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出雲国譲りの真相 1


プロローグ


ある日出雲の政庁、熊野は人でごったがえしていた。全身に入れ墨をいれた者、中国大陸北部風の胡服を着た者、腰巻きをまきつけただけの者など、この国に暮らす全ての人が集まってきていた。


今日は新しい出雲の大王の誕生の日である。


当時の出雲では王権の末子相続が掟であったため、まだ子供であるトシロ(言代主命)が次ぎの大国主となるための儀式が行われる日と言った方がよいだろう。人々はこの平和が次ぎの代に続くようにと祈り願うために集まってきたのだ。熊野の宮の宮前は出雲中の人、そして大国主の威が届く全ての国からの代表者であふれていた。


儀式の指揮はトシロの長兄ミナカタ(タケミナカタノカミ)によって執り行われる。この栄誉をつつがなく行うことによりミナカタは新しい王の宰相の座に就けるのだ。


熊野の宮に時をつげる鐸の音が鳴り響いた。いよいよ儀式の始まりである。各国の代表者達は順に大国主の前に通される。一番乗りは初代の大国主の御世に枝分かれをした大和の国である。


大和の始祖は加茂武角身という初代大国主の長男で、鋭気が盛んすぎるため出雲から大和に移り独立したのだった。加茂武角身に付き従ったのが大年つまり大物主である。加茂武角身は子をなさなかったため、大和での大国主の血筋は途絶えてしまっていたが大物主の子孫が出雲の祭祀をうけついでいた。今回の使節はコヤネ(アメノコヤネノカミ)という常陸の国出身の男が代表で、その長子ミカヅチと共に大和から出雲へ寿詞を伝えにやってきたのだ。


大和は出雲系の国の中でもいまや本国出雲を凌ぐほどの国威をもっており、大和以東の諸国は大和を通じて出雲に臣従している形をとっていた。


大国主とトシロは大きな柱一本が床から突き出ている以外何もない政庁の二階大広間の一番奥に並んで座っていた。大和からの使者コヤネは平伏の姿勢のまま大きな柱の反対側へじりじりとひざたてでたどり着き、大きな柏手を一回打ち顔をあげ大国主の方を向き恭しく挨拶の詞を唄いあげ大国主とトシロの前へと進みでた。ミカヅチはその背後で礼拝の姿勢をとり控えていた。


ミカヅチは父の後ろ姿に視線を向け深呼吸しながら出雲から受け継がれた大和王権の象徴「トツカノツルギ」のはいった木箱を両手で頭上に差し上げた。「トツカノツルギ」は初代大国主から加茂武角身が賜った剣で当時まだ珍しかった鉄剣であり、銅剣より殺傷能力が高いため切り付けられると瞬時に生を死にかえる事から「神宿る剣」として、単なる武器でなく、祭祀の対象として恐れられていた。大国主の儀式によってこの剣に新しい幸魂を向かえ、それを奉ることにより出雲の属国としての祭祀を行うのだ。


ミカヅチは両手を床につけ礼拝の姿勢のまま大和での出来事を思い描き床に汗で滲んだ額をこすりつけた。