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出雲国譲りの真相 9



アメノワカヒコ

神戸の港には、鳴女達の乗ってきた小型の手漕ぎ舟だけでなく、大陸との行き来も楽にできるような大型の舟が所狭しと係留されていた。大陸との交易、倭国各地の特産物の集積などはこの神戸だけでなく美保の港でも行われていた。出雲に上陸した鳴女は、火神子(トヨタマヒメ)から、出雲への人質として送られたアメノホヒとアメノワカヒコの居場所を捜し出し面会を求めた。一緒にやってきた宗像の民は、タギリヒメの宮のある杵築行くため神戸の港で別れていた。


「目立たぬよう、その巫女の赤装束を着替えたほうが・・・。」と宗像の者達に勧められたが鳴女は一刻もはやく火神子からの伝言をワカヒコとホヒに伝えたくてそのままの格好で彼らの所在を探った。ホヒたちは人質であっただけでなくヤマタイ連合からの密偵という役目も負っていた が、役目は全く果たしてなかった。二人とも戦のない出雲の生活に慣れ、このような平和を実現した大国主に心酔していた。大国主も彼らの聡明さを気に入り、出雲の熊野にある政庁の近くにそれぞれ独立した宮を持たせ、出雲の「まつりごと」に参加する事を許していた。


神戸の港からの街道沿いは水田の数こそ筑紫平野より少ないが大きな平野が広がっていた。平野の中には小さな山が出雲の大地を鎮めるように点在していた。山の周辺には集落が広がっており、神戸川の水利を利用して徐徐に水田耕作が広がりつつあるのが見てとれた。鳴女はまず阿蘇の山都で面識のあるホヒの宮にたどり着き面会を求めたが、ホヒは大国主とその長男タケミナカタに従って越の国へ赴き留守だっためワカ ヒコの宮の場所を尋ねその方向に歩みを進めた。


「この辺りで一番大きな宮がワカヒコ様の宮だよ。なんたって次ぎの大国主様の姉君を嫁に貰うのだから立派なもんだ」というホヒの宮の門番の話しをもとに捜しだした 宮は、出雲造り(大社造り)の大きな木を柱と梁につかい、大屋根が天に向かって聳えていた。出雲の熊野政庁と比べるとやや小型ではあるが筑紫のヤマタイ連合の小国の宮城に比べればこちらのほうが余程巨大な造りである。熊野辺り一帯と伊都や山都 を比べても何の遜色もない繁栄ぶりである。筑紫のように戦乱が続くことはなかったのか集落の周りには柵などを設置していなかった。ただ宮には門らしき大きな柱が二本垂直に立ち並び、柱のてっぺんにも巨大な柱が地面と水平に掲げられていた。水平の柱には注連縄が巻かれ、銅鐸が提げられていた。


鳴女は門番に面会を求めたが信用されず取り次いでもらえなかった。途方に暮れて門前で立ちすくんでいると、「そこにおる女子、そなたの服装には見覚えがある。」と背後から声がした。鳴女が驚いて振り返るとそこには出雲風の胡服をまとったいかにも高貴そうな若い男が数人の供を引きつれこちらを見ていた。男は鳴女の方に一歩近付きまじまじと彼女の服装を眺めはっと気がついたような顔をして大きな声を上げ た。「女子、もしや阿蘇の火神子様に仕える巫女か?幼き頃阿蘇の山都からこの出雲に来る前に火神子様の御前でそなたと同じ赤装束を纏った巫女を見た覚えがある。」「も、もしやワカヒコ様ですか?」鳴女は今にも泣きそうな顔の中に喜びの笑みがまざったような表情で男に問い掛けた。「いかにも。我は筑紫の火神子の血を引き、出雲大王の養子となり、出雲の西を守る大将軍アメノワカヒコじゃ。」


鳴女はワカヒコの返答を聞き、会えたうれしさにほっとしたあまりそのまま気を失ってその場に倒れ込んだ。ワカヒコは驚き供の者たちに向かって叫んだ。「おいっ!誰かこの女子を宮へ上がらせ介抱しろ!」という声を意識の彼方に聞きながらも鳴女はそのまま眠りこんでしまった。ワカヒコの宮で介抱された鳴女は、筑紫の山都で起こった火神子暗殺、火の神から日の神への祭祀変更、ツヌガアラシトとタカミムスビ・オモイカネらのヤマタイ連合乗っ取り工作、火の神を信奉するものたちの憤りなどをワカヒコに伝え、ワカヒコから大国主に奏上する事を望んだ。火神子の遺言となった「この有り様を出雲の大国主に伝えよ。」という言葉を守るためである。ワカヒコは故国ヤマタイのあまりの変わりようと混乱をしばし茫然と聞いていた。


「伝える事は伝えるが、亡き火神子様は出雲大王に何を求めたのか?我には解らん。出雲大王と日の国となったヤマタイを争わせるのが目的なのか?それで再び火の神の祭祀を取り戻すのが目的なのか?」思案しているワカヒコに鳴女は一言だけ答えた。「とにかく(伝えよ)と申されました。」「うーむ。出雲を戦乱を巻き込む事はできぬ。しかも我の故国と今の我が国の争い じゃ。」


そこへ大国主の息子の一人であるタカヒコ(あじすきたかひこねのみこと)が訪れてきた。母は宗像のタギリヒメで彼の同母妹のテルヒメとワカヒコは大国主の越からの帰還をまって祝言を上げる事になっていた。ワカヒコとタカヒコは歳も同じで背格好も似ており、本当の兄弟のように顔まで似ていた。たまにしか会わぬものはたびたび人違いするほどそっくりで、幼い頃からの親友でもあった。タカヒコは男子の跡継ぎのない大和の大物主に、養子になって大和大物主の三代目を継ぐよう懇請されたため大和に話し合いに向かう前にワカヒコに挨拶にきたのだった。


ワカヒコは「ちょうど良いところに見えられた我が兄よ」と喜びタカヒコに筑紫の事を相談した。タカヒコは一通り話をきくと神妙な顔つきで「越の父上に早船を送り、美保で禊をしているトシロ様(ことしろぬしのみこと=次の大国主)を迎えに行かねばならぬようだ。大和への下向は取りやめじゃ。混乱している筑紫は今こそ落とし時、呪力が強いと噂の名高い火神子亡き今何を遠慮する事があろう。相手が火神子だからこそ父上も 筑紫攻めを諦めておられたのじゃ。倭国新参者の伊都の奴輩に一泡ふかせてやる。」と興奮を隠さずまくし立てた。


タカヒコの反応をみたワカヒコもすっかり伊都国攻めに乗り気となり、酒が入った上とはいえ出雲西部の大将軍として騎馬軍をしたてて一気に関門海峡まで押し寄せるという作戦まで披露した。「とにかく、我は杵築に立ち戻り、諸手舟の早舟をしたて戦の準備にはいる。ワカヒコよ生まれ故郷に攻め入るは気が重かろうが、今やヤマタイはそなたの産まれた国とは別の国、心して準備せよ。我らもいつまでもタケミナカタの兄上の武略に頼っていてはいかん。ここが名を建てるための踏ん張り所だ。共に力を合わせ伊都国を打ち倒そうぞ!」と息巻いてタカヒコは杵築に舞い戻った。