そう言ってゾロは手土産を片手に部屋へ来る。 この下宿の中で部屋にビデオデッキがあるのはナミとウソップだけだ。まさかナミに見せてくれとは言えないので、大 概ゾロはウソップの部屋へ来る。ウソップもきちんと手土産を持って来れば邪険にはしないので、余計に嬉しいらしい。 ゾロはそんな風に変なところでとても無邪気に喜んだ。 今日の手土産はミートパイ。 ビデオは何年か前の二カ国合作の作品だった。 「お前さ、ちょっと無防備すぎるんだよ」 「…無防備?」 「ああ」 今まで無謀と言われたことはあっても、無防備といわれたことはないのだろう。 まるで生まれて始めてその単語を聞いたという風に、真剣に画面に見いっていたゾロは振り向いてウソップの顔をま じまじと眺めた。 「それは…初耳だな」 「まあ、そりゃそうだ」 じゃあ一体どっちなんだ。 言い募ろうとした傍からウソップは目の前のミートパイを口に放りこんで遮ってしまう。ゾロはそれを見て仕方なく会話 の途中で画面に視線を戻しながらも、それが不満そうだった。 そうしてゾロがこちらを見ていないのをこれ幸いと、ゾロの分までウソップはミートパイを口に詰めこんだ。 「別に何時もお前がミニスカートで足を組んだり、胸元の開いたドレスを着てるって言いたいわけじゃないぜ?」 「…当たり前だ」 勢い想像してしまったらしいゾロが、心底ぞっとしたような顔で呟いた。 こちらもうっかり想像してしまったウソップが、複雑な表情でペロリと指先についたパイの粉を舐め、冷めてしまった緑 茶で息をついた。 「お前ってさ、普段は獣並に用心深いくせに、一回信用した人間には平気で腹見せて寝るだろう」 「うつ伏せで寝ろってことか?」 「違くて」 きょとんとして、ゾロが聞いて来るので、ウソップはこれ以上無いくらいに大きなため息を吐いた。 「信用した人間には、甘いって事。…自覚無いっていうのが、一番性質悪ぃな」 初めてルフィがゾロを連れて来た時、ウソップは本気でゾロが野生の獣かと思って驚いた。 全身傷だらけ、痣だらけ、服には血がこびりつき、口元をむっつりと引き結び、油断無く配られる視線はぎらぎらと鋭 利な殺気を放っていた。 そんな男が陽気なルフィの後からのっそりと入ってきたのだ。しかも頭やら肩やらにはうず高く雪が積もっていて、そう とう長い間風雪に曝されていたのが見て取れた。どう考えても堅気には見えない。 一体どこの山から降りてきた熊かという風情だ。 そう言えばその場で危うく失神寸前になっていたウソップを見て、あの日のゾロも今日の様にきょとんとした顔をして いたのを思い出す。 警戒心の使い分けが、極端に激しい男なのだ。 「それが、時として相手の誤解を招くって話」 「・・・話が見えねぇな」 「まあ、そうだろうな」 ウソップはこれから一気に持ち込まなくてはいけない結論に向けて、膝を正す。ミートパイはとっくに腹に収まってい る。 急に改まったウソップに、あわせるようにゾロも姿勢を正した。 「エースの話」 ぴくっとゾロの眉尻が動いた。普段、無用な動揺は鼻で笑う男である。確かな手応えにウソップは内心ほっとした。 「実際のところ、どうなわけ?お前と、エースは」 ウソップはまだ高校生だが、知人から預かったこのアパートを立派に切り盛りしている一人前の商売人だ。 そういった事情もあって、この歳にして人の心の機微にも聡い。それだけに、本来であればこんな風に人の事情に無 遠慮な踏み込み方をするのは望む所のものではない。しかしそれを押しても尚相手の中に踏み込まざる得ない理由は ただ一つ。 この建物の管理人としての使命。 何故ならば、その話題が原因といえるような騒動が、昨晩危うく建物を半壊させるところだったからだ。 「俺はな、ゾロ。出来ればお前らの問題に首を突っ込むような真似はしたくねぇ」 腕を組み、チラリと天井を仰いでウソップが呟いた。 「だがな、家を半壊させるような兄弟喧嘩が始まっちゃぁ、放っとく訳にもいかねぇんだよ」 「・・・すまねぇ」 ゾロは素直に頭を下げた。 もちろん、昨日の喧嘩にゾロが参戦していたわけでも、ましてやその場にいたわけでもない。 しかし明らかに原因がゾロにあったことは、その場にいた全員が証言するところのものだった。 即ち、エース・ルフィ兄弟が、建物を半壊させかねない勢いで暴れまわった理由が「エースがゾロを独り占めしようとし たか否か」だったからだ。 「お前が悪いわけじゃないのは分かってる。なんにしても大げさな兄弟だからな。でも、流石にあそこまで騒がれちゃ、 黙ってるわけにもいかねぇんだわ」 「そうだろうな・・・」 ゾロは頭抱えて唸った。 昨晩に限ってゾロは夜勤のバイトに出ており、部屋には不在だった。それが止めようも無い兄弟喧嘩に発展した引き 金になった。・・・らしい。争いの当初に居合わせたわけではないので今一状況が不明瞭だった。しかしゾロも床板の抜 けかけた廊下や、蝶番の外れかけた自室の扉を見て、信じないわけにはいかなかったようだ。 ちなみにゾロの不在を知らずにルフィが無理やり入ろうとして、ドアノブは何処かへ吹き飛んでしまっていた。 「まあ、昨日はサンジが早番でたまたま部屋にいたからどうにか収まったけどな・・・本当、俺一人じゃとてもじゃないが 太刀打ちできん」 ふんっと鼻息も荒く自己主張をするウソップを他所に、ゾロはピクリと肩を揺らしてウソップを見上げてきた。 「サンジは・・・居たのか。その場に」 「あ?ああ。お陰で助かったぜ」 「そうか・・・」 それきり難しい顔で黙ってしまったゾロに、ウソップは首を傾げた。 これは自分が思っているより、根が深い問題だったかも知れない。 「・・・ウソップ」 「お、おう」 知らずに地雷を踏んでしまったか? ウソップは少し体を引いて頷いた。 「ごめんな」 「あ、ああ・・・うん」 そう言ってウソップが頷けば、ゾロは眉を下げて、あからさまに目元を緩めて安心するので、だからそんなところが無 防備なのだと思うのだけど、それは言わずに新しい茶を煎れるために立ち上がった。 えーとね、どうしてもウソップが出したかったの。 だって絶対ウソップとゾロは仲良しだと思うの。 ってゆーか、一方的にゾロがウソップをお気にだと思うの。 ダメですか。そうですか・・・。 |