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出雲国譲りの真相 2


第一章「神武の陰謀」


九州を大乱に巻き込んだクナ国(狗奴国)とヤマタイ国の戦争から、はや5O年の月日が流れていた。


ヤマタイ国は抗争の末、魏の滅亡による外交的な不運もあり、傘下の各国の独立が進み実質上崩壊していた。一方、クナ国はヤマタイ国との国境を北上させ、国境付近の日向のヤマタイ連合は完全にクナ国に吸収され、ヤマタイ連合王族達は各地に逃亡していた。


畿内では、出雲の勢力が播磨から大和にかけて広がっていた。大物主は日向からの逃亡者イワレヒコ(神武天皇)を加茂武角身の妹の婿に向かえ、大陸から九州に流入してきた新しい文化を大和の地に広める役目を与え、自分の領地である纏向つまり三輪山の山裾に住まわせていた。


破格の待遇である。大物主は現在二代目がその地位をついでいた。大和の宰相は魏から渡ってきたニギハヤヒがつとめていた。ニギハヤヒはイワレヒコ一族を毛嫌いしていたがイワレヒコはよく働き、橿原の地を開拓し、そこに移り住んだが、逃亡者の汚名はついに晴らすことができなかった。


失意の内にいた彼を唯一慰めたのは、子供達だった。特に末の娘マキヒメ(ミマキビメ)は彼のお気に入りで目にいれても痛く無いほどかわいがっていた。


今日は橿原の地を受け継ぐ跡継ぎを決定する日である。


イワレヒコの宮には、纏向のイリヒコに嫁いだ末の娘以外の子供達が勢揃いしていた。纏向は橿原から少し離れているので遅れているようだった。マキヒメの兄姉達は既にイワレヒコに挨拶をし、別室に通されていた。イワレヒコは身の回りの世話をしている下女と二人で寝床のある部屋でマキヒメとイリヒコ(ミマキイリヒコ 後の崇神天皇)の夫婦を待っていた。


「マキヒメはまだか」 とイワレヒコは病床の中で呻くようにつぶやいた。 と、その時橿原の宮中に響く声が聞こえてきた。「義父上、義父上!」 声の主は大股でイワレヒコの寝所にはいってきた。「イリヒコよ大声をたてなくとも聞こえておるわ、相変わらず不作法な男よのう。」 イワレヒコは答えながら床の上で半身を起こし、イリヒコの背後を覗き込んだ。


イリヒコの後ろに雅な韓風の衣装をまとった、若く美しい女性が立っていた。 「おとうさま、お久しぶりです」 「おー、マキヒメそなたを待っておったのだ。そなたの顔を見るまではおいそれとは死ねはせんよ。」 「まあ、おとうさま死ぬなんて不吉な事を・・」 イワレヒコはマキヒメの言葉を遮るように首をふった。「それもそうだな。まだまだ死ぬわけにはいかんよ」 とイワレヒコはほほ笑みながら、イリヒコをそばにこいとばかりに手招きした。イリヒコはいぶかりながらもイワレヒコの床の前に歩を進めた。


「お主にこの橿原を授けようと思う。」と、唐突にきりだした。「それは有り難い事です。しかし、義兄上達がゆるさないでしょう。私は大物主様に仕え纏向に住まいしております。橿原の事は、ようわかりませんし、・・・」 「何を弱気な事を、任那の地よりやってきてアメノヒボコ(天日の矛)と恐れられたお主のせりふとは思えんな」 「それはもう昔の事、出雲の大将タケミナカタと義兄上(垂仁天皇)様の軍に破れ、いまやこの大和の地にて、大物主様にお仕えする身・・・」 「ふん、お主にかわいい娘を嫁がせたのは、今の大物主様に忠誠だからではない。大物主の君側の奸ニギハヤヒを打ち殺せるのは、この大和の国にただ一人、おまえだけと思っているからじゃ。わしは、日向からこの地にやってきて先代の大物主様には世話になった。今の大物主様に不満があるわけではない。出雲大王(大国主)の下兄弟として偶してくれておるでな。」


「ニギハヤヒ様は確かに傍若無人の振る舞いが多い方ですが、その博識さら大物主様の信頼厚き方です。その方を誅するなど、たとえうまくいったとしても、橿原の立場を危うくすると思いますが・・」 「何、臆する事はない、お主の妻マキヒメは大和の地を開かれた加茂武角身様の姪でもある。場合によっては、大和の王の正当としてマキヒメを立て、大物主様と談判に及ぶのも手の一つじゃ。」 「私の纏向の配下と義兄上達の配下を橿原の人数にあわせてもニギハヤヒ様の配下の数には及びますまい。戦をしかけても勝てるとは思いませぬ。」 イリヒコは語気を強めて言い切った。


「ほう、興奮するとは、そなたも満更でもない様子、大丈夫じゃ、何もニギハヤヒ一人を除くに戦をするつもりなどない。」 「では、どういう手だてを」 いいかけたイリヒコの言葉を遮り、イワレヒコは床から立ち上がった。 「それを、これから評定するのだ。息子達も待ち兼ねているであろう、さっ、広間へいくぞ。」 イリヒコとマキヒメはあっけにとられたように、立ち上がったイワレヒコを見た。 「父上、お体は・・・」 「マキヒメよ、敵を欺くには、まず味方からじゃ。わしは病なぞわずらっとらん。」 と言い残しイワレヒコは広間の方へ歩きだした。