「塵を踏むもの」雑感


2002/11/13

スミス自身の小説でクァチル・ウタウスが登場する、または言及されるのは、「塵を踏むもの」だけです。"The Encyclopedia Cthulhiana, Second Edition"によると、その他の著者による作品としてはシナリオが一編、そしてジョセフ・ペイン・ブレナンの小説"The Keeper of the Dust"があります。ブレナンの小説では、その特徴が非常に似ている事からおそらくクァチル・ウタウスであろうと考えられている、かつてエジプトにおいて崇拝されていた"Ka-Reth"という神性について言及されているそうです。“クトゥルフの呼び声TRPG”において言及されている「クァチル・ウタウスに不死を授けてもらう方法」は、もしゲームオリジナルの設定でなければ、この小説に登場しているのかも知れません。

2007/05/23

追記:アーカムハウスの短編集"STORIES OF DARKNESS AND DREAD"に収録されている"The Keeper of the Dust"をお読みになられたネフレン=カ様によると、この短編の中には「クァチル・ウタウスに不死を授けてもらう方法」は登場していないそうです。しかも、この短編自体はクトゥルフ神話小説ですらないとの事。おそらくはブレナンの作品が魅力的であるがために、神話にとり込まれたのではないか、というのがネフレン=カ様の推測です。また、"Ka-Reth"という綴りは、ネフレン=カ様の読まれたものにおいては"Ka-Rath"となっていたそうです。"Ka-Reth"はおそらく“エンサイクロペディア・クトゥルフ”の著者ダニエル・ハームズの綴り間違いだろうとの事です(余談ですが、“エンサイクロペディア〜”ではスグルーオ湾の綴り"S'glhuo"も全て"S'lghuo"になっていたりします)。

日本語版“クトゥルフの呼び声TRPG”の新版においては、クァチル・ウタウスの通称"the TREADER OF THE DUST"は「塵の中を歩くもの」と訳されていますが、かの神の硬直した脚には「歩く」の訳は似合わない気がします。"The Encyclopedia Cthulhiana, Second Edition"にも、「時折クァチル・ウタウスは人間の遺体の上に降り立つ事があり、塵の上に一組の小さな足跡を残します。クァチル・ウタウスの通称はこの習性に由来しています。」と書かれているので、やっぱり引用に付記されている「塵を踏むもの」の方が訳としてふさわしいのではないでしょうか。

作中で言及されている「死や消滅への欲求」とは、フロイトの学説で言う「死の衝動」(いわゆるタナトス)の事でしょうか? 人間がその本質として無意識の内に持っている不可避の特性であるが故に、不用意にクァチル・ウタウスの招来の術式を読み上げた者はことごとく神を招来し破滅してしまうのではないかと私は思いました。"The Encyclopedia Cthulhiana, Second Edition"ではこの事に関して、「死を望んだ事のある者は、クァチル・ウタウスへの祈祷を読む事は避けるべきである。何故ならこの存在が時折、招かれざるものとしてそのような人々の元にやって来るからである。」としか触れられておらず、単に「一度でも自殺願望を抱いたことのある者」を指しているとも読めます。また、「とらのあな」けえにひ様はティマーズについて、彼は老人ゆえに自身の死を意識しており、それが「死への思い」としてクァチル・ウタウスの招来の引き金になってしまったのではないかと指摘されています。

周辺の時間が加速され全ての品物が老朽化・塵化する事があっても、それ自体は何の損傷も受けない「カルナマゴスの誓約」は、まず第一にクァチル・ウタウスの加護を受けていると思われます。

スミスの"The Testament of Athammaus"は、翻訳において「アタマウスの遺言」と訳されています。この事から考えると、本当は「カルナマゴスの遺言」の方が適切な訳なのかも知れません。


2002/12/04

下記の、カルナマゴス自身についての情報の文章(2002/11/13掲載)を一部修正しました。

「カルナマゴスの誓約」に関する資料

"The Encyclopedia Cthulhiana, Second Edition"より

「誓約」には、過去あるいは未来における出来事に関する記録が数多く収められています。クァチル・ウタウスとして知られている存在についてはかなり詳細に扱われており、邪悪な星ヤミル=ザクラ"Yamil Zacra"に関する情報も得られます。また、死せるものの身体を崩壊させる呪文も記されています。

 邪悪な星ヤミル=ザクラは、スミスの断章"The Infernal Star"に登場します。

 この魔道書の著者であるカルナマゴス自身については項目が無く、彼に関する情報はほとんどありません。ハイパーボレアあるいはキンメリアの賢者であったと言われています。上記の"The Infernal Star"を読み込めば、同時代の他の登場人物、特に同じ魔道士であるエイボンゾン=メザマレックとの関係がわかるかも知れません(後者とは、同じ予言者として「永劫の珠」つながりだったりして……)。

"CTHULHU MYTHOS TIMELINE"より

http://www.dracandros.com/Jebgarg/Nidoking/cthuchrono.htm
"The Encyclopedia Cthulhiana, Second Edition"における記述とも一致)

935年:「カルナマゴスの誓約」の写本が一冊、「エイボンの書」の写本一冊と共に、古代ギリシャ王国時代のバクトリア人の墓から発見された。後に、前者の文献のギリシャ語に翻訳された写本が二冊、ある修道僧によって作られた。

十三世紀:「カルナマゴスの誓約」のギリシャ語の写本二冊のうち、一冊が宗教裁判によって破棄された。

「ジースラ」"Xeethra"(C.A.スミス)における「誓約」からの引用

選ばれし犠牲者を、その誕生から死まで、そして一つの死からまた一つの死まで、幾多の人生を通して追い立てる妖魔、その張り巡らせし網の、何と陰険にして多彩な事か。

2010/02/26:追記

創元推理文庫から出版されたC.A.スミスの短編集「ゾティーク幻妖怪異譚」(訳者は大瀧啓裕氏)には"Xeethra"の邦訳「クセートゥラ」が収録されていて、冒頭の「カルナマゴスの遺言」からの引用は、次の様に訳されています。

数多くの生を通じて、誕生から死、死から誕生まで、
選ばれた者を追う魔物の網は霊妙にして多様なり。

大瀧氏は小説の題名及び魔道書の書名をそれぞれ「塵埃を踏み歩くもの」「カルナマゴスの遺言」と訳されています。なお、解説によると「塵埃を踏み歩くもの」の初出は「ウィアード・テイルズ」1935年8月号で、スミスの小説構想メモを見ると当初はゾティークものの「カルナマゴス」という作品として書かれる予定だったようです。


SPOILER! - ネタばれ注意! - SPOILER! - ネタばれ注意! - SPOILER!

“クトゥルフの呼び声TRPG”における「カルナマゴスの誓約」

 日本語版サプリメント“アーカムのすべて”によると、「カルナマゴスの誓約」のオリジナルの原稿は一千年以上前にギリシャ・中央アジア式の墓場で発見されたとの事です。ギリシャ語で書かれた筆写本が二冊作られた後、オリジナルは行方はわからなくなったとされています。

 1920年代にアーカムで確認されたもう一冊の筆写本は、小説中のものと同じく、緑色の革で閉じられ、人骨で作られたヒンジと留め金のついた大冊でした(人骨である事は〈生物学〉ロールに成功すればわかります)。羊皮紙の上に濃い茶色のインクで文章が書かれていますが、水によるダメージで文字はほとんど消えかかっていて、どうにか判別できる程度です。

 サプリメントによると、この「カルナマゴスの誓約」を読むためには、〈ギリシャ語(の読み書き)〉のロールに成功する事と、時間が16時間必要です(最新版ルールにおける「研究に必要な時間」としては明らかに短すぎますが)。魔道書としてのデータは、〈クトゥルフ神話〉に+9%、呪文倍数がx2、正気度ポイント喪失が1D10となっています。データには、何故か正気度ロールに成功した場合の喪失値が書かれていません。日本語の新版ルールブックに載っている「正気度ロール失敗時に1D10ポイント喪失する魔道書」のデータでは、ロール成功時に「屍食教典儀」が1D4、「ガールン断章」が1D6ポイントを喪失するとされていますので、その他のペナルティを考えると「誓約」は1D4ポイントの喪失が適当だと思われます。

 非常に恐ろしい事に、諸条件を満たしてきちんと読む事に成功したか否かにかかわらず、「カルナマゴスの誓約」を読んだ者は10歳分年をとってしまい、CONを1ポイント永久に喪失します。本を読んだ部屋も10年分の歳月が流れた事になり、家具の老朽化等、小説中の描写と同じ惨状をさらす事になります。この現象が「誓約」を読むたびに重複するものなのかは書かれていませんが、少なくとも読む事に失敗している間は重複していくと思われます。

 「カルナマゴスの誓約」に記されている情報のうち、最も重要なのはもちろんクァチル・ウタウスの特性とその招来に関するものですが、サプリメントでは後者は「クァチル・ウタウスの契約」"Pact of Quachil Uttaus"という呪文になっています。他の呪文としては呪縛の効果を持つ紋章を作成する「バルザイの印の創造」が載っていますが、1920年代の時点では肝心の複雑な印が描かれている部分がひどく痛んでおり、実際に呪文をかける役には立ちません。「誓約」を読む事に失敗した場合、これらの情報は、「塵の上を歩くもの」(要約では「塵を踏むもの」)という生き物が存在しており、「禁じられた言葉」と呼ばれている言葉を使えば招来出来るという事、その生き物の力によって不死になった人間は同じくその生き物によって破壊出来るという事、そして、何らかの従属(あるいは束縛)の印のようなものを作成する方法があるという事として伝えられます。

 「カルナマゴスの誓約」を読む、あるいは翻訳しようとする者に対しては、声に出して「禁じられた言葉」を読まないよう注意しなければならないという事が警告されています。この禁を破った場合、その翻訳者は小説中の人物達と同じ運命をたどる事になります。「誓約」の前には成れの果てである塵の山がつもり、部屋や魔道書の周辺の品物も、少なくとも10年の歳月が過ぎ去ったかのような状態になるのです。

 以下に英語版の"ARKHAM UNVEILED"から「クァチル・ウタウスの契約」のデータを引用・訳出しておきます。文中のネタばれの部分は「……」で省略しています。

クァチル・ウタウスの契約 "Pact of Quachil Uttaus"

 この呪文は、契約者をあらゆる形態の死から防御します。

 不死身になるために、術者はクァチル・ウタウスに接触して、このグレート・オールド・ワンと契約を結ぶ必要があります。この呪文は1D50ポイントのマジックポイントと3ポイントのPOW、3ポイントのCONを消費します。そしてクァチル・ウタウスは通常、契約の署名として契約者の背骨を変形させます。

 ひとたび契約が成立すると、契約者は自然には年をとらず、いかなる物理的な力によっても、そしてほとんどの魔術的な力によっても殺される可能性はありません。

 ……「禁じられた言葉」である「エクスクロピオス・クァチル・ウタウス」"exklopios Quachil Uttaus"が記されているページは……12ページほどになります[訳者註:これらのページは「カルナマゴスの誓約」において「クァチル・ウタウスの契約」の呪文の詳細が書かれている部分を指し、その中で「禁じられた言葉」について記されているのだと思われます……「禁じられた言葉」自体が12ページの長きにわたるものという事ではなく]。

 もしこの「禁じられた言葉」が……契約者の目前で唱えられた場合、クァチル・ウタウスが顕現して、既知のその人間を吸収します。契約者[訳者註:おそらく「既に契約している者」あるいは「これから契約する意志を持つ者」を指していると思われます]が誰もいない場合は、グレート・オールド・ワンはその言葉を唱えた者を吸収します。いずれの場合も、神は塵の山だけを残して去っていきます。

 「禁じられた言葉」を唱える事は、10ポイントのマジックポイントと1D6ポイントのSANを消費します。さらに、その結果として顕現するクァチル・ウタウスを目撃する事で1D6/1D20ポイントのSANを喪失します。

 「クァチル・ウタウスの契約」の呪文による不老不死は、契約者の能力値の固定化で表されています。おそらくは契約が完了した時点での数値だと思われますが、キャラクターのSTR、CON、SIZ及びPOWの値はクァチル・ウタウスによってその肉体に固定され、神が望んだ場合以外には決して減少しなくなります。また耐久力も絶対に1以下にはならなくなり、通常は元の上限値まで回復します。

 ……が、どうやら「無くなっても(たぶん)死にはしない能力値」は加護してもらえないようで、INT、DEX、APP、EDUそしてSANへの攻撃(おそらくほとんどが魔術によるものでしょう)は受けてしまうみたいです。もっとも、契約者の背骨はクァチル・ウタウスの「署名」によってねじ曲がっているはずなので、APPの値はすでに契約以前よりも下がっていると思われますが。


2005/05/12

 “クトゥルフ・ダークエイジ”では出来立ての魔道書(書名の訳は「カルナマゴスの遺言」)なので、"The Keeper's Companion 2"より「カルナマゴスの誓約」のデータを訳出しておきます。

カルナマゴスの誓約

キンメリアの予言者カルナマゴスが、ハイパーボレア時代のある時期にこの大冊を書き記しました。カルナマゴスについて知られている事はほとんど無きに等しいです。彼の名声が広範なものではなかった事と、残された彼の手書きの原書が、935年に古代ギリシャ王国時代のバクトリア人の墓所から発見されるまで、計り知れない世紀の間失われていた事がその理由です。この書物が発掘された後、ある匿名の修道士がその文章をギリシャ語に翻訳し、「誓約」の真に禍々しいギリシャ語の訳書を二冊作成しました。その一冊については、スペインにおける異端者審問の最中に焼かれてしまったと言われています。原書の運命や、他の訳書の存在については知られていません。この書物には、カルナマゴスが幻視した過去や未来が年代順に記述されているだけでなく、予言者がその生涯において知り合った、他の様々な魔道師達から収集した物語も記録されています。「誓約」は時間・崩壊・死といった主題と深く結びついています。これはまた、ほとんど知られていないグレート・オールド・ワンのクァチル・ウタウス(塵を踏むもの)について言及している唯一の書物でもあります。「誓約」を読もうとする者は、正気度へのダメージに加えて、恐ろしい代償を支払う事になります。

原書である巻物

原書の文章は、正体不明の動物の皮から作られた、二フィート以上の幅のある大きな巻物に書かれています。文字はハイパーボレア人の言語であるツァト=ヨ語です。この巻物には、不自然な早さで塵が堆積していくという奇妙な性質があります。たとえ密閉された容器に一晩中封印されていたとしても、朝が来る頃には薄い塵の層に覆われているでしょう。この性質は、巻物のより恐ろしい力について用心させるための警告として役立てる事が出来ます。キーパーが適切と思う場合には、ギリシャ語版の訳書もまたこの性質を帯びるかもしれません。正気度ポイント喪失は1D6/1D10。〈クトゥルフ神話〉に+10%。研究し理解するために平均32週間/斜め読みに要する時間は42時間。呪文:《カーの分配》、《滑る影の招来》(ツァトゥグァの無形の落とし子の召喚/従属)、《不可視の恐怖の招来》(星の精の召喚/従属)、《バルザイの印の創造》、《クァチル・ウタウスの契約》、《クァチル・ウタウスの接触》(手足の萎縮)。

ギリシャ語版の訳書

この著作の写本は、935年に名前の知られていない修道士によって、たった二部だけ作成されました。両方とも奇妙な赤みを帯びた黒いインクによって手書きされていますが、このインクは実は夢魔の産み落とした怪物の血なのです。冗長な内容のこの書物には、シャグリーン皮あるいは鮫皮から作られた重い表紙がつけられ、人骨で出来た留め金がかけられています。訳書の内容は原書である巻物とほとんど同じですが、失われてしまっている知識がほんのわずかだけあります。この訳書である写本の一冊については、二十世紀まで残存している事が知られています。正気度ポイント喪失は1D4/1D8。〈クトゥルフ神話〉に+8%。研究し理解するために平均23週間/斜め読みに要する時間は30時間。呪文:《滑る影の招来》(ツァトゥグァの無形の落とし子の召喚/従属)、《不可視の恐怖の招来》(星の精の召喚/従属)、《バルザイの印の創造》、《クァチル・ウタウスの契約》、《クァチル・ウタウスの接触》(手足の萎縮)。注意:原書にあった《カーの分配》の呪文が、ギリシャ語版には含まれていません。

疑わしい利益

「カルナマゴスの誓約」は、世界で最も危険な魔道書の一冊です。まず第一に、どちらの版の文章でも、それを数行以上読んだ者は即座に10歳年を取り、1ポイントのCONを失います――さらに周囲の家具や品物もこの変化を反映して、ほこりが積もり蜘蛛の巣が張り、布地や写真は色あせ、花はしおれてしまう等します。最後に、クァチル・ウタウスの招来に使われる「禁じられた言葉」を読んだ者は、たとえ声に出して読み上げてなくても、20%の確率で「塵を踏むもの」を、自分自身をこの神の怒りの対象として、知らない間に招来してしまいます。この確実な死の確率は、「禁じられた言葉」が読まれるたびに10%づつ増加していきます。

 また、英語版の"ARKHAM UNVEILED"から「バルザイの印の創造」の呪文データも引用しておきます。

バルザイの印の創造 "Create Sign of Barzai"

触れさせたり、身に着けさせたりする事で、POWが21ポイント以下の人間を行動不能にする紋章を創造します。対象は思考したり知覚したり呼吸したりする事は普通に出来ますが、何らかの行動を起こしたり、呪文をかけたりする事は出来ません。この呪文をかけて印を創造するたびに、2ポイントのPOWと1D4ポイントの正気度を消費します。バルザイの印の創造の呪文は、INTの5倍以下をロールする事に加えて、8時間をかけて学ぶ事が出来ます。(後略)


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