「湖の住人」の原作を読んで以来、「クトゥルフの呼び声」日本語版ルールブックを読むたびに「グラーキは現在ニューブリテン島(ニューギニア海岸沖)にある湖の底に棲んでいて……」という記述が気になっていました。「小説中では確かに『イギリスはブリチェスター郊外の湖に潜み棲んでいる』と書かれている。はたしてこれは誤訳なのか、それともゲームの設定ではこの様になっているのか?」

 そのような疑問を「N-SYSTEM」"Cthulhu FAQ"でうち明けたところ、「とらのあな」けえにひ様が"Encyclopedia Cthulhiana"のグラーキの項の全文和訳を提供してくださいました。またこの事についてのデータが修正されている"Call of Cthulhu 5.5 Edition"の該当部分の訳もいただきました。棲んでいる場所についての情報以外のデータは5版と5.5版(共に英語版)で全く同じものだったので、問題となる個所のみ和訳されたそうです。ありがとうございました。

(2000/07/29追記) けえにひ様が"Encyclopedia Cthulhiana"の改訂第二版から、同項の和訳を提供してくださいました。前の版が発行されて以降に小説等で描写された(ちょっと驚かされる)設定が、さらに追加されているようです。ありがとうございました。


"Call of Cthulhu 5.5 Ed."より

GLAAKI:グラーキは現在、イギリスのセヴァーン渓谷にある湖の底に棲んでいる。
……以下5版(日本語版)に同じ。


"Encyclopedia Cthulhiana"より

GLAAKI:イギリスのセヴァーン渓谷、ブリチェスター近くの湖に棲む旧支配者。ある出典によるとニューギニアのニューブリテン島が居住地だとされているが、これはおそらく誤って伝えられた情報であろう。グラーキは茎状器官の先に付いた3つの目を持つナメクジに似た姿をしており、その背からは無数の金属製の棘が生えている。

 地球に来訪する以前、グラーキはユゴス、シャッガイ、トンドに棲んでいたが、ついにある流星の都市の底深く、クリスタル・トラップ・ドアの彼方に幽閉されることとなった。この流星が地球に衝突した際、グラーキが現在棲んでいる湖が形成された。セベクとカルナックの司祭らの“タフ=クレイトゥールの逆角”を通り抜けることによってグラーキが以前にも地球に来訪したことがある、と主張する者もいる。流星衝突以前には、この旧支配者の我々の世界への影響は取るに足らなかったにもかかわらず、これら“異端者”たちはおびただしい数の合成ミイラの傍らでグラーキのそれに似た棘を見出した事を書き記している。

 グラーキの崇拝が地球上で行われだしたのはおよそ1790年ごろ、近くのゴーツウッドから湖にやってきたトーマス・リーに率いられた集団による。この一派は湖の岸に沿って家並を建て、彼らの神に近づかんとした。彼らは1860年か70年ごろまでは留まっていたが、この時を境に誰一人として見掛けられなくなった。この人々はグラーキを隷属させようとしたのだが代わりに彼ら自身がグラーキに隷属させられてしまったのだ、とほのめかす者もいる。以来、この場所に住んだ者は長居することなくグラーキの送る夢に追いたてられるように立ち去っている。

 グラーキは、背の棘を操って生きた犠牲者に刺し込み、血管を通じて犠牲者に液体を注入することで作り上げたアンデットの奴隷の一派を支配している。もし液体が注入される前に棘を抜き離すことが出来れば、犠牲者は死ぬもののグラーキの奴隷になる事は免れる。液体が死体の体内で網目状の組織を作り上げ、これによってグラーキはゾンビを命じるがままに動かす事が出来るのである。グラーキがどんな時でもテレパシー的に支配しているため、彼らは独自の思考や行動をしうるにもかかわらずグラーキの命令には従わざるを得ない。これらの奴隷が60年経た後で強い光を浴びると“緑の崩壊”として知られる急速な腐敗が起こる。このためグラーキの奴隷は日中もずっとシェルターの下に留まるのである。

 グラーキは近隣の人間を呼び寄せて新たな信者を得るために、精神への特別な“夢引き”を行う。グラーキの力は湖から数マイル以上離れている者のもとへは及ばないため、たいていは失敗に終る。


 ……もしかして、この"Encyclopedia Cthulhiana"の訳を読めば、私の拙い「湖の住人」の要約を読む必要は無くなるのでは(笑)

 ともかく、私が小説を読解した限りでの情報を補足させていただくと、グラーキは地球来訪以前にユゴス・シャッガイ・トンドを訪れていたようですが、「棲んでいた」というほど長期間滞在したのではなさそうです。まぁグラーキにとっては地球における二百年間もまた「棲んでいる」うちには入らないかもしれませんが……人間の尺度に基づく表現では、ユゴス等には「棲んで」いなかったようです。おそらくは奴隷として適当な生命体がいなかったのでしょう。

 あと、グラーキははたしてクリスタルのトラップドアの奥に「幽閉」されていたのでしょうか?この遊星の住人達(グラーキの奴隷だったのでしょう)が死に絶えてしまった後も、グラーキは自分で遊星の進行方向をコントロールして地球へとやって来たようです。という事は遊星ごと「行動の自由」を維持しているわけで、「幽閉」という響きとはちょっと異なる状態なのではないでしょうか。"Encyclopedia Cthulhiana"における「幽閉」という記述はダーレス的な「旧神」の仕業を暗示し、ゲーム中にそれらの登場の場を残しておくためのものかもしれません。


"Encyclopedia Cthulhiana 2nd Ed." (1998) より

【グラーキ】:旧支配者。イギリスのセヴァーン渓谷にあるブリチェスターという街にほど近い湖に棲む(最近目撃された事例に拠れば、彼のものはニューギニアのニュー・ブリテン島をはじめとする世界中のあらゆる水域に、また別の身体を現しているのかもしれない)。グラーキは先に三つの目のついた茎状の器官、身体の下側に付いた小さなピラミッド状の器官および背中から無数に生えている金属性の棘を持ち、ナメクジに似た姿をしている。

 グラーキの名も知れぬ出身地は酸性の湖、汚れた蒸気に満ちた世界だった。この旧支配者はユゴス、シャッガイ、トンドへと彗星に乗って移動した。そして、彼のものは彗星が地球に衝突するまではこの中にとらわれた存在となっており、この衝突の時に現在グラーキが棲んでいる湖が形成された。彼のもののこの世界への影響は、彗星落下以前には取るに足らなかったにも関わらず、エジプトの神官がタフ=クレイトゥールの逆角を用いていた事や、おびただしい数の合成ミイラがグラーキの棘に良く似たものの近くで発見された事などからグラーキはこれ以前にも地球を訪れた事があると主張する者もいる。

 近年のグラーキに対する崇拝は、1790年ごろ、トーマス・リーに導かれた一群の人々がすぐ近くのゴーツウッドからやって来た時に始まった。このカルトでは、崇める神の側にいられるように湖畔に沿って家並みを建てた。そして1860年代にいきなり全ての住人が姿を消してしまうまで、彼らはここに住み続けた。ある者は、これらの人々はグラーキを隷属させようとしたが反対に彼ら自身がグラーキに隷属させられてしまったのだとほのめかしている。この後、ここにカルトとは無関係な人々が住むようになったが、グラーキの送りつける夢に追われるように立ち退いていき、長く留まった者はほとんどいなかった。相次ぐ行方不明者に関する苦情の後で湖は干上がらせられたが、都市や人々、あるいは神自身のいかなる痕跡をも見出す事は出来なかった。

 グラーキは、背中から生えている棘を操って人間の身体に刺し、血管内に化学物質を注入することで作り出したアンデッドの奴隷によるカルトを支配した。もし液が注入される前に棘から身体を引き離せたなら、犠牲者は死ぬもののグラーキの奴隷になることは免れた。注入された液体が死体内で網目状の組織を作り上げ、これによってグラーキはゾンビを命じるがままに操ることができた。たとえ奴隷たちに独自の考えや行動の自由が残されていたとしても、グラーキがテレパシーのようなもので命じることには強制的に従わせられた。そしてグラーキの奴隷状態で60年が経過した後に強い光を浴びると“緑の崩壊”として知られる急速な腐敗が生じるため、彼らは日中も物陰の下に留まった。

 グラーキは近隣の住民を呼び寄せて自身のカルトに加えるため、特殊な精神的“夢引き”を用いた。湖から遠からぬ距離にいる人以外の元へ届くほどにはグラーキの力は拡大していなかったため、たいていは失敗に終った。


 こ、この木に竹を接ぐような設定の追加は……。「ニューギニアのニューブリテン島に棲んでいる」という記述が誤植だったのか、それとも設定上の勘違いだったのかはともかく、それに合わせていくつかシナリオが作られてしまった以上、もはや撤回できなかったという事でしょうか?いくらグレート・オールド・ワンだからと言って、そこいら中に「別の身体を現す」というのはちょっとオーバーワークでは。

 それにもまして全国五千万ののグラーキ信者が「おいおい」とツッコミたくなるのは、最終的に湖が干上がってしまったという記述の部分でしょう。けえにひ様の情報では、これはどうやらケイオシアム社から出版されているアンソロジー集"CTHULHU CYCLE"の中の一冊"Made In Goatswood"に収録されている、"Ghost Lake"という作品から取り入れた設定らしいのですが、残念ながらいつ頃それが成されたのかについては判らないそうです。確かに上記の「世界中のいたるところの水域に現れ得る」という設定を有効にするならば、単なる地球への到着地点にしか過ぎなかった「湖」を失ってもかまわないのかも知れませんが……それではもはや「湖の住人」とは言えないのではないかと思います(人間によって立ち退かされてしまうグレート・オールド・ワンなんて……キャンベルが聞いたら怒るんじゃないかな?)。とにかく"Ghost Lake"を読んでみる事にします。


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