ハートじかけの音楽


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 夏の盛りも半ば過ぎ、夕日に焼ける石畳も一頃よりは陽炎を生み出さず、ゾロはその上をすらりと通り過ぎながら上
がり框へ入り込んだ。風の通りが良いのか、一歩踏み込んだ先はひんやりと涼やかで優しい。それに知らずほっと息
を吐きながら、靴を脱ぎ捨て玄関へ上がった。がらんとした廊下は嫌に静かで、片側に並んだ個室からも物音一つ漏
れては来ない。
 それもそのハズで、この建物の住人たちの一日の行動を鑑みれば、夕飯にも手の届かない時間帯では誰がいるわ
けもない。実際自分も今日のように急なバイトのキャンセルが入らなければ、今ここに居るはずもないのだと思い、ゾロ
は足先で靴を揃えながらフト、左手に囲いなく開放された食堂を見た。
 この二階建ての建物の一階部分は玄関から入って右側面は個室が並び、左側には食堂と台所、簡素なシャワー室
がしつらえてあり、住人たちはその共有スペースに集まっては下らない話を延々と続けたり、持ち寄った安い酒を一緒
に飲んだりする。食堂というよりは、ホテルのエントランスに近い風情だったが、ゾロはこの造りが嫌いではなかった。
 まだこの建物が学生寮として繁盛していた頃は、その隣の台所もシャワー室も頻繁に使われていたし、賄いの人間な
ども居たと聞いたが、今はそのほとんどが使われることはない。
 シャワー室はたまに寝ぼけてシャワーのホースをねじ切ってしまったルフィや、浴室の床いっぱいに画材道具を広げ
てどうにもならなくなったウソップが掃除を兼ねて使うだけで、締め切られていることが多く、台所に至っては自炊をする
ものが皆無に近い上、小さいとはいえ自室に簡単な調理スペースがあるので、使われることはほぼなかった。
 しかし、それもサンジがここへ来る前までの話だ。
 ゾロは自室のある二階へ階段を上りながら、小さく息を吐いた。
 あの日から、サンジとは顔を合わせないまま二週間ばかりが過ぎようとしていた。
 元々生活時間がすれ違いの多い二人である。どこかのレストランでコックをしているサンジと、自力で学費を払ってい
るバイト三昧の大学生のゾロとでは時間を合わせようにも、空いている時間の方が少ないのだ。
 階段を上りきり、自室のドアを開ける。フト、突き当たりのドアが目に入った。二つ向こうのドア。サンジの部屋だ。
 この時間、主の居ない部屋から何の物音もしない。シンとした廊下に小さく軋んだ床板の音だけが、ゾロの耳を重く打
った。
 誤解したんだろうか。
 フト、そんな考えがゾロの頭の中へスルリと入り込んだ。
 誤解も何も、実際自分達は肌着一つ付けずに同衾していたことは事実だ。誤解も何もあったものじゃない。
 そうでなく、そうではなく。
 何故か混乱し始めた頭を抱えて、ゾロは乱暴にドアをこじ開けた。古い割りに立て付けのしっかりしている扉にそんな
力など不要のものではあったが、いくらかの混乱や苛立ちをどうにか収めようとしたゾロの心情を慮れば無理も無かっ
た。
 サンジを友人だと思っていた。お互い気に入らないことや、腹に据えかねる部分があっても、それを置いても尚一緒
に居ることが不快でなく、むしろ楽しかった。自惚れでなく、サンジもそう思っていたと思う。
 それなのに。
 俺が、騙した事になるのかもしれない。
 ゾロはべたりと土間口に座り込み、膝の間に顔を埋めた。
 きっとサンジから見れば、平気で男と寝るようなヤツだと思っただろう。あるいは自分もその対象になりうる事を、危ぶ
んだのかもしれない。
 どちらにしろ、友人だと思っていた相手が、男と寝ているところをいきなり見せられて引かないヤツはいないだろう。
 そう思えばゾロの方からサンジに近づくことなど出来はしないのだ。
 もし、汚いものでも見るような目で見られたら。

 そう思うだけで、何故か酷く胸が痛んだ。






















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