要約者前書き

[要約者による雑感]


命をかけて、神かけて
"Cross My Heart, Hope to Die"

J・トッド・キングリア (J. Todd Kingrea)

……そして私は見た。蒼白きもの、地下をよろめき歩くもの、迷路の神が、彼の子供達の背に乗って運び出されてくるのを。子供達は私の方へと彼を運んでくる。その住処である永遠の暗闇を出て、再び光の世界へと。そして私は恍惚となりつつ見守った。彼の子供達が、力強く成長して彼らの主を崇拝するまで留まっていた、至るところにある隠れ家から這い出し、素早く走り去っていくのを。

――グラーキの黙示録、第七巻

I

 ベッドの中で、十歳の少年ジェイミー・アンダーヒルは、自分が洗面所で倒れた事を思い出していた。熱を帯びた肌の下で胃がキリキリと痛み、ほんのわずか動くだけでも吐き気の発作が襲ってきたのを。彼はなんとか洗面台までたどり着くと、胃の中のわずかな内容物を吐き出し、そのまま意識を失ってしまったのだった。

 意識を取り戻した時、ジェイミーは自分の部屋のベッドに寝ていて、両親とサマーストン医師が彼を見守っていた。腹痛はほとんどおさまっていて、医師も今夜一晩眠れば回復するだろうと診断する。医師はジェイミーの左耳が一日か二日ヒリヒリするかもしれないとも告げた。どうやら左耳からの出血があったらしい。ジェイミーの父親は、息子の疾患についてもう少し医師から説明を受けたがっていたが、結局診察を終えて立ち去ろうとする医師を階下へと送っていった。母親もまた、空腹を訴えるジェイミーに軽い食事を用意するために、階下へと降りていく。

ジェイミーは枕へと持たれかかり、大きなあくびをした。彼は疲れていたが、気分は良くなっていた。いつ以来だろうか、こんなに気分が良いのは――

 彼は突然目を見開き、いきなり上体を起こした。違う違う――僕は何をしてしまったんだ? 彼は考えていた。彼はサマーストン医師に全てをしゃべってしまったのではないか? 何が起こったのかという事について老人に全て話したのを、彼は思い出していた。少なくとも、あの夜に起こった事の中で彼が思い出せる全てを――

 カーテンをはためかせるそよ風は早春の暖かさだったか、彼は震えており、その肌は怖気で逆立っていた。汗ばんだ拳はブランケットをきつく握り締めている。彼の心臓は胸の中で打ち鳴らされるハンマーのように感じられた。形の崩れた枕へと、彼は倒れ沈み込んだ。あいつらは僕に何をするだろう? つまり、僕は誓約を破ったのだ。あいつらが何かするだろうという事はわかっている――いや待って。あいつらは僕がしゃべったという事を知らない。カーウィンもディヴィも、残りのみんなも。あいつらは知らない。僕はただ、何も起こらなかったみたいにしていよう。あいつらは何も知らないままだろう。

 ジェイミーはベッドから起き上がると、窓際へと歩いていった。外ではちょうど、サマーストン医師が帰っていくところだった。日はすでに暮れて、キャムサイドの赤煉瓦の街並みには窓の明かりが輝いている。郊外から聞こえる、宵闇に迷った羊達の呼び合う鳴き声や、ヒル・ストリートを走り去る大型トラックのエンジン音が消えてしまうと、あたりは静寂に包まれた。やがてミルクのような霧がたち込めてくる。突然ジェイミーは、自分の影が外からはっきりと見えてしまっている事に気がついて、窓際から飛び退いた。誰かが自分を見張っているなんて五歳児のような馬鹿な考えだと、彼はそれを振り払おうとする。まるであいつらが僕の考えを読む事ができるかのような、僕が何をしたかをすでに知ってしまっているかのようなふるまいだと……。

 ジェイミーの思考は、食事を持って入ってきた母親によって中断された。ベッドに戻ると、彼は用意されたスープを飲み始める。その暖かさが彼を気だるい気分へと導いていくと共に、空腹感も追い払われていった。

あの入団の儀式の事や、彼の行為に気づいたカーウィンが取るであろう行動の事、それらについて湧き起こる自分の考えもまた追い払われてしまえばいいのに。

 ジェイミーはスープを一口すくい上げたが、スプーンの真ん中に白い楕円形の豆が漂っているのに気がつき、口に運ぶのをためらった。それはあの大嫌いな、非難するような目つき――カーウィンのような目つきで彼を見上げていた。ポチャンと音を立ててスプーンがスープの中に戻される。胃袋がスープの温かさにもかかわらず冷えていくのを感じながら、彼は窓の方を見ていた。

 その夜遅く、ジェイミーはベッドで横になりながら、彼がサマーストン医師に話した内容について考えていた。医師は穏やかに、しかし粘り強く、彼に何が起こったのかを全て話させたのだった。話しながらジェイミーは激しくむせび泣いたが、しかし大声は出さなかった。両親はカーウィンやその友達を嫌っていて、彼らと一緒に行動するのを禁止していた。そんな二人には気づかれたくなかったのだ。

 彼はサマーストン医師に、カーウィンが「サバイバーズ」と呼ぶ秘密の一団について、それに入団するために子ども達がしなくてはならない「挑戦」について話した。それらいくつかの「挑戦」の後に、秘密の本拠地において最後の入団の儀式があるのだ。彼は秘密の本拠地において、団長であるカーウィンと、その腹心の部下であるディビィ・ノーリンに会った。二人の少年は彼に目隠しをすると、「サバイバーズ」の秘密の誓約を繰り返させた――この一団について、決して何も漏らしてはならないという事を誓わせたのだった。

 思い出す事のできる全てを、ジェイミーはサマーストン医師に話した。彼が向かった、不快で不健全な臭いがする冷たく暗い場所について。カーウィンとディビィと、気味悪い歌うような声で彼らがささやく奇妙な言葉について。年上の少年達の冷えた固い手に引かれて、彼が暗闇の中をいかにつまづきつつ通り抜けたかについて、彼は話した。

 ジェイミーは温もりを求めてより深くシーツの中に潜り込んだ。風がカーテンを大きくうねらせて、膨れ上がった白いもののように見せる。彼はその光景を追い出そうと、両目を押さえつけた。「神かけて誓うよ、命かけるよ」彼はつぶやいた。「命かけるよ」

 彼は死にたくなかった。それは運動場や公園で数え切れないほど繰り返されてきた、ただの馬鹿げた誓いの言葉だった。なんの意味もないものだった。

 なのに何故、彼は身震いしつつブランケットの下に潜り込むのだろうか?

 彼が眠りに落ちたのは、空がぼんやりとした暗灰色に染まる間際の頃だった。あらゆるものが色を失い、彼の夢を埋め尽くしていった。

II

 次の日、ジェイミーはいくつもの罵声を浴びせかけられながら、死に物狂いで走っていた。耳の中では血流が轟々と響き、息遣いは激しく、汗がほおを滴り落ちていく。彼の背後では何人もの子ども達が、「逃げられると思うな!」「捕まえろ!」と叫びながら追いかけてくるのだった。彼は恐怖と生命の危機を感じていたが、しかし通りかかる大人達は誰一人それに気がつかない。大人達にとってその光景は、子ども達がよくやる追いかけっこに過ぎないようだった。ジェイミーは街中を駆け抜け、時には車道に飛び出して自動車に轢かれそうになる事すらあったが、誰も彼に救いの手を差し伸べる事はなかった。そのうちにジェイミーは、街の郊外へと追い立てられていく。彼を追跡していた子ども達は次第に彼をはさみ込むような形になり、牧草地や丘を越えて、彼をある方向へと真っ直ぐに誘導していった。

 涙で目を痛めながら、彼はフィッシャー・ヒルをよろめき降りていった。カーウィンは知っていたのだ。いかなる方法によってか、彼はジェイミーが誓いを破ったという事を知っていた。今朝、彼はジェイミーをあの目つき、「おまえがやった事を知っているぞ。その報いを受けさせてやるぞ。」と言わんばかりのあの目つきでにらんでいた。

 やがてジェイミーは息を切らせて、フラフラと立ち止まった。彼は自分が置かれている状況を理解して、恐怖に襲われていた。今や彼はグリグズビィズ・フィールド、「サバイバーズ」の集合場所にいるのだった。目の前にはカーウィンとディヴィが、ニヤニヤと笑いながら立っている。彼らのそばには古井戸が口を開けていた。再び逃げ出そうと振り返って、ジェイミーは自分がすでに退路を断たれてしまっているのに気づいた。他の子ども達が彼をぐるりと取り囲んでいる。やがてカーウィンが口を開き、抑揚のないゆっくりとした声がピンのようにジェイミーに突き刺さった。彼は「サバイバーズ」の面々に向かって、自分達が集合したのは誓いを破った密告者のためだと話しながら、ジェイミーへと近づいていく。その背後では、ディヴィが煙草をふかしながらニヤニヤと笑っていた。

 近づいてきたカーウィンの、水のように淡く蒼白い目を、ジェイミーはチラリと見た。それらはまるで、白亜の眼窩の中に浮かんでいるかのようだった。カーウィンはジェイミーより五歳年上で、背も彼より高い。彼は、子どもが色を塗るのを忘れたお絵描き帳から抜け出てきた、ひょろ長い案山子のような姿をしていた。唇の端はめくれ上がって冷笑を浮かべ、ガムと長く光沢のない歯を覗かせている。だらしなく目に被ったブロンドの髪を骨ばった手で乱暴にかき払うと、彼はさらに歩み寄ってきた。にらみつけた視線――不穏なそれを、ジェイミーはなんとか避けようとあせっていた――を外す事なく、カーウィンは話を続ける。「『サバイバーズ』の諸君、ジェイミー・アンダーヒルは誓いを破った。彼は俺達の秘密を大人に話してしまった。」集まった子ども達の間に、低いつぶやき声がさざなみのように広がっていった。「彼は俺達を裏切ったのだ。」

 ジェイミーはチラリと背後を振り返り、集合している子ども達の中の何人かは、自分を心配そうに見つめているのに気がついた。自分とカーウィンから視線を外している者達もいる。子ども達の間にためらいと自信のなさを感じ取った彼は、弱々しい笑顔を作りながら、カーウィンの言葉を否定しようとした。だが、「黙れ!」という割れた金切り声が彼から発せられ、子ども達の間のそのような雰囲気を一掃してしまう。嘘をつくなとカーウィンはジェイミーに言い、おまえが話したという事は知っているのだと続けた。

「で……でも、なんで? どうやって?」

 勝ち誇った笑みがカーウィンの腫れぼったい唇に広がる。「ジェイミー、」彼は抑揚のない声で言った。「おまえはもう俺達の仲間じゃない、俺達の一人じゃないんだ。そのせいで、俺は知っているんだ。」そして顔を上げると、彼は子ども達に呼びかけた。「聞け、『サバイバーズ』の諸君! 神聖な誓いをこいつは破った。だから罰せられなければならない。これを君達の教訓とするように。」

 そしてカーウィンは笑いながら、裏切りに対する罰としてジェイミーを古井戸の中に放り込む事を宣言した。古井戸のへりに寄りかかっていたディヴィが、含み笑いを漏らして賛同の意を示す。だが子ども達は一様に恐怖にあえいでいだ。中の一人が思わず反対しようとするが、氷のように冷ややかなカーウィンの視線によって即座に黙らされてしまう。他の子ども達も落ちつきをなくし、ソワソワし始めた。その隙をついて、ジェイミーはいきなり身をひるがえすと、囲みをすり抜けて全力疾走でその場から逃げ出した。背後でカーウィンが金切り声を上げ、彼を捕まえるよう命令している。だが恐怖に後押しされて、ジェイミーは無事にグリグズビィズ・フィールドの端にある石造りの壁まで逃げ切る事ができた。そこで彼が振り返ると、「サバイバーズ」の子ども達は皆、身動き一つせずに立ちつくしているだけだった。彼らがジェイミーから目をそらす中、カーウィンとディヴィの視線だけが、氷柱のように彼を貫いていた。

III

 ジェイミーが家へと逃げ帰ったその晩、彼が台所で飲み物を捜していると、誰かが玄関の扉を叩く音がした。彼の父親が応対に出ると、覚えのある声が聞こえてくる。「こんばんは、アンダーヒルのおじさん。ジェイミーと遊びに行く事はできますか?」ジェイミーは恐怖のあまり思わず跳び上がった。その声は彼と同じ年齢でよく一緒に遊んでいた少年、アラン・ロスのものだった。そしてアランもまた、「サバイバーズ」の一員なのだ。

 表に面した窓へと忍び足で向かうと、アランと父親との話し声がジェイミーに聞こえてくる。「やあアラン。入らないのかい?」ジェイミーは恐怖に目を見開いた。アランは僕をこの家の中で殺す気だ! そのためにカーウィンが彼を送り込んだんだ! アランが家へと入ってこないよう、ジェイミーは気も狂わんばかりに祈った。すると再びアランの声が聞こえてくる。「いいです、おじさん。ジェイミーと遊びに行けるかどうか知りたかっただけだから。」ジェイミーの父親は、息子はもう寝ようとしているところだから無理だと応え、逆にアランが夜遅くに出かけているのをいぶかしんでいた。

 カーテンに透き間を開けて片目で覗いてみると、外には濃い霧が立ち込め、景色のほとんどを覆い隠している。隣の玄関からくぐもった声が聞こえ、やがて扉が閉められると、アランが家の前の庭を横切って通りの方へと歩いていくのが見えた。ジェイミーは気を緩めると、カーテンを元通りに閉めようとした。しかしその時、霧の向こうで動くものが、彼の手を止めてしまった。庭の向こう側の木々の陰から何人もの人影、子ども達の影が現れて、庭の一角に集まりだしたのだ。

 通りへと出てきた自動車のヘッドライトが霧を切り裂いた。その光は一瞬、子ども達の輪郭を浮かび上がらせ、そしてその上を通り抜ける。ジェイミーは恐怖にあえぐとカーテンを引っ張った。心臓の鼓動が早まっていた。彼は、外にいる子ども達が自分の友達――あるいは、以前友達だった者達――であるという事を知ったのだ。まさかカーウィンが子ども達全員を差し向けてきたのでは? もし父親が彼に、外に遊びに行くのを許していたら? 自分は死んでいただろう、彼にはその確信があった。しかし、もし父親も母親も今夜家にいなかったら、どうなっていただろう? もし彼一人きりだったら?

 ジェイミーは大急ぎで台所を飛び出すと、ぬくもりと安全を求めて、両親がテレビを見ている居間に行った。そして母親の腕の下に入り込むと、テレビ番組の映像と音に集中しようとした。だが、霧の中の子ども達が彼の心から離れる事はなかった。

 彼は、自動車のヘッドライトが霧の中に集まった子ども達の上を通り抜け、その姿を灰色がかった白から黒へと変えていく様子を思い出していた。そのほんの一瞬の間に、通り過ぎて行く光を受けて、子ども達の手に握られたナイフが邪悪にきらめくのを彼は見ていた――彼に向けて用意されていたナイフだ。母親がいる事に身の安全を感じながら、彼は窓の方を見た。何かを予期しつつ、ひどく恐怖しつつ、彼は窓の方を見て待っていた。けれども今や外には何もなかった。窓ガラスへと重々しく押しつけられてくる、外を漂う色のない触手の他には。

IV

 この二日間、学校はジェイミーにとって地獄そのものだった。カーウィンと彼の仲間達はどんな小さな機会も逃さず、彼に脅迫と嫌がらせと追跡を仕掛け続けたのだ。教師のそばにいる事も、ほんの気休めにしかならなかった。カーウィンは教師にも、そしていかなる権威にも、敬意を払う事はない。一人きりの自分が奴らに捕まり、そして殺されてしまうのも、もはや時間の問題だろうとジェイミーは確信していた。

 ジェイミーを含めたキャムサイドの子ども達は皆、物心ついた時からカーウィンを知っていた。そしてその頃から、カーウィンは常に皆のリーダーだった。格好良くも強くもなく、家が金持ちというわけでもない彼に、何故皆がつき従ってきたのか、ジェイミーにはわからなかった。彼は、自分が「サバイバーズ」の仲間となる資格を得るために行った、数々の「挑戦」を思い出していた。それらも全てカーウィンが考案したものだったのだ。動物虐待、万引き、大人への手ひどい悪ふざけ――それらのいくつかは彼の親の知る所となって体罰を受けたのだが、それでもジェイミーは、既に「サバイバーズ」の一員になってしまっていた、彼の友達と一緒にいたかった。

 ジェイミーの友達は、そのほとんどがカーウィンの秘密の一団に加わっていて、彼の周囲をあてどもなくたむろしていた。そのうちの何人かは時にカーウィンの逆鱗に触れ、残酷な仕打ちを受けていたのだが、誰もそれに反抗する事なく、彼の命じる恐ろしい命令に従っていたのだ。何故か? どんな力がそれらの子ども達を支配し、カーウィンの元へと集めているのか? そして何故子ども達は日に日に好戦的になっていったのか? 下級生を殴り、給食費を奪い取り、階段から突き落とす。教師を罵り、石や空き瓶を投げつける。積み上げられた空き箱や、時には木造アパートにまで放火する。年上の子ども達は学校にまでナイフを持ち込み、教師や下級生を脅しさえした。それらは無害な子どもじみた悪ふざけとはとても言えないものであった。

 「サバイバーズ」の子ども達の親は、自分の子どもと話し合い、門限を設け、威嚇し、そして体罰を加えた。だが何度やっても子ども達はカーウィンの元へと戻っていった。それはあたかも、子ども達が今まで信頼し属していたもの――学校や教会や家族――が見捨てられてしまったかのよう、より適切には、カーウィンに置き換わってしまったかのようであった。

V

 時刻は夜の9時30分を回り、ジェイミーは自分の部屋で、両親が帰宅するまでに漫画を読み終えてしまおうとしていた。彼が学校から帰ってくると、今夜は帰宅が遅くなるという両親のメモがあった。そこでジェイミーは、一人で夕食を食べてしまうと、いつでも宿題をしていたふりに戻れるように準備して、テレビと漫画に夢中になっていたのだった。

 すると、玄関の方から扉の開く音が聞こえてきた。彼は急いで漫画を隠すと、あらかじめ広げてあった宿題の方へと移動した。階段を上がる音がする。もうすぐ母親がジェイミーの部屋に入ってくるだろう。彼は今まで読みふけっていたかのように教科書をにらみつける。そして部屋の扉が開いた。彼は親の帰宅に初めて気づいたかのようなふりをして、扉の方へと顔を向けた。

 戸口には、悪魔のようにニヤリと笑うカーウィンが立っていた!

 悲鳴を上げながらジェイミーはベッドの上へと後ずさり、カーウィンやディヴィ、そしてその他の子ども達が部屋へと入ってくるのを、恐怖に見開かれた目で見つめた。その中にはアラン・ロス等、かつて彼の友達だった者達も何人かいた。しかし彼らの顔に浮かぶ邪悪な笑みはカーウィンへの忠誠を示しており、ジェイミーはそれらの友達がカーウィンに奪われてしまった事を悟った。

 カーウィンは手に細いロープを持ち、彼の方へと近づいてくる。「ど……どうやって僕の家に入ってきたんだ!?」悲鳴でカラカラになったのどを酷使して、ジェイミーは叫んだ。「お父さんとお母さんはもうすぐ帰ってくるぞ。」だが、彼の警告の言葉にもかかわらず、カーウィン達の嘲笑は消えなかった。「ジェイミー、」カーウィンが応える。「俺達はおまえの親の事なんか何も心配してないんだよ。実を言うとな、おまえの親が俺達をここに入らせてくれたのさ。」子ども達の間に、何か面白い秘密を共有しているかのようなクスクス笑いが広がる。「うそだ!」ジェイミーは叫んだ。両親がカーウィン達を嫌っている事を、もちろん彼は承知していた。「でも、彼らが入らせてくれたのさ、彼らが。」カーウィンが切り返す。「今夜、たまたま、外で出会ってな。なぁみんな?」子ども達のはしゃぎ声が後に続く。「おまえの親はここの鍵まで貸してくれたんだぜ。」蜘蛛の脚のように細いカーウィンの指の間に、ジェイミーの家の玄関の鍵が現れた。

 ジェイミーの心臓は荒れ狂うかのように打ち鳴らされ、その目からは涙がこぼれ落ちた。「お父さんとお母さんはどこにいるんだ!? お父さんとお母さんに何をした!?」激高したジェイミーは、カーウィンを口汚くののしる。カーウィンの顔から笑みが消えると、彼は手下の子ども達に、ジェイミーを捕らえるよう合図した。ひときわ身体の大きな少年がベッドの上に手を伸ばすと、ジェイミーの髪をつかんで床へと引きずり倒す。「親に何があったか心配するひまはないぞ。これからおまえに何があるのか心配しなくちゃならないからなぁ!」カーウィンの声が響いた。

 逆上したジェイミーはむちゃくちゃに暴れまわった。だが他の子ども達も次々と彼に飛びかかり、泣き叫びながら必死に抵抗する彼の身体に、蹴りと拳と歯と膝を雨のように浴びせかける。まもなくジェイミーはうずくまって倒れ込み、あえぎながらむせび泣くだけになった。その身体がロープで後ろ手に縛られていく。そして部屋から引きずられていく時には、出血と苦痛で彼の意識は次第に遠のいていった。暗黒に呑み込まれる寸前、ジェイミーは遠くでカーウィンの虚ろな声を聞いた。「俺達と一緒に来るんだ、ジェイミー。おまえを俺の、とても特別な友達に会わせてやるよ。」

VI

 「サバイバーズ」の集合場所であるグリグズビィズ・フィールドの南端は、ごつごつとした起伏のある黒い土の上に雑木やイバラが生い茂る、うち捨てられた荒地となっていた。

 その荒地の一角に、低いドーム型の丘があった。他の場所よりも密度の濃い下生えが、そのふもとを壁のように取り巻いている。丘の傾斜のある側面には、ギザギザした石とねじれた木々が頑強にしがみついていた。獣も鳥も一様にこの丘には寄りつかず、新月の夜には蒼白い蜘蛛達がその表面を思うがままに素早く動き回るのだった。

 丘のふもとに生えた木の根元で、ジェイミーは意識を取り戻した。あたりは真っ暗闇で、空は黒々とした雷雲で覆われ、刺すような冷たい雨が彼の身体に降りかかっている。カーウィンの最後の言葉から、彼は自分が今どこにいるのかわかっていた。かつて入団の儀式のために連れて行かれた、あの丘にいるのだ。あの時は丘の方角にぼんやりとした光が見えていたのを、ジェイミーは思い出した。

 あたりにカーウィン達がいないのを不審に思いつつも、彼はとにかく家に帰ろうと歩き出した。だが突然何者かに足首をつかまれ、彼は悲鳴とともに地面の泥の中に倒れ込む。振り返った彼の目に、木の根元からニヤリと笑いかけるしなびた顔が映り、邪悪な笑い声が雷鳴のように轟いた。彼は再び悲鳴を上げると、無我夢中で足を蹴り動かした。しかし雷光が輝くと、彼は自分の思い違いに気がついた。彼の足首はカーウィンのロープで木の根元につながれているだけであり、しなびた笑い顔も、でこぼこした樹皮の影がそう見えただけだったのだ。泣き笑いしつつ、ジェイミーは足首に固く巻かれたロープを取り外そうとして、視界のすみに何かが動いているのを捕らえた。

 丸々と膨らんだ白い蜘蛛が何匹も、地面を這い進んでいた。ギラギラした光沢を持つそれらはどれもシリング硬貨ほどの大きさをしていて、少なくとも半ダースほどが、彼のそばを素早く走り去っていった。ロープを解こうとしている間に、それらが古い木の幹の割れ目や裂け目から現れて這い降りてくるのが彼には見えた。それらはドロドロした白いしずくのように木の枝から滴り落ち、地面に当たって軽い落下音を立てている。

 むせび泣きながら、ジェイミーは乱暴にロープを外そうとした。周りでは蜘蛛が地面に落ちる軽い落下音が続いている。何百ものそれらが彼のそばを通り過ぎ、走り去っていく――丘のふもとに光る明かりの方へと。それを見て、ジェイミーは凍りついた。彼の目は大きく見開かれ、蒼白く揺らめく光の輪を見つめる。それは次第に大きく、明るくなっていった。

 突然、入団の儀式の記憶がジェイミーの中に甦った。目隠しを取られた時、彼は洞窟の中にいた。あたりは暗闇ではなく、ヌルヌルした岩の上に生えるコケが、弱々しいが不快な光を放っている。前方の暗闇を見つめるディヴィの期待に満ちた顔を、不快な光を歪んだ鏡のように反射しているカーウィンの顔を、彼は思い出していた。あの時と同じ蒼白い光が、今まさに目の前で躍動している。彼は必死に思い出すまいとしたが、記憶は一気に押し寄せてきてしまった。脈打つ白い光が洞窟を降りてきたのを、光の中を泡立ちながら進み来る何かにカーウィンが歓喜の叫びを発するのを、そして黄ばんだ光冠の中に浮かび上がる巨大な身体を見て、小便を漏らしながら悲鳴を上げた事を。

 洞窟からの光はさらに強くなっていく。ジェイミーの心臓は、空に轟く稲妻にリズムをあわせるかのように荒れ狂った。足の肉に爪をめり込ませるほどの勢いでロープをむしり取ろうとしながら、彼はあの時、泣き叫びながら冷たい洞窟を逃げ出し、暗闇の中をよろめきつつ家へと逃げ帰った事を思い出していた。光はさらに強まりつつ近づき、ついには稲妻の輝きを凌駕するまでになっている。そしていよいよという時、彼は足首へと背けていた目を、ゆらめく光の方に向けた。

 脈動する光の中から歩み出てきたのはカーウィンだった。彼は両手を高く掲げ、歓喜の金切り声を上げている。彼は裸だった――そして頭部を除いて、その身体には一本の体毛も生えていなかった。彼の筋肉、声、性徴は全て、彼が思春期にあるという事を示しているのに。

 彼の背後からは膨れ上がり脈動するものが、何本もの太い脚でその身体を支えつつ、しかしそれらを少しも動かす事なく、ぬかるみの中を進み出てきた。それはジェイミーの入団の儀式において、光の中に現れたものだった。いくつもあるその目は、細かく震える黄色い瞳の混ざった白濁したジャムのようであり、叩きつけるような雨の中を瞬きもせずに、ビクビクと引きつりながらあたりに視線を投げかけている。このものの――厚く積もって湯気を立てる嘔吐物が放つような――悪臭は、彼の息を詰まらせた。口に手をやりながら、ジェイミーはよろめいて後ずさり、ねじれた古々しい木の風雨にさらされた樹皮に身体をぶつけた。

 蒼白きものは期待に身を震わせ、その体表が割れて口らしきものが現れる。それは大地を走る亀裂のように開かれた。のこぎりのような骨質の歯と歯の間から、乳白色の唾液が糸を引いて垂れ落ちていく。

 流れ落ちる血の味をのどの奥に感じるまで、ジェイミーは絶叫した。

 恐怖に麻痺しつつ彼は見た。蒼白い潰瘍のような塊が、彼の方へと動き出すのを。その前ではカーウィンが、メーデーを祝う道化のように跳ねつつ叫び、走り回っていた。空から吐き出される雨が岩床をびしょ濡れにする。蛆にも似たゼラチン状の蜘蛛の群が地面を走り、忌まわしい行列を作っている。それらと同じものが何十匹も、おぞましい怪物の厚ぼったく表皮のない肉の上をちょこまかと走り回っている事に、ジェイミーは気づいた。

 その時、ジェイミーは子ども達の姿を見た。そして、洞窟から現れたものが、どうやって脚を動かさずに地面を進んでいるのかがわかった。

 「サバイバーズ」の仲間達――彼の友人達――全員が、このぞっとするようなものの下にいて、自分達の背中でこれを運んでいるのだった! 地面の上で滑りよろめきながら、子ども達は膨れ上がった巨体を自分達の上に乗せようともがいていた。不快な蜘蛛の群が子ども達の髪の上に落ち、ヒステリックな表情を浮かべた小さな顔の上を走っていく。背負ったものをその真っ暗な住処から運び出そうと、子ども達がよろめき進むたびに、揺れ動く恐ろしいものの下から耳をつんざくような泣き叫ぶ声が発せられていた。

 雨に身体を濡れ輝かせ、ドクロのようなニヤニヤ笑いを浮かべているカーウィンは、跳ね回るのを止めてジェイミーの正面に立った。彼の背後では子ども達が泣き叫びながらひざまずき、白くおぞましい存在を自分達の背中からすべり降ろそうとしていた。それは、白い脂肪の塊の上に走る裂け目のように見える口から、何かをしゃぶるような耳障りな音を立てている。ジェイミーは目から雨水をぬぐい去ると、カーウィンを見上げた。

 息を弾ませたまま、カーウィンは髪を後ろになで上げるとかがみ込み、カミソリのように細い鼻をジェイミーから数インチのところまで近づけた。質感のない彼の肌は濡れて輝き、よどんだ息とともに小さな少年に強い嫌悪感を抱かせた。カーウィンの水っぽい目は勝ち誇るかのように輝いている。

 「迷路の神だ! 彼はお前のために現れたのだ、ジェイミー――お前のためにな!」頭をのけぞらせると、カーウィンは土砂降りの空に向かって笑い声を上げた。

 「お前は俺の贈り物を拒んだ。お前は彼を拒んだのだ。それは罰せられざるを得ない事だ。」他の子ども達は恐怖と嫌悪に凍りつき、泣き叫んでいる。何人かは泥の中に倒れて丸く縮こまり、嗚咽を漏らしていた。「今、時は来た!」カーウィンは叫んだ。「契約を受け入れる時だ!」小さな少年の両肩に、骨ばった手が食い込んだ。

 「いやだぁっ!」ジェイミーは絶叫した。彼は地面のぬかるみから突き出ていた滑らかな石を引っつかむと、引き抜いたそれを、そのままカーウィンの頭蓋骨に叩きつけた。吐き気を催すような割れ目が生じ、カーウィンの目が大きく見開かれる。後ずさりしながら、彼は手で頭を覆った。

 そして、生まれて初めてカーウィン・バークレィは絶叫した。恐れおののきながらジェイミーは、カーウィンの肉体だった大きな柔らかい塊が地面へと落ちていくのを、信じられない思いで見つめていた。泥の中に落ちて湿った落下音を立てると、それは瞬く間に溶解して何十匹もの白い蜘蛛になり、勢い良く走り始めた。カーウィンは頭蓋を握り締めたままよろめき回り、彼の叫びは、粘つく白い蜘蛛の塊に狼狽し動揺する、不気味で虚ろな嘆きの声になっている。数秒のうちに、彼の顔から首にかけては、肉片が流れ落ちてできた何十もの滴りでまだらに覆われてしまった。まだらな滴りは急速に、彼の全身を覆うように広がっていく。地面に滴り落ちると、どの塊も数百もの素早く走り去るものに分解していった。

 ついに、カーウィンは溶解した。

 身体全体がそのまとまりを失い、彼はその場に崩れ落ちるように消滅していく。彼の顔、胸、脚――身体の各部分――は液状化して、ギチャギチャに光りながらのたくるゼリー状の蜘蛛の群でできた、グチャグチャと粘つく堆積物になった。そして数秒も経たずに、かつてカーウィンであったそれらの残骸は全て、もつれひしめく小さな球状の塊の群になってしまった。

 他の子ども達の叫び声をジェイミーは聞いた。子ども達は地面に崩れ落ちて転がりまわり、金切り声を上げて泣き叫んでいる。彼は恐怖とともに見つめていた。子ども達の、それぞれの耳から、血まみれの蜘蛛が身をくねらせながら這い出し、逃げ去っていくのを!

 胃がむかつき、のどに酸味を帯びた胆汁が刺すような痛みとともにこみ上げてくるのが感じられる。彼はロープを引っ張り、ついに足首から外した。子ども達が互いにもつれ合いながらのろのろと、暗闇へと逃げ去っていくのが見える。何人かはまだ、泥の中に倒れてむせび泣いていた。彼は大声を上げて、逃げるよう言いたかった。だが、彼にはできなかった。稲妻が鳴り響く。ジェイミーは跳ねるように立ち上がり――そして彼の前には蒼白き神が立ちはだかっていたのだった。


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