過去ログ117(2001年〜5月31日)


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音楽教育も 投稿者:Minstrel  投稿日: 5月31日(木)15時34分50秒

皆さんのお話しは面白いですね。教育に関しては私も言いたいことが山ほどあります。安部さんが国語教育に関して話されていますが、私もまったく同感です。
私は音楽がとても好きなのですが、音楽を通して表現の自由や個性、表現方法を知りました。音楽は完全独学です。
ここから、音楽以外のジャンルにも興味を持つようになります。文学にも興味を持ち、文章を書ける(書いても良い)気になれました。これは学校教育によるものではありません。

イキナリ文学作品を書けないのと同じで、音楽の授業でも交響曲を聴かせて「どんな感情を表しているか」みたいなことを聞きます。これも無理な話しだと思います。
そんなことより、「どうして悲しいメロディに聴こえるのか」とか「この音を1音変えるだけで元気なメロディに変わる」とか教えた方がよっぽど興味が持てるのではないかと思います。
「芸術は感情を表現する」みたいなことばかり言われた気がしますが、表現するための具体的な方法をもっと教えた方がいいのではないかと思います。
メチャクチャな絵を見て「芸術的だ」と言う人がいますが、それは「芸術=理解不能なもの」になってしまっているからではないかと思います。絵にしろ音楽にしろ(他もそうですが)最低でも小中学校で9年の習うのですから、その間に「絵の善し悪し」も「和音の理論」も全く知らなかった私は何なんだ、と思います。^_^;
アメリカの学校でまともに音楽を習った者は、曲の伴奏くらいは簡単に弾けるようになると聞きました(ウソかもしれないけど)。曲の簡単な伴奏を覚えれば、作曲も出来ます。音楽についても学校教育で得た知識が役に立ったのは、ずーっと後のことでした。

小学校の教科書がどんなものか、今はよく知りませんが、子供が小学生になって、その教科書を見るのが今から楽しみです。



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もし孔子が攻めてきたら? 投稿者:安部奈亮  投稿日: 5月31日(木)13時03分34秒

きんたろうさんがいうようなことは江戸時代の儒学者の間でも起こっています。

もし,孔子が大将になり,孟子が副将になって日本を攻めてきたらわれわれはどうするべきか?

儒学者の中には「俺は武器をとって戦う」という人が多かったですが(山崎闇斎),中には「解放軍として迎え入れるべきである」と述べている人もいます(佐藤直方)。

面白いですね,というか日本人の外国や外来思想に対する考え方は400年間何も変わっていないです。



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私が左翼の人たちが嫌いなのは 投稿者:安部奈亮  投稿日: 5月31日(木)12時43分10秒

彼らは自己欺瞞の塊だからです。言っていることとやっていること、10分前に話していることと今話していることが乖離している。

大豪邸に住んでいながら,壁に共産党のポスターを貼っている人を見ると「あほかいな」と思ってしまいます。

彼らは外部的自己と内部的自己が乖離しています。外面としての「左翼」はポーズであって,内部には別の自己を抱えています。その内部は国粋的な考えや,挫折や,生活でうまくいかないことでまみれている。それを無意識に押しとどめるために,ますます左翼的言動を強調するという悪循環に陥っており,言動の過激さはその内部矛盾に比例するでしょう。

おそらくこれもまた子供のときに植え付けられたイメージの呪縛であり,子供のときに無理やり仮面をかぶらされ,その仮面が肉に喰い込んでおり,その仮面を剥ごうとすると肉も一緒に剥がさざるを得ない状態にある。



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文章を書くのは楽しい 投稿者:安部奈亮  投稿日: 5月31日(木)12時34分10秒

文章を書くのは楽しいですよね,形になっていないものを形にしていく楽しさがあります。ちょうど粘土細工をしているような感覚にとらわれることもあります。

文章にすることで切り捨てられてしまうものも多いのですが,やはり文章に出来ることの範囲内でしか,その人は論理的に考え,行動は出来ないのではないかと私は思っています。文章にならないことは,まだその人にとって論理の外にあることなんです。それに関しては無意識的に行動することしか出来ない。悪く言えば呪縛で,頭で分かっていてもどうにもならないことに含まれてしまう。だから文章に出来ることは出来るだけ文章にしたほうがいいはず。

テレビの一番の問題点は,イメージで物事を伝えてしまう点です。イメージで脳裏に焼き付けられたことは,いくら論理的に論証されても,取り除くことが出来ない。


今世界中で崩壊しつつあるのは,文章で把握された文化ではないかと私は感じています。


となると,乳幼児の教育は難しい。子供には絵とか音楽とかイメージで物事を伝えるしかないし,そのほうが効果的だけれども,そうやって植え付けられたことは「三つ子の魂百まで」その子の一生を左右する。

そこで大事なのは,昔話なんかを読んで聞かせることだと思います。子供は言葉を知らないのだから本なんか読んでもしゃあないという親がいますが,それは間違っている。それに同じ昔話でも,最近の作家が手を入れた捏造された昔話じゃなくて,昔から聞かされていたもののほうがいいと思う。さすがに生のままのグリム童話を聞かせる気にはなりませんが(笑)

人間は生まれてきたときは白紙ですから訓練しないと感情すら持つことが出来ない。その訓練というのは回りの人たちが人間らしく接するというだけですが,そう考えるとサイレントベイビーなんてこれほど残酷な話もないと私は思います・・・人間らしく生きる権利を剥奪されている,感情を持たされていないから,抵抗すら出来ない。



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作文といえば 投稿者:きんたろう  投稿日: 5月30日(水)22時32分09秒

皆さんは文章を作るのが好きだったのではないかと思っています。
私もそうなんですv(^o^)
何と言っても楽しみながらやることが一番だと思います。

もし教科書をお互いに閲覧し合ったら、中国や韓国のものはあまりにひどい内容なので逆に困って
しまうのではないでしょうか??(^^ゞ)
もっとも歴史的背景なども違いますから、日本の基準で判断されても困るように思われますが...
でも、これは「逆もまた真なり」が当てはまりますよね^^

どちらにしてもこのような干渉行為は国民感情をよくするとはどうしても思われません。



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私の記憶でも 投稿者:きんたろう  投稿日: 5月30日(水)22時29分23秒

「日本史」の教科書の記述は今風に言えば正に「自虐的」のように感じた記憶があります。
あれはひょっとしたら副読本のようなものだったのかな??
あやふやな記憶なのですが...

あのような内容では勉強しようとする意志のある者ほど(本を読みますから)厭になっていくと思
いました。
はっきり言って子どもに偏向した政治的意志を強要しようとする事ほど卑劣な手段は無いと思って
います。
まして事実をねじ曲げる事までして、何でもかんでも日本は良くないと伝えようとするのはまとも
な人間ではとても出来ない事だと思っています。
この発想は邪悪過ぎます。

韓国や中国のように「民族の誇り」を持たせようとする意図の元に(歴史的事実から離れた記述ま
でも、笑)書かれた教科書のほうがまだ素直で判りやすいと思っています。
しかし嘘はだめですよね(^^ゞ)

安部さんの今日の書き込みを読んで、「解放軍」とか「革新」などというような誤った意味に取っ
てもらう事を期待してつけた「固有名詞」を思い出してしまいました、笑

そう言えば朝日新聞はカンボジア内乱におけるクメール・ルージユの大虐殺を「優しいアジア的解
放」と表現していました。
(この話題とは関係なかったですね)



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検閲・・・ 投稿者:Toshy  投稿日: 5月30日(水)22時27分18秒

日本−ロシア史に関して、ロシアから検閲が入っても良さそうなのがレザノフのことです。ほとんどが
「レザノフが長崎の交渉に失敗して、怒りに任せ北海道を襲撃した」
ですからね。ちょっとロシア史を勉強すればわかることなのですが、ロシア学者が率先してレザノフを悪く言っているから話にならない。
リンクを貼っているページでは、レザノフの再評価のためがんばっている先生がいます。

>文章
小学生に難しいことを求めるのは論外で、最初は出来るところから積み重ねて、少しずつ文章力をつけていくものですよね。いきなり高度なことをやらせる教育者が多いのは何故だろう。チェスの世界でも、初心者とまともにゲームをして、相手にやる気をなくさせる馬鹿者がいます。

http://village.infoweb.ne.jp/~fwjd2293/tsu.htm



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まあ私は口を出しても構わないと思いますが 投稿者:安部奈亮  投稿日: 5月30日(水)17時12分17秒

日本も中国と韓国の教科書を検閲できる、というフェアな条件が満たされる限りにおいてですけれどね(笑)

両方とも口出しが出来て、干渉も出来ると言うのなら、それはそれで良いことだと思いますが、今は一方通行ですからね、当然抵抗する権利が我々にもあるわけです。

日本に限らず人間の質が落ちているような気がする。中華人民共和国だって、昔はもっと芯が通っていたような気がするのですが・・・文革とか粛正とか世界戦争とかとんでもない事件はあまり起きなくなりましたが、やることなすことがイマイチ下司になっている気がしますね、日本もアメリカも中国もヨーロッパも、これが平和と言うことなのかも知れません。

それに想像力の限界と言うのもあると思うんです。

日本人はどんなに頑張ってもドラキュラを想像できませんが、ヨーロッパ人もどう頑張ってもお岩さんを想像できないように、想像力と言うのはその民族の伝統や現在の生活にかなり制約される。

「日本軍が残酷なことをした」と言っても、その「残酷」は人を切り刻んだりすることに限られるものではないと思うんです。人が一人も死ななくても「残酷」な行為は有り得るだろうし、例え残酷なことをしたにしても、日本人が狂った時にすることと、中国人が狂った時にすることは違う。

しかし戦争が終ってみると「日本人が残酷なことをした」と言う言葉だけが残って、それを見ていない人はその言葉から想像をしなくちゃいけないんですね。

ほかにも生活水準の違いによる齟齬もありますね。

パターン死の行進だって、車の無い当時の日本人にとってはあれが残酷な行為だとは信じられなかった。しかし車が既に普及していたアメリカ人にとっては、あの距離を熱い中歩かされるのは、処刑に等しかった。

タイービルマ鉄道もそうでしょう、日本人はお国のために例の如く死ぬほど真面目に得意の突貫工事で鉄道を作っただけでしょう。しかしイギリス人にとってはそのような働き方は狂気の沙汰でしかない。無理矢理働かせることによって、自分達を殺そうとしていたとしか思えないわけです。



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これは大変ですね。 投稿者:輔住  投稿日: 5月30日(水)12時42分37秒

>今の作文教育では子供に文学作品を書かせようとします。
文章の書方を教える事は必要だと思うけど、随分、難しい事をやらせる。
税所は英語風の言い方をすれば、5W1Hを簡単にまとめることを
しっかり教えることそちらに重点を置いた方がいいと(それもかなり難しい)

掲示版、または自分のHPでのストーリーガイドや南北朝のことは楽しみながら
書いてますけど、それでも「いい文章が書けた」と思うことはほとんどないですね。
誤字、脱字とか説明が足りなかったかなあとか思うことばかりです。
本当に文章は難しい。
(楽しんでやっている場合ですらそうだから他の場合はさらに...)



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国語教育 投稿者:安部奈亮  投稿日: 5月30日(水)12時17分25秒

理科を勉強すれば、どんなに理科が嫌いな人でも物が燃えるのに酸素が必要なことくらいは覚えます。例えろくでもない社会科だって、それによって日本が嫌いな人が増えれば(間違った目的とは言え)教育としての目的は達しています。

しかし、国語は何のためにやっているのか良く分からない。国語を勉強して、文章を書くのが好きになったり、本を読むのが好きになった人はほとんどいないでしょう。さらに国語は嫌いだけれど、国語を勉強したおかげで文章を上手に書けるようになった、本を上手に読めるようになった、という人もいないでしょう。

つまり、国語と言うのは根本的に教育としておかしい。目的が無いんです。

それにたとえば宮沢賢治の文章は面白いとは言えども、小学生に読ませることに意味があるのでしょうか?あまつさえ、あの何を書いてあるのかさっぱり分からない文章を読解のテストに出すに至っては全く意味が無い。

国語で唯一教育らしいのは古文と漢文の授業です。確かに、古文と漢文の授業を受ければ、古文と漢文を読むことが出来るようになるし、人によっては普段触れることの無い古典に興味を持つきっかけになります。

作文の授業もおかしい。今の作文教育では子供に文学作品を書かせようとします。そんなことは不可能です。「自分の気持ちを正直に」といったって、まず文章の書き方自体が良く分からない子供です。遠足の作文で、日記体の文章を書くなとか、読書感想文であらすじを書くなと先生は必ずいますが、それはおかしい。それは記録文と言う立派な文体の一種ですし、それに始めは無味乾燥な文章しかその子は書けないかもしれないけれども、それで物を書くことに興味を持つきっかけになるかもしれない。先生は子供に文学作品を書かせようとしているのです。そんなこと天才にしか出来ないし、そのせいで子供が作文が嫌いになるのは当然です。

必要なのは、子供が自分の気持ちを整理して、他人に整然とした文章で伝えることが出来る能力を身につけさせることです。読書感想文コンクールで金賞を獲ることではありません。

また、「気分そう快」「そう動」といったように熟語の片方だけを漢字にするのは金輪際止めて欲しい、気持ち悪いです。今はワープロで簡単にルビがつけられるのだし、フォントもきれいになっているからルビのせいで視力が落ちはしない。ルビのせいで視力が落ちると言うのも根拠の無い俗説です。

そもそも総ルビを止めさせたのはGHQとその尻馬に乗った文部官僚です。いつまでもそんな決まりを守る必要はない。



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私のマインドコントロールが解けた瞬間 投稿者:安部奈亮  投稿日: 5月30日(水)12時00分06秒

前にも話したことがありますが、小学生くらいのとき、私はむしろ先生よりも左がかった考え方をしていたんですね、茨城県と言うのは保守県だから20年くらい前にはその手の先生はほとんど駆逐されて残っていなかった。かつての私は先生よりも左寄りでした(笑)

で、小学校の図書室にその手の歴史の本があったんですよ、
それがひどいもので、日本の政府は律令国家から幕府、明治国家、現在の政府に至るまで圧政の限りを尽くしたかのように書いてあった。

さすがの小学生だった私も思ったわけです「そんなにひどい政府ならすぐに滅びるはずなのになんで民衆は2千年も黙っていたのだろう?」

その本が言うに、軍隊とか警察で押え込んでいたからだそうですが、さらに小学生の私は思いました「でも軍隊とか警察だって民衆から成り立っているのだから、あまりにひどい政府の言うことは聞かなくなるに違いない」

20巻ぐらいあったのですが、江戸時代のあたりから変な感じがしてきて、明治時代のあたりで疑いはかなり深まりました。

で、決定的だったのが、日本の歴史なのに延々と朝鮮戦争のことが書いてあって、しかも「韓国の民衆は北朝鮮の兵士をかくまった」と書いてある下りでした。

「さすがにそれはなかっぺえ」

しかし小学生にも見破られるような嘘はつかないでもらいたいものです。



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足利尊氏v(^o^) 投稿者:きんたろう  投稿日: 5月29日(火)23時36分46秒

私は実のところを言えば彼のように人情味溢れる人物は大好きなんです^^

余りあるほどの器量を備えていた尊氏が天下人になるのは当然であるという気がしていますが、彼
がもし家康のような「精神的成り上がり的」狡猾さを身につけていたら、例え南朝を根絶やしにし
ても逆に好意的評価をされていたように感じています。
確かに輔住さんが言われる通りですよね、笑

そう言えばこの前の大河ドラマで北条時行の父親である高時がおまけで出ていましたね^^

ところで、勇者ロトさんの長編小説「国譲り29」を読んでいるとストーリーの中に自分が入り込
んでしまいますねv(^o^)

安部さんの視点は私が見落としている所に焦点を当ててくれているようです^^
教科書問題とは朝日新聞、中国、韓国等の悪意に満ちた「いじめ」に対して、いい加減にしてほし
いという普通の人の感情が高まったものだと思っています。
はっきり言って他国の教科書について色々と口を挟む事は政治的意図丸出しだと思います。

>男女の役割分担の実態と是非を考える分野で、なぜだか従軍慰安婦のことを教えられます
そうなのですか!!
その先生はきっと気違いですね(^^ゞ)
従軍慰安婦という用語からして捏造語ですから...

このような人たちは反戦という大儀名分の為ならば何をしても許されると考えているのでしょうか??
これは目的のためには手段を選ばないという「やくざの論理」そのものだと思っています。



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Toshyさん 投稿者:きんたろう  投稿日: 5月29日(火)23時26分32秒

佐竹は足利尊氏の与力として忠誠心を発揮しました。
これが佐竹復権に繋がったと思います。
ただ、頼みとしている足利家そのものが鎌倉公方とに分かれたせいもあって佐竹一族は分裂する事
になります。

「関ヶ原の戦い」時点における佐竹は内部統一が出来ていなかったようです。
父親の義重は家康を高く評価していましたが息子は三成と昵懇の間柄でしたからね。
義重は自らが百戦錬磨の武将だけあって家康の大将としての能力を高く評価していたものと思われ
ます。

もし佐竹があの時に上杉と一緒に兵を起こせば、家康が率いてきた「東軍」諸将の一致団結は崩れ
た可能性はあったと思いますが、あるいは関ヶ原の戦いへの「行きがけの駄賃」として真っ先に攻
められたかも知れませんね??笑

ここで注目すべき点とは佐竹氏とは戦国大名の中でも最長記録の歴史を持っていた家柄ですから、
常陸国北部に深く根ざした一団であったという事です。
地域密着型の典型とも言える佐竹を迂闊に取り潰した場合は「アングラ組織」が常陸国に生き残る
事になります。
これは新たに統治する者にとって大きな驚異になると思っています。

信長が天下布武を遂行していく途中であのように敵対者が多かった理由とは、組織というものは例
え「非合法」なものになったとしても生き残る事を証明していると思っています。
組織が完全に解体するには「世代交代」の時間を要するものだと思っています。

そのために反乱を起こさずに食べていける程度の領地を家康は関ヶ原の敗者である上杉や毛利、
佐竹に残したのではないでしょうか??



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劉さん 投稿者:きんたろう  投稿日: 5月29日(火)23時15分29秒

推測・壬申の乱を読んでいただきまして有り難うございました。
「玉石混淆」を前から知っていたのですか??
それはすごいですv(^o^)

このページは茨城の歴史や信長の話題以外で私の興味のある対象について書いてあるページです。
と言うよりも私の場合は「勝手に文章がわき上がってくる部分について自動書記」をしている様な
ものなのですが...笑



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次は国語と家庭科を何とかして欲しい・・・ 投稿者:安部奈亮  投稿日: 5月29日(火)15時51分33秒

例の「新しい歴史教科書」自体は私はあまり評価していないのですが、教育が開かれたものになることは賛成です。行き戻りはあるでしょうが、社会科教育はこれからより開かれたものになるでしょう。

この次は誰かに「新しい国語教科書」と「新しい家庭科教科書」を作って欲しい。

国語教育は、日本語を勉強する時間と言うよりは道徳を教え込む時間となっています。別に悪い道徳を教え込んでいるわけではないのですけれどね、でもテストの文章の感想を選択せよ、という問題なんかには明らかに一定の価値観を育てようとする魂胆が見て取れます。文章を書き込む問題にしても、子供は国語教師が喜ぶ答案を書かされます。国語の教科書にしても、日本語を勉強するために適切な文章と言うよりは、ある価値観を埋め込もうとして、文章を選んでいるのは明白です。

例えば、神話なんか、歴史で教えるのが都合が悪いと言うのならば、どの民族でも神話は文字が出来るずっと前から民族の言葉を育んできた物語なのだから、国語で勉強させるのも一つの手だと私は思うんですよ。

北欧の神話とかポリネシアの人々の神話なら教科書に載せてもいいけれど、日本神話を国語の教科書に載せるとなると、多分抵抗が起こるでしょう。そこらへんに国語教育の裏に隠された意図を感じます。国語教育は「修身」の隠し子です。

純粋に日本語の読み書きを教える場にして欲しい。


家庭科教育も、一部の学校では教師が自分の社会観を教え込む場となっています。

男女の役割分担の実態と是非を考える分野で、なぜだか従軍慰安婦のことを教えられます。生活スタイルや住居のことを考える分野で、次から次へと日本企業の悪口を教え込まされます。家庭科は教科書は悪くありません、その代り家庭科の教師が持ち出す副読本に問題があります。私はある副読本の監修者と執筆者に層々たる左翼知識人が名前を連ねていたのを見たことがありました。

家庭かも純粋に生活に必要な技能を教える場になって欲しいです。



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号泣! 投稿者:安部奈亮  投稿日: 5月29日(火)15時32分16秒

来秀代々木の選手村で学会があるので、すぐ近くの神宮球場へ行こうかなと思ってヤクルトの日程を調べてみると・・・


来週は甲子園で阪神戦


神宮球場のすぐ近くに一週間も滞在するのにーーー何故よりによって甲子園、京都にいれば甲子園にいけるのにーーー



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携帯からのとうこうです 投稿者:勇者ロト  投稿日: 5月29日(火)08時04分06秒

きんたろうさん、いつもありがとうございます!いつも、お手数おかけしますm(_ _)m



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きんたろうさん 投稿者:輔住  投稿日: 5月29日(火)07時38分58秒

>逆にそのような無欲の人がゆえに「敵対勢力」を根絶やしにする冷酷さに欠けていた
これが尊氏の魅力の1つですが、これが後醍醐や直義に対して勢力を保持させる
一因でもあり、欠点でもあるんですね。



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中先代の乱〜尊氏挙兵まで 投稿者:Toshy  投稿日: 5月29日(火)00時35分33秒

あまり論じられることのない北条時行(^^)
この中先代の乱の時は、長門でも長門探題北条時直の遺児も建武新政府を覆そうと動きました。鎌倉の残党が多かったというよりも、建武新政府が武士に与える恩賞が空手形に終わっていたから、なのですな。

それで高氏が鎌倉に下向、北条と戦った時成功を収めたのは、高氏が建武の政府に入らず、奉行所をつくり独自の勢力を作り上げたのが功を奏したようです。後醍醐天皇に荷担した武士のほとんどが高氏について鎌倉に向かったのです。

高氏・・・尊氏の反旗は、新田の所領上野に上杉氏を、北畠顕家が管領となった奥州に斯波氏を派遣したところから始まっているので、事実上の独立宣言をしていると見ました。
尊氏が剃髪して恭順の姿勢を取ったのは、やはり「自作自演」よりも「天皇に反旗なし」というところを見せた、つまりじょうきゅうの乱の<天皇自ら兵を率いてきたら降伏する>と似ているかもしれません。
反旗の理由としては、「元弘没収地返付」が物語っているでしょうか。つまりいくら後醍醐天皇を敬愛していても、建武新政の土地政策が多くの武士の反感を招いたため、足利氏はそれを解決するという方針を打ち出したのだと考えています。



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佐竹(^^) 投稿者:Toshy  投稿日: 5月28日(月)23時21分27秒

きんたろうさん、そうですよ!
なんといっても「関ヶ原」で佐竹が西軍につくことを鮮明にしていれば上杉ももっと活動できたし、北関東が動揺して徳川を背後から牽制できたんです。
源平の時も早くから平家と結んで頼朝を攻撃していれば歴史は変わっていましたね。
きちんと旗色を鮮明にしている足利の幕府の時は、佐竹の思った通りの天下の動きになったわけです(笑)



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推測・壬申の乱 投稿者:劉公嗣  投稿日: 5月28日(月)22時21分50秒

リンクの件、有難う御座いました。

白村江の戦いで敗れた日本が、本当に唐・朝鮮連合軍の日本侵略の可能性に
怯えていたとの指摘には、私も大いに疑問を抱いています。まあ私の場合、
この見解は遠山美都男氏の受け売りですが。

実は、「玉石混淆の話題」は随分と前にお気に入りに追加していた記憶があ
ります。確か、「関ヶ原」か「壬申の乱」で検索していてヒットしました。
面白そうな話題があるなあ、と思ってお気に入りに追加したのですが、その
後は最近まで殆ど読んでいませんでした。すみません。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/index.htm



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Toshyさん 投稿者:きんたろう  投稿日: 5月28日(月)21時10分07秒

室町幕府成立頃について超詳しいですね^^
さすがです。
私は現在学習中です、笑
この時期、我が佐竹氏は尊氏の与力として頑張っていました(^o^)
はっきり言って尊氏が強かったのは佐竹がついていたからなんですよ、笑

尊氏はさすがに「器量」が並の基準では計れない程大きいものがあったようですよね??^^
惜しげもなく「報償」を部下に与えたと言われているくらいですから、物欲に関してはあまり持っ
ていなかったと思われます。
この人ならば「自作自演」を自らが行う可能性は低いのではないでしょうか??
逆にそのような無欲の人がゆえに「敵対勢力」を根絶やしにする冷酷さに欠けていた...??

それが「反勢力」の温存に繋がり逆に自らの評価を後世に低くさせたのではないでしょうか??^^;;

Sinさんが言われているのは信玄が考えた「上策」だったように私も感じています。
輔住さんの「妄想^^」が早くアップされることを期待しています。

安部さん、一向一揆が浅井、朝倉の影にあったという意見はとても興味をそそられました。
詳しい続きをお願いします(^O^)g



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更新状況のご案内v(^o^) 投稿者:きんたろう  投稿日: 5月28日(月)21時07分30秒

今日は色々とページを更新しました。
まず安部さんの「尊王思想の研究3」をアップしました。
アップしながら読み返したのですが、さすがに安部さんは鋭いですね^^

次に勇者ロトさんの「大物主へのみち6」をアップしてあります。
いつもの事ながら、勇者ロトさんの溢れるばかりの才能にただ呆れています、笑
勿論今回分もとても面白く読ませていただきましたv(^o^)

そして、強力な論者である劉公嗣さんのHPにリンクを貼らせていただきました。
劉さんの視点はマクロ的な所を特徴にしているように思っています。
私もマクロ的な視点は大好きです(^O^)W

http://www.net-ibaraki.ne.jp/kintaro/sub1.htm



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長浜の博物館で知ったのですが 投稿者:安部奈亮  投稿日: 5月28日(月)16時42分49秒

北近江というのは一向宗が強いところだったそうですね。ですから、浅井氏は朝倉氏との約束を守ったと言うよりは、織田信長につくかわりに国中で一向一揆が起こるか(三河と同じ状態)、一向一揆と一緒に信長と戦うかの二者択一を迫られたのではないでしょうか。朝倉も多分同じではないかと思います。
信長と戦っている間の北近江と越前は、信長に攻められ、それと戦うのが浅井氏と朝倉氏と一向一揆の混成部隊と言う、ほとんど無政府状態だったのではないでしょうか?



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証拠はありませんが 投稿者:輔住  投稿日: 5月28日(月)12時26分20秒

>ある歴史家は、新田義貞が大塔宮と手を組んで足利と戦わなかったのが失敗、と論じていましたが、
この時は後醍醐、護良親王、足利と三つ巴ですから、この時、新田は後醍醐に
近づこうとしたのではと妄想中です。



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尊氏の自作自演の可能性 投稿者:Toshy  投稿日: 5月28日(月)10時18分45秒

これはふと思ったことがありました(笑)

新田と仲が悪くなったのは、上野を自分の領土にしてしまった、つまり新田の領地を取り上げたことからはじまっていますね。新田にしてみれば鎌倉攻めの功を奪われた形になったし、さらには先祖代代の領土も失って、足利には恨み骨髄に達していたようです。
新田は代わりに播磨を得たが、これが赤松と対立する原因に。。。白旗城で苦戦し湊川の大敗を招くことになるのは、ここからはじまっているんですね〜

ある歴史家は、新田義貞が大塔宮と手を組んで足利と戦わなかったのが失敗、と論じていましたが、ここは輔住さんの言うように新田に出遅れの様子なし。赤松と対立する新田が、大塔宮と組むはずもないし。

あと、きんたろうさん、徳川が滅びるのは「仮に」の話ですから(笑)



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クイズの答え 投稿者:きんたろう  投稿日: 5月28日(月)01時01分51秒

「あん」だ、このやろう!!^^

※この問題は勇者ロトさんの掲示板に書いてあります^^



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kitunoさん 投稿者:きんたろう  投稿日: 5月28日(月)00時58分57秒

新島建設おめでとうございます^^
早速見て来ました。
掲示板も新しくなったのですね??

Toshyさん、三方が原の敗戦によっても家康が全領土を失う事にはならないと思っています。
勿論そのままではじり貧状態になっていく可能性が高いとは思います。
しかし、信玄にしても全軍を三河に駐留させることは出来ませんからいずれ退却していく訳ですよね。
Toshyさんが書かれているのも同じようなものだと思いますが、信玄の評価が高いのは信長と
直接対決をしていない事によるところが大きいように思っています。
つまり、信玄が生きていたとしても「長篠の戦い」をすれば同様の結果になったのではないかと思
っているのです、笑

Toshyさん、Sinさん、輔住さん、
皆さん意見が一致しましたねv(^o^)



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輔住さんの 投稿者:きんたろう  投稿日: 5月28日(月)00時56分35秒

最新アップを見て来ました^^
今回書かれている部分について、以前は尊氏の自作自演の可能性が高いのではないかと思っていた
のですが...笑

最近では本当に後醍醐天皇に逆らう気は無かったのではないか??などと考えています。
元々は足利尊氏ファンを自認していたのですが(笑)最近では北条氏ファンに転向していますv(^o^)

勇者ロトさん、メール着信をたった今確認しました^^
これから読もうと思います。楽しみです(^o^)
明日アップしますね。

劉さん、秀吉の矛盾1を読んでいただいて有り難うございました^^
秀吉は家康に対してだけは何故か余りにも好意を持っていたように感じています。
これは家康が信長との同盟を忠実に守った姿を秀吉がよく知っていたからだろう思っています。
リンクを有り難うございますv(^o^)



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たとえ上洛しても 投稿者:輔住  投稿日: 5月28日(月)00時02分04秒

すぐ、甲斐に戻ったはずですから信長とは根本的に違うでしょうね。
京都を取り込んでいくような布告を打つとは思えない。

少なくてもすぐに上洛はしなかった可能性が高いと思う。
(よほど浅井、朝倉が信長を崩壊寸前まで追い詰めれば別かもしれないけど)
遠江や東美濃を固められればよかったという感じかもしれません。



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信玄上洛 投稿者:Sin  投稿日: 5月27日(日)23時48分13秒

私もあの時点ではそれだけの意図はなかったと思っています。
信玄は遠州の領国化を狙っていたのではないかと見ております。

三河に追い込んだ家康を圧迫して「織田家頼むに足りず」と思わせて武田方に
取り込んで信長に対する先兵としたかったのではないかと個人的には思っております。

http://www31.tok2.com/home/sin007/



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信玄上洛 投稿者:Toshy  投稿日: 5月27日(日)23時03分32秒

わしも、その意図はなかったと見ております。
ところで仮に三河で家康を滅ぼしたとして、その後家康にはどのような構想があったのでしょう。

信玄のことだから、浜松に押さえの将を配置して、自分は甲府に戻るのでは。そして10年後、信長によって武田氏が滅ぼされるという運命からは逃れられない。。。。
ただし家康が滅ぼされたことによって後の歴史が変わったことだけは、確か。

http://village.infoweb.ne.jp/~fwjd2293/index.htm



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kituno島^^ 投稿者:kituno_i  投稿日: 5月27日(日)22時30分19秒

「kitunoの空」に新しく島ができました。
できたてほやほや!
...といっても「kitunoの旅」と「お友達紹介」を島にお引っ越し。^^;
でもでも、それだけじゃ寂しいから「万葉集のペ−ジ」も島には作ったよ!!
太子の歌の考察あり!!
そうそう!新しい掲示板も!

島にも遊びに来てね。



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秀吉の矛盾1 投稿者:劉公嗣  投稿日: 5月27日(日)18時23分50秒

秀吉は、家康と比較すると不利な点がありましたよね・・・。
元々譜代大名がいたわけでもなく、子供にもあまり恵まれま
せんでしたし・・・。
秀吉自身の失政もありましたが、死後に家康に政権を奪われ
たのは、仕方のないところもあると思います。

信玄の上洛に関しては、懐疑的な研究者も多いようですね。

リンクフリーとのことでしたので、HPのリンク集に追加し
のした。

「茨城県出身の有名人」はリンクが切れているようです。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/index.htm



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きんたろうさん 投稿者:勇者ロト  投稿日: 5月27日(日)17時53分01秒

メールをお送りしました。ご確認ください(^^ゞ>国譲り



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突然ですが 投稿者:きんたろう  投稿日: 5月27日(日)13時33分14秒

脈絡もなく「武田信玄上洛説」の可能性について考えが浮かびました。
逆説の日本史などでも武田信玄には上洛の意思があったとしていますが、果たして本当のところは
どうなのでしょうか??^^;;

結論から言えば「三方が原」においては少なくても「上洛の意思はなかった」と私は見ています。
武田兵を形成する大部分が農民だったことを考えれば長期戦は不可能だった事は言うまでもありま
せんので、あくまでも武田信玄の意思の程度についての推測です。

確か小説では雑賀衆か何処かの渡辺てんぞうに狙撃されたという説がありましたよね??^^
でも最近では武田信玄の死因を「労咳」とする意見が主流を占めています。

もし武田信玄の死因が狙撃による不慮のものであるとすれば、三河の家康をうち負かした後で信長
と「関ヶ原の戦い」をした可能性は高まると思うのですが...笑

しかし、「労咳説」が確実だとすれば京都までの無謀な戦いをするなど彼の正確からして100%
あり得ないと思われます。
確かに死ぬ前に一度で良いから「武田菱」の旗を京都に靡かせたいという思いは理解できますが、
あの信玄がそんな私情で「武田家」を滅ぼしかねない無謀な行為に出るであろうという考えはおか
しいと思っています。

結局の所、「三方が原」は家康の勢力を殺ぐために三河を攻めたというところが真実なのではない
でしょうか??
勿論、信玄の頭の中にはプランとしては三河を制圧すれば後は信長との直接対決が待っていると思
っていたのかも知れませんねv(^o^)

輔住さん、いよいよ建武の新政における足利VS新田の宿命の戦いの幕開けですね^^
見に行きますね。



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HP更新 投稿者:輔住  投稿日: 5月27日(日)11時54分14秒

足利と新田氏を久々に更新!その8です。

http://www.bekkoame.ne.jp/ha/toutushou/a_n08.html



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開国 投稿者:Toshy  投稿日: 5月27日(日)10時30分42秒

歴史の教科書には、いきなり1825年の外国船打払い令が出てきたり、ぺリーが突然来航して開国を迫ったりと、実態がもう一つつかめないものになっていますね。
日露交渉史については完璧に無視されています。。。最初に開国を迫った国として、もっと扱いを大きくしても良いはず。

歴史は、きんたろうさんがいうように、多くの側面を持っています。あらゆる方向からあますところなく見ていくとおもしろい。もちろんそんなことが限られた人間の頭脳で出来るものでもないけど(笑)

大勢の人には、「津太夫&善六」を押し売りしてしまった感じですが(笑)、お付き合いいただき感謝しています。日露交渉史ですか・・・どうしても漂流民と関わってしまいそう(笑)

http://village.infoweb.ne.jp/~fwjd2293/index.htm



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勇者ロトさん 投稿者:きんたろう  投稿日: 5月27日(日)09時26分25秒

プレゼント企画は大好評ですねv(^o^)
わたしも当たりたいです、笑

Toshyさん、あれだけの内容を調べてアップするのはとても大変だったと思います。
でもToshyさんのおかげで私が今まで知らなかった漂流民について知ることが出来ました。
有り難うございました。
「漂流民」を読んだ人は皆さん同じように感じられたのではないかと思っています。

歴史もまた360度の面を持った「多面体」です。
どうしてもメインの面ばかりに目がいきがちであるのは仕方がないと思いますが、そればかりでは
物事の本質を見逃してしまう可能性があるように感じています。
Toshyさん、今度は日露交流史について書いてくださいv(^o^)



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きんたろうさん 投稿者:Toshy  投稿日: 5月26日(土)17時26分18秒

感想、ありがとうございました。
名もない庶民が、漂流という不慮の事故で歴史の歯車になったことを思うと、
歴史というのは不思議なものだと感じています。
彼はロシアで、自分は<日本人>なのだという主張をして生きてきて、
子孫にまでその誇りがつたわったのでしょう。

http://village.infoweb.ne.jp/~fwjd2293/index.htm



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第四回のプレゼント企画 投稿者:勇者ロト  投稿日: 5月26日(土)14時00分28秒

当選者発表です。
心当たりのある方は下記アドレスからどうぞ!!!

http://wwwcam.hi-ho.ne.jp/sakura-komichi/kousin.html



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Toshyさん 投稿者:きんたろう  投稿日: 5月26日(土)13時21分51秒

善六6を読みました。
47歳でこの世を去っているのは過酷な自然環境や自らが置かれた境遇に対し全エネルギーを燃焼
させなければ乗り切れなかったせいなのかも知れませんね??
でも、函館以降について公式記録に残っていない事がすなわち不幸かと言えばそれは全く別の問題
ですから...

彼は国からはぐれてしまいましたが、ひょっとしたら幸福な家庭を手に入れたのではないか??と
最後を読んで思いました^^

劉さん、こちらも読んでいただいて有り難うございました^^
これはもう少し続く予定ですが止まったままになっています...笑

>桃源郷といえば、実在のモデルがあったのではないか、
>との説を中国の学者さんが提示されていました
面白い説ですね。
もっともその可能性は高いように感じます。



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古事記 投稿者:きんたろう  投稿日: 5月26日(土)13時19分24秒

や日本書紀の編纂動機の最も大きなものとは、一体何なのでしょうか??
色々と諸説が飛び交っていますが、やはり中国大陸の王朝に倣ったという事が最大の理由だと思い
ます。(当たり前すぎましたね^^;;)

あそこでは群史までもよく整っています。
風土記の作成動機もまた其処に見ることが出来ると思っています。

そう言えば中国大陸に生きる人たちは実は「紙の上」に生きているのではないかとさえ思ったこと
がありました、笑
虚構の上に築かれた物はトンデモになる可能性を秘めているというのは古代においても心理として
当てはまると思っています(^O^)g

Minstrelさんが書かれている内容とほとんど同じ様なものですが、不比等による改竄説??まで
はどうかなと思っています。
と言っても大した自信があるわけではありませんが...笑

結果として藤原氏は日本の歴史上において「貴族の頂点」を極めますので、どうしてもその様な
「予定調和説」あるいは「陰謀説」に似ている説が出来るのではないでしょうか??
勿論多少の色づけはあるのかも知れませんよね^^

倭国の由来も諸説ありますが、「わたしたち」とか「われわれのくに」という言葉を耳にした人が
発音が近くてかつ、東夷に相応しい(ちなみにこれは皮肉です、笑)漢字を当てはめたところから
来ているのではないでしょうか??

>「日本」は中国を意識したもの
言ってみれば「中国」という言葉にしても回りを強く意識したがゆえに出てきた言葉と言えますよね。
私は「日本」は隋を意識した事よりも「太陽」に対する感謝の念を表したもののように感じています。



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杜子春の世界へ 投稿者:劉公嗣  投稿日: 5月25日(金)23時37分06秒

こちらも、よく調べられていて、上手く纏められている
のではないかと思います。
桃源郷といえば、実在のモデルがあったのではないか、
との説を中国の学者さんが提示されていました。何でも、
魏晋南北朝期に各地に存在した、豪族主導による自治的
な村落を踏まえているとか・・・。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/index.htm



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善六の終章 投稿者:Toshy  投稿日: 5月25日(金)23時35分18秒

完了です。最後に記した「小説よりも奇なる事実」・・・
善六さんの望郷の想いが天に届いたのでしょうか。

http://village.infoweb.ne.jp/~fwjd2293/tsu.htm



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Minstrelさん 投稿者:kituno_i  投稿日: 5月25日(金)23時27分47秒

天尊降臨神話は、7世紀から8世紀にかけての大和朝廷の政情を高天原に投影させた
ような印象があります。

『記紀』の編纂は「皇室の権威を正当化」「女帝の存在の肯定化及び女帝の正当化」
を目的にしているように見せ、実は皇室にとって藤原氏が必要欠くべからざる存在で
あるかを示そうとしたものであると指摘があります。

おっと、この続きは、MinstrelさんのHPで。^^



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安部さんの意見を読んで 投稿者:きんたろう  投稿日: 5月25日(金)21時20分14秒

堅固にみえる「組織」も実はかなりいい加減なものなのかも知れない様な気がしてきました、^^;;

与えられたポストを得た人の場合、責任感が以前のポストに比して自然に増大するのかどうかとい
えば決してそうではないように思っています。
やはり組織が拡大基調にある場合には「将来の手形」が効果を発揮しますが、現在のように将来の
見通しがあまり明るくない時代には「一所懸命」の意欲も減少しがちであるように思えて仕方があ
りません。

また、トコロテン式に順番でポストを得た人が能力を有しているかどうかについては別の次元の話
ですからね^^;;
このような人が、自分の経済的利益のみを得ようとしている姿が現代の日本では至る所に見られる
のではないでしょうか??



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Toshyさん 投稿者:きんたろう  投稿日: 5月25日(金)21時17分26秒

何と言ってもJリーグには歴史がないですからね。
一方、日本プロ野球の歴史と言えば「巨人の歴史」といえる程のものですから...^^

もし、Jリーグのようなものを創るのであれば、新たなプロ野球リーグを別に創らないと無理では
ないでしょうか、笑

そう言えば台湾には二つのリーグがありましたよね。
そのうちの一つはリーグ全体として選手を雇用するような方法だったと聞いたことがあります??
でも、経営上行き詰まって潰れてしまった??のですよね??

「日本野球の精神分析」にもありましたが、高校野球を食い物にしている朝日新聞の方が遙かに悪
質だと思っています^^
朝日も何処かの球団を買い取って10チャンネルで独占放送するくらいの気構えがあれば、まだま
しだと思うのですが...
サンケイや毎日はかつて敗北を経験していますのでこの対象からは省きますね、笑



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怨霊についての追加分 投稿者:きんたろう  投稿日: 5月25日(金)21時13分04秒

私が書いた文章をより分かりやすくしたものが勇者ロトさんが書かれているものだと理解して下さ
いね、自爆^^;;

聖徳太子の怨霊を封じ込めるための装置としての「法隆寺」何鱈間鱈という説に関しては実のとこ
ろよく分かっていません。
この考えは、未来から過去を色々と評価しようとした一つのパターンであるように思われてきます。

恐らく時代の流れとともに伝説が「拡大再生産」されていったのではないでしょうか??
このような「拡大解釈」により「付加価値」が増大した結果かも??と思っています。

後世から歴史を遡って見た時にある種の偏光眼鏡をかけてみると「太子怨霊封じ込め」のようにも
「見える」といったところなのでしょうか??



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劉さんから 投稿者:きんたろう  投稿日: 5月25日(金)21時11分05秒

紹介されたページにあった「日本野球の精神分析」はさすがだなと思いましたv(^o^)
このようにユーモアを交えたシニカルな意見を実は大好きだったりします、笑

確かに人を批判する時には自分の価値基準を「絶対」のものとして、他人の意見や考えを断定的に
評価してしまうのが最近の流行なのかなと思ったりしてしまいます(^^ゞ)

言葉が相手を傷つける事に関していつから日本人は鈍感になってしまったのでしょうか??
心の傷は目には見えないしその程度も各人によって様々です。
しかし、傷が及ぼす影響はナイフと何ら変わるところがないのです。



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劉公嗣さん 投稿者:きんたろう  投稿日: 5月25日(金)21時09分33秒

またまた早速読んでいただいて有り難うございましたv(^o^)
実はあの辺りは自分でも結構気に入っている説なんです。
(オリジナルだと思います、多分^^)笑

私は鹿島という地名の場所をいくつか訪れた事がありますが、その時の印象ではこれらの場所は海
に面した似たような風景の場所でした。
特に茨城の鹿島については従来の説だけでは納得出来ない部分があるように感じています。

古代において全国各地へ勢力を広げるやり方とは、コンビニエンスの「フライチャンズ」方式に似
通ったところがあるように感じています。

>私の見解に対して感想や批判がおありでしたら、遠慮なく私のHPの掲示
>板の方に書き込んでください。
有り難うございます(^O^)g
私の書き込みが足りなかったようですね。
済みませんでした^^;;

実はHPの内容ではなくて、ちょうど掲示板で話題にされていた「邪馬台国」などの古代国家成立
についてなのでした。
会話中に横レスを入れるのはまずいと思ったのですから、笑



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すみません 投稿者:Minstrel  投稿日: 5月25日(金)15時26分06秒

投稿してから思いましたが、下の私の文章はいまいちわけがわかりませんね。
無視して下さっていいです。^_^

古代史という分野は、基本中の基本から意見が分かれるところがあり、
最初の一歩から違うと、もう議論も説もあったものではないですから、最初の一歩の部分のご意見を聞きたかったのです。
また出直しますね。



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もうちょっと質問 投稿者:Minstrel  投稿日: 5月25日(金)15時21分20秒

皆さん、怨霊についてのご意見ありがとうございました。
少なくとも言えることは、大昔から、死人に対する恐れはあっただろう、ということですね。
ついでにもう2つほど基本的なことですが、ご意見を聞かせてもらいたいです。

『日本書紀』は天武天皇の時代に始まっており、よく「天皇の権威を高めるための書だ」みたいなことを聞きます。しかし、この時代、天皇の権威は最も高まっていた頃でこれは変に思います。
藤原氏を天皇家に次ぐ存在として位置づけるため、また聖武天皇をアマテラスの孫・ニニギになぞらえて即位させたい意志があった、ということについて、どう思いますか?そもそも、この時代、藤原不比等にそれだけの力があったのでしょうか。(私はあったと思っていますが)
『日本書紀』を作った理由についてお聞きしたいのです。一つは天武新政権として、また外交的にも「きちんとした歴史書くらいなければいかん」ということだと思います。
これ以外の理由としては、やはり藤原氏の存在を高めたいということに尽きるのではないかと思いますが、どうでしょうか。

もう一つは、天武朝以前の国号はナゼ「倭」なのでしょう。『逆説の日本史』では「わ」と言えば「環(弥生時代の集落から来ている?)」もあるが、やはり「和」であろう、と言っていたと思います。
地名、部族名とかではなく、意味のある単語が国名になったのでしょうか。「中華」とか「ソビエト」に近いものがあります。
確かに「和」の精神は日本人の根本原理のようなものですが、これは偶然か、または逆に倭人の精神が「倭の精神」であり、「和→倭国」ではなく「倭国風→和」ということはないのでしょうか。本当に「和をもって尊しとなせ」の「和」と関係があるのでしょうか?

私の掲示板によく出てくれる福島雅彦さんは、「この国は?」と聞かれた時に「私の国だ(九州弁でワン国)」と答えたものを「倭奴国」と音写されたのでは?と言っています。また、華南語で自分のことを「ワン」と発音するそうですが、「わたし」という言葉との関連も考えられます。

「倭」は中国人がつけたもの、「日本」は中国を意識したもの、「日本国憲法」はアメリカ人によるもの、真にこの国らしい名前はなんなんでしょう。いや、他を意識した名前こそ、この国らしいのかもしれませんね。



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半月前の話になりますが 投稿者:安部奈亮  投稿日: 5月25日(金)14時47分47秒

京都国立博物館の北野天神絵巻展に行ってきました。
あの有名な清涼殿の落雷の絵を見てきました。とても迫力がありました。

常時点のほうに刀の展示があって「鬼切丸」が展示されていました。源氏の宗家伝来の・・・と説明がありましたがどこまで本当何のかなと思いましたが,切れ味はよさそうでした。

一番感動したのは中国の陶磁器で,宋磁と明代の磁器(詳しく走らないけれど)が特にきれいでした。あれなら立派に芸術品になりますね,本当に宝石のようでした。朝鮮の陶磁器もなかなかよかった。それに比べて日本の陶磁器のほうは江戸時代の前期までは見られたものではありませんでした。でも,江戸時代の中期以降はきれいでした。



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で、結局何が言いたかったかと言うと・・・ 投稿者:安部奈亮  投稿日: 5月25日(金)14時02分51秒

今週長々と書いてきた結論はというと、私はアジア・太平洋戦争中の日本軍や現在の教育界や会社における指導者の、自分は指導者としての仕事を全うしないで、下の人間を(反対給付無しに)当てにする態度が気に入らないのです。

アジア・太平洋戦争中の日本兵の勇敢さは、明示国家が出来て以来綿々と教育でそういう国民を作ってきた結果である。その教育でもまだ不十分で、徴兵されてから内務班でしごいて軍隊の規格に合う人間を作る。

また、日本人が企業に骨を埋めようと思うようになったのは戦後であり、それ以前は工員も吏員も良い条件を求めて転職するのが常態だった。1940年体制の賜物です。

待て、現在の学校の先生は(大学も含む)、学校と言うのが本来規格にあう人間を作る子供を強制する場であるのに(私はこれは決して悪いことではないと思っています)学校は規制の無い自由で平等な場であると子供に嘘をついて、その実子供を支配していることです。

軍隊・会社・学校、全て不自由で強制的に使命を果たさせられる場であるのに、その責任者が「いや兵隊・社員・生徒は自発的に我が組織に従っているのだ、私は何も強制してはいない」と嘘をついて、より陰湿な形で人々を支配しているのが気に入らない。

本来なら「軍隊・会社・学校これらは非人間的な場である、しかしそれは人間が社会で生活する以上必要なものである。であるからその責任者としては兵隊・社員・生徒にいろいろと強制をする。」と表明して(しないまでも自覚して)、「その代り給料だとか学力向上だとかいったメリットは与える」そして責任者としては、兵隊・社員・生徒と言うのは上官・上司・先生の人間的魅力を慕っているのではなく、そのメリットが欲しいから(軍隊の場合は国家を守る義務だから仕方が無い)その権威と権力をしぶしぶ認めている、という事実を自覚するべきだと私は思います。


日本人はもっと「支配」と言うものを直視するべきではないかと思う。支配されるのを嫌うのはともかく、支配者でありながらそれを自覚しないのは欺瞞です。そうしないと、自分で他人を支配しながら、それを否定して、支配者としての責任を放棄してうまい汁だけ吸うと言うことになりかねない。



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そんなことはないだろうけれど 投稿者:安部奈亮  投稿日: 5月25日(金)13時05分16秒

巨人戦の視聴率が下がっているから、案外ヴェルディの時みたいに読売があっけなく巨人を手放してくれないかな?と私は願っています(笑)

近代日本の新聞社の歴史の本で読んだのですが、読売新聞の場合、スポーツの報道を売り物にして成長してきたから、自分が持っているスポーツに社運を賭けているところがあるみたいです。

私はあんなに金をつぎ込んで、読売のほかの部門の社員が良く怒らないなと思っていたのですが、そういう事情もあるのでしょう。



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