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「↓どっちともいえる」とは? 投稿者:安部奈亮
投稿日:05月17日(水)12時37分48秒
心理学というのは、いろいろな症状に対して、処方箋を書く学問なので
どのようにでも結論が出せるのはむしろ当然ですね。
Aという症状が出ている人が2人いるとしても
BはDという原因で、Cは逆にEという原因かもしれない。
むしろ心理学の場合は、一つの症状に対して、一つしか結論が出ないというのは問題かもしれません。
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安部奈亮のトンでも心理学講座 投稿者:安部奈亮
投稿日:05月17日(水)12時25分57秒
日本史はずっと日本人がになってきたという考えは
賀茂真淵や本居宣長の系譜に連なる者で、
日本人が強く持つ血統意識、純粋論ではないでしょうか?
日本人は元々外国から来たという考えは、
林羅山あたりからあって、彼は天皇家は中国人(葦原の中つ国は中国)だから偉いんだといっている。
それと明治維新以来の外国崇拝が合体して、「外国人になりたい」という近代日本人
の願望が回りまわって表面化したといえそうです。
あるいは日本人はやはり外国人で、その真実を覆い隠そうと執拗に日本人純粋論を振りかざす?
まあ、どっちともいえるんですな。
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千波子さんにちょっと質問 投稿者:安部奈亮
投稿日:05月17日(水)12時02分52秒
私も子大日本の天皇家と上流貴族が、外国人(日本列島以外というべきか?)
であるという説には、今ではあまり賛成していないのですが
(実務官僚に大勢入り込んでいる可能性はあると考えています)
古代というのは日本と中国と朝鮮が未分化で、もしかしたら歴史の進み具合によっては、
これらが一体化して別の民族になっていた可能性もなきにしもあらず・・・という気もします。
というわけで、天皇家や上流貴族が外国人であるという仮説は
別に突飛には思えないのですがその点どう考えでしょうか?
仮説自体はいくらでも立てられるし、整合性あれば「トンでも」に見えても構わないと、
理系の私は思うのですが、如何?
むしろ、日本の歴史が紀元前以前から「日本人」だけによって作られてきた、
(そういう人たちは渡来人は文化を伝えてきただけと考える)
と考えるほうが私には心理学的興味が湧くのですが。
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前方後円墳いろいろ・・・ 投稿者:千波子
投稿日:05月17日(水)11時47分09秒
きんたろうさま、みなさま、こん@@@。
おっしゃるとおり、任那日本府という呼称は別として、少なくとも任那加羅地方が4世紀後半から
倭国の軍事力の影響下にあったことは、日・中・韓の諸資料から見てほぼ明らかで、これらの前
方後円墳の存在もそのサショウと見ることができると思います。
それなのに江波先生の騎馬民族征服王朝説がいまだに健在で、崇神・応神天皇さんが北方騎馬民
族出身だとか、聖徳太子さまが外国人(突厥説まである!?)だとか、蘇我氏が百済人(木満致)
だとか、はなはだしいのは天武天皇さんが新羅人だとか高句麗人という説まで横行しているのは、
P.T.A にいわせると歴史学というより社会心理学的に興味ある現象だそうです。(@_@)
前方後円墳が銅鐸に似ていると言うのは、残念ながらドント・アグリイーです。(^.^;
誰かさんとちがって、ウエストのくびれがスゴイんです!!
壷・人体・天円地方(儒教の郊祭儀礼)・位牌(これも儒礼)・天鳥船・男女・方形祭壇・聖山
台付鏡・鳥葬台 etc.が提唱されていますが、一方では前方後方墳も根強く残っていますので、
これとの関係もあわせて考えなければならず、いずれも決め手にかけ現在のところミステリーだ
そうです。
江南地方ををふくめ、どこかで明らかな類似墳墓が発見されれば、大きく解明に近づくかもしれ
ませんが???
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前方後円墳 投稿者:Toshy 投稿日:05月17日(水)02時04分31秒
の名前の由来は、江戸時代の考古学者ですか。
横から見て当時の車に似ていることで、
四角いほうを前、丸いほうを後と勝手に決めて、
こんな名前になったと太古の昔に教えてもらいました。
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前方後円墳は 投稿者:安部奈亮 投稿日:05月17日(水)00時31分02秒
私は壷を模したのではないかと思っています。
壷は世界中で女性,特に子宮を象徴するので,
母の胎内へ帰る,という意味を葬送に持たせたのではないだろうか,などと考えています。
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(無題) 投稿者:きんたろう 投稿日:05月16日(火)23時22分08秒
千波子さん、詳しく調べていただいて有り難うございました。
NHKの「海のシルクロード」も見ていました^^;;
テレビでカンボジアの水牛を使って稲作をする風景を見たときここが稲の故郷ではないかと思った
こともありました。
また明治初期に十津川藩士が屯田兵として北海道へ渡った苦労話の中にも稲作をする様子が描かれ
ていたと思います。
韓国南部の前方後円墳は年代から見て日本より伝わったと考えるべきなのでしょうね。
これは任那日本府(と読んでいいものかについては??ですが)があった事の証明になるような気
がしています。
葬式のような祭祀は古代においては今よりも重要性が高かったはずです。
日本と同様の遺跡が韓国南部にもあるという事実は河内を中心とする勢力範囲にあったと考えた方
が自然だと思えるのです。
話は変わりますが、前方後円墳とは空中から見ると巨大な銅鐸の(模様)ようにも見えると思うの
ですが...??
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やはり 投稿者:きんたろう 投稿日:05月16日(火)22時24分31秒
調子がおかしかったようです。
YUEさんのページをお薦めのページに加えさせてもらったまでは良かったのですが更新履歴の
ページが抜けてしまいました^^;;
YUEさんのヨーロッパ放浪記はわくわくする楽しさを与えてくれるとても楽しいページですよ!!
是非見に行ってください^^
月子さんもそうだったのですか??
歯の神経を抜いても回りの神経は当然ありますから感じるのでしようね??
人類が進化するとしたら歯が三度生え替わることが出来たときだと思っています(笑)
MAKOTOさん、遅い時間にいらしてたのですね^^
酔っぱらってますね!!??(爆)
ちなみにさっきの書き込みはインターネット喫茶からのものです。
ここも500円/1時間でした。(前の所もそうでした)
何にも入っていない(笑)PCでしたがインターネットには十分だと思いました。
ところで昨晩は初チャットが出来て楽しかったですよ!!魔異夢さん。
Mayoさん、こちらでは久しぶりですね^^
バリウムは毎年一度健康診断の時に飲んでいます。
バリウムがダメと言うよりも炭酸がぐるぐる回っているうちに「げっぷ」と出てしまう場合がありますよね^^;;
私の場合はそこでもう一度炭酸を飲まされた経験があります。(苦笑)
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前方後円墳の起源 投稿者:千波子 投稿日:05月16日(火)22時22分19秒
きんたろうさま、勇者ロトさま、こん@@@。
インドと中国南部の交流ですが、ヒョットシタラNHKの「海のシルクロード」で、ご覧にな
ったのではないでしょうか(・・?)
それから農業と緯度の関係ですが、水稲はほんらい熱帯植物で品種改良が進むまでは、自然北
限は北緯36度くらいまでだったという説があるそうです。北緯36度を超えると絶えず冷害
の危険があったとのことで、そうすると古代においては韓半島や日本の東北地方はほとんど栽
培不適地になってしまいます。(全州、慶州がほぼ北緯36度になります)
古代日本列島における政治勢力が、北緯33〜35度(北九州から瀬戸内沿岸)を中心に展開
したのも、文化交流が行われやすいインランドシーの存在と共に、あるいはこのような気候条
件があったのかも知れません。
それから今年の3月に「前方後円墳ーその起源の解明ーミネルバ書房」という分厚い本が出まし
たが、その本にも江南の例は載っていませんでした。(森先生は韓国南部の調査者としてお名
前が出ていました)
私は天鳥船をかたどったという説が、頂上埋設の理由にもなりますし、ロマンティックで好き
なんですけれど。頭(後円部)が大きすぎるかな?
なお韓国南部の古墳が倭国起源である事は、この本にも書かれていましたが、まずまちがいな
いようです。(高価な本でしたので、ちょっと立ち読みしただけです)
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バリウム 投稿者:Mayo 投稿日:05月16日(火)21時40分16秒
きんたろうさんってバリウムの経験とかあるのですか?
私はまだないけど未経験のままでいたいものです。
ゲップがでたらもう一度とか恐ろしいそうですね。
http://user2.allnet.ne.jp/happystr/
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時間休 投稿者:きんたろう 投稿日:05月16日(火)16時10分22秒
を取って歯医者へ行って来ました。
きんちゃん、まいむちゃんの仲でっしゃろ、笑
気にしんといてや。
途中のIinrtnet Cafeなので書きこみが難しいです。
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ごめん↓ 投稿者:魔異夢 投稿日:05月16日(火)10時45分28秒
きんたろうなどと、呼び捨てにしてしまった。
わざとじゃないのよおおおお!
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げっ、歯が痛かったの? 投稿者:魔異夢 投稿日:05月16日(火)10時44分31秒
知らずにごめん。
扉の壁紙が雲から差し込む光り……
かっちょええ!
きんたろうって以外とセンスがあるの?
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ありがとうございます〜 投稿者:YUE 投稿日:05月16日(火)02時09分14秒
リンクありがとうございます♪
なんか他のリンクがすごい内容なので
こんな所に貼ってもらっていいのだろうか?・・・
とビビってしまいました(笑)
旅行記、ちょっと滞ってましたがまた書いて行きますので見てくださいね♪
歯、お大事に〜
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月子さん 投稿者:MAKOTO 投稿日:05月16日(火)00時04分22秒
わたしはあなたと歯医者の話は可能。
だって今、罹って
何箇月もたち、これからもって・・・
http://www.kawamata.co.jp/
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歯痛・・ 投稿者:月子 投稿日:05月15日(月)23時16分53秒
歯痛って、悲惨ですよねぇ・・・(T.T)
私も、よく悩まされるのです。なぜか、神経を抜いた所が、痛むのです。
で、病院に行っても、きれいに神経は抜けていますよって、言われて・・・(^^;
歯が痛いのだけは、我慢できませんね。
明日は、歯医者に行けるといいですねぇ〜。お大事にしてくださいね。
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誤字脱字王降臨 投稿者:安部奈亮 投稿日:05月15日(月)23時07分47秒
きんたろうさんありがとうございます。
下の文章しかしひどいもんですな。
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安部さん 投稿者:きんたろう 投稿日:05月15日(月)22時44分22秒
喜んで載せたいと思っていますのでメールをよろしくお願いします。^^
歴史の上で私たちに最も深く関わっている時代とはやはり何と言っても江戸時代だと思います。
でも明治以後とは一種のアンチ江戸(徳川)時代でもありますから意外と知られてないような
印象を持っています。
私も読み返したいです
V_(^O^)_V
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きんたろうさん 投稿者:安部奈亮 投稿日:05月15日(月)21時55分02秒
以前ここに書きこんだ,私の尊王思想の研究の文章を
きんたろうさんのホームページの私のコーナーに載せてもらえるでしょうか?
暇なときでいいです。
文章は編集,修正してメールでお送りします。
他だ,少々ナイーブなテーマなので,
きんたろうさんが載せないほうが言いとおっしゃるようでしたら,控えます。
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>思い出してください(爆) 投稿者:きんたろう
投稿日:05月15日(月)21時52分47秒
勇者ロトさん、そうなんですよね。
私も思い出したい気持ちは十分すぎるほどあるのですが何しろ色々なところでとばし読みをして
いますのではっきりしないのです。
それに全くの勘違いという可能性もかなり大きかったりしています(爆)
千波子さん、
>「江南地区に見られる??前方後円墳の存在」
全くその通りです。ちょっと(かなり)怪しいですよね^^;;
古墳と古代文化99の謎の著者森浩一さんという方が「似ている」と書かれていますが私もそうだ
とすれば面白いのにと期待しているのですが...(笑)
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雷を 投稿者:きんたろう 投稿日:05月15日(月)21時50分16秒
甘く見てはいけません。
突然の停電はそれまで2時間かけて作った作品を一瞬にして吹き飛ばしてしまいます^^;;
こまめにバックアップを取るようにしましょうね(笑)
それにしてもここのところ雷が多いですよね。
月子さんの方は体調は戻りましたか??
私は絶不調です。(歯痛のため)
何と今日は歯医者さんが特別休暇でした!!
天地神さん、どうも有り難うございます。
トップページの評判がとてもいいです。
これからも使わせてくださいね^^(図々しいお願い)
kitunoさん、まとめてお送りしますね。
すごい量になるはずです^^;;
乙姫さん、そうでしょう??
完全防備された家の中ではほとんど感じることが出来ませんが雷の嵐を体で感じれば自然の大きさ
に対し敬虔な気持ちや畏怖の感情が沸き上がってくるのは当然のような気がしています。
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kitunoさんのトピックに。 投稿者:乙姫
投稿日:05月15日(月)02時51分22秒
kitunoさんのトピックに、また新しいレスを入れました。
出来れば、ただの偶然の重なりでは終わって欲しくないという感情になります。
近くの神社についてもちょっと書き足したので、是非ご意見をお聞きしたいです。
(お忙しそうなので恐縮ですが・・)
相変わらず雷が轟いていましたね。とてもおかしな天気が続いてます。
何かが起こる前兆なのかな?自然が古代の人間にとって、どれだけの畏怖と抗えなさを
感じたのかが、ちょっと分かったような気がしました。(今もですね。(^^ゞ)
http://www09.u-page.so-net.ne.jp/zb3/tatibana/
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思い出してください(爆) 投稿者:勇者ロト
投稿日:05月15日(月)00時52分54秒
きんたろうさんこん@@は。
>実は私にはどこかで見たような記憶があるのです??(たぶん)
>でも思い出せない...^^;;
それは、大きなポイントですよね。思い出せればぜひお教えください!
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きんたろうさん! 投稿者:kituno-i 投稿日:05月14日(日)23時20分23秒
4/29〜5/9までの過去ログ、私にもいただけないでしょうか?
ここの掲示板はとても展開が早く、このところ疲れのためぼ−っとしていたら
興味ある話の整理がつかなくなってしまいました。
宜しくお願いします。 <(_ _)>
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こんばんわ〜 投稿者:天地 神 投稿日:05月14日(日)22時55分00秒
(゚゚;)(。。;)キョロ。。。。
あ、あいかわらず凄いカキコすね〜
ここでけでも、十分凄いっす!
http://www02.u-page.so-net.ne.jp/pa2/g-osm/
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三星堆文明・・・ 投稿者:千波子 投稿日:05月14日(日)21時39分54秒
きんたろうさま、みなさま、こん@@@。
変なことばかりお聞きしてすみません。むかしからしつこく「なんで?なんで?」という可愛
くない子だったそうです。
まず韓半島南部の前方後円墳ですが、現在発掘されているものでいえば、五世紀以降のもので
あり、副葬品などから見ても倭国からもたらされた可能性が大きいと思います。(おそらく墓
主は倭系ではないでしょうか?)
また、「江南地区に見られる??前方後円墳の存在」は残念ながら確認されていないと思いま
す。今のところ、これらの頂上埋葬は世界的にも極めてめずらしい倭国独特のものとされてい
るのでは?(こんご江南で発見されることを密かに期待しているんですが、すでに何か報告さ
れているのでしょうか?)
私としては、前方後円墳の出現(三世紀初?)よりも、はるか以前に韓半島と日本列島共通の
文化があり、それが江南稲作文化と関係していれば面白いと期待しているのです。
三星堆文明は、ほとんど殷周と同時代・同レベルのもののようですが、じゅうらい荒唐無稽と
されていた山海経記事との類似性が指摘されており、秦時代に滅亡するまで独自の文化を保持
し、稲作文化・太陽信仰・聖山信仰・聖樹信仰・女王(女性シャーマン)・龍神信仰等の存在
が確認されつつあります。(「三星堆・中国古代文明の謎」−徐朝龍著)
このような諸点から、倭国文化と何らかの関係が発見されれば面白いとおもっているのです。
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3連チャンで、雷(T.T) 投稿者:月子 投稿日:05月14日(日)20時32分04秒
もう、3日続けての、雷です。日中は天気か良くても、夕方から雷になったり・・・。
変な天気が続いています。昨日は、近くで鳴っていたような感じだったので、
あわてて、PCの電源を切りました。天地神さんに聞いた話しでは、どちらかに落ちたとか(*_*)
こんな時って、体調をくずしやすいですね。お体に気をつけてくださいね。
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まとまらない文章^^;; 投稿者:きんたろう
投稿日:05月14日(日)19時20分20秒
先週からの右の歯痛のため右脳が刺激を受けています^^;;
右脳刺激はインスピレーションの活性化になるのではと思ったのですがそうは問屋がおろしては
くれませんでした(笑)
千波子さんの指摘はいつも鋭いものがありますね!!
ただ緯度の件について言えば文明が発達するためのより適した環境を計る一ファクターに過ぎませ
んから(勿論重要な事ではありますが)これを文明の成立を計る唯一のものとして重要視は出来な
いかもしれませんね??
>ちょっと調べてみたんですが古代における中国南部とインドの人的交流の痕跡は見つかりません
>でした。何に記録されていたのでしょうか?
これについては勇者ロトさんが書かれていますが、実は私にはどこかで見たような記憶があるので
す??(たぶん)
でも思い出せない...^^;;
ところで朝鮮半島南部と江南地区に見られる??前方後円墳の存在はこのエリアに共通する因子が
あることの証明ではないかと思っています。
>類似性のある文化が伝播によるか、人類の共通心理や生産手段の類似による偶発的なものか、
>これってとても難しい問題です。
>(インカ・マヤ等の新大陸文化との類似性を巡って、常に議論されているところですよね。)
>インドと日本の間で、何かの具体的な直接伝播のしょうさが確認されれば面白いですね。
確かにそうだと思っています。
また、同じ人類である以上同じ様な発想をすると考えることも自然な事だと思っています。
私は神話が好きなのですが確かに似た様な話を多く見受ける事が出来ますよね。
要するに私の場合はフィーリングに頼っている部分が多いのです^^
でも江南地区が黄河から見て島夷と見られていたと読んだとき、また空間的広さを考えたとき中国
は一つではないと思ったのも事実です。
日本語については以前に金田一先生の本を読んだことがあるのですが世界的に見てもスタンドアロ
ーンの言語として見られているようですね。
この日本語が維持されたと言う点を考えれば渡来人の量的ボリュームは原日本人を上回る事は決し
てなかったという事なのでしょうね??
この事例についてはたぶんアメリカ合衆国をイメージすればいいのかもしれないと最近思い始めま
した。
つまりアメリカでは英語=米語が話されています。
これはイギリスからの入植者が支配的だった事の現れです。
でも独立後200年以上たった現在イギリスを故国とする人間の比率はかなり下がっているのでは
ないでしょうか??
しかし米語が公用語として使われていると言う事実は言葉を一気に変更するような大量の移民が短
期間には無かったということなのです。
最近ヒスパニック(あるいは韓国人のハングル)問題がよく言われていますがこの要点とは彼らが
大量に入って来る事が同化率を下げると言う一点ではないでしょうか??
そしてこれの基準とは言葉なのです。
なぜならば人間とは言葉でものを考える動物だからだと思っています。
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乙姫さん、 投稿者:kituno-i 投稿日:05月14日(日)14時07分05秒
kitunoのトピックへの書き込み、ありがとうございました。
乙姫さんの実家の「聖徳太子碑」について、トピック内で私見を述べさせて
貰いました。読んでみていただけるでしょうか?
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とんでもありません・・ 投稿者:千波子 投稿日:05月14日(日)12時22分19秒
勇者ロトさま、みなさま、こん@@@。
ご足労なんてとんでもありません。私も三星堆の展示を見てから、四川・雲南にかけての
中国南西部とインド北東部(ガンジス流域)の文化交流があればおもしろいといと思って
いたのです。
言語学的にもレプチャ語・タミール語等と日本語の関係がたえず問題になっていますし、
日本の南方的要素の中にこれら地域との類似性があることは、否定しきれないような気が
してならないのです。
ものずごくおおまかにいえば、長江流域の米作諸民族の一部が、黄河流域の麦作民族(漢
人)の圧迫により、インドシナ半島、ヒマラヤ東南麓、そして韓半島南部・日本列島西部
等に何波にもわかれて拡散(或いは分立)したかも知れない。その場合には陸続きの中国
南西部とインド東北部に文化交流が継続してもおかしくないと思っているのです。
でもその痕跡があまり話題にならないので、残念におもっていたのですが、みなさまのご
意見で何か交流が自明のようにいわれているように感じたので、ご質問したものです。
古代史についても興味をもっているんですが、残念ながらあまり知識がありませんので、
みなさまのお話しをうかがいながら、勉強したいと思っています。いろいろとうるさくお
聞きしますが、よろしくお願いします。
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千波子さん 投稿者:勇者ロト 投稿日:05月14日(日)11時31分54秒
こん@@は。すいません。言葉がたりなかったようです。m(__)m
>それから、ちょっと調べてみたんですが古代における中国南部とインドの
>人的交流の痕跡見つかりませんでした。何に記録されていたのでしょうか?
ちょっと表現というか文章がまずかったですね。
インドと中国南部の交渉も含めて「確固たる証左がない」と結論づけたつもり
だったのですが、今読み返すとインドと中国南部の交渉を確認したともとれま
すね。申し訳ありません。
日本列島とインドの直接交流の証拠を探すよりも、地理的にちかい中国南部と
ろインドの交渉の痕跡を探すほうが近道のような気がしたのですが、千波子さん
ほどの博識な方が見つけられなかったということは、この方面も証明は難しそう
です。
いいかげんな書き込みの仕方にご足労かけたようで、申し訳ございませんでした。m(__)m
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訂正です・・・ 投稿者:千波子 投稿日:05月14日(日)07時55分52秒
モヘンジョダロ 北緯 37度→北緯 27度でした。
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どうもありがとう御座いました! 投稿者:乙姫
投稿日:05月14日(日)02時32分03秒
きんたろうさん、皆さん、こんばんは!
きんたろうさんにメールを送る前に、流石です、過去ログを頂きました!
いつもどうも有難うございます!!(^O^)/ 早速、次回の更新の時に使わせていただきます!
kitunoさんも千波子さんも有難う御座いました。m(__)m
ところで、表紙を見た時驚きました。私が風景で最も大好きなサンバースト(天使のはしご)
のそれも海に光が注いでいる風景・・・・。思わず泣きそうになりました。素敵です!
緯度の類似性、とても興味深いですね。占星術などで緯度って気にするみたいですが、関係
無いのかな。なんちゃった。蛇足でした。 面白いです。ほんと、歴史ってなぞなぞですね。
http://www09.u-page.so-net.ne.jp/zb3/tatibana/
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麦茶のティーパックも買いました 投稿者:安部奈亮
投稿日:05月14日(日)02時02分34秒
いよいよ夏ですね
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ビデオデッキ買いました 投稿者:安部奈亮
投稿日:05月14日(日)01時26分57秒
私の部屋も,原始人の洞穴から,
どんどん近代人の部屋らしくなってきました。
継ぎはテープデッキ(MDを買え!と言う声もある)
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北緯何度? 投稿者:千波子 投稿日:05月14日(日)01時17分36秒
みなさま、こん@@@。
古代文明と緯度の関係ですが、だいたい次のようになっているようです。
もちろん、同じ緯度でも地形・海流・その他の要素によって温度や湿度が変わりますから、
文明の発生とどのような関係があるのかは、わかりませんけれど。
エヂプト 文明 メンフィス(ギーザ) 北緯 30度・
テーベ 北緯 26度
メソポタミア文明 ウル・ウルク 北緯 32度・
バビロン 北緯 33度
ニネベ 北緯 37度
ペルシャ 文明 ペルセポリス 北緯 30度
ギリシャ 文明 クレタ 北緯 35度・ ミケーネ
北緯 37度
インダス 文明 ハラッパ 北緯 30度・ モヘンジョダロ
北緯 37度
黄河 文明 安陽(殷墟) 北緯 36度・ 龍山(夏?)
北緯 37度
長江 文明 成都(三星堆) 北緯 30度・ 杭州(?)
北緯 30度
北緯30度は屋久島、北緯35度は京都、北緯36度は隠岐〜福井〜土浦にあたります。
(よくみると安陽(殷墟)は、水戸とほとんど同緯度にあたっているんですね。)
それから、ちょっと調べてみたんですが古代における中国南部とインドの人的交流の痕跡
は見つかりませんでした。何に記録されていたのでしょうか?
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日本語 投稿者:きんたろう 投稿日:05月14日(日)00時23分46秒
例えば「私は貴方を愛しています」と言う言葉を発するとき日本語では最後まで答えが出ていな
いと口から出せないのですが、中国語(便宜上)では「我愛」までで止める事も出来るし誰にしよ
うかなとゆっくり考える^^事も出来ると陳先生は書かれています。
日本語とはかなり曖昧な言語であると思っていたのですが逆に日本語の方が厳密な言葉だと書かれ
ているのを読んだときは不思議な感じがした記憶があります^^
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トップ♪ 投稿者:月子 投稿日:05月14日(日)00時09分15秒
とっても、きれいです。
心がなごむ感じで〜。(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン
かっぽったままの、お仕事、頑張って下さい(笑)
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( -_-)じー 投稿者:天地 神 投稿日:05月13日(土)23時34分55秒
画像はコッチのほうが、マッチしてるみたいですね〜(゚ー゚)(。_。)ウンウン
http://www02.u-page.so-net.ne.jp/pa2/g-osm/
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日本語のことは 投稿者:安部奈亮 投稿日:05月13日(土)23時09分57秒
「日本誕生」(集英社)で詠んだことしか知りませんが,
言語学者泣かせの超ハイブリッドな言葉らしいですね。
文法は○○語なのに,基本的な語彙は××語だとか言ったような・・・
シベリア,東アジアの言語には,インド・ヨーロッパ語族の研究で通用した
言語学の手法が通用しない事がたまにあるとか書いていました。
今回の表紙はきれいですね。前も幻想的で結構好きでした。
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またまた 投稿者:きんたろう 投稿日:05月13日(土)22時45分40秒
トップページを変えてみました。
この作品も天地神さんのものです^^
安部さんと同じ様な事を陳先生が書かれていましたね^^
礼を身につければ中国人になれるのであり人種的な偏見??を持っていないと言った内容だったと
思います。
確かにそのような懐の広さを持ち合わせていなければ広大な大陸で主導的な立場を持ち得なかった
のではないでしょうか??
でもそれは宋の時代までの様な印象をもっていますが^^;;
人種的に見ると原中国人とは北方からの圧力に押し出されて南下し今のタイ人(と言ってもかなり
ハイブリッド化しているとは思いますが)の先祖らしいですよね??
つまり今の中国人とは古代中国人の精神的DNAは引き継いでいても肉体的DNAは引き継いでは
いないということなのでしょうか??
乙姫さん、ログを見直してみました^^
言語については金田一先生の本を読み返してみましたがよく分かりませんでした^^;;
でも日本語がかなり特殊な言語であるとは先ほども書いた陳先生も言われていますね。
月子さん、久しぶりですね^^
ゴールデンウィーク明けの疲れですか^^;;
実は机の上はまだまだ書類が山積み状態なのです。
かっぽったまま(方言その2、笑)帰ってきてしまいました^^;;
Toshyさん、スリランカと言えばウィッキーさんの故郷でしたよね??
ズームイン朝!!見てましたか??
MAKOTOさん、見に行きます^^
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大昔に 投稿者:Toshy 投稿日:05月13日(土)19時59分04秒
インドの古代国家とオーストラリア大陸との間で、交易が盛んに行なわれていたと聞いたことがある。
当時のインド人は優れた航海技術をもっていたのでしょうね。
日本らしき島の記述もあるそうですよ。
これは「魏志倭人伝」よりも古い日本に関する史料ですが、
真実性に乏しいためか受け入れられていないのでしょう。
ちなみに、今昔物語にはこんな話があります。
インドの商人が船に乗って旅に出ると、嵐に遇い見知らぬ島に漂着。そこは美女ばかり住んでいた。
商人たちはそこでの生活に浮かれていたが、ある時その女たちが鬼であることを知る。
商人たちは急いで国に逃げると、その島の女の一人がインドまでやってきた。
女はインドの王を殺し、逃げていった。
そこでインド人たちは武器を持ってその島を征服した。。。
何かの本で読みましたが、これはスリランカらしいです。
でもスリランカ人に聞いたところ、「そんな話は知らん」と突っぱねられた(笑)
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インド文明との直接交流 投稿者:千波子 投稿日:05月13日(土)15時24分26秒
きんたろうさま、勇者ロトさま、こん@@@。
インディカが一部で生産されていたことは、知りませんでした。お教え頂いてありがとうござ
いました。
ただそうなると、これがインドシナ半島からの直接流入か、中国南部経由か、或いはインド亜
大陸経由かが問題になるのと思うんですが、これらについての研究はなされているのでしょう
か?
(もともとインディカはタイ原産で、ヒマラヤ山麓のモンゴル系人によってインド大陸にもた
らされたものでしたよね? 違ったかな?)
ところで中国南部とインド方面には何時頃から、どのような関係があったのでしょうか?
日本の古代文化(神話や思想)が形成された頃(遅くとも3世紀迄?)に両者の直接交流の痕跡
があるのでしょうか?(西域をつうじて中国北部での間接交流はあったのでしょうけど)
類似性のある文化が伝播によるか、人類の共通心理や生産手段の類似による偶発的なものか、
これってとても難しい問題です。(インカ・マヤ等の新大陸文化との類似性を巡って、常に議
論されているところですよね。)
インドと日本の間で、何かの具体的な直接伝播のしょうさが確認されれば面白いですね。
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お久しぶりです(^o^) 投稿者:月子 投稿日:05月13日(土)13時37分42秒
今週は、本当に疲れました(^^;;; やっぱり、GW明けの出勤ということもあって、
疲れが倍増してしまったようで、ネットも少ししかやらずに、毎日早く寝ていました(笑)
今日は、午前中で仕事が終わって、これから学生時代の友人と会うのです。
明日は、ゆっくり寝たい〜(笑) きんたろうさんは、休み明けの疲れなんてないでしょうか?
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米と言語 投稿者:勇者ロト 投稿日:05月13日(土)11時17分51秒
千波子さん、こん@@は。
お稲作については、下記ページを参考にしました。
インディカ米も極一部で生産されていた可能性もあるようです。
ところで、古代米として有名な「赤米」はジャポニカ種なのでしょうか?
テレビで見る限りではいまのジャポニカ米に比べて大きくて長いインディカ米に
も似ているような気もします。
言語について
言語形態が似てくるほど大量の移民などはインド周辺と日本列島の間にはなか
ったということでしょうね。
かといって、アジア広汎に広がる類型神話などを考えると、何らかの交渉があっ
たと考えることもできるのではないでしょうか?
日本と中国南部、中国南部とインド方面との両者で関係の痕跡がみとめられるの
であれば、中国南部という接点があるわけですし、中国南部にまでインド人種が
きていたのなら、その中から極わずかの人間が日本列島に渡来していた可能性も
十分在りうるのではないでしょうか?
もちろん確固たる証左のない現段階では妄想にしかすぎないですね。
http://www.rim.or.jp/ci/ja/okome/07/722.html
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どうもありがとう!!(^O^)/ 投稿者:乙姫
投稿日:05月13日(土)01時20分36秒
千波子さん、きんたろうさん、皆さん、こんばんは!(こんにちは!)
千波子さん、どうも有難う御座います!凄い。弟橘媛の命を奉ってある所が、一気に
これで分かりました!嬉しいです。早速、書いて下さったレポートを私のHPの
「橘につかまった女。」にアップさせていただきますね!!
以前のkitunoさんの千波子さんの為になるレポートも、きんたろうさんのご協力のもと
(きんたろうさん、メールさせて頂きますね!m(__)m)近々アップさせて頂きます!
本当にどうも有難う御座いました!m(__)m (^O^)/
http://www09.u-page.so-net.ne.jp/zb3/tatibana/
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呉 投稿者:きんたろう 投稿日:05月13日(土)01時13分32秒
呉音が特別にあるようにこの地方との関わりについては深いものがあると見られています。
海のルートとはダイレクトなものより海沿いに伝わってきたと考えた方がいいのかもしれませんね。
何しろ当時は巨大船舶など無い時代ですから^^
いずれにしても日本へのルートである江南地方、ベトナム地方とはかつては南方のインドからの
影響を受けていた地域だったので結果として日本もそうだったと思うのです。
それがやがて中国北部地域が豊かになったために今度は華北地域が影響の発生源として進化した
のではないでしようか??
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これは暴論かもしれないけど・・・ 投稿者:安部奈亮
投稿日:05月13日(土)01時00分46秒
「漢民族は存在しない」と言う考えがあります。
漢民族の核を探っていくと固有の民族がいなくなってしまう。
商は夏にとって夷狄だし,周も元々は遊牧民だし,
秦も夷狄だったし,長江流域も戦国時代に中国化した,
こう考えると漢民族は玉葱の皮みたいになってしまう。
共通項は中華思想と漢字(これもある意味怪しい)だけになってしまう。
別の言い方をすると,どんな文化を持った民族でも漢民族になることができると言うわけです。
この多様性が中華文明の強さの秘訣のような気もします。
しかし,中華人民共和国は,文明の力ではなく,
武力で周辺の夷狄を無理矢理漢民族に引きこもうとしている,
中国人らしくない気がするのです。
古代の中華帝国も征服戦争はしたけど,皇帝に頭さえ下げれば,
それ以上は立ち入らなかったのに・・・と思ってしまいます。
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もう少し考えますね^^ 投稿者:きんたろう
投稿日:05月13日(土)00時59分12秒
こんばんは千波子さん、
早速読んでいただきまして有り難うございます^^
はっきり言って単なる思いつきです。
文化の伝播、情報の移動と人が移住する事はイコールでなくとも可なのではないかと思っています。
人間はいいと思ったものはまねをします。学ぶこととは真似ることであるとはヘシオドス
(だった??^^;;)の言葉ですが正に文化の伝播とはこれに当たるのではないでしょうか??
安部さんの文を読んでまたまた思いつきました^^
黄河文明とはエジプト地中海文明下におけるギリシア文明に似ているように感じます。
これはエジプトに近いために古代文明として独立したものとしては見られていない様ですが
その古さでは黄河文明よりも古い??ですよね。
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黄河文明が 投稿者:安部奈亮 投稿日:05月13日(土)00時27分21秒
他の四大大河文明と比べて,高緯度にある,というのには気付きませんでした。
となると,黄河文明はまずインダス文明k,揚子江文明などが存在して,
その文明の要素を使って2次的に発生したと言う仮定も成り立ちそうです。
なるほどと思いました。
しかし,一つ疑問に思ったのですが,その場合「甲骨文字」と言う独自の文字が発生するでしょうか?
インダス文字,あるいは楔型文字を使用した方が理にかなっている気がします,
何故わざわざ新しい文字を使ったのか?
四大大河文明以外にも十数個の文明が同じくらい古く,独自に(もちろん相互に影響もし合って)
発生したといえるそうです(う〜〜ん伝聞の文が多いすみません,本はほとんど図書館からの借り物なので手許にない)
でも後代に与えたインパクトはやはり四大大河文明が随一といえるでしょうか・・・
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長江文明は 投稿者:安部奈亮 投稿日:05月13日(土)00時14分21秒
件の如く「大洪水」によって滅んだ形跡があるそうです。
大昔の文明と,戦国時代(中国の)の遺跡の間には,異常に厚い堆積層があるそうです。
NHKの番組で仕入れた情報でした。
中国の彩陶はメソポタミアの陶器とそっくりだと言う話もあります。
ただ,インドはどうなんでしょうか?
日本に影響があったとしたら,黄河よりはむしろ
揚子江あるいは東南アジアまわりのような気もしますが,
そこら辺の考古学の事は良く分かりませんし,中国に関してはきんたろうさんの方が詳しいから
私の意見は余り当てになりませんが。
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稲作と言語・・・ 投稿者:千波子 投稿日:05月12日(金)23時42分10秒
きんたろうさま、勇者ロトさま、こん@@@。
古代インド文明の日本列島における影響について、おっしゃるとおり稲作と言う共通項はあ
ると思うんですが、稲の種類がインディカとジャポニカという相違点がありますね。
日本列島においては今のところインディカ種の痕跡は発見されていないと思うんですが、こ
れについてはどの様に考えればいいんでしょうか?
また、サンスクリット語は印欧語系のS+V+Oですが、日本語はウラル・アルタイ語系(?)
のS+O+Vですね。文字についても梵字(表音文字)が6世紀の仏教伝来以前に、日本列島
に流入された痕跡は全く認められていないと思います。
このことは、両者の人種的・文化的断絶を示しているように思うんですが、この問題につい
てもクリァする必要があるのではないでしょうか?
ただ私は植物学については全く無知で、稲の種類がアジア全体でどのように分布しているのか、
分からないのですけれど。
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思いつき^^たぶん下書き 投稿者:きんたろう
投稿日:05月12日(金)22時22分34秒
マルクス経済学的立場から見た富の蓄積における状況の変化が及ぼす影響について(笑)
古代においてインドをメインとする大文化圏の中に中国大陸(主に南半分くらい??)日本列島
や朝鮮半島も含まれていたのではないかとの考えています。
古代インドのインダス文明の発祥地であるインダス川と中国第一の大河揚子江のほぼ中心が稲作の
発祥地ではないかと見られています。この場所とはちょうどインドシナ半島に相当します。
大体ベトナムからカンボジア付近と見られているようです。
確かにこの付近が稲の原産地との意見には頷けるものがあると思われます。
なぜなら稲作に限らずおよそ作物とは温暖な気候で水に恵まれた環境で生育するものだからです。
稲作とは食料の安定した供給を人類にもたらした事を意味していました。
これにより人類の真の歴史が始まったと言っても過言ではないと思っています??^^
稲作に限らず作物とは暖かいところの方が寒い地方よりも容易に栽培する事が可能です。
つまり技術が未熟な時代においては暖かい地方の方が寒いところよりもより遙かに有利な条件に
恵まれていたという事です。
大河川の近くで四大古代文明が発生した訳もこのような理由によるものと思います。
何故、黄河文明が世界四代古代文明の中で最も新しいのかとの理由もはっきりして来るのではない
かと思っています。
古代においてインド文明が発達しその影響は遙か日本列島まで及んだと見られるのはこのためです。
稲作の伝播は同時にインダス文明をも私たちの先祖に伝えたのではないでしょうか??
もちろんその伝わる形とは一種の「伝言ゲーム形式」のためオリジナルとは変わった面も出てきた
と考える方が自然かも知れないと思っています。
富の蓄積は人間社会に大きな変革をもたらします。
南方(つまりインド)の影響下にあった中国北部の黄河以北地域が食糧の安定供給というファクター
が加わったことにより状況が一変した可能性があるのではないでしょうか??
つまり、それまでは南から北へ流れていたものが逆に北から南へと変わったのではないかと思う
のです???
ちょうど潮の流れが変わったようなイメージです。
このようにして考えると日本には様々な各国の断片が存在しているかという謎が解けてくるような
気がしています。
インドには前方後円墳の原型と見られるものがあるそうです??(ある本を斜め読み^^;;)
これは四方を水で囲まれた聖なる場所という意味なのでしょうか??
仏教が伝来する前の古墳時代とは神道の時代と言うことも出来ると思います。
そして神道もまたヒンズー教の影響下にあったと見ることが出来るのではないでしょうか??
さらにスサノオの話とはヒンズー教の前のバラモン教の影響を受けたと見ることが出来るのでは
ないでしょうか??
つまりバラモン教における竜=蛇とは悪しきもの=悪魔ですがヒンズー教では正反対のものに
変わっているからです。
これは勇者ロトさんの文章や安部さんが揚子江付近江南地方の古代について書かれているのを見て
思いつきました^^
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こんばんは 投稿者:MAKOTO 投稿日:05月12日(金)21時05分20秒
今夜は、我が街のウインズ続報及び商業環境、アップしました。
http://www.kawamata.co.jp/
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Toshyさん 投稿者:きんたろう 投稿日:05月12日(金)19時46分08秒
リンク変更しました^^
動作確認OKです。
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JUNAさん 投稿者:きんたろう 投稿日:05月12日(金)19時40分45秒
こんばんは^^
わたしのほうはお久ではなかったのだ!!
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オヒサ♪ 投稿者:JUNA 投稿日:05月12日(金)16時37分03秒
仮装パーティ、参加してくれたのかしら・・?
今夜から正体暴露大会が、始まりますよ〜。
良かったら、正体を教えに来てね♪
ふふふっ。楽しみ〜〜☆
http://www08.u-page.so-net.ne.jp/dg7/mako-jun/top.htm
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高田神社でしょう・・ 投稿者:千波子 投稿日:05月12日(金)15時10分52秒
MIKEL さま、みなさま、こん@@@。
高田神社って、将門さんの時代なんですね。わざわざ熊野から高田村に持ってきたのなら、その
場所が和名抄の高田郷だった可能性が タカ(イン)ダ! な〜んて思います。
でも小野小町さまのお墓にはビックリです。小町さまも、ずいぶん遠くまで「ウツリニケリナ」
ですね。東北地方にも小町伝承ってけっこうあるみたいですが。
それから乙姫様、神名帳で「弟橘姫」を検索しました。ご参考までに。(転載はご自由です)
加世智神社[カセチ]
加世智神社[かせち]「風木津別忍男神 合 八意思兼神、豐玉姫神、大山咋神、建速須佐之男神、
天津日子根神、白山比盗_、橘姫神、須勢理姫神、活津日子根神、積羽八重事代主神、鹽土老翁、
火之迦具土神、天忍穗耳神、熊野久須毘神、天押足彦神、天水分神、白髮神、市寸嶋比賣神、多
紀理毘賣神、乙加豆知神、金山毘古神、闇於加美神、多岐津姫神、天兒屋根神、豐玉彦神、品陀
別神、宇加御魂神、菅原道眞、大山祇神、天之菩卑能神」
三重県松阪市大平尾町67
(なんだか神様のチャンコ料理みたいですね?)
那久志里神社[ナクシリ]
能褒野神社に合祀[のぼの]「日本武尊 配 弟橘姫命、建見兒王」明治11年創建、名越の能褒
野陵を日本武尊の墓に比定、式内社那久志里神社、志婆加支神社を合祀。三重県亀山市田村町1537
國玉命神社[クニタマノ・]
諸口神社[もろぐち]「弟橘姫命」社記は国玉姫命神社に比定、またもろき姫、国玉姫、橘姫は同
一神でもあろうかと問うも当社を弁天と称し、女神なること明らかなりとする。
静岡県田方郡戸田村戸田2710
(この説明もよくわかんないですね?)
大鳥井瀬神社[ヰセ]
大鳥神社摂社の大鳥井瀬神社[いせ]「弟橘姫命」大阪府堺市宿院町東2丁1
橘神社[タチハナ]
橘樹神社[たちばな]「弟橘姫命 配 日本武尊、忍山宿禰」古事記の「七日の後、その后の櫛海
辺に依りき、すなわちその櫛を取りて御陵を作り治め置」とあるのが当社とされる。
千葉県長生郡本納738,739
嶋穴神社[シマアナ]
島穴神社[しまあな]「志那都比古尊、倭比賣尊 配 日本武尊」弟橘姫命が大和国の風鎮めの神・
龍田大社を遥かに拝み、安全に上総国まで航行できたならば、必ずその地に風鎮めの神を祭り報恩
感謝の誠を尽くしますと祈っての社である。
千葉県市原市島野1129,1130
姉埼神社[アネサキ]
姉崎神社[あなさき]「支那斗弁命 配 天兒屋根命、日本武尊、大雀命、塞三柱命」島穴神社の
志那都比古命の妃を祀る。日本武尊が御東征の時、走水の海で暴風雨に遭い、お妃の弟橘姫の犠
牲によって無事上総の地に着かれ、ここ宮山台においてお妃を偲び、風の神志那斗弁命(シナト
ベノミコト)を祀ったのが始まりという。 千葉県市原市姉崎2278
大高山神社[オホタカヤマ](名神大) 白鳥を祭神とする。
大高山神社[おおたかやま]「日本武尊、橘豐日尊 合 迦具土尊、大山祇命」敏達天皇の元年
(五七一年)日本武尊を祭神として創建された。宮城県柴田郡大河原町金ヶ瀬字神山45
(橘豐日尊はちょっと変ですね。神官さんが「日」と「妃」をまちがっちゃったかな?)
寒田神社[サムタ]
寒田神社[さむた]「倭健命、弟橘比賣命、菅原道眞、譽田別命」神奈川県足柄上郡松田町惣領1767
久佐奈岐神社[クサナキ]
久佐奈岐神社[くさなぎ]「日本武尊 配 弟橘姫命、吉備武彦命、大伴武日連命、膳夫七掬脛命」
静岡県清水市山切字宮平101
(その他に関連する変な神社)
蘇賀比盗_社[ソカヒメ]
蘇賀比盗_社「蘇我比淘蜷_、千代春稻荷大神 配 天照皇大神、經津主神、武甕槌神、天兒屋
根神、天兒屋根比賣神、應神天皇、比淘蜷_、神功皇后」天兒屋根比賣神が祀られている珍しい
神社である。日本武尊の軍船沈没の危惧の際、身を投げた姫の中に蘇我大臣の娘たる比唐ェおり、
この下の海岸に打ち上げられたが、幸いに蘇生した。後蘇我一族が国造となった際創建。
千葉県千葉市中央区蘇我町1-188
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業務連絡です 投稿者:Toshy 投稿日:05月12日(金)13時06分51秒
きんたろうさんShinさん勇者ロトさん池内さん
リンクはトップページから貼っていただけますでしょうか。
芥川以外はまだ生煮えのコーナー2つですけど。
チェスのページは閉鎖して、「カルチャーセンター」に改名しました。
http://village.infoweb.or.jp/~fwjd2293/index.htm
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古代出雲年表 投稿者:勇者ロト 投稿日:05月12日(金)12時37分57秒
というのを夢想してみました。下記アドレスです。
http://www68.tcup.com/6825/dragonsuplex.html
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安部さん 投稿者:きんたろう 投稿日:05月12日(金)01時56分47秒
レポート仕上げご苦労様でした^^
わたしもそろそろ寝ます。
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