ハートじかけの音楽


9


















 落ち込んでいる、という言葉があまり好きではない。
 他人が言うのも好きではないし、ましてや自分で言うなど真っ平ごめんだ。
 それなのに結局のところ今の自分の状態を言い表すにはそれが一番ぴったりだと思う。そう思えば余計に気分は暗く
沈んだ。
 目を閉じても開いても、全く同じ様な闇の中でゾロは小さく息を吐いた。

 昔は闇の中で眠るは当然のことだった。気配を悟られないように、こちらの動きを気取られないように。一筋の明かり
にさえ気を配り、いつでも闇に目を慣れさせた。
 船で過ごす日常は常に大勢の人間との共同生活に他ならない。けれどただ一人、航海の無事を背負って立つゾロ
は、いつだって一人だった。船底に身を寄せて一時の眠りを貪る時も、敵船の襲撃を受けて迎え撃つ時も、仕事を終え
て船を降りた後も、ゾロはいつだって一人だった。
 そしてそれはごく当然のことであり、見返る相手が居ることは危険極まりないリスクを負うに等しかった。
 それが今ではこうして地の上に足を付け、一時でない居を構え、いつも騒がしい中で孤独を感じる暇もない。
 海を渡り、船を守る。観光船や商業船、役人の船を守るのは言うほどに易くなく、一度公海上に出ればたやすく海賊
に捕まる子羊の群れを身を張って守るのがゾロの仕事だった。
 自分の生業に疑問を感じた事をこれまで一度もない。自分の気性が市井の暮らしに馴染めぬことなど、とっくの昔に
分かっていた。だからこそ遠い故郷の者達は、ゾロの出奔をまるで当然のことのように受け止めた。
 ありていに言えば、厄介払いが出来たとほっとしていたに違いない。
 しかし中にはきちんとゾロの事を思って送り出してくれた人も居る。それが分かっていれば十分だった。
 






 手のひらを天井に向けて広げると、闇に慣れた目が微かにその輪郭を捉えた。
 右手、左手。くるりと反して、右手の甲、左手の甲。
 そうして昔の事を思いながら、この少し変わった港町に住み着いて、大分経つのだとぼんやりと考えた。
 本来であれば、次の仕事が見つかればすぐにでも離れる街だった。
 それは今まで立ち寄ったどこの街にも言えた事で、今まで長く一つの所に留まったことはない。船の着く先で船を降
り、そこからまた次の仕事の為に船に乗った。行き先のない旅だった。どこへついても同じだった。
 それがひょんなことからルフィと知り合い、あれよあれよという間にここへ留まる事になってしまった。
 その上、この街で市民権を取るには婚姻か入籍、学籍が必要だという。お陰でゾロの今の身分は学生という事になっ
ている。今更何を学ぶのだという気はするが、そうしなければこの街に長期滞在は出来ないのだ。
 ゾロがここに留まる事がさも当然だというように、勝手に試験日程を決めてきたルフィの顔を今でもはっきりと覚えて
いる。
「ゾロは剣が使えるから、それで簡単に入れるぜ!」
 一体どういう基準で自分が学生などになれるというのか。問い返そうとするゾロに、ルフィはニシシ、と口元を笑いに
歪めて、さも楽しそうに声を上げた。あまりの大声に驚いて部屋を飛び出してきたウソップが転んで鼻を打ってのた打
ち回った。それでルフィがまた嬉しそうに笑うので、ゾロはすっかり抵抗する気が失せてしまったのだった。
 それからずっと、この街に居る。
 たまに金の為に海に出ることはあるが、きちんと帰りの船に乗船して、いつも短期の仕事を選んだ。
 ゆっくりと上げていた両腕を広げて床につける。ひんやりとした感触が、夏の陽に焼けた肌に気持ちがいい。
 この街に、来なければ良かった。
 そっと目を閉じ、同じ闇に身を浸しながらゾロは考えた。
 そうすれば、こんな気分になることも、こんな気持ちになることもなかったのに。
 昼の食堂で、ナミが最後に言った別れ際の言葉を思い出す。
 ナミはいつでも難しい言葉を使っては、相手を翻弄するけれど、そんな風に本当に相手に分かって欲しい時はきちん
と相手に伝わる言葉を選ぶ。今日のナミはそんな感じでゾロに言った。
「エースの誘いを断った理由って、何?」
 それだけ言って、ヒラリと笑った。そのまま颯爽と纏わり付く羨望の視線も気にせずにナミは食堂を出て行った。
 翳って薄暗い出口の中で、真っ白いワンピースの裾がたわわに揺れた。
 ナミは知っている。ゾロが何を求めて海を彷徨っていたかを。
 だからナミは航海管理局に仕事を取りに行くゾロに何気ない風を装っては同伴し、候補の仕事を横から検分する。
 面倒がって内容をきちんと見ないゾロの為に、ゾロの目的に一番近いものを選ぶのだ。
 一度だけ、ゾロはナミに聞いたことがある。何故そんな事をするのかと。

『あんたの腕がなまったら、あんたはここを出て行くでしょう』

 平然とそう言った。ゾロは驚いて言葉も出なかった。
 ナミは知っている。ゾロが何よりも心に剣を掲げて生きている事を。
 そしてその為には、平気でこの地を捨てるということを。
 それからゾロは、何も言わずにナミを隣に管理局に行くようになった。
 そんな遠まわしなナミの気持ちを、簡単に否定する気には到底なれなかった。
 だからナミは言ったのだ。どうしてエースの誘いを断ったのかと。あれは彼女の疑問だったから。
 エースと道を同じにするという事。それは本来ゾロが望んだ世界であり、またゾロの居るべき世界でもあった。 
 ナミは知っている。だから何故ゾロがその誘いを断ったのか、ただ純粋に分からなかったのだ。



 俺の剣は、鈍ってしまったのか?



 そう思ったとき、漠然とした戦慄が背筋を走った。























女王様曰  top   10







少なくとも、「現代」パラレルではなくなってしまいました・・・。
現代「風」パラレルです!そうなんです!
一体どうなっちゃうの・・・?(お前が聞くな)