2/15



出雲国譲りの真相 19


シイネツヒコ登場

大和へ向かう途中の月夜、播磨の室の津でアラシトが播磨灘に浮かぶ船団を見つけたとき、どうやら舟の方でも騎馬のアラシト一行の姿を見つけたようだ。舟は海上で二手に分かれた。一方はアラシトらの進行方向である揖保川の河口に向かい、もう一方はアラシトらに向かって直進してくるようだ。
「何者?」とアラシトは訝しがったが、こちらへ来る舟はたった二艘で二艘合わせてもほんの10人ほどしか乗りこんでいないようだった。それを見てとったアラシトは不敵にも海岸が見渡せる場所を見つけそこに人馬もろとも移動した。得体の知れない舟の者を待ち構えるつもりである。もちろん勝算はアラシトの方にある。人数こそ同程度ではあるが剣や鎧など武装では数段勝っている自信もあり、危険を撃退する技も持ち合わせているからだ。


アラシトは月の光を背にうけ、半島から輸入した巨馬に跨り、恐ろしい形相の角付きの兜をかぶり長柄の矛を携え海から上がってくる者達を待ちうけた。その海人たちは月明かりに照らし出された。武装していないのがアラシトにもはっきりと見えた。アラシト一行はふっと緊張を解いた。海人たちは一言も発さず、アラシトらの陣取るすぐそばまで一人の男を守るように円形でかこんだ状態で近づいてきた。


「そこに見えるはここ数年瀬戸の内海を荒らす海賊、吉備のミサキのツヌガアラシトその人なるか!」
円の中央に居た軽装ながらも気高い雰囲気を漂わせる一人の若者が「ずいっ」と囲みから出ると同時に大音声で叫んだ。若者は返事も待たず口上をつづけた。
「我は伊予のオオヤマツミの後を継ぎ、瀬戸の内海の西海を収めるものである。御主に一言あってまかりこした。吉備のミサキ(児島)に赴くと無用の戦が起こさねばならぬかもしれぬのでここで待ち伏せた次第、ご了承あれ」
「それはそれは、ご丁寧な。瀬戸の利権を奪った我に恨み言の一つでも言いにこられたのか?」
そのあざけるような言葉に反応した共の海人たちが背に隠した小刀を抜こうとしたのを押し留めたシイネツヒコはうっすらと笑みを浮かべアラシトの真正面たちふさがりアラシトに直接話かけた。アラシトが矛を突けば一たまりもない距離である。


「良いのか?そんな偉そうな言葉を吐いて。我らは中立の立場をとってきたつもりだが、敵にまわしたいのか?」
「ふん、我らの動きに対し何もできなかった癖に今ごろ脅しをかけてきてももう遅いわ」
「そうかな?どうして我々がここで張っていたと思う?」
その自信の溢れた言葉にアラシトは一瞬とまどった
「まさか。タヂカラオの身に・・・・・」
いいかけたアラシトの言をさえぎりシイネツヒコは話をつづけた。
「そう、そのまさかよ。のうのうと大きな戦船で我らが領海に入りこんできよったのでとりあえず捕らえておいた。あの無能者に土佐まわりで伊勢まで行くのは到底無理であろう。アメノウズメとかいう巫女が何もかも話してくれたわ」


「うーん。」
と一言だけ唸り考え込んだアラシトは、シイネツヒコを味方に引き込むしかないと即座に判断した。
「シイネツヒコ殿、どうであろう?我々に協力してくれまいか?褒美といってはなんだが、四国と瀬戸内の権利はそなたのものとするように計らうがどうであろう?」
「大仰な角を付けた兜をかぶせたその頭の中は空っぽか?褒美などおぬしらからもらわずとも我らは我らのやりたいようにやれば四国と瀬戸内は我らのものにできる」


「では、何が望みでここまでワシに会いにきた?」
「周旋じゃ」
「何?出雲と筑紫をか?」
「そうじゃ、我らは筑紫とも出雲ともうまくやってきた。わが父はイワレヒコの大和入りにも尽力し、筑紫と大和を結んだ。今度は出雲と筑紫、大和を纏めようと思っての。よそ者の伊都のタカミムスビ親子やお主ら日矛のものには任せてはおけん、明けても暮れても戦続きになるは目に見えておる。」
「伊予の田舎者が大言壮語も甚だしい!今やお主らの出る幕はないわ!倭国は我らの手で生まれ変わるのじゃ」


「我の号令一つで河内から宇佐まで全ての瀬戸内の海人が吉備の児島に襲い掛かるがそれでも良いかな?そなたらかつての日矛が留守にしておる吉備など赤子の手を捻るも同然。ほんの数日前までの3年間、我が父の喪に服しておったため吉備と宇佐の間の瀬戸内をそなたらの好きにさせておいたがたった今からそうは行かぬぞ!」
と、シイネツヒコは不敵な笑みを続けた。アラシトは酷く困惑した。確かに吉備に入ってから数年激しく抵抗を示していた瀬戸の海人たちは3年前からピタリとおとなしくなって吉備の配下となるものも増えてきた。アラシトの戦略がずばりと当たったためと思いこんでいたがそうではなかったのかもしれない。第一、播磨の港を制圧した後も出雲や大和には瀬戸内からの貢物が上がっていた。播磨に残ったアシハラシコオの軍からだと思いこんでいたが、よくよく考えてみれば海産物を貢ぐには無理がある。アラシトの目をかいくぐってこやつらが貢いでいたのかもしれぬ。そう思ったらアラシトの脳裏に急に不安が巻き起こった。


「ではそなたの周旋の策を聞かせてもらおう。我ら吉備や筑紫が飲めるものならヤブサカではない」
「では、開陳させていただく、心してお聞きなされ。まず、
第一に倭国の都は大和とする。
第二に出雲の大国主を大和に移し大物主を廃止し倭国の正統国王とする。
第三に筑紫と出雲大和と再び婚姻を結びミマキイリヒコ夫妻は筑紫のヒミコとなる。
第四に筑紫は副都とし宇佐に政庁を置き、邪馬台国連合をなくし狗奴国を併呑し。
第五に出雲の西部と丹波但馬はおぬしら日矛のものとし鉄山も銅山も好きに使われるがよろしい。
第六にニギハヤヒとモノノベらは東国尾張に移しそこから先は切り取り自由じゃ。
そして最後にタカミムスビとオモイカネ親子はオモイカネの娘をコトシロヌシに娶わせ大和にて大国主の岳父として権勢を誇られるがよかろう。いかがじゃ?」


「それは・・・・。」
アラシトの心は乱れた。アラシトが出雲を憎む理由として故郷である半島北東部との交易圏を大国主に握られていることがある。それも自らの手に入りしかもこれからの世で利益を生むであろう銅山と鉄山の権利を手にできるのだ。しかも邪魔者ニギハヤヒを東国においやることができる。出雲と鉄山が手にはいるのであれば一旦これを了承し後にでも独力での倭国支配も夢ではない。だが話しが上手すぎる。たかだか伊予の水軍大将にそれほどの実行力があるとは思えない。しかもこれらの策では瀬戸内しかシイネツヒコは手に入れられない。これだけの列島勢力の大改造を行う元となる彼がどうしてこれで納得できるのか半島生まれのアラシトには理解できなかった。半島南部と同化しているヤマタイ連合のオモイカネらも不思議であろう。オモイカネらはもともと自分達が王となるのを望んではいない。今回も新しいヒミコを大和から呼び寄せて女王とし、これを裏で操り筑紫島を統一するのが先決と思っている。アラシトとしてはタヂカラオを捕らえられた今、筑紫に落ちるかイリヒコと結んで少数クーデターを起こし大和を奪うしか道は残されていない。吉備児島は伊予水軍によって風前の灯火のはずだ。へたをするともう奪われているかもしれない。アラシトには港の部分しか土地を必要しない海人が求めるものが今一つ理解できないのだ。国を所望しないこの男がもう一つ信用できなかった。


「シイネツヒコ殿、そなたは何の利益があってこの周旋を思いついた。何が望なのだ」
「そうさなぁ?わしら海人には領地は必要ない、商売のための港が平穏であればそれでいいのだ。戦のために港を閉められてはこちとら御飯のくいあげだからな」
といってシイネツヒコはニヤリと笑った。
「そうそう、もう一つ条件がある。我には子が幾人かおる。これらの子と大国主、イリヒコ、オモイカネ、ニギハヤヒそして御主と婚姻を結びたい。そうすれば我が血筋は今後どういう世がこようとどこかで生き続けられよう。それが望だ。系譜を繋ぐ事。それが我ら元の倭人の最大の望じゃ」
といって大きな声で笑いだした。


そうこうしているうちに、室津の海の向こうから太陽が昇ってきた。アラシトはひとまず考えさせてくれとシイネツヒコに頼み、室津の港から北にあがった所にあり吉備の支配下にある揖保の里で野営することに決めた。シイネツヒコは二日後にもう一度会うことを約し、海へと帰っていった。更に配下に児島と大和の様子を伺いに行かせ、自らは十数名の幹部と話し合うことにした。