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出雲国譲りの真相 11


戦前夜2(ヤマタイにて)

大国主が、筑紫島への侵攻を決意したころ、伊都のタカミムスビ、オモイカネ親子、吉備のツヌガアラシトらは今後の方策を練っていた。狗奴国に対しては、キクチヒコを納得させる事で兵をひかせることができた。問題は出雲の動きである。出雲対策はツヌガアラシトの故郷である韓半島の力を借り出雲の精鋭八千矛軍を北方越の国に釘付けし、それ以外の出雲軍は関門海峡を吉備瀬戸内水軍によって筑紫島への上陸を阻止するという作戦である。


しかし、どれもこれも所詮一時凌ぎの方策である。キクチヒコが納得したのは狗奴国軍の食糧不足があったからだ。年があけ、作物を収穫した後も休戦状態を続けられるとは思えない。出雲軍とて、精鋭八千矛軍がツヌガアラシトが要請により新羅からきた陽動部隊越の平定に月日を要するとは限らない。現在はヤマタイ国内に向け火神子の死を隠しているので一応の安定状態ではあるが、岩戸から逃げた巫女たちによっていつ火神子の死が民衆に暴露されるか解らないのだ。そうなると民心は混乱する。現在阿蘇の岩戸および宇佐の抜け穴は伊都国軍によって封鎖している。岩戸には経津主、宇佐には手力雄という伊都国最強の将軍二名をこの任務にあてている。逃げた巫女たちを捕えるためでもある。


伊都国のある糸島半島はオモイカネ直属の水軍が守ってはいるが内陸の阿蘇よりは守備に不向きである。阿蘇を狙って侵攻してくる敵を横から迎撃できるという利点はあるが、ここを狙われると万全とは言えない。筑紫島と糸島半島、この二か所に軍があったためこれまでは南韓からの攻撃さえ撃退できたのだ。もし、今回のクーデターが敵に漏れていれば糸島半島に総攻撃を掛けてくるはずである。そうなれば、オモイカネの知謀を以てしても防ぎきれないのは自明の理である。


そこで伊都国の主力を筑紫平野の要害の地山門に配置し、国王タカミムスビら王族もそちらに移動する事になった。山門は西に筑後川という天然の濠をもつ筑紫平野の最深部である。糸島半島の反対側に位置する山門の南正面には入り組んだ海がある。ここからまず攻めて来ることはない。筑紫平野の中央にお互いの兵力を集中させる事になるのは必然である。そうなれば、兵数にまさるヤマタイ連合の優位に戦闘を進められるはずである。筑後川流域がその主戦場となる。また万が一の時は南側の海は阿蘇までの退路にもなり、狗奴国や南方勢力以外の外敵、とくに出雲や半島勢力に対してはより万全な布陣となる。


糸島から撤退する事は、半島への影響力をしばしの間捨てる事につながるが、タカミムスビらは、それでもいいという覚悟もしていた。ヤマタイ連合を完全に掌握することが彼らにとっての最優先事項なのだ。それには劇的な勝利によって敵対勢力を封殺する必要がある。ヤマタイ連合の勢力は北九州から長門、同盟を結んだ吉備は安芸から吉備、そして四国の北岸の瀬戸内一帯を押さえている。出雲は石見から越にかけての日本海沿岸と播磨、摂津、河内、紀伊、山背そして天然の四神相応の配置をもつ大和である。出雲の勢力は東西に長く、一か所に兵力を集中させることはできない。筑紫平野で戦闘を行えば地の利もある。


「大和が今まで通り出雲に従えば、吉備が挟み撃ちとなるやもしれぬ。」とオモイカネは会議の席でツヌガアラシトに話し掛けた。「心配無用でこざる。我らは水軍、いざの時は海上にのがれます。いくら出雲が強かろうと瀬戸内から追い出されるような事はない。舟さえあればどうとでもなります。それより大和の動きを止める策がある。」とツヌガアラシトは自信満々に語りだした。「二代目の大物主とニギハヤヒ周辺は最近きな臭くなっている。初代の火神子(卑弥呼)様がお隠れになったおり、この筑紫島での混乱から抜け出した初代火神子様の隠し子との噂があり、日向を守っておったイワレヒコが、大和の実権を握ろうと画策しておりまる。これに乗じ、大和の軍をくぎづけにするつもりでござる。初代大物主の娘で巫女をしているモモソヒメをヤマタイの新しいひみこ(日巫女)に迎えるのを止めにして、イワレヒコの娘マキヒメを迎えなされ。イワレヒコの血を引くという事は、初代の火神子様の裔でもある。もう結婚はしておりますが、夫婦ごと筑紫に迎えれば大和との縁はより強固になりましょうぞ」


「またれよ!」老いたタカミムスビが珍しく大声でアラシトの言葉を遮った。「大和と縁が結べるのはいいが、日巫女は乙女でないとまずい、夫婦で迎えるは無理があろう。巫女とは神妻でもあるでの。モモソヒメならば大和で日の神を祭った経験もある。」「そうでしたな。さすれば、新しい日の巫女はマキヒメの娘にすれば。」「マキヒメとイリヒコにはまだ子はおらんはずであったが?」「産まれ出てはおりませんが身ごもってはおる。」「では、まだ男女どちらか解らぬではないか」タカミムスビとアラシトが顔を突き合わせ悩んでいるのを横で見ていたオモイカネが笑顔で口を開いた。


「男が生まれれば、日の神は女神であるとすればよろしいのでは?幸いヤマタイには日の神は男神だという常識はないことですし、」 オモイカネの言葉を聞いた二人は「なるほど」といってひざをたたいて笑いあった。筑紫島のヤマタイ連合の方針は決定された。あとは筑後川のそばにある対狗奴国用として使っている砦を増強するだけである。ツヌガアラシトは自ら大和へ赴き、イワレヒコの策を後押しし、成功させミマキイリヒコ夫妻を筑紫へ迎える事となった。吉備の水軍は筑紫で休める事とし、手力雄率いる宇佐水軍と海の祭祀を得意とする奴国の巫女・渦女が同行する事となった。