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出雲国譲りの真相 18


佐比売山

筑紫のオモイカネは着々と出雲との戦の準備を進めていた。出雲軍を筑紫に引き入れたたいておけば当分出雲は動けない。大国主の命でもとれれば大成功だが出雲を敗戦にさえおいこめば吉備のアラシトとの連携で瀬戸内から四国を固めることができる。大和での工作が成功し出雲と大和の連携を絶てば、出雲・越の大国主勢力を地元にくぎづけにできる。そうしておいて瀬戸内、太平洋の航路を独占できれば出雲も越も怖くは無い。


そんなときに、探り女が大国主の元から舞い戻ってきた。探り女はアメノホヒとの密約をオモイカネに報告した。タカミムスビとオモイカネは至急に協議をし早速ホヒの提案した連携作戦に乗ることにした。オモイカネは上手すぎる話だと思いつつもヤマタイ二大将軍フツヌシの配下の副将アメノヒワシを連絡官として大国主の軍勢に同行させることを条件にホヒの作戦にのることにした。ヒワシならこの作戦がホヒの罠だとしても最悪の展開を防げる能力と器量を持ち合わせているからだ。探り女とともにヒワシと彼の配下の精鋭を佐比売山の出雲の関に送ることにした。ヒワシには、ホヒとの交渉を全てシミュレーションして教え込んだ。オモイカネとしては一撃必殺の機会を得るための策を手に入れたこともそうだが、武人であるヒワシに出雲の様子を見せられるチャンスだとも判断していた。


タカミムスビは不安そうにオモイカネに問うた。
「大丈夫かの?ホヒはなかなかに策を労じるものと聞いておる。宇佐に居ったおりから抜け目のない奴だったからな。信用できるのか?」
「そこじゃ、父上。我はホヒのことをよく知らぬ。なにせ我が物心つくかつかぬかのうちに出雲に人質にいったのだ。罠の可能性もあると思うておる。しかし我が魏にいっておったときは故郷がいとしくてしょうがなかった。それを思えばホヒがヤマタイへ帰りたいと願うもわからんわけではない。」


「というても、アラシトとタヂカラオの居ぬまに、こんな大事を決めていいものか?ことは伊都のわれらがヤマタイの全てを手にできるかどうかだけでなく、万が一ホヒの罠だとすれば伊都の血も絶えてしまうほどの敗戦になるやもしれぬ」
「御歳を召されましたな父上。ヒワシを出雲へ遣わしてそれなりの手は打たせまする。例え罠だとしても合戦の場所は我らの地元、地の利もあります。そうは簡単にホヒの思うがままにはさせません。なにより出雲の大国主という大立者を倒せる機会などそうはありませぬ。何、ご安心めされ、このオモイカネが智謀とホヒの姦計、どちらが上と思われるか?」
「いや、そなたの知恵を疑っておるわけではない。兵を伊勢・大和に送った今の兵力では出雲全軍が襲ってきた場合凌げるかどうか?それも心配なのだ」


「いや、それは大丈夫でござろう。タケミナカタは越にて動いてはおりませぬし、今回は大和とてアラシトの策で封じ込まれているでしょうから、兵力的にも我らの方が勝っておる計算です」
「そうじゃな、敵の精鋭八千鉾軍さえこなければ、勝算は我に在りだ。これでアラシトのヤマトからの日神子招請がうまくいけばヤマタイどころか筑紫島、さらには倭国のはてまでわれらのものじゃ」


「ところで、大和を取りこんだ暁には、遷都を行おうと思っております。まず吉備の浦あたりがよろしいかと、そのうち大和も我らの手の内におさめる所存でございます」
「阿蘇を捨てるのか?」
「出雲を完全に叩き潰すには正直なところまだまだ力がたりません。初代のヒミコ様のおり、魏を後ろ盾にした時でさえも出雲はひるみませんでした。それどころか大国主はあの長城を越え遠く蜀漢や北方部族の力を借り魏への牽制まで行いました。張政どのがなかなか半島より離れられなかったのは出雲の策謀が原因でござる。一筋縄ではいきません。さらには狗奴国のヒミクコやキクチヒコを焚き付け我らを呉と揉めさせたのは記憶に新しゅうございます。常に大陸からの影響に晒される筑紫では出雲に対抗する戦力を作り上げるのも難しいのです。ミマキイリヒコと新しき日神子様を通じ大和の地が手に入るなら我々は東遷してかの地に盤居するが上策と思われます。今や大和の国力は無視できない程成長しております。いくら出雲の後ろ盾があろうとこれほどの短期間にあそこまで強大になるのは倭国全体を見渡しても地の利があるということでしょう」


「そうじゃな。我らは火の山の祭祀を捨てたのじゃ、阿蘇に何の未練があろうぞ」
「父上そうでございます。大舟の建造で瀬戸内の海運も発達した今、筑紫に拘る必要はないとおもわれます。」
伊都の国王親子二人の策謀を聞いてか知らずか、阿蘇の山は「どーん」と突如怒りの咆哮のような噴火を二・三回くりかえした。二人のいる館からももうもうと湧きあがる噴煙が天を覆い隠さんとばかり昇るのが見てとれた。


佐比売山は、休火山である。遥か昔出雲の地にやってきた人々は佐比売山の噴火を子々孫々に伝えそれが今では火を噴かぬお山佐比売を火の神の宿る山として崇める理由である。その山の麓、五十猛の海岸近くの集落で、ホヒは宇佐の探り女を待っていた。今日が約束の期限である。今日何も言ってこなければホヒの作戦は完全な失敗となる。出雲にしてもヒミコなき今、旧来の宿敵邪馬台国連合を打ち倒す最大のチャンスでもあった。これを逃し、ヒミコの後継者が正式に決まってしまえば再び膠着状態になるのは目に見えていた。しびれをきらしたホヒが、五十猛の宮から出て浜辺から遠くを眺めていると、数艘の小船が群れをなしてやってくるのが見えた。どうやら探り女の乗る伊都からの舟らしい。出雲舟と違いオールが船体と比較して遠洋向けの大きなものであるから一目でわかる。出雲の諸手舟はスピード重視の短目のオールである。


やってきたのは、探り女とアメノヒワシを大将とする20名の兵士だった。迎えたホヒは海岸では人目につくからという理由で、五十猛の古宮へ一行を案内した。この古宮というのはスサノオの長子イソタケルノミコトの宮であったところだが今は使われておらず、社として周辺の漁民の祭事などに利用されている。海岸から佐比売の山へ通じる道沿いにあり、今の宮は佐比売山の真下にあり、常に兵が常駐する関の役目もはたしている。幸い今は禁漁の季節であり、佐比売山の近くまで行かないと人の目はない。


社の中に入り、御互い拍手と挨拶を交わし早速会談にはいった。まずヒワシの方からこの作戦に乗るための条件がまず述べられた。ホヒは内心思った通りだとほくそえんだがわざと難しい顔をして尋ねた。
「と、するとヒワシ殿を大国主様のそば近くに紛れ込ませなければ今回の策はなかったことにする。という仰せか?」
「そういうことになります。オモイカネ様からは、この提案を拒否されれば信用は置けないとの仰せです」
「そうなれば、私が出雲を裏切らなければヒワシ殿は出雲の大軍の真っ只中あっと言う間もなく踏み潰されましょう。ヒワシ殿はそのあたりご承知か?」
「承知しております。そのような危険は覚悟の上。しかしもう一つ条件があります。ホヒ殿のご子息ヒナトリ様を人質に頂きたい」
「うん、それは尤もな言い分。我が息子はここに連れてきておる。いったんお帰りの上、阿蘇でも宇佐でも伊都へでも連れていかれるがよろしい」


「それは、ご準備のよろしいことで。ただご子息ヒナトリ様といえば大国主のそば近くに仕えておると聞いています。我らに質に出したことがばれるのでは?」
「心配はご無用、ヒナトリは先遣として筑紫へ参らすこと了解いただいておる。はて?さようなことを言われるは質にだすヒナトリが本物かどうかご心配なのかな?」
「それはそうでこざいます。私はヒナトリ殿のお顔を知りませぬ偽者を掴まされたら話にもなりますまい」
「先日越までやってきた探り女が知っておろう?」


ヒワシは探り女を呼びヒナトリの顔を確認させた。探り女に面通しされた14・5歳の少年は間違いなくホヒの息子で大国主の身辺の世話をしていた少年である。ホヒはタカミムスビとオモイカネを騙すために実の息子の命を賭けたのだ。ヒナトリもその父の決意に答えるつもりである。ホヒの仕掛けた罠が発覚すれば真っ先に殺されるはずであろうヒナトリは、それを知っているのにも関わらず涼やかな笑みを浮かべていた。


ホヒとヒワシは開戦の時期まで話し合い、裏切りの合図も確認した。わざとヤマタイ側がわざと明渡した伊都国の都であった糸島の要塞にホヒが入ったあと筑紫平野の西部に展開する大国主の本隊をホヒの裏切り軍と阿蘇の本隊が挟み撃ちにし、その混乱に乗じて親衛隊に紛れ込んだヒワシが大国主の首を取るという簡単な段取りが立てられた。タカミムスビらは伊都の都からすでに撤退し阿蘇の西北に位置する旧都吉野ヶ里の近くに新たに本拠を構えている。伊都のすぐ隣にある松浦にはフツヌシ将軍が精鋭を配置しているため万が一ヒワシが討ち漏らしたとしても大国主が筑紫から脱出するルートは瀬戸内海方面しかない。そこにも吉備の海軍が押し寄せてくる寸法である。まさに大国主は囚われたも同然である。


ヒワシはヒナトリを筑紫に連れかえりオモイカネに預け作戦の確認後、とんぼ帰りして大国主本隊にホヒの手引きにより紛れ込む手はずもできた。探り女は連絡役としてホヒに預けられた。ヒワシは洋々とした気持ちで筑紫へ引き上げていった。


ヒワシとの会談も上々のできで乗りきったホヒは佐比売の御山に鎮まる火の神に感謝の祈りを捧げた。五十猛からの帰り道、探り女を途中の玉造で降ろしたホヒは探り女を出陣の触れがでた直後に殺すことを兵士命じ、十人漕ぎの快速諸手舟に乗りこみ越の国へと向かった。ホヒの作戦の最大の隠し玉の最終確認のためである。越で繰り広げている極秘作戦が予定通り進んでないと今までのの苦労も水の泡、ヒナトリの命も無駄になる。ホヒを乗せた諸手舟は玉造の港から海岸沿いの航路を飛ぶようなスピードで駆けぬけて行った。筑紫への出陣はもう時間の問題である。