詩誌『石の森』第200号(2024年5月) 記念目次
創刊1982年—昭和~平成~令和-200号2024年
 交野が原ポエムKの会  「石の森」編集・西岡彩乃 発行・美濃千鶴   
 詩  二進法の建築  西岡 彩乃  特集  覚書 詩集評 91冊  執筆 美濃千鶴
   地層  夏山なお美        詩集評 10冊 外部の執筆者10名   
   陰と陽  髙石 晴香   創刊当時と200号まで続いた詩の仲間の紹介  
   ふるえる葦  美濃 千鶴  「石の声」夏山 春香 髙石 美濃  
   白い球体  春 香    通信第314号 別刷 「交野が原」通信  
 書評  松川なおみ詩集「丘をのぼる』  美濃 千鶴    あとがき  西岡彩乃  
 詩誌『交野が原』 第96号 (2024年4月) 目次
郷土史カルタが語る⑯ ・三光を 首長に捧げる 石の碑  ・天の川 星のブランコ 夢のつり橋 
・岩内道 断崖のこる 石切り場
 <詩Ⅰ>    <詩Ⅱ>  
 かんにん
 うの刻
 対話
 半島、雨
 鱗粉
 道の分岐
 推参
 類型のくじら
 帯
 魔女 ・ おうちは 死んだふりをする
 祖国防衛隊
 思い出
 みっとっもない独裁者の最期
 「少年の朝」連作6
 八木 忠栄
 季村 敏夫
 佐川 亜紀
 北川 朱実
 瀬崎  祐
 中本 道代
 京谷 裕彰
 美濃 千鶴
 峯澤 典子
 天牛美矢子
 高階 杞一
 たかとう匡子
 野崎 有以
 八木 幹夫
 寿ぐ
 声
 雪のワークショップ
 暗室の航海図
 永遠
 アルプアルプ
 シャドウ
 余薫
 野を吸う
 暗夜
 無限歌5
 りんねの棒
 六路の要塞
 北原 千代
 田中眞由美
 海東 セラ
 西岡 彩乃
 一色 真理
 苗村 吉昭
 野木 京子
 倉本侑未子
 浜江 順子
 青木由弥子
 福田 拓也
 岩佐 なを
 金堀 則夫
 評論・エッセイ  批評と詩作の小径を創造する
   ――佐峰 存詩集『雲の名前が根源的に示すもの』
 左川ちか/緑色の透視
 
 岡本 勝人
 寺田  操
 極私的詩界紀行32 *こたきこなみ 詩集『ひとがた彷徨』思潮社
*服部 誕 詩集『祭りの夜に六地蔵』思潮社
*古賀博文 詩集『封じられた記憶』書肆侃侃房
*坂東里美 詩集『考える脚』澪標
*小笠原 眞 詩集『目下のところ』ふらんす堂
 冨上 芳秀
 書     評  八木忠栄 詩集『キャベツと爆弾』思潮社
 田中眞由美 詩集『コピー用紙がめくれるので』思潮社
 中塚鞠子詩集『水族館はこわいところ』思潮社
 北條裕子 詩集『半世界の』思潮社
 神尾和寿 詩集『巨人ノ星タチ』思潮社
 堀内統義 詩集『ふぇっくしゅん』創風社出版
 若尾儀武 詩集『戦禍の際で、パンを焼く』書肆子午線
 佐久間隆史 詩集『狐火』土曜美術社出版販売
 磯﨑寛也詩集『キメラ/鮫鯨』芸術新聞社
 冨上芳秀 詩集『スベリヒュの冷たい夏』詩遊社
 伊藤悠子 詩集『白い着物の子どもたち』書肆子午線
 高階杞一 著『セピア色のノートから』澪標
 たかとう匡子 著『私の女性詩人ノートⅢ』思潮社
 高  啓 著『切実なる批評ーポスト団塊/敗退期の精神』
 岡本勝人 著『海への巡礼 文学の生まれる場所』左右社
 野沢 啓 著『ことばという戦慄』未來社
 編集後記
 金井 雄二
 渡辺めぐみ
 中西 弘貴
 花潜   幸
 江夏 名枝
 伊藤 芳博
 冨岡 悦子
 大掛 史子
 網谷 厚子
 古賀 大助
 美濃 千鶴
 神尾 和寿
 牧田 榮子
 高橋 英司
 松尾真由美
 斎藤 恵子
 金堀 則夫
  詩誌『石の森』199号(2024年1月) 目次
 交野が原ポエムKの会  「石の森」編集・西岡彩乃 発行・美濃千鶴   
 詩  砂  美濃 千鶴  書評  
   親子丼  夏山なお美    犬飼愛生詩集『手癖で愛すなよ』   美濃 千鶴
   谷底まで落ちようよ  春香  石の声  
   憧憬のよそ者  西岡 彩乃  夏山 髙石 春香 美濃  
   いのちの育て方  髙石 晴香  通信   「交野が原」通信 第313号  
   ひかり  星野 明子    あとがき  西岡 彩乃
 詩誌『交野が原』 第95号 (2023年9月) 目次
    郷土史カルタが語る⑮ ・またや見ん 妙見川原の 桜狩り  ・野は狩場 かた野の里は 歌所 
・物語る 磐船神社の たけるが峯
 <詩Ⅰ>    <詩Ⅱ>  
 窓から見える
 キセル
 蜂起
 赤熊
 ぱくぱく
 葉裏の移動、どこかの違うひとの
 「少年の朝」連作5
 八月の木
 滝壺
 うつし世
 夜の箱
 午後の小休憩
 水の惑星は今日も正午を贈る
 無限歌3
 詩が拓く化け学
 八木 忠栄
 杉本真維子
 瀬崎  祐
 斎藤 恵子
 高階 杞一
 野木 京子
 八木 幹夫
 北川 朱実
 北原 千代
 季村 敏夫
 海東 セラ
 西岡 彩乃
 冨岡 悦子
 福田 拓也
 京谷 裕彰
 月光をめぐる粗描(デッサン)
 十四歳のユリイカ
 鰐梨
 酒乱一族
 もののけと骸骨
 深夜 虹の
 遊歩道北2号線
 水辺の物語
 するので
 散り散りのスクリーンに
 接吻
 みんな
 かつどん
 あめの社(つち)
 たかとう匡子
 美濃 千鶴
 岩佐 なを
 中本 道代
 野崎 有以
 天牛美矢子
 北島理恵子
 橋本由紀子
 田中眞由美
 北爪満喜
 一色 真理
 苗村 吉昭
 神尾 和寿
 金堀 則夫
 評論・エッセイ  批評の自立と詩への小径を創造する
      ――安藤礼二『縄文論』と柄谷行人『力と交換様式』
 伊藤 整/私は、わたしだけの、道を歩いて
 
 岡本 勝人
 寺田  操
 極私的詩界紀行32 *新保 啓 詩集『夜明け考』喜怒哀楽書房
*高橋次夫 詩集『花は曼荼羅の世界であった』土曜美術社出版販売
*川上明日夫 詩集『紙魚る家』山吹文庫
*川島 洋 詩集『オリオント猫たちへのオード』土曜美術社出版販売
 冨上 芳秀
 書     評  杉本真維子 詩集『皆神山』思潮社
 塚本敏雄 詩集『さみしいファントム』思潮社
 佐々木洋一 詩集『でんげん』思潮社
 水嶋きょうこ 詩集『グラス・ランド』思潮社
 岩﨑風子 詩集『ちから詰まる日』思潮社
 大木潤子 詩集『遠い庭』思潮社
 倉本侑未子 詩集『星綴り』七月堂
 鷹取美保子 詩集『骨考』土曜美術社出版販売
 斎藤菜穂子詩集『アンティフォナ』土曜美術社出版販売
 若宮明彦 詩集『瑪瑙屋』土曜美術社出版販売
 徳弘康代 詩集『彙戯 iɡi』金雀枝舎
 三尾和子 詩集『時間の岸辺』本多企画
 青木由弥子 著『伊東静雄―戦時下の抒情』土曜美術社出版販売
 編集後記
 佐川 亜紀
 八木 幹夫
 高橋 英司
 下川 敬明
 中西 弘貴
 渡辺めぐみ
 美濃 千鶴
 川中子義勝
 田中眞由美
 佐相 憲一
 金井 雄二
 柴田 三吉
 水島 英己
 金堀 則夫

   詩誌『石の森』198号(2023年9月) 目次
 交野が原ポエムKの会  「石の森」編集・西岡彩乃 発行・美濃千鶴   

 <詩>  顔   美濃 千鶴  <書評>  
      T字路   西岡 彩乃  うめのしとみ詩集『どきんどきん』   美濃 千鶴
      男たちの伝言   夏山なお美  <石の声>夏山 髙石 春香 美濃  
      悪魔の育て方   髙石 晴香  <「交野が原」通信313号>  
     夕立ちはクセになる   春 香  <あとがき>   西岡 彩乃

  詩誌『交野が原』 第94号 (2023年4月) 目次
郷土史カルタが語る⑭ ・戦乱の 三好長慶の拠点 河内飯盛城  ・空高く 正行の銅像 覇を競
・くすの木の こもれ日あびる 小楠公
 詩Ⅰ    詩Ⅱ  
追悼詩の課題
夜中にラーメンを食べる
捕虜収容所
記憶
わたしは はんぶん
「少年の朝」連作4
冬のゆうれい
小さきもの
心中
そらみみ
厳冬期
フダラク
切り株にさそわれて
青い麦

犬飼 愛生
高階 杞一
苗村 吉昭
たかとう匡子
宮内喜美子
八木 幹夫
八木 忠栄
中本 道代
神尾 和寿
季村 敏夫
渡辺めぐみ
天牛美矢子
北爪 満喜
野崎 有以
相沢正一郎
一色 真理
無限歌1

離陸

沖へ
星と水と土と人
梢のうえで
園庭のお砂場で
仕事
うぐいす通り
どこにもない植物園

本籍地
亀の背に宇宙 腹に大地
かのえさる
福田 拓也
岩佐 なを
峯澤 典子
海東 セラ
北原 千代
西岡 彩乃
新井 啓子
青木由弥子
美濃 千鶴
瀬崎  祐
野木 京子
田中眞由美
草野 早苗
京谷 裕彰
金堀 則夫
評論・エッセイ 批評と詩作の小径を創造する 吉増剛造詩集『Voix ヴォワ』連載2
伊藤 整/目覚めて流す私の涙よ
岡本 勝人
寺田   操
極私的詩界紀行
31
*中原道夫詩集『空』土曜美術社出版販売
*『まるらおこ詩集』人間社×草原詩社
*赤井宏之詩集『絵日記』編集工房ノア
*寺田美由記詩集『天の命題』砂子屋書房
*坂多榮子詩集『物語はおしゃべりより早く、汽車に乗って』書肆子午
冨上 芳秀
書評 大橋政人詩集『反ストリョーシカ宣言』思潮社
草野早苗詩集『祝祭明け』思潮社
北畑光男詩集『背の川』思潮社
瀬崎  祐詩集『水分れ、そして水隠れ』思潮社
相沢正一郎詩集『テーブルのあしを洗っている葡萄酒色の海が……』
                            砂子屋書房
苗村吉昭詩集『神さまのノート』土曜美術社出版販売
花潜 幸詩集『初めてあなたはわたしの先に立ち』土曜美術社出版販売
田中裕子詩集『五月の展望台から』土曜美術社出版販売
橘 しのぶ詩集『道草』七月堂
『五月女素夫 詩選集』空とぶキリン社
『高良留美子 全詩上・下』土曜美術社出版販売
笠井嗣夫著『異和と痕跡』2004―2022 七月堂
倉橋健一著『歌について』啄木と茂吉をめぐるノート 思潮社
佐久間隆史著『詩と生命の危機』土曜美術社出版販売
                                   編集後記
伊藤 芳博
八木 幹夫
小林  稔
北原 千代

川中子義勝
八木 真央
中井 ひさ子
草野  信子
野木  京子
雨宮  慶子
佐川  亜紀
小杉  元一
彦坂美喜子
青木由弥子

金堀 則夫
 
追悼詩の課題/犬飼愛生

詩のゼミがあるという理由で進学先を決めた
一人きりで書いていた私がようやく見つけた ひかり
大阪芸術大学 山田兼士ゼミ

先生は毎回、課題を出した
私はへたくそな詩を一生懸命書いて提出した
それは先生への手紙のようで
講評は先生からのお返事みたいでした
私よりうまい学生はいたけれど
先生はいつも私に「優」をつけてくれた

先生に一度聞いたことがある
「詩を書くってなんなんでしょうね」
先生は笑って
「そんなの、すぐにわかるわけないでしょう」と答えた

先生は日常生活のごく当たり前な風景の中に
潜んでいる覚醒と認識と発見を「詩」だと言いました*
私はそうしてみつけた言葉と格闘して心を削って
削った心が行間に溶けていくように願いながら
書いてきたように思います
「格闘するっていうのが犬飼さんらしいね」と言われそ うです

先生が書く予定だったページに追悼詩の依頼がきました
先生からの最後の課題のようで
むつかしくて寂しくてへたくそな詩になりました
でも先生が私を詩人にしてくれたんですから、意地で書 きました

先生、久しぶりにあの穏やかな声で朗読して
この詩の講評をしてもらえませんか
無事に「優」がもらえるでしょうか

           *山田兼士訳『小散文詩 パリの憂愁』より
 
そらみみ/季村敏夫

滅多打ちにあった男が
年老いた猿つかいとして
五十数年ぶりに町に現れた
起立 礼
猿は神妙な顔
やおら飛び跳ね
輪をくぐる
口をつぐみ
皿をまわす爺さん
まわされようと
頭上の皿
陽だまりの水しぶき

くり返される光景
ああアホらし
ある日猿は逃亡
逃げ遅れた爺さん
病の床で休戦
悪臭をはなった

思い出の行方はわからないが
今も昔も
広場には物売りの声
雲のまにまのチンドンの音
足の裏をすこし浮かし
通り過ぎるひとびと
遠のいた足音が消えても
またお会いしましょう
かつがれた荷物の
背中がささやく
 
/岩佐なを

塗壁に掛けてあった
南方の面が落ちていた
埃をはらって
しばらく縁側で陽にあてた
春風がくると
うれしいのか口もとが弛む
犬が嗅ぐ
猫が跨ぐ
たのしいのか目を瞠る

縁側では南の島から
面を連れ帰った祖父が
煙草をのみながら高い
鳶の笛を聞いて
昭和のありさまを演じ
ややあってふつうに死んだ

とり込むのを忘れていたら
夜中に庭の方から
低い声の鼻唄が聞こえる
犬は吠えもせず
猫は夜遊びでいないだろう
蒲団の中で幽かに祖父を
想い出したけれど
億劫が眠りを勧めたので従った

ただ春の夜の夢の如し
翌朝は燃えるゴミの日
面を摑んで南方の観光土産じみた
表情に気落ちしながら
裏返すと鼻のあたりに
祖父の筆跡があった
ホンモノ

 

 
仕事/美濃千鶴

たとえば
百番札が
一枚多い箱を見つけて

たしか一枚足りない箱が
あったはずだと探せば
ないのは九十六番で
ということは他にも
札が合わない箱が
あるはずで

だから探す
十組の同じ箱
同じ百人一首の
密やかな歪み

そして見つける
百番が見当たらず
九十六番が二枚ある箱

仕事っていつも
そんなふう

ふりゆくわが身を一人引き出し
なほあまりある昔を差し入れ
やっと見つけたふりゆくわが身を
もとの場所へ返す
百人の一首が揃い
箱は甦る

〈九十六番の札が不足しています〉
三年前に貼った付箋が
はがすとき

「雑用という用はないんですよ」
遠い声が耳元でささやく

  詩誌『石の森』197号(2023年4月) 目次と詩作品2篇
       交野が原ポエムKの会  「石の森」編集・西岡彩乃 発行・美濃千鶴   
 惜春  美濃 千鶴  シフォンケーキ  夏山なお美
 朝霜の破壊  春香  《石の声》 夏山・髙石・美濃・春香   
 井の中の蛙大海を知らず  髙石 春香  追悼・凜々佳  
 指揮し奏で作る人  西岡 彩乃  交野が原通信312 ほいさ便り  
 一筆啓上  夏山なお美  あとがき  西岡 彩乃
「石の森」特別号Ⅰ『凜々佳小詩集〈リリカ・十代の詩〉』刊行 遺稿詩集
 「石の森」特別号Ⅱ『凜々佳小詩集〈リリカの詩・凜々佳〉』刊 遺稿詩集 
 
指揮し奏で作る人/西岡彩乃

限られた音階で作る世界が
まるで無限の広がりように感じられる
一つ音を伸ばすだけで 新しいページが増える

どこへ進んでいくのか
五線譜の人生で
無数の通路のうちの一つを選んでいる
見える限りで七つか八つ
もっと見えるときもあれば
二つぐらいのときもある
十も二十も通路が見えるのは
たいてい振り返った後のこと
あっちのほうがよかったのに なんて思いながら
美しいと思われる音程を決定していく
奇抜な道でもいい
懐かしい道でもいい
振り返って奏でるときには
すべてのメロディが思い出の痕跡になっていて
回想が指揮をする

デュエットしてカルテットして
ときには見ず知らずの人たちと
もっと大きな合奏をする
みんなそれぞれがソロパートなのを
一時でも忘れたくなるときがある
私が書いている曲を一緒に奏でてくれる
愛する仲間が欲しくなる

不思議にも
奏で終わるのと曲を書き終わるのは
みんな同時で
その後のほんの数秒の間に
全身を走馬灯が照らす
回想を回想する大片づけをしながら
最後に不自然に現れた休止符の息を飲み込む
曲は私が認識する限りにおいて
まだ終わっていない

無数の可能性の通路を経て
ここまで来たと思っていが
あるいは通路は一つしかなかったのかもしれない


惜春
/美濃千鶴

桜を見ている
これは毎年真っ先に咲く樹
他が満開になる頃には
ほとんど花が残っていないあわて者

桜を見る人を
桜が見ている
あわて者には
わかるらしい
最後の桜と知って見る人
最後かもしれないと思って見る人
あれが最後の桜だったと
過ぎてから気づく人

あわて者のうっかり桜よ
薄青く煙る春の大気をまとい
しなやかに揺れ立つ標であれ
自分の(ま)で咲くお前なら
見る人にふさわしい
花を手向けるから

最後でも
最後かもしれなくても
過ぎてから気づいても

そのすべてを
僥倖だと笑える
私でありたい

 
詩誌『石の森』196号(2022年12月) 目次と詩作品2篇
        交野が原ポエムKの会  「石の森」編集・西岡彩乃 発行・美濃千鶴   
 フリースを着て外に出る  春 香  あなたが笑うとき  西岡 彩乃
 彼方  美濃 千鶴  石の声 ・夏山・髙石・春香  
生きるということ  髙石 晴香  「交野が原通信」311号  
 時間の溝  夏山なお美  あとがき  西岡 彩乃
 凜々佳小詩集に寄せて  美濃 千鶴    
 「石の森」特別号Ⅰ『凜々佳小詩集〈リリカ・十代の詩〉』刊行 遺稿詩集
 「石の森」特別号Ⅱ『凜々佳小詩集〈リリカの詩・凜々佳〉』刊 遺稿詩集
 夏山なお美個人詩誌「梨翠書」第5号・第6号・第7号・第8号・第9号・第10号発行
 
フリースを着て外に出る春香

電車を降りると
一斉に同じ方向へ進む群れのひとつになる
背の高さや髪の長さ
異なる服装に年齢
ジェンダーの川は出口へ向かって流れ出て
改札を越えて散らばっていく
天王星が月に隠れた日のように
その時間川がつくられ
やがて大海の街へ消えていく
消えたようで存在しているのだけど
ひとしずくのその先はそれぞれ続いていくのだ

地下街の洒落たロッテリーの看板の宝くじ売り場
異次元への入口があるとすれば、こんな感じなのかな
そんな雰囲気や色ってあるもの
立ち止まる理由はいつだって経験や記憶やあこがれからそんな原因を小さな頭にたくさん詰め込んでいる
アップデートされているようなものでも
AIが認知しない
糸の細さのような繊細な感情を大切にしているのだよ

沈黙を求めながらも
頭の中では遠くで誰かの声が聞こえている
車輪が回って電話が鳴っている
鍋のグツグツ煮込む音や電気のスイッチがカチッと

生きるとは
生きているとは
風を揺らしながら音を発して
夕日をごくりと見つめる

冬の日暮れは早い
夕日はとても綺麗だよ
 
生きるということ髙石晴香

引き出しが壊れて
開けられなくなった
いつから 開けていなかったんだろう

ただ 流れて行く時間に
身を委ねているうちに
そこに 引き出しがあることさえ
忘れてしまっていた

そこにあったよね
あとで直せばいいやと
後回しにしているうちに
次から次へと 色んなことが起きて
結局は 開けることを 忘れてしまっていた

歳を重ねる度に
あとで は あとで ではなくなり
その存在さえも なくしてしまっていた

小さな メモリーカードには
大量の 写真
真っ直ぐな瞳をした 子どもたち

見つけた たくさんの引き出し
壊れたところも魔法のように直っていく
でも 中身は なにか 足りない気がする
そこにあったなくなったものには
きっと このまま気づかないまま なのだろう

目の前に居る
私より 大きくなりつつある
子どもたちを見ていると
壊れてしまうことも
忘れてしまうことも
全部 いいこと なのだと
なぜか ふふっと 笑うことができた

明日も 全力で
身を委ねて 駆け抜けていこう

 詩誌『交野が原』 第93号 (2022年9月) 目次
 郷土史カルタがかたる⑬ ・天の川 星のブランコ 夢のつり橋  羽衣橋 川に浴する天女と 結ばれる
 詩 Ⅰ    詩 Ⅱ  
暗中模索
晩年
あばよ!
開いたままのドア
光景
灯る
赤い靴
えのぐ遊び
宿題
「少年の朝」連作3
虫を噛む
女鳥羽川
南へ/万物の方式
地を眠る
黒い空反照の地
文字
たかとう匡子
岩佐 なを
八木 忠栄
中本 道代
季村 敏夫
田中眞由美
高階 杞一
青木由弥子
一色 真理
八木 幹夫
野崎 有以
葉山 美玖
蜆シモーヌ
渡辺めぐみ
福田 拓也
峯澤 典子
ムンドゥス・ケンジーニア
近況
いくた
高祖保の雪が
目覚めたら
アイスクリーム
火をつけた
湖から
ボトルメール
ニヵ月後
待つひと
1929年の夏にS☆Tが設けた鏡を
いま覗いてみる
ひの馘首
奄美の風と結ばれて
父の手帳
山田 兼士
美濃 千鶴
瀬崎   祐
北原 千代
新延   拳
草野 信子
神尾 和寿
浜江 順子
天牛美矢子
西岡 彩乃
相沢正一郎

京谷 裕彰
金堀 則夫
佐川 亜紀
長嶺 幸子
 評論・エッセイ 批評と詩作の小径を創造する 吉増剛造詩集『Voix ヴォワ』連載Ⅰ
百田宗治/掌ほどの日のひかり
岡本 勝人
寺田   操
 極私的詩界紀行30 *山本 博道詩集『夜のバザール』思潮社
*かわいふくみ詩集『風の ふふふ』土曜美術社出版販売
*吉井 淑詩集『鍋の底の青い空』澪標
冨上 芳秀
 書   評 福田拓也詩集『DEATHか裸』コトニ社
峯澤典子詩集『微熱期』思潮社
北原千代詩集『よしろう、かつき、なみ、うらら、』思潮社
新井啓子詩集『さざえ尻まで』思潮社
以倉絋平詩集『明日の旅』編集工房ノア
細田傳造詩集『まーめんじ』栗売社
竹内 新詩集『二人の合言葉―夫婦新語集』澪標
石下典子詩集『ナラティブ/もしもの街で』栃木文化社
小原宏延詩集『緬甸そのほかの旅』象爺社
堀内統義著『青い夜道の詩人ー田中冬二の旅 冬二への旅』創風社出版
岡本勝人著『仏教者 柳宗悦ー浄土信仰と美』佼成出版社
季村敏夫/高木彬著『一九二〇年代モダニズム詩集
             稲垣足穂と竹中郁その周辺思潮社
松下育男著『ーこれから詩を読み、書くひとのためのー詩の教室』思潮社
新井豊美著『新井豊美全詩集1935~2012』思潮社
佐川亜紀詩集『新・日本現代詩文庫157』土曜美術社出版販売
広瀬 大志
松下 育男
来住野恵子
冨岡 悦子
豊崎 美夜
谷内 修三
宇佐美孝二
山本十四尾
相沢正一郎
江口   節
伊藤 芳博

扉野 良人
服部   誕
野木 京子
ぱくきょんみ
 詩誌『交野が原』 第93号から  詩作品4編紹介 
 
暗中模索/たかとう匡子

朝刊かしら戸口に落ちる気配がする
啓示のように
暗示のように
捉えた耳は
まだ夢の中
兎にも角にも足を前に出さなければと焦るのだが

一寸先は闇

寝返りを打った拍子に
からだは大仰に震え
やみくもに伸ばした手の先は
裂け目か
それとも断層か

夢は液状にひろがっていて
その輪郭などどこかおぼつかない
それでも抜け道さがして枕を引き寄せたりする

風はたしかに吹いている
とはいえ
それは砂の枕ゆえに草いっぽんなく
立ちあがってくるのは
闇の
なかの
太古からの殺気ばかり

せつない季節が広がっている
死んだ者はけっして戻ってはこない
夢の中だってなおさら死んだ者はもう二度と
言い淀むうつつの底
に沈む
午前三時
朝刊かしら戸口に落ちる気配がして
 
あばよ!/八木忠栄

となりにぷいとすわった老人が

ひくくつぶやく
かれえだにからすとまりけり
秋のくれ
フー。
秋といわず この夏も
親しい友だちが
つぎつぎと
さいならもいわず去った
あばれずなにもせず
いいのこすことも
おたからもあるまい。
山ざとではわずかなさくらのあと
カタクリの花が
いちめんにさいている
むらさきいろはきれいだけれど
いやな花だ
がっくりうなだれ
地べたをみおろしているばかり。
夏にも秋にも
川はぶつぶつながれ
老人のつぶやきも
山ざとのなやみも
あれもこれもながされ
身もこころもながされてゆく。
やがて老人はたちあがって
挨拶もせずどこへきえてゆくのか?
からすもカタクリも
おぬしなんかみおくってくれない
あったりめえよ
せけんはなにごともなく
陽があふれるばかり
あばよ! 

南へ/蜆シモーヌ

キトラの朱雀を目にしたのちの、明日香村からの
 帰り道だった。

キジや と声がしたときには、もう
前線は
藪のなかだった
キジの領域がうごいていた

山をうごかす音がした

朱雀。

みずからの領域を
超え
南を司る
あれは、朱雀ではなかったか

遠く
葛城山がみぞれを降らし
南へ急げ、と
キジはいう



万物の方式

無際限の
そのまた無のおくに遍在している
有限の
わたしは、惚れる。
最愛の
あなたという文体

恋する万物たちの語らいをたたえて
 
近況/美濃千鶴

最近、死者がうるさい
入れかわり立ちかわりやってきては
自分が死んだ後のことを
聞きたがるのだ

二十年前に死んだおじいちゃんは
最近新入りが増えた、という
コロナで三万人死んだと教えると
目を丸くして帰っていった

十二年前に死んだおばあちゃんは
南海地震は大丈夫か、という
今のところはね、でも
東北の津波で二万人死んだ

百年に満たないひとりの生涯を
縄をなうようにより合わせては伸ばすひとの歴史
途絶えた人生の先には
死者の知らない物語が続いている

日本の街では誰もがマスクをつけて歩き
ヨーロッパでは戦争が始まった
四年前に死んだ恩師に問いかける
先生、今の〝この世〟をどう思いますか?

今日も諸々の死者が
わたしのもとを訪ねてくる
みんな〝続き〟が気になるらしい
そしてわたしは答えるのだ
いろんなことが変わったよ
たぶん昔より大変だよ
でも少なくとも今

わたしは生きているよ
        詩誌『石の森』195号(2022年9月) 目次と詩作品2篇
        交野が原ポエムKの会  「石の森」編集・西岡彩乃 発行・美濃千鶴   
 魚人  春 香  帰還まで すみれ じかん  夏山なお美
 模様替え  西岡 彩乃  〈石の声〉春香 夏山 髙石 美濃  
 もしもの世界で  髙石 晴香  「交野が原通信」310号  
 蜂  美濃 千鶴  あとがき  西岡 彩乃
 「石の森」特別号Ⅰ『凜々佳小詩集〈リリカ・十代の詩〉』刊行
 「石の森」特別号Ⅱ『凜々佳小詩集〈リリカの詩・凜々佳〉』刊行
 夏山なお美個人詩誌「梨翠書」第5号・第6号・第7号発行
 
魚人/春香

星屑の星座をぺろっと舐める
わたしはずいぶんと石ばかりかじっていたので
鉱物の沈殿物といわれても仕方ない

星座はわからなくて
でも占いは気にしたりして
鉱物のことは知らなくて
でも石に良く触れている

遠い昔、わたしがまだ魚だった頃
そのウロコを煌びやかに
だれよりもしなやかに泳いでいた
今はただ鏡に映った日焼けしたそばかす肌の女

めっそうもない 

私なんか

謙遜のかたまりの隅っこで

血しぶきの上がるほどに
上昇気流に乗っている

わたしは何者か
それさえも飛び越えて
犬のぬいぐるみだけ片手に抱いて
再びは魚になって突っ走れ
身を削るような波の道を
沸騰するような太陽の降り注ぐ激流
水面の静寂のような仮面をかぶり
やがては人の群れに紛れ込むのだ

 
模様替え/西岡彩乃

避けたいものを遮るということは
防ぎ護るということ
こんなに汚れても
きちんと機能している
はらはらと落ちていくのは
汚れ 思い出 痛み
かさぶたのように剥がれて
その身が薄くなる
わたがこぼれて
繊維がほどける
破れる 壊れる
小さくなる
埃にまみれたカーテン

隙間に手を添えて
ゆっくりやさしく
左へよける

それでも眩しい
こんなに隙だらけでも

窓を抜ける日差しは
やはり眩しい
この部屋は護られていた

手を伸ばして
ひとつひとつ
留め具を外していく
足元にすとんと
弱々しい衝撃
抜け殻のような
儚い重み
さあ
どうしたものか
      詩誌『石の森』194号(2022年5月) 目次と詩作品4篇
        交野が原ポエムKの会  「石の森」編集・西岡彩乃 発行・美濃千鶴   
 旅たち  美濃 千鶴  舞踏会  夏山なお美
 うわの宙  春 香  後に残るもの  凜々佳
 星を旅して  髙石 晴香 <石の声> ・春香・凜々佳・夏山・髙石  
 一方通行のトンネル  西岡 彩乃  「交野が原」通信 309号  
 素数の美  夏山なお美  あとがき  西岡 彩乃
  凜々佳個人詩誌「凜々佳」第7号発行/夏山なお美個人詩誌「梨翠書」 ・第2号・第3号・第4号発行

 旅立ち 美濃千鶴

ポーチを買おう
掌に収まる小さなポーチを
口紅とファンデーション
いい匂いのするハンドクリーム
西陣織の手鏡に
小さな爪切り
つげの櫛

花柄を選んだのは春
新しい季節の始まりに
華やいだ気持ちでいた頃

化粧石鹸を泡立て丁寧に手洗いする
日焼けと手垢で
花はすっかり色あせた
目地に入り込んで取れないのは
六年という歳月の粉
百貨店で目にしたときの
輝きはもうかえらない

ほつれもほころびもない
たしかな縫製
六年たっても崩れない形を
濡れた指先でなぞる

それでも私はポーチを買うだろう
そして新しいポーチに
同じものを入れるだろう
口紅とファンデーション
いい匂いのするハンドクリーム
西陣織の手鏡に
小さな爪切り
つげの櫛

陰干しして乾いた花柄のポーチに
取り出したものを入れ直す
時間が少しだけ巻き戻される音がする
 
うわの宙 春香

この一月野郎
正月からそんなに寝てもないのに
もう月替わりしてしまって
自分の誕生日だよ、二月
なぜだろう、ため息が出てしまって
長針をへし折りたいのに
時間の足音を聞く専用の世界らしいよ、ここは

特にため息とセットなのが肩こりと眼精疲労
くたくただよ、三月待ち構えないでください

私というもの
空の鳥に憧れている
おかげで空ばかり見ている
外にいるときは顔が自然とあがるものだ
特にしあわせを感じているわけではなく
鳥を探しているのだよ

食器を洗いながら
うちは手洗いだからね
横のステンカゴに洗った順番で重ねていく
またそのカゴが小さいもので
すぐにかさばっては、割るものか!この「食器山」
翌朝乾いた食器を棚へ並べながら
山は慎重に崩さないとね
何事もやさしくていねいに

それでもコップを触れば奥の皿が動くのよ、
 おかしいわね


カレンダーの日付も
ため息の空も食器の山さえも
なんだかはじめから決まっていたみたい
1の次は2
ため息の先に鳥
コップの奥に皿
りんごと涙は上から下へ

世の中の不条理な事柄と良いことと
絡み合っている数え切れないほどの思いを束ねて
また今年も駆け抜けていく

 
一方通行のトンネル 西岡彩乃

狭い石畳はでこぼこしている
林の木は疎らに空を塞ぐ
昼間か夕方か わからない
よく見知った家が 一軒 二軒
一番目の星と二番目の星
石に彫られた月と木で作られた顔
この足でゆっくりと空を歩いていく

ペンキの剥げた見慣れた螺旋階段を
一段飛ばしで下りれば
いつもの帰り道まで落ちていく
二段飛ばしで下りれば
夢で見た静かな公園に着く
雷が鳴る薄暗い空気の中でも
雨は降らない
平らな広場の真ん中で
虫や鳥の声を想像する

あれはどこだったか

透き通った青色の泉の脇には
真っ黒な大きな蛇
枯れた笹の葉の隙間には
熟れた木苺の群れ

いったいどこから来たのか

どんなに遠くまで歩いて行っても
家の近くにいることに変わりはない
まっすぐに進んでいっても
いつか必ず戻ってくる

いつかあそこへ行くのだ

過去を遡れば遡るほど
未来が近くなる
思い出が増えれば増えるほど
時は短くなる

こうしてみんな
帰っていく

舞踏会 夏山なお美

出来ることが増え
成長
出来ないことが積み重なり
老化
ではなく
悟り

ひとつずつ
出来ることを
再発見
ホトケノザの花道や
オオイヌノフグリの青い
道しるべを
数えるように
「大丈夫」
と確かめる

新しい朝が
また始まる

生殖能力をなくしたら
多くの動物たちは
自然淘汰
ヒトは
それを失ったまま
ないしょないしょ
オスのふり
メスのふり
舞踏会は続く

次の
エスコートを待つ
しぐさのまま
ステップを踏み
次の次へ
回りながら
痛みを感じつつ
愛想をふりまく
 詩誌『交野が原』 第92号 (2022年4月) 目次 
 郷土史カルタがかたる⑫ ・主がいる 三太郎ぎつねの 高岡稲荷・鐘づくり 妙見坂の 鐘鋳谷・絵図にある 金堀の里 鍛冶が坂」
 詩 Ⅰ    詩 Ⅱ  
月の乳房――高良留美子氏追悼
冬空に浮かぶ母
筆跡
工作
幽霊
確認
砕けた青空
遺失物係り
夜のアダージョ
緊急通報
微笑むひと
アロマンティック
吊るされて
おっぺしゃん/むしゃんよか
リフレイン
貝拾いの村
 
佐川 亜紀
八木 忠栄
海東 セラ
青木由弥子
天牛美矢子
杉本真維子
福田 拓也
瀬崎  祐
岡本 勝人
美濃 千鶴
相沢正一郎
冨岡 悦子
たかとう匡子
清岳 こう
峯澤 典子
野崎 有以
一色 真理
羽黒山
バス停
それでも流れる
未来のような風
黎明の鳥

家を訪ねる
さくらもえる
灯台に隠れる
朝酒
真実
一点
尻馬のやすらぎ 大根のさかしら
今宵/二人で――アグネス・ラム賛江
湾―再び代島治彦監督に 
𨫤の墟
少年の朝 連作2         
高階 杞一
田中眞由美
岡島 弘子

山田 兼士
中本 道代
伊藤 芳博
野木 京子
北原 千代

西岡 彩乃
岩佐 なを
苗村 吉昭
浜江 順子
京谷 裕彰

神尾 和寿
季村 敏夫
金堀 則夫
八木 幹夫
 評論・エッセイ □批評と詩作の小径を想像する「詩」と「批評」と「時代」の解剖…
□吉田一穂/距離(デスタンス)と毒針(エギョン)
岡本 勝人
寺田  操
 極私的詩界紀行29 *小島きみ子詩集『楽園のふたり』私家版
*壺阪輝代詩集『慈しみの風』土曜美術社出版販売
*青野 暦詩集『冬の森番』思潮社
冨上 芳秀
 書  評 倉橋健一詩集『無限抱擁』思潮社
吉田文憲詩集『ふたりであるもの』思潮社
松下育男詩集『コーヒーに砂糖は入れない』思潮社
清岳 こう詩集『雲また雲』思潮社
秋亜綺羅詩集『十二歳の少年は十七歳になった』思潮社
野崎有以詩集『ソ連のおばさん』思潮社
新延  拳詩集『経験の定義あるいは指の痛み』書肆山田
高階杞一詩集『ひらがなの朝』澪標
中上哲夫詩集『川の名前、その他の詩篇2011~2021』花梨社
冨上芳秀詩集『言葉遊びの猟場』詩遊社
田中伸治詩集『琥珀のラビリンス』書肆露滴房
川中子義勝詩集『ふたつの世界』土曜美術社出版販売
漆原正雄詩集『ジョバンンニの切符』ふたば工房
以倉絋平詩集『わが夜学生―自伝的エッセイ集』編集工房ノア
宇佐美孝二著『黒部節子という詩人』洪水企画
野沢  啓 著 『言語隠喩論』未來社
季村 敏夫
渡辺めぐみ
谷口  鳥子
志村喜代子
佐々木貴子
林  浩平
渡辺  玄英
池井  昌樹
金井  雄二
林  美佐子
彦坂美喜子
岡野絵里子
大家  正志
中西  弘貴
中原  秀雪
峯澤  典子
詩誌『交野が原』 第92号から  詩作品6編紹介 
 月の乳房/佐川亜紀
  
  ―高良留美子氏追悼

廃墟から生まれた光る(きず)
世界の裂け目から出る芽

その人の腕がアフリカの草を抱く
その人の耳がロサンゼルスの騒音を聞く
その人の目は物の奥をみつめる

真夏に在日女性詩人の言葉を求めて
病気の体で詩を編みに向かった

母が開いた女性の学問と政治への道
母が戦争中に残した影
妹の若い死は氷のペンダント

褐色の乳房が詩と音楽を飲ませる
灰色の乳房が新しい知を与える

母の水平線と分断線で
苦しみ続けた人
乳房は川であり 石であり

韓国の水原で朗読した詩「鳥の宇宙」
傷ついた鳥たちをかかえる木

月は乳房 ほとばしる銀河
月は子宮 星の三角州に血がめぐる
女性の体は宇宙のリズムを持っている

廃墟から生まれたもっとも豊かな実
いま土に帰って 天から乳を降り注ぐ 
 冬空に浮かぶ母/八木忠栄

どこまでも
カラーンと晴れわたった冬空に
母が気持ちよさそうに
横になって浮かんでいる

雲のようなワンピースを着て
浮かんでいる にっこり笑って
寒がりだった母
寒くないのだろうか

上空には風があるだろう
ながい白髪をなびかせ
満面に笑みを浮かべて…
母のあんな笑顔は見たことがなかった

両腕をやわらかくあげ
ながれるように 浮かんでいる
ワンピースは古いデザインのものだが
よく似合っている

流行おくれの鼻唄にあわせて
しなしなと舞うでもなく
ただ ながれるように 浮かんでいる
首すじににぶい光をためて

おーい と
声をかけるのもためらわれる
ただ見とれている
窓辺では 妻も娘もそろって…

ワンピースには
毘沙門山の雪がとうめいに映って
ゆるうく波うっている
いきなり 野兎でもかけ出すか

心地よげに いつまでも
浮かんでいる母
まだ春も遠いというのに
ねえ、
 筆跡/海東セラ

四角くおさまるのに
角はまるく
省略して結んで
かたちになった
ノートに記され
古代文字になって踊る
きまじめに立ちつくし
ときに青ざめ
肩いからせても
ひとしい筆圧
声がきこえてくる
よくとおらない
とどかせようと大声になり
生まれながらの不均衡
矩形になるのはかつて
ロウ原紙を使っていたから
カリカリカリカリ
マス目に鉄筆で刻んで
深夜にこしらえた
文字のかたち
感情を気にしすぎて
それが好きだと伝えわすれた
こんにちは
ノートをひらく
細字のボールペンで書かれ
見るたびにちがう
切り捨てずにぎくしゃく
つながったままの
笑い皺
ピクトグラム
身をもってなんなりとする
寝そべりながら信じている
部分をさしだし
ことばはなかった
ことばはあった
ノートは途中で
終わっている

幽霊/天牛美矢子

あそこで待ってるね
ピスタチオ色をした草の上、
一番最高だった時の夜を
君は忘れてしまったかもしれないけれど
私は丁寧に拾い集めてきた


私の罪は滑り落ち
音を立てながら次々砕けて星になる
星の光は強すぎて
私はほぼ透明になってしまったけれど
君は気づいてくれるだろうか


エンドロールで流れていたやさしい歌は
We'll meet againでも
I'll be seeing youでもなかった
見当はずれな答えを言う私を
死者たちは指差して笑うけれど
磨り減った歯を叩き割って黙らせてやる
君がここに居たらいいのに


降り積もった冗談の下、溶けずにいた
水晶玉みたいな氷の粒を口に含んでは
いつかの別れ際、いつまでも帰ろうとしなかった
騒々しい夜を思い出している


ここで待っているよ
唐突に開く楽園の門を
いくつも見過ごしてきたけれど
最後の門までに巡り会えなかったら
どうするかは決めている
いまいち思い出せない歌の続きを
君が聞かせてくれれば良い

 羽黒山/高階杞一

 眠れないのでごんす

枕元で声がする
お相撲さんが
正座して
こちらを見下ろしながら 何か
ぶつぶつ言っている

  明日の取り口はどうしよう
  羽黒山関は
 どのような立ち合いをしてくるだろう
  待ったをされたらどうしよう
 先にまわしをとられたら
  いやその前に
  塩をまくのを忘れたら……

もう半分
泣き顔になっている
ぼくは黙って聞いている
聞きながらいつか眠ってしまう


明るい庭を眺めながら
昨夜のことを考える
相撲のことはよく分からないけれど
せめて あの時
こう言ってあげればよかったな

君だけじゃないんだよ
この世にはたくさんの土俵があって
眠れない夜
ぼくにも
羽黒山がいるんだよ
 それでも流れる/岡島弘子

血栓ができても
せき止められても 飛び越えて
せき込みながら
流れる

体のすみずみまで たどり着いて
またもどって
繰り返し 流れる
心臓のリズムに合わせて
流れる

野川の水が にごっている
上流で工事しているのだ
ショベルカーが川底を掘り返して
あふれる水はホースに流して
それでも野川だった

血栓は いつ解けるのだろう
言葉が詰まって にはたずみになり
詩という
かさぶたができて
すらすらとはいかない
それでも流れる
流れ続ける

夢の中で
サラサラ
せせらぎの音を聞いた
あれは いつのこと
 詩誌『石の森』193号(2022年1月) 目次と詩作品4篇
   交野が原ポエムKの会   「石の森」編集・西岡彩乃 発行・美濃千鶴   
羊のメタン入りゲップかポリエステルか  春香 当たり前  凜々佳
明滅する融点  西岡 彩乃  凜々佳
虹の橋   夏山なお美 暗い世界で  前川 晶葉
ドミノ倒し  髙石 晴香 「交野が原通信」308号  
霧の谷  凜々佳 あとがき  西岡 彩乃
       夏山なお美個人詩誌「梨翠書」創刊 
 
羊のメタン入りゲップかポリエステルか春香

目を閉じて深く呼吸をし
太陽の明暗を感じながら
雲の重さと
風のよどみを確認する

モロッコの青い壁からなのか
イタリアの石畳からなのか
はたまたベトナムの洗濯物が並ぶ路地裏からなのか
となりを向けばそこに座っている

リサイクルポリエステルの服を纏いながら
マイクロプラスチック繊維を垂れ流すお姫様たち

オーガニックウールが話題になると
たちまち羊のメタン入りのゲップを食らう地球

わたしたちは目隠しするから
一年に一回だけ目を開けるね

都合のいいところだけ見ていたいものよ

この地球から
宇宙に視線が向いているときでさえ
目の前のキャラメルフラペチーノだけが
好き好きでたまらない
 
明滅する融点/西岡彩乃

暖めよう
もっと暖めよう
この部屋を
床板が傷まないように
壁紙が腐らないように
外からも中からも暖めよう

眠る前に聞こえる静かな水の音
小鳥が歩くようなか弱い摩擦音
枯れ草が折れて砕けていく乾いた音
静まり返れば静まり返るほど
冷気が音を伝えに来る

体の芯にある冷たいものを
できるだけ早く溶かさなくてはならない
時間が流れるのに合わせて
自然と弛んでいってはくれない
でも私は解き方を知らない

ガラスか氷か見分けがつかない
歪な鏡には
私が映らない
どんなに冷えて凍えているのか
自分で見ることができない

私に触れる手が
冷たさに驚いて逃げていく
ここには温度計がない
 
ドミノ倒し/髙石晴香

ひとつ ひとつ
素直に 偉い人たちの言う事を聞いて
ただ ただ まっすぐに
疑いもせず 迷いもせず

毎日 毎日
不安なことを 聞かされるから
不確かな情報を流されるから
なにが 本当のことかがわからずに

小さな字で書かれた注意書き
そこに 誰も 気にもとめず
目に見えない力に従う

後悔するのは
いつから? いつまで?
先が見えない明日を 恐怖に支配され
気がついたときには
倒れるしかない

もう戻れない
スタートは
かなり前にきられた

倒れた列が今日も増えていく

/凜々佳

  ――身体髪膚(しんたいはっぷ)、之を父母に受(う)く


ひとつだけの乳房
鏡に映るいまの私
右胸には
ブラックジャックの顔のような傷

乳房は赤子に乳を与えるものと
知人が言う
私の乳房は使われ仕舞い

世代を超えて
使われてきた乳房
私の代でお仕舞い

じっと見つめていると
ふふふ
と笑いが込み上げてくる

メスを入れた私の胸は
復讐の匂いがする
 詩誌『交野が原』 第91号 (2021年4月) 目次 
郷土史カルタが語る⑪ 「旅人の 高野のみちのり 一里塚 」
 》Ⅰ    《詩》  
春の木馬              八木 忠栄
仔馬                高階 杞一
ペルピニャン発           峯澤 典子
緑の木陰にて            武子 和幸
林檎の木              杉本真維子
引き違いの戸            海東 セラ
空                 宿久理花子
セミワクチン            野崎 有以
怒りの6月             望月 昶孝
明るい未来             苗村 吉昭
とどのつまり           たかとう匡子
電波ウイルス            山田 兼士
パンと地図             杉本  徹
人間の跡地             福田 拓也
引力のめぐる遊歩道         岡島 弘子
裏道                中本 道代
火曜日               渡辺めぐみ
Goodbye               季村 敏夫
雨傘と心臓              佐川 亜紀
(たまたま覗き込んだ鏡らしき平面に映る光景)の話
                  京谷 裕彰
暗闇\行進             天牛美矢子
不燃                浜江 順子

光の花               青木由弥子
ムッシュー・ポアロ         相沢正一郎
くろでんわ             岩佐 なを
おおしま              瀬崎  祐
白紙の森              西岡 彩乃
陽のゆらめきの先に         北原 千代
咲く                田中眞由美
冥婚               こたきこなみ
行きはよいよい帰りはこわい     山中 従子
ひのもと              金堀 則夫

溜池                一色 真理
きゅい ぎゆい           野木 京子
少年の朝              八木 幹夫
 □ 評論・エッセイ □批評と詩作の小径を創造する「背景の思想」への断章。
□阪田寛夫/寂しさと怖さと優しさと
岡本 勝人
寺田  操

 極私的界紀行28
*猪谷美知子 詩集『蝙蝠が歯を出して嗤っていた』澪標
*尾世川正明 詩集『糸切り歯の名前』思潮社
*鈴木良一 詩集『ひとりひとりの街』書物屋  
 冨上 芳秀
 □書 評 藤田晴央 詩集『空の泉』思潮社        
髙橋冨美子 詩集『夢泥棒』思潮社       
岸田裕史 詩集『水のなかの蛍光体』思潮社

颯木あやこ 詩集『名づけ得ぬ馬』思潮社
海東セラ 詩集『ドールハウス』思潮社
本多 寿 詩集『日の変幻』本多企画
田中眞由美 詩集『しろい風の中で』土曜美術社出版販売
西岡彩乃 詩集『双子星』交野が原発行所
詩・高階杞一/絵・浜野 史『星夜扉をあけて』澪標
松岡政則 詩集 現代詩文庫246思潮社
俵 万智 歌集『未来のサイズ』角川書店
中塚鞠子 著『「我を生まし足乳根の母」物語』深夜叢書社
中村不二夫 著『現代詩NOW Ⅰ』土曜美術社出版販売 
岡本勝人 著『1920年代の東京』左右社
林 浩平 著『リリカル・クライ・批評集19832020』論創社
中上 哲夫
松川 穂波
神尾 和寿
福田 拓也
笠井 嗣夫
川島  洋
瀬崎  祐
高橋玖末子
松下 育男
中西 弘貴
彦坂美喜子
竹内 英典
一色 真理
東辻浩太郎
吉田 文憲
詩誌『交野が原』 第91号から  詩作品6編紹介   
 
引き違いの戸/海東セラ
            ただ小鳥だけがふしぎがり
            ただそよ風だけがため息をつく――

型枠のガラスは割れるたびに継ぎ接ぎと
なって、薔薇と鳥の羽と結晶と、噛み合
わない月日の軋みも遠目にはバラエティ。
明かりとりとしては自明すぎますが、内
からも外からも揺れる影に呼ばれ、夜の
玄関を過ぎるときすこし足早になります。

開くたびにベルが触れ、だれが開けたか
はなぜだか音色でわかるもの。信じたい
日々をくり返し、風もうつろわせ、おす
そ分けの声なら実況的です。いとしさは
ときに行き違い、小石が挟まり、細かな
土の堆積する歳月を、つねに移動のまま。

枠ごと外すと欲する空がよく見えて、引
っ越しには有効ですが不完全さも心得た
もので、入りやすさの両義を開けて、閉
めて、出口は入口であるとは限りません。
ピシャリと閉じた反動でまた開く、ゆる
い隙間からやり直したい朝もあります。

散らかった日々さえ折り目正しく、開く
と同時に開かれています。たてまえにひ
そむ正直な気概に気づくとき、引き手は
朽ちて、満身創痍の敷居は浮きあがって
いますが、時間差でこぼれてくるひかり
とあかり、送り出された背にぬくもりも。

     *エミリー・ディキンソン(中島完 訳)
 
林檎の木杉本真維子

拘置所の前で
ささやいている
(子どもはよく祈る
 できることがおとなよりも少なから)

それから、夏の日、
碓氷峠の一八四のカーヴを越え、
土饅頭を数え、
タクシーの後部座席で
林檎の木について解説させられたこともあった
西のほうから来た父の客
ただ、驚いていた
あまりにも無造作で、それゆえ贅沢な
木の植え方に

おお、あっちにも
こっちにも
そのは林檎の木を指して
わたしたちの注意を逸らし
そのあいだに自宅の
鍵を奪われたのだった

「鍵の学校」も
「八十の手習い」も
それは空き巣のことだよとは
誰もいわなかったから
わたし子どものころから猛烈に怒りくるい
あの父のような男を絶対に捕まえてやる、と
拘置所の裏の林檎の木の根元で
ささやいている

 

 
/宿久理花子

「造花に水を
あげちゃうような人で
ちょうど今くらいの時期の
風と
同じにおいの旋毛をしてて猫アレルギーで
駐車場がどこも満車で
だいぶ走ったところでやっと
『空』を見つけて
よかったごめんね
こっから結構歩くかな
歩くの平気?
飽きちゃったらタクシー拾おうね
とか言う人でコアラに似てて
今もときどき
帰り道とかに『空』があると教えてあげたくなる
靴ひもがほどけて
しゃがむ
結んで
顔を上げたら
目が合って
不自然に昨日の
すごい雨だった話とかをはじめる
人で
ならんで歩くと
プレハブもきれいだった
覚えてる
日が落ちて
水を張ったみたいな路地裏へ赤く
あらゆる『空』が
点滅しながら沈んでいって」

 


火曜日渡辺めぐみ

太陽熱のシュプレヒコールに空が沸き返る
その陰で
どこかで必ず殺意が飴色に焦げているだろう
夏至が終わったばかりだから
こんな昼下がりを覚えておこうか

スクランブル交差点を盲導犬が主人と渡ってゆく
ヒトより尊いものが
汗も見せずに
アスファルトの硬さと響き合う
恋を知らないね

むずかる子供をあやしながら
若い母は若い父と揺れている
子供のよだれが
明日を呼び入れる笛の音のように
風に気化してゆくところだ

影をなくした形なきひとたちも
通り過ぎているのだろうか 今ここを
マリアナ海溝の深さで
彼らは決して姿を見せない

速度に見放されたものは
胸の内側で蹲る
梅雨の寒さが来るのを恐れつつ
ホームレスもそうかもしれない

応仁の乱が燃えました
「カエサルのものはカエサルに」
肉離れを起こした選手が湿布を貼って立ち上がる
閉鎖病棟の窓に日差しが降る
降れ
みんな歴史だ

交差点を振り返り振り返り
高層ビル群の間を歩いてゆく
 
不燃浜江順子

燃えない心臓が
かたかたと鳴っているのはなぜか?

燃えない鳥が
ちちちちと鳴いているのはなぜか?

道の脇には猫じゃらし揺れ
大きな玉はただ沈みゆく

限りない不燃
左手で風を切り
右手で嘘を悔いる

死者はまだ死者になりきれず
空気を燃やし
石を燃やし
飛ぶ
飛ぶ
飛ぶ

不燃のあそこへ
飛ぶ
飛ぶ
飛ぶ

隕石のように燃えない
後悔は燃え尽きない

痛くてうれしい風が吹きわたる時
不燃は突然、燃焼となる
激しい炎と
ある朝  


おおしま
/瀬崎 祐

土曜日の午後に話しかけたのだが
その声はおまえにまではとどかなかったのか
みんなは出かけてしまったから
わたしたちも夜の遊園地に行ってみようか
跨線橋の上からは遠い花火がみえた
今夜はたかはし川の花火大会だったんだ
おまえのために
だれかのあいだに紛れこもうとしたのだが
ざわめきはあちらにあったのだった
知らずにすれ違うことは
なにも起こらないだけにときに残酷なものとなる
取りのこされた時間が
せめて痛みのないものだったことを願っているよ
駅前では
すれ違うだれもが同じ顔をしている
それから裏路地の店でふたりでだまってピザを食べ
  た

ふたりはいつまでもだまっていた
あやふやな指示代名詞のままで
おまえをなぐさめるためには
一緒に仮装行列にまぎれ込めばよかったのか
それとも
祭の輪のなかで手をふればよかったのか
それからしばらくして
遠くへでかけるおまえの荷物を車に積んだ
もう夜の遊園地でときを過ごすことはない
花火はいつまでも遠くの空であがっている
その音がとどくまでは
こうしてここで待っているよ

詩誌『石の森』192号(2021年9月) 目次と詩作品4篇
   交野が原ポエムKの会   「石の森」編集・西岡彩乃 発行・美濃千鶴    
かき氷 春 香 歪んだインクルーシブ 髙石 晴香
夏のクロッキー帳 夏山なお美  <石の声>「詩の感性が生む新たな世界」 西岡 彩乃
設計図 西岡 彩乃  <石の声>「個人詩誌『凜々佳』」 凜々佳
名前  前川 晶葉   《交野が原通信》307  
行き先      土塊  凜々佳 あとがき 西岡 彩乃
 個人詩誌『凜々佳』第6号  2021年8月20日「蛍」「Bad smil face -悪い顔-」「霧」
 かき氷春香

マンゴー色の部分
かき混ぜては キウイ色の部分とさ
さきほどから
どうしようもないブルーベリーがこぼれ落ちるの
色が豊かなことは
目にとまることが増えること
色使いを操って
うっすら透明な氷たちはにっこり笑っている
溶ける代償の大きさをはじめから買収しているみたい
だれにだってなりたい色や憧れはあるもの
そのどれにも当てはまらない氷は
常にしたたかであるのだ

ストロベリーの血で真っ赤になったベロを出しながら
この世の終わりにあっかんべえっていう
甘いイチゴが好きだから
まだこの世の中にしがみついていたいとも思う
お金を払ってストロベリーになった
うっすら透明な氷といつか出会ってみたい
氷の上に寝そべって
いつのまにかどちらも溶けて液状になって
一緒になったからマグマみたいになって
止められないからそのまま流れ続けたい

そういうものでしょ
夏の花火があがるときって
 設計図西岡彩乃

未来が見えてくる
あらゆる要素のバランスが実線になる
何もかもが根拠を持っていて
無為なものはない
でなければ
存在していることの理由を説明できない

小さな世界で
生き生きとしたあなたに出会った
あなたはあなたの意思を持って
何度も私の心を傷つけた
もし私があなたなら
どうして私自身を傷つけるだろうか
あなたはやはり
私ではない

神は争いを許し
ときには矛先が自身に向くことをも受け入れる
空間をいくつも重ね合わせて
矛盾を起こさない未来と過去を
自分自身を守りながら
慎重に築いていく

それなのに
寝ても覚めても知ることができない
これは発見か
あるいは創造か

歩く度に増殖する道を
何度も行き来する
 名前前川晶葉

名前の無いものは
時に大きくて、優しくて、暖かい 

名前もなくて そして形もない
そういった物体に なりたい
それは無限大で
それは無数で

それは渺々たるもの
あなたから注がれる愛に名前はなく
私が持つ希望にも名前はない
私は
いつも名も無きものたちを
名も無きこの感情たちを
名も無き幸せの形を
大切にしていたい

 土塊(つちくれ)凜々佳

土塊にかえる準備をしている
私は母の胎内から産まれ
土塊にかえる

土塊は
ミミズに餌を与え
土塊は
草を生やす

土塊は
木々を育て
土塊は
森を育てる

アスファルトの道を
草が覆いつくし
コンクリートのマンションを
蔦が覆いつくす

私は土塊にかえって
初めて世を変える
詩誌『石の森』191号(2021年5月) 目次と詩作品4篇
交野が原ポエムKの会     「石の森」編集・西岡彩乃 発行・美濃千鶴    
進化の過程 西岡 彩乃 大海原 春  香
点描画 夏山なお美 書評/西岡彩乃詩集『双子星』 北原 千代
闘魂 凜 々 佳 書評/金堀則夫詩集『ひの石まつり』 海東 セラ
意味 前川 晶葉  「交野が原通信」  
行き場のない汚染 髙石 晴香  あとがき 西岡 彩乃
 個人詩誌「凜々佳」第5号  2021年6月1日「都会の川」「白鷺と青い空と青い海」「千と一本の腕」あとがき
 
 進化の過程/西岡彩乃

 決められた歩幅で 一本線の上を歩く
 加速する歩調は
 景色を変えていく
 白い光の束が差し
 突然影が伸びていく
 赤くなる景色 青くなる視界
 私は箱の上で眠り
 無限に広がるその中身に
 思いを馳せる

 夢の中で真実を垣間見て
 言葉を飲み込みながら起き上がる
 昼の星が空を遊泳する
 つつき回しすぎて破れた膜を
 なんとか修理しようとしている
 光が強すぎて
 私は日陰を探し続ける

 専門家は抜け目のない言葉を探し
 どんな歌よりも情緒に溢れた
 世界を包み結びつける数式にたどり着く
 いや たどり着けない
 穴を塞ぐことができない

 私の手は止まり 震え
 夢から覚めそうになる
 細長いコードを握り締めて
 大地を引き寄せていく
 あの空があるうちに
 あの海があるうちに
 私は星に帰らなくてはならない
 
 行き場のない汚染髙石晴香

 もやもや もやもや
 溜まっていく
 黒い 黒いもの

 誰かに話して
 少し ガス抜きをしても
 もやもやは また蓄積していく

 常識がその人にとって常識でなかったら
 もう 解決の道は塞がって
 我慢という 蓄積しか生み出さない

 その人らしく 生きることは 大事なこと
 わかってはいるけれど
 その人だけがよくて
 ほかの人はダメなことがあるのに
 できるだけみんなと同じようにしてください
 その要望は
 何かおかしな気がして

 矛盾だらけの日を
 もやもやと共に過ごしている

 見ないようにして 蓋をする毎日
 笑顔の裏をあの人は気づくはずもなく

 もやもやはいずれ
 諦めとため息に変わるしかない

 

 
 意味/前川晶葉

 例えば

 貴方の言葉の一つ一つが
 今私の感受性になり
 私の人生の一つ一つを紡いでいる
 一つ一つの言葉が私の人生を作っている

 意味の無いものが溢れているように
 錯覚を起こす世の中だけれど
 意味の無いものなどは
 何一つない
 全てが、私を作っているのだ

 貴方、両親、テレビのニュース、
 踏んだ草の感触、転がる石。


 出会う物事の全ては私のどこかで生きている
 それは、出会った時には気づけないものである

 私は 私は

 そういうことに気づける人でありたい

 私が出会う全ての物事は
 私によって意味を成す

 願わくば多くのものに出会いたい
 
 闘魂凜々佳(りりか)

 激しく降る雨の中で
 一羽の鴎(かもめ)
 雨に打たれていた
 羽根という羽根が
 濡れて束(たば)になり
 (つの)のように逆立っていた

 息がかかるくらいに近づいても
 飛び立つことができないのか
 小刻みに震えている鴎

 瞳は
 黒曜石のように燃えていて
 ちろりと
 私という人間を見る

 「時間」
 に追われて
 私という人間は
 その場を立ち去る
 都会の二級河川の欄干で
 震えていた鴎

 勝利したのだろうか

 

詩誌『交野が原』 第90号 (2021年4月) 目次 
            郷土史カルタが語る  「家康の 伊賀越えたすく ひそみの藪」
  》Ⅰ      《詩》   
水を見る
夜明けまで
カーテン
水たまりの黄金螺旋
のちの日
水の器
トランスフォーメイション

栗の皮をむく
ぐるり

口実
転居通知
ドア屋さん
アメリカひじき
銅貨磨き                                   
八木 幹夫
中本 道代
峯澤 典子
京谷 裕彰
季村 敏夫
岸田 裕史
西岡 彩乃
冨岡 悦子
細見 和之
神尾 和寿

青木由弥子
田中健太郎
岡島 弘子
野崎 有以
秋山 基夫
雨のアルバム
そんなことも言った

しんばし

転々
ピラカンサの梢で
アスターの花束
太陽を追って
陰翳の石
リレーの練習
討たれ
たどん
翡翠池行き
放生池
夜のお婆さん
一人足りない   
高階 杞一
野木 京子
瀬崎  祐
たかとう匡子
田中眞由美
白井 知子

山田 兼士
浜江 順子
苗村 吉昭
八木 忠栄

岩佐 なを
北原 千代

金堀 則夫
望月 昶孝
一色 真理
 □ 評論・エッセイ  □非存在から、意識化される美しい詩と難解な詩の、
        
現代詩という詩空間が求めるもの・・・(Ⅲ)
 『岡田隆彦詩集成』(響文社)の詩集『時に岸なし』『鴫立つ澤の』と
  中尾太一の『詩篇 パパパ・ロビンソン
(思潮社)を結ぶもの

□金子光晴・森美千代・森乾/私家版詩集の世界
        
岡本 勝人




寺田  操
  極私的界紀行 27  *岩佐なを詩集『ゆめみる手控』思潮社
 *大橋英人詩集『パスタの羅んぷ』洪水企画
 *木澤 豊詩集『燃える街/羊のいる場所』人間★社・草原詩社
冨上 芳秀
 




 □書 評
秋山基夫詩集『シリウス文書』思潮社
尾久守侑詩集『悪意Q47』思潮社
浜江順子詩集『あやうい果実』思潮社
北川朱実詩集『遠く、水門がひらいて』思潮社
北爪満喜詩集『Bridge』思潮社
金井雄二詩集『むかしぼくはきみに長い手紙を書いた』思潮社

沢田敏子詩集『一通の配達不能郵便がわたしを呼んだ』編集工房ノア
細見和之詩集『ほとぼりが冷めるまで』澪標
青木由弥子詩集『しのばず』土曜美術社出版販売
村野美優詩集『蜘蛛とジャム』たぶの森
冨岡悦子詩集『反暴力考』響文社
杉本真維子エッセイ集『三日間の石』響文社
牧田榮子著『倉橋健一の詩をく』澪標
谷川俊太郎・田原・山田兼士著
           『詩活の死活―
この時代に詩を語るということ』澪標 
瀬崎  祐
森本 孝徳
中本 道代
渡辺めぐみ
岡野絵里子
金井裕美子
伊藤 芳博
阿部日奈子
中村 剛彦
禿  慶子
佐川 亜紀
渡辺めぐみ
三井 喬子
江夏 名枝
詩誌『交野が原』 第90号から  詩作品6編紹介  


 水を見る
/八木幹夫

朝のひかりが差しこむ
父はじっと水を見ていた
兄もじっと水を見ていた
私もじっと水を見ていた

川にやって来たのは

何年ぶりだろう
色々なことがあった
色々なことが起こった
この川に来るまでに

父の見た水
兄の見た水
ひとときも同じではない
流れる水をじっとみていると
はるかな時間の流れに
吸い寄せられる

だから
じっと見てはいけない
と 女性がいう
すると
蛙や魚がはねたり
水鳥が飛び立ったりする
暗い思い込みが
流れ去る

水はひかりをうけて
キラキラ
父も兄も
キラキラ

 
 水の器/岸田裕史

電子ビームから放射された素粒子に
やわらかい傷をつけられる
エアーを吹きかけると痛みがはしり
小さな傷がマスクパターンの盤上に広がってゆく
今日もゆきずりに刻まれる素粒子の傷
傷口を舐めまわしても
なにも無い水盤のように見える

小さな傷にオゾン水をたらしこむ
亀裂や腐食 内側から壊れはじめる水の器
電流を流すとエーテルが漏れ
マスクパターンに青臭い匂いが立ちこめている
早く楽になりたいと思い
傷の裂け目に洗浄液をそそぐ
寄せては 返し
有機溶剤に癒される傷
結束がゆるみ表面に付着した素粒子がぬるりと動く
ふきこぼれる泡につつまれ
やわらかい紫外光が見えなくなる

素粒子が流されたあとで
マスクパターンを透かして見ると
多層膜ミラーに細胞の影が残っている
その影にガラスの針を突き刺し
傷口の奥深くまで挿入する
その様子をフォトマスクに転写し
何もなかったように
水をはりつめた多層膜ミラーを舐めまわす
 
 トランスフォーメイション/西岡彩乃

壁に阻まれ
空費される時間が回り
数はただの文字となり
またこのときがやってくる
何のために数えていたのか
まっすぐに歩けば
行き着いていたはずなのに
角を回ってぐるぐる
丸くないのに戻ってくる

どうしてもここから出られない
私の意思ではない
夜の森も怖いけれど
快晴の真昼も怖い

球体の空間は直方体に区切られ
目の悪い金魚のように
箱の中を彷徨する
少しずつ閉ざされ
急に狭められた私の住処

出ようとしてみるが
そこは私の庭
ここは外なのか
そこは私の町
四角い大気
四角い大地
なんという不自然な世界
垂線と対角線が
時間の中で背比べをしている
 
 ドア屋さん/岡島弘子

ななめにかたむいて
ドアが閉まらなくなった
野川の川音と時間の流れる音が すきまから
あふれこぼれ 去っていく

冷気がもれる 賞味期限がにげる
冷蔵庫のドア

コロナが入ってくる 請求書も差し込まれる
心身のドア

なによりも私の短くなった耐用年数が
だだもれで せきとめようがない

とつぜんでぼうぜんとする
時間のせせらぎの中
しょうぜん ぶぜんは とうぜん
ぜんぜん だんぜんとなり
トータルリフォームのドア屋さんに助けをもとめる

ガタピシと二時間格闘のすえ
やっと閉まった
すこしズレて ばったん と音立てて

さんぜんと輝く
ドア 家のマスク 窓 家のメガネ 灯 生存証明

私の消費期限 保証期限は 戻らないままに
 
 しんばし/瀬崎 祐

夜の駅には
たくさんの見送りの人がきてくれた
あちらでもお元気で
あなたこそお変わりありませんように
ほんとうは
誰にも知られずに旅立つはずだった
身のまわりの汚れをふきとれば
これまでのことは忘れてくれるのではないか
そんな約束を期待していたのだった
しかしその時は知らなかったのだ
わたしたちのすぐ背後には
たくさんの人がならんでいたのだ
たくさんの人が旅立とうと
黙って順番を待っていたのだ
夜行列車の振動で
大事な約束は大きくゆらぐ
眠りのまえには
あたりじゅうに水滴をまきちらした
こら 小僧 おとなしく寝ろ
大きくなってから静かに起きろ
粗いことばがつみあげられていた朝だった
それでもあたらしい南の空はひろくて
なによりも暑かった
夜汽車の疲れは首筋にでるからと
制服の襟には白い布を巻いた
黒い帽子にも白布をかぶせた
それから
わたしたちは小舟で島をめざした  
 
 転々たかとう匡子

棒状のものにすがりついている
頭のなかで何かが爆ぜ
正面の壁にぽかっと穴があいた
明度を剥ぎ取ってあたりは闇

粉々に砕け散る光のかけらが国境を越えている
渦を巻き
あいまいな輪郭
へんげする意識の断片
白くほどける
とみるまに喉が渇いて
浮き沈みしながら風を渡るのだった

ここは
もしかしたら
底冷えのする異国かもしれない
顔面を埋め尽くしている
今まで見たこともない
そこに浮遊する突起物が飛び出してきて
明日は我が身に降りかかる現実だと迫まってくる

棒状のものにすがりついている
五本の指のあいだにこだまする音
壊れた通路に運びこまれた
枯木の根もとに身をひそませている

体温は正常なのに
しきりにめまいがして
話しかけないでとしきりに訴えると
肩甲骨あたりから這い上がってきた
正体不明の粒子
転々
詩誌『石の森』190号(2021年1月) 目次と詩作品4篇
交野が原ポエムKの会     「石の森」編集・西岡彩乃 発行・美濃千鶴   
表舞台    西岡 彩乃 三十代の思春期   春  香
壮年期    髙石 晴香 四十六億分の私   前川 晶葉
たんぽぽへの道    夏山なお美 書評 金堀則夫詩集『ひの石まつり』   古賀 大助 
未来への扉    凜 々 佳 「交野が原」通信  「あとがき」  
  個人詩誌「凜々佳」 第2号 2020年10月 1 日 「蝶の影」 「診察券」 「障り」 あとがき
  個人詩誌「凜々佳」 第3号
  個人詩誌「凜々佳」 第4号
2020年11月 1 日 「太陽の子」 「がん病棟」 「偽り」 あとがき
2021年 1月10 日「一枚の絵」 「命」 「凜として咲く」 あとがき
 
 表舞台/西岡彩乃  

 明確な輪郭をもち
 ひとり 光を放っている
 その存在は唯一でありながら
 常に二つのうちの一つであり
 選び取られ続けて そこに立っている

 生み出されたときから
 生き残ることを運命づけられ
 片割れの選択肢を
 何度も殺し続けてきた
 愛されているかのように
 眼差しを 温もりを 一身に引き受けて
 栄光と息苦しさの中で
 名前を呼ばれ続けてき

 ときには影と重なり合い

 姿がより一層明らかになる
 二重星 

 影を飲み込み
 功績を得て欠陥を埋め
 再び目の前に現れる
 冷たいその光で
 消し去ってきた他方を愛しみながら
 宙を回り 追いかけて
 いつか 選ばれる前の一つに戻ろうとする
 二者択一を打ち破るには
 選ばれたものの働きかけがなくてはならない 

 一対であり 双つであるからこそ
 それは生き続けることができた
 一人では
 生き残ることはできない

 
 壮年期髙石晴香

 はじまりは ほんの少しの水溜まり
 それからどんどん どんどん大きくなって
 今はもう 広さが分からない海 

 最初は手を伸ばさなくても
 必要なものはそこにあり
 無意識でも取り出せた
 それが広く 広くなるうちに
 手探りの時間が増え 周り道が増え
 しばらく経たないと必要なものが
 取り出せなくなった 

 歳を重ねる度に
 広くなったはずの海の底に
 開くことのない穴があるような気がして
 潜って 潜って 探してみるけれど
 やっぱり見つからなくて
 それでも
 水は 私の知らないところで
 少しずつ 少しずつ 漏れだしている 

 大切だったものは 大切でなくなり
 必要なものは 必要でなくなる 

 干上がっていくような
 海が川になり水溜まりになっていくような
 言いようもない 怖さが
 1歩ずつ 1歩ずつ 忍びよってくる 

 私は明日も
 私なのだろうか?
 1年後 私は今日の私を
 探すことができるのだろうか?

 

  
 たんぽぽへの道夏山なお美  

 アステリスクに
 葉を広げて
 太陽からの恵みを
 受け取る戦略
 一度にたくさんの種を
 できるだけ遠くへ
 風や動物や昆虫の
 背を借りて

 しなやかに
 飛んでいく
 
 わたしは
 一度も
 あなたへ胸襟を開いたことがない
 沈黙の戦略で身を護る
 駆け出して
 追いつきたくても
 叫んで訴えたくても
 硬直したまま

 たんぽぽのように
 素直に
 前向きな
 種の保存の道程を
 たどれたら

 しびれる光も
 焼けるような風も
 さらっと かわして
 踏まれてもなお
 アステリスクを
 作り続けられるだろう

 わたしは
 地にはりついた
 星へ祈りを
 ささげる

       





    「凜々佳(りりか)」第2号より

 診察券
 プラスチック製の丈夫な診察券
 白地に青いライン黒い文字
 表面の細かい傷は
 一年二ヶ月で八十九かける二回
 来院時と清算時の機械に通すさいに出来るもの
 受付、看護師、クラーク、会計と
 多くのひとの手を介して
 証になって
 渡り歩く

 治療のため入院したときも
 体調を崩して入院したときも
 手術のときも
 現実味のない私の代わりに
 診察券は
 現実世界の先触れとなって私を先導する

 
 
詩誌『交野が原』 第89号 (2020年9月) 目次 
             郷土史カルタが語る  「絵図にある 金堀の里 鍛冶が坂」
         《》Ⅰ           《詩》Ⅱ   
雨の朝
静かな雨
発熱
指よ
我々はどこへ行くのか
種子
楽園
出口なし
あとさき
オーケストラ
翳りの息
じゃがいもの毒へ
変身

足下から頭上へと融け落ちる雨露
シェイクスピアを演じる小道具たち
 ―②冷蔵庫のメモ
キンバリー・クラーク女史の人生     
高階 杞一
八木 幹夫
峯澤 典子
望月 昶孝

中塚 鞠子
中本 道代

北原 千代
たかとう匡子
季村 敏夫

岡島 弘子
野木 京子

浜江 順子
神尾 和寿
京谷 裕彰
相沢正一郎

野崎 有以
八月
寝顔
神戸港にて
さめ
待つ女2020
零れる
かねっこおり
冥府の朝
敗戦処理投手
魚石の息吹
藤蔓
ふうの家

奏鳴曲
蕾の味
水鏡

本多  寿
野口やよい

佐藤モニカ
岩佐 なを
牧田 久未
田中眞由美

八木 忠栄
山田 兼士
苗村 吉昭
西岡 彩乃
瀬崎  祐
青木由弥子
一色 真理

佐川 亜紀
渡辺めぐみ
金堀 則夫
   
評論・エッセイ
非存在から、意識化される美しい詩と難解な詩の、
 現代詩という詩空間が求めるもの(Ⅱ)
『岡田隆彦詩集成』(響文社)の書評(序論)として


□木山捷平/美しき不覚 
岡本 勝人


寺田  操
特 集





極私的詩界紀行
 □金堀則夫の詩の世界――詩集『ひの石まつり』に寄せて
*「人と鬼と。火と鉄と」
*「〈わたし〉の核をあぶり出す火の言葉」
*「詩魂は非をあぶりだす」
*「不屈の意志の詩人の仕事」
  
*川鍋さく詩集『湖畔のリリー』人間社×草原詩社
*武内健二郎詩集『四角いまま』ミッドナイト・プレス
*柴田三吉詩集『桃源』ジャンクション・ハーベスト
*古谷鏡子詩集『浜木綿』空とぶキリン堂
*内田正美詩集『野の棺』澪標

中西 弘貴

峯澤 典子
白井 和子
渡辺めぐみ


冨上 芳秀
   



書 評
たかとう匡子詩集『耳凪ぎ目凪ぎ』思潮社
斎藤恵子詩集『熾(おきび)をむなうちにしずめ』思潮社
宮内喜美子詩集『神歌(ティルル)とさえずり』七月堂
伊藤芳博詩集『いのち/こばと』ふたば工房
冨上芳秀詩集『芭蕉の猿の面』詩遊社
近藤久也詩集『水の匂い』栗売社
谷口ちかえ詩集『木の遍歴』土曜美術社出
版販売
愛敬浩一詩集―現代詩人文庫17砂子屋書房/
       新・日本現代詩文庫
149土曜美術社出版販売
外村彰・苗村吉昭編『大野新随筆選集「詩の立会人」』       
小笠原眞著『続・詩人のポケット』ふらんす堂 
               
                 
田中健太郎
小笠原 眞
相沢正一郎
渡辺 玄英
林 美佐子
斎藤 恵子
田中眞由美

高   啓
梶谷 佳弘
高橋玖未子

編 集 後 記
詩誌『交野が原』 第89号から  詩作品4編紹介 
 
 我々はどこへ行くのか/中塚鞠子

 ―我々はどこから来たのか/我々は何者か/我々はどこへ
  行くのか
(ポール・ゴーギャン)

君たちはどこから来たのか
突然現れて 世界中をひっかき回した
君たちは何者だ
美しい姿を見せては 突然消える
正体見つけたと思えば とたんに姿を変える
君たちは何者だ 生物なのか
死んでもいないし生きてもいないものたちよ
 
PETER(ペテロ)は伝える
Jesus Christ は生きている そして死んでいる と
JOHN(ヨハネ)の黙示録は伝える
小羊が巻物を解き七つの封印を解くと
白い馬 赤い馬 黒い馬 蒼ざめた馬が出てくる
いよいよ七番目の封印が解かれると
ついに 七人の天使がラッパを吹き鳴らす

戦争 地震 津波 洪水 火山の噴火
コロナのパンデミック
我々を試すため? 神の黙示?
だが 無人の街に潜んで
じっとみんな耐えている
未来のために 選別された犠牲者
歯を食いしばって戦っている者

キリスト教もイスラム教もヒンズー教も仏教も
信じるも信じないもありはしない
世界中 見えない敵にひっくり返され だが強くなった
世の中確実に変わった
目に見えないものから逃れたら
やがて 人工頭脳が支配を始める
いったい 我々はどこへ行くのか
 
 種子中本道代  

この地には
花魁草や百日草や大反魂草が生え出た
その足元を切って墓に持っていく
この地で生まれて死んだ者に
この地で生まれて死ぬものを捧げる
むかしネアンデルタール人がしたように

花粉と種子は八万年を残り続けた
最後のネアンデルタール人は洞窟の入り口に一つの
 図形を残した

地中海の海辺で
そして私たちの血の中にわずかな種子を忍び込ませた
絶滅の寂寥の種子を

彼が描いたのは絵だったのか記号だったのか
子供のころはいつも木の枝で地面に絵を描いた
なぜか人の顔ばかりを
イエスは屈んで地面に指で何かを書いていた
それが文字だったのか絵だったのかを福音書の筆者は
 記していない

彼はだれにもわからないものを書いたのだろうか
そばに貶められた女が立っていた

海辺の洞窟で女の命の火が消えようとしていた
のけぞった首 緑色に変っていくくちびる 指先
閉じかけた瞳は何かを見ていた
それが何だったのかはだれにもわからない

その地には矢車草や向日葵や浜昼顔が生え出た
種子がこぼれ
人間が滅びても残されていく

 
 敗戦処理投手苗村吉昭

子どもの頃には野球のナイター中継を家族揃ってよく
 見たものだが

先発投手が打ち込まれ敗戦が濃厚になると
決まって登板してくる投手たちがいた
ときおり上手く打者を抑えて早々と役目を終えること
 もあったが

更に打ち込まれてヤジを浴びながらマウンドを降りる
 ことが多かった

自分が応援するチームが今晩は勝てないと見切ると
観客の多くは試合途中なのに帰路につき
父はテレビのチャンネルを代えた
それでも試合終了までは誰かが投げ続けていた

二〇二〇年四月一日
私は左遷先から本部に呼び戻された
新型コロナウイルス感染症が拡大し
誰もが先行きの見通せない状況であった
私のいなかった三年の間に組織は新たな問題を抱え
喫緊の感染症対策もお粗末なものであった
この組織はやがて行き詰まる
いまさら呼び戻されても何ができるわけでもない
まるで敗戦処理投手だなと思ったしかしこれまで私が先発完投できた日々があったろうか
ときおり空振り三振を奪い大喝采を浴びた日もあったが
多くは打ち込まれ負け続けてきた日々ではなかったか
それでも誰かが今日の試合を終わらせ明日に繋がねば
 ならない

それは私でなくても構わぬ役目だが
今日は私がマウンドに立つことになっただけ
打ち込まれたらヤジを浴びて降板するだけのことである
それでも生きている限り
どこかのマウンドで投げ続けなければならない
私たちの日々は
無数の敗戦処理投手たちによって支えられているので
 ある。

 

 
 水鏡/渡辺めぐみ  

心臓のなかで揺れる微かな音に
草木が耳を傾けている
「同調してくる草木だけを愛しますか
それとも選択を放棄し
一律全方位に愛を散布しますか」
この種のテストは
脳差と呼ばれる価値の判断に
多く用いられた
個体差に目をつぶらぬものは
暗に卑怯とされる
生存権の拡大が最も重視される時代には
当然かもしれない

金塊の下に
死の灰がたまっていた
金塊を動かそうと足掻くもの
放射能の半減期がまだ来ないことを
算段に入れることができぬもの
それらを参与として
プランを立ち上げる
その祝祭に招かれることが
ステータスシンボルとなる

「驕りによるひとの低さに
水がたまる
屋根を崩す水か
地盤を崩す水かは知らず
水は誰のものにもならぬ
そのことが重要なのだ」
傑作を作ってはこわし
作ってはこわししてきたさる芸術家の
絶筆だった
越えるためにあるのではない谷を
忘却されるまで
ひとが見つめている
感情過多であるものの
敗退だ

詩誌『石の森』189号(2020年9月) 目次と詩作品4篇
交野が原ポエムKの会     「石の森」編集・西岡彩乃 発行・美濃千鶴  
  五番目の季節   西岡 彩乃   乳房   凜 々 佳
  ある日曜日のひとりごと   春 香   にんげん / 答え   前川 晶葉
  決別 / 認知テスト考   夏山なお美   「交野が原」通信  
  闇の呪文 / 語り継がれる化け物   髙石 晴香   あとがき   西岡 彩乃
 個人詩誌「凜々佳」創刊 2020年9月1詩・未確認飛行物体 ・幻(ゴースト)・枷(かせ)・あとがき
 
 五番目の季節/西岡彩乃
 
真っ白な日々が

大切なことを思い出したように
ここへやってくる

離ればなれの枝と枝が

足元を見下ろす
いつか花びらが触れ合うときに
同じ部屋で暖まる家族の笑い声を
聞かせてくれるかもしれない
ずっと見知っていたあなたたちの
未だ見ぬ幸せな時間に触れたい 

明日はあるはずなのに
二度と春が来ないような切なさが
喜びの余韻を強める
さようなら
消える前に目に入る光は
青空の下の木漏れ日のようだった 

綴られた文字にも時は流れ
同じ期間だけ年を取る
懐かしい声
一緒にいた日々を
何度も振り返ろう
六番目の季節でまた会えますように

 

 
 ある日曜日のひとりごと春香 

彼はダイニングテーブルで図面を広げながら
私は海外の庭の写真集を片手に
南瓜の焦げる寸前までのタイミングに耳を傾けなが
 らも

彼の仕事の話を右耳で聴いている

生活の一コマが
流れる水のように留めることはできない 

推敲できない時間を
ただ風が吹いていく方向へ向かっていくだけだ 

白いパンツにカレーのシミが汚らしく跳ねることも
名札をどこかへ落としてしまった小学生も
土砂降りの日にシーツを意気揚々と干して出かけて
 しまった主婦も

起こった出来事に「もう一度」はない 

すべての出来事は不安定で
どれを受け入れて どれを受け入れないかを
勝手に決めているのはいつも自分自身だ 

焦げてしまった塩パンの焦げをむしりながら
少しだけクスクス笑ったのは
安定した事の中では起こらない 

うまくいかないことのなかにこそ
私たちは水の色さえ変えることができるのだから

 

 
 にんげん/前川晶葉  

にんげんとして生きていると
にんげんが一番えらいのだと
そういう錯覚をしてしまう

にんげんとして生きているが
用意されたこの社会で
生きているだけなのに

誰かが作ったこの町に
誰かが立てたこの家に
住んでいるだけなのに 

自分を含めてえらいと
考えてしまうのはなぜだろう

発達しすぎた文明社会
誰かが発明したものを使って
こんなもの発明できるなんて
人間はすごいって
自分は何1つしていないのに
自分は何1つ作っていないのに

考えてしまうのはなぜだろう

  
      個人詩誌「凜々佳」より

 凜々佳
 
地下を走る電車の窓に
あの女の眼を見た
すぅと記憶をさかのぼり
私は子どもになる
あの女の愚痴
怒号
子どものころの押し殺していた痛みが  
怒りをもつ眼となり窓に映る
見る間に悲しみの色を帯びてゆく

あの女はどこまでも枷となって私についてくる  
足枷となり
手枷となり
首枷となり

つきまとう
私はもう五十三歳なのに

電車が地上に出て
太陽の光が私を照らす

怒りに縛られるのを恐れて
首をぶるっと横に振る
枷をすべて引きちぎり
残されたのは傷だらけの私
瞳の奥に小さな光を宿して

 

詩誌『石の森』188号(2020年5月) 目次と詩作品4篇
交野が原ポエムKの会     「石の森」編集・西岡彩乃 発行・美濃千鶴 
  境界の内側    西岡 彩乃   大根役者    髙石 晴香
  レッドロビンの赤い葉は    美濃 千鶴   自由の庭    凜々佳
  靴の絵巻    夏山なお美   水の行く末    春香
  染みの連想ゲーム    夏山なお美   やまい    ほりみずき
  カサンドラの嘆き    高石 晴香   交野が原通信  あとがき  
 
 境界の内/西岡彩乃

このすぐ先にある
現在に引き込みたい
未来の現実
 
たくさんの夢を見て

その全てを覚えている
もしかしたら
指先が痛いのは

夢を見たせいかもしれない
大嫌いな糸を手繰り寄せて
絶対に必要だと思っていた
片方の靴を捨てる
ぽつんと真っ直ぐ歩いていく
それでも一人きりにならないのは
この先に 
会うべき人がいるから

地球をぐるぐる回る
架空の法則が線を持って
現れてくる

燃えるように熱いノブを
やっとの思いで回してみると
ドアの中には
誰もいない
私は振り返る
後にも先にも
同じ世界が広がっている
ドアに入ることはできない
 
 レッドロビンの赤い葉は美濃千鶴

落葉ではなく新芽だ
  
窓の外には

レッドロビンの生け垣
生け垣の向こうの道に
子どもの声はなく
閉ざされたうちのなか
時計は止まっている

“誰がこまどりを殺したの?”
問いは空に拡散し
尋ねた者に降りかかる
疑問でずぶぬれになりながら
カブトムシは フクロウは カラスは ヒバリは トビは
 ツグミは

働いている
弔いの翌日を迎えるために

手を洗うのは
明日をつくるため
手を繋ぐのは
今日に絶望しないため

レッドロビンの赤い葉は
落葉ではなく新芽だという
静まるものと飛ぶものをつないで
みずみずしく赤い無数の枝先が
まっすぐに青天を衝く
まるで祈りの手のように

  *“誰がこまどりを殺したの?”
           …「マザーグース」より。

 
 靴の絵巻/夏山なお美
 
人は何足 靴を履きつぶしたら
人生を終えるのか
 
履かなかった靴の時間が
下駄箱の中で
地層のように埋もれる

自分の足も

時を重ねるうちに
長さも 幅も 高さも
アーチも変って行く
夢を見て
アーチをはずませ走った頃は
いつまで 追いかけても
たどりつけない
虹の曲線のように
何色にもなれると信じていた

いつしか
地球との接点は
いびつになり
足跡を残さないことが
考える美徳だと秒針をながめながら
立ち止まる

背伸びをした ハイヒール
瞬足を願った スニーカー
私の時間軸の スクリーンに
点描画が残る

ふり向いて
ムスカリの青い光の
手まねきを 確かめるように
この星と
足裏との

相聞歌の
続きを考える

 



 自由の庭凜々佳


ビルの八階
小さな三角形の空中庭園
風にゆれる隠花植物
緑と赤茶のコントラスト

空中庭園を縁取る低い塀の上
鳥が一羽
見られているなんて思ってもいない
跳ねて跳ねてリズムを取る
に落ちていた長い植物をくわえてダンスダンス
右へととと
左へつつつ
隠花植物の中へダイブして
ひこひこひこ
と頭だけを植物から出して
踊りまわる
 
やがて庭の縁の防鳥ワイヤーをプイッと乗り越えて
真っ青な空へと羽ばたいた

見ているのはあたし
何も持たないあたし
ポチとあだ名づけられた点滴スタンドにつながれた
あたし
 
 詩誌『交野が原』 第88号 (2020年4月) 目次
              郷土史カルタが語る 「敬虔な 古宮とよぶ 交野大明神」
         《》Ⅰ            《詩》  
鳥たちの冬に             平林 敏彦
花影                 峯澤 典子
一篇の詩がはじまる前には      たかとう匡子
みんなころんだ            八木 幹夫
虹の橋                高階 杞一
ひとりの人がいる!          岡島 弘子
川                  中本 道代
真空                 浜江 順子
シェイクスピアを演じる小道具たちーー①
  
コート               相沢正一郎

オーデュポンのカレンダー       冨岡 悦子
黒富士                望月 昶孝
鍋に降る雨              齋藤  貢
日の                渡辺めぐみ
熱海秘宝館行きロープウエイ 大雪で止まるの巻   野崎 有以
カロンの艀
寂寞

あした
私が眠る頃
十四日月と海
五千万円
集合写真

生活の詩人
(食べ物編)
白く、ゆれる
道程

赤い鳥居を千本抜けて
太郎
冬の金魚
        
山田 兼士
岩佐 なを
田中眞由美
西岡 彩乃
野木 京子

神尾 和寿
苗村 吉昭
北原 千代
犬飼 愛生
青木由弥子

瀬崎  祐
一色 真理
金堀 則夫
佐川 亜紀

 評論・エッセイ   □存在と非在から、意識化される美しい詩と難解な詩が言い表しうるもの・・・

 □尾形亀之助と松本竣介/美しい街にドラマあり
岡本 勝人

寺田  操
 極私的詩界紀行25  *朝倉宏哉詩集『叫び』砂子屋書房
 *吉田義昭詩集『幸福の速度』土曜美術社出版販売
 *武部治代詩集『人恋ひ』編集工房ノア
 *佐藤モニカ詩集『世界は朝の』新星出版
冨上 芳秀
  書評  渡辺めぐみ詩集『昼の岸』思潮社
 白井知子詩集『旅を編む』思潮社
 水島英己詩集『野の戦い、海の思い』思潮社

 今野和代詩集『悪い兄さん』思潮社
 高橋玖未子詩集『呼ばれるまで』思潮社
 八木幹夫詩集『郵便局まで』ミッドナイト・プレス
 中村不二夫詩集『鳥のうた』土曜美術社出
版販売
 中井ひさ子詩集『そらいろあぶりだし』土曜美術社出
版販売
 前原正治詩集『緑の歌』土曜美術社出版販売 
 本多 寿詩集『風の巣』本多企画
 松下育男詩集―現代詩文庫
244 思潮社
 岡本勝人著『詩的水平線―萩原朔太郎から小林秀雄と西脇順三郎』響文社
                 
編集後記
峯澤 典子
藤田 晴央
玉城 入野
京谷 裕彰
柏木 勇一
川島  洋
沢田 敏子
上手  宰
柳生じゅん子
柴田 三吉
神尾 和寿
神山 睦美
 詩誌『交野が原』 第88号から  詩作品6編紹介
 
 みんなころんだ/八木幹夫

一〇文字のことばを言い切って
いきなりうしろを向く
木枯の林には
もちろん 誰もいない
犬もいない猫もいない
それから
ちょっとズルをする
木の幹に顔寄せて
コロンダと言うまえに
両手で顔をおおいながら
指のあいだから
うしろを見る
ざわめいている木々
「おい お前が先にいけよ」
「いやだよ おれ」

なんということだ
向こうへ逝った
犬や猫や人が
木の陰に隠れている
ダルマサンガコロンダ
あまりに抒情的な遊び
また気を取り直して
林の中を進む
達磨さんが転んだ
いぬがころんだ
ねこがころんだ
わたしがころんだ
みんな枯葉の中で
子供になって
かさかさと
よろこんだ
 
 
 虹の橋高階杞一

火葬の間の待ち時間
表に出ると
空に
大きな虹がかかっていた

愛されていた動物は
死ぬと
虹の橋へ行くという

それで虹を作ってくれたのかな
燃えさかる火の中から
魂だけ抜け出して
今ここにいるよ
とぼくに
教えてくれるために

君は笑顔だね
元気だったときとおんなじように
しっかり四つの足で立って
パパー
と呼んでるみたい

そっちへ行くことができたらなあ
行って
橋の上からこちらへ
連れてくることができたらなあ

 散歩?

って君はうれしそうにぼくに聞く
ぼくは手を伸ばし
いい子いい子 と
頭をなでる
ごめんねやありがとうやどうしてや いっぱい
心の中で言いながら
小さな頭をなでる
 
 真空浜江順子

片足の痙攣が
真空を呼んだのか?
それとも心の萎縮が

生んだのか?
さだかではないが、
片隅にポーンとある

草の小さな滓にまぶされているが
そこには
闇のすべてがあり
獏の鳴き声もとどかない
ましてや
人の声など
とどくはずもない

それは
鳴くでもなく
揺れるでもなく
漠然と存在するだけで
街の灯りを喰うこともない

ありとあらゆる疑念が
生んだ真空だからこそ
パワーがあり
演技さえしてみせる
卑猥なサインまで送ってみせる

  指の根を押さえつけられ
  血も少し抜かれ
  骨も少々叩かれ
  沈殿するしかない
  指先は真東を向いている

突然、真空の真の意味に
気づいた時
それはあっけらかんと
ごく普通の空気に変わっていた

 
 カロンの艀山田兼士

天井が回転し
体が床に打ち付けられた  

データを保存し
トイレに行くために椅子を回転
そのまま足を踏み出したところで
みごとにひっくり返った
リハビリ中であることを忘れていたのだ

髄膜炎の高熱で倒れてから3ヶ月
中原中也の死因になった病気だという
命が危ういほど重篤だったことを
自分ではまったく覚えていない

家族や友人の声は聞こえたが
自分がどう答えたか覚えていない
焔や渦の塊のようなものが
ろうろうと流れ去り
その隙間を
小舟のような影が通り過ぎた

あれがカロンの艀
小舟に乗ったオルフェが
じっとこちらを見詰めていた
生死の境をさまよったにしては
呆気ない顛末だ

夢と現の妙な幻想も遠ざかり
生活の雑事が気になり始めたが
いまは
残された命を味わう時
もしかすると
この生は残像かもしれない
カロンの艀で去ったものが見続けている
夢の欠片かもしれない 
 
  
 あした田中眞由美

 痛みが
 いま ここにいることを教える 

 刻まれる時を
 捉えそこなったものに
 支払わねばならぬものが突き付けられる

 瞳は凝らしていた
 その時は必ず来ると
 片時も瞬きはしなかったはずなのに

 眠りの中のあなたの呼吸
 規則正しく繰り返されるリズムに
 騙されてしまった

   だいじょうぶ
   いきのくりかえすやすらぎ
   だいじょうぶ
   ねむりはあなたのもの

 あなたの企みは
 いつものように別れていくこと

 またあしたねと
 言葉をかけるだけで
 約束されたあした
 あしたを信じさせたままで
 あなたは出かけてしまった

 だからわたしは
 あしたあなたに会えることを
 信じている

 痛みを抱えたままで
 これからもずっと

 
 生活の詩人(食べ物編)犬飼愛生

「食べ物の詩が多いですね」
たしかに
ボロネーゼ
生姜の佃煮
ケーキ

焼肉
ゼリーポンチ
リンゴジャムパン…
食べ物の詩をたくさん書いてきた
作ることで閃いて
食べることで開く場面

キッチンに立って、わたしは料理を作る
思考は分裂しながら
フライパンの中で炒められる
しんなりして
無心で火が通って行く様子を眺めている
場面を刻んで塩で揉む
味付けは、いつも難しい

たまには
誰かがつくった
おいしい料理を食べる
あの時 一緒に食べたことを思い出す
(善や悪や偽りや本心など)
消費したんだよ
時間と感情もね

君の口からでた意外なことば
掬い取ってスプーンで自分の口に運ぶ
毒でもいいんだ
毒入りでもおいしい料理は皿まで舐めたいってやつよ

作ること、食べることは生活だから
詩が書ける
わたしは今日もそうして
生活の詩を作る

詩誌『石の森』187号(2020年1月) 目次と詩作品4篇
交野が原ポエムKの会     「石の森」編集・西岡彩乃 発行・美濃千鶴
ココア  夏山なお美 昨日のサンマ  春香
一冊の本  前川 晶葉  凛々佳
格子上の恋  西岡 彩乃 エッセイ「神奈備から昇る立春の朝日」  西岡 雅廣
ふるいにかけて  髙石 晴香 「交野が原通信302」 あとがき 西岡彩乃  


 一冊の本
/前川晶葉

我々は真っ白の 本として生まれてくる
それぞれが一冊の本 
書きたいことを 書いて良い
書き続けなければならない
鍵などはないから 誰もが自由に書き込める
自分で書いたものを 誰かに消されるかもしれない
破かれるかもしれない
書き加えられるかもしれない
だけれども 本は本なのだ
どんな状態でも 本なのだ
私たちはたくさんの本を読む
たくさんの本を覗く
もちろん全ては理解できないが
お気に入りを見つけるのだ
真似をして 書き写してみたり
やっぱり合わないと思ったり
その一つ一つで
より深みある本が
より彩りある本が出来上がる
同じものはひとつもない
願わくば
終わりのページのあとがきが
誇れるものであるために
私たちは今日も書き続ける。



 卵
凜々佳(りりか)


卵を割る
音をたてて割る
かんかんかんと音をたてて
卵の殻を割る

とろりと出てくるのは無精子卵
産み出せ産み出せと無理を言う
何も産み出せないのに卵としてある卵
はりぼての卵は立派な目玉焼きに
見せかけの目玉焼き
ナイフとフォークを手に取って
産み出すことのない目玉焼きを食す

有精子卵が食べたいのに
たとえ卵が血で汚されていたとしても
有精子卵が食べたいのに

たとえ卵の中で雛になろうとしていたとしても


 格子上の恋
/西岡彩乃

丸い世界に生きていれば
回って巡って
反対側へ行ける
この針の反対側に
不特定のあなたが歩いていて
いつか私の背中をつつく
真っ直ぐに伸ばした線は
緩やかに曲がってどこかで交わり
けっして行くことができなかった世界に

二千年もかかってたどり着く

理由のいらない約束を並べ
たくさんのあなたを組み合わせる
約束のための約束を重ねすぎて
真実にたどり着く道がわからない

それでも初めにどこから来たのかを
ずっと忘れない

どこでもない虚しい世界
私はそこには生きていない
世界がここへやってくる
世界が私の足元を駆け回る
私をずっと取り囲んでいる

空間をさまよい走って
約束と約束を結んでも
形のある真実はけっして手に入らない
その世界はここではない
未来も過去も超えた真理が
傍に在るのにもかかわらず


 ふるいにかけて/髙石晴香 

目の粗いザルからこぼれた(いびつ)な豆が
またひとつ
たくさんの豆の中に潜むように
隠れるように

明らかに歪なものは他のところへ
それでも残ってしまう
根本は同じでもどこかが違う
全ての豆の中ではういてしまう

歪でも同じ豆
そんなことは分かっている
それでも
少しでも丸くなる可能性を秘めている
丸いものが必ずしもいいわけではないけれど。

もっともっと
目の細かいザルを。
何度も何度もふるいにかけて。

それぞれの場所にいけるように
歪さが埋もれないように
丸いものの中で違和感に潰されることがないように。
時を重ねて自ら腐ってしまうことがないように。

詩誌『交野が原』 第87号 (2019年9月) 目次
郷土史カルタが語る⑦ 「軍用の 走る線路あと 香里まで」 
 《詩》Ⅰ    《詩》Ⅱ  
ならず者にて 詩を書くと いう事
慣れる                ある晩秋の不良患者の日記
望楼病棟
棄てられた声、裏山を越えたところ
帽子 ――大井川鐵道
煮ても焼いても
こと うたと
君の言ったことも話さない理由も
人が語ること
緑の女たち
デフォルトゲートウェイと千紫万紅を巡るエスキス
春のブラックホール
午前0時府中本町駅 キーストンの木馬に乗る
平林 敏彦
岡島 弘子
望月 昶孝
瀬崎  祐
野木 京子
高階 杞一
神尾 和寿
峯澤 典子
川井 麻希
和田まさ子
佐川 亜紀
秋川 久紫
八木 幹夫
野崎 有以
ごく小さな事件簿
告白
琥珀
仙人掌じいさん
巡る無限
かんぴょう男
家族
単線の神さま
誰か
母親・父親・兄
飛行機雲
ノートルダムの吸血鬼
ひまつり
たかとう匡子
青木由弥子
北原 千代
岩佐 なを
西岡 彩乃
浜江 順子

一色 真理
苗村 吉昭
美濃 千鶴
八木 忠栄-
藤田 晴央
山田 兼士
金堀 則夫

評論・エッセイ
       
□批評は、詩作の小径を創造するだろうか
               ――添田馨著『クリティカル=ライン』(思潮社)を中心にして――  
       
□高村光太郎/モチーフは手にありて            
                 

 
岡本 勝人



寺田  操
       極私的界紀行24                      
           
*吉田博哉詩集『残夢録』砂子屋書房
         *川上明日夫詩集『無人駅』思潮社
         *吉川伸幸詩集『脳に雨の降る』土曜美術社出版販売
         *山田隆昭詩集『伝令』砂子屋書房
         *林  嗣夫詩集『洗面器』土曜美術社出版販売
冨上 芳秀
書評
       目黒裕佳子詩集『左手』思潮社                      渡辺めぐみ
      彦坂美喜子詩集『子実体日記~だれのすみかでもない~』思潮社          中塚 鞠子
      秋川久紫詩集『フラグメント 奇貨から群夢まで』港の人          岩田 英哉
      高階杞一+松下育男 共詩詩集『空から帽子が降ってくる』澪標       峯澤 典子
      米村敏人詩集『暮色の葉脈』澪標                    田中 国男
      中嶋康雄詩集『うそっぱちかもしれないが』澪標             今西 富幸
      細田傳造詩集『みちゆき』書肆山田                   中本 道代
      山田兼士詩集『羽の音が告げたこと』砂子屋書房             北爪 満喜
      橋場仁奈詩集『半球形』荊冠舎                       笠井 嗣夫
      竹ノ一人詩集『哩』加里舎                         古賀 大助
      渋谷  聡詩集『さとの村にも春来たりなば』青森文芸出版         藤田 晴央
      村川京子詩集『いつむなゝや』本多企画                 柴田 三吉

                                        編

詩誌『交野が原』 第87号から  詩作品6編紹介

 
 ならず者にて平林敏彦
   詩を書くという事

雨はやんだのか
窓をあけると
海の風が吹いている
東海のとある港町に
その男が住みついたのはまだ三年前
ごく少数の隣人が「ならず者」と呼んでいたが
詳しくはだれも知らない

ひとり暮らしの方途も
まったく謎につつまれていたが
ある夜 酒の席をともにした若者が
彼の口から意外な話を聴いたという
一度かぎりの人生が
殺すか殺されるかでいいものか
おれの戦場は一本の鉛筆を削ることだった
今おれが生きていると思うな

生き過ぎるほど生きて
あとはいつ死ねるか
地獄だろうと塵溜めだろうと
刺しちがえて果てれば
血吹雪の幕は降りる

港の空が白んでいた
いずれ人間は死ぬ だが
選ばれた言葉は万象を超えて殘る

       人類が言葉を喪おうとしているとき この
        ように彫琢された言葉に接するよろこびは
         たとえようもない(武満徹)

 *敗戦直後、たまたま面識があった作曲家武満徹さんに筆者(平林敏彦)が
詩集『磔刑の夏』(一九九三)を贈呈したときにくださった葉書の文面による。


 ごく小さな事件簿
/たかとう匡子

どこからかノックするかぼそい音がしきりに頭蓋をお
 よぐ夜

ロッキングチェアに体を預けている枇杷の木が
耳元でささやくので
空耳かもしれない
木は明るい方角へ明るい方角へと傾いて
身もだえしながら
ひどい汗
ついには壁に体をぶつけ

壁には
打ち返す力があった
問えばたしかにかえってくる
答えのように

壁に拒まれた
枇杷の木は陰画のなかに逃げこんだ

葉っぱに茶色っぽい虫がついていることに気づいた日
割り箸でつまんで
わたしは順次殺していった
時間をかけて

となりの家の花水木がいっせいに開花して
まぶしかった
今日も空はすこしずつ変化する
見上げていると
何かの壊れる音が乾いた頭蓋をつきぬけた

壁はとっくの昔大きな地震で倒壊した経歴の持ち主
基礎の土台があらわになって
どこにぶつかったのだろう枇杷の木は
闇のさらに闇の奥で
脈絡のない声を感光紙に焼きつけている


 こと うたと
峯澤典子

もう すうじゅうねんも
めざめるまえに ふれては きえる
ちいさな こえ

たとえば さざなみ、いえ、それは
ひとのかたちをもつまえの 子が
ひそかに ながした ささのはが
みえない月あかりのなかを まどう ささやき
 
流星、いえ、それは て、には なれなかった
ゆびの いくつか
ひとの岸辺から はなれても
また花に めぐりあえるようにと ながれつづけて

ちる 花びら、いえ、それは
なまえも もたない
ひとりの 子が
もう すうじゅうねんも
さがしていた
おかあさん、の さらさらになった

うみの むこうの
もうすぐみえる ちいさな いえへ
いっしょに たどりつくための

てに ならなかった てを ようやく ひき
星にも まだなれなかった 子の ゆびを つつみ ながら
やっと あえたね、と
母 は
はじめて 歌を
ひとり いえ、ふたりの


 告白
青木由弥子

あなたの
沈黙の意味を
考えています。

立ち去る影が長くのびて
水になり
夜になりました。
わたしを包んでいる
シャボン玉のような
あわい屈折
  (それ以上触れたらこわれると
   おもんばかってくださったのですか。

とけあった膜のなかで
空気の濃度が同じでした。
帰るところが既に無いということも。

庭先のホタルブクロが
今朝はもうしぼんで
椋鳥が騒然と遠ざかっていきます。
アジサイの白は空よりも明るい。
雨を呼ぶにおいが
部屋をみたしていきます。
肌をはう湿度は確かなのに
人声は分厚くへだてられて
言葉にならない音ばかりが
乱れ刺しの刺繍のようです。

(あなたの痛みをひとすじ
せめてわかちもたせてください。

シャボン玉のなかだけで反響する
わたしの声。

無力であることが
わたしの家です。


 人が語ること
和田まさ子

環状八号線からつづくゆるい欲望と
交差点で別れる
言い訳が滴って
スカートの裾が濡れている
陽が地上に切り込んで
ガソリンスタンドのオイルは滲み出ているから
逃げようと
砧公園にあるき出す

よくもわるくも
でもよかったと結論づけてしまう割り切り方に馴染め
 ないでいる

ここから見えるもの
道路の両側に植えてあるアメリカ楓の
並び方と似ている
きちんとしている
だが語りかけない
今日までのことを総括せよ
焼却場に入れて燃やしてしまう
もっと濃い飲みものになるために

遠くまで行こうと思って助走したのに
瀬田で減速し
二子玉川へ右折して、坂道を下り
駅まで転がり落ちる
この辺はあぶないという忠告はいらない
チェコのミランからの時候の挨拶
それから活力をもらう
まだ生きている
人が語ることで
これ以上大切な話はない
地面が沸騰してきた
それでも足を踏み出す
この世の八月


 ひまつり/金堀則夫

たいまつをもって
木木に積まれた木木に
たいまつの火をなげる
木が燃える 火は燃えあがる
火の中に人間でない亡き人たちがいる
人が火になって気勢をあげている
おもわずわたしというひとをなげいれる
わたしという生身のひとが
火になった人と火炎になって
そらにむかう
燐が真っ赤になって人の霊を蘇らせる
霊力の一線がそらに牽かれていく
わたしの霊は人でなく火にならないひと
わたしの霊はひになれないで
燻ぶっている
わたしのひは見ることのできない
聞くことのできない ことばの出せない
存在感を失ったひが火に消されていく
人間になれない妄想のひとになっていく
ひまつりの亡き人とともに燃える火の中にいる
火は騒ぎ立てて
人が躍り上がる
弔う火炎の災いが浄化して消えていく
火の玉は
暗闇のそらに飛んでいく
人魂(ひとだま)の流れぼし
落下した悠久のところで祀られている
昔の隕石
そこに
わたしの生身のひがたつ
人の火炎にはなれない
そらとはつながらない
ただ燻り 燃え尽きない
ひとの火に妄想のわたしが焚かれていく
火まつりの火にやけた真っ赤な顔
わたしのひに燻ぶった
黒い土塊にふせる


詩誌『石の森』186号(2019年9月) 目次と詩作品4篇
交野が原ポエムKの会     「石の森」編集・西岡彩乃 発行・美濃千鶴
 ペーパーレスの系譜  昨日まで  さかい目  夏山なお美  怒り  凛々佳
 虹色の泉  西岡 彩乃  秘密の遠足  美濃 千鶴
 戻れないもの  前川 晶葉  「交野が原通信」301号
 未熟な発達  導き  髙石 晴香  あとがき  西岡 彩乃


 昨日までの
/夏山なお美

四ヶ月ごとの歯科検診
誰にも見せたことのない
自分の恥部を開ける

人の悪口や
うわさ話で
ひび割れた舌を
右や左 裏返し
さぐる歯科衛生士の
指先が
水先案内人のように
わたしの波打つ心を
凪へと導いていく

食べることの欲求は
愛されたいことの欲求に
重なり
食べたくもないものを
時間が来たからと
食べていく
知らないうちに
栄養は吸収されて
知らないうちに
何かが足りないと
栄養失調の心は
むさぼり食べる

「虫歯はなくて きれいです」

ほめ言葉を
素直に受けとれなくて

沈殿していく
わたしが噛潰した
昨日までの出来事が
ホワイト・クリーニングされて
なかったことのように

リセットされる


 虹色の泉
/西岡彩乃

気にも留めない
身近すぎて考えもしない
古くてつまらないのに
新しくて素晴らしいと言われる
何が  どのように
私が歩んだ道が不思議の世界だったのか
振り返って確かめる

たくさんのことを知っているのに
皆はまるで知らんぷりで
開けたての贈り物のように
嬉しそうに手にとって眺める
ねぇ素晴らしいですね
 
同じ顔をした別の人たちが
同じように同じものを見る
今さら私が見に行くこともないでしょう
ずっと前からここにあったのに
どうして知らなかったのですか

詩誌『石の森』185号(2019年5月) 目次と詩作品4篇
交野が原ポエムKの会     「石の森」編集・西岡彩乃 発行・美濃千鶴
 腕時計の栞   星の履歴書  夏山なお美  追い詰められる幸福  カートに入れ  春香
 黒いブーツ  西岡 彩乃  衝動  髙石 晴香
 カプセル  前川 晶葉  神奈備から昇る立春の朝日(2)      西岡 雅廣
 偶然また思い返さなければならない  春香  「交野が原通信」 300号

 
 黒いブーツ
西岡彩乃

白い靴は汚れが目立つ
だから
履きたくない
汚れないところを探して歩くうちに
きっとどうしても汚れてしまう

学校の白い上靴は
いつのまにか黒ずんでいた
ピスタチオの豆腐のような
不思議な緑色の廊下は
綺麗なのか汚いのか
目で見て判断できるものではなかった
雨の日のピロティは
うっすらと泥に覆われて
はないちもんめのつま先が
宙に何かを蹴り上げる
両脇にいた友達が
私をいろんなリズムで揺らす
いつか楽しい思い出になる瞬間を
足元も見ずに騒ぎあう

短い柱やガラスの扉が
知らない間に
私にいろんなものを擦り付ける

どこを歩いていたのだろう

もう白い靴を持ってはいないし
履くこともない
履きたくない
面倒だからではなく
怖いなあ
と思うから


 カプセル
/前川晶葉

あの日 震えた手
あの日 見つめたもの
今は何も無かったかのように
あの日の感情や
あの日の高揚感
全ては閉じ込められたカプセルの中か
当たり前になるということ
過ぎる時の中で忘れてしまう

何個持っているだろうか
もう一度戻れるのなら
もう一度カプセルの中身を開けて
もう一度あの日を味わえるのなら
何度も 何度も 私はしたい

幸福という感情の詰まった
このカプセルがもう一度開けられるものなら
開けて 食べて 感じたい

固く手をにぎりしめ
体が硬直する あの感情
感動を味わえる時は あの瞬間だけなのだ

同時に、それは私の自信すべてである
私の中にあるもので 誰にも壊せはしない

私は生きる限り
あと何個貯めることが出来るだろうか


 カートにいれる
/春香


ストイックに
求め合わない
求め合えないふたつのからだ

時代がそうさせたのか
ひとがそうなっていくべきなのか

おとなしそうでひどくしょげた夜の女は危険です
笑顔でさわやかで裏の無いような男は要注意です

人間なんて津津裏裏。
裏だとさえ気づかない自然体な中性
アルカリや酸性に偏ったときに中和するだけ
そんなふうに生きているのだと改めて考えもしない
お幸せで無秩序で本能的でまっすぐな種類

求めない乾いた男と
欲する濡れた女と
欲する中性の男

ふたつじゃないのよ

時代はアマゾンへ還っていく


 衝動
/髙石晴香

あのころは
好きな時間に起きたり
好きなものを食べたり
のんびり ショピングしたり
友達と遠出したり
夜更かししたり

すべてが相手の時間になってから
その好きなことは好きなことでは
なくなったけれど

同じ時間を綺麗にオシャレして
キラキラ歩いてる人を見ると
羨ましく思う
でも 同時に懐かしいだけだなとも思う

今 好きなものは目の前にあって
それに振り回されているこの時間は

うんざりの時間でもあるけれど
二度と来ない今日なんだろう

蹴られて 朝までゆっくり寝ることが
出来ないことだけは
ちょっと逃れたいけれど。

ミニスカートやヒールを
履くことはもうないけれど
いつかまた 自分のための時間を
もてるように
この不都合な時間を
夢中で歩こう

詩誌『交野が原』 第86号 (2019年1月) 目次
 郷土史カルタが語る⑥のもと 光りたまわる 星祭り」 
 》Ⅰ   》Ⅱ  
時代                 
博士                  
12月 そして1月            
越えていく               
鶴                   
小さな出来事              
私の杖                
笹舟                 
積雪                
花崗岩ステーション         
クラフトワーク            
白い雀                

冬の言葉              
風の住む街              
倍音                 
ボンボンバカボンバカボンボン    
平林 敏彦
中本 道代
望月 昶孝

和田まさ子
岩佐 なを
高階 杞一
八木 忠栄
岡島 弘子
峯澤 典子
野木 京子
鷲谷みどり
北爪 満喜
岩木誠一郎

相沢正一郎
青木由弥子
野崎 有以
心から逃げる男/心まで追う男 
真白(ましろ)                  
綴れ夜            
キャラメル          
夜の滴             
摂る             

春の海            
うまくいかない         
乳色の空から          
気持ちのフレーム        
アリ             
振り返る私          
天使の記憶         
非花の花根(かね)       

書かなかった小説        
瀬崎  祐
渡辺めぐみ
浜江 順子
一色 真理

佐川 亜紀
田中眞由美

北原 千代

たかとう匡子
藤田 晴央
田中 庸介
神尾 和寿
西岡 彩乃
山田 兼士
金堀 則夫
苗村 吉昭
《評論・エッセイ》
      □「同時代批評」にみる文学の現在                 岡本 勝人
      □福永武彦/詩と死の影                      寺田  操
《追悼》小長谷清実「凶景抄」/森田 進「聖餐」「村と村」
                               ――「交野が原」掲載詩より

      □極私的界紀行23                        冨上 芳秀
         *川島  完 詩集『野の絵本』オリオン舎
         *冨長覚梁 詩集『闇の白光』撃竹社
         *南川隆雄 著 『いまよみがえる 戦後詩の先駆者たち』七月堂
         *南川隆雄 詩集『みぎわの留別』思潮社
         *望月苑巳 詩集『クリムトのような花』七月堂
書評
     時里二郎 詩集『名井島』思潮社                    瀬崎  祐
     中本道代 詩集『接吻』思潮社                     渡辺めぐみ
     田中眞由美 詩集『待ち伏せる明日』思潮社               秋山 基夫
     齋藤  貢 詩集『夕焼け売り』思潮社                 藤田 晴央
     片岡直子 詩集『晩熟(おくて)』思潮社                  中澤 睦士
     野木京子 詩集『クワカ ケルル』思潮社                若尾 儀武
     以倉紘平 詩集『遠い蛍』編集工房ノア                中村不二夫
     池田  康 詩集『エチュード 四肆舞』洪水企画             平井 達也
     古賀博文 詩集『たまゆら』土曜美術社出版販売            河野 俊一
     柴崎 聰 詩集『香りの舟』土曜美術社出版販売            岡野絵里子
     里中智沙 詩集『花を』ミッドナイト・プレス             野間 明子
     北原千代 著  『須賀敦子さんへ贈る花束』思潮社                      阿部日奈子
     笠井美希 遺稿集『デュラスのいた風景』七月堂            松尾真由美
     編集後記
詩誌『交野が原』 第86号から  詩作品6編紹介

 時代平林敏彦

足音をしのばせ
近づく終わりの肩越しに
ちらっと見えたのは
ぺろりと舌を出したのは
芝居もどきのテロリストか

冬もさなかの昨日今日
急ぐことはない
今さら其処へ行く前に
わざとらしい挨拶などする
必要もあるまい

この世に生まれて
どれほどの言葉を覚え
罪深いやからの仲間になって
だましたり だまされたり
目まぐるしく時はながれたが

この あばらやに
己は何を残して終わるのか

ひとりの名前
一場の夢
一通の手紙
ひとたびの愛
一篇の詩
一期のわかれ

迷い道 迷いながら
大寒の枯野にあそぶ終末もある

 越えていく和田まさ子

線路沿いの道から
三つ目の通りで
こころが忘れたがっていることを
手が引きとめている
決定できなかった問題は宙吊りのまま
春が地図をまたいでやってくる

いろいろあったでは終わりにならない話が
延々とつづく川の
向こう岸にいる人になら、やさしくしてもいい
きょうの青空と南風
他人に叱咤激励されている
その声を置き去りにして
さっさとここから逃亡するべきだ

いつも注意されているこの世
二番線に電車が到着するとき
下がってご注意ください
戦争にも、竜巻にも
人にも注意しなければ生きていけないので
ホームの放送には忠実に従う
わたしは耳をひらいて待っている

何度も生きて
何度もつまずいて
それなのに何もつかめないのは
からだのなかにわずかな傾きがあるからだ
いつかもっと狂暴に傾くまで
傾斜を育てていく

正しい生き方と
無縁死のあいだで
人はぐるぐると包帯をからだに巻いて歩いているが
多摩川のカモがやすやすとロシア国境を超えていく

 花崗岩ステーション野木京子

蓋をしたその下は
見えない砂が流れているだけ と思ったが
蓋はまたたく間に焼け落ち
真っ白な石と砂がむき出しになって並んだ

旅の果てにある駅は
真砂が敷き詰められている
あるいはぶざまにばらまかれている
善いひとにとってもそうでないひとにとっても
駅とはさまざまな心が行き交うところ

花崗岩のかけらが かちかち音を立てている
思い出してはいけない
憎んでもいけない
声を出してもいけない
たとえ燃え落ちたものであっても
蓋はきちんと閉めたのだから

かちかち
少しだけ思い出して
音の響きを少しだけ聞いている
かちかち
少し聞いたそのあとは
鮮やかな色彩の花が
――たとえばアンデシュ・ダールの花が
揺れていたことだけを
記憶しておく

 白い雀北爪満喜

落ち葉が走る砂のうえ
冷たくなった風に
アルビノの雀が飛んでいる
わたしにしかみえない

群れから弾かれた
白い雀

わたしは樹になって
白い花を咲かせる
匿うために
甘い匂いに虫たちが来て
葉を食いちぎる
痛みは葉をまずくさせてしまうから
わたしはもっと甘い香りを放つ

集まりつづける虫たちを
白い雀は食べて生きる
梢のなかで

いつか群れが来たらきっと
一緒に飛んでゆくだろう

ここへ戻ってきたら
また白い花を咲かせるという
樹が
わたしのなかに育っている

 春の海北原千代

波高く
うねりうねっているのはおかあさんたちが
泳ぎを習っているからでしょう
おかあさんたちは自由遊泳
日光浴で骨を鍛え
夜は星浴み
波の盥に浮かんで
おかあさんたちは永らえる
海の施設では転んでも骨折しません
どうぞご心配なく
水はやわらかです
施設長は乾いたスーツを着ていた

体操選手のような制服の若い人らが カーテ
ンの緩く引かれた部屋で 排泄の世話をして
いる アパートと見紛う部屋には かつてお

かあさんと呼ばれた人たちが入居し 海の匂
いを宿している みな泳ぎ疲れたのか 苦役
のような安息のような椅子に座り それぞれ
の傾きを維持しながら 穴のあいた目を据え
前頭葉に風を通している

おかあさんを
見晴らしのよい春の海に置いてきた
せいけつなベッド
ひあたりのよい窓辺
いつまでもここにいてねといった

 気持ちのフレーム田中庸介

おだやかに青い海が揺れる一月の港に、
どこからか口笛が聞こえてくる。
ここは瀬戸内海、船着き場に
午後の陽ざしが明るい。

黄色いチェーンが黄色いポールに掛かっている。
ああ、気の毒なことの多い季節だった。

セロリ、それぞれの憂愁。真夏の
初雪のように君らは行くだろうあの防波堤までも
 ぎしりをしながら

うねりを越えた日々もあった。

沖にはたくさんの島々。多島海のような
想念の豊かさよ。石油タンクが仲良く並んで、
晴れて凪ぐ、そのような日の
海原を、高速船は駆けて。

防波堤の間に船は現れる。ぐんぐんと
水面を滑って。口笛の緑の青年が
ちりちりちりちりと自転車を押してきて、
気持ちのフレームに今、きっちりと収まった。

詩誌『石の森』184号(2019年1月) 目次と作品4篇
   交野が原ポエムKの会  「石の森」     編集・西岡彩乃 発行・美濃千鶴  
 《詩》
ない                       
木彫りのぬいぐるみ 
星の物語         
音             
焦げ付く明日
夢もみられない夢の中           

夏山なお美
夏山なお美
西岡 彩乃
前川 晶葉
髙石 晴香
髙石 晴香

いぶつ             
毛虫は木に登らない     
 《エッセイ》 
神奈備から昇る立春の朝日(1)
「交野が原通信299」  
「あとがき/西岡彩乃」
 
春   香
美濃 千鶴

西岡 雅廣
 ない夏山なお美

わたしたちは「ない」もの
捜しを今日もする

わたしの掌の下の
そのカードを
あなたは「ない」と言う
毛細血管が浮き出て
小ジワの皮袋を
のぞき込む
あなたの瞳に
「ない」と?をつく
わたしは
たくさんの「ない」を
音符のように飛ばしながら
乾いた手の甲は
あどけない光の粒子に捲られる

白く柔らかな肌に
つつまれて
あなたに見つめられる

あなたが捜す
「ない」ものと
わたしが求める
「ない」ものは
神様の前では
重ならないかも知れないけれど
どうぞ
あなたの「ない」もの籠へ
わたしを寄せて・・・
あなたの捜しものと
わたしが無くした影が
絵巻き物の中で
戯れるように

あなたの前歯二本はきっと生えてくる
わたしと遊んだ記憶は抜けた歯二本の質量
あなたの掌は新しい宇宙へ手招きする

 星の物語西岡彩乃

燃えている無数の石
遠すぎて距離感がない平面世界
星を繋いだ星座の中
英雄はどこにいたのだろうか
翼を持たない獣が翼を持ち
悪意のない女神が世界を滅ぼす
いつまでも繰り広げられる歴史は
文字と声が並んだ二次元世界の絵巻物
ぺたんこで そっけなく
みずみずしくない

空間は地図上にしかなく
時間は年表にしかない
名前と形と音が
幻のように世界を再現する

そこに私はいるのか
いなくてもいいだろう
私が意思を自覚したとしても
私がなにものかはわからない
英雄は自分の功績を知っている
どこにもいない彼が
どこにもいない怪物を退治した
世界が動く
時間が進む
すべて私の目の前で起きている

空気が澄んだ夜に
命を感じない空を見上げる
壮大な星空が教えてくれるのは
いつか根拠がなくなるという安心感
世界はいつか 誰にも知られないような
無機質な物語に帰す
 前川晶葉

ずっと聞いていた
知っている
この感覚
かすかな光と身を包むような音が
あの時を思い起こさせる
私が最初に住んでいた場所
記憶にはないはずだ
だがなぜわかるのだろう
耳を塞ぎ 体を丸め
私は還帰る。
すっと意識が低くなる。
しばらくこのままで、
できればずっとこのままでと願うが
次第に苦しくなっていく。
現実世界に引き戻されてしまう
もう私は あの時とは違う
何も知らない
何もできない
一本の糸でつながっていた
あの時とはちがうということ
一本の糸が切れたその日は
何を感じたのか
何を思ったのか


 焦げ付く明日髙石晴香

ふつふつ ふつふつ
それはまるで火にかけたやかんのように
沸騰しても
火を止めてくれるものはなく

ただ ひたすら
ふつふつ ふつふつ
グラグラ グラグラと。

満たされていたものは
少しずつ 確実に蒸発していく

ピー ピーと鳴いても
誰も 助けてくれないから
もう 鳴くための笛は捨てた

このまま どんどん
中身が蒸発していけば
どうなるんだろうか

今のうちに燃え尽きた方が楽なんだろうか
捨てた笛を探してみようか
あてもない答えを探しながら

ふつふつ 湧き上がるものを
私は私の力では
止めることはできずにいる

黒いものが広がっていく
穴が開く日が
近いのかもしれない

詩誌『交野が原』 第85号 (2018年9月) 目次
               郷土史カルタが語る⑤「のぼりつめ富士で開眼浅間さん
                 (訂正・郷土史カルタが語る④のカルタについて 《前号④のカルタは四條畷ではなく星田》)
 》Ⅰ  《詩》
凶日                  平林 敏彦
平頂山                 中本 道代
〈白〉                  陶原  葵
失う                  高階 杞一
逢瀬                  峯澤 典子
疼く                 たかとう匡子
天体観望                岡田ユアン
海には道もなく             野木 京子
海へ                  望月 昶孝
爽さわと                広瀬  弓
白いアスパラ              北原 千代
蒟蒻                  岩佐 なを
視線                  藤田 晴央
使者                  一色 真理
春のてのひら              山田 兼士
発語の唄                八木 幹夫
夏至                 渡辺めぐみ
沈黙の鉄扉へと               浜江 順子
唇 舌                瀬崎  祐
犬猿の仲               神尾 和寿
石ころと草ぐさ            八木 忠栄
あおぞら               黒崎 立体
ころんで               岡島 弘子
緑色の目の中にいる          塩嵜  緑
学校の一日              野崎 有以
暗香                 佐川 亜紀
土殺し                金堀 則夫
振り返る私              西岡 彩乃
記憶のなかの夢の顔          服部  誕
遠い旅                田中眞由美
三菱一号館美術館にて         青木由弥子
君が必要なときには・・・       苗村 吉昭
《評論・エッセイ》
□鮎川信夫の鏡像の現在                          岡本 勝人
□村上昭夫/五億年の雨が降り                       寺田  操
極私的界紀行22                            冨上 芳秀
         *長津功三良 詩集『日日平安―山峡過疎村残日録―』幻棲舎
         *現代詩文庫『たかとう匡子 詩集』思潮社
         *細田傳造 詩集『アジュモニの家』思潮社
         *崔 龍源 詩集『遠い日の夢のかたちは』コールサック社
         *井野口慧子 詩集『千の花びら』書肆山田
書評
大島邦行 詩集『逆走する時間』思潮社                   齋藤  貢
岩木誠一郎 詩集『余白の夜』思潮社                    和田まさ子
以倉紘平 選詩集『駅に着くとサーラの木があった』編集工房ノア        中西 弘貴
柴田三吉 詩集『旅の文法』ジャクション・ハーベスト             草野 信子
小島きみ子 詩集『僕らの、「罪と/秘密」の金属でできた本』私家版     福田 知子
冨上芳秀 詩集『白豚の尻』詩遊社                      小笠原 眞
中村梨々 詩集『青挿し』オオカミ編集室                   島田奈都子
劉燕子・田島安江訳・編 劉暁波 著『独り大海原にむかって』
                  /劉霞 著『毒薬』書肆侃侃房      吉貝 甚蔵
南川隆雄 著『いまよみがえる 戦後詩の先駆者たち』七月堂          石倉 宙矢

中原秀雪 著『モダニズムの遠景』思潮社                  宇佐美孝二
秋山基夫 著『文学史の人々』思潮社                    斎藤 恵子
細見和之 著『「投壜通信」の詩人たち』岩波書店              有働   薫
 編集後記
詩誌『交野が原』 第85号から  詩作品6編紹介

 平頂山 中本道代

 朝から悲しげに鳩が鳴く
 白い石段を一つずつ上っていくとき
 陽光が罅割れにそって溜り
 繊い草のつめたい根を身じろぎさせる

 草はいつから変わらないのだろう
 陽光も

 なみだが沁みこんでいった土
 なみだのレンズを歪んで通っていった光

 皮膚に刻まれた創痕もやがて土に溶ける
  忘れることは何一つなく

  空洞になった眼窩で見つめている時間
 くりかえし くりかえし
 殺された瞬間

 黒い毛を輝かせて
 リスが灌木のあいだを駆けまわり駆け昇っている
 楊の芽吹きが煙り
 なおも何かの夢があらわれてくるよう

  謎のままに
 また生まれてくるよう

 疼く たかとう匡子

 惑星の内壁を駈けめぐる
 一台の乗用車
 舗道に突っ込んでつぎつぎとひとを撥ねた
 夜風が知らん顔して頭上を吹き抜けてはいるが
 スクランブル交差点は
 それが証拠に阿鼻叫喚

 ばらばらの破損状態となった路上の群衆
 救急車のサイレン
 パトカーの明り
 煌々
 遠巻きの野次馬たち

 すこしお酒を飲んでの帰り道
 糸を引く納豆のねばねばねばにからまれて
 たしかにわたしその現場にいた

 内壁に刻まれた
 ふかい亀裂
 細部までこじあけて見てしまったのだった
 予期せぬことが起きるのは世の常
 ものには温度差がある
 などと言ったって
 その数値どこでだれが計るのかしら

 疼くこの星の内壁哀し
 すべてはここ
 そんな思いをだきしめている
 五本の指をひろげてそのあいだからひっそりとわたし
 満天の星の数をかぞえている

 天体観望 岡田ユアン

 湿度がわざとらしく夜をまとい
 舌先で街道を舐めてゆく
 張りめぐらされた照度は血管のように
 地にくい込む

 絡みあう思いは
 すでに一つの生命体で
 脈動する街の心音に
  抗うことはむずかしい

  ぼやけた月が落ちてきそう

 そう言えば
 あなたからの手紙には
 ベテルギウスの大爆発を
 いつか一緒に見ようねと
 書かれてあった
 東の空はいつもより
 明るく輝くかもしれないと

 遠くはなれた星の終焉は
 この星では
 物語じみたエンタテイメントになるらしい

 滅んでゆく姿を
 花火のように愉しむ
 わたしたちは
 摂理が生んだ風流な粒子

 石ころと草ぐさ 八木忠栄

 春だというのに
 どの家でも猫が行方不明です。
  小屋のすみっこまで
 草ぐさの春だというのにねえ。
 朝の縁側からこぼれて
  どこまでも
 ころがるころがる、てんまり虫。

 ザルで川原の石ころを掬ってみても
 カミさまの影はどこにもない
 猫のがいこつもない
 ひそかに鳴きかわすだけの石ころたち。
  石ころたちが声を殺して歌っている。
 熱風をまき起こし
 犯しあう草ぐさ。
 泥田に突っこみ空転する大八車
 立ちあがる泥田
 声をあげて犯し犯される草ぐさ
 カミさまの影 どこ?

 川むこうはるかで
  鐘が鳴る、鐘が鳴る、
 家々に草がはえる、草がはえる、
 鍬をかついで火星まで走り
 地面を耕そう。
 ガニマタを美しく泳がせながら
 火の星を耕そう。
 耕さん。

 かすみを裂き石ころを蹴とばし
 列なすダンプカーがわめきたてて
 野を突っ走るよ
 干ものになって。

 振り返る私 西岡彩乃

 私の胸に寄りかかる
 丸くて黒い温かなもの
 思いがけず出会った
 探していたものとは違うもの

  それは私の足元を駆け回る
  追い付けない速さなのに
  少しも私から離れない
 それは影に紛れて姿を消す
  呼び掛けて取り戻そうとしたときに
 すぐに手が届くところにいると気付く
 光の中にいるときは
 姿が見えるから探しさえしない

 あれは私なのだろうか

 とてもいいことをした気になって
  嬉しくて振り返って笑った
 抱えきれなかった思いや
 聞こうとしなかった声を忘れて
 しばらく満足し続けていた
 私は私でしかないから
 思い付かなかった
 知りもしなかった
 同じ顔をしているのに
 あれが私ではないことを
 私は知っていた

 お別れを言わなかった
 出会ったことさえ認めなかった
 私とは別のところにいることを
 すっかり忘れてしまっていた

 思い出が影に飲まれて また黒くなっていく
 もしも一人きりでなかったら
 もっと色鮮やかだっただろう
 だからこの温かい固まりを
 しばらく思い出にせずに抱えていたい

  遠い旅  田中眞由美

 うすくなった雑木林で
 とつぜん不如帰が鳴きはじめた
 季節外れの鶯をまねて
 へたくそに鳴いてみせる
   キョキョキョ ケキョケキョホケキョホケキョ

 去年聞いたときは

 違う鳥の鳴きまねで
 初めて聞く声を頼りにその姿を探した

 いなかった鳥が 鳴いている
 ずっといた鳥が もう鳴かない

  聞こえないカッコー

  いのちを繋ぐための遠い旅から帰り
 とつぜん鳴きはじめて
  初夏を知らせる鳥が
 入れかわってしまった

 どんな地図に

 この小さな林が載っているのか

  鳴くのはいつも一羽だが
 相手を見つけていた
 何の保証もないとり残された小さな林で

 郭公はなぜ去っていったのか
 去年の不如帰が帰ってきたのか
 いのちはつながるか

  呼び止めた林がそよぐ

 カッコウ目カッコウ科
  托卵して子育てを放棄する鳥たち
 鶯の鳴かない林で
 命は束の間 滞在する

詩誌『石の森』183号(2018年9月) 目次と作品4篇
         交野が原ポエムKの会    「石の森」編集・西岡彩乃 発行・美濃千鶴
 《詩》
真夏のバス停で           夏山なお美
誰か                美濃 千鶴
旅の帰り道             西岡 彩乃
だれもいない夏の夕暮れ       春  香
並ぶもの               前川 晶葉
朝の挨拶               髙石 晴香
 《詩》
ひとりぼっちの戦い         髙石 晴香
 《エッセイ》
雑感                小林 初根
詩人の目              西岡 彩乃
 《「交野が原」通信298》 
       <あとがき> 美濃千鶴・西岡彩乃
 

誰か/美濃千鶴

 おーいと手を振ってくれた人に
 はーいと笑って振り返したらそれは
 わたしではない別の人に向かって振った手で

 間違えた目と しくじった手の
 やり場がないままに空を見る
 金色に光る星がひとつ
 そっと手を振ってみる

 金星人諸君 これは
 あなたたちの誰に向かって
 振った手ではないのだよ
 裸眼視力0.3のわたしに
 あなたたちの顔はみえない
 だから大丈夫だよ あの地球人は
 ワタシに向かって手を振ったのだと言い張っても
 
視線はレーザーではなく
  広がる光源なのだから
  だけど
  本当にわたしは
 ほかでもないあなたに向かって手を振っているのだ

 あの星で暮らす誰かが
 (たぶん)わたしに向かって
 (おそらく)笑顔で手を振り返してくれた
 金星人諸君
 距離は寂しい優しさで
 目に見えないものを
 信じさせてくれる

朝の挨拶/髙石晴香

 口からうまく食べられなくなって
 胃に直接 穴をあけて
 管を通して 栄養補給

 意思の疎通はできず
 目は天井を見つめて
 手や足は 時々動かす程度
 もちろん 自分で歩くことはできず
 全てにおいて 介助が必要

 笑顔で挨拶をしても
 もちろん 笑顔は返ってこない

 いい天気ですね?って声をかけても
 返事があるわけじゃない

 それでも 無言でいられないのは
 あなたの耳がきっと 全て聴いているから
 意思表示ができなくても
 理解できないと
 一方通行だと思い込むのは
 勝手な考え

 今は固くなってしまった身体が
  刻んだ皺が生きてきた証を叫んでいる
 
 雨の日も 風の日も
  それを身体で感じられないこそ
 声を伝えよう

 濡れた瞳が
 暖かい肌が ちゃんと答えてくれるから。

だれもいない夏の夕暮れ/春香

 黄色い靴下にサンダル履いて
 土の中をぐいぐい進む
 夏の太陽のせいで発熱なからだのまま
 田んぼのえぐれた縁から出る垂れ流しの水も
 レモンの枯れ葉も
  蝉の死骸も
 気にせず進む

 世界がひっくり返っても
  このどろんこ足はゆるぎないもの

  道しるべのキャンディは拾いたくない
  虹色キャンディがあったら迷うかもしれない
 けれど


 あらかじめ用意されていないこと
 自分の手でつかみとらないといけないこと

 そういうことなのですから

 並ぶもの前川晶葉

 並ぶもの
  使われなかったもの
  いつか役に立つと
  思っていたもの
 全て 全てが
 青色だったり 赤色だったり
  今はもう 煤けたもの

 何十と並ぶものたちを
  身を細め並ぶものたちを
 気づかないふりをする私は

 何の力も得ていなかった 

 知っていた 知っていたが
  全ては時間が早すぎた
 時間さえあれば 時間さえあれば
 言い訳だけは上手くなった

  過去に戻れたら
 進んでもない私は そう願っていた

詩誌『石の森』182号(2018年5月) 目次と作品2篇
       交野が原ポエムKの会       「石の森」編集・西岡彩乃 発行・美濃千鶴 
 《詩》
カフェテリアの窓から        夏山なお美
掃除ロボットの軌跡         夏山なお美
提出書類              西岡 彩乃
イヴへの伝言             美濃 千鶴
桜の花が咲く頃に          髙石 晴香
軌跡                前川 晶葉

 《エッセイ》
 名前                 小林 初根
 懐かしさ               西岡 彩乃
 《「交野が原」通信297》                 
 <あとがき>   美濃 千鶴・西岡 彩乃

掃除ロボットの軌跡より/夏山なお美
 
 電気屋で掃除ロボットが
 小さな空間を回っている
 まるで
 私の頭の中
 同じことを何度も
 思い巡らし

 掃除したつもりの
 ことがらが
 また
 ぐるぐる
 しなやかに

 ふるまい
 手柄さえも
 消していく
 ロボットの技

 その丸い背に
 身をゆだね
 口づけも
 抱擁も
 吸い込まれたい

 落としたボタン
 ひっかけたくつ下
 なくしたリップのふた

 あなたとの約束は
 塵の中

 ドライヤーを買いに来て
 自分との相性を捜し求める
 手ざわりと重さ
 あなたに出会えたことは奇跡
 はねた横髪のまま
 私はロボットの軌跡に
 からめとられる

提出書類西岡彩乃

  後で消せばそれで済む
 消しゴムでなぞって無かったことにする
 改ざんでも改正でもない
 修正であり加工だ
 消し後は残るから
 騙しているわけではない

 背景を真っ白にして
 そこにいた人を消し去る
 鈍色に光沢を与えて銀色にする
 ずれていた視線の向きを変えて
 じっとこちらを見据えたようにする
 本当は人混みに埋もれているこの像が
 今では一人芝居の真っ最中

  抜け目なく美しい直線美と曲線美
 これが事実だと主張するような
 生身のような滑らかさ

 現実を紙の上で歪めるのは
 彼女を守るため
 必要なのは真実よりも事実だから
 これを皆に見せればいい
 誰かが彼女に会ってしまえば
 何もかもが崩れて
 雑踏の中から罵声が聞こえてくるだろう

 真実は私の手元の白い箱の中
 けっして外へ出すことはない

詩誌『交野が原』 第84号 (2018年4月) 目次
                郷土史カルタが語る④ 「雄大な天孫降臨哮が峰」              
 《》Ⅰ                       《》Ⅱ
 最終詩集 遅過ぎたレクイエム          平林 敏彦
 雨学者                 北原 千代
 画家――新井深氏に             中本 道代
 のぞみ                 岩佐 なを
 骨体③ 骨体④             三井 喬子
 胡瓜、脳をしゅるるしゅるる       浜江 順子
 部屋の内外(うちそと)            たかとう匡子
 約束                  海東 セラ
 塩屋敷                 野崎 有以
 冬の駅                 峯澤 典子
 私がいなくなってしまうとき       野木 京子
 火曜日                 美濃 千鶴
 声を失う                八木 幹夫
 だるまさんがころんだ          相沢正一郎
 幻力                  一色 真理
 空気を入れる              高階 杞一
 夢のなかの羽              北爪 満喜
 カラス                 中井ひさ子
 逆光ポッペン               望月 昶孝
 市を濡れる、ねえ。―ポロ市によせて       海埜今日子
 かく                  岡島 弘子
 ありがとう               松岡 政則
 旅へ                  吉井  淑
 素足の川                佐川 亜紀
 冬の疎水の、散歩道           瀬崎  祐
 鉛色の空                田中眞由美
 白い紐                 藤田 晴央
 色が差す                西岡 彩乃
 うりずん                青木由弥子
 淦                   金堀 則夫
 和歌の浦幻想              山田 兼士
 寄席にて、池袋             八木 忠栄
《評論・エッセイ》
      □清岡卓行の詩の美学 Ⅱ                        岡本 勝人
      □大野新ノート(最終回)『人間慕情――滋賀の百人(上・下)』     苗村 吉昭
      丸山 薫/船の灯を胸に、纜を解く日まで               寺田  操
      □極私的界紀行21                          冨上 芳秀
               *近藤久也詩集『リバーサイド』ぶーわー舎
               *川上明日夫詩集『白骨草』編集工房ノア
               *尾崎与里子詩集『どこからか』書肆夢ゝ
               *吉田義昭詩集『結晶体』砂子屋書房
               *藤本真理子詩集『水のクモ』書肆山田
               *吉井淑詩集『水の羽』編集工房ノア
書評
       秋山基夫詩集『月光浮遊抄』思潮社                   河邉由紀恵
       倉橋健一詩集『失せる故郷』思潮社                   冨上 芳秀
       黒岩 隆 詩集『青蚊帳』思潮社                     北畑 光男
       野村喜和夫詩集『デジャヴュ街道』思潮社                渡辺めぐみ
       北川朱実詩集『夜明けをぜんぶ知っているよ』思潮社           北原 千代
       岡田哲也詩集『花もやい』花乱社                    田中 俊廣
       高階杞一詩集『夜とぼくとベンジャミン』澪標              神尾 和寿
       清岳こう詩集『つらつら椿』土曜美術社出版販売             田中 裕子
       佐川亜紀詩集『さんざめく種』土曜美術社出版販売            柴田 三吉
       青木由弥子詩集『星を産んだ日』土曜美術社出版販売           水島 英己
       『桃谷容子全詩集』編集工房ノア                    柳内やすこ
       たかとう匡子著『私の女性詩人ノートⅡ』思潮社             寺田  操
                                                      
詩誌『交野が原』 第84号から  詩作品6編紹介

 雨学者 北原千代

 市立図書館で 雨学者と名乗る初老の男と知
 り合いました 慈しみの雨を嗅ぐには 霊園
 の紫陽花がいちばんだそうです
 本堂の裏手の斜面に 苔むした墓石が並んで
 いました 斜めなのになぜ まっすぐに立っ
 ていられるのでしょう 霊場の裾には青や紫
 や濃い桃いろの紫陽花が 水に憑かれたよう
 に膨れていました

 結界に 木立がありました 大枝の陰の湿り
 に座り 西洋の男と日本の女が サンドウイ
 ッチを食べていました 血液の蛋白質を求め
 て 蚊やブヨが 斜交いに舞っていました
 濃い眉を引いた女は 相手に倚りかかる姿勢
 で 独り言の外国語を発していました 男は
 墓石を見つめるばかり 言葉のいっさいわか
 らないような 眼窩の窪みでした ふたりは
 いつからそうしていたのでしょう

 こちらへいらっしゃい 雨学者は重そうな革
  靴で下草を踏みかため 紫陽花の繁みの闇へ
  手招きしました
 雨学者もわたしも 生まれてこのかた 雨に
 甘えたことがありません しようことなしに
 雨で書かれた本を探し続けて この年になり
 ました 慈しみの雨とはいったい どういう
 ものでしょうか
 わたしたちは互いに手をつないでも芯が冷た
 く 上水道の乳に育てられた 乳飲み子のよ
 うです 幼い老人の姿勢で それぞれの暗闇
 に咲く 饐えた紫陽花の乳房を吸っているの
  でした

 冬の駅 峯澤典子

 冬の町から
 二十年前に 届いた葉書
 インクの滲みは
 雪に閉ざされた廃園の
 消えたリラの 香り

  夜行で国境を越える
  そう書きつけたひともまた
 花影が散ったあとの
  透明な日付のなかにしかいない

 いちどだけの着信
  留守番電話に残っていた
 駅名の
 かすかな アナウンスに
 耳を澄ますたびに
 長い夢から
 さめてしまうのだから

 古い葉書のうえで
 滲んだひとの名前のそばに
 印字された
  Florence
 花の町の名が
 ふたたび
 唇にふれたとしても
 あの夜の
 プラットホームの
 足跡を消し続ける 雪の
 音しか
 耳にはもう届かない

 カラス 中井ひさ子

 カラスが一羽
 柿の木で
 不機嫌な顔をしいて
 道行く人を見ている

  嫌なことがあったか
 嫌いになったか
 友をそれとも人間を

 わたしなんて
 あいつもこいつも
 嫌いだよ

 思いがけず
  唇かんだこと
 かんだ唇そのままのこと

 嫌いでいるって
 けっこうしんどいよねえ

 羽なんか
 ふるわせちゃだめだよ
 心もいっしょにゆれているよ

 好きでいるって
 もっとしんどいよ

 カラスは
 あんたも大変だね と
 柿の実一つ落として
 飛び去った

 白い紐 藤田晴央

 雪が降りつづけた夜が明けて
 窓と壁の隙間に
  白い紐がありました
  夜中に忍び込んだ雪でした
  一晩中
 冷気が部屋にみちていたのに
 すやすや眠っていたあのころ
 窓をあければ
 道が二階の窓に近づいた白い箱庭
 長外套の背中をまるめた人がゆく
 つながれていない犬がゆく
 電線から雪の帽子や手袋が
 ぽたりぼたりと落ちる
 あやまち多き日々のはじまり

 あれから雪をいくたびも降り重ね
 いとしいものを追い求め
 ここまできました
 ほんとうは
 なすべきことがあるのですが
 わざと出していない宿題みたいです
 あれからずっと
 しんしんと降る雪を生きながら
 おまえはそれでいいのかと
  問うものが
  この胸のなかに
 積もりつづけます
  時間はあとすこしだよと
 ささやくものが
 しずかにしずかに
 忍び入ります
 白い紐が伸びていきます

 色が差す 西岡彩乃

 カップの後ろのテーブルの色
 その向こうの壁の色
 少しカーテンを開けたら
 ぼんやり浮かんで見える 白い光沢
 小さな匙で塗料を撒いて
 沈めて混ぜて溶かしていくと
 予想以上に色が変わって
 求めたものとは違うと文句を言う
 散った蛍光色は すぐに吸収されて
 平和な色の粒に隠される
 うっかりしていると
 反対側の色が強くなって
 みるみるうちに輪郭も揺れて
 形が変わっていく

 溢れ出る色は 動かさないと溶けてしまう
 埋めるはずだったのに
 削って抉って穴を開けてしまう
 カップはもう空になったのに
 お代わりの準備はできていない

 蓋を開けられなかった
 片手では力が入らない
 右手よりも不器用な左手が
 知らぬ間に引き金を引いてしまう
 部屋を埋め尽くす小さな粒が
 さっきよりも視界を悪くしながら
 少しずつ床に降りていく
 私の上に降り積もる

 この部屋は怖いから 窓を開けよう
 そういえば甘味を強めるために
 塩を入れることを思い出した
 ほんの少しだけ溶かした青色が
 血色のよい肌を落ち着かせる

 急いではいけない
 慌てるのは悪い癖だから
  ゆっくりのんびり手を動かそう
 明日また来たらいい

 淦 金堀則夫

 かねが
 どろ水になる
 さびてアカ水になる
 わたしの
(かな)とみず
 清んでいるものではない
 みずを忌むアカがわいてくる
 しろがねを
 にかわをといた水にまぜれば
 くがねなら金泥
 文字にかいてかがやいていく
 くろがねは
 みずにまぜればあか錆びていく
 この(じ)にうずまると
 いつかはくずれて土になる
 土に さびに アカに
 水がまざり
 ソコにある
 金と水
 日をあびた土からの光はなく
 水は〈すい〉となって北へ 冬へと
 地は遠くへ向かっていく
 声に出さないと
 文字にしないと
 字では
 くろがねは地にきえていく
 カン コン カン コン
 叩かれ 音は消滅していく
 字にかいた〈淦〉を
 どう声にすればいいのか
 どうあらわせばいいのか
 文字にならない
 わたしの〈じ〉あわせ
 生き様が浮いている
 わたしのどん底
 ソコに水がたまる
 アカとなり どろとなり
 わが地となっていく
詩誌『石の森』181号(2018年1月) 目次と作品2篇
 交野が原ポエムKの会
        「石の森」編集・発行 美濃千鶴
 《詩》
アルバム/西岡彩乃
神色/ほりみずき
華麗なるエスケープ髙石晴香
ダーコ(イタリアン・グレーハウンド)/夏山なお美
 《詩》
ジーン(ウィペット)/夏山なお美
 《書評》
<私>を解く ― 金堀則夫詩集『ひの土』を読む 
           /中西弘貴
《「交野が原」通信296》 
<あとがき> 美濃千鶴

 華麗なるエスケープ/髙石晴香

 少し手を伸ばせば 足を伸ばせば
  渡ってしまえる橋
 そこを渡ることはいけないこと
 法律で決められていること 
 引き止められて 引き止められて
 橋の手前でただ先を見る

 ひとりぼっち 閉ざされた部屋
 叫ぶ声は誰にも届かず
 声を出すことも 忘れてしまう 
 嘘の名前と偽りの自分で表す画面の中
 ことばだけが私になる

  ただ暮らしている私が偽りとなり
 ことばの私が陽の光を浴びはじめる
 本当の感情がただ溢れ出す
 ことばで溢れ出した感情は
 思いもよらない人の目にとまり
 そこからはじまる
  嘘と本当がわからなくなる世界

  あんなに渡れなかった橋が
 たったの指一本で
 舗装された 道路に変わる

  私?
 私の名は もうわからない

  その 新聞に書いてある名前が
 たぶん 私の本当の名前

 ダーコ
  (イタリアン・グレーハウンド)夏山なお美

 あなたは寝ることが仕事

 遊ぶことが仕事
 人になでられるのが仕事

 大きな目で見つめられたら
 とろけそうになる
 嘘のぬり絵ばかりの
 人間の指先を
 ダーコの舌で
 ペロリとしたら
 すべては本当になる
 気がする

 あたたかい
 あなたに抱かれたら
 心のカサブタも
 早く治るような―――

 ダーコの細く長いしっぽの
 メトロノームは
 うれしい時
 がっかりの時
 そのままの気持ちで
 振動する

  素直にありのまま
 喜べたら
  癒しのための占いも
  慰めのための音楽も
 いらなくなる

 背中からわたしの許しを受けとめて
 喉頸(のどくび)からわたしの過ちを飲み込んで
 手のひらから伝わり
 黙って眠る
 あなたからわたしが
 再生される

詩誌『交野が原』 第83号 (2017年9月) 目次
             郷土史カルタが語る③「念仏の 六字名号碑に 手をあわす
 》Ⅰ                        《》Ⅱ
水邊にて                 平林 敏彦
                    岩佐 なを
更新                   北原 千代
冬の森                  草野 早苗
パスタと猫                金井 雄二
U字溝                  野崎 有以
転居                   峯澤 典子
小石の指                 野木 京子
ペレ・アイホヌア             青木由弥子
あるくひとは、だんだん顔を失っていく   相沢正一郎
エメラルドビーチ ある十月の終わり    北爪 満喜
リスベート・ツヴェルガーの絵による
『ヘンゼルとグレーテル』         森山  恵
ひと息に赤い町を吸い込んで        疋田龍乃介
ひゅっと                 浜江 順子
やみくもに                細田 傳造
蔓延る                   たかとう匡子
T型定規と毛筆              佐川 亜紀
戦争をしていた頃             望月 昶孝
初夏の道                 高階 杞一
村                    中本 道代
表面張力                 岡島 弘子
躍り出た言葉               田中眞由美
ベンセ湿原ふたたび            藤田 晴央
「ラ・ボエーム」変奏曲           山田 兼士
半分                   鈴木 正樹
プロセス                 西岡 彩乃
凍える指                 渡辺めぐみ
冷たい指先                瀬崎  祐
白い液体                 神尾 和寿
オニごしのりゅう/ふじ越しのりゆう
                     海埜今日子

あんぴんらおじぇ             松岡 政則
非徒                   金堀 則夫
鱗                    一色 真理
斧                    八木 幹夫
笑うふるさと               八木 忠栄
《評論・エッセイ》
  □清岡卓行の詩の美学                          岡本 勝人
  □大野新ノート(9)評論集『砂漠の椅子』                 苗村 吉昭
  □島尾敏雄/かなしみひとつ、棘ひとつ                  寺田  操
  □極私的界紀行20                          冨上 芳秀
   *河津聖恵詩集『夏の花』思潮社 *紫圭子詩集『豊玉姫』響文社 *嵯峨京子詩集『映像の馬』澪標
   *秋山基夫詩集『月光浮遊抄』思潮社 *葉山美玖詩集『スパイラル』モノクローム・プロジェクト
   *若山紀子詩集『沈黙は空から』砂子屋書房 *佐伯圭子詩集『空ものがたり』編集工房ノア
   *甘里君香詩集『ロンリーアマテラス』思潮社 *魚野真美詩集『』iga
書評
  陶原 葵詩集『帰、去来』思潮社                     吉田 文憲
  松尾真由美詩集『花章―ディヴェルティメント』思潮社              海東 セラ
  瀬崎祐詩集『片耳の、芒』思潮社                      谷合 吉重
  古賀大助詩集『汽水』思潮社                       宇佐美孝二
  峯澤典子詩集『あのとき冬の子どもたち』七月堂              林  浩平
  小笠原眞詩集『父の配慮』ふらんす堂                   藤田 晴央
  冨上芳秀詩集『恥ずかしい建築』詩遊社                  井川 博年
  黒羽由紀子詩集『待ちにし人は来たりけり』考古堂             橋浦 洋志
  金堀則夫詩集『ひの土』澪標                       冨上 芳秀
  菊田 守詩集 ―現代詩文庫15― 砂子屋書房              相沢正一郎
  北畑光男評論集『村上昭夫の宇宙哀歌』コールサック社            照井 良平
  高階杞一著『詩歌の植物―アカシアはアカシアか?』澪標          八木 幹夫
  岡本勝人著『「生きよ」という声―鮎川信夫のモダニズム』左右社      添田  馨
                                      編集後記
詩誌『交野が原』 第83号から  詩作品6編紹介

 水邊にて 平林敏彦

 夏が來ると
 人目につかない水邊にかがんで
 疾しい傷を洗っている

 臆病者が摺り足でわたってきたのは
 あやうい夢のふちだったが
  暗がりに滑りこむ時代のすきまで
  いったいなにをたくらんでいたのか

 故なく異端の子に生まれ
 今はもう帰りようがないあの故郷は
  むざんに荒れ果てて
  砂まじりの風にさらされている

 非力であれば恥にまみれるか
  ひときれの貧しい愛に逃亡するか
 虚妄の島で死ぬ道もあったが
 油照りの空から降りてくるのは
 やぶれつつ振る旗の下で
 散り散りになった仲間たちの
 さみしい亡霊だった

  時は滅びの地平にゆらぎ
  死にそこねてゲリラにもなれず
 詩のようなものを吐きだしてはきたが
 囚われの日を何処へとむかうのか
 いつからか
 うしろ手につながれた者の意識で
 この水邊をたどりながら

 蕭条と
 夏の日が暮れていく
 水かさを増す流れのままに
 喪の灯りは夕闇に消える

 庭 岩佐なを

 夏至、雨。
 庭の箱の濡れたガラスを
 慎重にはずすと底に
 びっしり並んだ小さいサボテンたちが
 上目遣いをする
 そこへやわらかく雨があたる
 たまには湿りなさい。
 周りから
 ひと気が減って
 いのちうすらいで
 花鳥草木をたのみにしていた
 じいさんはある夜
 枠を踏み外してどぶんと落ち
 今はあの世の温泉につかって
 笑っている
 のんきな「上がり」
 おめでとさん。
 それはそうとあなたは
 夏至と冬至と
 どちらが好きですか。
 うめ対ゆず
 ひる対よる
 かな。
 ガラスの蓋をもとに戻して
 庭ごとたたむ
 じくじくも
  ほどほどに
 明日、晴。

 更新 北原千代

 切断されて憩いの家に暮らす
 八十歳のお母さんたち
 切り口は痛みますか
 生垣に身を乗り出し鉄鋏をふるう
  夕食後のリハビリ
  はればれと夏の日課です
 陽にかざして切れ味を確かめ
 秩序を切断する
 あなたもやってごらん
 くちびると瞳によろこびを湛えている
 内臓がふるえながら笑っている
 女学生みたいな昂揚が
 みどりの生垣を刈っている
 生きたまま切り落とされる植物たちは
 溝の深みへ逆さまに
 切れ味がよいね
 ゆかいだね
 芙蓉はきらいだよ
 みんなみんな倒れるとよい
  いっそすっきりするよ

 ここはお母さんたちが育てた庭
 双葉から本葉へそして木立へと
 からだをふり絞り地を這うように手入れした
 水はいつ涸れましたか
 照り灼けた芝生に
 うずくまるお母さんたち
  ひとりは十人のように重たく
  数はまいにち増えている
  お母さんいつまで増えていきますか
 地球の耳鳴りのように鋏が鳴って
 砥石は夏を研いでいる
 溝を割っていちだんと沈む
 底光りの夏

 冬の森 草野早苗

 町から北の森に行く電車に乗った
 電車は一時間ほど
 大蛇の体内のような地下を走っていたが
 尻尾から飛び出すように光に入って行く
 大河の鉄橋を渡る

 今日 久しぶりに外に出たのは
 雪催いの空を見たから
 これなら影がないのに誰も気づかないはず

 森に影がいることを知った
 モズがそう告げたから
 クヌギの木立の後ろにそれは居た
 座ってこちらをうかがっていた
 光が薄いので
 薄紫の影はゆらゆらと煙のように
 浮いてみえる

 なぜ離れたのかと聞いた
 あんたがつまらないから と応えた
 あんたはどこへ行っても何を食べても
 何も見てない 感じない
 そんなことか
 そんなこと
 一緒に冬の森を歩いてみようよ
 いいね モズやムクドリもいるみたい

  影は照れたような仕草で
 足元から合体した
 薄日が射してきたが
 自分が戻ったからではなくて
 天気予報でそう言っていたと
 影は相変わらずの乾いた調子で言う

 モズがケタケタと
 嗤うような鳴き声を立てた

 パスタと猫 金井雄二

  坂の途中にある
 パスタ専門店に入り
 二人で違うものを注文する
 半分ずつ分けあえば
  違う味が楽しめるから
 君はどちらのスパゲティも
 おいしかった
 といい
 あわててパスタと言いかえた
 なぜかとても
 恥ずかしそうだった
 坂を上っていくと
 郵便局があった
 三角屋根の下には
 丸窓が一つあって
 猫が二匹
 見つめあっていた
 丸窓の猫は
 真っ白な紙でつくられたものだが
 ぼくには本当の猫に見えた
 猫はとても仲がよさそうだったし
  今にも動きだしそうだった
  君はその猫を
 ぼくより先に見つけて
 なぜかとても
 得意そうな顔をした

 U字溝 野崎有以

 女の亭主が膨らんだ餅が食いたいと朝からぼやいていた
 女は知らん顔をしていたが
 亭主が七輪を買いに行こうとしたところで
 七輪がなければU字溝を使えとやっと女が声を発した
 藁をよけてドブを浚って
 冬眠しかけたカエルが隣のU字溝へと移った
 ボーイスカウトに安い飴玉をちらつかせ
 とんまなボーイスカウトだけが集まった
 なかなか炭をおこせない
 餅は米粒のまま
 女はため息をついて
 ボーイスカウトにまた飴を渡して手を振った
 ボーイスカウトたちは嬉々として家路についた

 苔の生えた臼でついた餅のまばゆい白さよ
 すり鉢できな粉と生砂糖をいつまでも混ぜつづけ
 餅がU字溝のうえで膨らむのを待っている
 餅はなかなか膨らまない
 女は亭主に餅とは関係のない話を延々とした
 八百屋の夫婦が気に入らないからこれから野菜は自分で
  作るのだ

 米のとぎ汁と色が同じだから牛乳の宅配はやめるだの
 意味の分からないことをわめいて頭からきな粉をかぶった
 そのうち女が餅のように膨らんで
 飛んで行った
 アメリカへ行った

詩誌『交野が原』 第82号 (2017年4月) 目次
郷土史カルタが語る②  「追善供養 生前に祈る 十三仏
 》Ⅰ                       《》Ⅱ
 叛旗はきょうも             平林 敏彦
 山吹                  高階 杞一
 さみしいゆめ              八木 幹夫
 声                   望月 昶孝
 耳の目                   浜江 順子
 歳月                  中本 道代
 雨の木                   北原 千代
 たんたたん               野木 京子
 渇望                  青木由弥子
 雪文字                 藤田 晴央
 虹のむくろ               佐川 亜紀
 似合わないのに             斎藤 恵子
 捲るめく                森山  恵
 ジョバンニの切符            山田 兼士
 熱川のワニ               八木 忠栄
 おもいでバス              岩佐 なを
 うりざね                瀬崎  祐
 ゆがみ                 岡島 弘子
 おぼろに                颯木あやこ
 どこにいるのか             松岡 政則
 臣下                  渡辺めぐみ
 あかい夏                 田中眞由美
 穴埋め                 海東 セラ
 傘の行列                草野 早苗
 バナナ                 一色 真理
 S区白濁町               海埜今日子
 五階建ての建物             古賀 博文
 ぼくらは                金井 雄二
 林檎                  大野 直子
 時                   美濃 千鶴
 線で結ぶということ           西岡 彩乃
 つぼ                  金堀 則夫

《評論・エッセイ》
       □美しく、なつかしき―清岡卓行の文学の世界―       岡本 勝人
       □大野新ノート(8)『大野新全詩集』より詩集未収録作品  苗村 吉昭
       高橋新吉/ダダと時間哲学のあいだ            寺田  操
       □極私的界紀行19                     冨上 芳秀
         *井川博年詩集『夢去りぬ』思潮社

         *大橋政人詩集『まどさんへの質問』思潮社
         *勝嶋啓太詩集『今夜はいつもより星が多いみたいだ』コールサック社
         *坂多瑩子詩集『こんなもん』生き事書店
         *殿岡秀秋詩集『体内電車』秀文社出版
         *神尾和寿詩集『アオキ』編集工房ノア 
書評
   浜江順子詩集『密室の惑星へ』思潮社                広瀬 大志
   北原千代詩集『真珠川 Barroco』思潮社               阿部日奈子
   ジェフリー・アングルス詩集『わたしの日付変更線』思潮社      大崎 清夏
   伊藤浩子詩集『未知への逸脱のために』思潮社            水島 英己
   吉田義昭詩集『空気の散歩』洪水企画                野田 新五
   久保田亨詩集『白状/断片Ⅰ~ⅩⅤⅢ』銅林社            岡本 勝人
   神尾和寿詩集『アオキ』編集工房ノア                阿賀  猥
   秦ひろこ詩集『球体、タンポポの』書肆侃侃房            吉川 伸幸
   中村不二夫著『辻井喬論』土曜美術社出版販売            小笠原 眞
    編集後記

詩誌『交野が原』 第82号から  詩作品6編紹介
 山吹 高階杞一

 三日尾張にとどまって
  そのあと京へ発った
  野にも山にも若葉がしげり
 全身みどりに濡れるかのようであった
 道野辺の花を見ては
 殿もいたくご機嫌で
  ――実のひとつだになきぞかなしき
  などと笑っておられたが
 内心
 それがいかにつらい思いから発せられた言葉であったか
 ただただかしこまり
 頭(こうべ)を垂れるしかないのであった

  爺、急ぐぞ

 はげしく移りゆく世を
 行列は進む
 ふりかえれば
  越えてきた山なみが見える
 駿府では今ごろ茶摘みがたけなわであろう
  さみしいゆめ 八木幹夫

 とてもさみしいゆめをみる

 とおいくにの とおいまちの
 なんだかいちどきたことのある
 いえのまえで
 おんなのこがえをかいている
 てにはろうせき
 あたりはがれき
 (ほんとうはいえなどどこにもないのです)
 おんなのこは
 いっしょうけんめい
 かおをふせ
 えをかいてます
 よくみれば
 わらうおじいちゃんおばあちゃん
  たくましいうでをもつおとうさん
 だいどころではなうたをうたうおかあさん
 ろじからいぬといっしょにかけてくるおとうと
 きゅるきゅるとへんなおとがして
 みんなどこかへきえてしまった

 あんまりさみしいゆめなので
 はやくここからにげだしたい

 雨の木 北原千代

 すり鉢の底のような地形の 年じゅう陽の差

  さない半地下のアパートに暮らしていたのだ
 った
  坂道を上ったところにある先生の音楽室もま
  た 生い茂る街路樹に窓を塞がれていた

 先生は内部の透けてみえる肌を持っていたが
 雨の夜には髭が濃く どこの国の言葉かわか
 らない挨拶をした よからぬところへ行って
 いたことも 雨の森で鹿を撃ってきたことも
 あった 産毛までつめたく濡れ バイオリン
 に触れることはなかった

 わたしは 渦巻きが噛んでいる弦を ひきし
 ぼりまた緩め調弦をくりかえす 髪がじゃま
 になるので くろいゴムできつく縛った

  きっかり一時間 体幹を保ち わたしは直立
 した レッスンの終わりを告げる先生の耳に
 わたしのなかの一滴が交わる そのとき鈍い
 疼きがわたしの脊髄をさかのぼり 窓を覆う
 スズカケの高木から 雨の夜空を突きぬける
 木の天辺には 別の日にレッスンを受ける修
 道女のベールの切れ端が ぼろ布のように晒
 されて留まっている
 レッスンのたびにわたしは じぶんをひとり
 ずつ音楽室に置いていく さようなら先生

  雨の夜に雨の木は 産まれてしまう 地球の
 密林の多くがそうであるように


 ぼくらは 金井雄二

 ぼくらは本を読んだ

  昨日に引き続き
 一三九頁から

 ぼくらは映画を観た
 時刻をぴったり合わせて
  同時にスイッチを押した

 ぼくらは音楽を聴いた
 ふたりが好きな
 モーツアルトの協奏曲を
 心のタクトを合図にして

  夜の闇の向こうに
 忘れられない顔がある
  夜の景色は
 どこまでもつながっていて
 夜の底の彼方でしか
 逢えない

  旅人になりたい
 どこまでも歩いていく
 旅人に
 ふたりが同時に
 しゃべりだすと
 ふいに
 ぼくらは
 向かい合う

 傘の行列 草野早苗

 東から来た魚が扉をたたく夜

 小さな手のひらが乾いて気持ちがいい
 小さな手のひらの持ち主たちは悟る
 もう正しい嘘をつかなくてよいのだと
 父も母も大嫌いだと
 口ごもらずに言ってよいのだと

 声にならない叫び声に
 直径のまだらな雨がふる
 窓に雨音の乱反射
 傘に落ちる不定なリズム

  黄色や緑の小さな傘の行列が
 飛び跳ねながら角を曲がって
 消えてゆく夜
 町に無いはずの鐘の音が響く

  魚が雨に煙る大気を泳いでゆく
 家々の窓に灯りがともり
 大きな影が揺れている
 窓を開けずに見ている
 この町の儀式

 灯りのともらない窓はひとつだけ
 そこから出てきた小さな影を
 銅色の魚が背に乗せる
 やがて尾びれも角を曲がって
  消えてゆく もういない

 つぼ 金堀則夫

 きょうも土をねって

 どんなかたちにするか
 わたしのつぼ
 わたしの手中にある
  火によって変わる
 きのう きょう あすという
 日数(ひかず)をかさねて
 土の神からできあがっていく
 造作が生きるつぼ
 わたしの輪を足していく壁つくり
 空洞になった土の頭が屋根になる
 そんなわたしの家
 もうおまえのつぼづくりはからまわり
  おまえの土からは何も産まれない
 ひとは土を手がけようとしない
 ひとは土からはなれていく
 ひとは土を耕さない
 苗を植えない
 土にふれないで
 機械が動いている
  もう土は
 地の神ではない
 生きるつぼではない
 新しい人工の素材
 生きることのあらゆるものが
 カラカラと
 火にも 日にも 土壌にも
 うちかてず 焼かれ
 伏せた土に埋もれていく
  おのれの手で
  もう土からねることはない
 生きるかたちもない
 つかめない
 過去のつぼ
 歿して焼滅していく

詩誌『交野が原』 第81号 (2016年9月) 目次
 郷土史カルタが語る① 「レイマンの キリシタン墓碑 千光寺跡
 》Ⅰ                        《》Ⅱ
海                    一色 真理
耳鳴り                  颯木あやこ
尾                    海東 セラ
棘                    佐川 亜紀
紙切れまたは段切れ             望月 昶孝
譚                    海埜今日子
辺境の光                   中本 道代
予鈴                   渡辺めぐみ
眼窩                   金堀 則夫
建物と通信士               野木 京子
f字孔                   北原 千代
春の抒情                 八木 忠栄
日々                   岩佐 なを
無題                   松尾 静明
かくぢ                  藤田 晴央
                          
清水さん                  高階 杞一
南の電柱                 山田 兼士
ハエの皮膚呼吸              岡島 弘子
午後の研修室               瀬崎  祐
熱い氷と                 浜江 順子
秋思                   青木由弥子
はじまり                 大野 直子
あなたがここにいてほしい         金井 雄二
かぎりなくやさしく、温かく        古賀 博文
風化                   田中眞由美
花を                   斎藤 恵子
さらりの 霞み              宮内 憲夫
こえがれ                 松岡 政則
声のない木                八木 幹夫

《評論・エッセイ》
           □遠くて近い戦後詩人―三つの石原吉郎      岡本 勝人
           □大野新ノート(7) 詩集『乾季のおわり    苗村 吉昭
           まど・みちお/深い夜である          寺田  操
    極私的詩界紀行18                       冨上 芳秀
       *南川優子詩集『スカート』洪水企画
       *山田亮太詩集『オバマ・グーグル』思潮社
       *林嗣夫詩集『解体へ』ふたば工房
         *塩嵜緑詩集『そらのは』ふらんす堂
       *日原正彦詩集『163の詩のかけら』ふたば工房
書評
    白井知子詩集『漂う雌型』思潮社                   藤田 晴央
    伊藤悠子詩集『まだ空はじゅうぶん明るいのに』思潮社        岡野絵里子
    川上明日夫詩集『灰家』思潮社                   古賀 大助
    原田道子詩集『かわゆげなるもの』思潮社              平居  謙
    沢田敏子詩集『からだかなしむひと』編集工房ノア          里中 智沙
    冨上芳秀詩集『蕪村との対話』詩遊社                山本 博道
    田中国男詩集『夏の家』はだしの街社                米村 敏人
    八重洋一郎著『太陽帆走』洪水企画                 池田  康
    築山登美夫著『無言歌 詩と批評』論創社              越湖 雄次
    鈴木 漠著『連句茶話』編集工房ノア                梅村 光明
    苗村吉昭著『 民衆詩派ルネッサンス』土曜美術社出版販売        mako nishitani
    細見和之/山田兼士著『対論Ⅱ この詩集を読め 2012―2015』澪標  苗村 吉昭
  訂正とお詫び 白井知子詩集の書評 藤田晴央のところ、
            野村喜和夫となっていました。訂正の方お願いします。

詩誌『交野が原』 第81号から  詩作品6編紹介
 耳鳴り  あやこ

 すべての楽譜 霞み
  永い汽笛が鳴る
 耳の奥

 わたしは 海を探している

 見て、
 この胸をまっすぐ貫く
 竜骨

 三度 抱かれ
 三度 溺れ
  三度 沈んだが

 そのたび
 わたしのからだは 船へと進化
  ついに まっ白な帆が生え 金の竜骨が張りだした

 波が逆巻く あなたの心
 しずけさ 横たわる あなたのからだ
 ふかく冷たく青い あなたの思想
 ああ
 ときに温かな海流が わたしを抱いて放さない

 人魚の亡骸のふりをして
 腐らせてくださいと希う日も

 ひたひたと
 あなたが近寄る夜には
 汽笛が一層 鳴り響く

 予鈴 渡辺めぐみ

 針のように諸熱は降り
 雲間を抜けて
 真っ直ぐに
  空に向かって歩んでいった兄は
  帰らない
  二十二年の歳月を経て
 解かれることのない彼の遺志が
 今年も
 白を運ぶ

  哀しみは
 大気と水の時間差
 百合の根の渇き
 草地の蜂起とともに
 胸膜に反射する
 午後の光の静寂(しじま)

 倫理の壺に穴があき
  死神の眼が
 いまだ人々の白さを
 追撃している

 水無月が終わりを告げると
 首領のように
 盛夏が繁茂するだろう
 それでも
 積乱雲の
 湧き昇る綿を摘み
 白を運べ

 尾 海東セラ

 そばにあってくすぐったい
 ふさふさした尾は
 銀いろの
 まっすぐな毛に黒も混ざって
 ときおり気取って手まねきはするものの
 もっとべつの持ち主を探して
 うわのそらだったりもします
 はなうたまじり 気ままに
 うしろにも 向きがあって
 みずからの支柱につれて周囲もまた立ちあがることを気
  にかけず

 好日的です 同情にあふれ
 信じて疑いません
 うたの端っこを残してしばらく帰らないときもあれば
 ふぐうをかこって 軒下でうらぶれ
 とつぜん機嫌よくあらわれて
 おもいがけないほどの幸福ももたらすのです
 尾のぬくもりに守られることは
 尾の先を銜えようとまわる愛しみ
 そっとくるみこんで するどく敵を払い
  うちがわの油で雨も虫も弾くと
 手や足とちがって ただいっぽん
 他者にもそう求めるでしょう
 だんりょくのある上昇と下降を
 のがれるつもりで つかんでいました
 みうしなわないことが閉じこめることだと
 うすうす気づきながらも 追いかけて
 そんな一方通行は ぶぶんを匿いながら
 あまやかなにこげのやわらかに密生する
 きせつの歓びをめぐらせます
 うっかりねむりにおちるほど
 濃く深い影をひるがえし
 たまに消えたがったとしても
 つやつやたくましく
 となりの輝きをよく欲します
 虎視眈々ぬれぬれ
 むずむず
 ひかりにまみれ

 眼窩 金堀則夫

 土の闇から
 子馬の埴輪
 ひかりをあびて
 真っ黒な眼球があらわれる
 精霊のかがやきが
 じっとわたしをみつめている
 粘土の輪をつみあげ
 祈りの手が
 子馬の眼と口と耳を象る
 素焼きの土と砂
  奥深い空洞を形づくる
 からっぽはくらい
 くらい眼球がみつめる
 かたりかける
 ひかりが入っていく
 大きく開いた眼
 とじることはない
 死者に優しく見開いている
 あの世とこの世
 今 ここにあらわれる
 土中にうずもれた
 わたしの肉体は腐敗し
 だれかわからないしかばねの
 おちこんだ眼は見当たらない
 奥深い空洞は
 からっぽの乾いたむろ
 土と砂がおまえを白骨にする
 無の陥没
  あの世も この世もない
 わたしの空洞
 白っぽく 弾き出され 輝きもない
 古代人のねった土と砂
 空洞の埴輪
 わたしと向き合う
 子馬の黒い眼、黒い口、黒い耳の穴
 奥深い空洞にひかりが入って
 いまも生きている

 紙切れまたは段切れ 望月昶孝

 紙切れに
 恋してしまったと云うばかり
  白紙ゆえに何でも書ける
 ひと声も出せぬ機械のために
 書き潰す 段切れ

 紙切れに
 疑いを抱きさまよえる
 リボンの少女が歌う讃美歌
 マグダラのマリアであれば
 切れ切れに 一世は捨てて

  紙切れの
 紙は神なり
 紙切れの
 紙は髪なり
 紙に書く
 歴史の遺書をわれわれは
  読みつ破りつ 段切れ生まれ

 真っ白な紙切れが生まれ
 書いたり描いたり
 未完の歴史を
 誰かがまた消す
 誰かが書き継ぐ

 紙切れ
 のようなものが
 人を狂える存在にする
  動物から脱却して
 AIとかいう無機物に

 紙切れから
 喜び生まれ その段切れ
  そも 遺言の卵は溢れ

 花を 斎藤恵子

  戸ぐちと路の
 ほんのちいさなすきまに
 鱗茎をまっすぐにのばし緑葉をつける
 他所から侵入してきたのだ
 居続けることができなかったから

 鋭い葉をたわませながら広げ
 ひかりだけを浴び
 ひそかに地下へもふくらむ
  ほんとうは根なし草なのに

 電信柱の横
 アパートの階段の下
 公園の滑り台の脇
 俯いてつぼみをもち
 ひっそり横を向いてちからを溜める
 さびしいものはきれいに咲こうとする
 日陰には属さない

 テレビで花火のような音
 戦争の画面
 丘を越えた森の奥で
 棒立ちして花弁をひろげているものがいる

 薄ら日に純白を誇り群生する
 定住はしない
 戸ぐちの暗い隅であたまをゆらし
 やがてひとしれず移る

 貧しげな町で
 臨月のひとが肩で息をしている
 傍で花をひらく

詩誌『交野が原』 第80号 (2016年4月) 目次
》Ⅰ                                  》Ⅱ
(古井戸のちかく ふいに立ちつくした風……)   相沢正一郎
あとはただ…               平林 敏彦
遅刻                   岩佐 なを
一本道                  八木 忠栄
水掻き                  一色 真理
水琴窟                  佐川 亜紀
秋雨                   中本 道代
脳天春雨                   浜江 順子
空の水                  野木 京子
波打ちぎわ                北爪 満喜
金柑の実                 北原 千代
ごもっちょ                高階 杞一
パンドラ                 大野 直子
坪打                   金堀 則夫
星のさなかー金堀則夫さんへ           江夏 名枝
十六夜                  斎藤 恵子
空をよこぎる、ほんとうの鳥        海埜今日子
何であろうと
ルネ・マグリット作「会話術」に寄せて         渡辺めぐみ
葛の花                  八木 幹夫
地上の水煙                山田 兼士
怖くなくて                八木 真央
芽吹き                  青木由弥子
今日の水                 岡島 弘子
三月                   瀬崎  祐
少女                     松尾 静明
合唱                   藤田 晴央
ボールは止まる              金井 雄二
ゆきかうところ              中塚 鞠子
浜川崎で                 長谷川 忍
商店街                  草野 早苗
さびしい声                田中 国男
とおい曠野                松岡 政則
命の着替え                宮内 憲夫
冬至                   美濃 千鶴
絶対の秋                 大橋 政人
クリームシチューの夜           望月 苑巳
数字                   田中眞由美
《評論・エッセイ》
□様々なる批評の意匠                    岡本 勝人
□大野新ノート(6) 詩集『続・家』            苗村 吉昭
室生犀星/からだじうが悲しい               寺田  操
□極私的詩界紀行17                     冨上 芳秀
*岩佐なを詩集『パンの、』思潮社

*豊崎美夜詩集『ジャコメッティ・サラダ』ふらんす堂

*菊田守詩集『日本昆虫詩集』土曜美術社出版販売

*南川隆雄詩集『傾ぐ系統樹』思潮社

*三角みづ紀詩集『舵を弾く』思潮社

*網谷厚子詩集『魂魄風』思潮社
書評
新延拳詩集『わが流刑地に』思潮社               野村喜和夫
小笠原茂介詩集『雪灯籠』思潮社               たかとう匡子
松岡政則詩集『艸の、息』思潮社               中西 弘貴
岡本勝人詩集『ナポリの春』思潮社              久保寺 亨
清岳こう詩集『九十九風』思潮社               古賀 博文
斎藤恵子詩集『夜を叩く人』思潮社              田中 郁子
中塚鞠子詩集『天使のラッパは鳴り響く』思潮社        三井 喬子
金井雄二詩集『朝起きてぼくは』思潮社            谷内 鳥子
苗村吉昭詩集『夢中夢』編集工房ノア             池井 昌樹
中西弘貴詩集『厨房に棲む異人たち』編集工房ノア       川上明日夫
相沢正一郎詩集『風の本』〈枕草子〉のための30のエスキス書肆山田  海埜今日子
鈴木東海子詩集『 桜まいり』書肆山田              阿部日奈子
宇佐美孝二詩集『森が棲む男』書肆山田            沢田 敏子
ハルキ文庫『高階杞一詩集』角川春樹事務所           山田 兼士
新・日本現代詩文庫121『金堀則夫詩集』土曜美術社出版販売    中原 秀雪
編集後記
表紙デザイン・大藪直美》

詩誌『交野が原』 第80号から  詩作品6編紹介

 水琴窟 佐川亜紀

 ささやきはささやかな路地を通る
 悲鳴と非情の街の間を
 母から切り取られた黒い乳房が
  次々に畑に積み上がり
 父を消した画面の空が
 斜めに切り裂かれる
 欠けた貝殻から
 押しつぶされるジュゴン草が
 地中海のやわらかい死体が
  揺れる響きが聞こえるか
 指で横流す未来

 目は二つの廃れた星
 耳は金の竜巻となり
  髪は暴風雨で地をおおい
  鼻は死の匂いに慣れ過ぎ
 口からは点々だけがあふれる

 さえずりは
 空にうちあげられた鯨の骨から
 降って来る
 ほおずりと殴打が同時であり
 温かいほおもなくなる世界で
 外されたささやきが
 錆びた排水管からもれだすとき
  冷たさは
  一音ずつ落ち
 体の中の水琴窟を捜す
 原始の洞窟のような
 月の夢のたまり場のような
 水の中に隠された深い音を捜している

 秋雨 中本道代

 雨の中を追われて行く猫を
  愛したのかもしれない
  その日

  秋のはじまりの日
 雨水がはげしく跳ねた
 空き家整理のガラクタが濡れそぼった
 昔の漫画雑誌の束 古い布きれの束
  彼は生きた
 彼らは生きている 世界に散らばって

 雨が束の間やむと
 蝉が途切れがちに鳴いた
 漫画雑誌の表紙の美少女が
 いつまでも微笑んでいる
 彼が蝉になって来ている

 長く長く
 降り続く雨の先では
  白い光が下りてきて
 三年前に死んだ女性が
 カラスウリの花を探している

 カラスウリの花も光る?

 彼らの一人が横断歩道を走って行った
 長兄の大きな体が消えてはあらわれる

 雨を分けて彼らは生きのびる

 猫のあえかな桃色の舌が動いて
  雨水を飲んでいる

 金柑の実 北原千代

 隕石から 球果の化石から
 鳥たちの羽根からもらった
 オルガンの蓋をあけると
 もらったものが息づいている
 透けてみえるひとつぶの金柑も

 蘆原の繁みでだれかがわたしの
 月日を数えている
 繁みを撚り分けて風が歩いてゆく
 手放せばらくになるからと
 あかつきの小川に来ている
 小川は貝殻を漱いでいる
 わたしのしてきたことを
 もうおもいださないというふうに
 小川にはまいにち来ている
 くりかえし小川を乞う
 朝のパンと飲みものをもらって
 蘆原の繁みを家に帰る
 赤子に沐浴の水をもらったことも
  死者に星浴みの水をもらったこともある

  はじめから手放していれば
 わたしはもっと軽かった
 地表の起伏をくるぶしに感じながら
 もっと遠くまでゆけた
 まいにち同じみちをかよって
 荷物を背負いなおすとき
  小川がわたしを濡らしわたしを助ける
  たえまなく流れ
 山肌の雪の匂いを含みわたしを名乗らせる
 歩いて測ったくるぶしを小川に返す日まで
  そのときあなたはオルガンの
 蓋をあけてほしい
 触れたなら水の弾ける金柑の実
 あなたはそれを齧って食べてほしい
 夜ごとからだと交換したことばを入れておくから

 坪打 金堀則夫

  泥をかぶり
 たたかれ こねて すねて おし込んで
 気の抜けたねじれのもろい土となる
 のばして輪積みする手に壺ができる
 わたしの殻
 火をかぶると
 水気は炎となってもえあがる
  壊れそうな土の殻
  焼かれ 乾き 囲っている
 そこにわたしがいる
  わたしの砦

 遺跡から
 縄文の火焔土器
 そこに 先人の気が沈んでいる
 両手で持ち上げ ひかりにてらせば
 土気が輝き 華やかな炎があがる
 古代の生きる尊厳。
  わたしのつみあげた
 殻の壺
 火をかぶれば
 消え去ってしまったものの
 よみがえり
 あのとき うずもれている
 遠い 深い 気炎
 燃えあがらない
 わたしの殻
 生きるつぼもない
  わたしの生きるつぼ
 さかさになって塞がり
 ぼつの墓穴を掘る
 つぼ打ちになっている
 土を放り出せ もっと もっと放り出せ
  地の深いくぼみ ひ形の壺
 そこに また
 火をかぶるわたしがいる

    *坪打(つぼうち)墓穴を掘る人。西日本でいう。

 怖くなくて 八木真央

 閉じようと思っていたパソコンの光が
 低い位置から発光しているので
  鏡に 顔の下半分から 青白く照り
 ぼやけたような 蒼白の女が
  暗闇の中 ぼうっと映る

 あぁ この不気味に青ざめた
 幽霊のように見える女は
  誰だ
  幽霊なんて信じなくなった程度に
 歳を重ね 童心の枯れ果てた
 現実主義者の 女の姿だ
 幽霊のように見える女を見る事と
 幽霊の女を見たと怯える事の
 心根の違い

 怖いものが仮想のものから
  現実的なものにどんどんすり替わって
 大人になる事の欠落に
 一角獣は嘶き角を折る
 下からぼうっと照らされる 幽霊を
 鏡の中に見いだす事の出来ぬ自分を
 思い知らされて でもミッフィーの口元の理由
 は 私の口元の理由 かもしれなくて

  理屈が 私の 浮遊する部分をも否定する事に
 幽霊のように見える女が小刻みに震える
 魂なんて信じられなくなった自分
 それを微塵も怯えたりしない自分 が
 怖くなくて
 でも この そぞろな気分の正体は

 そろそろ寝よう と リモコンを手に
 部屋の灯りを徐々に落としていくと
 ふと 自分を試してみたくなって
 薄闇の中 チェストの鏡に
 女をひとり 映してみる

 芽吹き 青木由弥子

 そそぎこまれたものが
 深いところにひろがってゆく

 透き通った湖面にさざ波が立ち
  白い花の水草が揺れ
 山稜が刃(やいば)を連ねて
 夜空を切り取る湖のほとり

 熟れたくだものからつかみ出した種を
 打ち寄せられ積もり重なる
 白い薄片の中にうずめる
 水際で骨のこすれあう音
 朽ちていく匂いの満ちる岸辺

  月光
 夜目に細くうねる川浪
 息をするのどがふるえる
 あふれていく水
  耐えきれぬ川岸が
 突き崩され怯えほどけ
 野を丘を平らかに呑み尽くして
 湖はまた新しくなり

 落ち続け降り続け
 星は満たされた水の中にこそ
 自らのふるさとがあると思い直し
  険しい山の奥深いところに
 生み出されるもう一つの空

 やわらかく降り注ぐものが
  私を満たしていく朝
 雲の峰の崩れては生まれ
 区切られた空が落ちる湖のほとり
 うずめられた種が芽吹き広がり

 曙光
 翡翠色の野がゆれている

詩誌『交野が原』 第79号 (2015年9月) 目次
 》Ⅰ  》Ⅱ
(本の扉をひらくと、井戸のある家……)
                     相沢正一郎

水の夢                  北爪 満喜
光線の空                 野木 京子
雪雲                    八木 忠栄
幻秋記                    平林 敏彦
ウミユリの形               中本 道代
ときの達人                岡島 弘子
就寝                   岩佐 なを
味覚異常                 望月 昶孝
あさがほ                 石下 典子
無限の中ぐらいに             江夏 名枝
豆が花                  水島 英己
風のとまった日              高階 杞一
かたむく                  瀬崎  祐
右手を高く                 金井 雄二
遭遇――ルネ・マグリット作「発見」に寄せて     渡辺めぐみ
俳回文日記2015               山田 兼士
樹の名前(長田弘氏に)           八木 幹夫

暗室                   藤田 晴央
待ち合わせ                一色 真理
みどりに染まる              斎藤 恵子
厨                    北原 千代
鳥の首                  佐川 亜紀
キリンのため息              望月 苑巳
空にかかった、毬ひとつ          海埜今日子
思い詰め                 大橋 政人
遭遇                   田中眞由美
異物のつぶて               浜江 順子
環世界                  大野 直子
橋                    草野 早苗
理由                   宮内 憲夫
丘から                  松尾 静明
配水                   金堀 則夫
森の死                  田中 国男
桟橋から                 古賀 博文

《評論・エッセイ》
□草野心平/声を届ける場所                      寺田  操
□大野新ノート(5) 詩集『家』                  苗村 吉昭
□芦沢銈介の色と型にみるポエジー・芦沢銈介美術館訪問記       岡本 勝久
□極私的詩界紀行
16                         冨上 芳秀
    *愛敬浩一詩集『母の魔法』(詩的現代叢書7)書肆山住

      *神田さよ詩集『傾いた家』思潮社
    *渡邊彰詩集『月の庭|庭の月』書肆山田
    *飽浦敏詩集『トゥバラーマを歌う』土曜美術社出版販売

書評
八潮れん詩集『ル・鳩 良い子ぶる』思潮社                野村喜和夫
八木幹夫詩集『川・海・魚等に関する個人的な省察』砂子屋書房       中村 剛彦
高階杞一詩集『水の町』澪標                       阿部日奈子
林美脉子詩集『エフェメラの夜陰』書肆山田                寺田  操
江口節詩集『 果樹園まで』コールサック社                 鈴木比佐雄
冨上芳秀詩集『かなしみのかごめかごめ』(詩遊叢書20)詩遊社       林 美佐子
松本衆司詩集『涙腺の蟻』ひかり企画                   畑  章夫
現代詩文庫210『続続 新川和江詩集』思潮社                  岡野絵里子
新・日本現代詩文庫121『金堀則夫詩集』土曜美術社出版販売          八重洋一郎
倉本修 文・挿画『美しい動物園』七月堂                  たかとう匡子
嵩文彦句集『ダリの釘』未知谷                      辻脇 系一
                                              

詩誌『交野が原』 第79号から  詩作品6編紹介

 水の夢  北爪満喜

 ゆらいで いつもの道が水に沈んでいる

 水面が首すじをひたひた浸して
 深い水のなかを杖をついて歩いてゆく
 木の枝の杖を 水底に
 刺して進むと 家の門口で止まってしまっていた

 水のなかを歩いて過ぎて行く人は近所の人だろうか
  くべつに騒ぎたててはいなくて


 深い水に漬かったまま
  木の枝の杖を握って家の前に止まっている

 夏休みにはプールに通って
 小学校の水色に塗られた臭い消毒槽の階段を
  数段下り 冷たい溶液に乾いた体で
  いきなり 腰まで漬かるのが冷たくて臭くて嫌いだった

 建て替えた家には二階があって
 玄関には 青いポールが一本立てられ 庇を支えている
 おじさんと呼ばれる祖母の息子の設計した家の二階から
 フェンスや木々越しに学校のプールがちらちら見えた

 家の形は頭の中から出てくるものだから
 家は おじさんの頭の中から出てきて
 物になって 入れ物になって
 父は 入れ物に入り 祖母も母も入れ物に入る
 私も入り すぐに出てしまった

 濃い血の匂いがする
 消毒槽の嫌な匂いではないけれど
 首まで水に漬かって門口に立っていると
 水の粒子が蒸発して 辺りを血の匂いで霞ませてゆく

 青いポールを見つめ続けていると
 目を離したとき赤になるので
 見つめない

 雪雲 八木忠栄

 国ざかいの山脈の上空に
  時季はずれの雪雲が
 重たく垂れている

 見はるかす雲は 人骨を
 五、六本呑みこんでいるらしい
 見える 見える
 (まちがいなく人骨です)

 里では春のあいさつが
 かわされはじめたというのに
 山を駆けおりて行った汚れた小僧は
 どこへ走り去ったか
 濁った大河の岸辺で沸騰しているか――
  山はしずかに躍りはじめるだろう
 なまぬるい風に煽られて
 雪雲はゆがみ
 人骨はにぶく光る
 きしみあい憎みあう乾いたハーモニーは
 これから時季はずれの呟きを
 奏でようというのか――

 かなたで流氷が鳴きはじめた
 雪雲も鳴きだすだろう
 チッチ チッチ チッチ チッチ
 里人たちは いつからか
  鳴くことを忘れてしまったらしい

 ちいさな木の芽みな バクハツ
 山脈は起きあがって 風は裂ける
 人骨が笑いはじめます

 かたむく 瀬崎 祐

  休日の朝は
 早くから庭でかすかな物音がする
 そっと門扉を開けてやってきた幼子が
 如雨露で草花に水をやろうとしているのだ

 大きな如雨露はブリキででていて
 銀色に光る首の部分が長い
 そのなかで水はかたむき
 如雨露をささえる幼子の一生懸命さもかたむく

 丸い地球を半分に切ってさ
 そこに家を建てたらさ
 地球は空の上でぐらぐら揺れてさ
 どの家もみんな宇宙にすべり落ちていくよね

 児童公園のシーソーにのった幼子は
 反対側でなにかを引きうけてくれた人の重さで
 空にむかってのぼっていく

 シーソーに乗った幼子は
 自分の重さだけでは地にもどれないことを
 訝しく思っている
 空にむかってのぼってしまった身体を
 自分のものではないかのように思っている

 たくさんの休日の朝がすぎて
 訝しさも忘れるほどに休日の朝がすぎて
 ある日ふいに
 幼子の一生懸命さが地に戻ってくる

  かたむいていたものを空のどこに失って

 右手を高く 金井雄二

 ボトル缶が
 真っ逆さまになるように
 顔を上に向け
 その唇の上に
 缶の口が合わさっている

 見た光景はちょうどその場面
 大きな駅のコンコース
 通路の真ん中に
 一筋のスポットライトがあたっていたような
 たったひとりで何かを飲み干す年配の女性

 あの女性はいったい何を
 飲んでいたのでしょう

 この空間はあなたのものです
 公共のものではなくなりました
 持っているものは
 あなたのものです
 わたしのものではありません

 ざわめいていた場所が
  一瞬
 人生最大のステージになったかのようで

 さあ
 右手を高く
 ボトル缶が
 真っ逆さまになるように

 風のとまった日 高階杞一

 風がきて
  ぼくの耳にとまる

   ぼくにも君のような男の子がいたらなあ

 そうつぶやいて
  すぐに とんでいきました

 風はなぜ
 ぼくにそんなことを言ったのでしょう

 ぼくと友達になりたかったのかな
 それとも
 ぼくによく似たこどもが
 風にも
 いたのかなあ

 そんなことを考えながら
 風の消えてしまった道を
  帰っていきました

 しずかで
 なんだかかなしくなるような
 夏の終わりのことでした

  配水 金堀則夫

 低地にあつまる排水
 川にも流れず
 海にも還れず
 逆流して戻ってくる
 あふれる水をいかに排するか
 母なる水の囲い
 母なる土の囲い
  排水を田に分配する
 先人たちの新田づくり
  畦を築き 水の路をめぐらす
  排水を土で囲っていく
  山から 川からくる水を
 配水していく田一枚一枚
 縦横のに水をみたす
  水を配する囲いは
  一面にひろがる水田
 水田を抱える大きな池
 池は母のふるさと
 わたしの 今、立つ
 水田は 囲う住宅地となる
 田は 家、家、となって分配
 足下にある水田は埋め尽くされ
 何処にも排水はない
 水の囲いも 水の路も見当たらない
  田の土は 土を逆さにして
  埋め尽くしている
 母なるつちの逆さま
 生れることも 育てることも
 断ち切れて 土は水に埋まっている
 悪水は土に埋まって眠っている
 川の流れは今も行きつ戻りつ
 海に還れない
 護岸の鉄柵だけは地より高く
 先人の土への配水は崩れてしまった
  わたしは いつのまにか
 土でもない 水でもない
 鉄柵になっていた

          
*井路川(いじかわ・用水路)

詩誌『交野が原』 第78号 (2015年4月) 目次
         》Ⅰ                》Ⅱ  

月蝕          
虚のある黒い月     
綿毛のように      
クリームパン      
夜の野川遊歩道     
脱走スリッパ      
ぼんぼり        
古代への年賀状     

つばめ         
マロニー・ヒル通信  
野の家         
小さな石        
石の眼         
消去          
注連縄綺譚       
安息日         
魚シリーズ 魚礁 魚卵 

一色 真理
平林 敏彦
高階 杞一
岩佐 なを
岡島 弘子
望月 苑巳
佐川 亜紀
山田 兼士
望月 昶孝
松尾 静明
中本 道代
金井 雄二
野木 京子
浜江 順子
榎本 櫻湖
中島真悠子
八木 幹夫

そうして        
火花          
フランス窓       
赤城神社マルシェ    
朝の儀式        
つぼみ のままに    
キリン         
裏返しに脱ぐ癖     
夕下風         
天へかえっていく    
星振る         
はだしのまま      
ひ、ふ、み・・・    
たらよう、そうしつ   
箱庭          
指           
未完          

田中眞由美
北原 千代
藤田 晴央
江夏 名枝

大橋 政人
宮内 憲夫
大野 直子

美濃 千鶴
斎藤 恵子
古賀 博文

草野 早苗
田中 国男

金堀 則夫
海埜今日子
瀬崎  祐

水島 英己
渡辺めぐみ
   《評論・エッセイ》
        □大野新ノート(4) 詩集『犬』      苗村 吉昭
           □中勘助/孤高の男に棲みついた異形  寺田  操
           □現代詩の様々なる意匠        岡本 勝人
           □極私的詩界紀行15           冨上 芳秀
            *須永紀子詩集『森の明るみ』思潮社
               *山本楡美子詩集『草に坐る』土曜美術社出版販売
               *高田太郎詩集『肥後守少年記』土曜美術社出版販売
               *外村京子詩集『十月の魚』本多企画
 


書評 
      海埜今日子詩集『かわほりさん』砂子屋書房      相沢正一郎
      渡辺めぐみ詩集『ルオーのキリストの涙まで』思潮社  岡野絵里子
      中島悦子詩集『藁の服』思潮社            佐川 亜紀
      杉本真維子詩集『裾花』思潮社            寺岡 良信
      長嶋南子詩集『 はじめに闇があった』思潮社      吉井  淑
      広瀬弓詩集『みずめの水玉』思潮社          美濃 千鶴
      有働薫詩集『モーツァルトになっちゃった』思潮社   竹内 敏喜
      宮内憲夫詩集『地球にカットバン』思潮社       八重洋一郎
      髙谷和幸詩集『シアンの沼地』思潮社          大西 隆志
      伊藤浩子詩集『Wanderers』土曜美術社出版販売     一色 真理
      川上明日夫詩集『草霊譚』澪標            中西 弘貴
      『続続 鈴木漠詩集』編集工房ノア           渡辺 信雄
      山田兼士著『萩原朔太郎《宿命》論』澪標       吉田 義昭
      八木幹夫著『渡し場にしゃがむ女―詩人西脇順三郎の魅力ミッドナイト・プレス 
                               八木 忠栄

詩誌『交野が原』 第78号から  詩作品6編紹介

 つばめ 望月昶孝

 二羽のつばめが電線に乗って
 愛を語っているらしい
  その平凡な非凡さよ
  ぼくは歩道橋の上で見ていた
 聴いていた
 息がつまってきて…

 あの人動かないね
 という声がして
 飛んで行ってしまった

 すると歩道橋がゆらゆら揺れた
 ずっと揺れていたらしい
 電線が撓んで揺れているのは
 つばめが乗っていたせいだ
 歩道橋が揺れているのは…
 人間のせいだ

 産廃回収車が
 壊れたものでも結構です
 と叫びながら
 走り回る

 つばめ
 明日も来いよ
 壊れるな

  旋回しつつ
 あの人壊れそうだなあ
 と声がする

 魚礁 八木幹夫

  大きな魚に追われると
  ぼくらはいつもここに
 逃げ込む
 暗いトンネルのような
 大砲(おおづつ)

 かつて
 この巨大な穴から
 熱い砲弾が戦闘機や敵艦隊に
 向って発射された日のことを
 知っているものはどこにもいない

  黄色のあざやかなクマノミ
 ピンクにゆれるイソギンチャク
 南方の明るい海の底に
 眠る戦闘機

  時間はいつもカラフルに
  塗り変えられる

 ここではカラーペイントの魚が
 優雅にひるがえり
 スキューバ・ダイビングの
 若い男女が
 チョーきれい
 なんて
 泡のような言葉を吐いて
 泳いでいる

 どこへいったんだろう
 水漬く屍
 どこへきえたんだろう
 草生す屍

 そうして 田中眞由美

 すてる
 手紙を すてる

 本をすてる 送られた本も買った本もすてる
 本棚をすてる いくつもいくつもすてる

  机をすてる 椅子をベッドをすてる
 テレビを冷蔵庫を洗濯機をすてる

 洋服をすてる ドレスも普段着もすてる
 箪笥をすてる
 靴も鞄もすててしまう

 食器をすてる 茶碗をお椀を
 食器棚をすてる

 それからちょっと考えてから
 家を すてる

 そしてとうとう
 友を すてる

 すてるごとに知らないものが
 空いた場所にふり積もる
 語られる知らないものがたり

 帰るところを探しているのだけれど
  帰る道がないことに 気づく

 歯ブラシを すてる

 火花 北原千代

 北向きのちいさなキッチンで
  カップにこびりついた年輪のような
  茶渋をぬぐっているうちに
 寓意の森は可哀そうに
 ものがたりに倦んでいた
 ずっと若いころ
 わたしの望んだ北向きのキッチン
 ぎんいろの水槽に
 菜園から摘み取った
 きみどりやむらさきの
 球果と葉を放つ
 ゆらゆらと死を泳がせる
 魚の鰭を逆さに潮を嗅ぎ
 どうぶつの血を嗅いで
  薬草をかぶせる
 わたしがはたらく北向きのキッチン
 毛の荒いブラシで磨いてもなお
 半透明に濁る窓に
 寓意の森はあらわれ
 灼け崩れた煉瓦のかまどに
 あれほど鮮やかだったものがたりが
  燻っている
 ときに
  ぱちり 火花を放って
 感情の関節を熔かす
 おお わたしのからだは
 年月の忠実なしもべ
 北向きの屠り場わたしのキッチン
 夜のかたづけがすむと
 星の足音のように秒針が降りて来る
 しごとを終えたふるい胎に
 たましいは遊んでいるか
 寓意の森のいちばん奥に
 赤い実は爆ぜているか

 裏返しに脱ぐ癖 美濃千鶴

 蓑虫が蓑を脱いだ
 裏返しに脱いで
 そのまま洗濯機に入れた
 次に着たとき
 肌に葉っぱが刺さって
 いたたっ、と言った

  枯れ葉の縁のぎざぎざ
 小枝の折れた先っぽ
 表裏をひっくり返せば
  擬態は自分を刺す
 凶器になる

 飾りたいのか
 目立ちたくないのか
 何を守り 何を隠し
 何に傷ついているのか

  裏表の脱ぎっぱなしを
 洗って 干して
 もういちど裏返す
 (明日はいたたっ、とならないように)
 蓑の内側は
 柔らかな起毛だ

 赤城神社マルシェ 江夏名枝

 鳥居をくぐる 晴れた休日のマルシェ
 生姜のシロップ漬 チョークで手書きの看板
 真冬の肌荒れには枇杷葉のオイル
 足の向くまま もとめるひと

 ビスケットがひとの手に渡るのを見ていると
 わたしは何をはぐらかせてきたのか、
 コートのボタンを指でつまんだ

 なにも欲しくなくなった もう欲しくない
 もうずっと ここに来る前から
 なにも欲しくない

 境内をあらう突風を指先になつかせれば
 噴射するもの
 水屋のほうが甘くなって
 わたしの影に唾液をまぜてくる

  わずかな石段を数えれば
 すこしずつ くぼんでくるみたい
 生涯のような顔つきの狛犬を撫ぜていると
 遠くなる
 もう ここに来る前から

 そらいろの砂時計 茶色の小瓶
 雄鶏と雌鶏が真鍮の矢車草に戯れている
 モチーフを売るひと

 洗い髪のような懐かしさで
 目に映ったまま
 とおい日 この坂の下は水路に漲っていて
 売るものがなくても 流れつく

詩誌『交野が原』 第77号 (2014年9月) 目次
            《》Ⅰ             《》Ⅱ

短詩帖から                平林 敏彦
針音                   一色 真理
虫の本                  相沢正一郎
菜の花はじけ               宮内 憲夫
九月になれば               高階 杞一
外つ国と蛙                野木 京子
鳥の名前                 水島 英己
氷川丸幻想                山田 兼士
上海・リリィ・マルレェネ         海埜今日子
霧の子どもたち              岡野絵里子
下向                   瀬崎  祐
コップ                  小川 三郎
在る                   田中眞由美
Mパン                  岩佐 なを
賞味期限                 藤田 晴央
食材                   望月 昶孝
こいのぼり                大野 直子
魚をみごもった日             佐川 亜紀

複製された魚               八木 幹夫

おさなご                 松尾 静明
胸のうち                 江夏 名枝
被                    ほりみずき
バロック                 北原 千代
多島海                  斎藤 恵子
昔の光を                 渡辺めぐみ
ポケットのちから             岡島 弘子
三段峡行き                松岡 政則
非合法な永遠について           望月 苑巳
痕跡                   浜江 順子
風の虫                  田中 国男
音のない鐘                美濃 千鶴
非がおこる                金堀 則夫
不在                   大橋 政人
わが家                  金井 雄二
夏が                   池田 順子
この夏                  草野 早苗
夏の桜                  西岡 彩乃
死者の声に耳をかたむけ          古賀 博文

《評論・エッセイ
 □鮎川信夫の魂の出発と都市の抒情を歌うアイオーン ――若い世代に向けて(最終回) 岡本 勝人
 □山村暮鳥/明るく寂しい風景が                           寺田  
 □大野新ノート(3) 詩集『藁のひかり』                      苗村 吉昭
 □極私的詩界紀行14                                   冨上 芳秀
        *横山克衛著―詩と物語―『少年ラムダ』ブィツーソリューション
        *八重洋一郎詩集『木漏陽日蝕』土曜美術社出版販売
        *柴田三吉詩集『角度』ジャンクション・ハーベスト
        *赤木三郎詩集『よごとよるのたび』書肆夢ゝ
         *根本明詩集『海神のいます処』思潮社
書評
         杉本徹詩集『ルウ、ルウ』思潮社                 中本 道代
         池井昌樹詩集『冠雪富士』思潮社                 八木 幹夫
         高階杞一詩集『千鶴さんの脚』澪標                國峰 照子
         山本萠詩集『橋を渡ろうとして』書肆夢ゝ           たかぎたかよし
         淺山泰美詩集『 ミセスエリザベスグリーンの庭に』書肆山田     中西 弘貴
 

詩誌『交野が原』 第77号から  詩作品6編紹介

 コップ 小川三郎

 コップに入った冷たい水が
 机の上に置いてある。

 夏の日の午後
 今日はひどくあたりが暗くて
 遠く過ぎ去った日々のようだ。

 どこかで
 水が吹き上がっている。
 川が勢いよく流れている。

 私はコップの水を見つめ
 息を吐く練習をしている。
 
 また
 コップをたたいてしまった。

 あなたの顔に水がかかり
 氷が窓から飛び出して
 私は一から
 またやり直す。

  暗い嫌な夏の午後だ。

 どこかで噴水が上がっている。
 プールで子供たちが泳いでいる。


 昔の光を 
渡辺めぐみ

 枯れ枝と枯れ枝の間を
 ちらちらと流れてゆく
 雪の短さだけに
 触れていた
 雪明かりの道を
  厳しい誓いを立てながら
 歩いたことを
 世界が暗くなった
 夜のことを
 想い出として灯し
 静逸なもののために泣く
 信じたい人のために泣く
 明日こそ勇気を出して
 青い鳥に手紙を書こう
 わたしはあの岸へ渡りませんでしたと
 長い間どうしても書くことのできなかった手紙を
 今はもう夏の光が紫陽花を焼いている
 まだ青が寒い
 青がきっとわたしの重心を水葬している
 昔の光を
 捜して


 魚をみごもった日
 佐川亜紀

 魚をみごもった日
 小さな胸びれのかすかな動きが
 私の細胞の海面を波立たせ
 億年の時が回遊する
 名づけられる前の海が目のなかにせり上がる
 歩かないで心をじかに地につけて這いめぐる
 私自身がだんだん魚に還っていく
 手足を失い
 夜が一枚一枚うろこになるのだ
 街中を泳いで
 ひらめの目の信号に止まり
 しまいに深海魚のように
 目を皮膚の中に沈め
 闇を見るために全身で感じたい
 自ら発光し 他者の発光に驚きたいが
 私の海には深さも欠けてきた

 二匹の魚は
 海中に漂う骨を食べて生きていく
 崖から身をなげた島の女たちの乳房を吸い
 洞窟で殺された赤ん坊のやわらかい唇が貝の身
  になり

 サンゴの壊される家に住んでいる魂たち
 骨と魂を食べてしか生きていけないので
  海底油田のように
 悲しみがたまって
 それもまたたくまに消えてしまう

 魚も人間もみごもれなくなったので
 いらだつ気分と古い血が固まっていくと
  妙に重い弾のようなものが胎のなかに生じる
 ずっしり尖り輝くものにうっとりする
 日に日にリトルボーイに似て成長する
  高ぶる気持ちでいっぱいになる
 もう少しで腹を突き破る秒針の響きがする


 この夏
 草野早苗

 陽射しはあらゆるものに影をつけた
  反射熱の強い農道のオリーブの木
 その下にはロバがいる
 ロバの下には蟻がいる
 陽射しは自分の影が欲しかった
 白い長い影

 曙光の射すころに旅立つ男
 金色に輝くスニーカーの靴ひもを締め直して
 男に影はなく
 それに気づいたわたしに
 共犯の眼差しで目礼し
 またたくまに朝の白い陽射しに消えていった

 カマキリに前世のいじめを詫びた
 いいんですよ そんなこと
 耳まで笑顔をひろげながら
 しっぽの先端がカサカサと震えている

 ジャスミンは自分の匂いが強すぎて
 他の匂いが分からない
 せめて蜂のギザギザの足に撫でられて
 ぼんやりと うっとりと
 遠い空を見ている 虚空の眸

 こんな夏は
 まわりじゅうが祭典で
 自分はどうして生きてゆくのか
 あの旅だった男のように
 せめて影をなくしたい
 影は色を濃くして
 勝手に動作を開始し
  驟雨に備えて合羽など着込んで
 地べたに座り込んでいる


 痕跡 
浜江順子

 思いもかけぬ痕跡は宝石
 谷間の影に
 ふたりの同じ傷の証となる
  小さな痕跡
 驚きに灯をつける
 背中あわせの境界
 ハサミが降ってくる対岸に
 運び去られた日々
 ゆらぐ水と
 ゆらがない森と
 ある日、見つけた
 ひとつの痕跡は
 過去の噴出と
 現在の泉と
 さびしいような
 うれしいような
 見つけた、奇跡
 とどく、軌跡
 他者と自己が重なる円柱には
 蛇が住み
 小さい痕跡を残す
 いま、驚かせる
 素直な心に
 夕暮れの鰯雲のように翳る
 他者の痛い痕跡に
 伴走したい
 遠いかなたからの長い影
 思いがけぬ発見に
 せつない川があふれ
 厚い森が走り
 地下へとたゆたい
 手を伸ばす
 指は風になり
 海となり
 素早く
 かなたといまを
 駆け抜ける

 非がおこる 金堀則夫

 土から現れた
 古代の石器や土器や木器が個として固まる
 わたしが手にしたら ときがくずれて
  今があらわれる
 石と石がかちあえば 火花がちり
 木と木が 摩りあえば くすぶり
 火がおこる
 土は練りかため 火に焼けば 火を囲む
 この手で
 石も 木も 火をおこす
 火を見たら 非と思え
 炎は焦熱と破壊がついてくる
 わたしの手に魔物が現れる
 この地に運ばれてきた
  二上山のサヌカイト
 石鏃や多くの砕石や剥石が見つかる
 ナイフ形石器を手にしながら
 鉄塊や鉄かすを見る
 わたしの手に
 遠くの海からわたってきた
 鉄の素材
 土で囲った火で鉄を溶かし
 石より 木より強いものに叩きあげる
 鋭く 土を耕し 木を削り
 生き物を殺傷する
 わたしの手に陽が燃え
 陰の非が燃え
 その炎のなかで
 鉄はあらゆる機械をつくっていく
 ものからひとへ
 ひとからものへ
 陽と非が使われていく
 そして今 鉄ではない
 巨大なエネルギーを見つけ
 ものが動いている
 その反応から
 見えない 無臭のものが
 非をおこしている

詩誌『交野が原』 第76号 (2014年4月) 目次
             《》Ⅰ              《》Ⅱ

闇                    宮内 憲夫
前夜                  平林 敏彦
このよのことは             松尾 静明
音                   小川 三郎
ひの中のひ               金堀 則夫
ひよこ                 高階 杞一
ひかり                 岩佐 なを
干潟                  池田 順子
蜜柑室                 北原 千代
初雪                  中本 道代
消灯時間                  渡辺めぐみ
鯖                   八木 幹夫
はくし                 一色 真理
土徳                  松岡 政則
凶景抄                 小長谷清実
家                   野木 京子

こんぺい糖の踊り            江夏 名枝
青い花                   藤田 晴央
襤褸                  瀬崎  祐
冬の海へ                望月 昶孝
ドトールコーヒー店にて         金井 雄二
タダヨシ君とツグミ           大橋 政人
うさぎおいし・・・           海埜今日子
温かい刃                浜江 順子
不在の人                佐川 亜紀
あわれな孤児              岡島 弘子
それから                田中眞由美
部屋に雨が降り注ぐ           草野 早苗
陽炎                  斎藤 恵子
夜のかたち               望月 苑巳
小野十三郎邸界隈徘徊          山田 兼士
スピノザの『エチカ』をめぐって     細見 和之

   特集 金堀則夫の詩の世界
   
◇金堀則夫詩集『(あはなち)』(思潮社)を読む――   
                        古賀博文・中西弘貴・吉田博哉・岡本勝人

《評論・エッセイ
 □鮎川信夫の魂の出発と都市の抒情を歌うアイオーン 
               ――若い世代に向けて(八)    岡本 勝人

 □三木露風/瞑想と洞察                    寺田  
 □大野新ノート(2) 作品集『黙契』              苗村 吉昭
 □エッセイ「黒板」                      相沢正一郎
 □極私的詩界紀行13                       冨上 芳秀
           *田村雅之詩集『航る姿の研究』青磁社
           *伊藤公成詩集『カルシノーマ』澪標
           *橋本征子詩集『青い魚』土曜美術社出版販売
           *こたきこなみ詩集『第四間氷期』土曜美術社出版販売

 
  書評
     吉田文憲詩集『生誕』思潮社                 岡野絵里子
     齋藤 貢詩集『汝は、塵なれば』思潮社            武子 和幸
     水島英己詩集『小さなものの眠り思潮社            川島  洋
     藤田晴央詩集『夕顔』思潮社                 成田 豊人
     吉田博哉詩集『夢転 』思潮社                 南川 隆雄
     新井高子詩集『ベットと織機』未知谷             愛敬 浩一
     水嶋きょうこ詩集『繭の丘。(光の泡)』土曜美術社出版販売  村野 美優
     苗村吉昭詩集『半跏思惟編集工房ノア            大野 直子
     冨上芳秀詩集『真言の座』詩遊社               川上明日夫
                                                 編集後記
              
 《表紙デザイン・大藪直美》
 
詩誌『交野が原』 第76号から  詩作品6編紹介

 ひよこ 高階杞一

 小学校の校門の前
 ダンボール箱に入れられて
 動き回っていたひよこ
 かわいいねかわいいねと
 みんなが手のひらに乗せていたひよこ
 買って帰っては
 いつも
 すぐに死んでしまったひよこ

   はかないね

 と言いながら
 手のひらの
 動かなくなったひよこを見ていたお母さん

 それから
 ひよこがいっぱい降ってきた
 雪のように
 ぼくの
 長い人生のときどきに

 ひかり 岩佐なを

 快晴の都心に立って
 頭上よりやや北側の空を見上げれば
 飛行機が銀色クリップの耀きで移動していく
 次々と 全然落ちてこない
 あの辺りに念を送っても届かないし
 ペンライトを振っても無駄だから
 預かった子どもたちには教えない
 川の駅から遊覧船に乗って南下しよう
 松が取れると日の入りが少しのびる
 左岸のビル群の背後が仄明るくなっていて
 もうすぐ寒の満月がやってくる
 デッキでは色白で瓜二つの少年が
 興奮ぎみに感動詞を叫んでは
 「さむくない」
 「さむくないッ」と言い張る
 寒いよ。
 それから乗船客が少ないのをいいことに
 ふたりは決闘を始める
 剣をぬくタカシ
 掌から特殊光線を発するサトシ
 「死ねッ」
 頼むから流れ光線(だま)をこちらによこさないでおくれ
  放っておいてももうじき死にますから
 これから寒さを我慢して君たちと船上に
 立っていればふりそそぐ月光も
 浴びなくてはならないし
 その光だってあなどれない
 そら、
 満月だ。
 あの岸壁の上で悠然と煙草を燻らす男を
 狼に変えるかもしれない光
 ワォーン

 蜜柑室 北原千代
 
 子は蜜柑のなかで うすめをあけ
 うっとり わたしをむさぼった
 そとがわには
 電車が通る町のにぎわいがふるえていたけれど
 そとがわをおもうと汁が濁る
 子は苦い乳輪を噛んで あおあお泣くから
 わたしはもう 蜜柑のことだけをおもうことにした

 しばらくたって 果肉も袋もすっかり食べ尽くし
 ひからびた天使の衣装のような
 蜜柑の皮を棄てた
 それからわたしは電車に乗った

 月の夜アパートの 階段の手すりに
 あたらしい蜜柑が置かれてあった
 ようやく歩きはじめた子の手を引いて
 なかへ潜り込んだ

 うちがわから
 体より熱い果汁がみなぎり
 おおいかぶさって子にあたえる
 蜜柑のなかにふたたび産み落とすなんて
 わたしはなんという親だろう
 けだるい うつろなまぶたをつむり
 ねむれねむれよと口ずさみながらまどろむあいだに
 子はわたしを食べている

 まるい尻や腹は日ごとにおもく
 抱きあげると 翅音のような微かなまなざしを
 そとがわにひらく

 蜜柑室から
 あかるい町が透けてみえる
 列車は線路をのばして走っている

 おお 子は肥えてきた
 陽をあびてほたほた果汁をこぼす

 消灯時間 渡辺めぐみ

 さざ波のように光が倒れていった
 金属質の音を破砕して
 過渡的眠りが這い寄せる


   言葉の端から救われよ
    遠くへ
     黒へ


 ロスタイムで拾ったものを
 看護人に恐らく受け渡し
 その人は目を閉じた


 光の行く方を追わないほうがいい
 とは誰も言わない


 本当に終わるまで
 湯呑み茶碗の罅割れも
 いとおしい


 足音を忍ばせて
 人影は下がる


 ここは何かが薄いね
 もう何かが薄いね

 点滴の針から
 命が零れる


   言葉の端から救われよ
    記憶の谷へ
     未生の記憶の谷底へ

 青い花 藤田晴央

 積みあげた雪にまた雪をのせる
 しろい雪のそのなかに
 青い花が咲いている
 蛍光のごとくうすぼんやりと光る
 青い花である

 あたたかい食事
 あたたかい風呂
 あたたかい布団
 あたたかい寝息

 積みあげてきた
 働いてきた
 育ててきた
 共に

 おまえがいなくなっても
 冬になれば積みあげる
 雪を
 神話のように

 ちがうことは
 無心になれないこと
 あたたかかったその日あの日
 降りしきる雪のなか
 無心であった

 窓のおくに
 台所で立ちはたらくおまえがいて
 わたしは
 無心に雪を運んでいた
 そののちから降りやまない
 短調のしらゆき

 この青い花はなんのしるしであろうか

 ひの中のひ 金堀則夫

 〈ひ〉という字を
 手でのばせばひもとなる
 ひもが動き出したので
 怖くなり
 地面に投げ出したら
 〈み〉になった
 おどろいて
  端をひっぱったら
 〈つ〉になった
 ひは一にならず
 つねに円くなろうと
 隠すが
 むすぶことはない
 あいている
 からっぽがつまっている
 底が膨らんでいる
 形あるものがひそんでいる
 秘の中の秘
 イネを無くせばかくれてしまう
  ひびきのないひびきがのこる
 手をあわせる
  となれば
 見えない 聞こえない
 恐ろしい
 怖いものが形となって
 示している
 心をわっても
 あらわれてこないものが
 ひの深い底に見える
 ひの中のひは必ず底となる
 そこにひの心臓がある
 いのちのなかのいのち
  密の中のみつ
 どう生かすか
 ひみつを ひみつとともに
 わたしは生きていく

詩誌『交野が原』 第75号 (2013年9月) 目次
 》Ⅰ 》Ⅱ

人類                  細見 和之
漂流抄                 小長谷清実
夏への道                中本 道代
忘れ得べき日              平林 敏彦
門                   岩佐 なを
黙想                  小川 三郎
大きな木とどこにもない空        野木 京子
カンテラ                草野 早苗
遮眼                  瀬崎  祐
人形                  杉本真維子
床下の友人               一色 真理
初夏                  池田 順子
うぐいす                藤田 晴央
椅子                  松尾 静明
困るんだ                宮内 憲夫
蝦蟇                  望月 昶孝
Dawn  明け方             北原 千代
あらくね                  海埜今日子

ときのね                江夏 名枝
翻車魚(マンボウ)              八木 幹夫
ふっと                 山本 純子
未練                  高階 杞一
いちまい                岡島 弘子
夢の浮橋                  佐川 亜紀
星への道                渡辺めぐみ
足音                   金井 雄二

一九七四年のムスタキ          山田 兼士
人生の技法               望月 苑巳
遠島                  大橋 政人
毒じゃの憂鬱              浜江 順子
丘の上の石段に座る           斎藤 恵子
罅                   田中眞由美
あとはよくわからない           松岡 政則
土墳                  金堀 則夫
忘れもしない、あの日          古賀 博文

 《特別寄稿》



評論・エッセイ
 ◇「独唱」の底流にある黄翔詩相に関する考察        劉  静華
                 ―詩論「宇宙情緒」を中心として― 

□鮎川信夫の魂の出発と都市の抒情を歌うアイオーン
                ――若い世代に向けて(七) 岡本 勝人

□三木露風/色蒼ざめし旅人                 寺田   操
□大野新ノート(1) 詩集『階段』              苗村 吉昭
□極私的詩界紀行12                      冨上 芳秀
  *大家正志詩集『翻訳』ふたば工房  
   *細田傳造詩集『ひーたらぴっと』書肆山田

  *森やすこ詩集『さくら館へ』思潮社 
   *星喜博詩集『静かにふりつむ命のかげり』砂子屋書房

  *田代芙美子詩集『過ぎ去る時の河畔に』花神社

 








 書評

野木京子詩集『明るい日』思潮社               陶原  葵
岡島弘子詩集『ほしくび』思潮社               相沢正一郎

山本博道詩集『雑草と時計と廃墟』思潮社           北川 朱実
南川隆雄詩集『爆ぜる脳漿 燻る果実』思潮社          吉田 博哉
林美脉子詩集『黄泉幻記』書肆山田              笠井 嗣夫
たかぎたかよし詩集『うつし世をかがる』編集工房ノア     梅木 喜寛
丸山真由美詩集『停留所(バスストップ)編集工房ノア     以倉 絋平
秋山基夫詩集『二十八星宿』和光出版             川井 豊子
石川逸子詩集『たった一度の物語―
              アジア・太平洋戦争幻視片―』花神社    池澤 秀和
暮尾淳詩集『地球(jidama)の上で』              長嶋 南子
細見和之詩集『闇風呂』澪標                 中塚 鞠子
山田兼士 著『高階杞一論  詩の未来へ』澪 標         阿毛 久芳
田中国男 著『続・コップの中の水をめぐって』はだしの街社   伊藤 公成
一色真理詩集 ― 新・日本現代詩文庫108土曜美術社出版販売  水島 英己
編集後記 
 
    訂正とお詫び
「交野が原」75号の47頁・江夏名枝氏の詩「ときのね」につきまして、最後の2連2行は、江夏氏の作品とは、まつたく関わりのない2行ですので抹消してください。ゲラ校正のとき、なぜ、この行が入っているのか、まったく気付きませんでした。校正がしっかりできていなかったことと、あってはならない大きなミスでした。深くお詫びいたします。正しくは下記の通りです。
                      
編集・発行人 金堀則夫















詩誌『交野が原』 第75号から  詩作品6編紹介



 ときのね 江夏名枝


 五線譜から素足を抜く 夏至は遥かに
 ひいらぐ肌を 宵を過ぎて寄り添える
  夏の虫たちの倍音を涼やかに ともし
 聴く ときをはぐれ こころを梳かれ
 遠くに鈴の音を折っているひとがいる
 生きられていたから 供養はいらない


 人類 細見和之

 ――もうそうなの?
  ――妄想です

  ――もうそうなの?
  ――妄想です

  ――もうそうなの?
 ――妄想です!

 ………………………

 ――もうそうなの?
 ――もうそうです


 夏への道
 中本道代

  葉緑素が行き渡りいっせいに戦ぐ
 その震えに責められて
 うなだれている
 つめたい石段のざらざらした表面の
 陽が当たる半分のぬくもりに触れて
 ここを通って行ったけものが今は
 どこかの隠れ場所で眠る
  陶器のように碧い空と海の夢をみている

  小さなものの死がちらちらしている
  土はまだ湿っている
  蠅が二匹するどく旋回する
 きょう生まれたのか
 だれもいない私の故郷の庭で

  草の下 毛の下はいつも暗闇で
 切断すれば神秘な組織が匂っている
  眼じりにしたたる生きる時間の破砕
 小鳥の声が激しく廃屋をめぐる

 蜥蜴の母は腹を裂かれ
 白い卵をこぼして走り去った
 真昼の月が空に沈む
 それもこわれそうな卵のよう
 まわりで蒼穹が深く深くなり
  宇宙の奥へと繋がっていく

 生まれなかった仔たちが生まれる水があるのではな いか
 黒い星の底で揺れているのではないか


 黙想
 小川三郎

 ある日
 世界が広々とした日
 あなたはそこに座りこんで
  ぼんやり私を考えていた。

 空は明るく
 木々は美しかった。
 人々はそこにはいなくて
 どこかで誰かと一緒だった。

  あなたはたったひとりきりで
 私のことを考えていた。
 季節のめぐる中途に座り
  明日のこないことを考えていた。

 風が静かに流れていった。
  炎はじっとそこにあった。
 無数の音があなたをつつみ
 それはなにかを意味していたが
 あなたはあえてそれを無視して
 私のことを考えていた。

  季節がぐるぐる回転していた。
 水が、岩が、島が、鋼が、
 あなたの周りをぐるぐる回って
 色が混ざって膨らんでいた。

 誰かを不安にさせたかったが
 あなたと世界は平和だった。
  広々として光にあふれ
  征服された世界だった。

 愛されることと無力はちがう。
 私はいわゆるひとでなしであり
 この世のことのすべてだった。


 初夏
 池田順子

  好きなひと いる?

 聲が
 初夏の光のなかで
 ふるふる ゆれ
  うごく

 覗き込んだ
 少女の瞳の奥
 はじめての夏が
 胸の高さで
 萌える
 緑の
 聲の色を
 しならせる

  いないの?

 こっそり
 ふかく
 偲ばせくる
 うすみどり色の視線が
 弾むような
  肢体となって

  飛び込んできた
 わたしの

 庭先


 土墳 金堀則夫

 土が
 草木の根をたべて
 わたしのからだのかたちで眠っている
 少し水をのんだのか
 土の湿り具合が
 からだとなっておきあがり
  遠いわたしを掘り出していくと
 土のミイラがあらわれる
 わたしではなく
  わたしのからだにあるはかりしれない
 永遠の砂
 乾ききった粒子
 いのちの種
 限りなくころがって瞑想している
 水をやれば
 こやしをやれば
 ひかりをあたえれば
 どこからか
 ミイラは蘇ってくる

 口から鼻から尻から
 排出された食べもの
 腐敗はすべて燃焼され
 殺された女のからだから五穀がうまれた
 そこまで掘り出したが
 その手は そこまででとまってしまう
 掘っても そこまで
 限りないもの
 掘り起こせない土の底
 掘り出した土は盛り上がり
 天と地の高さが
  深まっていく
 いつの間にか おのれの
 からだに合う
  饅頭(どまんじゅう)をつくっている

詩誌『交野が原』 第74号 (2013年4月) 目次
 》Ⅰ  》Ⅱ

書き置き                      一色 真理
瑠璃の青                      平林 敏彦
ベッドから転げ落ち                 
小長谷清実
拍手                        杉本真維子
因果                        倉橋 健一

鳥たち                       野木 京子

二重露光                      瀬崎  祐
                         山本楡美子
ひるね                       岩佐 なを
春の毒                       望月 昶孝
石の沈黙を方舟に乗せて               田中 俊廣
坂国                        岡島 弘子
螺子(ねじ)                    斎藤 恵子
泥眼                        浜江 順子
庭の子                       渡辺めぐみ
わたしが一番うつだったとき             柿沼  徹
照り返し                      宮内 憲夫
箱 そのほか                    相沢正一郎
事の次第                      江夏 名枝

季節の終わりに                   松尾 静明

流星ワゴン                     藤田 晴央
耳をすませて                    高階 杞一
花のこころ                     田中 国男
永遠(とことわ)の村                  淺山 泰美
移住                        田中眞由美
登美                        金堀 則夫
                         佐川 亜紀
そら、そら、さいて                 海埜今日子
その海上の山は                   古賀 博文
つな                        橋爪さち子
姿と形                       金井 雄二

詩のつづきにいると                 松岡 政則
オルガン製作者Yへ                 北原 千代
青葉放課後                     有働  薫
ふの字                       美濃 千鶴
禁煙について                    大橋 政人

世界の断片(かけら)                 望月 苑巳
モンペリエの憂鬱                  山田 兼士
連作3篇 魚篇                    八木 
幹夫

 

  評論・エッセイ
□杉山平一/詩の未来へ「希望」を繋いで          寺田   操
□鮎川信夫の魂の出発と都市の抒情を歌うアイオーン
              若いい世代に向けて(6)   岡本 勝人

□極私的詩界紀行11                    冨上 芳秀
      ・小松弘愛詩集『ヘチとコッチ』(土曜美術社出版販売)
      ・木村大刀子詩集『ゆでたまごの木』(思潮社)
      ・山中従子詩集『死体と共に』(澪標)
       ・川島完詩集『森のガスパール』(本多企画)
   
  書評
浜江順子詩集『闇の割れ目で』思潮社            野村喜和夫

池井昌樹詩集『明星』思潮                 苗村 吉昭
鈴木東海子詩集『草窓のかたち』思潮社           神尾 和寿
ブリングル詩集『 、そうして迷子になりました』思潮社    小川 三郎
川上明日夫詩集『往還草』思潮社              冨上 芳秀
相沢正一郎詩集『プロスペローの庭』書肆山田        岡島 弘子
江口 節詩集『オルガン』編集工房ノア           時里 二郎
佐川亜紀詩集『押し花』土曜美術社出版販売         八重洋一郎
柳内やすこ詩集『夢宇宙論』土曜美術社出版販売       中西 弘貴
大橋政人詩集『26個の風船』榛名まほろば出版        愛敬 浩一
中本道代詩集  ― 現代詩文庫197― 思潮社            國峰 照子
松尾真由美詩集 ― 現代詩文庫195― 思潮社          林 美脉子
八木幹夫著『余白の時間―辻征夫さんの思い出』シマウマ書房    井川 博年
                                                   
 
詩誌『交野が原』 第74号から  詩作品6編紹介

 瑠璃の青 平林敏彦

 たまゆら
 ふりむく空が裂けたかと
 おどろく冬の朝がある

  その研ぎすまされた瑠璃の青

 つい昨日まで
 何かが打ち砕かれていく予感のなかでしか
  生きていられなかったのに
 夜の明けがたから誰かが廃家の窓をあけ
 おさない子がはしゃぐ声と
 弾じける水の音が聞こえてくる

  ただよう浮雲の果て
 はからずもこの世にこぼれおちた日の
 まぶしさもときめきもいつか薄れ
 剪定をわすれた木の実のように
 あらまし腐爛したものの影は
 ひそかに荒れた地の底へ下りて行ったが

 見はるかす海
 燃える陽はまだ中天にあり
 まぼろしの光を反射する秤の皿は
 愉楽と慰撫でほどほどに釣り合っているが
  かつて破船とともに姿を消した漁夫たちも
 明日は風の沖で網を打っているだろう

 なべて約束の場所に生きるものよ
 いつ仮に磔刑の日がおとずれようと
 ふりむく空が裂けたかと
 おどろく冬の朝もある

 その研ぎすまされた瑠璃の青

 低い屋根の下に住むわたしたちの暮らしさえ
 いまはいとおしく潤んで見える

 拍手 杉本真維子

 背骨の、したのほうに、小さな、拍手がある
 装置でも、偶然の、産物でもなくて
 ある朝方、それをみつけて
 スイッチを押したようだが、記憶はなかった、
  博士の指示にしたがい
 朝と夜だけ、多くても一日二回まで
 という決まりだけは守った

 すると目は空をうつしきれず
 大空が目をうつし
 ひろびろとした視野、というものが、
 「むかし」への取材を放棄する

 「いいことばかりじゃなかったです、とてもとても
  あなた、かってなことばかり言って
  過去、なんて、その程度のものなのですよ」

 わたしではない口が
 不満気に、でも、きっぱりと、言い放った
 まばらな拍手はぐねぐねと体内をめぐり
 私語をやめ
 硬い岩となって野原でめざめる

 あなたのつごう、あなたのはんだん、
 あなたの、滲む血のかたちは、

 ぜんぶ、その身体に、とじこめてあると
 博士は言った
 きっと誰にも褒められなくてよい
  そのちいさく何よりも華やかな拍手のために、
 ひとはふっくらと一人である

 草 山本楡美子

 馬を洗うのは
 藁くず
  それが最近までつづいていました
 彼女の声を
 長いあいだ忘れずにいる
 そうか
 そのころには――
 と父が言う

 時代を隣り合わせてみる
 馬と藁くずの彼女の声
 なぜ何度も海を渡ってくるのだろう
 きっと草だからだ
 乾いていてもぬれていても草はいい
 草なら という気持ちが勝るのだろう
 月齢の(月)の歩幅には及ばないけれど
 草は草の中をさ迷い歩いている

 (馬を洗うのは 藁くず)の(馬)は
 わたしには大きすぎて見えない
 わたしにはぐしゃぐしゃの藁くずが見える
 それは
 かつてのひと握りの陽らしきものと
 馬を洗っている
 海辺で

 そこで
 生まれ育ったのだろう

事の次第 江夏名枝

  一滴にすら かたどられ
 集められては うつり
 まぶたをひらいてみれば
 夕顔がわたしを ねづいている
        
        *

  火種らしきものがあるなら どのあたりか
 探るつもりもなく
 通されたテーブルの 木目だけを見つめていると
 「旅に出たいから私を かたゆでにして下さい」
 現れた男によって用いられた 独特の喩

        *


 指折り数えていたら
 目の前 虹が出ていて
 どうしても隠しきれないので
  はずかしい
 消えてしまうまで 背中をみている

        *

 恋わずらいヶ淵
 名所らしい
 賑わいすぎている
 あやめもわかたぬ心中ヶ淵!
 ねじまかれすぎ
 空気がうすい
 宿に戻ると お女中が
 湯気のなにかを運んでくる

 花のこころ 田中国男

 今年も一斉に咲く春です
 あの花 この花 どの花も
 花々には目も口もない
 心が一つあるのだろう
 心が美しく咲かせるのだろう

 やがて萎れて
 散りゆく花びらを
 どうするのだろう

 花の心が
 花びらの一枚一枚を
 おんぶして
 大地へ運んでゆくのだろう

  残された花の心は
 何におんぶされて
 どこへたどりつくのだろう

 花の心は人の心の中に
 やさしく生きつづけるのだろう

 人には花の心を見つめる
 目があり
 花の心を伝える
 口があるから
 人はまるく
 世界をつないでゆくのだろう

 ほぐれたように重なる花びらに
 やわらかな陽がさす春の光
  ぼくはなにをおんぶしてきたのだろう
  ぼくはどこへたどりつくというのだろう
  ぼくはなにをつないできたのだろう
 目と口だけが迷い子のように
 この世界に漂っているだけのようで

 登美 金堀則夫

 天降ったが峰から
 鳥見白庭へとたどりつく
 この地を治めていたナガスネヒコを服従させ
 そこに御幣をたてる
 持ち込んだ神宝の畏怖がこの地を奪われていく
 ヤマトを治めていた土豪
 新しい神を呼んではならない
 先祖からつくりあげてきた地
 棒を打ち込んで所有する
 おきてやぶりの
 鉄の剣を崇めてしまい
 ニギハヤヒの妃にわが妹トミヤビメと結ぶ

 ヤマトにまた天神の子が攻めてくる

 金色のが飛んできて神武の弓矢にとまる
 その光がまぶしく戦えず負けてしまう
 金のトビがトミとなり
 鳥見になる
 地
 金の光に眩み
 神武を崇め奉らねばならない
 神の子を呼んでしまうナガスネヒコ
 妹の次の子と結ぶ
 また御幣を立てれば
 その神が支配してしまう
 神とのいさかいが
  妹と結んだニギハヤヒの子に殺され
 滅亡へとみちびく
 領地に杭を刺した
 騙し取った地に おのれの御幣を立てれば
 天つ神のおきてがある
 この地を治めても
 いつか追い出されていく
 高天原から
 <神遂(かむやら)ひ>された
 地上の迷走が未だにつづく
  地の威霊
 いつまでも 今の
 われわれに科せられていく

詩誌『交野が原』 第73号 (2012年9月) 目次
   》Ⅱ

かけら                    一色 真理
音                      松尾 静明
しずかに                   三井 葉子
駆け登ったり駆け降りたり           小長谷清実
さみだれ                   斎藤 恵子
カキオキ                   岩佐 なを
夜勤                     渡辺めぐみ
雨になる                   高階 杞一
振り子                    大野 直子
脳に咲く花                  宮内 憲夫
おお 宇宙よ                 八木 幹夫
森の日                    北原 千代
思い出                    大橋 政人
救ってください                古賀 博文
夜はやさし                  江夏 名枝
(どこにいってたんだい、ゆうべ……)     相沢正一郎
言葉が私をこき使う              岡島 弘子
For Snakes                         新井 高子

夏至                     藤田 晴央
残酷の芽                   浜江 順子
稲妻                     佐川 亜紀
りるる                    田中眞由美
女族のりんご                 望月 苑巳
砂丘にて                   瀬崎  祐
最期の巣ばなれ                白井 知子
寒鮠漁
                    松岡 政則
水底の歌           
          溝口  章
千鳥が淵                   山口賀代子
骨折をおして                 山田 兼士
ぼくの降りる駅                金井 雄二
あかとんぼ                  田中 国男
ウサギとカナタ                海埜今日子
封印                     美濃 千鶴
観覧車                    望月 昶孝

ひの子                    金堀 則夫
   評論・エッセイ
          □吉川則比古/戦時下の古詩巡礼
          □解釈
          □鮎川信夫の魂の出発と都市の抒情を歌うアイオーン
                            ――若い世代に向けて――(5) 
          □極私的詩界紀行10
                 ・佐々木薫詩集『ディープ・サマー』(あすら舎)
                 ・髙岡力詩集『ド』(土曜美術社出版販売)
                 ・伊藤恵理美詩集『願いの玉』(あざみ書房)
                 ・山田兼士詩集『家族の昭和』(澪標)
                  ・三井喬子詩集『岩根し枕ける』(思潮社)
  
寺田  
高垣 憲正
岡本 勝人

冨上 芳秀
 

書評
       瀬崎祐詩集『窓都市、水の在りか』思潮社             野木 京子
       鈴木正樹詩集『トーチカで歌う』思潮社              柿沼  徹
       三井喬子詩集『岩根し枕ける』思潮社               松尾 省三
       季村敏夫詩集『豆手帖から』書肆山田               谷内 修三
       高階杞一詩集『いつか別れの日のために』澪標           細見 和之
       高橋英司詩集『ネクタイ男とマネキン女』ミッドナイト・プレス     北川 朱実
       大城さよみ詩集『ヘレンの水』本多企画              苗村 吉昭

       橋爪さち子詩集『愛撫』土曜美術社出版販売            高山利三郎
       藤田晴央著『詩人たちの森』北方新社               高木 秋尾
       伊藤勳訳 D・G・ロセッティ詩集『いのちの家』書肆山田     川口 昌男

《追悼・杉山平一》
       ◆「交野が原」―杉山平一詩作品集               金堀 則夫
       ◆これからもずっと変わらずにいてください
                ――杉山平一先生を悼む――         國中  治
編集後記
                        《表紙デザイン・大藪直美》

















詩誌『交野が原』 第73号から  詩作品6編紹介


 しずかに 
三井葉子

 石をなげるな
 シッ
 しずかに

  もう
 みな
 寝しずまっている

 木の股の
 巣が
  むこうにひとつあれば
 それを頼んで
 みな 眠っているのだ

 生きているのは
 寝るまも生きていることだから ね

 しんしんと砂漠の砂を踏んで
 あしが
 ばらいろに染まってゆくことだから

 しっ
  シズカに

 あすの朝
 次の春
 千年さきの春も
 まだ
 染まっているのだから

 ばらいろのあしが歩いているのだから。


 振り子
 大野直子

 たたき落とした
 なにごともなかったかのように起きあがって
 蚊は
 飛んでいった

 家に一列に上がってくる蟻を
 かたっぱしからつぶす
  畳の目にねじり込む
 気を許すと
 身をよじったまま
 歩き出した
 ずるずる ずるずる
 惰性のような生へ

 放たれても
  ななめにしか歩けない犬
  唾液は銀の皿に落ちた
 飼い主の
 からだじゅうのミトコンドリアが
 蛍光緑に発色し
 吹きだまりのような生を
 何周も
 何周も
 した

 ソバカスまで
  泡立ちませんように!


 For Snakes
 新井高子

 降る、降る、
 へびが
 大洪水の あくる朝には
 飛ぶのです
 けしかけるのです、
 枝にすがった へびたちが

  一面、水原です、
 建てこんだ 町なみが
 きらきらと、
 お手上げしてる
 顔だけ 浮かべた
 鬼がわらの、
 つり竿でしょう
 避雷針やアンテナが、

 へびたちは
 白い喉を ふくらして、
 キッ裂いていく
   蒼穹を
     つかのま、
        海です
          泳ごうや
  吐きだしちまおう
 何もかも、

     ――水という虚空の中に、

 おる、おる、
 へびが
 手足を落とした 修羅どもが、
 はらわた透かし

 湧きだして、

 ひの子 金堀則夫

 ひのこが舞い上がり
 わたしにふりかかってくる
 はらいのけることもできないで
 わたしのからだにおそいかかってくる
 ひの応酬に
 ひを抱えながら燃え上がる勢いは
 もうわたしにはなくなっている
 火の神をうむのをかつて見てしまった
 ひ
 その焼けただれたところから
 糞尿が土と水になってうまれてきた
 嘔吐する
 鉄のとろける湯から
 ひのかたちができあがってきた
 カミガミはひからうみだしている
 わたしのひは
 ひにかえっても ひにもどれない
 ひはかさなって ひをかたちづくる
  ひの壺をふたしても
 また燃え上がってくる
 ひのひなる(さが)
 もとのところにはもどれない
 わたしのサガは負の連鎖が
 ふの子をうみだしている
 うみだされたふるさとから
 追い出され さ迷い続ける
 おまえの顔は真っ赤ではないか
 怖い 醜い顔は ひの罪がやきついている
 ふの子が
  ひのこをあびている
 今の人は魔よけというが
  この鬼の顔に
 あの見てしまった
 ひが赤々とこの世の地に映し出している
 陽の子がひを噴出し
 ひの子がうみ出されたわたしはただのひなにすぎない
 陰火のひは燃え上がろうとしない


    追悼・杉山平一詩作品集より2篇

旅行者

 そのとき 汽車は
 大きくカーブしはじめた
 赤い夕やけの地平が
 窓にひろがってきたが

 そこに黒い巨大な雲の団塊があって
 墨の一刷けが
 光のように まっすぐ
  流れおちている
  下の町は いま
  豪雨に見舞われているらしい

 容赦なく 汽車は
  突っ込んで行くのだ
 その町へ 
             「交野が原」19一九八五・11


 
原罪

 切符拝見させて頂きます
 あれは何だか怖いものである
 その声をきくと
 一人の学生が立って
 スーッと次の車輌へ逃げた
 次の車輌へ行くと
 学生はまた次の車輌へ移った
 遂に最後の車輌に追いつめたが
 駅にはまだ止まらない

 車掌はしめたと思って
  学生に近づくと
 学生は正しい切符を出した

 この野郎 というわけにもゆかず
 ニッコリ笑うわけにもゆかず
 車掌は黙って切符をわたした
              「交野が原」54二〇〇三・5)

詩誌『交野が原』 第72号 (2012年4月) 目次
 》Ⅰ  》Ⅱ
つぼ                      渡辺めぐみ
あの日から                  平林 敏彦
死体                     一色 真理
断章 風紋                   溝口  章
蜜色の秘密                  宮内 憲夫
小さな挨拶                   高階 杞一
祝祭                     北原 千代
迷図のどこか                 小長谷清実
底の言葉                   佐川 亜紀
彷徨っている                 田中眞由美
単線                      藤田 晴央
昭和の家族 テレビ篇               山田 兼士

夕ぐれ                    松尾 静明
野良猫の逆襲                  浜江 順子
道の上    、                大橋 政人
ぼくの仕事                   金井 雄二
生姜                      犬飼 愛生
裸木                       橋爪さち子
魔物                      望月 苑巳
宇品島                     松岡 政則
あずみののくり――井上輝夫氏へ――          八木 幹夫
ひの火                     金堀 則夫
秋の消息                    田中 国男
名ばかりの水の星と金の星とが          古賀 博文
雪だるまと雪うさぎ               新延  拳
腐る                      望月 昶孝
箱                       瀬崎  祐
原罪                      美濃 千鶴
名前なら、数の流れる地下室です        海埜今日子

評論・エッセイ  ■田中冬二/青い夜道をどこまでも                      
■鮎川信夫の魂の出発と都市の抒情を歌うアイオーン    
                 ――若い世代に向けて――(4) 
■極私的詩界紀行9                        
     ・山本博道詩集『光塔の下で』(思潮社)
     ・杉山平一詩集『希望』(編集工房ノア)
     ・谷口謙詩集『大江山』(土曜美術社出版販売)
     ・石原武詩集『金輪際のバラッド』(土曜美術社出版販売)
     ・田村のり子詩集『時間の矢―夢百八夜』(コールサック社)
寺田  
岡本 勝人

冨上 芳秀
書評

北原千代詩集『繭の家』思潮社                海埜今日子
岡本勝人詩集『古都巡礼のカルテット』思潮社         谷内 修三
白井知子詩集『地に宿る』思潮社               松井  潤
小柳玲子詩集『さんま夕焼け』花神社             北川 朱実
丸地守詩集『乱反射考・死精』書肆青樹社          こたきこなみ
川中子義勝詩集『廻るときを』土曜美術社出版販売       新延  拳
冨上芳秀詩集『祝福の城』詩遊叢書11             以倉 紘平
神尾和寿詩集 ―現代詩人文庫14― 砂子屋書房        長谷部奈美江
溝口章著『三好達治論』土曜美術社出版販売          中村不二夫
山田英子遺稿集『わたしの京都』思潮社            苗村 吉昭
藤原菜穂子著『永瀬清子とともに』思潮社           高田 千尋
倉橋健一著『詩が円熟するとき―詩的60年代環流』思潮社    たかとう匡子

                       編集後記                      《表紙デザイン・大藪直美》













詩誌『交野が原』 第72号から  詩作品6編紹介


 ゆめ なの  山口賀代子

 ゆめをみていた そうおもうことにしろ と かれ
 はいうのである きのうまでのことはゆめのなかの
 できごと あすからほんとうのじんせいがはじまる
 のだという あすからほんとうのじんせいがはじま
 るのだとして それではきのうまでのじんせいはな
 んだったのか きのうまでのじんせいをけし あす
 からのじんせいは まっしろなぬのじに あたらし
 いいろえをえがくように といわれても それでは
 こちらのきもちはなっとくできない あす からは
 ともかく きのうまのでじんせいあってのいまなの
 である いま だけを といわれるならばともかく
 いままでのじんせいはさらりとながし これからだ
 けをみつめてほしい と いわれても それは か
 いとうのないとうあんようしのようなもの さいて
 んするのはおとこのやくわりというが さいてんす
 るのはおんなもおなじ ゆずれない と いうと

 それではこちらのたつせがない という たつせが
 ないのはわたしもおなじ というと はじめてきい
 たことばのようにおどろく それではしかたがない
 ではないかというので しかたがない と こたえ
 る どうどうめぐりである いつまでたっても ど
 うどうめぐりである わたしのじんせいには わた
 しのれきしがつながっている けすことのできない
 じんせいである たにんなんぞにまかせられない


 あの日から 平林敏彦
 
 あてもなく歩く

 その道すがら
 かなしい自然のいとなみを見た
 孵化したばかりの幼虫が
 まだぬれている薄いはねを
 あわいひかりのなかでひらこうとしている
 わずかなときを生きるため
 ほそい身をよじってふるえながら

 雨あがりの午後
 ふと読みさしの本をふせ
 小窓をあける
 どこか 遠くで
  おさないこどもたちが歌っているのか
 きれぎれに3
 コーラスの声がきこえてくる
 丘の上の学校はとうになくなったのに
 あれは空耳
 もうこの世にいないものたちの
 透きとおるレクイエム

 台風が近づく夜
 オフリミットの軍用地へ這いこみ
 増殖する重工業地帯の壁におののく
 噴きあがる火の舌
 擦過するジェノサイドの影
 崩れはてた廃市の片隅で
  ながい眠りからさめた
 あの日から
 暁闇の水にきらめくものの名を
 はげしく叫び
 おまえはどこへむかうのか


 野良猫の逆襲
 浜江順子

 まだ遠い春の昼を尖らす風に
 薄いココア色の毛を靡かす野良猫の視線がからまり
  ざわざわ舞う新聞のチラシが騒ぐ
 絵に描いたような日常に
 足からまり
 顔からまり
 脳からまり
 日常の穴に石をぽこぽこ突っ込まれる
 とろんとトンボ玉のような太陽は
 どこまでも三白眼で
 宇宙のトンカチな言葉を時々発する
 ぴらら、猫走る
 ひらら、子走る
 ひゅらら、車走る
 整えるべきものは何もない
 金太郎飴のような日常のその先に
  見事に立体的な恐怖がある
 完成は虚構で
 虚構は完成で
 完成は恐怖だ
 想像していなかった事態を
  小さい空間にぎゅっと押し込めると
 また、あの猫だ
  猫の視線、ふふんと鋭く
 内臓にまで達し
 よろめき
 ためいき
 うそめき
 日常のごわごわした壁にまたも激突だ
 忍び足で猫は移動するほどに
 こちらを目でビーンと威嚇する
 おぬし、遣い手だな
 と関心する間もなく
  気がつくと
 猫のとてつもなく巨大化した手で
 したたかやられ
 青い血を人知れず流している


 裸木
 橋爪さち子

 幼い子どものまるい頬がぶどうを口にふくむ
 柱時計が三時をうつ

 モチの実 ベニシタン りんご ピラカンサ
 秋 せきをきり なだれるように
 地上にあふれるつぶの豊熟

  まるく在ること ただそれが
 この上ない合言葉でもあるかのよう
 (わたしもまた青い球体に住む
  いびつに傷んだつぶのひとつだ)

 子どもとわたしの手は皿に伸びつづけ
 ぶどうの甘さがふたつの胃に充ちてゆく

  汲みあげた地中の養分がつぶに充ち
 それを食したこどもの
 小さなふぐりにまで届く
 地球と木とヒトをつなげてゆく仕組みの
 あざやかさ

 (わたしも子どもも生まれた時から
  枝葉を木一本分まるごと胸に捉え
  その先をさらに毛細に
  枝分かれたふうの血の管を持つ身だが)

 漁師が海に網を広げるように
 始まりの命が数しれない種と属に枝分かれ
  扇状に系図を広げてゆく美しいいのちの
 途上を想いながら

  深呼吸ひとつ

 食べつくしたぶどうの芯が
  裸木のすがしさで皿にのこり

 もうすぐ梢のさきに白い月がのぞく


 ひの火 
金堀則夫

 もえる火
 かこっている炉
 土はほのおを護っている
 粘土のあいだを鉄の湯が流れていく
 湯にまけない土のつよさ
 かたくかこった鉄も
 やわらかくとける融点でたえている
 あつさがなめられてもとけない限界で
 たえる そのちから
 湯の高熱はしっている
 煮え立つ湯にならないところで
 火は芯をとらえる
 土を燃やすのではなく
 鉄を燃やすのではなく
 沸騰させないで焼き上げることが
 その芯をつよくきたえあげる
 焼きを入れては 鉄が真っ赤な鉄を
 金敷にのせてなんどもたたきつける
  鉄のつよさ
 火球が 湯玉がとびだす
 わたしのからだは焼かれていく
 鉄のからだ 土のからだ
 そのホネをのこす
 火を吐く勢いに
 非をみとめない
 わたしに
 火になんど突き出されても
 非破り
  火を見る
 そんな焼き方がわたしをのこす
 湯になって流れ
 わたしのうつわはできる
 たたかれた鉄 たたかれた土
 鉄器や土器はつよい火にあおられながら
 もえる火はわたしの火をのこす


 秋の消息 
田中国男

 野に黙々と枯れ立つ雑草は

 まるで天に届かぬ薄幸の死者たちの
 骨の(さき)ではありませんか

  風も吹かない薄暮に
 一面 刈り倒した雑草の群れは
 まるで居場所を失った骨たちの
 娑婆(しゃば)苦の捨て場ではありませんか

 ふるさとの常と無常の真ん中に
 とげとげ 立つところ
 よれよれ しゃがむところ
 虚無よりもふかい哀切の
 声にもならない声が
 動いているではありませんか

 皮膚一枚の記憶は
  千万年つづくかなしい溜息
 溜息だけが息づく果てか
 なぜにあなたは
  父祖の鎌を振りあげるのですか
 ひねもす天の扉を叩くのですか

 とりかえしのつかない歳月は
  瞬く間に過ぎ去り
 雑草のかなしみの高さにもなれず
  父母(ちちはは)のなぐさめにもなれず
 げっそり痩せゆく
  ふるさとの定型の秋に
  はぐれて

 なぜにあなたは
 父祖の鎌を手放せられないのですか

詩誌『交野が原』 第71号 (2011年9月) 目次
   

一日中                   杉山 平一
のみもの                   松尾 静明
つき、離されて                宮内 憲夫
いっとうはじめにふるあめは          松下 育夫
有耶無耶語の方へ               小長谷清実
二つの眼鏡                  大橋 政人
かぜのうた                  相沢正一郎
よるのおばあさん               斎藤 恵子
お姉ちゃんのゆび               金井 雄二
夏の体位                   高階 杞一
二〇一一年夏の戸               渡辺めぐみ
時代の季語となった清水昶           八木 幹夫
なにやどやら                 藤田 晴央
あの日から                  岡島 弘子
汚れたバトン                 田中眞由美
詩の非礼                   齋藤  貢
地震の日 3                 一色 真理
影は生きている―広島へのレクイエム        田中 俊廣

甲冑                     金堀 則夫
刺青                     佐川 亜紀
艸の実、艸の実、               松岡 政則
記憶なんか                  岩佐 なを
包帯                     望月 昶孝
夜話は月光にはこばれ             白井 知子
南風香る                   網谷 厚子
林中曼陀羅/渦巻く雲             溝口  章
この夏                    有働  薫
                      美濃 千鶴
クックソニアの朝               北原 千代
石室                     瀬崎  祐
遺跡と密林                  海埜今日子
夢の鍵                    望月 苑巳
家族の昭和 幼年篇               山田 兼士
故郷 Ⅱ                   田中 国男
その地で安らかに               古賀 博文
 
 評論・エッセイ
    ■鮎川信夫の魂の出発と都市の抒情を歌うアイオーン――若い世代に向けて――(3)
     ■村野四郎/大きく世界が一回転して                               
     ■極私的詩界紀行8                              
         
・東野正詩集『否熟調』『戯私調』『書損調』『難破調』『言誤調』(セスナ舎)
         ・倉田良成詩集『小倉風体抄』(ミッドナイト・プレス)
         ・林堂一詩集『昆虫記』(編集工房ノア)
         ・中森美方評論集『詩語のフォークロア』(思潮社)
         ・村嶋正浩詩集『晴れたらいいね』(ふらんす堂)
      ◇骨 Ⅲ                       
           
 
岡本 勝人

寺田  操

冨上 芳秀


八重洋一郎
書評》   中森美方詩集『たかはらの蝶』思潮社                 難波 保明
       岩木誠一郎詩集『流れる雲の速さで』思潮社
              里中 智沙
       田中勲詩集『最も大切な無意味』ふたば工房              
愛敬 浩一
       小島きみ子詩集『その人の唇を襲った火は』洪水企画          瀬崎  祐
       葵生川玲詩集『歓びの日々』視点社                 長居  煎
       一色真理詩集『エス』土曜美術社出版販売               谷内 修三
        河津聖恵詩集『ハッキョへの坂』土曜美術社出版販売          
苗村 吉昭
       北岡淳子詩集『鳥まばたけば』土曜美術社出版販売             細野  豊
         鈴切幸子詩集『愛しい球体』土曜美術社出版販売            木場とし子
       寺田操著『尾崎翠と野溝七生子』白地社
                        吉田 光夫

《子どもの詩広場》
     第34回小・中・高校生の詩賞―「交野が原賞」作品発表
                                     編集後記
                        《表紙デザイン・大藪直美》









詩誌『交野が原』 第71号から  詩作品6編紹介


 お姉ちゃんのゆび 金井雄二

  ゆびをみているのが好きでした
  しなやかな曲がりぐあい
  爪がほんのり桃色で
  どこまでも透き通っているように思え
 かぎ針にゆびはからまれ
 十本すべてがどれひとつとして
 同じ動きをするのでなく
 上に斜めに右に横へ
 自在に伸びるのです
 かぎ針の先には
 真っ白なレース糸
 朝の陽ざしにきりきりと光を映し
  一本の線から文字を描くように
 お姉ちゃんのゆびによって
  花の形につくられていく
 右の人差し指と左の人差し指が交錯する
 いち、に、さん
 にい、に、さん
  数を数えるようにリズムよく入れ替わる
 たえまなくゆびをうごかしていく
 お姉ちゃん
 平然とした顔つきで
 お母さんと妹としゃべっている
 ぼくはそのかたわらで
 もはや指とは呼べない
 お姉ちゃんのゆびをみている


 あの日から 
岡島弘子

 糸くずと さけ目がみえる
 前後左右 どこに視線をのがしても 視界に
 ちらつくようになった
 三月十一日以降

  左半分
 縫い目がほどけて
  ほつれかけているのか
 この顔は

 左半分
 合わせ目がずれて
 はずれかけているのか
 この身体は

  列島半分
 ねじがゆるんで
 おちてしまったものもあって
 東日本はちぎれそう

 ゆれるたび ほねぐみが
  うきでてみえてくる

  いつもつきまとう
 はらってもはらっても
 しがみついてくる みえてくる

 糸くず さけ目 ゆるんだねじ 割れ目が
 視界を汚染する

 みわたすかぎり
 おそらく死ぬまで


 影は生きている
―広島へのレクイエム
                  
田中俊廣

 氷った光を記憶せよ
 氷った時間は呼びもどせ
 在るものすべて崩壊し
 無くなることで存在する影たち
 紙屋町―――
 夜がまだ匂う白い石段に座り
 晴れた夏空がふりそそぐ街角で
 男は誰を待っていたのか、何を考えていたのか
 ベケットのゴドーのように………
 五〇〇〇度の熱線、閃光の炸裂と漆黒の闇を
 記憶することばを浮かべる暇もなく
 ロダンの彫塑の姿(すがた)のまま、瞬時に溶けて
 その(いのち)の重力の質量の分だけ
 座る陰影は爽やかな朝の石に刻印された
 ………無署名の世紀の腐蝕画
 木挽町―――
 二か月間、探しまわった母のかなしみに
 左足の下駄がひとつあらわれる
 色布を縒った、十三歳の鼻緒の後ろに遺る
 足跡(かかと)の黒い影の時間だけが
 あどけない仏足石のように息づいている
 中島町―――
 中洲に浮かぶコンクリート箱の廻廊の中
 明日を喪った影たちは今も生きている
 風化の時空に抗いながら目覚めている
 スカートが涼風に広がるように
  襞の数だけ、川が海へ流れていく街
 地球の歴史の深い傷痕(きず)は川床に埋めず
 言語宇宙、その中枢の一点に吊るしておこう
 死への血球ではなく
 輝く魂の水滴へ
 ノアの方舟にも似た天女花(おおやまれんげ)の緑葉に結ぶ
 雨後の滴の球面に
 八月六日の青空と影を映しだすために

   *二〇一一年六月十日、広島で長崎の原爆文学について話す。


 甲冑 
金堀則夫

 古墳の棺外から掘り出された
 カブトをみると 錆びた鉄の鉢に入っているものがある
 じっと見つめながら 頭を押し込んで かぶってみると
 これでもか これでもかと 硬さゆえにガンガンと
 たたいてくる大きなチカラに 被った頭は破裂して
 わたしの目も口も鼻も耳もつぶれてしまった
 硬い鉄を被って 時代のくぼみにあるのは
 錆び付いた空洞
 ヨロイも古墳の空洞を鉄で囲っている
 守るものが 戦うものとして殺し合う
  滅びの永遠が土に葬られている
 傍には鉄の剣や 刀や 槍や 鏃が
 大量に納められている
 棺内の王から武器を手渡された者たちの
 ことばは さけび声は 鉄の錆びにこびりついている
 チカラというものが
 この土のなかに うめられている
 その鉄を貫く
 鋭い刃は 矢の先は 身を刺す 身を守る
 チカラを奪う チカラを守る
 鉄と 鉄の衝突 ヨロイの心臓がバクハツする
 安らかな眠りではない武器が潜んでいる
 埴輪にかこまれ 脅威がつみあがり
  古墳のひろがりが固まっている
 石から 鉄の強さに
 よわい もろいおのれの身がくずれおちている
 それを覆うものがつよければつよいほど
 それをささえる
 チカラが支えられなくなっていく
 甲冑の中身 ただの腐敗の錆だけが
 手にふれればいまにも崩れていく
 空葬がバクハツしていく
 そんな音が今でも聞こえてくる
 その鉄に囲まれた武装から
  わたしの付けていない
 ヨロイカブトの空葬がある


 刺青
 
佐川亜紀

 青い光の刺青
 ひと針ひと針
  土地に痛みが刺されていく
 失われたものの形を 草の形 馬の形
  稲の形 乳房の形 尻の形
  海にも
 ひと針ひと針
  傷ついたものの影を 透明なひらがなの内臓を
 私たちの罪を焼き付けるように
 欲望のとめどない広がりのように
 快さと破壊が同じ色を埋め込む
 子供の内臓に 骨に朱色を彫りこむ
 うめき声もあげずに
 崩れ行く都市絵巻を描き続けるのか
 縄文の土偶の顔が地層から現れ出た
 原始の線だけの文字を空に捧げる
 十万年も消えない刺青
 そのときに無い言語にも青い光が走っている

 内部の伝言が傷ついていく
 悲しみの伝言が
 なぜ 伝わらなかったのか
 焼けた地面に書かれた文字を
 読んでいなかった
 溶けた爪で書かれた一字 一字
 まだα線を発している文字
 隠された異国の文字もあった
 まだ半ページも読んでいない
 読みかけのまま 私たちは走り出した
 幻の直線の時間に沿って
 れた単語のなかで無数の脚が倒れる

  インドの行者は全身に経文を彫るというが
 今 私たちは身体に黙示録を刻んでいるのだろうか


 記憶なんか 
岩佐なを

 頭の上で脳をころがしている
 頭蓋でおおう過保護時代ではない
 もはや頭は擂り鉢型で外にひらけ
 その真ん中に脳がおさまり
 顎を振って揺らすと
 細かい刺激をうけた
 脳はまん丸になって〈団子状〉
 擂り鉢のなかで回ってる
 くるりんくりん回ってる
 さてこれをポイッと
 記憶再生ダストシュートに
 四階から落とす〈隆ちゃんちは最上階〉
 シュートは螺旋状にできていて
 ありゃりゃこりゃりゃと
 (あくまでそんなカンジッ)
 渦巻いて脳は落ちて行くでよ
 (昭和三十年代はダスターシュートって
 ゆってなかったっけっ)
 その間にシュート管の内側で落とされた脳の
 記憶を勝手無作為に感じとって〈朦朧体〉
 よみがえらせる単純な仕組み
 データワドーガデハイシンサレマス
 昨日分の脳団子からは
  さくら幼稚園に通っていた道すがらの
 記憶が再生され気持ちよかった
 寄り道のため池の蛙の卵で
 腕輪〈綺麗紐〉
 ぬるぬるのいきもの
  おもいおもわれ
 なつかしきしやわせ。
 毎日脳を丸め捨てて
 記憶なんか取り戻す
 部分的でもいいじゃない。

詩誌『交野が原』 第70号 (2011年4月) 目次
 <詩>      
喪失 
また冬が来て
ゆめ
雪の泉
基点

ピアノ
答は空
苗字はなんにしよう 
欠乏
浮浪猫一匹
為体(ていたらく) 
いい音がする 
自我の傷口

キジのお母さん 
そしてぼくはカメレオンになる
一色 真理
平林 敏彦
岩佐 なを

藤田 晴央
渡辺めぐみ

北原 千代
斎藤 恵子
高階 杞一
犬飼 愛生
有働  薫
小長谷清実

宮内 憲夫
島田 陽子
田中 国男
松尾 静明
大橋 政人

望月 苑巳


むき出しの海の
私部(きさべ)の鐵
ゆれている

樹木人―記憶の空林
微塵

きまり
(わたしは思い出すだろう)
弟はmmmmの下
われわれ人間は/
    夢と同じもので織りなされている

老人秘抄(4編)
邂逅
四つの川に寄せて
五十七の詩人たち
《水の声、月の穴―雪の球に。》
旅の窓から      
           
松岡 政則
望月 昶孝
金堀 則夫
岡島 弘子
溝口  章
佐川 亜紀
田中眞由美
美濃 千鶴
杉本  徹
高谷 和幸


相沢正一郎
八木 幹夫
瀬崎  祐

古賀 博文
山田 兼士
海埜今日子
磯村 英樹

 評論・エッセイ




郷土エッセイ
■鮎川信夫の魂の出発と都市の抒情を歌うアイオーン ―若い世代に向けて―(2)
■中桐雅夫/「荒地」の源流・神戸モダニズム                  
■極私的詩界紀行7                               
       ・井川博年詩集『平凡』(思潮社)
       ・青山かつ子詩集『野菜のめ
ぐる日』(水仁舎)
       ・吉田義昭詩集『海の透視図』(洪水企画)

       ・石川厚志詩集『が ないからだ』(土曜美術社出版販売
◇骨Ⅱ 
◇かるたウォーク『たわらを歩く⑨』
岡本 勝人

寺田  

冨上 芳秀


八重洋一郎

金堀 則夫
書評
齋藤 貢詩集『竜宮岬』思潮社                  
樋口伸子詩集『ノヴァ・スコティア』石風社            
苗村吉昭詩集『エメラルド・タブレット』澪標         
細見和之詩集『家族の午後』澪標                 

古賀博文詩集『王墓の春』書肆青樹社                        
宇佐美孝二詩集『ひかる雨が降りそそぐ庭にいて』港の人                  
溝口 章詩集『樹木人』土曜美術社出版販売            
高垣憲正詩集『春の謎』土曜美術社出版販売            
佐々木洋一詩集『ここ、あそこ』土曜美術社出版販売       
高貝弘也詩集『露光』書肆山田・『露地の花』思潮社    
   
                                 編集後記

          
《表紙デザイン・大藪直美》
網谷 厚子
龍  秀美
森  哲弥
寺田  操
丸山由美子
横山 徹也
武士俣勝司
苗村 吉昭
西田  朋
ブリングル
詩誌『交野が原』 第70号から  詩作品6編紹介


 ピアノ
 斎藤恵子

 わたしのことをきらっていると思いました
 こわいかおをしてわたしをちらりと見るや
 目をそらすのです

 なぜかその女のひとが
 わたしのいえにいました

 わたしは苦手だったのですが
 にこにこしてあいさつしました
  あそびにきてね
 女のひとは言いましたが
 もちろん行くことはないと思いました

 外をあるいていると
 女のひとがバイクに乗っていました
 小屋のような大きな荷物を引いています
  案外かるいのよ
 黒い布カバーの中から光るピアノが見えました
 外側だけかもしれません
  わたしのピアノのような気がします
 もういらないと言ったのかもしれません
 心にないことを言うのです わたしは

  バイクをとめていえに誘ってくれました
 一間のせまい部屋でした
 奥のサッシの向こうに
  ブロック塀が迫りツタが這っていました
 ピアノを置いてすわったら
 ドアがしまらなくて開けておきました
 風が道から吹いてきます

  紅茶をいただいていたら
 ひとりでに鍵盤が鳴りました
 はぐれた子が跳ねているのでしょう
 女のひとはビールを飲みはじめました
 わたしは紅茶のお代わりをしました
 女のひとは声をあげ笑いました
 泣きたくないからだと思いました


 蝉
  松尾静明

 木を登っていくのは蝉だ
 七日間ばかりの木である

 七日間ばかりの世間の目だ
 七日間ばかりの風の耳だ
 七日間ばかりの苦い口だ
 七日間ばかりの乾く皮膚だ
 七日間ばかりの虫の息だ

 木を登っていくのは蝉だ
  何を褒められたかは覚えていないけれど
 褒めた者の名は覚えている
 何を(くさ)されたかは覚えているし
 腐した者の名は覚えている

 木を登っていくのは蝉だ
 ゆっくりと落下するための(よじ)れた時間を
 ながい不在のための距離を

 木を登っていくのは蝉だ
 木は生まれたところにあった木で 選べない木で
 それでもほかの木を知らないから
 はやし・装束なしにシテ(主役)ひとりで
  仕舞まで

 木を落ちるのは
 もう 箱と名付けてもいいし
 ハサミでもいいし 詩でもいい


 むき出しの海の
 
望月昶孝

 むき出しの海の
 その隣によりかかる
 むき出しの大地だったところ
 拾った貝は
 むかし海の中にあった
 長距離の長時間
 どこにも行けない
 石になった腐った飯の塊
 の中に泳ぐ二枚貝のように
 それが
 私だ
 たましいは腹の中に
  大事に仕舞い
 落とさなかった
 たとえ
 外側がぼろぼろになってしまっても
 中身はあるのさ
 たとえ餌食になってしまっても
  断層を取り壊されても
  貝たちは
 生きているのさ
 たくさんのかぞえられぬ
 私たちよ
  むき出しの海は
 遠ざかるとも
 記憶は消えることがない
 太古から平成の世までも
 何かを穢して生きた記憶は
 永遠にさびしい刻印を持つ
 多分太陽よりも熱く狂い
 そうして
 蒸発するまえに
 得体の知れぬものが
 拾うのだ
 私たちがしたように

 見られるために
 折り重なっていよう


 私部
(きさべ)の鐵 
金堀則夫

 産鉄のないこの地
  もののべのモノが稲作をはじめる
 土を耕し 開墾して行く
 木製でない新しい鉄器の鋤 鍬 ・・・
 鋭利に土を掘り起こし
 みるみるうちに田をつくっていく
 天の川に沿って水田ができていく
 一番良い田には
 后(きさき)のための稲づくり
 私部(きさいべ)がモノをつかって働いている
 〈きさき〉は〈〉 〈〉は〈きさき
 イネを抱える〈〉は〈きさき
 〈きさき〉の私有民 屯倉(みやけ)にコメを積み上げる
 田を耕やす その手にしたモノは
 遠く海からもってきた 鉄の素材・鉄てい
 鍛冶工房が 倭鍛冶も 韓鍛冶も 羽口からの風
 炉の火が燃え滾る 鉄の打つ音が鳴り響く
  もののべのモノは 鎌をつくり 鍬をつくる
 ものをつくる ものをもつ ものがひとをうごかす
 ものをおさえ ひとをおさえ 抱え込む
 ものをもってひとをうごかす
 ものを貸し与え はたらかせる
 ものをおさめるものは
  ものによって おのれのちからをあらわす
 古墳に葬るお棺の側にある副槨に
 大量の鉄器が われ王なりとモノが誇示している
 武器のその下に 出てくる 出てくる鋤、鍬、鎌の
  農具

 刀子、鑿、斧の建具も出てくる
 わたしのものにするため はたらくもの たたかう
  もの

  もののモノを手にするもののべは
 もののふとなって
 ものとひとをたばねて抱えている
 モノの力を失ったもののべ この地から消滅していく
 わたしの前にある田は干上がる
 手足となる最新の農機具のないものは
 からだに鍬や鏃をもちながら
 ものにならないモノを失っていく


 ゆれている  岡島弘子

 うごきをとめてもゆれている
  鏡の中の私がゆれている
  鏡そのものがゆれている
 鏡台がゆれている
 鏡台にふれた私の腕がふるえているのだ

 鏡台をおさえてもゆれている
 私の瞳の中の水がゆれるのだ
 水滴の中のいのちのねもとがゆらしているのだ
 ふるえてゆれて
 甲州のやまなみを越えて
 さざなみたつ
 風にゆれるサトイモの葉の上で みずたまもおどる
 畑がなみうつ 甲州街道がしんどうする
 県有林がきしむ
 盆地を抱いた山梨県という巨大な
 すりばちがずれる
  富士山が火山微動する

 日本列島がしゃっくりする
 世界地図をはみだして みぶるいする
 地球儀がゆれる
 地球そのものが宇宙交響曲のリズムを踏みはずして
 たたらをふむ (地球のスペアはないのに)

 ゆれる私のひたいにばさりとかかる髪の束は
  いつのまにか羽根の束に変わっている
 私は羽根という羽根をいっぱいにひろげて
  空を飛んでいる
 大地ははるか下でかたむく
  さらにたかみをめざして
 ゆれているのは 私自身だ


 きまり  美濃千鶴

 靴のひもを結ぶ
 歩くために結ぶ
 自分の時間を探すために
 新しい天地を手に入れるために
  私に靴を
  縛りつける

 解けてはいけない
 靴のひもは解けてはいけない
 解ければだらりとのびた答えに
 足を取られるから
 自分の靴ひもにつまずいたら
  やりきれなさに
 きっと心が折れてしまうから

 私が私からはぐれて
 迷子にならないように

 (自由は拘束によって得られるという
  存在の逆説)

 靴のひもはしっかりと結ぶ

詩誌『交野が原』 第69号 (2010年9月) 目次
       

誰かが、空を            
梛の木の下で            
世界がかわる 世界をかえる      
血と星                
沢小車の葉の上に           
無縁ぼとけ              
つまらない詩―ぼくの現代詩作宣言
やわらかい惨事           
標的                 
抱擁1                
波紋                 
牛の子ではない            
現れた もの             

あしたの春              
黄色い犬               
歌声                 
朝                  
「く」の字の裏側           
心臓       

小長谷清実
新井 豊美
岡島 弘子
杉本  徹
溝口  章
宮内 憲夫
金井 雄二
望月 苑巳
渡辺めぐみ
八木 幹夫
瀬崎  祐
犬飼 愛生
田中眞由美
有働  薫
山本 博道

藤田 晴央
山本 純子
大橋 政人
古賀 博文
色味                 片岡 直子
造影                  佐川 亜紀
河骨川                 高田 太郎
一口 その二              金堀 則夫
雪                    松尾 静明
日本の軒下               田中 国男
跳躍                  美濃 千鶴
塔                    北原 千代
手                    斎藤 恵子
道の終わり               田中 庸介
                   一色 真理
あさっての秋               望月 昶孝
(シイッ、静かに……)          相沢正一郎
ズック DE ズックリ           島田 陽子
霧社                   松岡 政則
群集の発見               山田 兼士
黒札                   岩佐 なを
《土塀と話す》              海埜今日子
いごっそう               小松 弘愛          
   評論・エッセイ》




郷土エッセイ
■美しき喪失/西條八十
■鮎川信夫の魂の出発と都市の抒情を歌うアイオーン 
◇骨
■極私的詩界紀行6                       
          紫圭子詩集・八重洋一郎詩集・相沢正一郎詩集
◇かるたウォーク『たわらを歩く⑧』          
寺田  操
岡本 勝人

八重洋一郎

冨上 芳秀

金堀 則夫
   書評











《子ども詩広場》
須永紀子詩集『空の庭、時の径』書肆山田       
有働 薫詩集『幻影の足』思潮社           
神尾和寿詩集『地上のメニュー』砂子屋書房       
相沢正一郎詩集『テーブルの上のひつじ雲
          テーブルの下のミルクティーという名の犬』書肆山田
紫 圭子詩集『閾、奥三河の花祭』思潮社        
渡辺めぐみ詩集『内在地』思潮社           
武部治代詩集『鳥は靴を履かない』砂子屋書房    
中原道夫詩集『ほのほのと百四十歳』北溟社     
岡 隆夫詩集『川曲の漁り』砂子屋書房       
山田兼士著『谷川俊太郎の詩学』思潮社『詩の現在を読む』澪標 

第三十三回小・中・高校生の詩賞―「交野が原賞」作品発表 
                             編集後記
            《表紙デザイン・大藪直美》
宮尾 節子
中本 道代
渡辺めぐみ


山本 博道
小松 弘愛
瀬崎  祐
苗村 吉昭
船木 倶子
くにさだきみ
安川 奈緒


交野が原賞選考委員会
詩誌『交野が原』 第69号から  詩作品6編紹介


 梛の木の下で
 新井豊美

 わたしは内側にいた
 閉ざされているそこは
 にんげんの声でいっぱいで 息苦しかった
 だれもが自分の声に夢中で聞き入っていたので
 他の何かをいれるスキマがなかった
 木の声を聞くためには
 カケラになり カラッポになり
 無になるまで内側から開いてゆかねばならない
 梛の木の下に入ると
 重なる葉群れの間から 昼の空に
  またたいている星が見えた
 天体の運行を感じるためには 木の下で
 目と耳をさらに澄ませればよい
 神の手が激しく打ち合わされている 彼方では
 いまもあたらしい星々が無数に誕生している
 と、億万キロを旅して帰還した使者ハヤブサが告げた
  白い石が積まれた太古の河原に
 クマノ川はかがやく蛇体を横たえていた
 一滴の水 ひとつの言葉から始まる
 いのちの始まりから 終わりまでの長い物語りを
  川は語りつづけている
 驟雨があがって 梛の木は
 うすあかるい葉群れから 言葉を
 地上にふり落とした
 木の下に立ってわたしは
  あまい滴を唇で受けた


 無縁ぼとけ 
宮内憲夫

 俺を めがけて吹いて来るのは
  生まれ立てでも 必ず
 幅員減少の向かい風だ
 左右の揺れを伴う
 右に此岸 左に彼岸
 戸籍のない風に翻弄され
 二川白道に さ迷う

 もともと 入口なんて物なんか
 無意識の魯板 一枚
 貧困と屈辱を垂れ流しの
 証しなんて不要
 俺は 俺だけの謎だ
 責任の父母はあの世に居て
 出口は 何処にも無い

 詩(うた)を 忘れたカナリヤに成って
 止まり木 一本ない
 現代詩は 現在死?
 そんな成振りの着流しには
 角帯代わりに 荒縄
 夕陽の忘れ物は
 引き取り手が無いままで

 看取り図のない 死人が独り
 幅員減少の向かい風に
 奥歯かみ締め ペタルを踏む


 標的
 渡辺めぐみ

 まとうものもなく
 光は流れ出していた
 青春の悲しい碑をブンブンと行き交う
  影の影である虫の羽音が
  光に恐ろしい曳航を求めた
 ――夜が荷を下ろす前に 仕留めるのだ

 顔面の半分を憂愁が覆い
 あばら骨が惑いに鳴った
  ジェンダーを売り渡すもよし
 自死もよし
 だが
 それよりも恐ろしい行為のひずみが求められた
  太陽光の透過率九十五パーセントのアイグラスが
  何ごともなく機能した

 生の錘がはずれ
 今も光の流出が続く
 存在を侮った者は罰を受ける
 ナウマン象の骨の後光が定めたことかもしれなかった
 断種の痛みに虫たちが乱舞する

 ――だめだったのか?
  ――だめだった
 ――もうゆくのか?
 ――もうゆく
 虫たちが短い言葉を交わす

 標的を免れた者が一人いた
 わざとはずされたのだった
 それが獄の涙と呼ばれる現象だ

 明日の朝盛夏の最中に
 冬が燃え上がるだろう
 パチパチと
 パチパチと
 黒い煙を上げて燃え上がるだろう


 牛の子ではない 
犬飼愛生

 牛の子ではないから
 人間は人間のお乳で育ててほしいの
 牛のような助産師が そう言ったのだ

 雲ひとつない空が 真っ青な
 月曜日だった
 目も開かぬうちに
 私の胸に乗せられた子
  たったいま、この世に生まれた子が
 ちう、と吸った
 私ははじめて 自分の体内から
 乳が湧くのを見た

 乳を作るのは血
 牛の母ではないから
 食べ物には苦労がある
 (草だけ食べていればよいわけではない)
  乳のまずい日は 子どもが泣く
 子どもが泣くので 母も泣く
 母の乳房は牛の乳房のように腫れ
 過剰生産された乳はボウルに絞って 捨てる
 びゅう びゅう 乳搾りをする 夜ふけ

 しわしわだった子の皮膚は
 日増しにうるおいに満ちて
 生命力を全身にまとって
 子は泣く 笑う 眠る
  眠りながらも乳を求めるので
 私は牛のように横になりながら
 乳を吸わせる

  私の乳だけで ここまで育った
 歯が生えた、髪も伸びた
 よつんばいになった子の
 手が もうすぐ
 一歩でる


 一口
その二 金堀則夫

 宇治川から
 かつては湖といわれていた池へ
  そして淀川へと流れていた
 一つの排水口を一口〈いもあらい〉という
 イモは疱瘡で その水で清めていた
 琵琶湖からくる洗浄の水を
 秀吉が伏見城に宇治川を引水する
 太閤堤を構築する
 城を築く取り巻きの武士たちは
 あたかも 武士のようにおのれの刀で
 おのれをふるまい 気勢をあげる
 一口に 正しさの理屈をつける先導の輩が
 みんなをなびかせる
 ながれをひっぱっていくおのれの水運に
 追随のウジ側は 城づくりに流されていく
 置かれている立場で何も言えず
 洗浄する一口もない
 一口から迂回する宇治川
 おまえのもつ刀はにせものか
 にせものが にせものの虚勢に運ばれ淀んでいく
 巨椋池は 宇治からの水はなく
 どんどん沼になり 泥は深まる
 病虫害の発生源となり 益なしと埋められていく
 イモあらいの口はなくなり 淀んだ水は流れない
 もうイモあらいではない
 イモが レンコンになっていく
 泥になりながら 霊魂をあらう
 レンコンあらいのレイコンあらい
 巨椋の蓮となって生産している
 浄土となってハスの花が咲いている
 おのが力でひっぱっていっても
 のこるのは われはという力ではない
 刀のぬき方が 使い方があやまっている
 のこるのは城の聳えることではない
 そこにあるおもいは ひっぱられていたものも
 外から城に見えるが もう城ではない
 武士というふるまいもすでに崩れている


 穴
  一色真理

 久しぶりに腕を通したセーターに
 大きな大きな穴があいています
 そんなに驚かないでください
 気づかない間に虫に食われたのです

 あなたはあたしを
 太い腕で抱きしめてくれました
 その間にも穴は少しずつ
 大きくなっているのを知らずに

 あの夜 窓の外で
  何かが降り出す音がしました
 それは寝室の屋根に当たり 跳ね返り
 雨樋をつたい 川縁からあふれだし
 やがて地面をおおいつくしていった

  ぽつり ぽつり ……
 締めきれなかった水道の蛇口から
 今夜も水滴のかたちをした虫たちが
 一匹ずつ落ちてくる音がして
 あたしは朝まで眠れませんでした

 水びたしになって
 あたしが脱ぎ捨てた
  真っ赤なセーター!

 悲鳴を上げないで
 ちゃんと見つめてください

 あなたの目の前にいるのは
 もう赤いセーターを着た
 女の子ではありません

 大きな大きな
  血みどろの穴です

 
詩誌『交野が原』 第68号 (2010年4月) 目次
《詩1》
                 八重洋一郎
藤椅子に座るひと          八木 幹夫
砂塔                瀬崎  祐
伊達邵(イーターサオ)        松岡 政則
ベンガルの少年の微笑みと      白井 知子
船日                斎藤 恵子
クイズ。              中島 悦子
イド(id)            一色 真理
どうぶつのかたちをした磁石で   
冷蔵庫に留められている二、三のメモ 相沢正一郎
額縁のない絵画           宮内 憲夫
長野隆のもう一つの墓        山田 兼士
わざ                岩佐 なを
少年の橋              藤田 晴央
老犬たちの後ろから         大橋 政人
緑の中で              高階 杞一
聖徒たちの足            森田  進
邪魔                望月 昶孝            
定点               渡辺めぐみ
聖夜のカノン           川中子義勝
樹木人―未来への釈明           溝口  章
ひこばえ             金堀 則夫
枯葉               北畑 光男
ライマン・アルファの森      佐川 亜紀
望月まで             原 千代
黄の花は             田中 郁子
選ばれて             田中眞由美
風邪の華             岡島 弘子
ウッドストック          片岡 直子
難民               松尾 静明
スーパーマンの孤独        望月 苑巳
                山本十四尾
ゲーム              美濃 千鶴
結婚写真             古賀 博文
水都               犬飼 愛生
《へのへのもへ字》        海埜今日子     
 評論・エッセイ





郷土エッセイ
■梶井基次郎のモダン都市観察―崖上の感情・崖下の感情       
詩を書くひとたちへの贈り物 高橋英夫著『母なるもの―近代文学と音楽の場所』   
■昭和初頭の詩の同人誌の一断面                  
■極私的詩界紀行5                        
         山本博道詩集・以倉紘平詩集・北川朱実詩集・松岡政則詩集
          長嶋南子詩集・山田兼士詩集・金堀則夫詩集・山本十四尾詩集
          小松弘愛詩集・吉井淑詩集
◇かるたウォーク『たわらを歩く⑦』    
寺田   
岡本 勝人
季村 敏夫
冨上 芳秀




金堀 則夫 
 書評

清岳こう詩集『風ふけば風』砂子屋書房                 
海埜今日子詩集『セボネキコウ』砂子屋書房               
大井康暢詩集『遠く呼ぶ声』砂子屋書房             
山本楡美子詩集『森へ行く道』書肆山田           
田原詩集『石の記憶』思潮社                
北川朱実詩集『電話ボックスに降る雨』思潮社        
山田兼士詩集『微光と煙』思潮社              
伊藤芳博詩集『誰もやってこない』ふたば工房       
柴田三吉詩集『非、あるいは』ジャンクション・ハーベスト    
山本十四尾詩集『女将』コールサック社         
杉山平一著『巡航船』編集工房             
季村敏夫著『山上の蜘蛛』みずのは出版          

 編集後記
                  《表紙デザイン・大藪直美》

原田 道子
新延  拳

田中 国男
須永 紀子

宇佐美孝二
谷内 修三
細見 和之
苗村 吉昭
上手  宰
横田 英子
國中  治
時里 二郎
詩誌『交野が原』 第68号から  詩作品6編紹介


 籐椅子に座るひと 八木幹夫

 いつだったのだろう
 どこだったのだろう
  ふかくねむって
 めがさめた
 うみのおとがした
 むすめたちは
 ねむっている
 つきのひかりがカーテンのすきまから
 さしこんで
 まどぎわの籐椅子に
 あのひとがすわっている
 こどもからはなれ
 おっとからはなれ
 ひとりのおんなからはなれ
 そこにいる
 (ああ いまこえをかけてはいけない)
 よるのうみ
 つきのひかり
 なにかみえないかべがある

  いつだったのだろう
 どこだったのだろう
 ふかくねむって
 めがさめた
 むすめたちはたびだち
  わたしはわたしにもどって
 うみのおと
 つきのひかり
 なにかみえないかべのそと
 あのひとは
 まどぎわの籐椅子に
 ずっとすわって
 だまっている


 ライマン・アルファの森
  佐川亜紀

 光の枝 宇宙の星の森
 見えない言葉が炎をあげる
 言葉になる前の 感じやすい裸芽
 暗黒から生まれた原始銀河
 紐のように踊る樹 泡立つ雲の子宮
 弾ける時間の弦

 私の体の中のライマン・アルファの森
 ほんの入り口しか探せなかった森
 死と生がよじれる白い風
 星の森と 地の森と 一人の森と
 行き来する綿毛のようなもの

 精巧なロボットに
 武器ロボットにも
 官能を潜ませたいのは
 からむ紐の罠

 ライマン・アルファの無言と
 響き合うのは 瓦礫の下の無言
 星の重さと 人間の重さを 重ねて
 押しつぶされた ぐちゃぐちゃな声
 あるふぁ米のように消化され
  ますます軽くなった世界が重すぎて

 α β γ δ
 ガンマ線が突き刺す 蟹座
 デルタの深み 満潮の引力は声の果てまで

 アルファ つねに未知なる天賦の宇宙
 貼付され 散りばめられる人間の廃棄物
 添付された人間 送受信エラーがまたたき
 名前を付けないと保存できないもの
 名前からはみ出すアルファ


 ひこばえ 
金堀則夫

 山がきえて
 新しい土が目ざめる
 ユンボの長い手が
 草の生える前の土を動かしている
 ここから 見えなかった山が
 遠くにあらわれている
 木々のはがされた山神は
  あの遠くの山に隠れる
 土は囲われて 地になる
 地になって 生える力がある
  そんな広大な土地に
 ぽつんと一本の大木がのこされている
 広い更地に太い老木が立っている
  山の鬼が こん棒をもって
 ユンボを睨んでいる
 奇怪な老木
 なぜひきぬかぬ
 なぜ炎となって昇天させない
 もうすでに枯れ木ではないか
 その太い幹から
 細い枝が数本葉をつけてのびている
 枯れ木に生える枝は
 ここだ ここだと
 いっぱい手をのばしている
 生える手がのびている
 開発が家屋で 道路で土を閉じ込める
 土と木のいのちは
 子孫へとつながっている
 もう もとの森の木には還らない
 先祖からの枝葉は生えている
 わたしも曾孫の末節になるが
 そのわたしの曾孫は
 生まれ変わることなく断ち切れる
 この広大なさら地に老木の遺すのは
 わたしがここにいるのは
 片隅のわずかにのこる木々に囲まれた
 朽ちた(やしろ)にたずねるしかない


 望月まで  北原千代

  波を抱いてわたしは
 いちにちじゅう宥めていた
 帰らないというのである

 波はときおり
 横腹にしわを寄せ
 わたしの腕のなかで様相を変えた
 じぶんのなかの自然を
  たしかめるように

  生まれもつ翳りの石に触れたので
 波は高ぶった
 瑠璃色の激情をぶつけ
 わたしを逆さまにした

 うしろからわたしはひらかれた
 砕けませんか
 まだ砕けはしませんか
 あぶくが背をかけのぼる
 
 わたしの窪んだ背のなかで
 波もまた呻いている
 何に苛まれているというのだろう
 来た道を覚えているが
 帰るところはないという

 背中で波をあやす
 後ろ手に縛られ見仰ぐと
 逆さ弓の月は
 しろい水を湛え
 中天になんと高くあることか

 わたしは眉をゆるめ
 月の浜の入江になる
 骨の鳴る音がし
 砂はなだれて光っている


 定点 渡辺めぐみ

 光が幾筋にも折れて
 森の揺曳を司る
 風の飛行を
 鳥族だけが待っていた

 放たれればいつかは墜ちる
 それが怖ければ留まるべきなのだ
 時は生あるものすべての中にあり
 外在するものではない

 物憂げに石が囁く
 様々な無念と祈りを呑み込んで
 石は大抵眠っていた

 その石を
 墓石と呼ぶことを知らない子供が
 空を遊んでいる
 千切れ雲さえ浮かんでいない
  突き抜けるような空を
 静かに瞳で遊んでいる

 春はまだ青く
 空の先に凍っていた


 ゲーム  美濃千鶴

  わたしがりんごであなたがみかん
  隅に置けないあの子はメロン
 喰えない洋ナシ 酸っぱいキウイ
 現実以上のリアルと
 空想未満のファンタジー
 フルーツバスケットがまわりだす

 呼ばれたら立ち上がる それが
 りんごがりんごである証明
 (わたしの芯には 虫が一匹)
 ブドウがブドウである証拠
 (落とした一粒 バナナが食べた)
 秘密を抱えてくだものたちは
 くだものであることに懸命だ
 けれど円く並んだ椅子は
 必ずひとつ足りなくて

 傷つけば傷む
 傷めば腐る
 皮一枚下の腐食を
 見ないように 見せないように
 血を吐くような歓声で
 悲鳴を消して

 (わたしの芯には 虫が一匹)

  その虫がりんごを食い破り
 太陽に身を晒して
 風に向かう羽を得たとき

 それが
 すべてのゲームの終わりだ

詩誌『交野が原』 第67号(2009年10月) 目次
   
収穫                   一色 真理
見送っている日               小長谷清実
またね。                  岩佐 なを
星                     松尾 静明
日はふるふる…               平林 敏彦
容器                    佐川 亜紀
かわら                   八木 幹夫
葦の川を                  北原 千代
小舟の女                  斎藤 恵子
茶碗 飯碗 ~うつわ・2日目~       片岡 直子
ブランコのように              松下 育男
夜の駅                   藤田 晴央
駅にて                   岡島 弘子
電車と高原                 高階 杞一
花環                    犬飼 愛生
手紙                    相沢正一郎
卒業                    美濃 千鶴
級長               大橋 政人
値札(タグ)なしの一日       宮内 憲夫
畦放(あはなち)         金堀 則夫
雑草               田中 国男
組みかえる            田中眞由美

みんなのカムイ          松岡 政則
市場にて             瀬崎   祐
樹木人―小さなけむり         溝口   章
初陣               渡辺めぐみ
舞踏への勧誘           望月 昶孝
月の魚              有働  薫
日の名残り            望月 苑巳
秋               
山本 純子
母よ               斉藤なつみ
あすなろう            島田 陽子
前に               森田  進
幸せ               古賀 博文
   評論・エッセイ
        ■特集《金堀則夫詩集『神出来(かんでら)』の世界》
          ☆天と地の契り                   谷内 修三
          ☆カンデラに照らされ、場所が明日に降り注ぐ     海埜今日子
          ☆詩的磁場としての〈土地の名・名〉         山田 兼士
          ☆姓と地名の坩堝から                中西 弘貴

        ■四つの詩的な四重奏曲Ⅱ                岡本 勝人
        ■梶井基次郎のモダン都市観察―脆い冬の陽ざし      寺田   
        ■極私的詩界紀行4                    冨上 芳秀
             河津聖恵詩集『新鹿』・金田弘詩集『虎擲龍拏』
                 嵯峨恵子詩集『私の男』・池田實詩集『暁暗のトロイメライ』
                 高山利三郎詩集『馬』

郷土エッセイ
        ◇かるたウォーク『たわらを歩く⑥』           金堀 則夫
 
  書評
        築山登美夫詩集『悪い神』七月堂             吉田  裕
        高木秋尾詩集『あかりすい』ワニ・プロダクション     北畑 光男
        嵯峨恵子詩集『私の男』思潮社                國峰 照子
        山田兼士著『百年のフランス詩』澪標           苗村 吉昭

《子どもの詩広場》
   第三十二回小・中・高校生の詩賞「交野が原賞」作品発表 交野が原賞選考委員会
         ◇特別寄稿―五十三年後再び・・・《坊領遺跡》     山内 翔平
                                            編集後記
               《表紙デザイン・大藪直美》

 
詩誌『交野が原』 第67号から  詩作品6編紹介


 
かわら  八木幹夫

 真っ赤な夕陽をみた
 相模川の石ころばかりが
 ころがる川原で

 真っ赤な夕陽をみた
 私の中を流れる
 どことも知れない川原で

 私は少年だったのだろうか
 私は老人だったのだろうか

 繰り返し川に向かって
 きいてみた
 川は横向き 水はどんどん流れていく

 どうしてこんなところで
 来るはずのないひとを待っているのだろう
 どうしてこんな時間に
 たったひとりで棒など振り回しているのだろう
 
  夕暮れはまちがいなく
 胸を暗くつつみはじめているというのに

 真っ赤な夕陽をみた
 どことも知れない川原で

 帰らなければならないのだが
 早く帰ってあやまらなければならないのだが
 もう私には叱ってくれる
 だれもいない

  真っ赤な夕陽をみた
 ゆっくりゆっくり沈んでゆく


 値札(タグ)なしの一日  宮内憲夫 

  勝手に犯していく、人類の傲慢が
 大地から土の匂いを消してゆく
 焦燥は、いつの間にか
 足を洗って地に付いているらしいが
  だが、この軽い浮遊感は何だろう
 気に成る、その事実(こと)
 余所行きに着替えさせられて
 六十四キロの体重を、内側から
 ひゅるひゅると持ち上げて行くのだ

 産(うぶゆ)上りの青空は、無言の眼差し
 あの深みへの黙礼が似合う
  柳の下で散歩は一服
 キャビン マイルドのドーナツが
 肩をくすぐる若葉にプロポーズする
 すかさず邪魔が入って
  棒で目を突く携帯の、レレレェー
  あれれぇー何かが、すっぽりと
 芯の底から、抜け落ちている

 値札(タグ)の無い、底抜けの軽身こそが
 今日一日を、支えているなら
 罪と罰のボーダーライン
 その垂直線上に浮き上がっている?
  こんな始まりの一日だって
  地球(あなた)が、文句なしと
 言ってくれるか、どうかだが・・・


 畦(あはなち) 金堀則夫

 水田は一面雑草に覆われている
 農作業をするものはだれもいない
 米作りを放棄してしまった
 米作りをしなくても
 田んぼは放置できない
 畦だけは受け継いでいかねばならない
 畦の放棄は 神代からのおきて破り
 何度も くりかえし 草を刈る
 田と田の境界を侵さないように
 お互い 草を刈る 生えてきては 草を刈る
 草の根は抜いてはならない
 根が畦の崩れを防護している
  土をのせ 土をかため 草を生やし 草を刈る
 水を囲う畦を壊さないように護ってきた
 計り知れない年月 幾世代がつながっている
 水路を埋めてもならない 樋を壊してもならない
  水のながれを わが田の畦で邪魔をしてはならない
 耕作するものの畦
 狭い畦は道路ではない 耕作同士がまもる道なのだ
 稲作の始まる頃から壊してはならない
 守りごと やぶれば村を放り出される
 田んぼでしてはならないことなど
 もう だれも知らない 語らない 時がきた
 畦を歩くひとが 犬と散歩するひとが・・・
 ここは道ではない と叫べば
 若者は だれにむかって言っている
 ここを歩いてなにが悪い
 若者よ 怒鳴ったわたしが悪かったのか
 悪かったらあやまろう すまなかった
 もう なにもかも知らなくていい
 もう なにもかも変わってしまった
 農の 水田の 放置は荒らされていく
 畦は注連縄
 もう それはとりはずされ 切れてしまった
 田は汚されていく 田は遺跡のように埋まっていく
 有刺鉄線でも巡らし 逃げるしかない
 壊した水田の雑草のなかで
 鎌をもつ手は 刈っても 刈っても追いつかない
 抜け出せない うらぎりもののわたしは
 まだここにいる


 夜の駅 藤田晴央

 この駅では
 多くの人たちが降りて行く
 夜のまっただ中なのに
 ホームでは
 鳥たちがさえずっている
 そこはかとない
 田んぼの匂い
 蛙の鳴き声
 森の気配
 猿たちの呼び交わす声
  右の人も
  向かいの人も
 いなくなってしまった

 お父さん
  お母さん
  妻よ
  子らよ
 名前を語れない
 大切な人
 みんな
 どこへ行ったのだろう
 こうして一人取り残され
 わたしだけが
  車両の照明にさらされている
 ふいに鳥のさえずりが消え
 ドアが閉まり
  ぐらりと電車が動き
  車輪が回り始める
  行き先が
  明日であることを祈る
  夜のまっただ中である

 舞踏への勧誘  望月昶孝

       梅花藻はオフェーリアとぞ夏至の雨(暢孝)

 そういう一句があって
 「夏至の雨」というフレーズは
 不動とも云えず
 踊っているのではないか
  踊りは早く止めて落ち着かねばならないのに
 踊りを要求しているのは誰だ
 自分自身ではないか
 踊りたい欲望は何故起こるのか

 踊りたくなるのは衣装が悪かったり
 体付きが垢抜けていなかったり
 無闇に相手を求めたり 浮気めいていたり
 性格が悪かったり 絶望し過ぎていたり

  梅花藻は清らかな流れに白い花を咲かせ
 オフェーリアは清楚のままに水に沈み
 水に浮き たゆたう

 「夏至の雨」は踊り狂って
 あたりすべてを水浸しにしてしまう
  舞踏への勧誘は
 こんな時にはいよいよ強まり
 ついに死へと誘うのだ
 派手でも地味でもいいから踊ってしまえ
 疲れてしまえ 狂ってしまえ
 オフェーリアの絶望を抱えたまま 身を細めて
 絶えよ 蘇生せよ

    梅花藻はオフェーリアなれ虹立てり

 ああ未だ未だ
 お前は踊り足りぬ
 骨と皮ばかりになっても
 お前は身体の最奥で
 舞踏への勧誘を聴く


 ブランコのように 松下育男

 いつから乗っていただろう
 はてなくこいで
 いたような

  いつから乗っていただろう
 そらのたかさに
  きらわれて

  いつから乗っていただろう
 どこへもいかない
 のりものなんて

 いつから乗っていただろう
 うまれかわりの
  なれのはて

 いつから乗っていただろう
 みずのちゅうしん
 のみほして

 いつから乗っていただろう
 このよにいまだ
 慣れません

 いつから乗っていただろう
  はてなくこいで
  ゆくような

詩誌『交野が原』 第66号 (2009年5月) 目次


禁欲の木               島田 陽子
「狩り」がえし            岩佐 なを
廃墟を見た日             小長谷清実
「うき世」のはなし           平林 敏彦
錆びついた銃口             田中 国男
父の家                 新井 豊美
定規                  佐川 亜紀
句読点                 一色 真理
浄夜                  渡辺めぐみ
いつか別れの日のために        高階 杞一
その後で                大橋 政人
だんだん空が             犬飼 愛生
メディア               相沢正一郎
村と村                森田  進
生惚の日               宮内 憲夫

夏至                 岡島 弘子
足踏みなど              片岡 直子
行列                 瀬崎  祐
響き                 北原 千代
飛ぶ鳥、明日香のいのり        八木 幹夫
古都にて                 望月 昶孝
樹木人―硝子ごしに庭を眺め           溝口  章
心を森で満たそう            望月 苑巳
藪からたぬき              藤田 晴央
星                   金堀 則夫
沖縄の名前               古賀 博文
平溪線老街散歩             松岡 政則
《あさなゆうなに》           海埜今日子
詩とはなにか 『転位のための十篇』との対話  
                    八島 賢太
評論・エッセイ




郷土エッセイ
■四つの詩的な四重奏曲Ⅰ
■井伏鱒二……「サヨナラ」ダケガ人生ダ
◇極私的詩界紀行3
◇声は鳥のように
 
◇かるたウォーク『たわらを歩く⑤』
岡本 勝人
寺田   

冨上 芳秀
鈴木東海子

金堀 則夫
書評
岩佐なを詩集『幻帖』書肆山田
高貝弘也詩集『子葉音韻』思潮社

中本道代詩集『花と死王』思潮社
岡島弘子詩集『野川』思潮社
高階杞一詩集『雲の映る道』澪標
武子和幸詩集『アイソポスの蛙』思潮社
御床博実詩集『ふるさと―岩国』思潮社
宇宿一成詩集『光のしっぽ』土曜美術社出版販売
日原正彦著『ことばたちの揺曳』ふたば工房                                  編集後記
                  《表紙デザイン・大薮直美》

谷内 修三

風元  正
有働  薫
阿部日奈子
松下 育男

田中眞由美
岡  隆夫

苗村 吉昭
草野 信子
詩誌『交野が原』 第66号から  詩作品6編紹介


「狩り」がえし  岩佐 なを

「拳狩り」があって
はずされたこぶしは首ケ淵に
みんな放りこまれた
虐げられたこぶしはそれぞれ底で
グッと握ったりパッと開いたり
ゆびをわなわなさせたりしている
クヤシイのさ。
ハズサレてさ。
いつかときが満ちこぶしが解かれて
てのひらになったとき
つぎつぎと握手をもとめあって
そこにまたてのひらがかぶさりかぶさり
うりゃりゃ
どでかいこぶしの団子と化して
淵からとびだしていくのさ。
さんじょう、岩石入道っ。
むかしむかし
「平手狩り」があったときは
ひらては捨てられ田畑のこやしにされた
しかし逆に土の養分をたくわえた
てやゆびは強くたくましく育って
ついには泥をぬぐってとびだして
御代官や御大尽の(初版では*「御××や御××の」)
クビをグシグシ絞めたものだったぎゃあ
ひらて打ちではあまかろう
手首から先だけでも
語るべき歴史があったのさ。
てのひらをゆるく開けば
蓮華にもにているし
爪のはえた指があれば
ヤツラの目はツツケル
遠方で口笛が鳴り狼煙があがり
手だけでなく足も集まる


父の家 新井 豊美

不能を感じるその部屋で
わたしをかなしませる時間が
葉脈の手を伏せて
青桐の葉にしげり成長してゆく
うすい闇をひそませている
微かな心音
衰えた空間がかすかに波打ち
打ち返しよせ返し
老いた皮膚の上を撫でてゆくとき
若い瞳の記憶にのこる戦いに
どんなおびえや
怖れがあったのか
終りの来ない夢を受けて
葉むれの中で紫に色づいてゆく桐の花房が
和音のおだやかさで匂いを放ち
固体が美しい最終の生を
ひたすらに開いている
とどかないものにただ見いる
横顔にはなやいだ時代の影があり
そこから咳き込む大地が
錆びた船のように引かれ
とおざかってゆく
「どこへ」
答えが聴けなくても
そう問いたいのだ


いつか別れの日のために  高階 杞一

もし僕が死んだら
君はどうするんだろうね
食べるものもなくなって
水ももらえずに
僕のそばに寄り添って
ずっと僕の目の覚めるのを待っている?
でもね
待ってなんかいなくてもいいんだよ
死んだらね
もう二度と目が覚めないんだから
いくらペロペロしたってだめなんだから
死んだらどうなるか
まだ死んだことのない僕にもよく分からないけれど
たぶん君のペロペロぐらいでは
生き返らないと思うんだ
だから
もし僕が死んだら
君は君で好きなところへ行って
いよいよもうだめだと思う日まで
がんばって生きてください
食べるものも
水も
もうあげることができなくなって
申し訳ないけれど
もし僕が
明日突然死んだとしても
ペロペロなんかせず
(一度ぐらいはしてもいいけれど)
誰かのやがてあけるだろう扉から
そっと外へ出て
ひとりで歩きはじめてください
ふりむいて
さよなら なんて言わずにね


だんだん空が  犬飼 愛生


だんだん空が
見えなくなっていく
ものすごいスピードで

トンカン、トンカン
ガガガガガ

ベランダから
大きな川が見え
いくつかの船が
通って行った
中には
外国船もあった

今は
船も見えない

マンションが
一段できあがると
白い目隠しが空に伸びる
パテで心が
塗られていくように

空が埋まっていく

前のことは忘れてしまった
ひどいことを言ったのかも知れない
ただもう
届いてはいかない

寒いから
こっちへお入りと
室内から言う人がいて
私はくるりと翻り
空が消えて行く音を
背中で閉じる


響き 北原 千代


巌山に四方を囲われ
村は沈没した石函のよう
買い物かごを下げたひと
羽根つきのフェルト帽をかぶったひと
みんなしずかに
函の底を撫で歩いている
市場に積まれた野菜と肉とチーズ
石畳を漂う会話と匂い

旅の鞄ひとつ提げ
壊れた鳥のよう
大きすぎる靴を蹴って歩む
わたしは堕ちたのだ

路地の奥にバイオリン工房の窓があり
やせた職人が赤いニスの楽器をほのかな陽にかざしている
地底深く根をはるトウヒが水を吸う
息づかいに似てニスは湿り気をおび
なだらかにふくらむ胴体に開いたふたつのf字孔から光の粉がため息のように洩れる

巌山がすぐ後ろに迫るみやげもの屋で
店主の口元が訝った
何度言ったらわかるかね うちは靴屋じゃないよ

午後四時を知らせる壁一面の郭公時計
飛び出た郭公がいっせいに巌山めがけ羽ばたく

鐘楼の鳥もいま広場から発つ
おりかさなって村じゅうの鐘楼の鳥が
石函からすべての鳥が片翼のも病んだのも鳴きながら高みに激しく身を投じて

ふるえながら石函が傾く

 金堀 則夫

水の流れが少なく
山上から見れば 白砂が蛇行している
大蛇が巻き込んだものが光っている
モノノベがこの川を上ってきた
天の川
元禄の旅人は 石ころだらけの流れを
星にみたてた
あのモノノベはどこへ行った
鉄穴(かな)山は崩れたのか
磐船が 哮が峰が 大岩が
多くのお社の祭神が
ニギハヤヒノミコトから 住吉四神となり
モノノベはいつのまにか 消えていた
星が 石となって流れている
わたしは素足になって天の川に入る
石ころは 足裏にくっついてくる
わたしの足裏にある磁石が
血となってくっついてくる
くっついてくるのは石ではない
誰かによって摩り替えられた
石と石の硲にある 川底の砂なのだ
川砂鉄が星なのだ 
星は限りなく堆積している
わたしの足裏にある石に隠されてはならない
鉄穴(かんな)流しで 今生きる わたしを
掬い上げるのだ
お前の子孫として遺していける
これが星とのつながり
さあ掬おう
この藤の蔓で編んだ〈ざる〉で採りだそう
川底から
それがお前とのつながり
忘れ去られた磁石が 一瞬蘇る
そして砂から消えていく。
石ころだけが
天の光りを浴びている

詩誌『交野が原』 第65号 (2008年10月) 目次


在って在る              森田  進
犬の声                杉山 平一
立ちつくす日             小長谷清実
狐                  高貝 弘也
ドロボー               佐々木洋一

私鉄駅から              平林 敏彦
物売り                三井 葉子
口…巾(くちはば)            岩佐 なを
はじめのおわり            一色 真理
未来の期限              宮内 憲夫
とびら                片岡 直子
短い首                望月 昶孝
大事な秘密              大橋 政人
ぬばたまの夢枕詞唄(連作の一部)
           白妙のころも     八木 幹夫
つまさきだちで             島田 陽子
火星人のえくぼ            望月 苑巳

樹木人―降臨の場           溝口  章

転写(コピー)              田中眞由美
もうすぐバスがくる           岡島 弘子
雨の指                 佐川 亜紀
ひかる石                松岡 政則
星鉄                  金堀 則夫
水風船                 川中子義勝
鳩の血                 北原 千代
夢の工事                高階 杞一
初夏に降る雪              藤田 晴央
抜歯                  田中 国男
過程                  美濃 千鶴
言葉より先に              岡野絵里子
当たり前のこと             古賀 博文
刑期                  渡辺めぐみ
遠い百合への旅 追悼・小川国夫        八島 賢太
『オレステイア三部作』
      あるいは読書の愉しみ    相沢正一郎

   評論・エッセイ
         ■安西冬衛……内部立体の世界へ
         ■城戸朱理と東北盛岡―『戦後詩を滅ぼすために』によせてー
             ◆―追悼―社会悪告発の闘士・浜田知章の死
         ◆極私的詩界紀行2
         *『沈黙の春』と小鳥
         *「あんみつ」小論
郷土エッセイⅡ
         ◇かるたウォーク『たわらを歩く④』

寺田  操
岡本 勝人
長津功三良
冨上 芳秀
吉田 義昭
新井 高子

金堀 則夫
  書評
         三井葉子句まじり詩集『花』深夜叢書社
         現代詩人文庫9『原口道子詩集』砂子屋書房版
         北沢栄・紫圭子連詩『ナショナル・セキュリティ』思潮社
         吉田義昭詩集『北半球』書肆山田          
         大橋政人詩集『歯をみがく人たち』ノイエス朝日   
         冨上芳秀詩集『言霊料理』詩遊社          
         武士俣勝司詩集『野が放つ』詩誌「PF」出版     
         石下典子詩集『神の指紋』コールサック社
         御庄博実・石川逸子共著『ぼくは小さな灰になって』西田書店

子どもの詩広場
  第三十一回小・中・高校生の詩賞「交野が原賞」作品発表
                    交野が原賞選考委員会

  編集後記
                       《表紙デザイン・大薮 直美》

谷内 修三
清岳 こう
原田 道子

八重洋一郎
高橋 英司
愛敬 浩一

溝口  章
苗村 吉昭

北岡 淳子
詩誌『交野が原』 第65号から  詩作品6編紹介


 犬の声  杉山 平一

ゆめさませと叫ぶ にわとりや
泥棒がきたぞと吠える犬は
日常生活のシンボルでもあって
朔太郎のオノマトペア
「とおてくう とおあーる」まで生んだが

沖縄から手伝いにきた娘さんが
庭にいる犬を見て あれは
いつごろ喰べるんですか、といゝ
家族をギョッとさせたが

彼は空襲警報のサイレンが鳴ると
とび出して、その声に応えるように
天を仰いで遠吠えをしたものだった
誰かを呼んでいたのかもしれない

姫路の詩人 沖塩哲也さんは
斥候に出た真夜中、
虫の(ね)ひとつしない無人の
深い闇の奥から とつぜん
犬が一声二声吠えた
その瞬間のゾーッとした恐怖のふるえを
いまも忘れない と語った

いまや遠ざかりつゝある
生きものたちの声


 
立ちつくす日  小長谷清実

崩れかけたレンガ塀の上を

過度に肥ったネコが歩いている
喘ぎ喘ぎ歩いていく
昼下がりの風 なまぬるく
かれの足にまとわり
まとわりついて
その足どりのけだるさたるや
わたしの過ぎてきた日々の
その息づかいに
呼応しているかのようであり
(だからと言って、次行を)
それからネコは
崩れかけた世界のはずれまで来て
少し思案し 跳躍 落下
夏草繁る空き地の中へ
(などと続けて終わりにしても
はじまらない、か?)

崩れかけた何かの
はずれ近くまで来てためらい
ためらい立ちどまる
過度の肥満で 今は
もう戻ることは不可能か
この肥満は
衰弱を続けてきた何かの
その衰弱を
むさぼり喰らい続けてきたせいか
びっしりの衰弱で
ぱんぱんに膨れあがった
ネコよ わたしよ 世界よ
その妄想 追いやれず
ぶつぶつ呟き 立ちつくす
(次行だって、
いつまでもあるわけじゃ
ないし、な?)


 物売り 三井 葉子

そこだけ
かたくなに忘れて思い出せない

名詞のまわりはけしきも手ぶりも 用事さえ
わかっているのに

名詞だけが拒んでいる

見ないでよって
見せないよ って

知りたい中心を見せないクセがいまごろ出るんだろ

見たくて知りたくて熾烈に立ちあがるあの立葵の
青い青い匂い
あかむらさきのよだれる


を ひたと伏せているもの

何と言ったかねえ
あ あの京の北から物売りにくる
はな いらんかえ と売りにくる
絣前垂れのおんなのこと。


 大事な秘密  大橋 政人
花は
見ていると
大きくならない

じっと目をこらしても
少しも動かない

昔の遊びの
ダルマさんが転んだみたい
振り向いたときには
みんな、じっとしている

大きくなってきた痕跡もないし
大きくなっていくそぶりも見えない

大きくなるところは
いちばん大事な秘密だから
見せないようにしましょうね

人間が来たら
じっとしているのですよ

花の言葉で
花たちは
そんなことを
話しているのかもしれない


ひかる石  松岡 政則 

川原の石になりにきたのです
石になって
自らは動かぬもの
ことばにも頼らぬものとなって
ハエ(ハヤ)やイダ(ウグイ)の尾びれを
早瀬のひかりや川岸のネコヤナギを
じっと眺めていたいのです
そうやって小さきものの顫えをこそおぼえるのです
一切の気配を消して
形ばかりになって
ただ見るだけのものになるのです
それからじっと待ちます
鉱物の祈りまで待ちます
ここには不要なものはありません
不足しているものもありません
鱗珪石の結晶に
星明りが降り注いで
閉じこめられたひかりの記憶が
わらんべらの声や昆虫のにほひが
川原で遊びはじめるのを見るのです
そうやってどこにも帰れないものとなるのです
たのむから捜してくれるなになって
いいや何も考えるなになって
石のひみつだけを頼りに
小さき星明りとなるのです


 星鉄 
金堀 則夫

乾いた土が干割れ
乾いた空に雨をねがう
大きな石は 固まっている
硬い雲が湧いたのか
石が浮いている
鉄の重みもなく
浮いたまま 空にも昇れず
地にも沈めず 浮いている
空から 冷却して降った
石は 地を鎮め
天と地の契りで
村ができている
崇め 奉る 農耕の俺たちは
鍬を捨て 土を固め
今は もう水も 雨もいらない
少なくなった田畑に
大きな石は 空にも 地にも 帰れず
浮いている 浮いたまま
お前の村も 里も消えている
抜け殻が凝固し 鉄は
何処にもない 紛いもの
航海の方位も 人生の方位も
鍛冶屋のカンカンと響く音も
みんな
浮いたまま
乾いたまま
天も地も離れている 祭りも農耕から
浮いている
浮いている石を
お前は どこから見ている
その位置を探ってみろ
空から 土から それとも・・
お前も浮いている
お前が静止すれば 石は動かない
お前が浮くから 浮いている
大きな石は 星を見失って
浮世に漂っている

詩誌『交野が原』 第64号 (2008年5月) 目次


新世界             
二月              
屋上から            
木を見る物語 Ⅱ        
未済              
植樹記             
樹木人―空の遺蹟        
一人分             
妖怪のように          
見られるもの          
太陽              
自然光             
笑む              
侵入してくる日         
戸               
わたしはいま、何ページ目にいるんだろ
貝塚              
土               


高階 杞一
新井 豊美
平林 敏彦
田中 国男
渡辺めぐみ
北原 千代
溝口  章

曽根 ヨシ
青木はるみ
島田 陽子
一色 真理

岩佐 なを
北岡 淳子
小長谷清実

杉本真維子
相沢正一郎

佐川 亜紀
金堀 則夫
 
白い月の輪熊         
虎落笛            
湯治場の話          
詩二編 歩道橋 嘘をつく子ども
祈ぐまなこの そんな朝に   
湖              
琥珀祭            
ひとっこひとり        
財産贈与           
お酒の呑み方         
2008年1月27日 〆切  
秀一郎さんのこと
       
もうひとつの 命       
ブリキの時代         
世界がもう一つ        
メール婚           
菊蛙             
藤田 晴央
望月 昶孝
瀬崎  祐
松岡 政則
原田 道子
川上明日夫
海埜今日子
森  哲哉
宮内 憲夫
大橋 政人
片岡 直子
美濃 千鶴
田中眞由美
望月 苑巳
岡島 弘子
古賀 博文
新井 高子
 
 評論・エッセイ






郷土エッセイ
■小池昌代の「詩小説」小論
シチリアの春と夏の図像学―新井豊美の『シチリア幻想行』から―
■八木重吉……不安なる外景

◇ 極私的詩界紀行1
  
◇「郷土かるた」に想いを馳せて
◇かるたウォーク『たわらを歩く③』
山田 兼士
岡本 勝人

寺田   

冨上 芳秀


栃本 陽子
金堀 則夫
書評 杉本真維子詩集『袖口の動物』思潮社
溝口 章詩集『流転/独一』土曜美術社出版販売
岡本勝人詩集『都市の詩学』思潮社
川上明日夫詩集『雨師』思潮社
中塚鞠子詩集『約束の地』思潮社
三井喬子詩集『紅の小箱』思潮社
杉谷昭人詩集『霊山』鉱脈社
中原道夫詩集『人指し指』土曜美術社出版販売
寺田美由記詩集『CONTACT 関係』思潮社
木澤 豊詩集『幻歌』草原詩社
中村不二夫詩集『コラール』土曜美術社出版販売
                                        編集後記                   表紙デザイン 大薮 直美
高貝 弘也
武士俣勝司

中本 道代
紫  圭子
彦坂美喜子
中塚 鞠子
亀澤 克憲
硲  杏子
苗村 吉昭
平居  謙
樫村  高
詩誌『交野が原』 第64号から  詩作品6編紹介

新世界 高階 杞一

リンゴの皮をむくように
地球をてのひらに乗せ
神さまは
くるくるっとむいていく
垂れ下がった皮には
ビルや橋や木々があり
そこに無数の人がぶらさがっている
犬も羊も牛も
みんな
もうとっくに落ちていったのに
人だけがまだ
必死にしがみついている
たった何万年かの薄っぺらな皮
それをゴミ箱に捨て
神さまは待つ
むかれた後の大地から
また新しいいのちが芽生え
みどりの中から鳥が空へ飛び立つときを
そこに僕はいないけど
人は誰もいないけど

戸 杉本真維子
  ――祖母・美に
うたたねに掛け軸が寄ってくる

うっすらとあいた口に
のぼろうとする黒い蟻を丹念にはらう
まだ鏡台の布をそよぐ
あなたよ
ここから先は絶対に通さぬ

がらんごろんと
舐めるように鈴を鳴らし
数段をのぼると
溢れるほどの酒と
くろい一本の指先を立てて

 「どうか先端にばかり
 とまりたくなる虫の欲望よ潰れろ」

生温かいしるが
薄膜のように尻からはがれ
やわらかく包まれる
わたしたち「家族」の
戸外で
凍えるカミの杖の跡を
初めて力いっぱい鮮明に描くのだ

二月 新井 豊美

生まれ出る放恣さでほとばしるもの
見上げればはりめぐらされた裸木の梢の
物語のはじまりを呼ぶ繊細な隙間から言葉より早く
なにかよろこびに似た名づけられない感情が引き出されてくる
そのさいしょはほそいほそい
蜘蛛の糸のようであるだろう
露のひとつぶひとつぶを五線譜に連ねて枝から枝へ
いのちの始まりはすべてあのすずなりの
かがやく小太陽
水の一滴から始まってゆくのだから

わたしがわたし自身を見失っていた幾週間
バラ線で囲まれた去年の空地をくりかえし歩きまわって
ふたたびおなじところにもどってきた
空から訪れる白いものをそっと凍えた掌に受け止めて
地上に降ろす二月
暦のうえではひとつのサイクルが終わり
次のサイクルがいま始動しようともがくとき
出現したよ!
りんりんと首ふりながら
奏でられている言葉

あらゆる些事や風といっしょに
言葉をはじめられるといい

自然光 岩佐 なを

青いラジオから異国の鼻唄が流れてくる。
さぁ、
また背骨をタテにのばして
次の生きる準備をしなくてはいけない。
午前中のきぼうは両手のひらの上で
光のマリになっている。
むぎゅっとむすんでつよく輝くタマにすることも
ひきのばしてまばゆいイタにすることもできる。
その日その日の占いがちがうように
きぼうの形も毎日かわる。
窓から向かいの学校の赤レンガ塀がみえる。
近くに行けば地域のみのむしたちが
陽にあたろうと塀に垂れ下がっている姿を
見ることができる。
が、けっして竹ぼうきで掃い落としてはいけない。
縁側で日向ぼっこしているばあちゃんを
いきなり庭に突き落としてはいけない、
のと同じ。
陽の射しこむ机上に置かれた
老婆が枯草の上に立つ白黒写真。
あしもとにふせる白い犬。
そのわきにふせられた洗面器。
やがて旧式な自家用車が迎えに来て
老婆と犬を乗せて往ってしまった。
青いラジオを消し
机上も部屋も淋しくなって
陽のぬくもりも徐々にあわく。
竹ぼうきを携えて
みのむしを見に行くつもり。

屋上から 平林 敏彦

屋根が屋根を抱きよせ
きょうだいで植えた木をねじまげて
風が吹き荒れた夜から 明かりが消えた
あの家にだれが住んでいたか
暗がりで何か倒れ 壊すような音がしたり
裏口から真夜中に担架が運び込まれたり
ときには留守中 窓が細めにあいていたと
隠し事みたいなささやきもあったが
じつをいえば
ずっと前からあの家は 存在しなかった
おまえは闇のおくに何を見たのか

あそこは草ぼうぼうの空地だった
冬の夜ふけ だれかに火をつけられ
きょうだい重なり合って死んでから
焼跡にまたあの木が芽ぶき 何年も過ぎ
おまえはそこから何を見たのか
沈む舟の かなたに浮かぶ下弦の光
屋根をつらねて吹きさらう突風
あの家から空の高みに散りしぶくものに
目をつむれ
鶸いろのかわたれどき
開けはなった窓が はげしく鳴っている

日もすがら屋上に立つ
やがてビルは代赭の濃淡に染まり
その町がふかい闇にのみこまれても
ついに明かりがともらぬ 部屋がある
たとえば点滴の空瓶を吊るしたベッド
どこかできみたちの名が呼ばれ
床の上を水が走り
ゆっくり傾いていく屋上で ぼくは
立ち去る人影の背を見つめ
遠くにいつも 海を感じている
ななめに足をすくわれながら
流されまいとせいいっぱい手をのばし
きみたちがいるほうへ手をのばし……

土  金堀 則夫

畝ができた
細い鉄の棒を突きさすと
固い地層にあたる 力をふりしぼって
そこを突きぬかねば
わたしの位置が定まらない
定まらないので
ぐらつく棒の先を 両手で握る
額を当てて 繋がるのか
棒を握ったまま
わたしは まわりはじめた

目を瞑ってまわれ まわれ ぐるぐるまわれ
わたしは
どこかへ飛んでいく
鉄の棒とともに
それは大空か 山の頂か それとも
地層にひきこまれていくのか
どんどんまわれ
耕してきた畝の土は
親父たちの土で
稲がたっていた
稲のそこは
深い計り知れない粘土層
炉が わたしとつながっていく
まわれ まわれ 土が深まるように
わたしの棒は 鍬をつくる釜土 鉧の塊が
無音に響く
隕石は
確かに落ちたのだ
それは 確かなのだ
わたしは
そこへ飛んできた 飛んできて
手を離す鉄の棒から 走らねばならない
次のものへ わたしの子孫へ・・・
子はどこにいる
ふらつきながら 眩む 足取り
乱した畝を立て直し 種も蒔かず
鉄の棒を突きさし
わたしは土となる

詩誌『交野が原』 第63号 (2007年10月) 目次


普通の声               杉山 平一
眺めていた日             小長谷清実
写真について             大橋 政人
記憶の根               佐川 亜紀
パイの皮をはがすように        平林 敏彦
よばれて               岡島 弘子
古郷(ふるごう)の月          松岡 政則
金縛りの夜              山田 隆昭
金漿
(かね)つけ            金堀 則夫

葦原伝説               溝口  章
林檎の花               藤田 晴央
詩3篇「零点」「ナイフ」「満月」   一色 真理
子葉声韻               高貝 弘也
じゅうたん               望月 昶孝
黒舞茸                岩佐 なを
よん                 松尾 静明
光の湾                岡野絵里子
ゆび借景               海埜今日子
余計な仕事              高階 杞一

  午前中                片岡 直子
朝の太陽               田中 国男
至福のエキストラ           宮内 憲夫
なにもできはしない         辻元よしふみ
五月の水               北岡 淳子
はえる                田中眞由美
耕すひと               北原 千代
白対黒                吉沢 孝史
市境                 島田 陽子
聖餐                 森田  進
束の間                 天彦 五男
タビガラス              四方 彩瑛
思い出体操              瀬崎  祐
角を曲がると戦場だった        望月 苑巳
添い寝                古賀 博文
ベリアルの時―D・ボンへッファーに     川中子義勝
廃市のオルフェたち ヴァーチャル     八島 賢太
昼の岸                渡辺めぐみ
陰樹                  青木はるみ

 
 

 《郷土エッセイ かるたウォーク『たわらを歩く②』
 《書評》
      新川和江詩集『記憶する水』思潮社
       細見和之詩集『ホッチキス』書肆山田
      冨上芳秀詩集『アジアの青いアネモネ』詩遊社
       篠崎勝己詩集『悲歌』銅林社
      曽根ヨシ詩集―新・日本現代詩文庫―土曜美術社出版販売
       柴田三吉・草野信子往復書簡集『時が立つ』
 《詩集紹介》
       ・新井豊美詩集『草花丘陵』思潮社
       ・野谷美智子詩集『コレクション』洛西書院
      ・瀬崎祐詩集『雨降り舞踏会』思潮社

・瀬崎祐詩集『雨降り舞踏団』思潮社
 《子どもの詩広場
      第三十回小・中・高校生の詩賞「交野が原賞」作品発表
                               編集後記
                 《表紙デザイン・大薮 直美》

金堀 則夫

鈴木東海子
貞久 秀紀

相沢正一郎
吉田 博哉
大橋 政人
苗村 吉昭

美濃 千鶴




交野が原賞選考委員会
詩誌『交野が原』 第63号から  詩作品6編紹介


 写真について 大橋 政人

  一週間前
  という過去が
  写真に写っている

 一年前

 という過去
 十年前という過去が
 写真に写っている

 だからと言って
 長方形の
 こんな薄っぺらな紙に
 過去が保存されているわけではない

 その印画紙も

 そこに写っている被写体も現在だ

 何千年前の石器も

  何億年前の化石も
 現在という光の中にしかありはしない

 いま私が手に持っている

 一枚の写真

 長方形で

 キャビネ判の大きさの
 そこにだけ過去が
 紛れ込んでいるというわけではない


 記憶の根 佐川 亜紀

 記憶が水を吸うのは
 最もやわらかく繊細な根毛から
 産毛のように洗われて

 痛みの神経が
 土の中に夕焼けをしまう

 根は土と抗うよそもの
 手だけになった子供たちが
 岩を崩す
 先端の冠は
 つぎつぎに剥がれ落ち
 真新しい問いの筆が生まれる

 年月をつらぬくものは
 棒のような幹ではなく
 ひわひわした根毛である
 人間の恥ずかしい毛のようなもので
 獣の無垢のなごりと
 立った不思議な二本足の間にあり
  ほんとうはそんな恥の感受性も薄れ
  暗洞を隠しているにすぎないが

 土の幾層の物語の細部に
 耳を傾ける根の
 地下の深さが
  地上の梢の高さになる
 高みへの渇望が
 深さへたどりつくのだが
 地表あたりで
 うろうろもつれを繰り返す

 
 パイの皮をはがすように 平林 敏彦

 ひさしぶりだね
 思いもよらずきみと出会って
 甘酸っぱいパイの皮をはがすように
  過ぎた時代のことを話すなんて

 アラゴンを読んで赤提灯で飲んで
 プラットホームのベンチで寝たって
 夜明けは新鮮に目にしみた

 ふりむくと曲りくねった道はなく
 空は鋭角に剥ぎとられて
 あふれる水のおもてに飛散する

 だがきみも気がついているだろう
 このところ昨日もきょうも
 世を去った生きもののけはいが
 おぼろにかかる橋の上に
 うっすらと降りつもっている

 夜ふけに裸足でひたひたと
 その橋をわたる足音がきこえたりして
  いよいよ地球に氷河期がくるらしい

 あたりがしーんと静まると
 遠くで杭を打っている
 どこかでちいさな明かりがともり
 だれかの遺体を洗っている

  暗くよどんだ川の流れ
 そこに浮かんでるのはなんだ
 おらおら見たか
 またビニール袋に入れて捨てた
 むごたらしい夢のなごりだ

 それでもぼくはチーズをひときれ
 かたむきはじめた世界の片隅で舌に溶かす
 きみの微熱を抱きながら


 金漿(かね)つけ  金堀 則夫


 菖蒲ヶ滝から
 わたしは 下ってきた
 谷間の洞窟から抜け出した
 このからだに付着している鉄滓は
 鍛冶神が
 わたしの邪心を振り払うように
 邪鬼を寄せ付けないように
  呪文をかけた
 金銀の飾りで身を守る
 強気を振舞った
 木が
 わたしのからだにのりうつらない
 蛇の身にならない
 鉄の身になって
  弾けて
 暴発している
 この地から
 木木も 草花も育ちはしなかった
 実も結ばなかった
 わたしの母なる
 その祖先のからだにも
 わたしのもっている命は切り裂かれ
 現われる女たちは
 わたしの知らない時代の
 お歯黒で
 わたしのからだを振り払う
 あの黒いかがやきが
 微笑み襲いかかってくる
 お前の蛇の身に
 捲かされない強気が
 わたしの潜めた命を絶つ
 お歯黒の鉄漿は
 姓についた金つけは
 互いの呪文で弾けあって
 金堀の里がなくなった
 わたしの姓も
 息絶えている


 タビガラス  四方 彩瑛

  帰るところが増える
 帰りたくなくなる
 今の場所を抱えるだけで充分で
 また、どこかへ行く
 行けば行くほど
 私はどこの人間でもない
 どこの人間でもないのに
 そこの人間になれる

 どこにいても次の場所を探して
  私はどこで死ぬのだろう

 まわりまわって それでも
  あの場所に帰ってくることは決してない

 それなのに
 夜のふとした風
 扉を開けた瞬間の外気の匂い
 ところところで
 あの場所を感じてしまうのは何故だろう

 どこに行っても
 あの場所から逃れられない

 沢山のところに住んだのに
 記憶は曖昧で、思い出せない
 思い出すのは
 夜のふとした風
 扉を開けた瞬間の外気の匂い
 ところどころに
 あの場所がついてくる

 私はどこで死ぬのだろう

 
 はえる  田中眞由美

 異変がおきたのは
 はたけの横に 白い道ができてからだった
 黒々とした土の上に それは突然はえはじめた

 ほうれん草と交互に
 毎日毎日 抜いてもぬいてもそれは はえてくる
 あか みどり ぶるー ぎんいろ
 色とりどりの らんだむな畝が続く

 種は 蒔かない

 毎日毎日早朝に
 びにーる袋を持って はたけに出かけ収穫する
 ひと月ごとに出荷して 現金と交換する
 ほうれん草とちがって価格は安定し
 一年中 いつも同じ値がつく

 帰りに 一缶のビールを買う楽しみ

 はたけに水を撒きながら
  たまには 密度の高い重みのあるそれが
  はえればいいのにと思うけれど
 いつもはえるのは 空洞を抱えるものばかり

 ほうれん草の端境期のときも
 立派に育ちつづけるそれは
 水遣りを忘れても枯れることは ない

  白い道を走る車が多い日ほど
 発育が よくなることに気づく
 排気ガスは成長を促すらしい
 暑い日も成長は著しく 隙間のないほどに はえる

 あか みどり ぶるー ぎんいろ きらきら
 あか みどり ぶるー きんいろ きらきら

 高速道路のほうが発育がいいという噂をきく
 白い道を 高速道路に変えようかと 考えている

詩誌『交野が原』 第62号 (2007年5月) 目次

洗う                  杉山 平一
花のかけら               新井 豊美
木道                  片岡 直子
なずきの、夢子             原田 道子
迷路の日                小長谷清実
誰                   望月 昶孝
化粧                  岡島 弘子
休日                  渡辺めぐみ
行方知れず               松岡 政則
ビギンズ その7            髙谷 和幸
追い抜かれる              日原 正彦
ひらかなのまち             北原 千代
雲の本棚                樋口 伸子
霧の奥から               平林 敏彦
バスの中で               一色 真理
鍋島の地                岩佐 なを
幸                   金堀 則夫
水をたずねる            星  善博
右へ                  松尾 静明
秋山遠景               愛敬 浩一
時間だって              大橋 政人
靴下                 高階 杞一
定年あるいは停年           森田   進
危ない、バンザイ           宮内 憲夫
寒中見舞               島田 陽子
桜樹幻想               溝口   章
さくらさくら              四方 彩瑛
緑のラインマーカーで         佐川 亜紀
食指たちの晩餐             古賀 博文
来島海峡                瀬崎   祐
ルイ・ヴィトンにたわむれて      辻元よしふみ
玉ねぎ国               望月 苑巳
正午のサイレンは           八島  賢太
  評論・エッセイ


郷土エッセイ
■金子光晴・・・漂流物としての私をながめる
*歌あるいは詩

かるたウォーク「たわらを歩く」① 郷土史カルタ「田原の里」
寺田  操
鈴木東海子

金堀 則夫
 
   書評 杉山平一詩集-現代詩文庫- 思潮社
杉山平一著『詩と生きるかたち』 編集工房ノア
山田兼士著『抒情の宿命・詩の行方』 思潮社
高良留美子詩集『崖下の道』 思潮社
倉橋健一詩集『化身』 思潮社
藤田晴央詩集『ひとつのりんご』 鳥影社
高貝弘也詩集『縁の実の歌』 思潮社
木津川昭夫詩集『曠野』 土曜美術社出版販売
森 哲弥詩集『物・もの・思惟』 編集工房ノア
田中眞由美詩集『指を背にあてて』 土曜美術社出版販売
山本十四尾詩集『水の充実』 コールサック社
三田 洋詩集『デジタルの少年』 思潮社
山本幸子詩集『テルマ』 湯川書房
こたきこなみ詩集『夢化け』 書肆青樹社

《詩集紹介》
・村山精二詩集『帰郷』・岡野絵里子詩集『発語』
・中堂けいこ詩集『枇杷狩り』・禿慶子詩集『我が王国から』
山田 兼士
舟山 逸子
河津 聖恵
一色 真理
松尾 省三
谷内 修三
岡本 勝人
布川   鴇
中塚 鞠子
芳賀 章内
横田 英子
中村 明美
苗村 吉昭
先田 督裕


美濃 千鶴
 
   追悼 特集
 《追悼・福田万里子》
☆詩「追悼・福田万里子さん-ゆすらうめ」 
☆エル・ペレレ-故福田万里子さんへ
☆福田さんのこと
☆新潟での福田万里子さんとの交流                   
☆福田万里子さんと「交野が原」  

田中 国男
藤本真理子
日原 正彦
鈴木 良一
金堀 則夫
 
                             編集後記
       《表紙・デザイン 福田万里子》
 
詩誌『交野が原』 第62号から  詩作品6編紹介

 洗う/杉山 平一

 よごれた手をぬぐって
 足を洗って
 さて、と
 立ち直って出かけたのに
 顔を洗って
 出直してこい
 の啖呵を浴びたが
 洗っても洗っても
 化けの皮ははげなかった

 口惜しさに茫然としていると
 やさしい涙が洗い流してくれはじめた


 危(ヤバ)い、バンザイ/宮内 憲夫

 この国の人々は、何でもかんでも
 すぐに、万歳をしてしまう。
 未来も、過去もかなぐり捨てて
 天地が怒り狂っているのを
 うすら笑いの横目流しに
 かけがえのない、
 借命をも、一日のつもりだ

 神様が、バンザイする時が・・・・・
 一番、ヤバイぞ!

  花のかけら/新井 豊美

 その道のうえで、

 わたしは何かを捨て、行きながらそれを捨て。
 ちぎっては捨て、さらに捨て、それが何であったのか。
 冬の木々にならい、わたしは葉を落とし
 棒のようなものとなり、
  直立するわたしの頭上を風が渡り、わたしは
 捨てたことさえ忘れ。忘れることによって何かを与えられ、
 とはいえそれは、抜けたオナガの青い尾羽のようなもの。
 割れた器のかけらほどに役立たないもの。
 その曲線がかつて内側に保っていたものをふと想像させたとし
  ても、

  鋭い切っ先は宥められていまは
 意味をなさないひとつの破片。その表に
 ひたすら花の形を咲きつづける、それらはすべて
 愛の切れはし、生の断片、繋ぎとめられない願い。
 というよりも時の残闕と呼ぶべきもので、
 血を流すことはなく、すきとおる空虚の形をもち、
 ここからわたしはふたたび何かを与えられ。
 そのたびにわたしはすこしずつ軽く。

 鳥たちが群れているクヌギの梢ではいましも、
 一羽がさえずり、一羽は翼をひろげ、一羽は目を閉じて、
 瞼の裏に描かれた藍色の
 花のかけらをふしぎなもののように覗き込んで。

 木道 /片岡 直子

 箱根の仙石原で
 まだ 花の咲かない湿生花園の
 木道を
 ゆく

 ぽく ぽく
 どうしてこんなに愉しいのだろう
 花は 咲いていない
 ミズバショウと
 なんとかいう小さくて黄色い花が少々
 申し訳ばかり

 娘は駆け寄ってしゃがんで
 小さい頃のように
 眺めていました

 遠回りの道を 通っても
 どこまで行っても 何も 咲かない

 そんな花園の


 木道は 乾き
 余計に くつおと 響いて

 わたしは花園より
 木道がすき

 そんなことを
 知りました

 /金堀 則夫

 土に混じって
 聖霊が地になっている
 土を掘り返せば地は生き返ってくる
 親の遺した休耕田に
 しつこく蔓延るお前たちは、這い上がろうと
  土から立ち上がる一本足の蛇が現れてきた
  今 脱皮した亡骸が一面を蓋っている
  冬眠の根は
 手におえない蛇の地になっている

 わたしの血は
 どこからどこへ蔓延っていく
  鍬を入れないかぎり
 畦に囲まれた この形は
 固まってしまう邪気
 水をひっぱって
  洗うことが
 どろまみれになること
 泥とともに働いてきた
 蛇気に
 わたしの 嵌めている手袋を 穿いている靴を
 纏わりついている衣服を脱ぎ
 泥をかぶれ
 土まみれになって
  土をさかさにして
 両手でつかめ
 土と逆さ土が結ばれる
 つちとつちの
  さかさのなかで
 泥かぶりのわたしを包んでくれる
 さあ
 土に入れ
 生むことも つなぐこともできる
 地をつくれ 祭りだ 泥かぶりの祭りだ
 わたしの血はあすへと彷彿する
 わたしを産み続ける
 田となる

 霧の奥から/平林 敏彦

 枯れ葉がふりつもる雨の路上に
  つぶれたトラックが横倒しになっている
 霧のなかで発生した夜明け前の事故
 目撃者はいなかったが
 ICUでいま死にかけているのは
 もしかしてこのわたしかも知れない
  半世紀あまり前
 殺すか死ぬかのあわいを
 兵士たちは逃げのびてきた
 生き残ったにんげんは口をつぐんで
 安穏な日をおくっているが
 まあ それはそれで
 ということだろうか
 
 霧のため先が見えにくい状況で
 ドライバーは運転を誤った
 よくあるケースだと
 ラジオは人身事故を報じている
  放送は冷静にてきぱきと
 たえず秒針を気にしながらしゃべっている
 権力に仕える身であれば
 あたりまえということか
 ガードレールに激突したあの事故は
 どう見ても自爆だった
 たぶんどうしても逃げられない
 わけがあったのだろう

 じつをいえば
 霧の奥からなんども呼びかけられ
 ぶざまにあとずさりしたことがある
 戦闘帽をかぶった男が
 生死を分ける回転ドアの向こうから
 なつかしそうに手をふるのだ
 やあ ひさしぶりだね
 げんきそうで うれしいよ
 微笑みさえうかべてわたしのほうへ近づいて来るのだ

詩誌『交野が原』 第61号 (2006年10月) 目次


                 滝本  明
無縁橋               松岡 政則
翅の飛翔              岡島 弘子
ないのです。            片岡 直子
姉上の壺              岩佐 なを
そこにある土            星  善博
墓参の日              小長谷清実
チェロでも弾いて          平林 敏彦
ちょっと旅行してきます       島田 陽子
空同残日              宮内 憲夫
きらめくのか出入り口が       溝口  章
天降る               金堀 則夫
モノレール             森田  進
山間の宿              三井 喬子
光都                佐川 亜紀
初恋                一色 真理
ナイルの川の水を飲んだ者は
          ナイルに帰る  四方 彩瑛
              

美国から              葵生川 玲
みんなゼリーになってしまって   辻元よしふみ
無口な豆              西岡 光秋
夕焼け               高階 杞一
どこ?               松尾 静明
変奏曲――いのちの最も若い日に        川中子義勝
悲劇的なレモンパイ12       望月 苑巳
旅嫌い               大橋 政人
使者                瀬崎  祐
canvas             清水 恵子
まぶしい愛へ            竹田 朔歩
夕映え               美濃 千鶴
霊界への返礼詩           森  常治
短命                米川  征
竹田                吉沢 孝史
離別出来ない鳥           豊原 清明
                 望月 昶孝               

















 
  評論エッセイ



郷土エッセイ

■永瀬清子・・・流れるままに
■アカシアの大連に安西冬衛を求めて
*なぜ私はサヨクにならなかったか
*雨の日の読書
かるたウォーク「ほいさを歩く」⑧
寺田  操
冨上 芳秀

河内 厚郎
鈴木東海子
金堀 則夫
 
  書評 山口眞理子詩集『深川』思潮社
麻生直子詩集『足形のレリーフ』梧桐書院
水嶋きょうこ詩集『twins』思潮社
渡辺めぐみ詩集『光の果て』思潮社
國峰照子詩集『CARDS』風狂舎
愛敬浩一詩集『夏が過ぎるまで』砂子屋書房
外村京子詩集『オーヴァ・ザ・ムーン』本多企画
山田春香詩集『Simon』交野が原発行所
埋田昇二詩集―新・日本現代詩文庫37―
           土曜美術社出版販売

『現代日本生活語詩集』澪標
滝本 明評論選集『余白の起源』白地社
鈴木東海子・著『詩の尺度』思潮社
須永 紀子
中田 紀子
白鳥 信也
中本 道代
中川 千春
大橋 政人

苗村 吉昭
古賀 博文

山本十四尾

難波 保明
大西 隆志
田中眞由美
 
     子どもの詩広場
  第二十九回「交野が原賞」発表―
小・中・高校生の詩賞 
交野が原賞選考委員会  
    編集後記
           《表紙・デザイン 福田万里子》

 
                     
詩誌『交野が原』 第61号から  詩作品6編紹介


 墓参の日    小長谷清実

 ひとり暮らしをずっと続けていた友人が
 バスツアーに参加し
 信州のなんとか湖のホテルで死んだ
 バスの出発に遅れまいとしてか
 急いで部屋を抜け出ようとしてか
 身体を半分 廊下の方へ突き出して
 倒れていたそうです、
 死んだ友人の弟さんが 今日
 その現場のありさまを紙袋の裏に
 ボールペンで稚拙に描いて
 説明してくれた、
  一本の線を中断するように
 ヒト形の輪郭があって
  それが彼である

 略画になった彼の姿は
 頭の隅に押し込んで
 かんかん照りの墓地へ行った
  そのあと電車に揺られて
 かって同行したこともあったビール園へ
  ジョッキを重ねているうちに
 頭の隅に押し込んだ彼の
 そのヒト形の輪郭が
  勝手気侭に流れ動いていって
 わけの分からぬカタチに
 ひっきりなしに
 変わり続けているのがわかった
  不定形に流動し続ける何か 境涯のような何か
 なんだろうか

 あ アミガサダケだ!
 その一瞬のカタチをやみくもに捕らえ
 咄嗟に口にした途端に直ちに
 別の名辞に
 訂正しなくてはならない何か
 それが今日からの
 私のなかの彼である


 天降る   金堀 則夫

 遠くまで
 昇ってきたみちすじは 蛇行する川
 いつのまにか わたしは背にしてひっぱってきた
 川の流れとともに龍となって
 わたしはここまでやってきた
 天の川から
 見上げるこの絶壁は
 この大岩は なんだ
 近くで見る
 この壁の向こうのいただきは
 哮が峰 ニギハヤヒノミコト
 このむこうの そのむこうの空から
 はるか遠い葦原中国から
 やってきた
 天のいただきだ
 そこに
 お前たちは なんのために
 石を切り出し 持ち運んだのだ
 残骸の絶壁は 大岩となって曝け出しているが
 絶壁には 神々のお姿やお顔が浮かび出ている
  壁からひとりの男がやってくる
 石切り場で鑿を打ち続けた あの片目の男が・・・
 いや 違う ここにおられるのは
 わたしの眼にしたものは 間違いなく
  一つ目片足のアメノマヒトツノカミ
 鍛治の神だ
 おもわず手を合わす
 大岩は まさに隕鉄ではないか
 壊してきたものの壁は
 ロッククライミングではないぞ
 若い男も 女も のぼるんじゃない
 はいあがるんじゃない そんな手で触るな
  天からやってきた
 もののべの
 神聖ないただきものではないか
 絶壁は 鍛治の恐ろしい
 火を放っている


  モノレール    森田  進

 開通した朝 ぐんぐん延びていく線路

 ビルよりも高く
 龍は宇宙に突入しそうだった

 が
 気がつくと
 始発駅を出て 終着駅へ
 終着駅を出て また始発駅へ

 切符と定期を握った人を詰め込み
 来る日も来る日も ゆるゆると走っている

 いつも
 置いてけぼりのビルと川
 富士山だけが接近しては遠退き 遊んでる

 起伏がない生活

 逸れていきたい

  ほんものの飛龍になって
 大空を翔け回り
  乾いた大地に雨を降らしたい

 飛び上がれない 箱の中で
 切符と定期が 思いっきり 行く先を変え
 青空を翔けている

  モノレール 初めて登場した日
 そう言えば
 張り切り過ぎていた

 
 ナイルの川の水を飲んだ者は
 ナイルに帰る  

                   四方 彩瑛
 水が、匂う
 コップに口をつける
 コップの縁についた、水滴
 洗ったときの拭き忘れか
 冷たいほうじ茶を入れる前から、あった水
 その水も一緒に私の体内に入り、
 ずしり、
 と、体が重くなる

 たくさんの場所に、水が残る
 水道の蛇口
  浴槽の底
 炊事場の食器
 それらの匂いが、私の周りにある
 匂いがまとわりつく
 体が重くなる
 道を歩く
 道の底にも、水がある
 流れる
 流れていくと、昔の家に着く
 昔の家の炊事場では
 ふつふつと湯が沸かされている
 コップに口をつける
  縁についているはずの、水滴
 一気に体が重くなる
 匂いが、しない

 けれど
 どんどん重くなって
 私は、水の底へ沈んでいく


 無口な豆    西岡 光秋

  無口な豆は考えた
 わたしの未来は
 豆腐かな
 枝豆かな
  黄粉かな
 いずれにしても
 だれかの味覚の
  役には立つんだ
 まるい
 すべすべした
 一粒の
  愛らしい
 いのちの主張

 それでいい
 それだけでいい

  無口な豆は考えた
  わたしの過去は
  いったい
 全体
 なんだっけ
 ちいさな呟きが
 ほんのり
 そっと
 この日本の国の
 一軒一軒の食卓に
  澄ました顔して
 小皿の上で
 ほほえんでいたんだっけ

 それでいい
 ただ
  それだけでいい
 それでいいんだ


 変奏曲 ――いのちの最も若い日に 川中子義勝

 木立が激しく揺れている
 今朝も世界は
 重々しくざわめいているのに
 どうしてだろう
 そのどよめきが聞こえない

 ひとりのひとの
 かなでる巧みにうながされ
 音をたてずに
 木立がみな揺れている
 新しい世界への招きのように

 しずやかに
 かるがると
 さあこの沈黙の彼方に
 鳴り響いてゆけと
  沢山の手が一斉に揺れている

 目覚めよと
 いきなり呼ぶ声が聞こえる
 はるかな高みより
 光の瀑布が
 枯れ骨の野をつらぬく

 辿り着いた果てが
 思いもよらず
 幼い日の風景であったように
  新しい日の歩みへと
 初めの詠唱が還ってくる

  とおい日の
 初めの歩みの初々しさで
 懐かしい旋律がかえってくる
 新しい世界への促しのように
 命がいきなりかるくなる