過去ログ113(2001年〜4月25日)


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2chを見てきましたが 投稿者:Toshy  投稿日: 4月25日(水)22時47分12秒

パンダさんと思しき人が乗り込んでいます(笑)

インターネットも良い仲間と巡り合えるときは(例えばここ^^)すばらしいですが、逆にあのようなこともあることを考えなければなりませんな。

(俺はあまり人のことを言える義理でもございません(苦笑))



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(無題) 投稿者:しうちー  投稿日: 4月25日(水)19時42分11秒

「康煕字典にはその字が音シン 注して水中に柴を積み魚を聚むるな
りとあり漁の仕掛けですね 更にこの柴が節木の略としてフシとも訓じます
 大言海には、しなが鳥猪名のふし原とびわたる雁の羽音おもしろきかな
 拾遺集十 の例歌あります。
土手の實景はわかりませんがさうした節木を伐り出す低潅木林のことでは
ないでせうか

という回答をある方から先ほどいただきました。
「ふしはら」が正しくて「ふじわら」は地元民の発音でした。
参考にはなりませんが、この堤は一キロ限定で名付けられています。
秦氏が人工で蛇行させた土手とも言われています。
土手沿いの地は「梅津」といい、橘三千代ゆかりの地でもあります。

ありがとうございました。ではまた。



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kitunoさん 投稿者:きんたろう  投稿日: 4月25日(水)19時24分41秒

早速勇者ロトさんの国譲りを読んでいただきして有り難うございましたv(^o^)
>(幼稚なkitunoとは違うな〜、感心感心。)
はは^^;;
kitunoさんが幼稚だなんてとんでもないですよ、笑

しうちーさん、こんばんは(^o^)
>山の土手を「ふじわら堤」といいます。
そうだったのですか??
これについては全く知りませんでした。
有り難うございました。

藤原の姓の由来については地名説を私も支持しています。
でも私は鎌足は鹿島に強い関係を持っていると思っていますので、どうしても常陸・下総に注目し
がちになっています。
私の個人的意見ですが、樫原の藤原ではなく、茨城県藤代町こそが藤原の由来なのではないかと思
っています。
ちなみにこの場所は霞ヶ浦の外れに位置しています。
でもこれは私の願望が強く現れた意見ですから...自信度は???です、笑

ところでしうちーさんのトピックに以前書き込んだのですが、昔の国の範囲を決めたその最も大き
な理由はなんだと思いますか??^^

私は人口が基本にあると思っています。
その上に人力の時代におれる人間の移動能力が加味されるのではないでしょうか。
勿論、地形も移動能力に大きな影響を与えていると思います。



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勇者ロトさんの 投稿者:きんたろう  投稿日: 4月25日(水)19時22分38秒

「出雲の国譲り26」をアップしてあります。
みなさんも是非ご覧になって下さいね(^o^)

勇者ロトさんの頭の中ではそれぞれの登場人物達が生き生きと動いているのでしょうねv(^o^)
それがものすごく伝わってきます。

とても素晴らしいと思いました。
下記のアドレスです。

http://www.net-ibaraki.ne.jp/kintaro/roto31kuniyuzuri.htm



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同級生 投稿者:きんたろう  投稿日: 4月25日(水)19時20分44秒

そうなると大阪JF生さんの同級生には江川君がいることになりますね(^o^)
江川卓、幻の350勝投手!!

彼はナイスミドルをやっていますよね。
引退が早かったのでヘルメットによる頭の蒸れが少なかったのが幸いしているかも知れないと思う
今日この頃です(^O^)W

それにしても大阪JF生さんと安部さんの難しい会話には注釈をお願いしたいです、笑



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昨日は 投稿者:きんたろう  投稿日: 4月25日(水)19時16分13秒

うたた寝から目覚めたら夜中になっていました、汗
なみさん、久しぶりでしたv(^o^)
それにしてもなみさんは色々なことに詳しいのですね。
驚きです。
実のところまんだらけについて私は名前すら知りませんでした^^;;

Sinさん、これはむだいではなくむごいですね(洒落になっているのだろうか??)
データの移植は何にしても面倒ですからね。
読んでみてずいぶん一方的な感じがしました^^;;

でもこれでいよいよHPビルダーを心おきなく使う事が出来るようになったのですから(笑)
ポジティブに行きましょうv(^o^)
今度は何処に作る予定ですか??

大阪JF生さん、井沢先生のBBSにあの後で一気に怪しげな書き込みがあふれ出してしまいまし
たね。
一体どうしてしまったのでしょうか??原因は何処なのでしょう??
多分、読者の発作のようなものかも知れませんね??(^^;;

そう言えばとりあたまさんが書かれていた「天下人のなんとか」という本は私の枕になっていました、笑
その内に読み返してようと思いました。

安部さん、さだまさしも昔の映像(クレープの頃かな??)を見るとずいぶん髪の毛がふさふさし
ていますよ(^o^)
私も一年くらい前から抜け毛が多くなりました、泣
これについては内心かなり焦っていたのですが、実は頭皮が湿疹にかかっていたせいだと分かりま
した。
本当に危うい所だったのです^^;;
でも、危機一髪で助かりました。
皮膚科の先生によると破壊された毛根は治らないみたいです??



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安部様、拝復 投稿者:大阪JF生  投稿日: 4月25日(水)19時15分24秒

 TeX の知識は、ほとんど強制的なに必須の分野もありますが、
もし本当に必要なら、指導教授からそう言われるでしょうから
安部様のところでは違うかもしれません。必要度は先輩方にお聞きください。
 基本的な枠組みは Knuth 先生が考案されたころから変化はありませんので、
残念ですがややこしさはあまり変わっていません。
周辺環境は確実によくなっていますが、plain から LaTeX になって、
ややこしさは増えましたから、状況はあまり変わっていないともいえます。
でも、CPUが飛躍的に進化したため、当初のように鈍い反応はなくなりました。
previewer は、自動更新できるものも多いので、校正は楽になりました。
慣れると、文章を打つだけで画面が浮かぶようになります。
(previewerは DVIOUT を使っています。たとえば、次でDLできます:
ftp://akagi.ms.u-tokyo.ac.jp/pub/TeX/dviout/3.12/tex312w.lzh)

 好き嫌いによりますが、数日で使えるようになった人も少なからずいます。
 ただし、一度に覚えようとすると大変ですし、命令をすべて覚えるのは
小生には少なくとも無理です。適当なマニュアルをもらってください。
(HTML形式やPS形式のフリーの HANDBOOK は
http://www.chem.nagoya-u.ac.jp/ike/latex/handbook.html
にあります。)
最初は、礼儀正しい TeX 使い(正統的なTeXファイルが書けるひと)の
ファイルをもらって、書き換えていけば、すぐになれると思います。
(まわりにこのような TeXnician がいると、すぐ質問できるし、
上達も早いです。まずは人脈から・・・。)
それから、できればいきなり LaTeX2e からはじめられた方が
いいかもしれません。TeX for Win はそれに対応していないか、
競合する可能性があります。ご注意ください。
(きんたろう様、ローカルネタで勝手にもりあがって、どうもスミマセン。)



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大阪JF生さんありがとうございます 投稿者:安部奈亮  投稿日: 4月25日(水)13時05分37秒

やっぱ論文はTexで書かないとカッコ悪いんですね。
私はどうしても必要に駆られない限りやる気の起きない怠け者なので、どうもコンピュータのことはさっぱりです。学部1回生のときにTexをやらされたのですが、全部入力し終わるまで、文章の完成した形が見られないのがややこしくてやる気を消滅させてしまいましたが、最近ではそれは改善されているのでしょうか?
ともあれ、研究室においてある、Tex for Winをぱくって、下宿のPCに入れてみます。



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安部様、こんにちは 投稿者:大阪JF生  投稿日: 4月25日(水)12時36分59秒

 お昼休みのひと時・・・。
余計な一言かもしれませんが、
数式を常時たくさんお使いになるなら
LaTeX は覚えておかれた方がいいと思います。
当初不満を言っていた、とある学者集団も
標準的に使うようになっていますから、
結局は慣れの問題でしょう。
小生も便利なのでよく使っています。
(Wordを使うの方が、ホントへたくそです。)
奥村氏のHP

http://www.matsusaka-u.ac.jp/~okumura/texfaq/
など、ご参考までに。



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ゼミが終って一安心 投稿者:安部奈亮  投稿日: 4月25日(水)12時24分48秒

理学部のゼミというと、大抵が英文の教科書の講読ですが、修士になって初めてだから疲れた疲れた。

英語は嫌いではないので、文章を訳するだけなら苦はないのですが、数式を理解するのは面倒だし、何よりも面倒なのはWordで数式を入力すること。長いものになると一つ入力するのに5分かかってしまう。LaTeXを使えるようになって方がいいのかなあ。でもLaTeXのほうがもっと面倒臭いという人もいるけれど・・・
連休に日立に帰れるように、今日明日で来週の分の訳をやってしまわなければ。

嵐山の土手なら有名な藤原さんに関係があるのかなあ。
岡山県には「藤原」という名字を持つ人が多いのですが、こちらは貴族の藤原さんとは関係がないそうです。



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今から 投稿者:きんたろう  投稿日: 4月25日(水)05時02分10秒

また寝ます^^;;



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あっ^^ 投稿者:きんたろう  投稿日: 4月25日(水)04時23分06秒

勇者ロトさんの国譲り26をアップしましたv(^o^)
ほっかほかです。
見て下さいね。
ってどうしてこんな時間なのだろう、自爆^^;;

しうちーさん、こんばんは^^



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きんたろうさん 投稿者:勇者ロト  投稿日: 4月25日(水)02時16分44秒

大物主3のアップありがとうございましたm(__)m

http://www.cam.hi-ho.ne.jp/sakura-komichi/index.html



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おお 投稿者:Toshy  投稿日: 4月24日(火)23時17分52秒

最近「津太夫」も人気サイトの一つになってきました。(^^)
芥川から飛ぶ人、皆様のように歴史のお付き合いで来てくれる人といて、宮城県が生んだ無名の英雄も少しずつ過去の悪評を払拭できそうです。

漂流に関する資料を集めたんですけどね、すごく悲しいというか・・・・
わが津太夫さんたちはよく生きて帰ってこれたと思うと、泣けてきます。

http://village.infoweb.ne.jp/~fwjd2293/tsu.htm



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ふじわら 投稿者:しうちー  投稿日: 4月24日(火)23時13分04秒

こんばんわ、いつもどうもです。
嵐山の土手を「ふじわら堤」といいます。
漢字では署の文字でいえば者の代わりに林を置いた漢字で
辞書にはないのです。その下に原を付けて
ふじわらと読みます。
意味的には分かりますが、藤原という姓の由来を
ご存知であれば教えて下さい。
なんか今ごろひっかかっていますー。



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出雲国譲りの真相 投稿者:kituno_i  投稿日: 4月24日(火)22時42分45秒

久々の25の更新、相次いで26とロトさんも完全復活かな。
すごい長文、さすがロトさんです。(尊敬)
言葉があふれ出て来るみたい。(幼稚なkitunoとは違うな〜、感心感心。)
いつものようにプリントアウトして、しっかり読ませていただきます。
感想は、ロトさんのHPでね。^^

>安部さん
>そうです、私はかなりのおっちょこいなんです。
こういうところに、安部さんの暖かみを感じます。(ふ・ふ・ふ・ふ)
近々、また京都に行く予定です。(今年は、行きたいところに行くことが目標)
(「今までも、十分行っているだろうが!」の声が.....^^;;;)

>なみさん
お久しぶりです。
飛鳥の遺跡は、期間限定でもないみたいですよ。
結構自由に覗かせてくれるそうです。(金網越しですが)
カメラのレンズを強引に金網に押し込んで、写真を撮ってきました。^^;;
飛鳥池遺跡は田畑に囲まれていて出入り自由、「田植えのついでに覗いてみるか」
という雰囲気でした。

そうだ!!今からToshyさんのところにもお邪魔して、プリントアウト!



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PS: 投稿者:大阪JF生  投稿日: 4月24日(火)12時58分42秒

追伸、というほどではないですが。
小生の同学年の有名人も、
掛布、中野浩一などが先陣を切っています。
子供たちから「もうダメやね」といわれてます。



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なるほど 投稿者:大阪JF生  投稿日: 4月24日(火)12時54分06秒

 安部様こんにちは。昼休みにすこし・・・。
なるほど、趣味が渋いのはご両親の影響ですか。
さ○さんも最近はダスキンの人ですからね・・・。
小生も友人の結婚式に、「自分で言いにくいから・・」
とたのまれて、○○宣言をうたわされたことがあります。
これ以降人前で、ギター抱えて歌ったことはありません。
時代が違えば、繁華街に座り込んで歌う仲間に入っていたかも
しれませんね・・・。
また、音楽の話も聞かせてください。
(この前のCCRネタも店員の絵が浮かびましたよ。)
それでは・・・



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さだ○さし 投稿者:安部奈亮  投稿日: 4月24日(火)11時14分01秒

最近フォークの昔の映像が良くテレビに出てきますが、頭のあたりに盛者必衰を感じますなあ(笑)でもさ○ま○しはあんまし変わっていなかったような・・・

家の大学にはさだまさし研なるサークルがあって、そのビラには「決して怪しい集団ではありません!さだまさしを歌うのは恥ずかしいことじゃありません!」と書かれてあった、どういう意味なんだろう?

最近は泉谷しげるまでお茶目なおじさんになっていますね(笑)世の中の風潮でしょうか、それともみんな地はああだったのかな。しかし良く考えてみれば、全部私が生まれる前の話、音楽の趣味はかなり父や母に影響されてます、わたくし。



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皆様どうもです 投稿者:大阪JF生  投稿日: 4月24日(火)09時45分42秒

 輔住様、どうも恐縮です。
最近ご発言の分野はもっとも弱いところ
(といっても強いところなどありませんが)
ですので、ROMして勉強させていただいています。
 きんたろう様、レスもよかったですね。
あまり付け加えることもありませんが、
むこうで挨拶程度はしておきます。
 なみ様、小生は全くの無知でした。
情報ありがとうございました。
そういえば、もう半年近く行ってないなあ・・。
いろいろ変わっているかもしれませんね。
 どうも皆さん、ありがとうございました。



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むだい 投稿者:Sin  投稿日: 4月24日(火)01時58分58秒

下記の事情で色々と変更作業をおこなっていたらこんな時間に・・・
眠いっす(笑)

hello会員のみなさまへ。

いつも「hello.co.jp」にご参加いただき、ありがとうございます。
さて、このたび諸処の事情から、宝島ワンダーネットが提供しておりました
無料ホームページおよびメールアドレスのサービスを、
2001年5月末日をもって停止させていただくことになりました。
ここにお知らせさせていただきます。

hello会員のみなさまには、雑誌『helloコミュニケーション』『始めるインター
ネット ホームページ編』および『宝島社メール』等におきまして多大なるご協
力をいただき、誠にありがとうございました。
今後、宝島ワンダーネットによるコミュニティサイトの運営は、プロバイダー事
業であるtwnサービスの一環として展開していくことになります。 新サービスに
ついてのご案内は、追ってご報告をさせていただきます。
これまでとは違った形で、またみなさまにお会いできることを、スタッフ一同
切に願っております。

なお、無料ホームページ及びメールアドレスは2001年6月1日午前0時をもちまし
てサービス停止となり、サーバーに残存するデータ及びメールはすべて破棄され
ます。
また、みなさまの個人情報も同時に破棄させていただきます。
大変お手数をおかけいたしますが、ご対応のほどよろしくお願い致します。

今夏に新しい企画を立ち上げる予定です。そのときは、弊社ホームページ上にて
お知らせいたします。

平成13年4月20日
hello Webmaster拝

◇──────────────────────────────◇
  運営:株式会社 宝島ワンダーネット 
    〒102-8838 東京都千代田区紀尾井町6-12
          紀尾井町福田家ビル
      e-mail: webmaster@hello.co.jp
      URL: http://hello.twn.ne.jp/
◇──────────────────────────────◇

この件に関するお問い合わせには、一切お答えすることは出来ません。
あらかじめご了承下さい。



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今晩は。 投稿者:なみ  投稿日: 4月23日(月)22時58分46秒

レスをいただいたのに、間が空いてしまってすみません。
タイピングや頭の回りが遅いのも理由ですが、やはり実家で気楽に過していたときのよう
には繋げなくなりました。(当たり前か)

>まんだらけは怪しく無い(笑)
大阪JF生さん、まんだらけの社長さんは、なんでも鑑定団でまんが関連グッズ担当されて
いませんでしたっけ?
今は有名になったまんだらけですが、社長はちょっとあやしげに見えます。(笑)
まんだらけは、社長の趣味が高じて都内で20年程前にこじんまり始めた、だったかな。
時代の波に自然と乗った、んですかね。

>安倍さん
筋肉質の漫画が得意なわけではないのですが、まんが喫茶行ったら空手バカ一代とアストロ
球団が読みたいです。

>ぷにぷに萌え萌え
というと私はドーモ君です。

>桜坂を歌った人の話し。
>それにしてもあの歌は良い歌ですよね。
>もっと歌唱力のある人が歌えばもっとよく聞こえるだろう^^;;と思いました。

しーっっっ。
F山M治は歌唱力をルックスと演技力で補い、SだMさしはルックスを歌唱力とキャラクター
というかトークの面白さでカバーしているというのは公然周知の秘密です。(個人的には
弱点をもネタにしてる方がすきです)

Toshyさん
実は余りロムもしてないので、とんちんかんをまた書いてるかもしれませんが、私は、
まともに諌めたり、指摘するのは逆効果のように思います。
適当に誉めたりして気長に楽しくお守してれば、そのうちまともに相手してしまうひとも
いなくなって、場が荒むのが防げる(これが一番の目的)のではないかなあ。
まあ、あれじゃ誰にもまともに相手にされないって本人が気付けば何よりなのだけど。

>kitunoさんの飛鳥亀型遺跡レポ
羨ましいー。期間限定だったんですよね。
相方は観に行って、おみやげに写真はがきを貰いました。
次に公開される、というか観に行けるのはいつの日か。



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大阪JF生さん 投稿者:きんたろう  投稿日: 4月23日(月)22時43分38秒

お褒めいただいて恐縮です^^
輔住さんも大阪JF生さんの文章について私と同じように感じているようですよ、笑

ところで先ほど帰宅して井沢先生のBBSを見て来ました。
タケちゃんの丁寧な挨拶が書かれていましたがあのような書き方だとやはり読んでいても心地良い
ものですよねv(^o^)

はは^^;;安部さん、そうです。
でもおっちょこちょいくらいの方が私は好きです^^
実はアップまで黙っていようと思っていたのですがフライングしますね。
すでに安部さんから「尊王思想編」について大幅な変更の原稿がフロッピーで送られて来ています。
皆さん、楽しみにしていて下さいねv(^o^)
かなり大量なのでもう少し後になる予定なのですが...
なお、安部さん自身が先日書かれていますが、現在安部さんは以前のようにインターネットに常に
アクセスできる環境ではありませんのでご了承下さいね。



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橋本さん人気ないなあ(笑) 投稿者:安部奈亮  投稿日: 4月23日(月)19時11分12秒

倉敷から出てきてるから応援してるんですけれどね、やっぱり岡山の政治家は有能だけれどここ一番で人気がない(笑)。

李総統が診察に訪れる倉敷中央病院は、祖母のうちから歩いて30分くらいのところにあって、私の妹と弟もここで生まれています、倉敷の中で一番大きい病院です。岡山大学と川崎医大があるおかげで岡山市と倉敷市はそこら中病院だらけです。



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あっそうか! 投稿者:安部奈亮  投稿日: 4月23日(月)19時00分09秒

葉書には差出人住所を書く場所がないから名前を書き忘れたんだ。ということはきんたろうさんに出したのも差出人不明だったのですね(いやそれどころか親戚一同に出したのにも書いてなかったはず)。失礼いたしました。きんたろうさんとkitunoさんは私の筆跡を知っていたから分かっただろうけれど、ロトさんには手紙を送ったことがなかったから分からなかったんですね。

そうです、私はかなりのおっちょこいなんです。



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きんたろうさん 投稿者:輔住  投稿日: 4月23日(月)17時30分35秒

>ブギさんという方が詳しそうですね?
そんな感じですね。楽しくなりそうですね。

大阪JF生さん
>小生の文章は直情的で、トラブルの元ですね。
そんなことないですよ。私は好きですよ!大阪JF生さんの文章!



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きんたろう様、お恥ずかしい・・・ 投稿者:大阪JF生  投稿日: 4月23日(月)16時56分43秒

 ご意見いただきありがとうございます。
うれしいながらも少々褒めすぎていただいて、恐縮です。
小生こそ、きんたろう様の温和かつシビアな
(これは両立が難しいのですね。すごいです。)
文章にあこがれています。
小生の文章は直情的で、トラブルの元ですね。
(イラチの大阪人丸出し! 例のグループも関西系ですし・・・)
加えて、必要事項しか述べない理系の悪癖もあるのでしょう。
(もちろん、理系の皆さんが皆そうとは言いませんが。)
論文チックなまじめな文章より、余計なことを書かざるを得ない
パロディーのほうが向いているのかもしれません。
キャラ設定のミスかな・・・? 笠男の方が実態に近いのでしょう・・・
どうも失礼いたしました。
それでは、明日まで井沢BBSの反応を待ちます。
といっても、ご本人は沈黙されるかもしれませんね。
実は、本当に笹本氏の息子さんや娘さんのようにも思いますが・・・。



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今週号の週刊ポストを読みましたv(^o^) 投稿者:きんたろう  投稿日: 4月23日(月)13時01分30秒

そうしたら逆説の日本史は来週の連載から「織田信長編」に入るようですね(^o^)
これはとても楽しみです。

kitunoさん、治ってきて良かったですね。
大洗の磯前神社と鹿島神宮間では出雲の浜で行われたとされている??^^行事を毎年行っています。
これは不思議ですよね。
いかに常陸国と出雲が密接な繋がりが合ったかを想像出来ます。
とても楽しいですよね、笑

Toshyさん、ふぇぉーらむに一言書き込みましたv(^o^)
とりあえずの一発目です、笑
ブギさんという方が詳しそうですね??
あの方はどのような人なのですか??

大阪JF生さん、早速井沢先生のBBSを見てきました。
この土日の間に一気に書き込みがありましたね。
ちょっとびっくりしました^^;;

なるほど、大阪JFさんの説はすごいと思いました。
そうなんですか、新書がていたのですね。
私も中央公論新書はよく手にするのですが近所の本屋には無かったようです??(;^_^A)
単なる見落としかも知れませんが...??笑

いつもながら大阪JF生さんのように知的で論理的な文章に憧れてしまいますv(^o^)



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きんたろう様、皆様へ 投稿者:大阪JF生  投稿日: 4月23日(月)10時04分23秒

 きんたろう様、お返事ありがとうございました。
上品な紳士程度では物足らなかったかもしれません。
(武田家の晴信は苦しかったですか?)
でも、大先生には通じたようですので、あまり反応は
なかったのですが、一応の役目を果たしました。
小生も、そんなに悪い方ではないと感じていましたので、
あそこまで感情的になる理由がわからなかったのです。
今回、休み中に調べたことをネタにして、
小生なりの推理を井沢BBSに書いてみました。
また、ご意見お聞かせください。



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kitunoさんしばらく 投稿者:Toshy  投稿日: 4月22日(日)23時59分39秒

それにしても。
意外と安部さんはおっちょこちょいな一面をお持ちのようで安心しました(笑)

http://village.infoweb.ne.jp/~fwjd2293/index.htm



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お久しぶり^^ 投稿者:kituno_i  投稿日: 4月22日(日)22時35分37秒

お陰様でだいぶ回復してきました。
ご心配をおかけしました。

久しぶりにきんたろうさんの掲示板を読みました。
安部さん、復活なさっていたのですね。
私の所にも京都のルクセンブルグから差出人不明の絵はがきが届いていました。
ありがとう。^^

織田信長の話でこんなに盛り上がっていたのですね。
たくさんの書き込みでなかなか読み切れませんので、コピ−させていただいて
じっくり勉強させてもらいます。

腰を痛めている間、常陸の神社の縁起についての本を読みました。
常陸って、出雲神話のオオナムチやスクナヒコナ、ヒトコトヌシの復活の地
だったのですね。

私のHPに「kitunoの旅−飛鳥編−」をアップしました。
昨年、発掘調査された「飛鳥亀型遺跡」のミニレポ−トです。^^;

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/8918/asuka.html



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織田の弱兵について 投稿者:きんたろう  投稿日: 4月22日(日)21時37分18秒

先日安部さんも書かれていましたが、織田軍の兵士は弱兵であると言われていますよね??
これは上方兵は弱兵であると言われていたのがいつの間にか尾張も上方であると認識されていった
為なのでしょうか??

私の記憶では元々は尾張兵が弱兵であるとは言われていなかった筈なのです^^
ところが信長の勢力が増大するにつれて織田軍は弱兵であると言われてきたように感じています。
これは面白い現象ですよね、笑
勢力を増す=強い事なのに正反対に言われるようになったのですから...

以前この原因について私なりに考えたことがあります。
恐らく最初に信長の戦略として「信長軍は弱い」と自ら風潮した事があるのではないでしょうか??
このように考えると、信長と全面衝突した相手がことごとく滅ぼされて来た理由が分かるような気
がしています。
信長軍は強力であると相手が認識しているのであれば、相手はハリネズミのように山城に籠城する
手段を選択したはずだと思うのです。

信長軍とは容易に戦い勝てる相手だと相手に思わせて戦場に引っ張り出す信長の戦略ではなかった
かと思っています。
そして相手はまんまと騙されてのこのこやって来るわけですね、笑

専門の訓練を受けている兵士の方が農民の次男坊以下がかり出された兵士よりも強いのは当然です。
なにしろ信長軍の兵士は他国の兵士たちが農作業をする時間を訓練に当てる事が出来たのですからね^^

時代はこの後徳川氏の移ります。
徳川譜代は自らを勇猛な三河兵と言いましたが、それまで何かと頭を押さえつけられていた尾張兵
については自分たちよりも更に強かったとは言いたくなかったのではないでしょうか??

このように元々は信長一流の情報戦略として使われた「信長は弱い」と言う言葉が江戸時代にねじ
曲げられてしまったのではないでしょうか。



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如水の兵力 投稿者:Sin  投稿日: 4月22日(日)02時06分31秒

Toshyさんの言われるように、8000から10000ぐらい
が募兵の時点で集まったと思います。
その後大友義統を下し、彼が率いていた軍勢を吸収した時点での
如水の兵力は13000前後とみます。
関ヶ原戦終了時点での如水の兵力はこのぐらいではないでしょうか?
ここに加藤清正の兵力を加えれば、家康が関ヶ原で大負けしない限り
九州を制圧することは十分可能かと・・・



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了解^^ 投稿者:きんたろう  投稿日: 4月22日(日)00時29分10秒

ふぉーらむですね^^
Toshyさん、分かりました。
見に行きますね。
最近覗いてませんでした^^;;
あの頃とはメンバーも替わってしまったのでしょうね??



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勇者ロトさん 投稿者:きんたろう  投稿日: 4月22日(日)00時11分33秒

早速アップ分を見ましたよ^^
さすがですね。
皆さんも見て下さいね。
下記のアドレスです。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/9796/sinanogogen.htm



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安部さん 投稿者:きんたろう  投稿日: 4月22日(日)00時07分46秒

>関東武士は義経はただの曲芸師くらいにしか見られていなかったのではないかと私は思うのです
>がどうでしょうか?
これはなかなか面白い視点だと思いました。
ついでに平家の敗因もまた、関東武士の「将を射る前にまず馬を」という技量不足を補う為の「何
でもあり攻撃^^;;」によるところがあるように思っています。

織田と武田の違いとはつまり織田以外の全てとの違いと言い換えても良いように思っています。
戦国大名とは国人の上に乗った組織だったとみる事が出来ると思うのです。
数値化を例えるなら、信長の跳躍力を10メートルとすると信玄は8.5メートルと言ったところ
でしょうか??笑
当時の平均値が3メートルとすれば信玄はとてつもなくすごい人物だと分かります。
でも、絶壁の幅が10メートルあったので、これを飛び越えることが出来たのは信長だけだったの
ですねv(^o^)



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あ、そうそう 投稿者:Toshy  投稿日: 4月21日(土)23時47分12秒

安部さん、うちで難しい話のフォロー、ありがとう(笑)



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俺は今 投稿者:Toshy  投稿日: 4月21日(土)23時44分58秒

ふぉーらむの環境問題を解決するため輔住さんと共に乗り込んでいます(笑)。きんたろうさんも援軍に来てください。

安部さんの説明を読んで、織田信長の成功と「土地問題」の関連に確信が持てるようになってきました。ほとんどの戦国大名が第一次産業の考えを持つ人たちだったのに対し、信長は第三次産業であると思います。城を築くにしても、ほとんどが軍事的な要因で守りやすい山城であったのに対して、安土城は琵琶湖を睨んだ平城で、湖の制水権を得て商品流通を独占した形です。

あと、「先方衆」という言葉があるけど、ほとんどの戦国大名のように本拠地を中心に領土を広げていくと、新しく版図に加えたところの国人をそのまま傘下に入れていますけど、これは独立性がある程度保てます。

信長は常に最前線に移り先頭に立ってきましたから、このような土地と密接な関係を持つ国人がいなくなったということでしょうな。

ちょっと調べてきた言葉を。
・本貫地支城=土地を支配している有力な国人をそのまま傘下に入れる。
 秀吉が有力大名を従えた形に似ている。
・在番支城=上記の本貫地支城から切り離され、別の城に移される。
 それまでその土地と密接につながっていた国人豪族の独立性が弱まる。

http://village.infoweb.ne.jp/~fwjd2293/index.htm



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ついでに(笑) 投稿者:きんたろう  投稿日: 4月21日(土)23時13分50秒

細かいことを挙げれば、最初に登場したとき(別HNでしたが)「信長は600万石」と書かれて
いますが、これは??ではないでしょうか。
私も以前に信長の領国の石高を調べたことがありますが、石高に換算すると450万石〜500万
石以下だったと記憶しています。
もっとも江戸時代には生産力が増加したことは間違いがない事実だと思いますが...
いずれにしてもあの数字は信長と同時期の石高ではないのかなと思っています。

二十四将にしてもこれだけ人数がいれば24人全てが決定している訳では無いのですよね、笑
この辺りの文章もちょっと変でした。
さらに信長や秀吉に対する部分の基本的な認識がちょっとおかしかったようですね??

最初の趣旨がピンぼけだったのでよく分からなかったのですが「能力主義」に関して言えば元々戦
国時代とは「能力主義の時代」と評されているわけですからこの時代に名を残した大名とはすなわ
ち能力主義の時代に対応できたという事ですからね、笑
程度問題なのは当然なのです。

その様な中でも信長の組織のように才能だけであれほどのし上がることが出来たところが他にあっ
たのかという点が趣旨だと思っています。

信長との比較や、井沢先生への難癖^^;;ではなく、「私が知っている武田家」といった趣旨で
書かれたならば良かったのにと思いましたv(^o^)



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:^^d@f@y 投稿者:きんたろう  投稿日: 4月21日(土)22時53分02秒

遠山の金さんについてちょっと調べてみると以下のようにありました。
名は景元(かげもと)、左衛門尉。
小普請奉行・勘定奉行公事方(くじかた)を経て、1840年北町奉行。
天保(てんぽう)改革の主導者水野忠邦や南町奉行鳥居耀蔵とは親密ではなかったようです。
いったん大目付に移されましたが、忠邦失脚後の1845年再度南町奉行。
名奉行として、大岡忠相と並称されています。

こんな有名人が係わってくるとは不思議な感じがしていますv(^o^)

大阪JF生さん、「小咄」を読ませてもらいました^^
とても面白かったです、さすがですね。
タケちゃんの書き方では確かに大阪JF生さんが言われているように情緒不安定のように受け取ら
れるのは当然だと思います。
私も感じました^^;;
また、分身の術を使おうとしたのも不評の原因だと思いますね。
特にあのへんてこな書き方は止して欲しいと思っています。
普通に書くべきですよね^^

Toshyさんの言われるように本当はそんなに悪い人ではないと思っているのですが...笑



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えっ!? 投稿者:安部奈亮  投稿日: 4月21日(土)13時05分28秒

それは失礼しました。



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はがきはきたのですが 投稿者:勇者ロト  投稿日: 4月21日(土)12時18分02秒

差出人不明でした(^.^)
これで、納得できました。



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組織の存在目的が違うのだと思います 投稿者:安部奈亮  投稿日: 4月21日(土)11時29分08秒

織田政権を支持するのは、治安が安定して、人と物の行き来が自由になることによって得をする商人や職人、それと織田政権のもとで一旗あげようと思っている兵士や官僚。

それに対して、他の大名を支持しているのは国人達です。

織田政権を支える人にとっては、領土が広がれば広がるほど利益になる。拡大志向の組織です。市場は広がるし、政権の安定感も増すので、庶民は儲かる。また兵士達は絶えず戦争がないと儲からない。

それに対して、武田とか上杉とか北条とかは,地域ごとに一まとまりになることが出来れば、国人の生存は保障されるから、それ以上広がることには意味がない。河川の改修なんかは、全員でお金を出し合って、大名に頼んでやってもらうことには意味はあるわけですが、それ以上の干渉は許せなかったでしょう。

他の戦国大名も、市場が統一されることによる利益には気付いてはいたでしょうが、やはり織田信長が髪型を押さえているのは大きいでしょうね。日本の経済は上方を中心に動いていたから、上方と一体になるほうを町人は望むだろうし、その圧倒的な経済力には地方の大名は太刀打ちできない。

こう考えると、九州と毛利と南蛮商人の関係がクローズアップされても良いかなと、
日本の銀は当時世界経済を動かす重要な要素でした。一時期は世界の銀の生産の半分を占めていたこともあります(10年くらいでしたが)。世界最大の経済規模を持つ中国で銀が通貨であったからです。しかし中国では銀は余り取れない。で、南蛮商人が中南米と日本の銀を中国へ輸出していた。九州や毛利は上方と一体になるよりも、東アジアとスペインポルトガルの経済と一体になる選択肢もあったかもしれない。

それと織田信長に対抗しなければならなかったのは、イデオロギー的に対立していた一向宗でしょう。織田信長は、織田政権以外に庶民が政治的につながることを許さなかった。それを許すと国人一揆や土一揆や一向一揆という横の連帯が生まれてしまいますからね。一揆というのは自力救済です。室町時代は日本史上自力救済が最大限に発揮された時代です。織田信長が目指した法による支配は自力救済の対局にあります。問題があったら、それは庶民が織田政権に訴えて解決すべきもので、数を頼んで無理を押すのは許されない。



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ロトさん葉書とどきましたか 投稿者:安部奈亮  投稿日: 4月21日(土)10時57分44秒

オランダとベルギーとルクセンブルクに先月卒業旅行で友達といってきました。

かっこよくAIR MAILにしたかったのですが、住所録忘れていたから左京区からになってしまいました。

とても楽しい旅行でしたよ。

Toshyさんありがとうございます。
しかし武田型の大名や国人達にとっては、織田信長はとんでもない大魔王に見えたでしょうね。生活基盤を奪って、自分達だけ儲けようとしている、ように見えたと思います。



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きんたろうさん 投稿者:勇者ロト  投稿日: 4月21日(土)10時24分27秒

メール確認しました!お手数おかけしました。



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プレゼント 投稿者:勇者ロト  投稿日: 4月21日(土)10時08分59秒

ただいま下記で、第四回プレゼント企画実施中です!

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よろしくお願いしま〜す(^o^)



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タケさんが 投稿者:Toshy  投稿日: 4月21日(土)00時42分54秒

撤退宣言を・・・彼は意外といい人でしたね、去り際。

http://village.infoweb.ne.jp/~fwjd2293/index.htm



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安部さんありがとうございます。 投稿者:Toshy  投稿日: 4月20日(金)23時57分25秒

やはり「土地」というものに密着した武田らしいという感じですね。
一方の信長は土地を離れた思考の持ち主だからこそ、
京都一直線の国替えを実行できたのでしょう。



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安部さんに質問 投稿者:勇者ロト  投稿日: 4月20日(金)20時54分16秒

最近、ルクセンブルクに行った?????

http://www.cam.hi-ho.ne.jp/sakura-komichi/index.html



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Toshyさんへ 投稿者:安部奈亮  投稿日: 4月20日(金)12時37分05秒

武田家というのは、このような小領主の集まりで、その小領主が生存して行くために作った集団だから、譜代の家臣、つまり既に甲斐と信濃に土地を持った人しか参加できないのですよ。新しい人材を採用しようとしたら、既に決まっている土地の配分を再分配しなければ行けないから、小領主達がそれを許さないのです。

織田信長が、いわゆる織田信長方位網のせいで、近畿一円で総スカンを食らった時期があるじゃないですか。それは近畿地方の小領主達が、織田信長が自分達を兵士か、官僚か、武力を剥ぎ取った農業経営者、にしようとしていることに気付いたからです。前も言ったように、室町時代の守護大名は、みんなそれに失敗してるんです。戦国大名はそれを見て兵農分離や新参者を取り入れる怖さを知っているのです。貫徹したのは多分織田信長だけです。

だから織田信長はあれだけ血を流さなければならなかった。

その代りその後には安定した時代が来るのです。江戸時代260年の平和の基礎を作ったのは、織田信長ともいえるのです。武器を持ったのは兵隊だけ(といっても江戸時代も農民も兵器はもっていましたが)、農民や町人は専門化した武士に治安を守ってもらえるので、生産や流通に専念できる。官僚も専門化したので、高度な政治が出来る。海外に対しても、政治意志を織田信長(あるいは徳川政権)に一元できたので、ちゃんと外交も出来る。



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織田と武田の違いは 投稿者:安部奈亮  投稿日: 4月20日(金)12時24分09秒

織田信長が、武士を土地から離して、領国経営をする官僚と戦争をする兵士に専門化させようとしたこと(これは江戸時代に完成する)
武田信玄の方は、室町時代を引きずっていて、国人の一揆の上に乗っかった盟主だったことでしょうか。

武田信玄の家臣というのは、一兵卒に至るまで自分の土地を持った農業経営者で、自分の土地を守るために武田家に協力しているのですね。それに対して、どこまで専門化が進んでいたのかはまだ分からないそうですが、織田政権では兵士は専門の兵士だからサラリーをもらうためだけに働いている。国民兵よりは傭兵が弱いのは当たり前で、織田の兵士は実際弱かったそうですね。でもその代りいつでも戦争が出来るし、機動力も大きい。この辺のことは皆さんの方が詳しいと思います。

社会体制まで含めれば織田信長と武田信玄の差は歴然としているのですが、武田研究家の人は、武田の家臣も織田の家臣もそのような社会から切り離されて、能力を数値化された人材だと思っているのでしょうか?確かにコーエイの「信長の野望」みたいに、数値化された能力だけ考えれば織田信長と武田信玄には差がないように見えるけれども、一人一人の人間が背負っているものまで考えれば全然違うのは当たり前なのですが。



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まあ強いといっても 投稿者:安部奈亮  投稿日: 4月20日(金)12時09分54秒

京都と地方を行ったりきたりしているような人たちが一番強かったのでしょうね。
ずっと京都にいる武士は武芸の家元と化していたそうですから、実際の戦闘はそんなに強くなかったでしょう。

剣道の師範よりもヒットマンの方が人を殺すのは上手だけれど、多分ただのヒットマンよりは剣道を習ったヒットマンの方が強いでしょう。

鎌倉時代まで野武士は、武芸の芸能者の面が強かったそうです。芸能者である以上、一番芸に秀でたものについていく。私は源平合戦の細部は良く知りませんが、源頼朝は傑出した政治能力以前に、弓矢馬術といった武芸は並ぶものがなかったそうですね。関東武士は、まず始めは頼朝のその武芸に惚れ込んでついて行ったのではないかと私は思います。それに対して源義経は、あまり力はないですよね。まだ武士には戦術で勝つといった考えはなかったので、関東武士は義経はただの曲芸師くらいにしか見られていなかったのではないかと私は思うのですがどうでしょうか?曲芸師が運に任せて手柄を全部持って行ってしまった(関東武士の視点)、だから誰もついて行かなかったのではないかと。



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お許しを・・・ 投稿者:大阪JF生  投稿日: 4月20日(金)10時11分46秒

 すみません、お断りなしにくだらない読み物を
井沢BBSに出してしまいました。
配役にご不満があると存じますが、事後承諾で、
お許し願います。



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如水 投稿者:Toshy  投稿日: 4月20日(金)09時54分29秒

いや、司馬遼太郎の小説を読んだ時は、俺も同様の錯覚に陥っていました(笑)聞く話では曖昧な態度だといわれていますが、息子が東軍についているから、やはり東軍だという姿勢を見せていたと思います。
遠山の金さんの因果関係はわからないっす。・・・俺も資料に金さんが出て来た時は驚きました。

http://village.infoweb.ne.jp/~fwjd2293/index.htm



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安部さんの 投稿者:きんたろう  投稿日: 4月20日(金)02時22分53秒

書かれている「京都の武士は強かった」はなるほどと思いました。
私も輔住さんと同意見です。
さすがに京都は日本における唯一の消費都市でしたから他の場所とは違うのでしょうね。
室町時代の人口が30万人くらいはいたようですね。
これはものすごいことだと思います。

京都からその様にして技術的なものが全国に広がっていったのでしょうね??^^

平将門の頃を調べてみると、豪族の館を中心に住まいが立ち並び彼らはほとんど自給自足的生活を
送っていたと見られています。
武具などの工房をつくる職人もまたいたようです。

大阪JF生さん、ほっと一息ついてもらえるのは私も嬉しいですよ^^
井沢先生のところではすみませんでした^^;;
私が書こうとしていた内容も皆さんが書かれた事と同じ様な内容でした。
それにしてもタケちゃんはToshyさんにあれだけフォローをしてもらっているにもかかわらず
一言もありませんね^^;;



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なみさんの 投稿者:きんたろう  投稿日: 4月20日(金)02時17分57秒

書き込みをみて思いだしたのですが、桜坂を歌った人(顔はすぐに分かるのですが...自爆^^;;)
も長崎の出身者だと先日分かりました。
それにしてもあの歌は良い歌ですよね。
もっと歌唱力のある人が歌えばもっとよく聞こえるだろう^^;;と思いました。
同じく長崎出身のさだまさしの「案山子」は私の持ち歌です、笑



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大阪JFさん 投稿者:きんたろう  投稿日: 4月20日(金)02時16分38秒

輔住さん、安部さんのまんだらけネタに抗しきれず(笑)またまた古本屋でジョジョ21−28巻
を買ってきてしまいました^^;;
さらには何となみさんまでも!!(^O^)g

古本屋は昔から有りましたが、古本の漫画本取扱店がこれほどはばをきかすようになろうとは..
今日買った本は今度の土日の楽しみに取っておこうと思っています、笑

何しろ8時半頃に寝ろんでいたら気が付いたのは12時半を過ぎていました^^;;
ちょっと疲れ気味かな??と思いましたが、飲んだので眠くなっただけです。



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如水 投稿者:きんたろう  投稿日: 4月20日(金)02時13分07秒

の主な城取の成果は関ヶ原後に行われたのですか??
それは知りませんでした^^;;
有り難うございました。

あの頃になると各自が戦況をシミュレーションを演算してしまったのでしょうか??^^;;
勝敗が意外とあっさりしたものになって来ますよね、笑
将棋の有段者のように何手も先を読めるような錯覚に囚われていたような気もします。
これも一種のマインドコントロールなのでしょうか??

如水にしても蜂須賀にしても生駒にしても、彼らに対してはあの太っ腹のイメージの秀吉にしては
予想外にシブチンですよね^^;;

ところでToshyさん、ロシアとの交渉をしたのがあの遠山の金さんだったとは予想外でした。
彼が町奉行になるのはこの後なのですか??

話は前後しますがすみません^^;;
ところで、如水は東軍であると初めから旗色をはっきりと示していたのでしょうか??
普通に考えれば15万人もの軍勢が戦ってたのに、その勝敗が僅か1日で決するとは思いませんよね??^^



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