つきで
お母さんと妹としゃべっている
ぼくはそのかたわらで
もはや指とは呼べない
お姉ちゃんのゆびをみている


あの日から 
岡島弘子

糸くずと さけ目がみえる
前後左右 どこに視線をのがしても 視界に
ちらつくようになった
三月十一日以降

左半分
縫い目がほどけて
ほつれかけているのか
この顔は

左半分
合わせ目がずれて
はずれかけているのか
この身体は

列島半分
ねじがゆるんで
おちてしまったものもあって
東日本はちぎれそう

ゆれるたび ほねぐみが
うきでてみえてくる

いつもつきまとう
はらってもはらっても
しがみついてくる みえてくる

糸くず さけ目 ゆるんだねじ 割れ目が
視界を汚染する

みわたすかぎり
おそらく死ぬまで


影は生きている
―広島へのレクイエム
                  
田中俊廣

氷った光を記憶せよ
氷った時間は呼びもどせ
在るものすべて崩壊し
無くなることで存在する影たち
紙屋町―――
夜がまだ匂う白い石段に座り
晴れた夏空がふりそそぐ街角で
男は誰を待っていたのか、何を考えていたのか
ベケットのゴドーのように………
五〇〇〇度の熱線、閃光の炸裂と漆黒の闇を
記憶することばを浮かべる暇もなく
ロダンの彫塑の姿(すがた)のまま、瞬時に溶けて
その(いのち)の重力の質量の分だけ
座る陰影は爽やかな朝の石に刻印された
………無署名の世紀の腐蝕画
木挽町―――
二か月間、探しまわった母のかなしみに
左足の下駄がひとつあらわれる
色布を縒った、十三歳の鼻緒の後ろに遺る
足跡(かかと)の黒い影の時間だけが
あどけない仏足石のように息づいている
中島町―――
中洲に浮かぶコンクリート箱の廻廊の中
明日を喪った影たちは今も生きている
風化の時空に抗いながら目覚めている
スカートが涼風に広がるように
襞の数だけ、川が海へ流れていく街
地球の歴史の深い傷痕(きず)は川床に埋めず
言語宇宙、その中枢の一点に吊るしておこう
死への血球ではなく
輝く魂の水滴へ
ノアの方舟にも似た天女花(おおやまれんげ)の緑葉に結ぶ
雨後の滴の球面に
八月六日の青空と影を映しだすために

  *二〇一一年六月十日、広島で長崎の原爆文学について話す。


甲冑 
金堀則夫

古墳の棺外から掘り出された
カブトをみると 錆びた鉄の鉢に入っているものがある
じっと見つめながら 頭を押し込んで かぶってみると
これでもか これでもかと 硬さゆえにガンガンと
たたいてくる大きなチカラに 被った頭は破裂して
わたしの目も口も鼻も耳もつぶれてしまった
硬い鉄を被って 時代のくぼみにあるのは
錆び付いた空洞
ヨロイも古墳の空洞を鉄で囲っている
守るものが 戦うものとして殺し合う
滅びの永遠が土に葬られている
傍には鉄の剣や 刀や 槍や 鏃が
大量に納められている
棺内の王から武器を手渡された者たちの
ことばは さけび声は 鉄の錆びにこびりついている
チカラというものが
この土のなかに うめられている
その鉄を貫く
鋭い刃は 矢の先は 身を刺す 身を守る
チカラを奪う チカラを守る
鉄と 鉄の衝突 ヨロイの心臓がバクハツする
安らかな眠りではない武器が潜んでいる
埴輪にかこまれ 脅威がつみあがり
古墳のひろがりが固まっている
石から 鉄の強さに
よわい もろいおのれの身がくずれおちている
それを覆うものがつよければつよいほど
それをささえる
チカラが支えられなくなっていく
甲冑の中身 ただの腐敗の錆だけが
手にふれればいまにも崩れていく
空葬がバクハツしていく
そんな音が今でも聞こえてくる
その鉄に囲まれた武装から
わたしの付けていない
ヨロイカブトの空葬がある


刺青
 
佐川亜紀

青い光の刺青
ひと針ひと針
土地に痛みが刺されていく
失われたものの形を 草の形 馬の形
稲の形 乳房の形 尻の形
海にも
ひと針ひと針
傷ついたものの影を 透明なひらがなの内臓を
私たちの罪を焼き付けるように
欲望のとめどない広がりのように
快さと破壊が同じ色を埋め込む
子供の内臓に 骨に朱色を彫りこむ
うめき声もあげずに
崩れ行く都市絵巻を描き続けるのか
縄文の土偶の顔が地層から現れ出た
原始の線だけの文字を空に捧げる
十万年も消えない刺青
そのときに無い言語にも青い光が走っている

内部の伝言が傷ついていく
悲しみの伝言が
なぜ 伝わらなかったのか
焼けた地面に書かれた文字を
読んでいなかった
溶けた爪で書かれた一字 一字
まだα線を発している文字
隠された異国の文字もあった
まだ半ページも読んでいない
読みかけのまま 私たちは走り出した
幻の直線の時間に沿って
腫れた単語のなかで無数の脚が倒れる

インドの行者は全身に経文を彫るというが
今 私たちは身体に黙示録を刻んでいるのだろうか


記憶なんか 
岩佐なを

頭の上で脳をころがしている
頭蓋でおおう過保護時代ではない
もはや頭は擂り鉢型で外にひらけ
その真ん中に脳がおさまり
顎を振って揺らすと
細かい刺激をうけた
脳はまん丸になって〈団子状〉
擂り鉢のなかで回ってる
くるりんくりん回ってる
さてこれをポイッと
記憶再生ダストシュートに
四階から落とす〈隆ちゃんちは最上階〉
シュートは螺旋状にできていて
ありゃりゃこりゃりゃと
(あくまでそんなカンジッ)
渦巻いて脳は落ちて行くでよ
(昭和三十年代はダスターシュートって
ゆってなかったっけっ)
その間にシュート管の内側で落とされた脳の
記憶を勝手無作為に感じとって〈朦朧体〉
よみがえらせる単純な仕組み
データワドーガデハイシンサレマス
昨日分の脳団子からは
さくら幼稚園に通っていた道すがらの
記憶が再生され気持ちよかった
寄り道のため池の蛙の卵で
腕輪〈綺麗紐〉
ぬるぬるのいきもの
おもいおもわれ
なつかしきしやわせ。
毎日脳を丸め捨てて
記憶なんか取り戻す
部分的でもいいじゃない。

詩誌『交野が原』70号(2011年4月) 目次
<詩>
喪失                   一色 真理
また冬が来て              平林 敏彦
ゆめ                  岩佐 なを
雪の泉                 藤田 晴央
基点                  渡辺めぐみ
舌                   北原 千代
ピアノ                 斎藤 恵子
答は空                 高階 杞一
苗字はなんにしよう           犬飼 愛生
欠乏                  有働  薫
浮浪猫一匹               小長谷清実
為体(ていたらく)              宮内 憲夫
いい音がする              島田 陽子
自我の傷口               田中 国男
蝉                   松尾 静明
キジのお母さん             大橋 政人
そしてぼくはカメレオンになる      望月 苑巳


貌                   松岡 政則
むき出しの海の             望月 昶孝
私部(きさべ)の鐵              金堀 則夫
ゆれている               岡島 弘子
樹木人―記憶の空林             溝口  章
微塵                  佐川 亜紀
窓                   田中眞由美
きまり                 美濃 千鶴
(わたしは思い出すだろう)       杉本  徹
弟はmmmmの下             高谷 和幸
われわれ人間は/夢と同じもので織りなされている
                   相沢正一郎
老人秘抄(4編)            八木 幹夫
邂逅                  瀬崎  祐
四つの川に寄せて            古賀 博文
五十七の詩人たち            山田 兼士
《水の声、月の穴―雪の球に。》      海埜今日子
旅の窓から               磯村 英樹

<評論・エッセイ>
    ■鮎川信夫の魂の出発と都市の抒情を歌うアイオーン ―若い世代に向けて―(2) 岡本 勝人
   ■中桐雅夫/「荒地」の源流・神戸モダニズム                  寺田  
   ■極私的詩界紀行7                               冨上 芳秀
     井川博年詩集『平凡』(思潮社)・青山かつ子詩集『野菜のめ
      ぐる日』(水仁舎)・吉田義昭詩集『海の透視図』(洪水企画)
      ・石川厚志詩集『が ないからだ』(土曜美術社出版販売
    ◇骨U                                   八重洋一郎

<郷土エッセイ>

◇かるたウォーク『たわらを歩くH』                     金堀 則夫

<書評>
           齋藤 貢詩集『竜宮岬』思潮社               網谷 厚子
           樋口伸子詩集『ノヴァ・スコティア』石風社         龍  秀美
         苗村吉昭詩集『エメラルド・タブレット』澪標        森  哲弥
         細見和之詩集『家族の午後』澪標               寺田  操
         古賀博文詩集『王墓の春』書肆青樹社            丸山由美子
         宇佐美孝二詩集『ひかる雨が降りそそぐ庭にいて』港の人   横山 徹也
         溝口 章詩集『樹木人』土曜美術社出版販売         武士俣勝司
         高垣憲正詩集『春の謎』土曜美術社出版販売         苗村 吉昭
         佐々木洋一詩集『ここ、あそこ』土曜美術社出版販売     西田  朋
           高貝弘也詩集『露光』書肆山田・『露地の花』思潮社      ブリングル

                                      編集後記
                   
《表紙デザイン・大藪直美》

詩誌『交野が原』 第70号から  詩作品6編紹介


ピアノ
 斎藤恵子

わたしのことをきらっていると思いました
こわいかおをしてわたしをちらりと見るや
目をそらすのです

なぜかその女のひとが
わたしのいえにいました

わたしは苦手だったのですが
にこにこしてあいさつしました
 あそびにきてね
女のひとは言いましたが
もちろん行くことはないと思いました

外をあるいていると
女のひとがバイクに乗っていました
小屋のような大きな荷物を引いています
 案外かるいのよ
黒い布カバーの中から光るピアノが見えました
外側だけかもしれません
わたしのピアノのような気がします
もういらないと言ったのかもしれません
心にないことを言うのです わたしは

バイクをとめていえに誘ってくれました
一間のせまい部屋でした
奥のサッシの向こうに
ブロック塀が迫りツタが這っていました
ピアノを置いてすわったら
ドアがしまらなくて開けておきました
風が道から吹いてきます

紅茶をいただいていたら
ひとりでに鍵盤が鳴りました
はぐれた子が跳ねているのでしょう
女のひとはビールを飲みはじめました
わたしは紅茶のお代わりをしました
女のひとは声をあげ笑いました
泣きたくないからだと思いました


  松尾静明

木を登っていくのは蝉だ
七日間ばかりの木である

七日間ばかりの世間の目だ
七日間ばかりの風の耳だ
七日間ばかりの苦い口だ
七日間ばかりの乾く皮膚だ
七日間ばかりの虫の息だ

木を登っていくのは蝉だ
何を褒められたかは覚えていないけれど
褒めた者の名は覚えている
何を(くさ)されたかは覚えているし
腐した者の名は覚えている

木を登っていくのは蝉だ
ゆっくりと落下するための(よじ)れた時間を
ながい不在のための距離を

木を登っていくのは蝉だ
木は生まれたところにあった木で 選べない木で
それでもほかの木を知らないから
はやし・装束なしにシテ(主役)ひとりで
仕舞まで

木を落ちるのは
もう 箱と名付けてもいいし
ハサミでもいいし 詩でもいい


むき出しの海の
 
望月昶孝

むき出しの海の
その隣によりかかる
むき出しの大地だったところ
拾った貝は
むかし海の中にあった
長距離の長時間
どこにも行けない
石になった腐った飯の塊
の中に泳ぐ二枚貝のように
それが
私だ
たましいは腹の中に
大事に仕舞い
落とさなかった
たとえ
外側がぼろぼろになってしまっても
中身はあるのさ
たとえ餌食になってしまっても
断層を取り壊されても
貝たちは
生きているのさ
たくさんのかぞえられぬ
私たちよ
むき出しの海は
遠ざかるとも
記憶は消えることがない
太古から平成の世までも
何かを穢して生きた記憶は
永遠にさびしい刻印を持つ
多分太陽よりも熱く狂い
そうして
蒸発するまえに
得体の知れぬものが
拾うのだ
私たちがしたように

見られるために
折り重なっていよう


私部
(きさべ)の鐵 
金堀則夫

産鉄のないこの地
もののべのモノが稲作をはじめる
土を耕し 開墾して行く
木製でない新しい鉄器の鋤 鍬 ・・・
鋭利に土を掘り起こし
みるみるうちに田をつくっていく
天の川に沿って水田ができていく
一番良い田には
后(きさき)のための稲づくり
私部(きさいべ)がモノをつかって働いている
きさき〉は〈〉 〈〉は〈きさき
イネを抱える〈〉は〈きさき
きさき〉の私有民 屯倉(みやけ)にコメを積み上げる
田を耕やす その手にしたモノは
遠く海からもってきた 鉄の素材・鉄てい
鍛冶工房が 倭鍛冶も 韓鍛冶も 羽口からの風
炉の火が燃え滾る 鉄の打つ音が鳴り響く
もののべのモノは 鎌をつくり 鍬をつくる
ものをつくる ものをもつ ものがひとをうごかす
ものをおさえ ひとをおさえ 抱え込む
ものをもってひとをうごかす
ものを貸し与え はたらかせる
ものをおさめるものは
ものによって おのれのちからをあらわす
古墳に葬るお棺の側にある副槨に
大量の鉄器が われ王なりとモノが誇示している
武器のその下に 出てくる 出てくる鋤、鍬、鎌の
 農具

刀子、鑿、斧の建具も出てくる
わたしのものにするため はたらくもの たたかう
 もの

もののモノを手にするもののべは
もののふとなって
ものとひとをたばねて抱えている
モノの力を失ったもののべ この地から消滅していく
わたしの前にある田は干上がる
手足となる最新の農機具のないものは
からだに鍬や鏃をもちながら
ものにならないモノを失っていく


ゆれている  岡島弘子

うごきをとめてもゆれている
鏡の中の私がゆれている
鏡そのものがゆれている
鏡台がゆれている
鏡台にふれた私の腕がふるえているのだ

鏡台をおさえてもゆれている
私の瞳の中の水がゆれるのだ
水滴の中のいのちのねもとがゆらしているのだ
ふるえてゆれて
甲州のやまなみを越えて
さざなみたつ
風にゆれるサトイモの葉の上で みずたまもおどる
畑がなみうつ 甲州街道がしんどうする
県有林がきしむ
盆地を抱いた山梨県という巨大な
すりばちがずれる
富士山が火山微動する

日本列島がしゃっくりする
世界地図をはみだして みぶるいする
地球儀がゆれる
地球そのものが宇宙交響曲のリズムを踏みはずして
たたらをふむ (地球のスペアはないのに)

ゆれる私のひたいにばさりとかかる髪の束は
いつのまにか羽根の束に変わっている
私は羽根という羽根をいっぱいにひろげて
空を飛んでいる
大地ははるか下でかたむく
さらにたかみをめざして
ゆれているのは 私自身だ


きまり  美濃千鶴

靴のひもを結ぶ
歩くために結ぶ
自分の時間を探すために
新しい天地を手に入れるために
私に靴を
縛りつける

解けてはいけない
靴のひもは解けてはいけない
解ければだらりとのびた答えに
足を取られるから
自分の靴ひもにつまずいたら
やりきれなさに
きっと心が折れてしまうから

私が私からはぐれて
迷子にならないように

(自由は拘束によって得られるという
 存在の逆説)

靴のひもはしっかりと結ぶ

詩誌『交野が原』69号(2010年9月) 目次


誰かが、空を              小長谷清実
梛の木の下で             新井 豊美
世界がかわる 世界をかえる      岡島 弘子
血と星                杉本  徹
沢小車の葉の上に           溝口  章
無縁ぼとけ              宮内 憲夫
つまらない詩―ぼくの現代詩作宣言   金井 雄二
やわらかい惨事            望月 苑巳
標的                 渡辺めぐみ
抱擁1                八木 幹夫
波紋                 瀬崎  祐
牛の子ではない            犬飼 愛生
現れた もの             田中眞由美
あしたの春              有働  薫
黄色い犬               山本 博道
歌声                 藤田 晴央
朝                  山本 純子
「く」の字の裏側           大橋 政人
心臓                 古賀 博文


色味                  
片岡 直子
造影                  佐川 亜紀
河骨川                 高田 太郎
一口 その二              金堀 則夫
雪                   松尾 静明
日本の軒下                田中 国男
跳躍                  美濃 千鶴
塔                   北原 千代
手                   斎藤 恵子
道の終わり               田中 庸介
穴                    一色 真理
あさっての秋              望月 昶孝
(シイッ、静かに……)         相沢正一郎
ズック DE ズックリ          島田 陽子
霧社                  松岡 政則
群集の発見               山田 兼士
黒札                  岩佐 なを
《土塀と話す》             海埜今日子
いごっそう               小松 弘愛

評論・エッセイ
      ■美しき喪失/西條八十                       寺田  
    ■鮎川信夫の魂の出発と都市の抒情を歌うアイオーン           岡本 勝人
          ◇骨                             八重洋一郎
    ■極私的詩界紀行6                         冨上 芳秀
        紫圭子詩集・八重洋一郎詩集・相沢正一郎詩集

郷土エッセイ
         ◇かるたウォーク『たわらを歩くG』             金堀 則夫

書評
      須永紀子詩集『空の庭、時の径』書肆山田            宮尾 節子
        有働 薫詩集『幻影の足』思潮社                中本 道代
        神尾和寿詩集『地上のメニュー』砂子屋書房            渡辺めぐみ
        相沢正一郎詩集『テーブルの上のひつじ雲
              テーブルの下のミルクティーという名の犬』書肆山田  山本 博道
        紫 圭子詩集『閾、奥三河の花祭』思潮社            小松 弘愛
        渡辺めぐみ詩集『内在地』思潮社                瀬崎  祐
        武部治代詩集『鳥は靴を履かない』砂子屋書房          苗村 吉昭
        中原道夫詩集『ほのほのと百四十歳』北溟社           船木 倶子
        岡 隆夫詩集『川曲の漁り』砂子屋書房             くにさだきみ
        山田兼士著『谷川俊太郎の詩学』思潮社『詩の現在を読む』澪標  安川 奈緒

《子ども詩広場》
   第三十三回小・中・高校生の詩賞―「交野が原賞」作品発表   交野が原賞選考委員会
                                     編集後記
                        《表紙デザイン・大藪直美》

詩誌『交野が原』 第69号から  詩作品6編紹介


梛の木の下で
 新井豊美

わたしは内側にいた
閉ざされているそこは
にんげんの声でいっぱいで 息苦しかった
だれもが自分の声に夢中で聞き入っていたので
他の何かをいれるスキマがなかった
木の声を聞くためには
カケラになり カラッポになり
無になるまで内側から開いてゆかねばならない
の木の下に入ると
重なる葉群れの間から 昼の空に
またたいている星が見えた
天体の運行を感じるためには 木の下で
目と耳をさらに澄ませればよい
神の手が激しく打ち合わされている 彼方では
いまもあたらしい星々が無数に誕生している
と、億万キロを旅して帰還した使者ハヤブサが告げた
白い石が積まれた太古の河原に
クマノ川はかがやく蛇体を横たえていた
一滴の水 ひとつの言葉から始まる
いのちの始まりから 終わりまでの長い物語りを
川は語りつづけている
驟雨があがって 梛の木は
うすあかるい葉群れから 言葉を
地上にふり落とした
木の下に立ってわたしは
あまい滴を唇で受けた


無縁ぼとけ 
宮内憲夫

俺を めがけて吹いて来るのは
生まれ立てでも 必ず
幅員減少の向かい風だ
左右の揺れを伴う
右に此岸 左に彼岸
戸籍のない風に翻弄され
二川白道に さ迷う

もともと 入口なんて物なんか
無意識の魯板 一枚
貧困と屈辱を垂れ流しの
証しなんて不要
俺は 俺だけの謎だ
責任の父母はあの世に居て
出口は 何処にも無い

(うた)を 忘れたカナリヤに成って
止まり木 一本ない
現代詩は 現在死?
そんな成振りの着流しには
角帯代わりに 荒縄
夕陽の忘れ物は
引き取り手が無いままで

看取り図のない 死人が独り
幅員減少の向かい風に
奥歯かみ締め ペタルを踏む


標的
 渡辺めぐみ

まとうものもなく
光は流れ出していた
青春の悲しい碑をブンブンと行き交う
影の影である虫の羽音が
光に恐ろしい曳航を求めた
――夜が荷を下ろす前に 仕留めるのだ

顔面の半分を憂愁が覆い
あばら骨が惑いに鳴った
ジェンダーを売り渡すもよし
自死もよし
だが
それよりも恐ろしい行為のひずみが求められた
太陽光の透過率九十五パーセントのアイグラスが
何ごともなく機能した

生の錘がはずれ
今も光の流出が続く
存在を侮った者は罰を受ける
ナウマン象の骨の後光が定めたことかもしれなかった
断種の痛みに虫たちが乱舞する

――だめだったのか?
――だめだった
――もうゆくのか?
――もうゆく
虫たちが短い言葉を交わす

標的を免れた者が一人いた
わざとはずされたのだった
それが獄の涙と呼ばれる現象だ

明日の朝盛夏の最中に
冬が燃え上がるだろう
パチパチと
パチパチと
黒い煙を上げて燃え上がるだろう


牛の子ではない 
犬飼愛生

牛の子ではないから
人間は人間のお乳で育ててほしいの
牛のような助産師が そう言ったのだ

雲ひとつない空が 真っ青な
月曜日だった
目も開かぬうちに
私の胸に乗せられた子
たったいま、この世に生まれた子が
ちう、と吸った
私ははじめて 自分の体内から
乳が湧くのを見た

乳を作るのは血
牛の母ではないから
食べ物には苦労がある
(草だけ食べていればよいわけではない)
乳のまずい日は 子どもが泣く
子どもが泣くので 母も泣く
母の乳房は牛の乳房のように腫れ
過剰生産された乳はボウルに絞って 捨てる
びゅう びゅう 乳搾りをする 夜ふけ

しわしわだった子の皮膚は
日増しにうるおいに満ちて
生命力を全身にまとって
子は泣く 笑う 眠る
眠りながらも乳を求めるので
私は牛のように横になりながら
乳を吸わせる

私の乳だけで ここまで育った
歯が生えた、髪も伸びた
よつんばいになった子の
手が もうすぐ
一歩でる


一口
その二 金堀則夫

宇治川から
かつては湖といわれていた池へ
そして淀川へと流れていた
一つの排水口を一口〈いもあらい〉という
イモは疱瘡で その水で清めていた
琵琶湖からくる洗浄の水を
秀吉が伏見城に宇治川を引水する
太閤堤を構築する
城を築く取り巻きの武士たちは
あたかも 武士のようにおのれの刀で
おのれをふるまい 気勢をあげる
一口に 正しさの理屈をつける先導の輩が
みんなをなびかせる
ながれをひっぱっていくおのれの水運に
追随のウジ側は 城づくりに流されていく
置かれている立場で何も言えず
洗浄する一口もない
一口から迂回する宇治川
おまえのもつ刀はにせものか
にせものが にせものの虚勢に運ばれ淀んでいく
巨椋池は 宇治からの水はなく
どんどん沼になり 泥は深まる
病虫害の発生源となり 益なしと埋められていく
イモあらいの口はなくなり 淀んだ水は流れない
もうイモあらいではない
イモが レンコンになっていく
泥になりながら 霊魂をあらう
レンコンあらいのレイコンあらい
巨椋の蓮となって生産している
浄土となってハスの花が咲いている
おのが力でひっぱっていっても
のこるのは われはという力ではない
刀のぬき方が 使い方があやまっている
のこるのは城の聳えることではない
そこにあるおもいは ひっぱられていたものも
外から城に見えるが もう城ではない
武士というふるまいもすでに崩れている


  一色真理

久しぶりに腕を通したセーターに
大きな大きな穴があいています
そんなに驚かないでください
気づかない間に虫に食われたのです

あなたはあたしを
太い腕で抱きしめてくれました
その間にも穴は少しずつ
大きくなっているのを知らずに

あの夜 窓の外で
何かが降り出す音がしました
それは寝室の屋根に当たり 跳ね返り
雨樋をつたい 川縁からあふれだし
やがて地面をおおいつくしていった

ぽつり ぽつり ……
締めきれなかった水道の蛇口から
今夜も水滴のかたちをした虫たちが
一匹ずつ落ちてくる音がして
あたしは朝まで眠れませんでした

水びたしになって
あたしが脱ぎ捨てた
真っ赤なセーター!

悲鳴を上げないで
ちゃんと見つめてください

あなたの目の前にいるのは
もう赤いセーターを着た
女の子ではありません

大きな大きな
血みどろの穴です

詩誌『交野が原』68号(2010年4月) 目次
《詩》
 月                   八重洋一郎
 藤椅子に座るひと         八木 幹夫
 砂塔               瀬崎  祐
 伊達邵(イーターサオ)          松岡 政則
 ベンガルの少年の微笑みと     白井 知子
 船日               斎藤 恵子
 クイズ。             中島 悦子
 イド(id)           一色 真理
 どうぶつのかたちをした磁石で
 冷蔵庫に留められている二、三のメモ相沢正一郎
 額縁のない絵画          宮内 憲夫
 長野隆のもう一つの墓       山田 兼士
 わざ               岩佐 なを
 少年の橋             藤田 晴央
 老犬たちの後ろから        大橋 政人
  緑の中で             高階 杞一
 聖徒たちの足           森田  進
 邪魔               望月 昶孝


 定点              渡辺めぐみ

 聖夜のカノン          川中子義勝
 樹木人―未来への釈明        溝口  章
 ひこばえ            金堀 則夫
 枯葉              北畑 光男
 ライマン・アルファの森     佐川 亜紀
 望月まで            北原 千代
 黄の花は               田中 郁子
 選ばれて            田中眞由美
 風邪の華            岡島 弘子
 ウッドストック         片岡 直子
 難民              松尾 静明
 スーパーマンの孤独       望月 苑巳
 弔               山本十四尾
 ゲーム             美濃 千鶴
 結婚写真            古賀 博文
 水都              犬飼 愛生
 《へのへのもへ字》       海埜今日子

評論・エッセイ
  ■梶井基次郎のモダン都市観察―崖上の感情・崖下の感情         寺田   
 詩を書くひとたちへの贈り物 高橋英夫著『母なるもの―近代文学と音楽の場所』      岡本 勝人
 ■昭和初頭の詩の同人誌の一断面                    季村 敏夫

 ■極私的詩界紀行5                           冨上 芳秀
  山本博道詩集・以倉紘平詩集・北川朱実詩集・松岡政則詩集
   長嶋南子詩集・山田兼士詩集・金堀則夫詩集・山本十四尾詩集
   小松弘愛詩集・吉井淑詩集

郷土エッセイ
 ◇かるたウォーク『たわらを歩くF』          金堀 則夫

書評
 清岳こう詩集『風ふけば風』砂子屋書房         原田 道子
 海埜今日子詩集『セボネキコウ』砂子屋書房       新延  拳
 大井康暢詩集『遠く呼ぶ声』砂子屋書房           田中 国男
 山本楡美子詩集『森へ行く道』書肆山田         須永 紀子
 田原詩集『石の記憶』思潮社              宇佐美孝二
 北川朱実詩集『電話ボックスに降る雨』思潮社      谷内 修三
 山田兼士詩集『微光と煙』思潮社            細見 和之
  伊藤芳博詩集『誰もやってこない』ふたば工房      苗村 吉昭
 柴田三吉詩集『非、あるいは』ジャンクション・ハーベスト  上手  宰
 山本十四尾詩集『女将』コールサック社         横田 英子
 杉山平一著『巡航船』編集工房ノア           國中  治
 季村敏夫著『山上の蜘蛛』みずのは出版         時里 二郎

                            編集後記
                  《表紙デザイン・大藪直美》

詩誌『交野が原』 第68号から  詩作品6編紹介


八木幹夫


籐椅子に座るひと

いつだったのだろう
どこだったのだろう
ふかくねむって
めがさめた
うみのおとがした
むすめたちは
ねむっている
つきのひかりがカーテンのすきまから
さしこんで
まどぎわの籐椅子に
あのひとがすわっている
こどもからはなれ
おっとからはなれ
ひとりのおんなからはなれ
そこにいる
(ああ いまこえをかけてはいけない)
よるのうみ
つきのひかり
なにかみえないかべがある

いつだったのだろう
どこだったのだろう
ふかくねむって
めがさめた
むすめたちはたびだち
わたしはわたしにもどって
うみのおと
つきのひかり
なにかみえないかべのそと
あのひとは
まどぎわの籐椅子に
ずっとすわって
だまっている


ライマン・アルファの森
  佐川亜紀

光の枝 宇宙の星の森
見えない言葉が炎をあげる
言葉になる前の 感じやすい裸芽
暗黒から生まれた原始銀河
紐のように踊る樹 泡立つ雲の子宮
弾ける時間の弦

私の体の中のライマン・アルファの森
ほんの入り口しか探せなかった森
死と生がよじれる白い風
星の森と 地の森と 一人の森と
行き来する綿毛のようなもの

精巧なロボットに
武器ロボットにも
官能を潜ませたいのは
からむ紐の罠

ライマン・アルファの無言と
響き合うのは 瓦礫の下の無言
星の重さと 人間の重さを 重ねて
押しつぶされた ぐちゃぐちゃな声
あるふぁ米のように消化され
ますます軽くなった世界が重すぎて

α β γ δ
ガンマ線が突き刺す 蟹座
デルタの深み 満潮の引力は声の果てまで

アルファ つねに未知なる天賦の宇宙
貼付され 散りばめられる人間の廃棄物
添付された人間 送受信エラーがまたたき
名前を付けないと保存できないもの
名前からはみ出すアルファ


ひこばえ 
金堀則夫

山がきえて
新しい土が目ざめる
ユンボの長い手が
草の生える前の土を動かしている
ここから 見えなかった山が
遠くにあらわれている
木々のはがされた山神は
あの遠くの山に隠れる
土は囲われて 地になる
地になって 生える力がある
そんな広大な土地に
ぽつんと一本の大木がのこされている
広い更地に太い老木が立っている
山の鬼が こん棒をもって
ユンボを睨んでいる
奇怪な老木
なぜひきぬかぬ
なぜ炎となって昇天させない
もうすでに枯れ木ではないか
その太い幹から
細い枝が数本葉をつけてのびている
枯れ木に生える枝は
ここだ ここだと
いっぱい手をのばしている
生える手がのびている
開発が家屋で 道路で土を閉じ込める
土と木のいのちは
子孫へとつながっている
もう もとの森の木には還らない
先祖からの枝葉は生えている
わたしも曾孫の末節になるが
そのわたしの曾孫は
生まれ変わることなく断ち切れる
この広大なさら地に老木の遺すのは
わたしがここにいるのは
片隅のわずかにのこる木々に囲まれた
朽ちた(やしろ)にたずねるしかない


望月まで  北原千代

波を抱いてわたしは
いちにちじゅう宥めていた
帰らないというのである

波はときおり
横腹にしわを寄せ
わたしの腕のなかで様相を変えた
じぶんのなかの自然を
たしかめるように

生まれもつ翳りの石に触れたので
波は高ぶった
瑠璃色の激情をぶつけ
わたしを逆さまにした

うしろからわたしはひらかれた
砕けませんか
まだ砕けはしませんか
あぶくが背をかけのぼる

わたしの窪んだ背のなかで
波もまた呻いている
何に苛まれているというのだろう
来た道を覚えているが
帰るところはないという

背中で波をあやす
後ろ手に縛られ見仰ぐと
逆さ弓の月は
しろい水を湛え
中天になんと高くあることか

わたしは眉をゆるめ
月の浜の入江になる
骨の鳴る音がし
砂はなだれて光っている


渡辺めぐみ


定点

光が幾筋にも折れて
森の揺曳を司る
風の飛行を
鳥族だけが待っていた

放たれればいつかは墜ちる
それが怖ければ留まるべきなのだ
時は生あるものすべての中にあり
外在するものではない

物憂げに石が囁く
様々な無念と祈りを呑み込んで
石は大抵眠っていた

その石を
墓石と呼ぶことを知らない子供が
空を遊んでいる
千切れ雲さえ浮かんでいない
突き抜けるような空を
静かに瞳で遊んでいる

春はまだ青く
空の先に凍っていた


ゲーム  美濃千鶴

わたしがりんごであなたがみかん
隅に置けないあの子はメロン
喰えない洋ナシ 酸っぱいキウイ
現実以上のリアルと
空想未満のファンタジー
フルーツバスケットがまわりだす

呼ばれたら立ち上がる それが
りんごがりんごである証明
(わたしの芯には 虫が一匹)
ブドウがブドウである証拠
(落とした一粒 バナナが食べた)
秘密を抱えてくだものたちは
くだものであることに懸命だ
けれど円く並んだ椅子は
必ずひとつ足りなくて

傷つけば傷む
傷めば腐る
皮一枚下の腐食を
見ないように 見せないように
血を吐くような歓声で
悲鳴を消して

(わたしの芯には 虫が一匹)

その虫がりんごを食い破り
太陽に身を晒して
風に向かう羽を得たとき

それが
すべてのゲームの終わりだ

詩誌『交野が原』67号(2009年10月) 目次


収穫                 一色 真理
見送っている日         小長谷清実
またね。            岩佐 なを
星               松尾 静明
日はふるふる…         平林 敏彦
容器              佐川 亜紀
かわら             八木 幹夫
葦の川を            北原 千代
小舟の女            斎藤 恵子
茶碗 飯碗 〜うつわ・2日目〜 片岡 直子
ブランコのように        松下 育男
夜の駅             藤田 晴央
駅にて             岡島 弘子
電車と高原           高階 杞一
花環              犬飼 愛生
手紙              相沢正一郎
卒業              美濃 千鶴


級長              大橋 政人

値札(タグ)なしの一日        宮内 憲夫
(あはなち)            金堀 則夫
雑草              田中 国男
組みかえる           田中眞由美
みんなのカムイ         松岡 政則
市場にて             瀬崎  祐
樹木人―小さなけむり         溝口  章
初陣              渡辺めぐみ
舞踏への勧誘          望月 昶孝
月の魚             有働  薫
日の名残り             望月 苑巳
秋               山本 純子
母よ              斉藤なつみ
あすなろう           島田 陽子
眼前に             森田  進
幸せ              古賀 博文

評論・エッセイ
■特集《金堀則夫詩集『神出来(かんでら)』の世界》
   ☆天と地の契り                谷内 修三
   ☆カンデラに照らされ、場所が明日に降り注ぐ  海埜今日子
   ☆詩的磁場としての〈土地の名・名〉      山田 兼士
   ☆姓と地名の坩堝から             中西 弘貴

■四つの詩的な四重奏曲U               岡本 勝人
■梶井基次郎のモダン都市観察―脆い冬の陽ざし     寺田   

■極私的詩界紀行4                   冨上 芳秀
 河津聖恵詩集『新鹿』・金田弘詩集『虎擲龍拏』
 嵯峨恵子詩集『私の男』・池田實詩集『暁暗のトロイメライ』
 高山利三郎詩集『馬』

郷土エッセイ
  ◇かるたウォーク『たわらを歩くE』        金堀 則夫

書評
築山登美夫詩集『悪い神』七月堂            吉田  裕
高木秋尾詩集『あかりすい』ワニ・プロダクション    北畑 光男
嵯峨恵子詩集『私の男』思潮社               國峰 照子
山田兼士著『百年のフランス詩』澪標          苗村 吉昭

《子どもの詩広場》
第三十二回小・中・高校生の詩賞「交野が原賞」作品発表  交野が原賞選考委員会
  ◇特別寄稿―五十三年後再び・・・《坊領遺跡》    山内 翔平
          
                                            編集後記
               《表紙デザイン・大藪直美》

詩誌『交野が原』 第67号から  詩作品6編紹介


八木幹夫


かわら

真っ赤な夕陽をみた
相模川の石ころばかりが
ころがる川原で

真っ赤な夕陽をみた
私の中を流れる
どことも知れない川原で

私は少年だったのだろうか
私は老人だったのだろうか

繰り返し川に向かって
きいてみた
川は横向き 水はどんどん流れていく

どうしてこんなところで
来るはずのないひとを待っているのだろう
どうしてこんな時間に
たったひとりで棒など振り回しているのだろう

夕暮れはまちがいなく
胸を暗くつつみはじめているというのに

真っ赤な夕陽をみた
どことも知れない川原で

帰らなければならないのだが
早く帰ってあやまらなければならないのだが
もう私には叱ってくれる
だれもいない

真っ赤な夕陽をみた
ゆっくりゆっくり沈んでゆく


宮内憲夫


値札(タグ)なしの一日

勝手に犯していく、人類の傲慢が
大地から土の匂いを消してゆく
焦燥は、いつの間にか
足を洗って地に付いているらしいが
だが、この軽い浮遊感は何だろう
気に成る、その事実(こと)
余所行きに着替えさせられて
六十四キロの体重を、内側から
ひゅるひゅると持ち上げて行くのだ

(うぶゆ)上りの青空は、無言の眼差し
あの深みへの黙礼が似合う
柳の下で散歩は一服
キャビン マイルドのドーナツが
肩をくすぐる若葉にプロポーズする
すかさず邪魔が入って
棒で目を突く携帯の、レレレェー
あれれぇー何かが、すっぽりと
芯の底から、抜け落ちている

値札(タグ)の無い、底抜けの軽身こそが
今日一日を、支えているなら
罪と罰のボーダーライン
その垂直線上に浮き上がっている?
こんな始まりの一日だって
地球(あなた)が、文句なしと
言ってくれるか、どうかだが・・・


(あはなち) 金堀則夫

水田は一面雑草に覆われている
農作業をするものはだれもいない
米作りを放棄してしまった
米作りをしなくても
田んぼは放置できない
畦だけは受け継いでいかねばならない
畦の放棄は 神代からのおきて破り
何度も くりかえし 草を刈る
田と田の境界を侵さないように
お互い 草を刈る 生えてきては 草を刈る
草の根は抜いてはならない
根が畦の崩れを防護している
土をのせ 土をかため 草を生やし 草を刈る
水を囲う畦を壊さないように護ってきた
計り知れない年月 幾世代がつながっている
水路を埋めてもならない 樋を壊してもならない
水のながれを わが田の畦で邪魔をしてはならない
耕作するものの畦
狭い畦は道路ではない 耕作同士がまもる道なのだ
稲作の始まる頃から壊してはならない
守りごと やぶれば村を放り出される
田んぼでしてはならないことなど
もう だれも知らない 語らない 時がきた
畦を歩くひとが 犬と散歩するひとが・・・
ここは道ではない と叫べば
若者は だれにむかって言っている
ここを歩いてなにが悪い
若者よ 怒鳴ったわたしが悪かったのか
悪かったらあやまろう すまなかった
もう なにもかも知らなくていい
もう なにもかも変わってしまった
農の 水田の 放置は荒らされていく
畦は注連縄
もう それはとりはずされ 切れてしまった
田は汚されていく 田は遺跡のように埋まっていく
有刺鉄線でも巡らし 逃げるしかない
壊した水田の雑草のなかで
鎌をもつ手は 刈っても 刈っても追いつかない
抜け出せない うらぎりもののわたしは
まだここにいる

藤田晴央

夜の駅

この駅では
多くの人たちが降りて行く
夜のまっただ中なのに
ホームでは
鳥たちがさえずっている
そこはかとない
田んぼの匂い
蛙の鳴き声
森の気配
猿たちの呼び交わす声
右の人も
向かいの人も
いなくなってしまった

お父さん
お母さん
妻よ
子らよ
名前を語れない
大切な人
みんな
どこへ行ったのだろう
こうして一人取り残され
わたしだけが
車両の照明にさらされている
ふいに鳥のさえずりが消え
ドアが閉まり
ぐらりと電車が動き
車輪が回り始める
行き先が
明日であることを祈る
夜のまっただ中である

舞踏への勧誘  望月昶孝

   梅花藻はオフェーリアとぞ夏至の雨(暢孝)

そういう一句があって
「夏至の雨」というフレーズは
不動とも云えず
踊っているのではないか
踊りは早く止めて落ち着かねばならないのに
踊りを要求しているのは誰だ
自分自身ではないか
踊りたい欲望は何故起こるのか

踊りたくなるのは衣装が悪かったり
体付きが垢抜けていなかったり
無闇に相手を求めたり 浮気めいていたり
性格が悪かったり 絶望し過ぎていたり

梅花藻は清らかな流れに白い花を咲かせ
オフェーリアは清楚のままに水に沈み
水に浮き たゆたう

「夏至の雨」は踊り狂って
あたりすべてを水浸しにしてしまう
舞踏への勧誘は
こんな時にはいよいよ強まり
ついに死へと誘うのだ
派手でも地味でもいいから踊ってしまえ
疲れてしまえ 狂ってしまえ
オフェーリアの絶望を抱えたまま 身を細めて
絶えよ 蘇生せよ

   梅花藻はオフェーリアなれ虹立てり

ああ未だ未だ
お前は踊り足りぬ
骨と皮ばかりになっても
お前は身体の最奥で
舞踏への勧誘を聴く

松下育男

ブランコのように

いつから乗っていただろう
はてなくこいで
いたような

いつから乗っていただろう
そらのたかさに
きらわれて

いつから乗っていただろう
どこへもいかない
のりものなんて

いつから乗っていただろう
うまれかわりの
なれのはて

いつから乗っていただろう
みずのちゅうしん
のみほして

いつから乗っていただろう
このよにいまだ
慣れません

いつから乗っていただろう
はてなくこいで
ゆくような

詩誌『交野が原』66号(2009年5月) 目次


禁欲の木                 島田 陽子
「狩り」がえし            岩佐 なを
廃墟を見た日             小長谷清実
「うき世」のはなし          平林 敏彦
錆びついた銃口            田中 国男
父の家                新井 豊美
定規                 佐川 亜紀
句読点                一色 真理
浄夜                 渡辺めぐみ
いつか別れの日のために       高階 杞一
その後で              大橋 政人
だんだん空が            犬飼 愛生
メディア              相沢正一郎
村と村               森田  進
生惚の日              宮内 憲夫


夏至               岡島 弘子

足踏みなど            片岡 直子
行列               瀬崎  祐
響き               北原 千代
飛ぶ鳥、明日香のいのり      八木 幹夫
古都にて              望月 昶孝
樹木人―硝子ごしに庭を眺め        溝口  章
心を森で満たそう         望月 苑巳
藪からたぬき           藤田 晴央
星                金堀 則夫
沖縄の名前            古賀 博文
平溪線老街散歩          松岡 政則
《あさなゆうなに》        海埜今日子
詩とはなにか 『転位のための十篇』との対話  
                 八島 賢太

評論・エッセイ
          ■四つの詩的な四重奏曲T               岡本 勝人
          ■井伏鱒二……「サヨナラ」ダケガ人生ダ        寺田   
              ◇極私的詩界紀行3                冨上 芳秀
              ◇声は鳥のように                鈴木東海子
郷土エッセイ
              ◇かるたウォーク『たわらを歩くD』       金堀 則夫

書評

      岩佐なを詩集『幻帖』書肆山田             谷内 修三
      高貝弘也詩集『子葉音韻』思潮社            風元  正

          中本道代詩集『花と死王』思潮社              有働  薫
          岡島弘子詩集『野川』思潮社              阿部日奈子
          高階杞一詩集『雲の映る道』澪標            松下 育男
          武子和幸詩集『アイソポスの蛙』思潮社         田中眞由美
          御床博実詩集『ふるさと―岩国』思潮社         岡  隆夫
          宇宿一成詩集『光のしっぽ』土曜美術社出版販売     苗村 吉昭
          日原正彦著『ことばたちの揺曳』ふたば工房       草野 信子

                                  編集後記
                  《表紙デザイン・大薮直美》

詩誌『交野が原』 第66号から  詩作品6編紹介

岩佐 なを

「狩り」がえし

「拳狩り」があって
はずされたこぶしは首ケ淵に
みんな放りこまれた
虐げられたこぶしはそれぞれ底で
グッと握ったりパッと開いたり
ゆびをわなわなさせたりしている
クヤシイのさ。
ハズサレてさ。
いつかときが満ちこぶしが解かれて
てのひらになったとき
つぎつぎと握手をもとめあって
そこにまたてのひらがかぶさりかぶさり
うりゃりゃ
どでかいこぶしの団子と化して
淵からとびだしていくのさ。
さんじょう、岩石入道っ。
むかしむかし
「平手狩り」があったときは
ひらては捨てられ田畑のこやしにされた
しかし逆に土の養分をたくわえた
てやゆびは強くたくましく育って
ついには泥をぬぐってとびだして
御代官や御大尽の(初版では*「御××や御××の」)
クビをグシグシ絞めたものだったぎゃあ
ひらて打ちではあまかろう
手首から先だけでも
語るべき歴史があったのさ。
てのひらをゆるく開けば
蓮華にもにているし
爪のはえた指があれば
ヤツラの目はツツケル
遠方で口笛が鳴り狼煙があがり
手だけでなく足も集まる


新井 豊美


父の家

不能を感じるその部屋で
わたしをかなしませる時間が
葉脈の手を伏せて
青桐の葉にしげり成長してゆく
うすい闇をひそませている
微かな心音
衰えた空間がかすかに波打ち
打ち返しよせ返し
老いた皮膚の上を撫でてゆくとき
若い瞳の記憶にのこる戦いに
どんなおびえや
怖れがあったのか
終りの来ない夢を受けて
葉むれの中で紫に色づいてゆく桐の花房が
和音のおだやかさで匂いを放ち
固体が美しい最終の生を
ひたすらに開いている
とどかないものにただ見いる
横顔にはなやいだ時代の影があり
そこから咳き込む大地が
錆びた船のように引かれ
とおざかってゆく
「どこへ」
答えが聴けなくても
そう問いたいのだ

高階 杞一

いつか別れの日のために

もし僕が死んだら
君はどうするんだろうね
食べるものもなくなって
水ももらえずに
僕のそばに寄り添って
ずっと僕の目の覚めるのを待っている?
でもね
待ってなんかいなくてもいいんだよ
死んだらね
もう二度と目が覚めないんだから
いくらペロペロしたってだめなんだから
死んだらどうなるか
まだ死んだことのない僕にもよく分からないけれど
たぶん君のペロペロぐらいでは
生き返らないと思うんだ
だから
もし僕が死んだら
君は君で好きなところへ行って
いよいよもうだめだと思う日まで
がんばって生きてください
食べるものも
水も
もうあげることができなくなって
申し訳ないけれど
もし僕が
明日突然死んだとしても
ペロペロなんかせず
(一度ぐらいはしてもいいけれど)
誰かのやがてあけるだろう扉から
そっと外へ出て
ひとりで歩きはじめてください
ふりむいて
さよなら なんて言わずにね

犬飼 愛生

だんだん空が

だんだん空が
見えなくなっていく
ものすごいスピードで

トンカン、トンカン
ガガガガガ

ベランダから
大きな川が見え
いくつかの船が
通って行った
中には
外国船もあった

今は
船も見えない

マンションが
一段できあがると
白い目隠しが空に伸びる
パテで心が
塗られていくように

空が埋まっていく

前のことは忘れてしまった
ひどいことを言ったのかも知れない
ただもう
届いてはいかない

寒いから
こっちへお入りと
室内から言う人がいて
私はくるりと翻り
空が消えて行く音を
背中で閉じる

北原 千代

響き

巌山に四方を囲われ
村は沈没した石函のよう
買い物かごを下げたひと
羽根つきのフェルト帽をかぶったひと
みんなしずかに
函の底を撫で歩いている
市場に積まれた野菜と肉とチーズ
石畳を漂う会話と匂い

旅の鞄ひとつ提げ
壊れた鳥のよう
大きすぎる靴を蹴って歩む
わたしは堕ちたのだ

路地の奥にバイオリン工房の窓があり
やせた職人が赤いニスの楽器をほのかな陽にかざしている
地底深く根をはるトウヒが水を吸う
息づかいに似てニスは湿り気をおび
なだらかにふくらむ胴体に開いたふたつのf字孔から光の粉がため息のように洩れる

巌山がすぐ後ろに迫るみやげもの屋で
店主の口元が訝った
何度言ったらわかるかね うちは靴屋じゃないよ

午後四時を知らせる壁一面の郭公時計
飛び出た郭公がいっせいに巌山めがけ羽ばたく

鐘楼の鳥もいま広場から発つ
おりかさなって村じゅうの鐘楼の鳥が
石函からすべての鳥が片翼のも病んだのも鳴きながら高みに激しく身を投じて

ふるえながら石函が傾く

    金堀 則夫

水の流れが少なく
山上から見れば 白砂が蛇行している
大蛇が巻き込んだものが光っている
モノノベがこの川を上ってきた
天の川
元禄の旅人は 石ころだらけの流れを
星にみたてた
あのモノノベはどこへ行った
鉄穴(かな)山は崩れたのか
磐船が 哮が峰が 大岩が
多くのお社の祭神が
ニギハヤヒノミコトから 住吉四神となり
モノノベはいつのまにか 消えていた
星が 石となって流れている
わたしは素足になって天の川に入る
石ころは 足裏にくっついてくる
わたしの足裏にある磁石が
血となってくっついてくる
くっついてくるのは石ではない
誰かによって摩り替えられた
石と石の硲にある 川底の砂なのだ
川砂鉄が星なのだ 
星は限りなく堆積している
わたしの足裏にある石に隠されてはならない
鉄穴(かんな)流しで 今生きる わたしを
掬い上げるのだ
お前の子孫として遺していける
これが星とのつながり
さあ掬おう
この藤の蔓で編んだ〈ざる〉で採りだそう
川底から
それがお前とのつながり
忘れ去られた磁石が 一瞬蘇る
そして砂から消えていく。
石ころだけが
天の光りを浴びている

詩誌『交野が原』65号(2008年10月) 目次


在って在る              森田  進
犬の声             杉山 平一
立ちつくす日          小長谷清実
狐               高貝 弘也
ドロボー            佐々木洋一
私鉄駅から           平林 敏彦
物売り             三井 葉子
口…巾(くちはば)         岩佐 なを
はじめのおわり         一色 真理
未来の期限           宮内 憲夫
とびら             片岡 直子
短い首             望月 昶孝
大事な秘密           大橋 政人
ぬばたまの夢枕詞唄(連作の一部)白妙のころも 
                八木 幹夫

つまさきだちで         島田 陽子
火星人のえくぼ         望月 苑巳
樹木人―降臨の場        溝口  章


転写(コピー)               田中眞由美
もうすぐバスがくる         岡島 弘子
雨の指               佐川 亜紀
ひかる石              松岡 政則
星鉄                金堀 則夫
水風船               川中子義勝
鳩の血                 北原 千代
夢の工事                 高階 杞一
初夏に降る雪            藤田 晴央
抜歯                田中 国男
過程                美濃 千鶴
言葉より先に            岡野絵里子
当たり前のこと           古賀 博文
刑期                渡辺めぐみ
遠い百合への旅 追悼・小川国夫      八島 賢太
『オレステイア三部作』あるいは読書の愉しみ
                 相沢正一郎

評論・エッセイ
   ■安西冬衛……内部立体の世界へ             寺田  操
   ■城戸朱理と東北盛岡―『戦後詩を滅ぼすために』によせてー        岡本 勝人
      ◆―追悼―社会悪告発の闘士・浜田知章の死       長津功三良
    ◆極私的詩界紀行2                   冨上 芳秀
     *『沈黙の春』と小鳥                吉田 義昭
     *「あんみつ」小論                 新井 高子
郷土エッセイU
     ◇かるたウォーク『たわらを歩くC』         金堀 則夫
書評
   三井葉子句まじり詩集『花』深夜叢書社         谷内 修三
   現代詩人文庫9『原口道子詩集』砂子屋書房版      清岳 こう
   北沢栄・紫圭子連詩『ナショナル・セキュリティ』思潮社   原口 道子
   吉田義昭詩集『北半球』書肆山田            八重洋一郎
   大橋政人詩集『歯をみがく人たち』ノイエス朝日     高橋 英司
   冨上芳秀詩集『言霊料理』詩遊社            愛敬 浩一
   武士俣勝司詩集『野が放つ』詩誌「PF」出版      溝口  章
   石下典子詩集『神の指紋』コールサック社        苗村 吉昭
    御庄博実・石川逸子共著『ぼくは小さな灰になって…。』西田書店     北岡 淳子
子どもの詩広場
    第三十一回小・中・高校生の詩賞「交野が原賞」作品発表       交野が原賞選考委員会
                              編集後記
                                 《表紙デザイン・大薮 直美》

詩誌『交野が原』 第65号から  詩作品6編紹介



杉山 平一

 犬の声

ゆめさませと叫ぶ にわとりや
泥棒がきたぞと吠える犬は
日常生活のシンボルでもあって
朔太郎のオノマトペア
「とおてくう とおあーる」まで生んだが

沖縄から手伝いにきた娘さんが
庭にいる犬を見て あれは
いつごろ喰べるんですか、といゝ
家族をギョッとさせたが

彼は空襲警報のサイレンが鳴ると
とび出して、その声に応えるように
天を仰いで遠吠えをしたものだった
誰かを呼んでいたのかもしれない

姫路の詩人 沖塩哲也さんは
斥候に出た真夜中、
虫の(ね)ひとつしない無人の
深い闇の奥から とつぜん
犬が一声二声吠えた
その瞬間のゾーッとした恐怖のふるえを
いまも忘れない と語った

いまや遠ざかりつゝある
生きものたちの声

 立ちつくす日  小長谷清実

崩れかけたレンガ塀の上を

過度に肥ったネコが歩いている
喘ぎ喘ぎ歩いていく
昼下がりの風 なまぬるく
かれの足にまとわり
まとわりついて
その足どりのけだるさたるや
わたしの過ぎてきた日々の
その息づかいに
呼応しているかのようであり
(だからと言って、次行を)
それからネコは
崩れかけた世界のはずれまで来て
少し思案し 跳躍 落下
夏草繁る空き地の中へ
(などと続けて終わりにしても
はじまらない、か?)

崩れかけた何かの
はずれ近くまで来てためらい
ためらい立ちどまる
過度の肥満で 今は
もう戻ることは不可能か
この肥満は
衰弱を続けてきた何かの
その衰弱を
むさぼり喰らい続けてきたせいか
びっしりの衰弱で
ぱんぱんに膨れあがった
ネコよ わたしよ 世界よ
その妄想 追いやれず
ぶつぶつ呟き 立ちつくす
(次行だって、
いつまでもあるわけじゃ
ないし、な?)


三井 葉子

 物売り

そこだけ
かたくなに忘れて思い出せない

名詞のまわりはけしきも手ぶりも 用事さえ
わかっているのに

名詞だけが拒んでいる

見ないでよって
見せないよ って

知りたい中心を見せないクセがいまごろ出るんだろ

見たくて知りたくて熾烈に立ちあがるあの立葵の
青い青い匂い
あかむらさきのよだれる


を ひたと伏せているもの

何と言ったかねえ
あ あの京の北から物売りにくる
はな いらんかえ と売りにくる
絣前垂れのおんなのこと。


 大事な秘密 大橋 政人
花は
見ていると
大きくならない

じっと目をこらしても
少しも動かない

昔の遊びの
ダルマさんが転んだみたい
振り向いたときには
みんな、じっとしている

大きくなってきた痕跡もないし
大きくなっていくそぶりも見えない

大きくなるところは
いちばん大事な秘密だから
見せないようにしましょうね

人間が来たら
じっとしているのですよ

花の言葉で
花たちは
そんなことを
話しているのかもしれない


松岡 政則


ひかる石

川原の石になりにきたのです
石になって
自らは動かぬもの
ことばにも頼らぬものとなって
ハエ(ハヤ)やイダ(ウグイ)の尾びれを
早瀬のひかりや川岸のネコヤナギを
じっと眺めていたいのです
そうやって小さきものの顫えをこそおぼえるのです
一切の気配を消して
形ばかりになって
ただ見るだけのものになるのです
それからじっと待ちます
鉱物の祈りまで待ちます
ここには不要なものはありません
不足しているものもありません
鱗珪石の結晶に
星明りが降り注いで
閉じこめられたひかりの記憶が
わらんべらの声や昆虫のにほひが
川原で遊びはじめるのを見るのです
そうやってどこにも帰れないものとなるのです
たのむから捜してくれるなになって
いいや何も考えるなになって
石のひみつだけを頼りに
小さき星明りとなるのです

星鉄  金堀 則夫

乾いた土が干割れ
乾いた空に雨をねがう
大きな石は 固まっている
硬い雲が湧いたのか
石が浮いている
鉄の重みもなく
浮いたまま 空にも昇れず
地にも沈めず 浮いている
空から 冷却して降った
石は 地を鎮め
天と地の契りで
村ができている
崇め 奉る 農耕の俺たちは
鍬を捨て 土を固め
今は もう水も 雨もいらない
少なくなった田畑に
大きな石は 空にも 地にも 帰れず
浮いている 浮いたまま
お前の村も 里も消えている
抜け殻が凝固し 鉄は
何処にもない 紛いもの
航海の方位も 人生の方位も
鍛冶屋のカンカンと響く音も
みんな
浮いたまま
乾いたまま
天も地も離れている 祭りも農耕から
浮いている
浮いている石を
お前は どこから見ている
その位置を探ってみろ
空から 土から それとも・・
お前も浮いている
お前が静止すれば 石は動かない
お前が浮くから 浮いている
大きな石は 星を見失って
浮世に漂っている

詩誌『交野が原』64号(2008年5月) 目次


新世界                  高階 杞一
二月                新井 豊美
屋上から              平林 敏彦
木を見る物語 U          田中 国男
未済                渡辺めぐみ
植樹記               北原 千代
樹木人―空の遺蹟          溝口  章
一人分               曽根 ヨシ
妖怪のように            青木はるみ
見られるもの            島田 陽子
太陽                一色 真理
自然光               岩佐 なを
笑む                北岡 淳子
侵入してくる日           小長谷清実
戸                 杉本真維子
わたしはいま、何ページ目にいるんだろう
                  相沢正一郎

貝塚                佐川 亜紀
土                 金堀 則夫


白い月の輪熊            藤田 晴央

虎落笛               望月 昶孝
湯治場の話             瀬崎  祐
詩二編 歩道橋 嘘をつく子ども   松岡 政則
祈ぐまなこの そんな朝に      原田 道子
湖                 川上明日夫
琥珀祭                 海埜今日子
ひとっこひとり           森  哲哉
財産贈与              宮内 憲夫
お酒の呑み方            大橋 政人
2008年1月27日 〆切     片岡 直子
秀一郎さんのこと
          美濃 千鶴
もうひとつの 命          田中眞由美
ブリキの時代            望月 苑巳
世界がもう一つ               岡島 弘子
メール婚              古賀 博文
菊蛙                 新井 高子

 《評論・エッセイ
       ■小池昌代の「詩小説」小論              山田 兼士
       シチリアの春と夏の図像学―新井豊美の『シチリア幻想行』から―   岡本 勝人
     ■八木重吉……不安なる外景              寺田   
          ◇極私的詩界紀行1                 冨上 芳秀
  郷土エッセイ
         ◇「郷土かるた」に想いを馳せて           栃本 陽子
         ◇かるたウォーク『たわらを歩くB』         金堀 則夫
  書評
      杉本真維子詩集『袖口の動物』思潮社           高貝 弘也
      溝口 章詩集『流転/独一』土曜美術社出版販売      武士俣勝司
      岡本勝人詩集『都市の詩学』思潮社               中本 道代
      川上明日夫詩集『雨師』思潮社              紫  圭子
      中塚鞠子詩集『約束の地』思潮社             彦坂美喜子
      三井喬子詩集『紅の小箱』思潮社             中塚 鞠子
      杉谷昭人詩集『霊山』鉱脈社               亀澤 克憲
      中原道夫詩集『人指し指』土曜美術社出版販売       硲  杏子
      寺田美由記詩集『CONTACT 関係』思潮社      苗村 吉昭
      木澤 豊詩集『幻歌』草原詩社              平居  謙
      中村不二夫詩集『コラール』土曜美術社出版販売      樫村  高
                                         編集後記
                                         表紙デザイン 大薮 直美

詩誌『交野が原』 第64号から  詩作品6編紹介

新世界 高階 杞一

リンゴの皮をむくように
地球をてのひらに乗せ
神さまは
くるくるっとむいていく
垂れ下がった皮には
ビルや橋や木々があり
そこに無数の人がぶらさがっている
犬も羊も牛も
みんな
もうとっくに落ちていったのに
人だけがまだ
必死にしがみついている
たった何万年かの薄っぺらな皮
それをゴミ箱に捨て
神さまは待つ
むかれた後の大地から
また新しいいのちが芽生え
みどりの中から鳥が空へ飛び立つときを
そこに僕はいないけど
人は誰もいないけど

戸 杉本真維子
  ――祖母・美に                  うたたねに掛け軸が寄ってくる
うっすらとあいた口に
のぼろうとする黒い蟻を丹念にはらう
まだ鏡台の布をそよぐ
あなたよ
ここから先は絶対に通さぬ

がらんごろんと
舐めるように鈴を鳴らし
数段をのぼると
溢れるほどの酒と
くろい一本の指先を立てて

 「どうか先端にばかり
 とまりたくなる虫の欲望よ潰れろ」

生温かいしるが
薄膜のように尻からはがれ
やわらかく包まれる
わたしたち「家族」の
戸外で
凍えるカミの杖の跡を
初めて力いっぱい鮮明に描くのだ

二月 新井 豊美

生まれ出る放恣さでほとばしるもの
見上げればはりめぐらされた裸木の梢の
物語のはじまりを呼ぶ繊細な隙間から言葉より早く
なにかよろこびに似た名づけられない感情が引き出されてくる
そのさいしょはほそいほそい
蜘蛛の糸のようであるだろう
露のひとつぶひとつぶを五線譜に連ねて枝から枝へ
いのちの始まりはすべてあのすずなりの
かがやく小太陽
水の一滴から始まってゆくのだから

わたしがわたし自身を見失っていた幾週間
バラ線で囲まれた去年の空地をくりかえし歩きまわって
ふたたびおなじところにもどってきた
空から訪れる白いものをそっと凍えた掌に受け止めて
地上に降ろす二月
暦のうえではひとつのサイクルが終わり
次のサイクルがいま始動しようともがくとき
出現したよ!
りんりんと首ふりながら
奏でられている言葉

あらゆる些事や風といっしょに
言葉をはじめられるといい

自然光 岩佐 なを

青いラジオから異国の鼻唄が流れてくる。
さぁ、
また背骨をタテにのばして
次の生きる準備をしなくてはいけない。
午前中のきぼうは両手のひらの上で
光のマリになっている。
むぎゅっとむすんでつよく輝くタマにすることも
ひきのばしてまばゆいイタにすることもできる。
その日その日の占いがちがうように
きぼうの形も毎日かわる。
窓から向かいの学校の赤レンガ塀がみえる。
近くに行けば地域のみのむしたちが
陽にあたろうと塀に垂れ下がっている姿を
見ることができる。
が、けっして竹ぼうきで掃い落としてはいけない。
縁側で日向ぼっこしているばあちゃんを
いきなり庭に突き落としてはいけない、
のと同じ。
陽の射しこむ机上に置かれた
老婆が枯草の上に立つ白黒写真。
あしもとにふせる白い犬。
そのわきにふせられた洗面器。
やがて旧式な自家用車が迎えに来て
老婆と犬を乗せて往ってしまった。
青いラジオを消し
机上も部屋も淋しくなって
陽のぬくもりも徐々にあわく。
竹ぼうきを携えて
みのむしを見に行くつもり。

屋上から 平林 敏彦

屋根が屋根を抱きよせ
きょうだいで植えた木をねじまげて
風が吹き荒れた夜から 明かりが消えた
あの家にだれが住んでいたか
暗がりで何か倒れ 壊すような音がしたり
裏口から真夜中に担架が運び込まれたり
ときには留守中 窓が細めにあいていたと
隠し事みたいなささやきもあったが
じつをいえば
ずっと前からあの家は 存在しなかった
おまえは闇のおくに何を見たのか

あそこは草ぼうぼうの空地だった
冬の夜ふけ だれかに火をつけられ
きょうだい重なり合って死んでから
焼跡にまたあの木が芽ぶき 何年も過ぎ
おまえはそこから何を見たのか
沈む舟の かなたに浮かぶ下弦の光
屋根をつらねて吹きさらう突風
あの家から空の高みに散りしぶくものに
目をつむれ
鶸いろのかわたれどき
開けはなった窓が はげしく鳴っている

日もすがら屋上に立つ
やがてビルは代赭の濃淡に染まり
その町がふかい闇にのみこまれても
ついに明かりがともらぬ 部屋がある
たとえば点滴の空瓶を吊るしたベッド
どこかできみたちの名が呼ばれ
床の上を水が走り
ゆっくり傾いていく屋上で ぼくは
立ち去る人影の背を見つめ
遠くにいつも 海を感じている
ななめに足をすくわれながら
流されまいとせいいっぱい手をのばし
きみたちがいるほうへ手をのばし……

土  金堀 則夫

畝ができた
細い鉄の棒を突きさすと
固い地層にあたる 力をふりしぼって
そこを突きぬかねば
わたしの位置が定まらない
定まらないので
ぐらつく棒の先を 両手で握る
額を当てて 繋がるのか
棒を握ったまま
わたしは まわりはじめた

目を瞑ってまわれ まわれ ぐるぐるまわれ
わたしは
どこかへ飛んでいく
鉄の棒とともに
それは大空か 山の頂か それとも
地層にひきこまれていくのか
どんどんまわれ
耕してきた畝の土は
親父たちの土で
稲がたっていた
稲のそこは
深い計り知れない粘土層
炉が わたしとつながっていく
まわれ まわれ 土が深まるように
わたしの棒は 鍬をつくる釜土 ヒの塊が
無音に響く
隕石は
確かに落ちたのだ
それは 確かなのだ
わたしは
そこへ飛んできた 飛んできて
手を離す鉄の棒から 走らねばならない
次のものへ わたしの子孫へ・・・
子はどこにいる
ふらつきながら 眩む 足取り
乱した畝を立て直し 種も蒔かず
鉄の棒を突きさし
わたしは土となる

             詩誌『交野が原』63号(2007年10月) 目次


普通の声                 杉山 平一
眺めていた日            小長谷清実
写真について            大橋 政人
記憶の根              佐川 亜紀
パイの皮をはがすように       平林 敏彦
よばれて              岡島 弘子
古郷(ふるごう)の月             松岡 政則
金縛りの夜             山田 隆昭
金漿
(かね)つけ              金堀 則夫

葦原伝説              溝口  章
林檎の花              藤田 晴央
詩3篇「零点」「ナイフ」「満月」  一色 真理
子葉声韻              高貝 弘也
じゅうたん             望月 昶孝
黒舞茸               岩佐 なを
よん                松尾 静明
光の湾               岡野絵里子
ゆび借景              海埜今日子
余計な仕事             高階 杞一


午前中              片岡 直子

朝の太陽             田中 国男
至福のエキストラ         宮内 憲夫
なにもできはしない       辻元よしふみ
五月の水             北岡 淳子
はえる              田中眞由美
耕すひと              北原 千代
白対黒                吉沢 孝史
市境               島田 陽子
聖餐               森田  進
束の間                天彦 五男
タビガラス            四方 彩瑛
思い出体操            瀬崎  祐
角を曲がると戦場だった      望月 苑巳
添い寝                  古賀 博文
ベリアルの時―D・ボンへッファーに   川中子義勝
廃市のオルフェたち ヴァーチャル連詩  八島 賢太
昼の岸              渡辺めぐみ
陰樹                  青木はるみ

     《郷土エッセイ かるたウォーク『たわらを歩くA』   金堀 則夫
     《書評
      新川和江詩集『記憶する水』思潮社            鈴木東海子
          細見和之詩集『ホッチキス』書肆山田           貞久 秀紀
      冨上芳秀詩集『アジアの青いアネモネ』詩遊社       相沢正一郎
          篠崎勝己詩集『悲歌』銅林社               吉田 博哉
      曽根ヨシ詩集―新・日本現代詩文庫―土曜美術社出版販売  大橋 政人
          柴田三吉・草野信子往復書簡集『時が立つ』        苗村 吉昭
    《詩集紹介》                   
       ・新井豊美詩集『草花丘陵』思潮社
       ・野谷美智子詩集『コレクション』洛西書院                美濃 千鶴
       ・瀬崎祐詩集『雨降り舞踏団』思潮社
    《子どもの詩広場
      第三十回小・中・高校生の詩賞「交野が原賞」作品発表
                             交野が原賞選考委員会
                                  編集後記
                                《表紙デザイン・大薮 直美》

詩誌『交野が原』 第63号から  詩作品6編紹介


 写真について 大橋 政人

一週間前
という過去が
写真に写っている

一年前

という過去
十年前という過去が
写真に写っている

だからと言って
長方形の
こんな薄っぺらな紙に
過去が保存されているわけではない

その印画紙も

そこに写っている被写体も現在だ

何千年前の石器も

何億年前の化石も
現在という光の中にしかありはしない

いま私が手に持っている

一枚の写真

長方形で

キャビネ判の大きさの
そこにだけ過去が
紛れ込んでいるというわけではない


 記憶の根 佐川 亜紀

記憶が水を吸うのは
最もやわらかく繊細な根毛から
産毛のように洗われて

痛みの神経が
土の中に夕焼けをしまう

根は土と抗うよそもの
手だけになった子供たちが
岩を崩す
先端の冠は
つぎつぎに剥がれ落ち
真新しい問いの筆が生まれる

年月をつらぬくものは
棒のような幹ではなく
ひわひわした根毛である
人間の恥ずかしい毛のようなもので
獣の無垢のなごりと
立った不思議な二本足の間にあり
ほんとうはそんな恥の感受性も薄れ
暗洞を隠しているにすぎないが

土の幾層の物語の細部に
耳を傾ける根の
地下の深さが
地上の梢の高さになる
高みへの渇望が
深さへたどりつくのだが
地表あたりで
うろうろもつれを繰り返す

 
パイの皮をはがすように 平林 敏彦

ひさしぶりだね
思いもよらずきみと出会って
甘酸っぱいパイの皮をはがすように
過ぎた時代のことを話すなんて

アラゴンを読んで赤提灯で飲んで
プラットホームのベンチで寝たって
夜明けは新鮮に目にしみた

ふりむくと曲りくねった道はなく
空は鋭角に剥ぎとられて
あふれる水のおもてに飛散する

だがきみも気がついているだろう
このところ昨日もきょうも
世を去った生きもののけはいが
おぼろにかかる橋の上に
うっすらと降りつもっている

夜ふけに裸足でひたひたと
その橋をわたる足音がきこえたりして
いよいよ地球に氷河期がくるらしい

あたりがしーんと静まると
遠くで杭を打っている
どこかでちいさな明かりがともり
だれかの遺体を洗っている

暗くよどんだ川の流れ
そこに浮かんでるのはなんだ
おらおら見たか
またビニール袋に入れて捨てた
むごたらしい夢のなごりだ

それでもぼくはチーズをひときれ
かたむきはじめた世界の片隅で舌に溶かす
きみの微熱を抱きながら


金漿(かね)つけ  金堀 則夫


菖蒲ヶ滝から
わたしは 下ってきた
谷間の洞窟から抜け出した
このからだに付着している鉄滓は
鍛冶神が
わたしの邪心を振り払うように
邪鬼を寄せ付けないように
呪文をかけた
金銀の飾りで身を守る
強気を振舞った
木が
わたしのからだにのりうつらない
蛇の身にならない
鉄の身になって
弾けて
暴発している
この地から
木木も 草花も育ちはしなかった
実も結ばなかった
わたしの母なる
その祖先のからだにも
わたしのもっている命は切り裂かれ
現われる女たちは
わたしの知らない時代の
お歯黒で
わたしのからだを振り払う
あの黒いかがやきが
微笑み襲いかかってくる
お前の蛇の身に
捲かされない強気が
わたしの潜めた命を絶つ
お歯黒の鉄漿は
姓についた金つけは
互いの呪文で弾けあって
金堀の里がなくなった
わたしの姓も
息絶えている


タビガラス  四方 彩瑛

帰るところが増える
帰りたくなくなる
今の場所を抱えるだけで充分で
また、どこかへ行く
行けば行くほど
私はどこの人間でもない
どこの人間でもないのに
そこの人間になれる

どこにいても次の場所を探して
私はどこで死ぬのだろう

まわりまわって それでも
あの場所に帰ってくることは決してない

それなのに
夜のふとした風
扉を開けた瞬間の外気の匂い
ところところで
あの場所を感じてしまうのは何故だろう

どこに行っても
あの場所から逃れられない

沢山のところに住んだのに
記憶は曖昧で、思い出せない
思い出すのは
夜のふとした風
扉を開けた瞬間の外気の匂い
ところどころに
あの場所がついてくる

私はどこで死ぬのだろう

 
はえる  田中眞由美

異変がおきたのは
はたけの横に 白い道ができてからだった
黒々とした土の上に それは突然はえはじめた

ほうれん草と交互に
毎日毎日 抜いてもぬいてもそれは はえてくる
あか みどり ぶるー ぎんいろ
色とりどりの らんだむな畝が続く

種は 蒔かない

毎日毎日早朝に
びにーる袋を持って はたけに出かけ収穫する
ひと月ごとに出荷して 現金と交換する
ほうれん草とちがって価格は安定し
一年中 いつも同じ値がつく

帰りに 一缶のビールを買う楽しみ

はたけに水を撒きながら
たまには 密度の高い重みのあるそれが
はえればいいのにと思うけれど
いつもはえるのは 空洞を抱えるものばかり

ほうれん草の端境期のときも
立派に育ちつづけるそれは
水遣りを忘れても枯れることは ない

白い道を走る車が多い日ほど
発育が よくなることに気づく
排気ガスは成長を促すらしい
暑い日も成長は著しく 隙間のないほどに はえる

あか みどり ぶるー ぎんいろ きらきら
あか みどり ぶるー きんいろ きらきら

高速道路のほうが発育がいいという噂をきく
白い道を 高速道路に変えようかと 考えている

詩誌『交野が原』62号(2007年5月) 目次

洗う              杉山 平一 1
花のかけら           新井 豊美 4
木道              片岡 直子 6
なずきの、夢子         原田 道子 8
迷路の日            小長谷清実 10
誰               望月 昶孝 12
化粧              岡島 弘子 14
休日              渡辺めぐみ 16
行方知れず           松岡 政則 18
ビギンズ その7        谷 和幸 20
追い抜かれる          日原 正彦 20
ひらかなのまち         北原 千代 22
雲の本棚            樋口 伸子 24
霧の奥から           平林 敏彦 26
バスの中で           一色 真理 28
鍋島の地            岩佐 なを 30
幸               金堀 則夫 32

水をたずねる                  星   善博 34
右へ                       松尾 静明 36
秋山遠景                    愛敬 浩一 38
時間だって                   大橋 政人 40
靴下                       高階 杞一 42
定年あるいは停年               森田   進 44
危い、バンザイ                 宮内 憲夫 46
寒中見舞                    島田 陽子 47
桜樹幻想                    溝口   章 48
さくらさくら                    四方 彩瑛 50
緑のラインマーカーで             佐川 亜紀 51
食指たちの晩餐                古賀 博文 52
来島海峡                    瀬崎  祐 54
ルイ・ヴィトンにたわむれて        辻元よしふみ 56
玉ねぎの国                  望月 苑巳 58
正午のサイレンは              八島 賢太 60
 《評論・エッセイ
                ■金子光晴・・・漂流物としての私をながめる     寺田  操 62
         
             *歌あるいは詩                鈴木東海子 102
 《郷土エッセイ》
        かるたウォーク「たわらを歩く」@ 郷土史カルタ「田原の里」」  金堀 則夫 104
 《書評》  
                杉山平一詩集−現代詩文庫− 思潮社               山田 兼士 66
                杉山平一著『詩と生きるかたち』 編集工房ノア           舟山 逸子 68
                山田兼士著『抒情の宿命・詩の行方』 思潮社            河津 聖恵 70
                高良留美子詩集『崖下の道』 思潮社                 一色 真理 72
                倉橋健一詩集『化身』 思潮社                     松尾 省三 74
                藤田晴央詩集『ひとつのりんご』 鳥影社               谷内 修三 76
                高貝弘也詩集『縁の実の歌』 思潮社                 岡本 勝人 78
                木津川昭夫詩集『曠野』 土曜美術社出版販売           布川   鴇 80
                森 哲弥詩集『物・もの・思惟』 編集工房ノア            中塚 鞠子 82
                田中眞由美詩集『指を背にあてて』 土曜美術社出版販売    芳賀 章内 84
                山本十四尾詩集『水の充実』 コールサック社            横田 英子 86
                三田 洋詩集『デジタルの少年』 思潮社               中村 明美 88
                山本幸子詩集『テルマ』 湯川書房                   苗村 吉昭 90
                こたきこなみ詩集『夢化け』 書肆青樹社               先田 督裕 92
  《詩集紹介》
                ・村山精二詩集『帰郷』・岡野絵里子詩集『発語』
                ・中堂けいこ詩集『枇杷狩り』・禿慶子詩集『我が王国から』   美濃 千鶴 94
 《追悼・福田万里子》
                ☆詩「追悼・福田万里子さん−ゆすらうめ」              田中 国男 96
                ☆エル・ペレレ−故福田万里子さんへ                 藤本真理子 98
                ☆福田さんのこと                             日原 正彦 99
                ☆新潟での福田万里子さんとの交流                  鈴木 良一 100
                ☆福田万里子さんと「交野が原」                    金堀 則夫 101
                                                        編集後記 106
                                       《表紙・デザイン 福田万里子》
詩誌『交野が原』 第62号から  詩作品6編紹介

 洗う/杉山 平一

よごれた手をぬぐって
足を洗って
さて、と
立ち直って出かけたのに
顔を洗って
出直してこい
の啖呵を浴びたが
洗っても洗っても
化けの皮ははげなかった

口惜しさに茫然としていると
やさしい涙が洗い流してくれはじめた

 危(ヤバ)い、バンザイ/宮内 憲夫

この国の人々は、何でもかんでも
すぐに、万歳をしてしまう。
未来も、過去もかなぐり捨てて
天地が怒り狂っているのを
うすら笑いの横目流しに
かけがえのない、
借命をも、一日のつもりだ

神様が、バンザイする時が・・・・・
一番、ヤバイぞ!

 花のかけら/新井 豊美

その道のうえで、

わたしは何かを捨て、行きながらそれを捨て。
ちぎっては捨て、さらに捨て、それが何であったのか。
冬の木々にならい、わたしは葉を落とし
棒のようなものとなり、
直立するわたしの頭上を風が渡り、わたしは
捨てたことさえ忘れ。忘れることによって何かを与えられ、
とはいえそれは、抜けたオナガの青い尾羽のようなもの。
割れた器のかけらほどに役立たないもの。
その曲線がかつて内側に保っていたものをふと想像させたとしても、
鋭い切っ先は宥められていまは
意味をなさないひとつの破片。その表に
ひたすら花の形を咲きつづける、それらはすべて
愛の切れはし、生の断片、繋ぎとめられない願い。
というよりも時の残闕と呼ぶべきもので、
血を流すことはなく、すきとおる空虚の形をもち、
ここからわたしはふたたび何かを与えられ。
そのたびにわたしはすこしずつ軽く。

鳥たちが群れているクヌギの梢ではいましも、
一羽がさえずり、一羽は翼をひろげ、一羽は目を閉じて、
瞼の裏に描かれた藍色の
花のかけらをふしぎなもののように覗き込んで。

木道 /片岡 直子

箱根の仙石原で
まだ 花の咲かない湿生花園の
木道を
ゆく

ぽく ぽく
どうしてこんなに愉しいのだろう
花は 咲いていない
ミズバショウと
なんとかいう小さくて黄色い花が少々
申し訳ばかり

娘は駆け寄ってしゃがんで
小さい頃のように
眺めていました

遠回りの道を 通っても
どこまで行っても 何も 咲かない

そんな花園の


木道は 乾き
余計に くつおと 響いて

わたしは花園より
木道がすき

そんなことを
知りました

 /金堀 則夫

土に混じって
聖霊が地になっている
土を掘り返せば地は生き返ってくる
親の遺した休耕田に
しつこく蔓延るお前たちは、這い上がろうと
土から立ち上がる一本足の蛇が現れてきた
今 脱皮した亡骸が一面を蓋っている
冬眠の根は
手におえない蛇の地になっている

わたしの血は
どこからどこへ蔓延っていく
鍬を入れないかぎり
畦に囲まれた この形は
固まってしまう邪気
水をひっぱって
洗うことが
どろまみれになること
泥とともに働いてきた
蛇気に
わたしの 嵌めている手袋を 穿いている靴を
纏わりついている衣服を脱ぎ
泥をかぶれ
土まみれになって
土をさかさにして
両手でつかめ
土と逆さ土が結ばれる
つちとつちの
さかさのなかで
泥かぶりのわたしを包んでくれる
さあ
土に入れ
生むことも つなぐこともできる
地をつくれ 祭りだ 泥かぶりの祭りだ
わたしの血はあすへと彷彿する
わたしを産み続ける
田となる

 霧の奥から/平林 敏彦

枯れ葉がふりつもる雨の路上に
つぶれたトラックが横倒しになっている
霧のなかで発生した夜明け前の事故
目撃者はいなかったが
ICUでいま死にかけているのは
もしかしてこのわたしかも知れない
半世紀あまり前
殺すか死ぬかのあわいを
兵士たちは逃げのびてきた
生き残ったにんげんは口をつぐんで
安穏な日をおくっているが
まあ それはそれで
ということだろうか

霧のため先が見えにくい状況で
ドライバーは運転を誤った
よくあるケースだと
ラジオは人身事故を報じている
放送は冷静にてきぱきと
たえず秒針を気にしながらしゃべっている
権力に仕える身であれば
あたりまえということか
ガードレールに激突したあの事故は
どう見ても自爆だった
たぶんどうしても逃げられない
わけがあったのだろう

じつをいえば
霧の奥からなんども呼びかけられ
ぶざまにあとずさりしたことがある
戦闘帽をかぶった男が
生死を分ける回転ドアの向こうから
なつかしそうに手をふるのだ
やあ ひさしぶりだね
げんきそうで うれしいよ
微笑みさえうかべてわたしのほうへ近づいて来るのだ

詩誌『交野が原』61号(2006年10月) 目次


橋                   滝本  明 1
無縁橋              松岡 政則 4
翅の飛翔             岡島 弘子 6
ないのです。           片岡 直子 8
姉上の壺             岩佐 なを10
そこにある土           星  善博12
墓参の日             小長谷清実14
チェロでも弾いて         平林 敏彦16
ちょっと旅行してきます      島田 陽子18
空同残日             宮内 憲夫19
きらめくのか出入り口が      溝口  章20
天降る              金堀 則夫22
モノレール            森田  進24
山間の宿             三井 喬子26
光都               佐川 亜紀28
初恋               一色 真理30
ナイルの川の水を飲んだ者はナイルに帰る
                 四方 彩瑛
32


美国から            葵生川 玲34
みんなゼリーになってしまって 辻元よしふみ36
無口な豆            西岡 光秋38
夕焼け             高階 杞一40
どこ?             松尾 静明42
変奏曲――いのちの最も若い日に    川中子義勝44
悲劇的なレモンパイ12     望月 苑巳46
旅嫌い             大橋 政人48
使者              瀬崎  祐50
canvas          清水 恵子51
まぶしい愛へ          竹田 朔歩52
夕映え                 美濃 千鶴54
霊界への返礼詩         森  常治56
短命              米川  征58
竹田                                        吉沢 孝史59
離別出来ない鳥         豊原 清明60
苔               望月 昶孝62

 評論・エッセイ
                ■永瀬清子・・・流れるままに           寺田  操64
                ■アカシアの大連に安西冬衛を求めて        冨上 芳秀68
             *なぜ私はサヨクにならなかったか       河内 厚郎97
             *雨の日の読書                鈴木東海子98
 《郷土エッセイ》
           かるたウォーク「ほいさを歩く」G    金堀 則夫100
 《書評》      
             山口眞理子詩集『深川』思潮社              須永 紀子72
             麻生直子詩集『足形のレリーフ』梧桐書院        中田 紀子74
         水嶋きょうこ詩集『twins』思潮社         白鳥 信也76
         渡辺めぐみ詩集『光の果て』思潮社           中本 道代78
             國峰照子詩集『CARDS』風狂舎              中川 千春80
         愛敬浩一詩集『夏が過ぎるまで』砂子屋書房       大橋 政人82
         外村京子詩集『オーヴァ・ザ・ムーン』本多企画     苗村 吉昭84
             山田春香詩集『Simon』交野が原発行所          古賀 博文86
         埋田昇二詩集―新・日本現代詩文庫37―土曜美術社出版販売  山本十四尾88
         『現代日本生活語詩集』澪標              難波 保明90
         滝本 明評論選集『余白の起源』白地社         大西 隆志92
         鈴木東海子・著『詩の尺度』思潮社           田中眞由美94
 子どもの詩広場
         第二十九回「交野が原賞」発表―小・中・高校生の詩賞   交野が原賞選考委員会101
                                                     編集後記112
                                       《表紙・デザイン 福田万里子》

                     
詩誌『交野が原』 第61号から  詩作品6編紹介


 墓参の日    小長谷清実

ひとり暮らしをずっと続けていた友人が
バスツアーに参加し
信州のなんとか湖のホテルで死んだ
バスの出発に遅れまいとしてか
急いで部屋を抜け出ようとしてか
身体を半分 廊下の方へ突き出して
倒れていたそうです、
死んだ友人の弟さんが 今日
その現場のありさまを紙袋の裏に
ボールペンで稚拙に描いて
説明してくれた、
一本の線を中断するように
ヒト形の輪郭があって
それが彼である

略画になった彼の姿は
頭の隅に押し込んで
かんかん照りの墓地へ行った
そのあと電車に揺られて
かって同行したこともあったビール園へ
ジョッキを重ねているうちに
頭の隅に押し込んだ彼の
そのヒト形の輪郭が
勝手気侭に流れ動いていって
わけの分からぬカタチに
ひっきりなしに
変わり続けているのがわかった
不定形に流動し続ける何か 境涯のような何か
なんだろうか

あ アミガサダケだ!
その一瞬のカタチをやみくもに捕らえ
咄嗟に口にした途端に直ちに
別の名辞に
訂正しなくてはならない何か
それが今日からの
私のなかの彼である


 天降る   金堀 則夫

遠くまで
昇ってきたみちすじは 蛇行する川
いつのまにか わたしは背にしてひっぱってきた
川の流れとともに龍となって
わたしはここまでやってきた
天の川から
見上げるこの絶壁は
この大岩は なんだ
近くで見る
この壁の向こうのいただきは
哮が峰 ニギハヤヒノミコト
このむこうの そのむこうの空から
はるか遠い葦原中国から
やってきた
天のいただきだ
そこに
お前たちは なんのために
石を切り出し 持ち運んだのだ
残骸の絶壁は 大岩となって曝け出しているが
絶壁には 神々のお姿やお顔が浮かび出ている
壁からひとりの男がやってくる
石切り場で鑿を打ち続けた あの片目の男が・・・
いや 違う ここにおられるのは
わたしの眼にしたものは 間違いなく
一つ目片足のアメノマヒトツノカミ
鍛治の神だ
おもわず手を合わす
大岩は まさに隕鉄ではないか
壊してきたものの壁は
ロッククライミングではないぞ
若い男も 女も のぼるんじゃない
はいあがるんじゃない そんな手で触るな
天からやってきた
もののべの
神聖ないただきものではないか
絶壁は 鍛治の恐ろしい
火を放っている


  モノレール    森田  進

開通した朝 ぐんぐん延びていく線路

ビルよりも高く
龍は宇宙に突入しそうだった


気がつくと
始発駅を出て 終着駅へ
終着駅を出て また始発駅へ

切符と定期を握った人を詰め込み
来る日も来る日も ゆるゆると走っている

いつも
置いてけぼりのビルと川
富士山だけが接近しては遠退き 遊んでる

起伏がない生活

逸れていきたい

ほんものの飛龍になって
大空を翔け回り
乾いた大地に雨を降らしたい

飛び上がれない 箱の中で
切符と定期が 思いっきり 行く先を変え
青空を翔けている

モノレール 初めて登場した日
そう言えば
張り切り過ぎていた

 
 ナイルの川の水を飲んだ者は
 ナイルに帰る  

                   四方 彩瑛
水が、匂う
コップに口をつける
コップの縁についた、水滴
洗ったときの拭き忘れか
冷たいほうじ茶を入れる前から、あった水
その水も一緒に私の体内に入り、
ずしり、
と、体が重くなる

たくさんの場所に、水が残る
水道の蛇口
浴槽の底
炊事場の食器
それらの匂いが、私の周りにある
匂いがまとわりつく
体が重くなる
道を歩く
道の底にも、水がある
流れる
流れていくと、昔の家に着く
昔の家の炊事場では
ふつふつと湯が沸かされている
コップに口をつける
縁についているはずの、水滴
一気に体が重くなる
匂いが、しない

けれど
どんどん重くなって
私は、水の底へ沈んでいく


 無口な豆    西岡 光秋

無口な豆は考えた
わたしの未来は
豆腐かな
枝豆かな
黄粉かな
いずれにしても
だれかの味覚の
役には立つんだ
まるい
すべすべした
一粒の
愛らしい
いのちの主張

それでいい
それだけでいい

無口な豆は考えた
わたしの過去は
いったい
全体
なんだっけ
ちいさな呟きが
ほんのり
そっと
この日本の国の
一軒一軒の食卓に
澄ました顔して
小皿の上で
ほほえんでいたんだっけ

それでいい
ただ
それだけでいい
それでいいんだ